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If -another world-

There are not the people who do not think about a "if".



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※この文章は全てフィクションです

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2007-11-19 If Cambrian explosion happens again(13)
2007-11-16 If Cambrian explosion happens again(12)
2007-11-12 If Cambrian explosion happens again(11)
2007-11-08 If Cambrian explosion happens again(10)
2007-11-03 If Cambrian explosion happens again(9)
2007-10-31 If Cambrian explosion happens again(8)
2007-10-26 If Cambrian explosion happens again(7)
2007-10-18 If Cambrian explosion happens again(6)
2007-10-16 If Cambrian explosion happens again(5)
2007-10-15 If Cambrian explosion happens again(4)


2007-11-19 If Cambrian explosion happens again(13)

その図はまさしく灯が考えていたものと同じだった。
だがここまで同じ見解が出ているのであれば、ここに自分が呼ばれた意味は何なのだろうか。
「これ以降は我々ではなくあなた方NCExpの仕事です。どれほど地形が変われば熱塩循環は遮られてしまうのか、地形が変わった場合循環の流れはどう変わるのかをあなた方がもつ地球シミュレータで計算してほしい」と依頼するハンスの言葉に偽りはないだろうが、同時に裏もあるのではないか。

「……か科さん? 高科さん!」

心配そうな顔で呼ぶ緒方に引き戻された灯は、苦笑いを浮かべた。
自分はいつの間にか必要以上に疑り深くなっていたらしい。元はと言えばそれは緒方が(灯たちを守る為とはいえ)自分らをテロリストとして拘束した事から始まったわけだが、あれからたった3ヶ月ちょっとで自分でさえもこうも変わってしまえるのであれば、百年くらいあれば人間は氷河期にも対応できる身体を手に入れることくらいできるんじゃないか。

「大丈夫、ちゃんと聞いてるから。では今から研究所に連絡して計算させます。結果が出次第すぐに送りますから」

灯が鞄から携帯を取り出そうとするのを、ハンスが止める。

「いかなる結果が出ても、それは絶対に公表しないでいただきたい」

ハンスの言葉の意味を解りかねて、灯は聞き直す。

「シミュレーションの結果は日本政府を含め、我々とそちらの研究所以外には絶対に漏らさないでほしいのです、お願いします」

国連直属の機関に一国の軍隊の長が命令する、それがどういう意味なのか解らないはずはないのに、ハンスはお願いと言う言葉用いているとはいえ強い口調だ。
灯だって内閣府の職員であり仕事の内容は上に報告する義務を持つ。それをするな、という事はやはり裏があるのは間違いないと灯は確信した。
まともに答えが返ってはこないとわかりつつも「どうしてですか?」と問いただす。

「我々人間、いや、生けとし生けるもの全ての未来がかかっているとだけご理解いただきたい」

こんなに透き通るような青い瞳を、灯は初めて見た。それに、こんな強い視線も。
しばしの沈黙の後、灯は「わかりました」と受け入れ、ハンスもありがとうと頭を下げ握手を求めた。

「ただし、あなた方がこれからもし何か行動を起こす時は必ず事前に報告していただきたい。でなければ協力はできないし国連で非難決議を求める事もありえます」

ハンスの大きく、だが年齢と共に小さく弱くなりつつあると思われるその手を握り返す。先ほどの視線に負けないように、灯は腹に力を入れる。

「わかりました。約束します」と同時に顔を緩めたハンスは「ご帰国はいつ頃ですか?」と話題を変えた。
チラリと緒方を見ると、彼が代わって返事をする。

「リニアの席が取れれば今日中の便にでも乗るつもりです。なければNYで一泊して、明朝にでも」

それを聞くとハンスはイタズラを思いついた少年のような顔をしてこう言った。

「もし二人とも興味がおありなら、滅多にできない経験をしてみませんか?」

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2007-11-16 If Cambrian explosion happens again(12)

