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If -another world-

There are not the people who do not think about a "if".



アクセス解析

※この文章は全てフィクションです

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2007-12-07 If Cambrian explosion happens again(17)
2007-11-30 If Cambrian explosion happens again(16)
2007-11-24 If Cambrian explosion happens again(15)
2007-11-20 If Cambrian explosion happens again(14)
2007-11-19 If Cambrian explosion happens again(13)
2007-11-16 If Cambrian explosion happens again(12)
2007-11-12 If Cambrian explosion happens again(11)
2007-11-08 If Cambrian explosion happens again(10)
2007-11-03 If Cambrian explosion happens again(9)
2007-10-31 If Cambrian explosion happens again(8)


2007-12-07 If Cambrian explosion happens again(17)

灯は彼の透き通るような青い瞳と視線を思い出していた。あんな目は私欲のために自分たちを騙そうとしてる男ができるものではない。彼が言っていた「生けとし生けるもの全ての未来がかかっている」というのは彼の紛れもない本心であり大義のはずだ。彼ではなく、彼を信じた自分を信じたい。
そう思っているのはただそう思いたい自分がいるだけなのでは……?
だが灯や灯の周り、緒方や氷室だって自分の信ずる大義のためにまっすぐ動き、一番だと思う事をやっているのだ。そこにあるのは信念でしかなく、善悪を決めたり騙されたと憤慨するのは筋違いであり無意味だ。
ならば、灯も自分の大義を貫くしかない。

「今後はどうするんですか?」

灯の質問に氷室は悩みを素直に打ち明けた。

「とりあえず様子見といったところだ。もちろん地球コンピュータをこのままにしてはおけないが、こちらが全て回線を切断したからペンタゴンには我々が気づいた事は知られているはずだろう。計算結果を手に入れた向こうがどう出るかにもよるが……あぁ、すまん」

氷室は手を挙げ、胸ポケットから携帯を取り出した。随分と古い携帯だなと思っていると間もなく「わかった」と電話を切り灯に向き直る。その顔は「何かあったんですか?」と聞かなくても全てを話してくれると、灯は直感でわかった。

「衛星の画像をしらべたところ、やはり共同宣言を出した国の船舶や軍用艦数十隻が、スンダ海溝付近に集結中だそうだ。造山帯の活発化を促す為に海底をボーリングするか、最悪爆撃の可能性もありえる」

この前灯がハンスに言った「現実的ではない」はずの状況が整っていく。

海底火山活動の誘発。

これにより海底が盛り上がれば熱塩循環は遮断される。(共同宣言を出した国々にとって)最悪そこまでの造山能力がなかったとしても、噴煙による太陽光遮断の効果は今の寒冷化の状況では厳しいものになる事は目に見えている。
でもなぜそんな博打みたいな事を今この時期に始めたかが解らない。

「そういえば君は誰かから聞いたか? 地球シミュレータが先ほど出した演算結果は」

氷室に言われて初めて気がつき、灯は首を振った。
緒方が待ってたと言わんばかりに鎖の向こうで何か操作を始め、灯に一番近いモニタが結果を表示する。それに合わせて緒方が説明を始めた。

「まずは現在の海底の地形です。これを熱塩循環を変えるのに必要最低限の変化が起きたとします」

2Dモニタのアニメーションで見る限り、大幅に海底の地形が変わるほどではなかった。つまり海底の隆起は想像以上に少なくても熱塩循環は変わってしまうのだ。

「次が熱塩循環が変化した後の全球の循環図です」

太平洋からインド洋へ抜けるあたたかい流れがせき止められ、南極から来る冷たい流れにぶつかりその後少しあちこち迷うような動きを見せた後、太平洋の循環が完全に消えた。
そしてその後各地で海洋が次第に凍りついていき、スノーボールアースになる手前でアニメーションが終了する。
緒方の「以上です」の言葉に続いて氷室は重々しく「この結果が出た直後にこれだ。もう奴はクロだな」とため息をついた。灯にもようやく先ほど氷室が何気なく言った「やはり」の意味が理解できた。
おそらく共同宣言を出した国々は既に準備ができていて、この地球シミュレータの結果を待ってようやく動き出したのだろう。もちろんその結果は彼らにとって望むものだったのだから。
だが彼らの結果の先は、灯たちの望むものではない。
灯は携帯を取り出した。

