himajin top
大和の「DECO」

crazy about natural DECO

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2005-02-16 正しく理解された環境
2005-02-10 痛い東京タワー妄想
2005-01-31 需要と供給のギャップ
2005-01-25 純愛ありホラーあり
2005-01-12 DECO三昧の年明け
2004-12-27 ちょっと早いけど、皆様良いお年を。
2004-12-22 摩訶DECO
2004-11-26 「D×D」ならず「T&D」
2004-11-18 祝・24歳
2004-11-16 生粋の役者魂


2005-02-16 正しく理解された環境

昨日付けの某映画通信より抜粋

最終興収15億円の可能性が出てきた。2月12.13の2日間が、3万1281人、4612万4700円を記録し(182館)、1月15〜2月13日までの30日間では、99万5320人、13億731万9920円となった。東宝の邦画系ではすでに2月4日に3週間興行を終了しているが、都内はスバル座他各シネコンで上映が続いており、その後も好調なことから15億円の可能性が出てきたもの。スバル座では、2月5日〜10日の6日間で興収450万円を記録した。とくに9日のレディースデイが強く、10代、20代の若い女性から年配の女性で劇場は賑わいを見せた。

ということで、当初の見込みを達成しそうで下方修正しなくてよかったと。
韓国でも公開が決定して冬ソナ逆輸入を狙ってるのか、ん?輸出か?とにかく韓流ブームにうんざりな自分はヨーロッパ公開の方が合うと思うんだけど。あの独特な台詞がどう字幕で表されるのか微妙。ま、フランス翻訳も同じことだろうけど。詩史のフランス語は果たして通じるのかどうか?テイスト的にはヨーロッパなんだけどな・・・私的には。
海外の監督が東京をモチーフに撮ることはしばしばあるけど、やっぱり東京を理解しきれてないままの作品に仕上がっていて幻滅すること多々あり。「神父」某大物監督の娘も東京に強くインスパイアーされ舞台を東京に撮ったのはいいけど、あまりにも日本人のイメージが不自然で我々日本人にとってはそれをデフォルメしているとしか思えないくらい酷くて、困ったことに監督本人はデフォルメしてること自体に気付いていない、一番タチの悪いパターンだったりする。やはり欧米人が日本(東京)を描くのには相当な浸透がないと無理なんだろう。あ、話が飛んだけどつまりは「餅屋は餅屋で」ということ、ちょっと違うか。
そろそろランキング落ちしてきたものの、今回改めて感じたのがDECOは映画向きだなということ。大きなスクリーンでは嘘をつけない、それに相応する豊かな表情がタワーでも実証(?)された。これから多くの映画作品に出てもらいたいな、邦画も活気付いてきてることだし。テレビは連ドラでいいや。いや、テレビも最近は単発モノなんか非常に丁寧に作られてて決して侮れないんだが・・・ 単にディスプレイのサイズが問題なわけで。つまりは、ウチのテレビを変えればいいだけか?

テレビ繋がりで昨日の学校、久々のコーナー出演。淡々と見る「いま会いゲーム」。いつもの無意識な癖のようにクーちゃんをいじっているのは面白かったけど、DECOのいま会い企画はなんだかなぁ。本人も言ってたけど自分で会いに行って、公共の電波で紹介するようなもんじゃ・・・ 「お母さんのラブストーリー」企画も萎えるといやぁ萎える。所詮バラエティーだからと本人も一視聴者も割り切るか。DECOが出ててもつまらないものはつまらない、「未成年の主張」がいつの間にか変わった?「校庭で愛を叫ぶ」の方がよっぽど潤ったわ。DECOが出てりゃ何でもいいー(ハ〜ト)なんていう甘々ファンじゃないからね。DECOの仕事を深く見続ければ見続けるほど見方はシビアになってきている。裏を反せばそれだけ仕事の質が変わってきたのかもしれない。って、偉そうに、戯言でっす。

そろそろ次回作のスニーク試写会も行われるようで、老犬と戯れる孤独な舜臣に夏前には会えると思うと今からドキドキ。
すごいヒマで腑抜け状態とかなんとか。マジ?!ヒマなんかい?めいっぱい仕事しろよーと愕然としたTV駅立ち読みでした。