リニアでニューヨークからフィラデルフィアを抜け、ワシントンの駅で降りタクシーに乗って大きな橋を越えるとすぐに見えてきた米国防総省、通称ペンタゴンもしくはDoD。
昔タワーから見た函館五稜郭のようなものを想像していた灯だったが実際に見るそれは全然違った。
城塞ではなくれっきとした先進オフィスビル、しかも世界最大と言うだけあって駐車場から見るだけではその全貌が五角形だとは解りづらい。
かなり昔、ここに航空機で突っ込むテロがあったという話を車の中で緒方から聞いたものの、外観からはそれがどこだったのか見当もつかなかった。
「こっちです」とまるで全て解っているかのように案内する緒方の後についていく。建物の中も車で移動したほうがいいんじゃないかと思う灯だったが、端から端まで移動しても10分かからないという説明を信じ、先ほど渡された許可証を首から提げ歩き出す。目隠しされてしばらく連れまわされるのかと思ったが、あっさりとコンピュータの並ぶ管制室みたいな部屋に通される。
周りは軍服とスーツの人間が半々だが、空気は明らかに緊張していた。
その中の一人、見るからに階級が高く勲章を多くつけた一人に緒方が頭を下げて近づく。後に続いて灯も頭を下げ、握手を交わす。その軍人はハンスと名乗り、USAAFで階級は准将だそうだ。
緒方が灯の紹介もそこそこに、本題を切り出す。

「高科さん、すいませんが先ほどしてくれた説明を、もう一度詳しくお願いできますか?」

灯は頷くと、世界地図を二次元ディスプレイに出してもらい言われたとおり始める。



「……とはいえ熱塩循環をどのようにして狂わせるのかは解りません。いえ、予想される方法もあるにはありますが、現実的では……」

灯が言葉を選んでいると、ハンスは灯が考えている通りの事を述べる。

「土砂による埋め立て、極地に広がる氷塊の集積などもありえるでしょうが、我々は環太平洋火山帯の活発化を誘発がもっとも可能性が高いだろうと考えています」

彼の言葉を待っていたかのように新しい地図が映し出されると、共同宣言を出した地域の地図と重ね合わせられる。

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参考資料 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E7%81%AB%E5%B1%B1%E5%B8%AF / Φ ( 2007-11-16 10:54 )

2007-11-12 If Cambrian explosion happens again(11)

翌々日。
国連本部での発表はつつがなく終了し、と言えば聞こえはいいが発表する側もされる側もお互い形式だけのものと解っているので脚本に書かれたものを演じただけ、というのが灯の印象だった。その報告の中に虚偽のものがあったわけではないのだが、今更言うほどのものでもなかった。

緒方と一緒に(とは名ばかりで警護されながら)ホテルに戻った灯がラウンジで今後の予定を確認している時。
緒方の携帯が鳴り、すぐにその顔が訝しげなものになったと思ったらホテル内でかすかに流れていた音楽が急に止み、窓や机に備え付けられたモニタが一斉に起動し同じ画面を映した。
『CAUTION!』の文字が点滅している3Dパネルに触れると、普段のテレビ放送では見られないようなデータとキャスターの切羽詰った声が流れ出す。


インドネシア・マレーシア・シンガポール・フィリピンなど東南アジアの国々とオーストラリアが共同宣言を発表。カンブリア爆発の一因ともなったスノーボールアースを発生させる為の計画を実施。同時に非常事態宣言も発令し一部の沿岸部住民に非難命令。


この報に驚愕したのはむしろ灯だった。
普通に考えれば赤道に近いこれらの国はかつては常夏とさえ呼ばれていた国で、今でも比較的平均気温は高い。スノーボールアースからは最も遠い場所に位置するはずで、この意味を緒方ははかりかねていた。
携帯もそのままに視線で説明を求める緒方に灯はようやく現実に引き戻される。

「パンゲア大陸というのを知っていますか?」

灯の問いと同時に緒方は携帯を切り、一秒もかからず思い出して頷く。かつて地球の大陸は全て地続きだったというアルフレッド・ウェゲナーが提唱した大陸移動説における超大陸のことだ。

「大陸は長い年月をかけて移動しています。その配置によっては地球が暖まりにくい、つまりスノーボールアースが起こりやすい地形もあったと昔から言われています」

「でもそれと共同宣言とは繋がりがあるんですか?」と緒方は今でも理解不能のようだったので灯は二人から最も見やすい位置にあるモニタをネット接続し、二つの世界地図を出し大きさを合わせた。
一つは西暦1800年から現在までの海面下降に因る陸地の変化の動画、もう一つは大きな海洋の流れが大まかに示された動画だ。