「もしもし、内閣府NCExp対策室長の高科です。総理に繋いでください」

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2007-11-30 If Cambrian explosion happens again(16)

途中、家に戻ってから職場に戻ると緒方が先に降り、灯はそのまま研究所に向かった。
タクシーのトランクからたくさんのお土産を取り出し文字通りよろよろと歩きつつ、通りかかる職員を捕まえては袋を渡し身軽になっていく。
手提げ袋が半分くらいになった頃やっと職場に辿り着き

「ただいまぁ!」

返事も無く誰もいない……と思ったら猫の湯太が相変わらず日当たりのいい灯の机の上で丸くなっていた。ご主人様のお帰りなのに少し頭を上げ片目だけで灯を確認した後、軽くあくびをしてまた寝に入る。

「おまえだけかぁ。皆どこ行った?」

湯太はめんどくさそうに目を開け「さぁね、僕は知らないよ」という顔をする。
灯は出張の間のメールや報告書をざっと見て出欠や進捗・予定表を確認し、どうやら今の時間はNCExpのメンバーと研究所の職員で合同で例の共同宣言に関するシミュレーションと検証を行う予定だとメールでわかった。同時にペンタゴンからも必要なデータは全部送られて来ているらしいことも。もう再計算も終わっている頃だろう。
部屋を飛び出し、地球シミュレータのある部屋に入ると全員が一度灯の顔を見る。その誰もが灯に「お帰り」の一言も無く言葉を失っていた。
「何かあった?」と部下に尋ねると「高科さんがいない間大変な事になりました」と愕然とした顔で答えた。
その視線の先、地球コンピュータから締め出しをするようにチェーンがかけられ、物々しい顔をした男たちが5人ほど、職員達を見張るように立っている。チェーンの向こうにはいつか見たような武装をした男たちと公安の氷室、地球コンピュータを囲んで何かをしているSEのような男たち、さっき別れたはずの緒方が立っていて、緒方は灯の顔を見つけるなり頭を下げる。
「どういうことだ?」と再び尋ねる灯に「1時間ほど前に計算が終了して、研究所の人たちと検証していたら急に公安が来て地球シミュレータとこれに関する資料を一時的に接収するって」と答えた。

「高科君、ちょっと」

チェーンの向こうで氷室が呼ぶ。また再び拘束する気じゃないだろうな、と警戒する灯に「大丈夫だ。この間のような離れ技はそう何度も使えるもんじゃない」と顔を緩め、手招きをした。
近寄った灯にチェーン越しに氷室は「驚かせてすまない。ただ、ある疑いがあってね」と耳打ちした。

「疑い? 我々にですか? どんな?」

「いや、君たちが接触したペンタゴンのハンスだ。まだ裏を取ったわけではないが彼の出身はオーストラリアのようでね。例の共同宣言を出した直後、突然君に会いたいと言い出したのを疑問に思って緒方君が調べたんだ」

楽しんでいるように見えてしっかり仕事してたんだな、と灯はこっそり感心した。そしてハンスのあの不自然な「公表しないでいただきたい」の意味もぼんやりと解りかけてくる。
氷室は話を続けた。

「昨日ペンタゴンからここに直接『共同宣言に関わるデータをこちらに送信する』と通達があったそうだ。職員達は今までそんな協力など一度もしたことが無いのに何を突然言い出すのかと思ったみたいだが君達が頼んだからと信用させ、検証もせずに地球シミュレータにそのデータを全部取り込ませてしまったらしい。今は全て外への回線を切断しているがおそらく……」

ぼんやりからだんだんとはっきりした形が見えてくる。
地球シミュレータの近くにいたSEが「やっぱりありました! トロイですね。リモート設定もされてます」と声をあげ、氷室ははっきりとその形を口にした。

「こちらを全部利用するつもりだったんだな」

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2007-11-24 If Cambrian explosion happens again(15)

ホテルに戻って包みを開け荷物をベッドの上に広げた灯を、窓際の椅子に座り外の様子を伺っている緒方は不思議そうに見ていた。カメラと言えばネットカメラ(ネット上の個人用仮想記録媒体に送信しながら撮るカメラ)か携帯カメラか子ども用のデジカメしか知らない彼にとっては当たり前かもしれないが、それ以上に「高科さんがそんな楽しそうにしてるの初めて見ました」というのが一番大きな理由だ。
灯だってこんな楽しいのは久しぶりだった。

