ホモ・サピエンス(ヒト)は既に進化の最終形態であり、これ以上進化する余地はない。
よってこのままでは数千年の間に絶滅し新たな種が地球を支配するだろう。
この状況を打開する為には、新たなる進化のきっかけが必要である。
それこそカンブリア爆発のレベルで急激に、しかも大きな変容が。
今でこそ冗談としか思えない、もちろん当時もほとんどの学識者から相手にされなかった20世紀のある一つの論文。
そんなものを半ば妄信的ともいえるほどに信じてしまったある国の首相がこの計画、つまりNCExpを発案し、洗脳されるように各国が賛同した。
計画の概要はこうだ。
カンブリア爆発よりも前に、スノーボールアースと呼ばれる時期があった。
全球凍結、つまりは地球全土が氷に包まれた状態のことで、46億年の地球の歴史の中で数回あった事が確認されている。
そのスノーボールアースを人為的に起こし、連鎖的にカンブリア爆発に繋げる。
温室効果ガスの削減もその流れの一つである。
スノーボールアース自体がカンブリア爆発の直接的な原因ではないと唱える学者も多数存在したが、他に原因を見つけられなかった当時の人間たちはがけっぷちに立たされたような勢いでこの計画を進めたのだった。
結果論だがそんな論文が出され、そんな事はありえないと解らない時点でヒトは進化の終着点でもなんでもない証明のように思えるのだが、その計画のために彼―高科灯―はこんな場所に来る事になった。
そこで灯は上と現場の温度差と、現実を知った。
スノーボールアースにまで至るほどの寒冷化は起こせないこと。
スノーボールアースを起こしてもカンブリア爆発に至る確証はないこと。
カンブリア爆発がおきてもヒトが劇的に進化する確証はないこと。
ヒトが進化の最終地点である絶滅には至らないということ。
そして現在NCExpは、計画そのものを阻止し破棄させようとしていること。
もちろんこのことはまだどこにも発表もしていない。
そもそもこの計画そのものが最重要機密である以上下手に発表しても自分たちが不利になるだけだし、上に直接言ってもここまで計画を進めてしまった以上引くに引けないという思惑もある。
なのでまずは現在の寒冷化を食い止める方策を打ち出し、タイミングを見て全世界に発表する……はずだった。
「そのまま動くな!」
映画でしか聞かないようなセリフとともに、同じく映画でしか見た事のない武装集団が灯の部屋の扉を蹴り開けてなだれ込んできた。
起き上がる間もなくそのままベッドの上で押さえつけられた灯は拘束され、ひんやりとした硬いものがいくつも頭や背中に痛いほど押し付けられる。
「高科灯は確保。他はどうだ?」
聞いた事のある声が、無線を使って誰かに報告する。
顔だけでも見てやろうとするが後頭部を押さえられ、しかも銃まで突きつけられては首を動かす事もできない。
だんだんと意識が薄れていく。口に布が当てられている事に気づいた灯は「本当に人間ってこんなもので眠っちゃうんだな。映画みたいだ」とまるで他人事みたいに考えた。
「了解。全員連行する」
その声が誰かを思い出した瞬間、彼の意識は途切れた。 |