「とりあえず今までの海面の下降における海洋の流れの変化は確認できていません。それは資料にも出しましたが……すいません、共同宣言が発令された国を正確に教えてください」

緒方がニュースのデータ放送を読み上げ、灯が前者の地図でそれらの国を別の色に塗りつぶしていく。一通り終わるとインド洋周辺の国々が全て変わっていた。

「これに海洋……正確には熱塩循環の地図なんですが、合わせるとこうなります。ほら、共同宣言の国をあわせれば流れを一箇所止めますよね。熱塩循環が崩されればおそらくは……計算してみなければ確実にスノーボールアースが起こるとは言えませんが、地球の気候はかなり変わってくる。おそらく彼らは地球を暖まりにくい地形にしたいんだと思います。というよりこれしか考えられない」

再び緒方の携帯が鳴る。申し訳なさそうに頭を下げて出るが、10秒も経たずに切ったと思ったら不意に立ち上がった。

「すいません高科さん、すぐにチェックアウトの準備をしてください。今から国防総省に向かいます」

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参考資料  ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%B1%E5%A1%A9%E5%BE%AA%E7%92%B0  ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%82%A2%E5%A4%A7%E9%99%B8 / fi ( 2007-11-12 11:08 )

2007-11-08 If Cambrian explosion happens again(10)

もともとNCExpに反対していたり非協力的な国が加盟国の中にもいくつかある事は灯も聞いていた。もちろんそれは灯自身も知らなかった世界人口の削減が目的だった時の話で、真逆のベクトルに目的が向いた今は何がなんでも当初の目的を達成したいと思う国があり人がいても不思議ではない。しかし、全く逆の仕事を命じたくせに総意で決まった計画ではないと言われると国連をはじめさまざまなところに不信感を抱かずにはいられないのも事実だ。

駅に着いた灯は緒方と共にホテルにチェックインした。
部屋に入る前に「絶対に一人で外に出たりしないでください」と念を押され観光もできず、かといってゆっくり寝る気分でもないので灯はまずシャワーを浴びることにした。南極ほどではないにしろここもかなり寒く、窓から差し込む西日だけでは足りず暖房をつけなければならないほどで、部屋が暖まるまでの時間を稼がなければならないと思ったからだ。
室温が心地よい塩梅になった頃に風呂から上がった灯は、玄関のドアの下の隙間から投げ込まれたと思われる一通の手紙を見つけた。何世紀前のベタな脅迫状の手口みたいだなと思ったら緒方からだ。
リニアに乗る前に説明できなかった事を全て説明します、という文から始まったその手紙は便箋に1枚きりだが、思った以上に多くの事が書かれていた。
今回の出張の主目的はやはり国連での調査結果の発表ではなくNCExp非賛同国の動向調査で日本の内調やFBIが全力で灯たちを守る手はずになっている。今のところ自分たちをつけていると思われる国は少なく見て8カ国で、どれもただの諜報員と思われる。
また米国防総省が独自に専門家に分析させた結果、灯たちが研究所で見せられたものと同じ結果が出たことにより極秘で対応協議をするのも日程に含まれている。この話は灯自身も聞いてなかったもので、ごく一部を除いて最重要機密として扱われているらしい。

……ペンタゴン?

うっかり声に出しそうになったのを慌てて飲み込む。わざわざ緒方が手紙なんて今時一生で何度も使わないような手段で伝えてきた事から察するに、たとえホテルにいたとしても言葉に出してはいけない状況と考えるべきだ。
一通り読み終わると、最後に書かれていた注意書きどおり手紙を丸めて灰皿に入れた。アメリカはたしかいくつかの州を除いて150年ほど前にほぼ完全に禁煙国になったはずだが他の国の人間も宿泊する事を考慮してだろう、備え付けのライターがあり灯はそれで火をつけた。昔のスパイ映画で、秘密組織がエージェントにいろいろな方法で指令を伝え、聞き終わると自動的にそのメッセージが燃えたり爆発したりして消滅するお話があったのを思い出す。
映画や小説の主人公にでもなったみたいだな、と部屋の中に充満した焦げ臭い匂いに眉をひそめながら灯は一人笑う。