先頭 表紙

2005-02-10 痛い東京タワー妄想

フタを開けてみれば意外な展開で関係者も驚いていることでしょう。
「東京タワー現象」が一時的にでもマスメディアで煽られて、動員・興収が伸びれば相乗効果でそれはそれでよしと。
確かにレディースデーの動員が初日を上回ったという例は自分の知るとこでは過去にないな。ある意味、常識を覆した映画と言えるかも。本に行間があるように、映像に空間があれば、その空間を埋めるのは観る側。いくらでも好きなように感じ取れるのは映像の遊びだろう。「東京タワー」はその遊びがいくらでもできる映画なんだろうな。何はともあれ、ムーブオーバーはめでたい。
しかし、「東京タワー現象」とか「東京タワーしてます」とかはしっくり受け入れられない。寧ろ、嫌悪感すら感じる。某ワイドショーで特集していたけど、インタビューに恥ずかし気もなく答えていた人達が痛すぎて、見るに耐えなかったわ。単に年下とお付き合いしているってだけでなく、根本には不倫というものがあるものの、どう勘違いして自分を詩史透に投影しているのか、いやはや痛い恐い女性もいるみたいで、男性よ、そういう女性には気をつけろよ!なんて忠告してみたくなってくる、そんなこと絶対しないけど。まぁ、そのくらい勘違い女は勘弁してくれってこと。
なんか、話がそれたけど、おどろおどろしさを綺麗に隠した映画を歯剥き出しの我で汚さないでおくれ、みたいな気持ち。東京タワー自体綺麗だって再認識したのに。

透もそろそろ消えて、今度は竜。既に撮影も順調に?進んでるようで、どこまで竜のキャラを作りこんでくるのか4月からのオンエアがやっぱり楽しみだ。一度くらいは竜の落語も聞いてみたいな。先週社用で地方から飛んで帰って来た時、偶然虎に会ったけど、でっけぇ〜!そしてこれまたつい先日出くわした竜は、ちっけぇ〜!まさにデカチビコンビで2人並んだ画が凸凹で好きだったりして。

撮影で忙しいのかな、とか、役作りで頭いっぱいなのかな?などと思いきや(あまり思わないけど)、まぁ、新年早々お蕎麦茹でてお雑煮つくって、初詣までして、余裕じゃない!なんて呆れちゃった。というか、自炊するアイドルってのもどうなのよ?って突っ込みたくなるわ。今年お餅を食していない、しかも自分のためには殆ど料理しない自分の僻みか?と逃げてみる。自炊している割りにはまた痩せたっぽくね?どういうモノ食してんのか、ったく。でも自分の好きなように過ごせているようで、なによりそれが一番か。自分の思いを曲げない頑なな意志と行動はDECOらしく、傍から窮屈に見えても決して御本人様はそう感じてないだろうから、この先もポジティブな自然体でいてもらえたらいいな・・・と、連載を読んでの感想。

先頭 表紙

2005-01-31 需要と供給のギャップ

風邪が一向に治らない、いや治りかけたはずなのにまたひき直した。
花粉症も拍車をかけてくれて、まったりできるはずの時期にこれとは、とほほ。
とにかく休ませてくれーっと思っているうちに、何やら小動きが?

DVD3タイトルリリースねぇ・・・ 何年ぶり?クリップ集。前回からあまりリリースしてないから当然のインターバルか。PVは全部オンエアで録画して自作クリップ集にしてるから、今更リリースかよ、なんて踊らなくてごめんなさい。PV付きの「ありがとうのうた」のシングルすら買わなかったのに。そうかと思えば、リュージのコメントだけ欲しくて7800円も出したし。そのぐらい、おまけがえらく気になる。メイキングとかライブ映像とか、この類いの単なる“おまけ”に弱いんだな。そりゃ、特典なんぞ付けなかったら売上伸びないから当たり前なんだけど、この戦略にまんまとのってしまうのがファンの悲しい性よ。このおまけだけのために3枚も買うであろう自分に呆れたもんだ、と自虐的。
ま、シングルやアルバムだけのリリースでなくてよかったと。どうせなら、やっぱりDVDでしょ。ただスピーカーから流れる音だけよりもそれをビジュアライゼーションしたものの方がよっぽど魅力的。正直、アルバムリリースに全然拘ってないし。まったくもってファンの鑑ではありませぬ。