「……っと、電池はこっちか。フィルムは……」

レンズをベッドに押し当て2・3回シャッターを切る。「本物のシャッターってそういう音なんですね。初めて聞きました」と驚く緒方に「今回は初体験だらけだね。じゃ、動くなよ」と笑い、レンズを彼に向ける。

「ちょ、一番最初に僕なんか撮るんですか?」

逃げる緒方を追う。それでも頑張って逃げようとする緒方に「じゃぁ一緒に写るか?」と妥協案を出し「それならまぁ」と渋々承諾したのでサイドボードにカメラを置き、逆光にならないように向かいの壁際に二人の座る位置を決めると、タイマーで3枚ほど撮影した。
「現像したら焼き増ししてあげるよ」と言うとまた緒方は驚く。

「すぐに見られないんですか?」

灯はフィルムがなくなるまで撮らなければもったいない事や現像には時間がかかる事を説明し、「はぁ、結構面倒なんですね」と緒方は言うと自分の部屋に戻っていった。
別に約束はしてなかったのだが、その後久しぶりに灯は夕飯を一人で食べ、酒も飲んでないのに灯はいつもより早く眠りについた。

翌、未明。
緒方のウキウキした声のモーニングコールに叩き起こされた灯は腕時計を見るとまだ4時。
えーっと今はサマータイムだから日本だと何時だっけ、それにしてもスノーボールアースが起きるかもしれないのにサマータイムってなんかおかしいよななどと朦朧とした頭で考えながらシャワーを浴び、着替えが終わると同時に緒方が部屋のドアを叩いた。

「よっぽど嬉しいんだねぇ」

迎えの車の中で呟く灯に「え、何か?」と顔中の筋肉を緩める緒方。「いや、何も」と灯は首を振り、窓の外に顔を向けた。正直まだ眠いというのにまたあのいつ終わるやも知れない話を聞くのはちょっとキツい。

基地に着いた二人は、軍人のエスコートによりまずは会議室へと案内され、そこにいたハンスから注意事項と予定航路を聞いた。窓から見えるあれに乗るんですよ、と教えられた機体は二枚の羽根が上下に合わさった、まるでエイを二枚重ねたようなずんぐりとした形でどうしてあれが音速以上で飛べるのか不思議だったが、あの形でないと衝撃波による地表への被害が大変な事になる、と緒方が説明してくれた。
乗る前に写真を撮ってもいいか、と灯が尋ねると「もう機体は公開されているし兵器を搭載しているわけではないので大丈夫」と許可をもらったので、タラップの前で数枚写真を撮った。
もちろん緒方が「それもください」と頼み込んできたのは予想済みで「じゃあ一枚につき独身の女の子一人紹介してくれる?」と冗談半分に言ったら、「絶対に! 約束します!」と即答したので図らずも期待を抱いてしまう灯だった。

初めて乗る飛行機はろくに外も見られないような小さな窓しかなく(音速飛行による空気との摩擦でものすごい熱が発生するため大きな窓は取り付けられない)、すぐ飽きてしまった灯は離陸して10分もしないうちに眠ってしまい、起こされたのは到着の3分前。
到着後「なんてもったいない」と言う緒方とともに「早く起こしたのは誰だよ」と文句を言いながらタクシーに乗り込んだ。

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2007-11-20 If Cambrian explosion happens again(14)

ハンスは二人を通り越して向こうにいる軍服を着た灯と同じか少し下くらいの歳の青年に「ちょうど明日横田に配属予定の機体があっただろう。それでお二人を日本までお連れするように」と命じ、それに青年は敬礼で答えた。

