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If -another world-

There are not the people who do not think about a "if".



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※この文章は全てフィクションです

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2008-02-06 If Cambrian explosion happens again(26)
2008-02-03 If Cambrian explosion happens again(25)
2008-01-30 If Cambrian explosion happens again(24)
2008-01-22 If Cambrian explosion happens again(23)
2008-01-21 If Cambrian explosion happens again(22)
2008-01-15 If Cambrian explosion happens again(21)
2007-12-27 If Cambrian explosion happens again(20)
2007-12-21 If Cambrian explosion happens again(19)
2007-12-19 If Cambrian explosion happens again(18)
2007-12-07 If Cambrian explosion happens again(17)


2008-02-06 If Cambrian explosion happens again(26)

飲み屋を出ると、飲み潰れた組、飲み潰れた人を介抱する組、二次会に繰り出す組、帰る組と四組に分かれた。
あれ以来ずっとソフトドリンクしか飲んでいない灯は酔いもすっかり醒めており、それは彼女も同じだったがお互い運がいいのか悪いのか介抱する相手もいなかったので、灯は仕事が気になるので二次会を断り帰る組に合流しようとした時のこと。
聞こえるかどうか解らないほど小さい声で「あの、」と灯の袖口を彼女が掴む。それだけでも彼女にしてみれば僥倖なんだろう、酔いは醒めているはずの顔が再び赤味を帯びる。本人曰く「この前24歳になったばかりなんです」だそうだが、酒を飲める歳にすらなってるのかと疑ってしまう。
しばらく言葉を探すように目線を動かしながら、ようやく意を決したように「あの、二次会行きませんか?」と呼び止めた時よりは少し大きい、それでもやはり消え入りそうな声で誘ってくる。
もしかしてこの歳まで男性経験がないのかも。でもそれならなぜ自分にこんなに慕ってくるのだろうか……と灯は疑問に思っていると二次会組が伊勢田所長の号令で移動を始めた。
慌てて彼女は二次会組と灯を交互に何度も見て、その顔が怯えきった小動物みたいで無碍にするわけにもいかず、灯は「じゃあちょっとだけ顔出すよ」と仕方なさそうに笑った。ちなみにその時緒方は既に潰れた女の子を一人家まで送るところだった。
本当に送るだけだとは灯も含めその場の全員が思っているはずもなかったが。


結局「ちょっとだけ顔を出す」だけで二次会を抜け出したら当然のように志穂もついてきて、結局そのまま当然のように灯の家に彼女を泊める事になり、結局当然のようにこうなってしまった。
緒方たちをどうこう言う資格は自分たちにはない。
「会ったその日に、なんて人生初だよ」と灯自身が信じられない気持ちでいると「私もです」と彼女も同じような顔をする。
「そんなの、わかってるってば」と灯が下のほうを見て笑うと、志穂は軽く胸を小突いて恥ずかしそうに目を逸らす。灯の予想通り、彼女は初めてだったからだ。
「大丈夫?」と聞くと「まだちょっと、でも大丈夫です」と頑張って笑って見せ「それよりすみません、汚しちゃって」と申し訳なさそうに目を伏せる。
それはそれで男としては嬉しい汚れなんだけどな、と思いつつ「気にしないでいいよ」と言うと彼女は安心し、それからゆっくりと呼吸が寝息に変わっていった。
どうして会ったばかりなのに、しかも初めてで志穂はついてきたんだろう。
疑問には思ったが、聞くような野暮はしなかった。
自分だって未だにこの状況が信じられないのだから、彼女だって同じはずだ。
今の世界情勢が自分たちの未来に不安を抱かせ、なるべく早く多く子孫を残すべきだと感じているのだろう。明確な意思ではなく、おそらく生物の本能みたいなものが。
飲み屋で考えた事をリフレインしながら、灯もまた眠りの世界に落ちていく。

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???? らりほさん? / ワニ ( 2008-02-08 01:05 )

2008-02-03 If Cambrian explosion happens again(25)