そして、やっと虎竜連ドラ正式発表。いろいろなシガラミがあって、映画公開するまでは別作品を出さないとかホントかウソか知らないけど、どうにも水面下のお約束は複雑なもんだわ。
SPはもともと期待してなかったけど、その期待を予想以上に上回るほどの消化不良で、ここまで中途半端な仕上げだったら、ぜってー連ドラで掘り下げてもらわないと竜が泣くぜ!と思ってたからまずは一安心。ただキャスト大勢だし、さらに濃い役者陣だし、クドカンだからな、散漫にだけはなってほしくないという危惧があるのは否めない。
虎の落語は毎回あるようだけど、黄色の着物着て(何故か竜の着物は黄色って決め付けてる)、高座にあがるちっこい竜が見たくて見たくて仕方ない。チューボーで披露した調早口の落語、あれを落語といえるかは不明だが、落語の天才、お調子者の竜はさぞかし可愛いだろうなと、ちょいとイメージが徐々に膨らんでいく。
さぁ、新たな役柄、DECOがどんな風に演じるかが楽しみだ。そして、落語の天才、どダサなデザイナー、今までにないキャラにどんな視点、動きで取り付くかが興味ある。
あ、こっちのDVDも予約する気なく放置してしまったけど、35分の特典映像が気になって仕方なくなってきた。最近何かを予約するって行為が面倒で随分逃してる気が・・・ 前に比べて執着心が薄らいだのかも。

何気に動きはあるんだけど、どうにもこうにもテンション上がらずで困ったもんだ。4月までまったり諸々整理できるといいんだけど・・・ やっぱり舜臣なんだな。

先頭 表紙

2005-01-25 純愛ありホラーあり

寒くてベッドの中でぬくぬくしてたら送信者「准○」メールが。
ジャニメールは「准○」にしてるから、あぁ、また誰かの更新メールかと思いきや、御本人様でびっくり。
約半年振りの宣伝メール、相変わらずの愛想のないストレートなメールが好きです。

公開9日間で42万2837人、約5億7千万円。
15億と当初配給は見込んだけど、なんせ3週間公開、あと10日間でどこまで伸びるか正念場、10億はいくだろうけど。
公開前より評判はよくて、様々な感想をあちこちで見聞きする。
自分も最初観た時よりも回を重ねるごとに新たに感じさせられる部分が多くて、実はこれは単に大人のおとぎ話だけに留まらなくて、かなり残酷で刹那的な映画だなと思ってしまう。
上辺だけ観ると綺麗だけの映像、透キレイね、で終わってしまうのかもしれないけど、登場人物みんな病んでる部分があって、そんな奥を覗いてみるとかなり面白い。ストレートに表に出さない隠れた部分が結構多くて、この隠れた部分を覗けると全然見方が違ってくる。映画なんて観る側の感性で受け取り方が全然違うから、個々の感じ方で楽しめばいいことだけど。
それに「透キレイね」という言葉自体も飽きてるし。確かに不細工、綺麗の部類で分けたら後者なのは当然だけど、最近は“綺麗”というよりしっかりと男っぽい顔つきになってきているから、何だか自分にとっては“綺麗”という言葉はあてはまらなくて。まだ“端正”とか“秀麗”とかの方がしっくりとくるかな。あまりにもキレイキレイが連発されちゃって、ハンドソープじゃないんだから・・・ ってどうでもいいことですが。どうも最近捻くれ度合いが高くなってるようで。
公開終了までにもう一度観たいな、って何回観るんだ?って感もありますが。やはりスクリーンの魅力は大きい。

・・・たらたら書いてたらまたもや「准○」メールが。
“じゅんです。映画観てくれた?『東京タワー』??”
迷惑メール、まったく紛らわしさ極まりない!!!
耕二のタコチューがどうもダメだったんだ、桃も・・・ 直視できなかったよ、ごめん。
(唇厚いのが苦手なわけで、と言い訳。)