「お二人は我々が責任を持ってお届けします。一般人はなかなかできなくなった空の旅もいいものですよ。せっかくだから明日お二人をお乗せする機体もご覧になりますか」

突然の申し出に言葉を失った二人の背中をエスコートするように押し、ハンスは外へと導いた。先ほどの強い視線は微塵も感じさせない、優しい瞳だと灯はなんだか肩透かしを食らわされたような気分に陥っていた。
見せてくれた機体とは実機ではなく、模型と3Dプロッタによる概要説明付の輸送機の映像で、「もしかして戦闘機に乗れるんですかね」とこっそり期待していた緒方を少しだけがっかりさせた(もちろん表には出さなかったが)。
実機は現在メリーランド州のアンドリュース空軍基地にあるらしく、灯たちは今夜は一旦NYに戻り明朝ホテルの前に迎えに来てくれるそうだ。現在エアフォースワンも駐機していると聞いて再び緒方は喜んでいた。

帰りのリニアの中で灯が「緒方さんて軍事マニア?」と訊いてみると緒方は照れながら「いや、マニアってほどじゃないんですが、昔から好きだったんですよ」と答え、油断していた灯はそれがNYに着くまで延々と続く軍事オタク話に発展するとはその時夢にも思わなかった。
そういえば、と灯は南極で拘束されたときを思い出す。
そもそも非武装だったNCExpのメンバーを捕らえるのにあんな部隊や装備なんて本当に必要だったとは思えなかった。あれはもしかして緒方がやってみたかっただけなのでは……?
笑顔で話を続ける緒方もまた、ハンスと同じく少年のように見えた。灯を護衛しつつ他国の内定を調査するという公安の任務をすっかり忘れているようにも。

NYに着き再びチェックインを済ませると、いいかげん羽を伸ばしたくなった灯は緒方に頼み込んで少しだけ街を散策することにした。もちろん緒方も同行する事が条件だと言われたが、一人で歩き回っても無事に戻ってこられるかも不安だったしもともと案内してもらうつもりだった。
途中、見かけたアンティークショップのショーウィンドウを緒方が「あれ、随分古そうですよね」と指差した。
「へぇ、銀塩のカメラか。懐かしいなぁ」と懐かしそうに見る灯に「高科さん持ってたんですか?」と緒方は驚く。

「自分のじゃなくて死んだ祖父がね。まぁそれももっと上の代からの遺品だったみたいだけど。俺が中学の頃一時期銀塩って流行って、無理言って機材ごと借りてフィルムと薬液と紙を買ってきていろんなモノ撮っては自分の部屋を真っ暗にして現像してたよ」

現像の意味も解らず首を傾げる緒方を見て軽く笑うと、灯は何も言わず店に入り店員に「ショーウィンドウのカメラは今も使えるか。あと現像機や引き伸ばし機や薬液はあるか」と確認するとその場で購入を決めた。それほど安いわけでもないのにあまりの即決に緒方はまたも驚かされる。
「ずっと南極だったし家族がいるわけでもないし、結構俺は金持ちなんだよ」と言うと、大きな袋に入れられた器材一式を受け取って店を出る。
もしかしたら今の自分もクリスマスプレゼントをもらった少年みたいな顔をしているのかもしれないな、と思うと灯は自然に笑みがこぼれる。

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2007-11-19 If Cambrian explosion happens again(13)

その図はまさしく灯が考えていたものと同じだった。
だがここまで同じ見解が出ているのであれば、ここに自分が呼ばれた意味は何なのだろうか。
「これ以降は我々ではなくあなた方NCExpの仕事です。どれほど地形が変われば熱塩循環は遮られてしまうのか、地形が変わった場合循環の流れはどう変わるのかをあなた方がもつ地球シミュレータで計算してほしい」と依頼するハンスの言葉に偽りはないだろうが、同時に裏もあるのではないか。

「……か科さん? 高科さん!」

心配そうな顔で呼ぶ緒方に引き戻された灯は、苦笑いを浮かべた。
自分はいつの間にか必要以上に疑り深くなっていたらしい。元はと言えばそれは緒方が(灯たちを守る為とはいえ)自分らをテロリストとして拘束した事から始まったわけだが、あれからたった3ヶ月ちょっとで自分でさえもこうも変わってしまえるのであれば、百年くらいあれば人間は氷河期にも対応できる身体を手に入れることくらいできるんじゃないか。