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参考資料 ttp://www6.ocn.ne.jp/~misao/obenkyo/kouzui.html#*1 ttp://www.stat.go.jp/data/sekai/worldall.htm / fi ( 2007-11-12 10:02 )

2007-11-03 If Cambrian explosion happens again(9)

灯達が研究所内の新生NCExpに配属されて2ヶ月。

発足後間もなくは、南極で使っていた資料や機材に加えて国内でまとめられた資料などが次々に運び込まれたりデータで転送されてきたりと物は増えていくにもかかわらず、人材はいくら上申しても待てど暮らせど増えることなく、この整理作業だけで定年かスノーボールアースが先に来てしまうのではないかと思われていた。
本気で借りたくなった猫の手は実際には何の役にも立たず雨の匂いを察知すれば己の顔を洗うのみだったが、せっかく片付けたものを崩したり散らかしたりと邪魔する事は一度もなく、置かれた荷物の隙間を縫って暖かい場所を探しては、その幸せそうな顔で灯たちを和ませていた。
研究所の職員も交代で手伝ってもらい先日ようやくオフィスとして形になり、今灯は国連本部のあるアメリカへ向かうリニア国際線(21世紀の化石燃料の使用抑制により、飛行機はよほどの要人が急用で乗る以外は世界各国で使用が制限された。代わりに海底を通るリニアで世界各国が結ばれるようになった)の中だ。

「本来の仕事ではないのにわざわざ高科さんに来てもらう事になってしまってすいません。ちょっと一人では心細かったもので」

隣の席に座る緒方が腰を低くする。前のこともあってか、久しぶりに会ったときからずっと彼は恐縮しっぱなしだ。
非公式とはいえ国連の専門機関である以上、召集を受ければ灯が出向くのは当然だが、今回の予定はWHOやFAOにおけるスノーボールアースや亜氷期が起こった際の対策について会議であり、いわば専門外のお話である。
聞けば緒方の今の仕事はある国連加盟国の内偵だそうで、表向きはNCExpの日本の管理補佐官という事になっている。つまり名目では灯の部下ということだ。
もちろんこの話は国際リニアに乗る前、確実に二人っきりでありなおかつ盗聴など絶対にされないであろう場所を選んでこっそり教えられた。おまけに誰かは教えてはくれなかったが内閣調査室の国際部門や他の国の諜報員も同じ車輌に乗っているらしい。
ただでさえ公安というスパイが身近にいた事も前から驚きだったが、もはやここまでくると映画か小説のようなお話だ。周囲の全ての人間が怪しく見えてくる。

「そんなに緊張しないでいいですよ。発表とか資料は全部僕に任せてください」

その言葉の裏の意味を悟り、灯はなるべく自然に笑って「じゃあ任せたよ」と言ってみる。だが灯の頭からはさっき緒方が教えてくれた言葉を一瞬でも頭の中から消し去る事はできなかった。

「高科さんは信じられないかもしれませんが、スノーボールアースを起こしたいと思っている国もあるんです」

その国がどこなのか、自分をエサにして探っているのだろう。
窓に映る自分の顔を見ながら、灯は緒方が言わなかった言葉を頭の中で付け足していた。

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2007-10-31 If Cambrian explosion happens again(8)

「うわっ?」

伊勢田の後をついていく灯の足元に何かが飛び出し、それが猫だと気づいた時にはとき既に遅し、柔らかい腹を軽く踏んでしまいそれは「ぎゃっ」と小さく悲鳴をあげた。

「あっ、ごめんなさい! こらっ、ユウタ!」

本来謝るべきは灯が猫になのだろうが、慌てて踵を返した伊勢田が灯に謝り、猫を抱き上げる。怪我もしてなさそうで踏まれた事など気にもとめずに伊勢田の白衣に顔を擦り付けたり爪を立てたりしている。アメリカンショートヘアに見えなくもないが毛の色や体の大きさから見ても明らかに日本猫の雑種だ。
キジトラと言うらしいですよ、と伊勢田は腕の中で丸くなる猫を見て目を細める。