実は東京タワー、突っ込んだらキリない映画かも。
初の映画監督と侮れない感強し。でなければ『大停電の夜に』なんか撮れないか・・・

先頭 表紙

2005-01-12 DECO三昧の年明け

年末から昨日まで忙し過ぎ、でもその先にはお楽しみ満載があったから頑張れたんだろうな。

カウコン、一回も双眼鏡を使わなかったのは初めてかも。告知の小ケツもカウントダウンも言うことなし。
そして新年早々、真正面で見る滝とのツーショは、うん、やっぱりいい絵だ。
ぬくぬくと余韻に浸ってる間に一気にドラマの嵐。
大化は既に見ていたから安心して見れたけど、やっぱり画面サイズの差は怖い。そりゃ、525インチのスクリーンなんか迫力満点なのは百も承知だけど、ウチのは25インチだからなぁ、厳しかった。それでもちゃんと成長していく鎌足は見応えあった。

前宣伝が少ないと思っていた冬運も直前にいきなり宣伝の嵐。
事前情報が少なかっただけにどう仕上がってるのか非常に興味があったけど、蓋を開けてみたら予想以上にいい作品でびっくり。「父の詫び状」や「夜中の薔薇」は好きだったけど、向田作品はさほど自分にとって身近ではなかったから正直イメージが上手く膨らまなかった。でもそんなのは関係ないんだな、初めての作家、作品、それが良ければ先入観は逆に邪魔になるだけなのかも。勢いあり過ぎず、暗くなり過ぎず、感情の起伏を絶妙なバランスで表してるのに静かながらも確実に引き込まれて行って、これが行間に隠れる思い、向田作品なのか!って感じ。3時間あっという間でこれこそ続編が見たいと思わせてくれた秀作だった。原作もさることながら、最後のスタッフロールみて鳥肌モン。すごいプロ中のプロが勢揃い。映像見てHD撮影とはすぐ分かったけど、かなり照明を凝らしてそれを緩和してると思ったら、それもそのはず、拘りにおいては追随をみない長田さんだった。仕上げもしっかりカラーグレーディングまでして手を抜いていないし、って最後は職業病丸出しになりながら納得してしまっていた。キャストもスタッフもベテラン勢揃いで、こんな人達と一緒にDECOが仕事したのが単純に嬉しかった。菊男ももちろん良かったけど、作品自体が本当によかった。

ラスト、T&D。さほど期待してなかったから、期待も裏切られることなく。竜がぶっさんでなくちゃんと竜だったのが良かった。落語披露のシーンはないと言ってたものの、チューボーで瞬きせず早口で地名一気に言うのを見たら、やっぱり落語の天才・竜を見てみたいと思うのは致し方ないでしょう。にしても、役だとああも早口になれるというのが不思議だ、これもDECOの魅力のひとつなり。連ドラとしてもっと掘り下げて見れることを密かに期待しつつ、スペシャルは終了。

DECOが出てれば何でもいいってわけじゃない、作品あってこその役者DECO。これからもいろんな役のDECOを見てみたいと心底思わせてくれたドラマの一連だった。

ドラマが終わったのも束の間、昨日のプレミア試写会は眼福もの。アリーナバスに乗ったDECOはまるでおのぼりさんみたいで可愛かったし、舞台挨拶でキョドッた泳いだ視線も変わらぬDECOだったし、エスコートの手がちぐはぐになったのも微笑ましかったし、何よりもベルベットのロングタキシード着て「ちょっと恥ずかしい」と照れて「おめかし」という言葉を使うDECOは透ではなくまさしくDECOで言うことありませぬ。
Screen7は初めてだったけど、音の良さにビックリ。THXのおかげで映画自体も今までと違う感覚で観れたのが思わぬ発見。やはり映画はスクリーン、音響が命だ、とここでも職業病。以前も書いたけどこれは五感で観る映画だと改めて思った。

残すは初日のみ。15日で私的には全て終了。公開初日だっていうのに終了で申し訳無い、ちょっと休んで風邪を完治させねば次に進めませぬ。

先頭 表紙

2004-12-27 ちょっと早いけど、皆様良いお年を。

まだまだ続く雑誌ラッシュ。
昨日深夜、車でまたもやまとめ買い。こうなったら意地みたい。
当然、部屋は大変なことになってる、大掃除する時間もないし、しばらく放置状態覚悟。