「大丈夫、ちゃんと聞いてるから。では今から研究所に連絡して計算させます。結果が出次第すぐに送りますから」

灯が鞄から携帯を取り出そうとするのを、ハンスが止める。

「いかなる結果が出ても、それは絶対に公表しないでいただきたい」

ハンスの言葉の意味を解りかねて、灯は聞き直す。

「シミュレーションの結果は日本政府を含め、我々とそちらの研究所以外には絶対に漏らさないでほしいのです、お願いします」

国連直属の機関に一国の軍隊の長が命令する、それがどういう意味なのか解らないはずはないのに、ハンスはお願いと言う言葉用いているとはいえ強い口調だ。
灯だって内閣府の職員であり仕事の内容は上に報告する義務を持つ。それをするな、という事はやはり裏があるのは間違いないと灯は確信した。
まともに答えが返ってはこないとわかりつつも「どうしてですか?」と問いただす。

「我々人間、いや、生けとし生けるもの全ての未来がかかっているとだけご理解いただきたい」

こんなに透き通るような青い瞳を、灯は初めて見た。それに、こんな強い視線も。
しばしの沈黙の後、灯は「わかりました」と受け入れ、ハンスもありがとうと頭を下げ握手を求めた。

「ただし、あなた方がこれからもし何か行動を起こす時は必ず事前に報告していただきたい。でなければ協力はできないし国連で非難決議を求める事もありえます」

ハンスの大きく、だが年齢と共に小さく弱くなりつつあると思われるその手を握り返す。先ほどの視線に負けないように、灯は腹に力を入れる。

「わかりました。約束します」と同時に顔を緩めたハンスは「ご帰国はいつ頃ですか?」と話題を変えた。
チラリと緒方を見ると、彼が代わって返事をする。

「リニアの席が取れれば今日中の便にでも乗るつもりです。なければNYで一泊して、明朝にでも」

それを聞くとハンスはイタズラを思いついた少年のような顔をしてこう言った。

「もし二人とも興味がおありなら、滅多にできない経験をしてみませんか?」

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2007-11-16 If Cambrian explosion happens again(12)

リニアでニューヨークからフィラデルフィアを抜け、ワシントンの駅で降りタクシーに乗って大きな橋を越えるとすぐに見えてきた米国防総省、通称ペンタゴンもしくはDoD。
昔タワーから見た函館五稜郭のようなものを想像していた灯だったが実際に見るそれは全然違った。
城塞ではなくれっきとした先進オフィスビル、しかも世界最大と言うだけあって駐車場から見るだけではその全貌が五角形だとは解りづらい。
かなり昔、ここに航空機で突っ込むテロがあったという話を車の中で緒方から聞いたものの、外観からはそれがどこだったのか見当もつかなかった。
「こっちです」とまるで全て解っているかのように案内する緒方の後についていく。建物の中も車で移動したほうがいいんじゃないかと思う灯だったが、端から端まで移動しても10分かからないという説明を信じ、先ほど渡された許可証を首から提げ歩き出す。目隠しされてしばらく連れまわされるのかと思ったが、あっさりとコンピュータの並ぶ管制室みたいな部屋に通される。
周りは軍服とスーツの人間が半々だが、空気は明らかに緊張していた。
その中の一人、見るからに階級が高く勲章を多くつけた一人に緒方が頭を下げて近づく。後に続いて灯も頭を下げ、握手を交わす。その軍人はハンスと名乗り、USAAFで階級は准将だそうだ。
緒方が灯の紹介もそこそこに、本題を切り出す。

「高科さん、すいませんが先ほどしてくれた説明を、もう一度詳しくお願いできますか?」

灯は頷くと、世界地図を二次元ディスプレイに出してもらい言われたとおり始める。



「……とはいえ熱塩循環をどのようにして狂わせるのかは解りません。いえ、予想される方法もあるにはありますが、現実的では……」

灯が言葉を選んでいると、ハンスは灯が考えている通りの事を述べる。

「土砂による埋め立て、極地に広がる氷塊の集積などもありえるでしょうが、我々は環太平洋火山帯の活発化を誘発がもっとも可能性が高いだろうと考えています」

彼の言葉を待っていたかのように新しい地図が映し出されると、共同宣言を出した地域の地図と重ね合わせられる。

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参考資料 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E7%81%AB%E5%B1%B1%E5%B8%AF / Φ ( 2007-11-16 10:54 )

2007-11-12 If Cambrian explosion happens again(11)