猫が己の死期を悟れば姿を隠すように、また鯨であれば「墓場」と呼ばれる末期を迎える場所へ向かうように、「終末」を悟ると同じ種族の生物は一様の行動をとるのだろうか。

飲み会が始まってもう2時間近く、酔いもかなり回ってきた灯はトイレに立ち、用を足しながらそんな事を考えていた。
飲み会は学生の時のような盛り上がりはなかったが、こういう場所があまり得意ではない灯も珍しく楽しかったし皆も楽しそうにしていた。それはまるで、最後の日がおとずれる前にできるだけ楽しんでおこうとしているようにも感じられる。

「高科さん、どうですか?」

すぐ隣の便器に用を足しに来たのは緒方だ。さすがに緒方は公安という職業柄なのか酔っ払うことのないように酒とジュースを交互に飲んでいたが、つまらないわけではなさそうだった。

「みんな楽しそうだし良かったよ。ありがとう」

緒方は満足そうに頷くと、含みのある顔を灯の耳に近寄せてきた。もちろん便器から照準は外さずに。

「高科さん、早く戻ってあげてくださいよ。彼女、高科さんがトイレに行っちゃってからずっと誰とも喋らないで待ってるんですから」

あの子、がさっきまでずっと灯の隣にいた植松志穂を指しているのは明白だった。「解ったよ」と言うと、灯は一回身震いしてから用を足し終わり、クリーナーで手を洗い「じゃあ、邪魔しないでくれよ」と真っ最中の緒方の背中に声を掛けた。

「あんな二人の世界築かれたら誰も入れませんって」

そんなふうにしてたかな、と飲み会の一部始終を思い出しながら灯が部屋に戻ると、それまでうつむいて食べるわけでもなく箸で自分の皿の上のモノをいじっていた志穂は顔を上げ、一瞬で雨が上がったかのような明るい笑顔を見せる。
決して人目を引く方ではないし大人しくて目立たないけど、可愛い子だった。
肩より下にかかるくらいの髪を後ろでまとめているせいか、両方の耳の上の2つずつつけたヘアピンが印象的といえば印象的だが、アクセサリーもほとんどなく化粧も他の子たちと比べてかなり薄く服も厚手の淡色のセーターにロングのスカートと随分と地味目だ。
自己紹介の時は灯の席から遠く、伏目がちで声も小さく見た目通りの子だとしか思わなかったし灯も含め多くの男は自分から話しかけようとはしなかった。
そんな彼女が自分から灯のそばに来たのは「すみません、私煙草の煙ダメなんです」という理由で、たしかに3〜4人の喫煙者が彼女がいた場所を取り囲むようにして吸っていた。
申し訳なさそうに灯の隣に座り、そのまま2〜30分はあまり会話もなかったのだが(必ず言葉の最初に「すみません」と言うので灯もなんだか申し訳ない気持ちになった)、灯がこの前買ったカメラの話をすると「私も昔持ってました。お祖父ちゃんにもらって、コレくらいのレンズが二つついたものなんですけど」と食いついてきて、それからずっと話し込んでしまったのだ。
「ごめん、お待たせ」と言うと彼女は大きく首を横に振って「そんな事ないです」と不安そうな顔を見せたので、灯はすぐに元通り彼女の隣に座った。それでようやく安心してくれたのか、彼女もあまり減ってないお酒を少し喉に通す。あまり飲めない方だと自分で言っていたから、雰囲気に流されて少なからず無理しているのかもしれない。

「あまり無理して飲まなくてもいいよ。俺次はジュースにするけど、植松さんは?」

彼女は一気に赤味を取り戻した頬を緩ませて「優しいんですね。じゃあ私も同じのお願いします」と頭を下げる。
向こうでは戻ってきたばかりの緒方が意味深な笑顔を見せていた。

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2008-01-30 If Cambrian explosion happens again(24)

例の件に思い当たる節のなかった灯に「こないだの写真ですよ、くれる代わりに女の子紹介するって」とみなまで言われてようやく思い出す。
「さすがに一枚につき一人は無理だったんですけど」と申し訳なさそうに言う緒方に灯も「それじゃあ全部はあげられないな」と笑いながら冗談で返す。予想通り「そんな、お願いしますよ」と言う緒方はおそらくこの電話の向こうで頭を下げていることだろう。
別に紹介してくれなくても写真は贈呈するにやぶさかでなかったが(というか軍事モノに興味がないので持ってても仕方がない)、紹介してくれるというのに断る理由は男やもめの今の自分にはない。
緒方の話では飲み会を開いてそこで紹介してくれるそうで緒方の言葉を借りれば「古い言葉で言う合コン」だそうだ。灯よりけっこう年下のクセにどうしてそんな言葉を知っているのか謎だったが、とりあえず女の子は集めたので同じ数だけの男を灯に集めて欲しいということだ。