雑誌(キャメラマン)によって被写体のイメージが変わるのが面白い。
mode系は完璧素を捨て、被写体に徹しているのが気持ちいい。
考えてみれば、仕事に“素”なんて要らないんだ。
それぞれの企画、テーマに乗っ取って、レンズやライティングなどあらゆるフィルターを通して一人の人間を演じる。
いい意味で、その人間は一商品、徹底的に企画の要求に応えている姿はさずがプロ。
それは、平面媒体だけでなく、映像にも共通するところ。シャワーシーンが絶対必要だと言われれば、納得して演じるあたり揺らぎの無い姿勢。
東京タワーのパリロケクルーが「普段は気のいい兄ちゃんなのに、レンズを通すと絵になる」とかなんとか言っていたらしいが、某キャメラマンも同じようなことを言っていた。
カメラを向けると、別人のようにオーラを放ち、自ら魅する術を知っていると。
もちろん、経験によるものもあるだろうが、天性ではないだろうかと。
キャメラマンの要求通り自らを演出するDECOを撮るのは、それはそれでキャメラマン冥利に尽きるのでは。
個人によって写真の好き嫌いはあるにせよ、こういう観点から見るとDECOのプロ意識が伺われて自分は好き嫌いなど言えなくなってくる。
逆に、こうも多種に出てくるとその雑誌の位置、キャメラマンの腕があからさまになってしまうのが怖いとこでもある。

相変わらず記事は被るものが多いが、これは同時期の取材ゆえ仕方ない。
それでもライターによって、イメージが変わるのは怖い。写真はどう撮ってもDECOだけど、記事は「てにをは」一つで変わる。この点からすれば、肉声が一番なのだが。テレビなどでの受け答えはかなりしっかり個を持った的確な切り返しをしていて驚く。単にダイレクトな返答でないと話が噛み合っていないと捉えられがちだけど、実はすごく頭のいい人なんだと思う。それは、スタジオパークを見ていて強く感じた。あくまでもDECOはDECO、芯のある確固たる意志を持っているから発せられる言葉にこれからますます期待が膨らむ。

年内はおそらく日記は書けず。
一年、恐ろしく早かった。
早いからこそ、時間を上手く使わなくてはとつくづく思う。
やれなかったことは多いけど、病気もせず、つまずくこともなく、本当に楽しい一年だった。
こうやって幸せな時を過ごせるのもDECOのおかげかも。
来年は・・・ 単に年が変わるだけで現状とさほど変わらないだろう。気負うことなく自分のペースで思いのまま進むのみ。

先頭 表紙

2004-12-22 摩訶DECO

去年に劣らず異常な怒涛露出。
チョイスする時間もなく、大人買いしまくり、出費なんて考える余地も無い。
1日6誌以上も取材受けてれば当然の露出、そして内容もほぼ同じは言うまでもなく。

CUT
タイトルがあまりにも大袈裟でこそばゆい。
記事は意外にもよかったけれど、合成写真には期待外れ。
美麗には変わりないなれど数年前の美人顔ではなく、24の男に見合った顔つきになりつつあって、仕事への充実さ、自信がここまで表情に出るのはさすがに嬉しい。
「嘘をついて生きてきた」─ 誰しも多かれ少なかれ嘘をつくもの。それが優しさであったり思いやりであったり、ましてや自己の向上につながるものだったりするから。上手く嘘をつき続けてもらいたい。そして、役者としての嘘=観客への裏切りをも期待する。

東京タワー
既に4回鑑賞。公開後は1回のみの鑑賞になりそう。
「おもちゃ」の件は天下一品。透の純粋さに不純な自分が打ちのめかされるかのように痛い。
ここでも透はDECOの欠片もなし、映像、ストーリーの中でガラス細工の透になりきっているのはいつものことながらお見事。
2度目に観た時、一番自分がエロティシズムを感じたシーン一部がカットされていた。濡れ場でもないベッドシーンでもないカットがほんの数秒だけどカット。制作側も自分と同じ感性だったのだろうか?
そして、一般的にリアリティがあると言われている喜美子。喜美子の行動こそが自分には理解できなかった。自分では一番制御する行動だったから。恋はエゴイズムのかたまり。ただそのエゴがお互いの負担になることはタブー。どちらかが負担を感じ始めたらその恋の終わりの始まり。ああいう喜美子の行動だけは間違っても起こしたくない。理性を失う恋でも失い方を間違えるととんでもなく醜くなる。詩史、透の感情に違和感を覚えないのは、自分が似た経験をしたからだろうか?
2度目からは耕二と喜美子の恋愛シーンは当初の予定通り排除、睡眠にあててしまった。
内容的には悲喜交々だが、観る側が好き勝手に想像力を膨らませれば、この映画もまた楽し、大人の御伽噺。
そう、想像力はいつも人生を楽しく膨らませてくれる。
とにかく、この映画は五感で観るものだと思った。