翌々日。
国連本部での発表はつつがなく終了し、と言えば聞こえはいいが発表する側もされる側もお互い形式だけのものと解っているので脚本に書かれたものを演じただけ、というのが灯の印象だった。その報告の中に虚偽のものがあったわけではないのだが、今更言うほどのものでもなかった。

緒方と一緒に(とは名ばかりで警護されながら)ホテルに戻った灯がラウンジで今後の予定を確認している時。
緒方の携帯が鳴り、すぐにその顔が訝しげなものになったと思ったらホテル内でかすかに流れていた音楽が急に止み、窓や机に備え付けられたモニタが一斉に起動し同じ画面を映した。
『CAUTION!』の文字が点滅している3Dパネルに触れると、普段のテレビ放送では見られないようなデータとキャスターの切羽詰った声が流れ出す。


インドネシア・マレーシア・シンガポール・フィリピンなど東南アジアの国々とオーストラリアが共同宣言を発表。カンブリア爆発の一因ともなったスノーボールアースを発生させる為の計画を実施。同時に非常事態宣言も発令し一部の沿岸部住民に非難命令。


この報に驚愕したのはむしろ灯だった。
普通に考えれば赤道に近いこれらの国はかつては常夏とさえ呼ばれていた国で、今でも比較的平均気温は高い。スノーボールアースからは最も遠い場所に位置するはずで、この意味を緒方ははかりかねていた。
携帯もそのままに視線で説明を求める緒方に灯はようやく現実に引き戻される。

「パンゲア大陸というのを知っていますか?」

灯の問いと同時に緒方は携帯を切り、一秒もかからず思い出して頷く。かつて地球の大陸は全て地続きだったというアルフレッド・ウェゲナーが提唱した大陸移動説における超大陸のことだ。

「大陸は長い年月をかけて移動しています。その配置によっては地球が暖まりにくい、つまりスノーボールアースが起こりやすい地形もあったと昔から言われています」

「でもそれと共同宣言とは繋がりがあるんですか?」と緒方は今でも理解不能のようだったので灯は二人から最も見やすい位置にあるモニタをネット接続し、二つの世界地図を出し大きさを合わせた。
一つは西暦1800年から現在までの海面下降に因る陸地の変化の動画、もう一つは大きな海洋の流れが大まかに示された動画だ。

「とりあえず今までの海面の下降における海洋の流れの変化は確認できていません。それは資料にも出しましたが……すいません、共同宣言が発令された国を正確に教えてください」

緒方がニュースのデータ放送を読み上げ、灯が前者の地図でそれらの国を別の色に塗りつぶしていく。一通り終わるとインド洋周辺の国々が全て変わっていた。

「これに海洋……正確には熱塩循環の地図なんですが、合わせるとこうなります。ほら、共同宣言の国をあわせれば流れを一箇所止めますよね。熱塩循環が崩されればおそらくは……計算してみなければ確実にスノーボールアースが起こるとは言えませんが、地球の気候はかなり変わってくる。おそらく彼らは地球を暖まりにくい地形にしたいんだと思います。というよりこれしか考えられない」

再び緒方の携帯が鳴る。申し訳なさそうに頭を下げて出るが、10秒も経たずに切ったと思ったら不意に立ち上がった。

「すいません高科さん、すぐにチェックアウトの準備をしてください。今から国防総省に向かいます」

先頭 表紙

参考資料  ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%B1%E5%A1%A9%E5%BE%AA%E7%92%B0  ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%82%A2%E5%A4%A7%E9%99%B8 / fi ( 2007-11-12 11:08 )

2007-11-08 If Cambrian explosion happens again(10)

もともとNCExpに反対していたり非協力的な国が加盟国の中にもいくつかある事は灯も聞いていた。もちろんそれは灯自身も知らなかった世界人口の削減が目的だった時の話で、真逆のベクトルに目的が向いた今は何がなんでも当初の目的を達成したいと思う国があり人がいても不思議ではない。しかし、全く逆の仕事を命じたくせに総意で決まった計画ではないと言われると国連をはじめさまざまなところに不信感を抱かずにはいられないのも事実だ。