「ユウタ君……って言うんですか?」

「えぇ、湯加減の湯に太いで湯太です。仮眠室で寝るとき布団に入ってくる事があるんですけどすごくあったかいんですよ」

それって由来は湯たんぽなんじゃ、とつっこもうとしてやめる。伊勢田の顔を見ればどれだけ可愛がっているかは推し量るまでもなし、ということだ。

「さ、こちらです」

猫を下ろして廊下の突き当たりの部屋を開ける。人数分の机と椅子とパソコン、空の本棚とロッカー以外何もない部屋だ。それらもきちんと配置はされてないところが急いで作ったと言うのがよく解る。
大きな窓からは昔ゴルフ場だったといわれる大きな空き地が見え、そこでは運動どころか立ち入る事さえもできなさそうなほどの雪が降り積もっていて、面影も何もない。

「すいません、まだ備品も揃ってなくて……あ、仮眠室はこのちょうど真上の部屋になります。風呂も同じ階にありますので」

頭をかきながら説明する伊勢田と、新しい職場に戸惑いを隠せない灯の間を縫うようにさっきの猫が部屋に入ると、窓の近く、一番陽の当たる席の机の上に陣取り丸くなって顔の半分くらいになったと思うほど大きな口で欠伸を一つすると、気持ち良さそうに眠りについた。

「あ、またっ! こらっ!」

伊勢田が再び抱えようとするのを「いいですよ。湯太君もうちに配属ってことで」と笑って止めた。猫の睡眠と他人の恋路は邪魔するもんじゃないから、と言う灯に伊勢田は申し訳なさそうに頭を下げ、「じゃあシステム環境の説明とかはうちの者にやらせますんで、ちょっと待っててください」と廊下を小走りに戻っていく。顔は若く見えたが、その後姿はやはりだいぶ年上のものだなと灯は感じていた。
灯に続き他の二人のメンバーも部屋に入ると、それぞれ自分の席を決めた。残り福的に灯の席は猫が寝ている席になる。
この部屋で、3人+1匹のこのメンバーで地球を救うなんて壮大なスケールのプロジェクトを行うなんて灯にはまだ実感できていなかった。

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2007-10-26 If Cambrian explosion happens again(7)

「そういえば、」と灯は研究員に顔を向けた。研究員は表情だけで返事をする。

「この実験結果はもちろん上に報告したんですよね」

「もちろんです」と彼をはじめ皆が頷いた。だがその顔は決してそれで安心できたという代物ではない。
彼ら曰く、20世紀にも地球寒冷化を唱える学者達はいたそうだが、それは後にあまりにも理論的ではなく馬鹿げた話として一笑に付されるのみに終わってしまう。たしかにその論文にはさまざまな面で科学的見地が欠けていたし、データの蓄積も少なくそもそも理論的なものでもなかった。温暖化の原因である物質は逆に太陽光を遮り寒冷化を招くとさえされていたのだ。その論文が理論的に否定され、当時から500年たった今でも間氷期は数万年先まで安定するか、氷河期の周期そのものが無くなるだろうというのが共通の認識であり常識だった。
その話があってのことだろう、上層部にも最終氷期と呼ばれるヴュルム氷期の後にあったとされる亜氷期程度の寒冷化は起こるかもしれないが、スノーボールアースになるほどのものであるとは未だに信じていない。
だからあの公安の氷室(後で聞かされたことだがあの男は実は公安調査庁長官だそうだ)は”解りきっている”と言ったのか。
灯を捕らえた時も「逮捕」ではなく「拘束」と気をつけて使っていた事から察するに言葉尻にもかなり気をつけているであろうあの男が、ここまで結果が出ているのにスノーボールアースが起こらない事は現在進行形で信じている理由がようやく飲み込めた。

「むろん、信じてもらえたところで寒冷化を食い止める手段が増えるわけではないんですが」

最初に尋ねた研究員が諦めたように笑って眼鏡を外した。

「我々が出せる資料や技術は全部そちらに出しますし、必要とあればこちらのスタッフは総動員で協力させていただきます。お役に立てるかは解りませんが」

役に立てるかどうか解らないは灯も同じだ。NCExpを離れてもやる事も帰る場所もないので続ける事に決めたものの、見通しなんか全く通っていない。
緒方もずるいよな、と灯は心の中で毒づいた。彼は公安であることが知られてしまったためもう既に別の仕事に転属されたそうだ。また別の場所で身分を隠してスパイをしつつ全く違う仕事もこなすのはそれはそれで大変だろうが、南極の仕事ではかなり頼ってきた部分もあると言うのにこんな時にいなくなるのは正直「逃げやがって」という気持ちを抑えられない。
とはいえ、そんな事を言っても今は仕方がないのも解っていた。