東商ホール、最悪。露光弱く、ガンマつぶれてせっかくのDECOの切ない表情もプールでの対峙のシーンも台無し。
二度と東商ホールでは見たくない。宣伝Pro.につい忠告、今後の改善の念を込めて。と言っても今後東○での起用はあるか否か。


すっかり男になったDECO、自ら子供ではいられないと自己改善した大人らしさとは裏腹にキューピー、テディベアから離れないDECOの感性が摩訶不思議。
そして、久し振りに肉球の感触を思い出させてくれた。幼少期、同じ様によく肉球を触って暖かさを感じたものだった。何だったんだろう?あの感触、あの暖かさ、あの安心感・・・

先頭 表紙

2004-11-26 「D×D」ならず「T&D」

年始立て続けに露出とは恐れ入りました。
向田作品に驚かされたのも束の間、すぐさまクドカン作品まで隠れ玉を持っていたとは。
国営放送作品からオーソドックス作品、はたまたへトロドックス作品まで実に幅広い。
そしてロマンティック映画へと。(ロマンティック映画と書いていて、咄嗟に「カーマ・スートラ」が浮かんでしまった自分って・・・)
こちらはもう究極の美の堪能というしかない。リアリティーを超えた過度なエロティシズムが部分あるが、それさえ排除すれば、まさに大人のおとぎ話、夢の世界。そう、映画は所謂ドキュメンタリーじゃない、フィクション。“映画”ということを忘れずに創り上げられた世界は自由に遊べる別世界。偏見、先入観なしにこの世界を楽しめれば、一時でも自分と現実を隔離することができる、そんな耽美な波が流れていた。俗界に落ちた時は、とにかく「透〜〜〜〜っ!大丈夫かよ〜〜〜っ!」とつい叫びたくなってしまったが。

改めて役者ってスゴイなと感じてしまった。
去年、透を演じ、一旦仮終了、翌日には対極的な舜臣を演じ、舜臣を消化し終えれば再び透へ。
そして、菊男に立て続けに竜二。ある意味、多重人格者、性格破綻者じゃなきゃ出来ない。さらには日常では滅多に言えないこと、出来ないこと、起こらないことを意図的に創った人物を通して体現できるというのも役者の醍醐味なのではないだろうか。例えば、叫ぶひとつにしても普通の生活ではそうそうあることではないし。人間が本来持っている喜怒哀楽の感情は大人になるにつれて何故か弱くなってしまうけど、その感情の幅を自由自在、存分に操れるのが“演じる”ことなのかもしれない。DECOの感情が柔軟だからこそ、ここまで様々な役柄を演じることができるんだろうなと感心してしまう。

「T&D」はDECOファンなら突っ込まずにはいられない設定。クドカンがどれほどDECOに精通しているか分からないけど、長瀬共演「D×D」ならず8年後の「T&D」。家族で一人生き残った借金取り立て屋、虎児に全くセンスのないデザイナー、竜二、笑っちゃうほど今までDECOが演じてきた役に当てはまり過ぎ。そして“面倒見がよく多くの友人と抜群の話術を持つ男”にDECOをあてがうとは全くの遊びで素ではきっと有り得ないだろうなと。「三枚起請」を披露する長瀬も大変だろうけど、擬似家族の中でいらつく大学生を演じながら落語を聞く生活をするDECOって、やっぱり凡人じゃないな。
とにかく来年1月は一気に開花月間。それぞれ違ったDECOを存分に楽しもう。2月以降も持続すれば文句一つないんだけど。

それにしても役者の時のDECOはホント憎らしいくらい楽しそうな顔してるな。あんな笑顔見たら、どんどん芝居させてあげたくなってくる。って、自分が仕事持ってこれるわけではないのだけど・・・