駅に着いた灯は緒方と共にホテルにチェックインした。
部屋に入る前に「絶対に一人で外に出たりしないでください」と念を押され観光もできず、かといってゆっくり寝る気分でもないので灯はまずシャワーを浴びることにした。南極ほどではないにしろここもかなり寒く、窓から差し込む西日だけでは足りず暖房をつけなければならないほどで、部屋が暖まるまでの時間を稼がなければならないと思ったからだ。
室温が心地よい塩梅になった頃に風呂から上がった灯は、玄関のドアの下の隙間から投げ込まれたと思われる一通の手紙を見つけた。何世紀前のベタな脅迫状の手口みたいだなと思ったら緒方からだ。
リニアに乗る前に説明できなかった事を全て説明します、という文から始まったその手紙は便箋に1枚きりだが、思った以上に多くの事が書かれていた。
今回の出張の主目的はやはり国連での調査結果の発表ではなくNCExp非賛同国の動向調査で日本の内調やFBIが全力で灯たちを守る手はずになっている。今のところ自分たちをつけていると思われる国は少なく見て8カ国で、どれもただの諜報員と思われる。
また米国防総省が独自に専門家に分析させた結果、灯たちが研究所で見せられたものと同じ結果が出たことにより極秘で対応協議をするのも日程に含まれている。この話は灯自身も聞いてなかったもので、ごく一部を除いて最重要機密として扱われているらしい。

……ペンタゴン?

うっかり声に出しそうになったのを慌てて飲み込む。わざわざ緒方が手紙なんて今時一生で何度も使わないような手段で伝えてきた事から察するに、たとえホテルにいたとしても言葉に出してはいけない状況と考えるべきだ。
一通り読み終わると、最後に書かれていた注意書きどおり手紙を丸めて灰皿に入れた。アメリカはたしかいくつかの州を除いて150年ほど前にほぼ完全に禁煙国になったはずだが他の国の人間も宿泊する事を考慮してだろう、備え付けのライターがあり灯はそれで火をつけた。昔のスパイ映画で、秘密組織がエージェントにいろいろな方法で指令を伝え、聞き終わると自動的にそのメッセージが燃えたり爆発したりして消滅するお話があったのを思い出す。
映画や小説の主人公にでもなったみたいだな、と部屋の中に充満した焦げ臭い匂いに眉をひそめながら灯は一人笑う。

先頭 表紙

参考資料 ttp://www6.ocn.ne.jp/~misao/obenkyo/kouzui.html#*1 ttp://www.stat.go.jp/data/sekai/worldall.htm / fi ( 2007-11-12 10:02 )

2007-11-03 If Cambrian explosion happens again(9)

灯達が研究所内の新生NCExpに配属されて2ヶ月。

発足後間もなくは、南極で使っていた資料や機材に加えて国内でまとめられた資料などが次々に運び込まれたりデータで転送されてきたりと物は増えていくにもかかわらず、人材はいくら上申しても待てど暮らせど増えることなく、この整理作業だけで定年かスノーボールアースが先に来てしまうのではないかと思われていた。
本気で借りたくなった猫の手は実際には何の役にも立たず雨の匂いを察知すれば己の顔を洗うのみだったが、せっかく片付けたものを崩したり散らかしたりと邪魔する事は一度もなく、置かれた荷物の隙間を縫って暖かい場所を探しては、その幸せそうな顔で灯たちを和ませていた。
研究所の職員も交代で手伝ってもらい先日ようやくオフィスとして形になり、今灯は国連本部のあるアメリカへ向かうリニア国際線(21世紀の化石燃料の使用抑制により、飛行機はよほどの要人が急用で乗る以外は世界各国で使用が制限された。代わりに海底を通るリニアで世界各国が結ばれるようになった)の中だ。

「本来の仕事ではないのにわざわざ高科さんに来てもらう事になってしまってすいません。ちょっと一人では心細かったもので」

隣の席に座る緒方が腰を低くする。前のこともあってか、久しぶりに会ったときからずっと彼は恐縮しっぱなしだ。
非公式とはいえ国連の専門機関である以上、召集を受ければ灯が出向くのは当然だが、今回の予定はWHOやFAOにおけるスノーボールアースや亜氷期が起こった際の対策について会議であり、いわば専門外のお話である。
聞けば緒方の今の仕事はある国連加盟国の内偵だそうで、表向きはNCExpの日本の管理補佐官という事になっている。つまり名目では灯の部下ということだ。
もちろんこの話は国際リニアに乗る前、確実に二人っきりでありなおかつ盗聴など絶対にされないであろう場所を選んでこっそり教えられた。おまけに誰かは教えてはくれなかったが内閣調査室の国際部門や他の国の諜報員も同じ車輌に乗っているらしい。
ただでさえ公安というスパイが身近にいた事も前から驚きだったが、もはやここまでくると映画か小説のようなお話だ。周囲の全ての人間が怪しく見えてくる。