「俺が? 男なら公安の方で簡単に集められるでしょ?」

驚いた灯に緒方は一つ大きなため息をつく。

「緒方さんが女の子だとして、飲み会で男たちがほぼ全員公安調査庁の人間だったら楽しめます?」

考えるまでもなく「あ、それは無理」と即答だ。同性だとしても公安の人間ばかりの中に混じるのなんて勘弁して欲しい。

「じゃあ後で研究所に顔出した時に誰か捕まえてみるよ」と電話を切る。
そのまま二度寝しようかと思ったが目が冴えてしまい、仕方なく灯は起き上がりネットニュースを開き、熱いコーヒーを一杯飲んだ。
大まかな世界情勢は寝る前と変わっていない。
共同宣言が出されて以降、経済的に不安定になる国が多く株が大幅に下がり債券が上昇、いくつかのマーケットでサーキットブレーカーが発動する事態が続いたが昨日は全ての市場で正常に取引を終えたそうだ。
また共同宣言の国々が一方的にFTA(自由貿易協定)などを解除すると通告してきて貿易に関し主導権を握るつもりだったが、国連との交渉によりその話は一時凍結が決定したらしい。
このぶんなら今日は研究所に顔を出しても誰かに捕まって足止めを喰らう羽目にはならなさそうだ、と灯はほっとした。
それは大きな間違いだったが。


「高科さん、飲み会俺も参加していいっすか!?」とノックもなくNCExpの扉を開けて来た彼は、思わず「あっ!」と声を漏らした。灯の机の前には研究所長の伊勢田がいたからだ。
伊勢田はじろっと彼を睨みつけ「仕事中だぞ結城」とドスを利かせたが「伊勢田さんも参加でいいですね」と灯が言うやいなや「あ、お願いします」と立場がなさそうに頭を掻くと、部下の結城を連れて部屋を後にした。
「もう11人かよ……」と灯はぼやくと、参加者のメモに結城の名前を入れる。
最初は自分の部下と、研究所の人間を一人か二人誘えればいいやぐらいの気持ちで適当に声を掛けてみたらどんな高速ネットワークで伝わったのか研究所の男どもがさっきからひっきりなしに灯のところにやって来ては参加を表明するのでもう二桁になってしまった。緒方と自分を入れたら13人、女の子も含めればちょっとしたイベントの宴会並の人数だ。仕方なく独身彼女ナシの男に絞ってコレだから、よほど研究者ってのは出会いが無いらしい。
「みんな飢えてますよね」と灯の部下の一人が言う。そういう彼も参加したいと言ってきたが婚約中の彼女もちという(羨ましい)身分なので断った。

「ほんと、こんな世界情勢でもみんな平和だよな」

灯の言葉に、彼は笑顔を崩さず「違いますよ」と真面目な声で返した。

「こんな時だから、なんですよきっと」

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2008-01-22 If Cambrian explosion happens again(23)

安藤の顔は明らかに「誰から聞いた?」と問い詰めたいのを我慢している顔だ。
首相から聞いた後、灯も自分で調べてみたがこのことはNCExpの記録文書には残っていなかった。当然のことながら、直接の組織にそんな物を残すバカはいない。
だが証拠は灯の思いもよらないところから出てきた。
ペンタゴンが研究所の地球シミュレータにトロイの木馬を仕掛けた端末の一つから侵入経路を辿っている際、経由されてきたのが防衛省という事が解り(米軍と防衛省は安全保障上の観点から相互接続できるようになっているらしい)、緒方たち公安が強制的に全てのデータを抜き出し洗っていたところ、仮称だった頃のNCExp設立計画やらシェルターに関する見積と発注(最低見積り額を出したところの三倍以上の価格を提示した会社が採用されていて、案の定安藤の選挙区の地元企業)やら非公式なものが次々発見された。
防衛省は未だ侵入されてデータを取られた事にすら気づいてないらしいがそれだけ公安の技術がすごいのか、それとも防衛省の危機管理が甘いのかは灯にも解らない。
だが、そんな事をしつこく責めている時間は灯にも日本にも人間たちにもない。