先頭 表紙

2004-11-18 祝・24歳

24歳、おめでとうございます。

3年連続撮影現場でお祝いしてもらって、芝居大好きなDECOにとっては何より記念になる誕生日なのでは。
早いな〜、24かぁ、もう若くはないな〜、なんて今朝しみじみ思ってしまった。
それでも、昨日流れたWSでは、プレゼントされた「ズーミン」に素で喜んでるあたりが不思議。スタッフが「ズーミン」と教えてくれたのに対して、「ズーミンくん」と呼んでるのも不思議。これは「飴ちゃん」とは違う感覚だよね。
何年も見続けているはずなのに当然だけど知らない面がまだまだあって、そしてどんどん変わっていくDECOを見ているのは面白い。この面白さが尽きるまで見続けていければと思う、それがどのくらいかは分からないけど。

23歳最後のDECOを東京タワーの下、光のナイアガラの前でTVを通してだけど見れたのは何とも嬉しい。それにしてもWSでの扱いが地味で相変わらずDECOらしいというか何というか・・・ そういう性格が好きなんだけど。
24にして達観的な老成しているDECO、悩み抜いた時期があったからこそ、今の境地があるんだと思う。
この先も何に対しても恐れることなく、悩みながらも前へ進んでいってもらいたい。そして、「考えることをやめたら成長は止まる」ということも忘れずに。
月並みだけど健康で好きな仕事が沢山できればいいなと願うばかり。やっぱりこのふたつに尽きるかな。

今朝から恒例のボジョレー・ヌーボー持参挨拶回りで、すっかりほろ酔い気分。
なんか毎年、DECOの誕生日はボジョレーでデロデロになっているような・・・

先頭 表紙

2004-11-16 生粋の役者魂

危惧していた部分を全て払拭させてくれていた「鎌足」。
主役はもちろんのこと、脇を固める役者陣が素晴らしく、その諸先輩の中で身体を張って鎌足を演じてるDECOがすごく大きく見えた。主役、脇との括りなしで、誰一人欠けても成り立たない作品に仕上がっていたのは、DECOだけでなく個々の作品に対する思いが強かったからだろう。そう、エキストラの一人一人までもが主役として存在していたように見えた。
前後半にわたる鎌足の変化も見事で、後半は圧巻、DECOの影の欠片もなく鎌足にしか見えなくなっていたのはさすが。いつも「失敗したら次はない」との崖っぷち状態で臨んでいるのが痛いくらい伝わってくる演技は鬼気迫るものがあり、演技を突き抜けた演技、全身全霊入り込んだゆえ素の感情が引き起こした計算できなかった芝居に驚愕した。これこそ役者の醍醐味っていうんじゃないのかな。芝居に入る前は考えるけど、入ってしまったらその場の空気と相手で芝居すると言ってたけど、まさにそうなんだと思わせてくれる芝居を見せてくれた。未熟な部分もあったけど、それがこの先どれほどの存在感のある芝居になるのかと期待が膨らむ作品だった。
今まで「賭けた作品」という言葉を聞くのは作品を選んでいるような気がしてあまり好きじゃなかったんだけど、今回初めてDECOの言うところの「賭ける」という意味が分かったような気がした。ベテラン役者の力を借りて、また一回り大きくなれたDECO、宝物もこうやって一つづつ増えていくことだろう。
目の当たりにこういう作品を見ると、好きな芝居をどんどんさせてあげたくなってくる。生粋の「役者魂」を持って生まれてきたんじゃないかと思うほど。DECOの役者の心髄をまざまざと見せ付けられた気がした。
DECOと鎌足が共存しているのではないかと思わせるシーンも多々あり、見応えは大。できれば出切る限り大画面、HD(高精細度、敢えてハイビジョンとは言わない)で見て頂きたい。525インチでのHD、5.1chサラウンドはその作品のスケールをさらに引き伸ばしていて、まさに大作というに相応しい作品に押し上げていた。(特に自分は525インチでの上映というのに惹かれて見に行ったようなもの)
役者であるには感情の柔軟性、素直さが絶対的に必要なんだなとDECOを見て感じた。
23歳、まだまだこれから。

先頭 表紙


[次の10件を表示] (総目次)