「お願いします」と灯が頭を下げたあと、ようやく二人は名刺を交換した。
研究員と思った彼は伊勢田という名前でこの研究所の所長だった。ここのところ「長」がつく人と知り合う機会が多い。いい形でも悪い形でも。

「あ、あとこちらもお渡ししておきます。皆さんのぶんもあります」

名前の書かれた三通の封筒をもらい、灯が仲間に配る。
辞令だった。

  本日付で国連NCExp共同作業部会長及び内閣府NCExp対策室長を命じる

戸惑う灯に伊勢田は

「あ、聞いてなかったんですか? 今回の件でプロジェクトリーダーの方が辞められてしまったそうなんで、国連の中では共同作業部会、国内では内閣府直属の機関にして高科さんが室長になるからとりあえず職場をここに置くようにと指示があったんですよ。昨日から徹夜で何とか部屋を作りましたんで、案内しますね」

と歩き出した。意外にというかさすが研究者というか、かなりマイペースな人らしい。
伊勢田が扉の前で振り返ってくるように促す。それに灯はただだまってついていく。

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2007-10-18 If Cambrian explosion happens again(6)

500年ほど前に横浜の海洋研究開発機構で運用を開始した地球シミュレータ。開発当時は世界最速のスーパーコンピュータとして注目も集めたらしい。
ペタフロップスが常識の今からすれば化石ともいえる代物だが、何度もバージョンアップや再開発を重ねシミュレーション可能な年数は開発当時の10倍を超える、現在でも地球環境の分野に限って言えばトップクラスの性能を誇る。ただ現在は違うアーキテクチャのものが横浜に設置されたため、現在ではここ、つくばの国立環境研究所で稼動し続けているのだ。

到着した灯たちがスタッフとの挨拶もそこそこにまず見せられたのは、今回の地磁気の減少に伴った世界中の異変と、それをパラメータに組み込んだシミュレーションの結果だ。

「どう思いますか?」とそこの研究員が灯に意見を求める。だが、今までスノーボールアースは起きないと信じ続けていたのに意見など言えるはずもなかった。

「信じたくないとしか言えないね」

灯の言葉を予想していたかのように研究員は頷くと、今度は別のシミュレーションを目の前で示して見せた。

「これが全球凍結……スノーボールアースが起きた場合のものです」

凍りついた地球は稀に起こる火山の爆発や地震で氷の一部が砕ける以外、1000年経っても大した変化は見られなかった。ここまでくると地球を一度ほぼリセットして新しく生命体の体系ができる、新たなカンブリア爆発が起きてもおかしくはなさそうだ。

「シミュレーションでは今の地磁気のままであれば凍結の可能性は低いと推測していますが、地磁気の反転なんて実測した事ないですからね。何が起こるか。そもそもこの結果だって想定してたわけでもないのに半月ほど前にいきなり出てきたんですから」

あまりにもスケールが大きすぎて彼も笑うしかないようだ。もちろん灯だって同じだが、NCExpなどという数億年単位のおそらく史上最長のプロジェクトに関わっていた分だけ免疫はあるのかもしれない。とりあえず今できるのは現状では一番の問題事項の把握と、それを解決する期限を知ることだ。
まず訊くべきなのは期限のほうだろう。

「地磁気が完全に反転するのはいつか計算してますか?」

長くて30年、短ければ3年。
出された答えには随分と開きがあるように思うが46億年もある地球史の中ではそれほどの違いはない。ただ、また地磁気が回復する見込みはなさそうだというのは誰もが同じ意見だ。