「とにかく、スノーボールアースが起これば人類は死滅かあるいはそれに近い状況になります。国連としてはそんな事態を避けるべく、各国に要請を出しています」

軍事衛星による状況の進展に注意しつつ(中国や半島の多目的軍事衛星に少し動きがあっただけだった)、灯は一通りの説明を終えた。安藤はあれ以来、一度も口を開かず閣議を終えると早々と退席する。それを待っていたかのように首相は灯に右手を差し出し握手を求めた。

「君なら全部言ってくれると思っていた。汚い政治の世界から見ると君みたいな純粋な若者は羨ましいよ」

ちらっと首相の視線が移動し、それにつられて灯も視線を向けると安藤が座っていた椅子がその先にある。

「明日各媒体で、彼の今までの汚職が全て伝えられる事になっている。いつの時代も国防関連の人間の汚職はなくならないな。まぁこんな情勢なので大きく取り上げられることはないし野党からの追及も厳しくはないだろうが、辞任は免れない」

灯は「俺はまた利用されましたね」と口の端を上げ、握手に応じた。

「利用されるって事は、君には価値があるってことだ」

きっと、これが本当の清濁併せ呑む政治家の姿なんだろうと灯は思った。
とても自分は真似できないが、彼に利用されるなら構わないという気にさせてくれる。


首相の言ったとおり安藤は翌日ニュースが出回った直後に辞任を表明し、野党も世界情勢が緊迫している中一人の大臣の辞任で長々と責任論争を続けられないと踏んだのか、証人喚問も実施されないままこの件は全て終わった。

そして世界は緩やかにも急激にも変動する。

それは灯自身も言えることだ。
一本の電話がきっかけだった。
その日は休みだった灯にとっては早朝とも言える午前11時、安らかな眠りを妨げられ不機嫌そうに出た灯の声に気づくこともなく元気な緒方の声が頭に響く。

「お疲れ様です高科さん例の件ですけど、明後日の夜時間ありますか?」

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2008-01-21 If Cambrian explosion happens again(22)

首相以外、全ての大臣は灯を値踏みするように見ている。
しかしその顔は次代を憂うゆえのものもあれば明らかに己の利となるか害を為すかを見極めようとしているものもある。
後者の顔をした一人がまず始めに口を開いた。例の防衛大臣の安藤だ、と小さく首相が耳打ちしてくれる。

「確認するが今回の要請は国連のNCExpの正規のものだな?」

何を今更、と危うく灯は呆れた表情を出しかけた。

「総理の話では、君が各国に確認をとる前に先走ったように受け取れるが」

もしこの派遣が失敗、つまり同盟軍を止められなかった場合、その責任は自分たちではなく灯にあると言いたいのだろうと思った。
だが、本音は違った。

「そもそもスノーボールアースなんてものは本当に起こるのか?」

彼はまだ、スノーボールアースやそれに順ずる氷期、亜氷期が訪れる可能性がある事を信じてはいない。
それは安藤防衛相だけではなかった。首相を除く、ほとんどの大臣がその事に関しての説明を求めている。

「我々と研究所が出した結論によれば、地磁気の反転や全ての要素が複合する事によって……」

説明を始めようとした灯を安藤が遮る。

「起こるのかどうかを聞いている。余計な事は言わなくていい」

ぐっと詰まった灯はカチンと来た頭を冷やす為に大きく息を吸い、吐く。危うく怒鳴りそうになった喉を、唾を飲み込んで落ち着ける。

「完全なスノーボールアースになるかは解りませんがそれに近い事は起こる可能性があります」

「可能性だけで、日本の自衛隊を動かしたのか?」と灯の言葉尻を捉え優位に立てたと思ったのか、安藤は真面目ぶった顔の裏側で笑みをこぼしたのが灯にも解った。
政界は魑魅魍魎の住処、とははるか昔から言われているがその通り。責任のとらせ方一つについても婉曲で狡猾だ。

