himajin top
If -another world-

There are not the people who do not think about a "if".



アクセス解析

※この文章は全てフィクションです

目次 (総目次)   [最新の10件を表示]   表紙

2007-09-14 If Ada lives for a long time for ten years more...(2)
2007-09-14 If Ada lives for a long time for ten years more...(1)


2007-09-14 If Ada lives for a long time for ten years more...(2)

ガンだと知ったのは私が35歳の時。
あの日もいつものように大酒を飲んでギャンブルで大負けし、情けない話だけど主人には言えずバベッジにまたお金を借りてしまった。もう何回目になるだろう。
それでも彼はいつもと変わらない―あの解析機関について話をしてくれた時と同じ―笑顔で私を迎えてくれた。自分だって暮らしが楽ではなかったはずなのに。
彼が私に怒った顔を見せたのは二回だけ。
一度目は同じようにお金を借りてしまったあとで「私なんて何の価値もないけど、もし良かったら好きにしていいわよ」と彼の前で服を脱ごうとした時だった。このときほど自分が酔って記憶を失くすタイプではないのを恨んだ事はない。
翌朝目が覚めてからずっと私は泣いていた。それが自己嫌悪からなのか、彼が少しでも私に手を出そうとしてくれなかったからなのか、今となってはもう自分でも解らない。

いいかげん泣きつかれて起きようとしたその瞬間、文字通り天地が逆転した感覚に襲われた。自分でも危ないと思う倒れ方をし、頭とか首とかいろいろとぶつけたような気がしたけど痛いと思ったのはお腹だけだった。
それから慌てた主人が来て、大声で使用人を呼んだところから私の記憶は無くなって、次に目が覚めた時は病院のベッドの上で治療を受けていた。
縛られているわけでもないのに体が動かない。
全力で目だけ動かすと、お腹や腕にいっぱい傷をつけられ恐ろしいほどの血を抜かれていた。瀉血、という治療法だと医者は説明した。

それからしばらく私は入院することになる。
爵位を持っている主人のおかげで病院での生活もそれほど不自由ではなかったけど、お腹を中心に体全体が蝕まれるような疼痛に、いっそ狂うか死んでしまったら楽になれるのに、と思うほど心が削られていった。

本当のところ、このまま病院を出る事はないと覚悟をしていた。
それでも一目でも、あと一回でいいから彼に会って話したい。その思いだけで何とか生きていられたんだろう。もちろん入院している限りそんな願いは叶わないのは解っている。
そのあとの私は鬱になったり暴れたりを繰り返した。
満足に食事もできなくなり痩せる、ではなくみすぼらしいほどやつれた自分の身体に鏡を見るのもイヤになり、痛くてたまらないのに医者からもらっているはずの痛み止めがいつの間にか無くなっていたりして喚き散らした。(後で知ったが主人の母が薬をこっそり盗んでいた)

入院してどれくらいが過ぎただろう。時間とか日付とか、もうそんな感覚すらなくなっていた。暗いからとりあえず夜なのは解ったが、それだけ解ってもどうと言うことはない。今は痛みが治まっているが、またすぐにでもあの耐え難い痛みが来ると思うと絶望的な気持ちになる。
窓から入る月の光が眩しくて、それだけでイライラする自分にもっとイライラする。もう何もかも終わって欲しい。
そして私は全力を振り絞って、それでも呟くほどの声しか出なかったけど叫んだ。

「死にたい」と。

「ダメだ」と声が聞こえた。
それはとても懐かしくずっと待ち望んでいたはずの声だったのに、しばらくの間誰の声だったかを思い出せなかった。
私は目を見開いて、久しぶりにその名を呼んだ。

彼がいた。
最後に見たあの同じ怒った顔で。その顔にあの時と同じ痛みを覚えた。
「死んじゃダメだ」と言うと彼はいつもの笑顔に戻った。

それだけで嬉しくて、私は泣いた。
あの日と同じように、ずっとずっと泣き続けた。

先頭 表紙

2007-09-14 If Ada lives for a long time for ten years more...(1)

「久しぶりに勝ったから酒を飲んで何が悪いのよ? だいたいね、あれを簡単に捨てられちゃうあなたに、旦那でもないクセに何が言えるの」
またやってしまったと思った時にはこの軽々しい口にブレーキをかける事はできなくなっていた。
「私がいなかったらちゃんとしたコーディングだってできないくせに。あぁそっか。私に口を出されるのがいやだからあれを作るのやめちゃったんだよね」

その時の彼の顔を、私は死ぬまで覚えている事になる。
私―エイダ―が子宮ガンで死ぬ、1862年まで。


彼 ―バベッジ― に会ったのは結婚するほんの少し前のことだ。
友人に招待された会の席で紹介された彼は、そこにいるどんな学者や先生や記者達よりも……正直言って変人だと思った。王家から認定される教授職も本当は断りたかったと言う人間なんか、私の知る限りではいなかったし。
『階差機関』という初めて聞く言葉(当たり前だ。彼は10年以上も前にそれを形にすることなく諦めたんだから)について何時間も熱心に説明してきた。数学の知識は自信があったけど、そういう機械については無知の私にはほとんど理解できなかったが、自動的に多次元多項式の数表を作れるという話に私は夢中になった。
そして今は『解析機関』という新しい物を考えているという話にも。

「もしその計算機を作れる日が来たら、君にも協力して欲しい」

その言葉と彼が、それからの私の全てだった。
何か理由をつけては彼の所に通うようになった私に周りは皆「報われない恋をしているわね」とからかったが、私自身はそんな気はひとかけらもなかった。
……正確にはその時には、をつけなければいけないけれど。
彼の奥さんやたくさんの子ども達はいつも幸せそうだったし(後で聞いたら一人は死んでしまったそうだけど誰もそんな事を感じさせなかった)、私も彼と出会って2年後には別の男性と結婚した。
もちろん、彼の事を吹っ切る為というのが無かったかと問われれば嘘になる。
けど、そんな気持ちは永遠に彼に伝える必要なんて無い。それで私は満足だ。

そう思っていた矢先、彼は突然『解析機関』の開発は辞めると言い出した。
私の全てがそれであったように、彼の全てもそれだと思っていたのに。
その理由が階差機関を作っていたときの借金に加え、今回も資金を提供してくれた人達が急にいなくなったからだと私が知るのは、それから7年もかかる事になる。
本来なら私が死ぬはずだった、1852年に彼がそう打ち明けてくれたのだ。

その時の私は、誰が見ても惨めな女だっただろう。

先頭 表紙


[最新の10件を表示] (総目次)