地磁気に関しては人間の力でどうにかできる問題ではない。
では次は一番の問題事項の把握だ。

「極地の氷床が年々大きくなっています……ってのは高科さんの方がご存知ですよね」

えぇ、身を以って、と灯は苦い顔をした。一ヶ月も日本で過ごした灯にはあの寒さは思い出すだけで気分が底まで落ちる。たまに帰ってきてたとはいっても8年も過ごした自分を表彰してやりたくなる。

「温室効果ガスの排出量は22世紀とあまり変わっていませんが、地球に影響を与えるほどの大きいものではないですね。海水中の金属イオン濃度は年々上がってますし、一番期待できる火山活動も影響が与えるほどのものは……」

「無理矢理どっかの火山を噴火させるってできないかな?」

と冗談交じりに言ってみたが

「不可能ではないかも知れませんが周囲にどれだけ被害が出ると思いますか? 噴煙で太陽光だってさえぎられるんですよ」と真面目な顔で返されてしまった。たしかに火山のエネルギーは膨大だが制御ができないのであればそれは両刃の剣だ。

お手上げ、かなぁ。
3次元ディスプレイが映し出す凍りついた地球に向かって灯は呟く。

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2007-10-16 If Cambrian explosion happens again(5)

灯が耳を疑っている間にも、緒方は続ける。

「ここのとこ地磁気が急速に弱まっていて、永年変化の域を超えています。このままいけば地磁気の反転ももうすぐでしょう」

地磁気の反転。以前灯も海洋地質学の講義を受けた時に聞いた事がある。堆積物の様子からそれは証明されていると。
でも、それがスノーボールアースと直接関係はあるのか。

「今はまだ直接的な因果関係は証明できません。でも、地磁気の減少に伴ってスノーボールアースの発生の仮説と同じ現象が起きています。上の方はまだ半信半疑ですが、僕は何かしらの関連性はあると思いますし、他の研究チームでも同じ結論が出ました。地球シミュレータでも地磁気の反転を考慮すれば可能性を否定は出来なくなっています」

緒方が黙る。灯も何も言えない。沈黙が続く中、どこかで刑務官が怒声をあげているのだろう、廊下の向こうから意味不明な言葉が聞こえる。

「じゃあ」とその沈黙を破ったのは灯からだった。さっきと全く同じ文言で訊ねる。

「あんたらはこれから俺たちをどうするつもりだ?」

緒方は言いづらい事を訊かれたという表情だ。もちろん答えは解った上で訊いている。

「スノーボールアースが起きれば地上の生物の大半が死滅します。もちろん人間も生きていける環境じゃない。地下シェルターで生き延びるにしてもスノーボールアースが終わると想定されているのは早くて数百年後ですから、それも無理です。なら、」

「スノーボールアースが起こらないようにしろ、と」

「頼める義理じゃないってのはよく解ってます。でも起こってからじゃ遅いんです。映画のような話ですけど、高科さんたちを含むNCExpに人類の未来がかかってるんです」

「もう今年で33歳だけど」と灯は笑い「真剣にそんな大層な事言われた事なんかないし言われるとも思ってなかったよ」とまだ整理のついてない頭を軽くコンコンと壁に当てる。
「僕も今年30ですけど、真剣にこんなセリフ言ったの初めてです」と緒方も笑う。

緒方が立ち上がり一礼すると部屋を出る。鍵がかけられた音がせず、看守も小窓から覗いたっきり行ってしまったので、もう自分は拘束された被疑者ではなく一般人なのだろう。人類の未来を背負っている(かもしれない)という肩書き付きの。
ほどなく係りの者が来て荷物を渡され、別室に連れて行かれる。そこには拘束された仲間が集まっていて、無表情になった緒方が上司の氷室と共に就職の面接官のように長テーブルの向こうに座っていた。二人の説明ではこれからの仕事は寒冷化の進行を調査し可能な限り止めることになる。ここで辞めても生活は保障されるが、今後の行動をかなり制限をされ今回の件も口外しないと誓わされるそうだ。拘束について謝罪は一言も無く「解放してやる」みたいな物言いはいかにも公安らしい。
8名中、残ったのは灯を含む3名。他の人間は既に結婚し家族がおり長い間離れていたし共に過ごしたい、という意見だった。