「未然に防ぐのも危機管理の一つでしょう。それとも自衛隊がスノーボールアースを止める手伝いをすると何かまずいことでも? そういえば日本のNCExpの設立は安藤大臣も提唱したグループの一員だったそうですね。もちろん非公開の旧NCExpの方ですが」

安藤の眉毛がわずかに動くのを灯は見逃さない。

「それと当時防衛次官だったあなたは自衛隊各駐屯地に極秘にシェルターを埋設する事を指示したそうですね」

「国民の平和と安全を守る為に必要なものを作るのも我々の仕事だか……」と言い訳をする安藤を今度は灯が遮る。

「それならなぜ極秘に、しかも国民の総人口には全然足りない72基のシェルターしか作らなかったんですか。そもそもNCExpが何のために設立されたか、ここにおられる誰もが知っているはずです。この二つが何を意味するか、日本国民の皆さんにも考えてもらいましょうか?」

スノーボールアースを起こせといったり止めろといったり、方針が逆転した事については仕事だし灯も文句はないし言える立場でもない。
だがそれは人間にとってより良い未来の為であり、増えすぎた人口を間引きしつつ自分たちだけが生き延びたいだけなら許すことはできない。
灯の視線の端で、首相は目を閉じたまま話を聞いている。
実はこの話は前の非公式会談の際に首相から聞いていたもので、先ほどの「例の」はそういう意味だ。それを今全て言ってしまっていいものかどうか灯は少し気になったが、首相が何も言わないのだから構わないのだろう。

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2008-01-15 If Cambrian explosion happens again(21)

そのお話がどういうお話なのかわからなくて緊張しているわけだが、それを知ったところで向こうでのそのお話がどうにか変わるはずもないので、灯はそれきり黙った。
杉山はそんな灯の緊張をほぐすつもりなのか、いきなり別の話を振ってくる。

「失礼ですが、先ほど高科さんのお部屋からすごい臭いがしてたんですけど、あれなんですか?」

灯は何の事かと一瞬考えてから思い出したように「あぁ、現像液と定着液じゃないですか」と答えた。使い切ったフィルムを昨夜全て現像し、その後一晩寝てたせいでもう麻痺に近い感覚で慣れた。もしかしたら自分からも臭ってるかも、と灯は袖口に鼻を近づける。

「げんぞうって……何ですか?」

訝しげな顔をする杉山に、以前緒方にしてやったのと同じように説明する。そうすると彼は安心したように

「そんなのがあるんですね。ドアの前でも臭ってきたのでもしかして何かの化学兵器でも製造してるんじゃないかと思いました」

とまさに内調らしい想像をめぐらせていたことを暴露し、二人とも笑った。
ただ、杉山の言っている事は冗談ではなく、灯はまだ知らないが実は世界各地で既にテロ騒ぎが起き、日本政府を初めさまざまな施設にもいろいろな媒体で予告がなされているのだ。
偶然かそれとも何かの意図があるのかNCExpにはまだ届いていないが、公安とは別に内調も独自に調査と警護を始めている。もちろん、灯を含むNCExpの監視も目的の一つだ。


首相官邸に到着すると、閣議室に案内されながら説明を受けた。
スンダ海溝付近にいる同盟軍は未だに海洋調査中。
防衛省は国連直属NCExpの要請、つまり灯のあの電話から12時間後(ちょうど灯が寝ていた時間)に米国と協力体制を整え、航空及び海上自衛隊を派遣。
閣議は当然その件に関してのものだが、全閣僚には一通り話を通してあり署名も終わっているいわゆる持ち回り閣議は終わっているそうだ。
ただ昨年自衛隊派遣法の法律が改正されて初めての派遣である為、どの閣僚もいろいろと慎重な姿勢を見せているのが実情で、責任問題に発展するのは必至だ。

映像でしか見た事がなかった閣議室で、映像でしか見た事のない人たちが円卓を囲んで座っていた。その中心には3Dプロジェクタが軍事衛星から送られてくる現在の状況を映し出している。

「遅くなりまして申し訳ありません、NCExpの高科です」と挨拶をすると、首相は立ち上がり灯を自分の隣に座らせた。

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2007-12-27 If Cambrian explosion happens again(20)