「そんなに緊張しないでいいですよ。発表とか資料は全部僕に任せてください」

その言葉の裏の意味を悟り、灯はなるべく自然に笑って「じゃあ任せたよ」と言ってみる。だが灯の頭からはさっき緒方が教えてくれた言葉を一瞬でも頭の中から消し去る事はできなかった。

「高科さんは信じられないかもしれませんが、スノーボールアースを起こしたいと思っている国もあるんです」

その国がどこなのか、自分をエサにして探っているのだろう。
窓に映る自分の顔を見ながら、灯は緒方が言わなかった言葉を頭の中で付け足していた。

先頭 表紙

2007-10-31 If Cambrian explosion happens again(8)

「うわっ?」

伊勢田の後をついていく灯の足元に何かが飛び出し、それが猫だと気づいた時にはとき既に遅し、柔らかい腹を軽く踏んでしまいそれは「ぎゃっ」と小さく悲鳴をあげた。

「あっ、ごめんなさい! こらっ、ユウタ!」

本来謝るべきは灯が猫になのだろうが、慌てて踵を返した伊勢田が灯に謝り、猫を抱き上げる。怪我もしてなさそうで踏まれた事など気にもとめずに伊勢田の白衣に顔を擦り付けたり爪を立てたりしている。アメリカンショートヘアに見えなくもないが毛の色や体の大きさから見ても明らかに日本猫の雑種だ。
キジトラと言うらしいですよ、と伊勢田は腕の中で丸くなる猫を見て目を細める。

「ユウタ君……って言うんですか?」

「えぇ、湯加減の湯に太いで湯太です。仮眠室で寝るとき布団に入ってくる事があるんですけどすごくあったかいんですよ」

それって由来は湯たんぽなんじゃ、とつっこもうとしてやめる。伊勢田の顔を見ればどれだけ可愛がっているかは推し量るまでもなし、ということだ。

「さ、こちらです」

猫を下ろして廊下の突き当たりの部屋を開ける。人数分の机と椅子とパソコン、空の本棚とロッカー以外何もない部屋だ。それらもきちんと配置はされてないところが急いで作ったと言うのがよく解る。
大きな窓からは昔ゴルフ場だったといわれる大きな空き地が見え、そこでは運動どころか立ち入る事さえもできなさそうなほどの雪が降り積もっていて、面影も何もない。

「すいません、まだ備品も揃ってなくて……あ、仮眠室はこのちょうど真上の部屋になります。風呂も同じ階にありますので」

頭をかきながら説明する伊勢田と、新しい職場に戸惑いを隠せない灯の間を縫うようにさっきの猫が部屋に入ると、窓の近く、一番陽の当たる席の机の上に陣取り丸くなって顔の半分くらいになったと思うほど大きな口で欠伸を一つすると、気持ち良さそうに眠りについた。

「あ、またっ! こらっ!」

伊勢田が再び抱えようとするのを「いいですよ。湯太君もうちに配属ってことで」と笑って止めた。猫の睡眠と他人の恋路は邪魔するもんじゃないから、と言う灯に伊勢田は申し訳なさそうに頭を下げ、「じゃあシステム環境の説明とかはうちの者にやらせますんで、ちょっと待っててください」と廊下を小走りに戻っていく。顔は若く見えたが、その後姿はやはりだいぶ年上のものだなと灯は感じていた。
灯に続き他の二人のメンバーも部屋に入ると、それぞれ自分の席を決めた。残り福的に灯の席は猫が寝ている席になる。
この部屋で、3人+1匹のこのメンバーで地球を救うなんて壮大なスケールのプロジェクトを行うなんて灯にはまだ実感できていなかった。

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