「家族……か」

つくばにある国立環境研究所に向かうバスの中、灯は呟いた。
その言葉を聞き逃さなかった、同じメンバーの一人の男が恐る恐る訊いてきた。

「高科さんは来てよかったんですか? 家族とか彼女さんとかは? 僕はとっくに両親も死んでるし兄弟もいなかったですから」

彼は彼で大変な人生を歩んできたのだろう。が、それは灯も同じだった。

「俺も里親はいるけど血の繋がった人間はいないし彼女も大学卒業以来仕事が忙しくて作る暇も無かったし。義理の家族は仕送りはしてるけど何年も会ってないよ」

そうですか、と彼はもう訊いてこなかった。

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2007-10-15 If Cambrian explosion happens again(4)

高科灯が拘束されて一ヶ月。

想像していたよりも広くてそれなりに過ごしやすい独房で、今日の取調べが終わってシャワーも浴びた灯は部屋の一番隅に座って壁にもたれながら考えていた。
この一ヶ月で、正確には初めの一週間で答えられる事については全て答えたつもりだ。そもそも反乱計画とは言っても具体的に何かを準備していたわけではない。公安の連中も最初は「君達には相応の処分が下るはずだ」と息巻いていたが、一向に処分の内容が伝えられる事も無く、もはや決めるつもりがないとしか思えない。隠している事は少なくとも自分が思いつく限りではないのだから、このままにされているのは他に何か理由があるはず。
格子のついた窓から見える空に太陽がかろうじて見える。さっきまで光が当たっていた部分の畳に足を伸ばしてみると驚くほど熱いので、外の気温を忘れそうになる。

「随分疲れてますね」

と扉の方から不意に声がし、灯は身を跳ねさせた。
小さな窓から覗く顔は緒方だった。

「おかげさまで」

こんな嫌味なんてなんとも思わないだろうと思っていたが、緒方は「本当に申し訳ありません」と深々と頭を下げた。

「お話しなければならない事があります」

扉の鍵を開け入ってくる。

「こちらの聞きたい事は話してくれるんだろうな」

睨み続ける灯の前に来ると、緒方は正座をした。

「聞きたくない事までお話しする事になると思います。まず、あなたの聞いている通りNCExpは増えすぎた人口を調整する……口減らしです」

当然のごとく、まずは灯を拘束(権限がない為逮捕ではなく建前上は拘束としているらしい)するに至った経緯から説明した。

「あなたたちがスノーボールアースは起こらないという結論に達するのは、実はあなたが配属される前から解っていました。NCExpは表向きは極秘組織でしたが、ここ2〜3年でもはや誰もが知る組織となってしまいました。なぜだか解りますか?」

そんな事を聞かれても長らく日本を離れていて帰ってきてもとんぼ返りだった灯にそんな国内事情など知る由もない。

「政府がマスコミにリークしていたからです。地球規模の寒冷化はご存知の通り全世界にエネルギー危機や人口の大幅減少を引き起こした。それはもちろん過去に温暖化による危機を声高に叫んだ大国の首脳達の責任ですが、今はもう彼らもいない。だが危機的状況は今も続いているし、誰かがその状況に責任をとらなければ事態の収拾ができない。そこでサミットでNCExpに責任を取らせる事が決まりました。もちろん議事録にすら記載されていませんが」

「なんだそりゃ」と灯は呆れた。

「で、責任てのはどうとらせるつもりなんだよ。公開処刑でもするのか?」

やけっぱちになった灯に、緒方はもっと深刻そうに首を横に振った。

「そんな事をさせないために、私が先導してあなたたちを拘束させてもらいました。言い訳になるかもしれませんが、ここにいれば少なくとも命だけは守られる。まあ自由はありませんが、あそこにいるのと比べたらあまり変わりないでしょうしね」

たしかに南極の生活と今を比べてもあまり大差ないように思える。むしろ個室が広くなったぶんだけ快適かもしれない。

「じゃああんたらはこれから俺たちをどうするつもりだ?」

窓を見やると、いつの間にか太陽は見えなくなって、陽があたっていた場所もさっきより遠くなって足が届かなくなっていた。そんな灯から目をそらさず、緒方は灯を驚かすことを口にした。

「最近解った事なんですが、スノーボールアースは起こります。遅くとも数十年以内に……早ければ数年で」

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