その夜。

たった3日なのにもう一週間くらい帰ってなかったような気がする自宅で、灯は風呂場を即席の暗室にしていた。研究所の備品室の奥で埃をかぶっていた遮光性のカーテンを借り、電源コードを引き込んで機材一式に入っていたセーフライト(旧式なので変換アダプタが必要だった)を取り付ける。たったそれだけだったが灯にとっては引越ししてきた時よりも大掛かりな作業だった。
「自動現像機があればなぁ」と思いつつ、灯は慣れた手つきで準備を始めた。
小さい頃にやったきりでも、作業の流れは身体が覚えている。
とはいえ久しぶりなせいか、それともニュースを聞きながら(暗室の中で見る事はできないので)だったせいなのか思ったよりも時間がかかり、終わった時にはあと少しで夜が明ける時間だった。
今日を出張の代休にしておいて本当に良かったと思う。
だがNCExpの責任者でこんな世界情勢にした張本人でもある自分が職場を離れてのんきに家で寝てるわけにもいかないので、少し仮眠をとったら出勤するつもりだ。もちろん現像したばかりの写真も持って。

12時ちょうどに灯が目を覚ましたのは、目覚ましをかけていたからでも研究所から連絡が入ったからでもない。珍しく、というよりもこの家に引っ越してきて初めての来客があったからだ。
モニタで確認すると、スーツ姿の見た事のない男だった。寝ぼけたままの声で返事をすると男は内閣情報官の杉山と名乗った。「研究所に行ったところこちらだと伺ったもので」と落ち着いた物腰の話し声で、声からはとても内閣情報調査室の長とは思えないほど若い感じがする。
寝起きで出迎える準備もしてないのでとりあえず用件だけでもと言うと彼は

「お休みのところ申し訳ありませんが、本日の午後三時からの臨時閣議に高科さんにおいでいただきたいのです」

と述べ、一気に灯の頭を叩き起こした。
文字通り飛び起き時計が12時3分である事を確認し「20分ほど待ってていてください」とお願いする。いつもより熱いシャワーを浴びながら歯を磨き、クリーニングの袋に入ったままだったスーツを着ると12時16分。起きてから13分とおそらく自己ベストタイムで外に出ると、エントランスの外にはさっきの杉山とSPが二人立っていて、即座に目の前の高級車に押し込まれるように乗り込む。

「何かあったんですか?」

後部座席の灯が助手席の杉山に尋ねると、彼は灯の顔を見て少し微笑んだ。やはりその顔は灯より少し上ぐらいの年齢としか思えない。

「そんなに緊張しなくても大丈夫です。首相ほか大臣があなたとお話したいだけだそうなので」

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2007-12-21 If Cambrian explosion happens again(19)

次に灯がしなければならないのは、国連への連絡だ。いくらNCExpに与えられた権限の一つである加盟国への軍事介入要請であるとはいえ、事後でも承諾は取り付けなくてはならない。それに国連軍が動かなくては他の国々が動く理由もできない。
昨年変わったばかりの事務総長には直接つないでもらう事はできなかったが、彼の自国の軍も既に動いているらしく、国連軍を動かす事に異論はなく常任理事国の賛同もロシアを除いて既に取り付けているそうでやはりこちらも灯の決断を待つのみだった。
いくらお膳立てができていたとはいえ、世界を巻き込んだこの状況にゴーサインを出したのは自分だと思うと、灯は身震いが止まらなかった。

「高科さん……」

心配そうな緒方の顔がいつの間にか目の前にあった。彼だけじゃなく、氷室も、部下達も、研究所の職員も皆一様な顔で灯を見ている。
緒方に視線を戻し「これでいいんだよな」と呟く。答えが欲しかったわけじゃないが緒方も氷室も「間違ってない」と言うように頷いた。


それから3時間後。
職場に戻った彼は自衛隊とUSAAFから送られてくるリアルタイムの情報をずっと確認し続けていた。
現在の状況を少しだけ説明する。
共同宣言を出した国々の軍(ニュースでは同盟軍と呼ぶ事に決まったと言っていた)は防衛線をスンダ海溝及びマリアナ海溝の直上に張りつつ海洋調査中。
対する国連軍は爆撃機や哨戒機を飛ばして上空から牽制しつつ特殊潜水艇や米軍の新型SSBN(弾道ミサイル原子力潜水艦)を向かわせている。
ここまでは小康状態、どちらも動くに動けずといったところで同盟軍が海洋調査を終えたら何か動きがあるだろうと見られているが、実際のところ同盟軍が動き出したら最後だと灯は思っている。
おそらく軍を出した以上ボーリングなんて穏便な手段を使わないだろうし、一度開始した爆撃なんてとめられるはずも無く、新型SSBNに搭載されているとされる防衛ミサイルにも性能の限界がある。実際は同盟軍が掌握している状況だ。
灯たちNCExpとしてできるのは、造山帯の活発化により海底が盛り上がってしまった後の対策と、そうならないよう祈る事ぐらいだった。


シャッター音で目が覚めて、その後に寝てしまった事に気づく。
感覚からしてあれからそんなに時間は経ってないはずだが、その時間以上に灯は体力が回復しているような気がした。考えてみれば朝早く緒方に叩き起こされてアメリカから帰ってきてずっと休んでいなかったのだ。自分が思う以上に疲れているんだろう。
「撮っちゃいました」と横で笑いながら灯のカメラを構えていたのは緒方で、部下達も遠巻きに笑いながら見ている。

「その猫と同じカッコで寝てたんで、つい」

机の端では、もはや野生の本能を忘れたんじゃないかと思うほどだらしない姿で眠る湯太。いつの間にか眠ってしまったとはいえこれと同じかと思うとさすがに恥ずかしくなってくる。
顔についたシャツや資料の跡を撫でていると、部下達も緒方に近寄って珍しそうにカメラを眺めたり触ったりしている。「本当のシャッターってこんな音なんですね」「あれ、これどうして画像ぼやけてるんですか」などというのはまだ可愛いほうだったが、巻き取りもせずいきなり蓋を開けようとするのでさすがに灯はカメラを取り上げた。
そしてせっかくだからと、緒方に頼んでNCExp全員の集合写真を撮ってもらう事にした。突然抱きかかえられて無理矢理起こされ不機嫌な顔の湯太も含めた3人+1匹で。
そしてこの写真がものすごく遠い未来で大いなる発見とされるなど、今の灯たちには予想もできなかった。

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2007-12-19 If Cambrian explosion happens again(18)

NCExpが内閣府直属の組織となった時、灯は首相と一度だけ面談した事がある。もちろんNCExpが非公開組織であるためその面談も非公式なものだったが、そこで首相へ直通の連絡先も教えてもらっていた。
だがそこに一度もかけた事が無く、ましてや今こんな事態になってる事を考えるとまずは秘書なり職員なりに取り次いでもらうのがスジだろうと、灯は官邸に電話する事を選んだのだった。
だがそんな灯の気遣いは取り越し苦労だったようでアポイントをとってるか聞かれる事も無くすぐに取り次いでもらえ、しかも電話をとった首相の第一声は「ようやくかけてきたか。案外遅かったな」だった。灯が何かを言うよりも早く、首相は今の状況を説明し始める。

「話は既に聞いている。これから緊急で閣議を開く。防衛省は米軍と協力しすぐに警戒態勢に移行できるようにしてある」

米軍、という言葉に灯が何かを言いかけると首相は

「安心してくれ。ハンスのした事はペンタゴンの意志ではなく、むしろ逆だ。USAAFも彼を反逆者とみなし既に逮捕し、全ての情報をこちらに回してくれている。あとは……」

と先回りする。さすが元大臣の政策秘書時代から切れ者で有名だった人間だけあって、灯の言いたい事を全て先読みし、灯が言うべき事を言うように仕向けている。これからの事はすべて解ってるのにこんな茶番を演じなければならないのはそれが政治的配慮ってやつなんだろう。
もちろん灯もそのシナリオどおりに演じるしかない。

「スンダ海溝へのボーリング及び爆撃をなんとしてでも阻止してください。でなければほぼ確実にスノーボールアースは起こります」

電話先で首相がその言葉を飲み込むように受け入れ「それは国連直属のNCExpとしての要請かね」と問いただす。
「そうとってもらって構いません」との灯の言葉を聞くやいなや、首相は電話を切らず向こうの誰かに「出させろ」と短く命令を下し、再び電話に戻り「ありがとう」と短く言うと今度は切った。

それから一分も経たず、テレビ、携帯、地方公共放送、ネット上の全てに最優先緊急通知が入り、米軍及び自衛隊が緊急出動したとの情報が流れ、しばらくして政府からの緊急放送に切り替わった。
それはさながら戦争が始まったような、切羽詰ったものに灯には思えた。

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2007-12-07 If Cambrian explosion happens again(17)

灯は彼の透き通るような青い瞳と視線を思い出していた。あんな目は私欲のために自分たちを騙そうとしてる男ができるものではない。彼が言っていた「生けとし生けるもの全ての未来がかかっている」というのは彼の紛れもない本心であり大義のはずだ。彼ではなく、彼を信じた自分を信じたい。
そう思っているのはただそう思いたい自分がいるだけなのでは……?
だが灯や灯の周り、緒方や氷室だって自分の信ずる大義のためにまっすぐ動き、一番だと思う事をやっているのだ。そこにあるのは信念でしかなく、善悪を決めたり騙されたと憤慨するのは筋違いであり無意味だ。
ならば、灯も自分の大義を貫くしかない。

「今後はどうするんですか?」

灯の質問に氷室は悩みを素直に打ち明けた。

「とりあえず様子見といったところだ。もちろん地球コンピュータをこのままにしてはおけないが、こちらが全て回線を切断したからペンタゴンには我々が気づいた事は知られているはずだろう。計算結果を手に入れた向こうがどう出るかにもよるが……あぁ、すまん」

氷室は手を挙げ、胸ポケットから携帯を取り出した。随分と古い携帯だなと思っていると間もなく「わかった」と電話を切り灯に向き直る。その顔は「何かあったんですか?」と聞かなくても全てを話してくれると、灯は直感でわかった。

「衛星の画像をしらべたところ、やはり共同宣言を出した国の船舶や軍用艦数十隻が、スンダ海溝付近に集結中だそうだ。造山帯の活発化を促す為に海底をボーリングするか、最悪爆撃の可能性もありえる」

この前灯がハンスに言った「現実的ではない」はずの状況が整っていく。

海底火山活動の誘発。

これにより海底が盛り上がれば熱塩循環は遮断される。(共同宣言を出した国々にとって)最悪そこまでの造山能力がなかったとしても、噴煙による太陽光遮断の効果は今の寒冷化の状況では厳しいものになる事は目に見えている。
でもなぜそんな博打みたいな事を今この時期に始めたかが解らない。

「そういえば君は誰かから聞いたか? 地球シミュレータが先ほど出した演算結果は」

氷室に言われて初めて気がつき、灯は首を振った。
緒方が待ってたと言わんばかりに鎖の向こうで何か操作を始め、灯に一番近いモニタが結果を表示する。それに合わせて緒方が説明を始めた。

「まずは現在の海底の地形です。これを熱塩循環を変えるのに必要最低限の変化が起きたとします」

2Dモニタのアニメーションで見る限り、大幅に海底の地形が変わるほどではなかった。つまり海底の隆起は想像以上に少なくても熱塩循環は変わってしまうのだ。

「次が熱塩循環が変化した後の全球の循環図です」

太平洋からインド洋へ抜けるあたたかい流れがせき止められ、南極から来る冷たい流れにぶつかりその後少しあちこち迷うような動きを見せた後、太平洋の循環が完全に消えた。
そしてその後各地で海洋が次第に凍りついていき、スノーボールアースになる手前でアニメーションが終了する。
緒方の「以上です」の言葉に続いて氷室は重々しく「この結果が出た直後にこれだ。もう奴はクロだな」とため息をついた。灯にもようやく先ほど氷室が何気なく言った「やはり」の意味が理解できた。
おそらく共同宣言を出した国々は既に準備ができていて、この地球シミュレータの結果を待ってようやく動き出したのだろう。もちろんその結果は彼らにとって望むものだったのだから。
だが彼らの結果の先は、灯たちの望むものではない。
灯は携帯を取り出した。

「もしもし、内閣府NCExp対策室長の高科です。総理に繋いでください」

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