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大和の「DECO」

crazy about natural DECO

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2004-12-22 摩訶DECO
2004-11-26 「D×D」ならず「T&D」
2004-11-18 祝・24歳
2004-11-16 生粋の役者魂
2004-11-10 いっぱいあります〜
2004-11-01 やっぱり祝
2004-10-05 過ぎ去りし夏の思い出
2004-10-01 モルトに酔う
2004-09-28 閑古鳥鳴きっ放し
2004-09-15 3ショットの和み


2004-12-22 摩訶DECO

去年に劣らず異常な怒涛露出。
チョイスする時間もなく、大人買いしまくり、出費なんて考える余地も無い。
1日6誌以上も取材受けてれば当然の露出、そして内容もほぼ同じは言うまでもなく。

CUT
タイトルがあまりにも大袈裟でこそばゆい。
記事は意外にもよかったけれど、合成写真には期待外れ。
美麗には変わりないなれど数年前の美人顔ではなく、24の男に見合った顔つきになりつつあって、仕事への充実さ、自信がここまで表情に出るのはさすがに嬉しい。
「嘘をついて生きてきた」─ 誰しも多かれ少なかれ嘘をつくもの。それが優しさであったり思いやりであったり、ましてや自己の向上につながるものだったりするから。上手く嘘をつき続けてもらいたい。そして、役者としての嘘=観客への裏切りをも期待する。

東京タワー
既に4回鑑賞。公開後は1回のみの鑑賞になりそう。
「おもちゃ」の件は天下一品。透の純粋さに不純な自分が打ちのめかされるかのように痛い。
ここでも透はDECOの欠片もなし、映像、ストーリーの中でガラス細工の透になりきっているのはいつものことながらお見事。
2度目に観た時、一番自分がエロティシズムを感じたシーン一部がカットされていた。濡れ場でもないベッドシーンでもないカットがほんの数秒だけどカット。制作側も自分と同じ感性だったのだろうか?
そして、一般的にリアリティがあると言われている喜美子。喜美子の行動こそが自分には理解できなかった。自分では一番制御する行動だったから。恋はエゴイズムのかたまり。ただそのエゴがお互いの負担になることはタブー。どちらかが負担を感じ始めたらその恋の終わりの始まり。ああいう喜美子の行動だけは間違っても起こしたくない。理性を失う恋でも失い方を間違えるととんでもなく醜くなる。詩史、透の感情に違和感を覚えないのは、自分が似た経験をしたからだろうか?
2度目からは耕二と喜美子の恋愛シーンは当初の予定通り排除、睡眠にあててしまった。
内容的には悲喜交々だが、観る側が好き勝手に想像力を膨らませれば、この映画もまた楽し、大人の御伽噺。
そう、想像力はいつも人生を楽しく膨らませてくれる。
とにかく、この映画は五感で観るものだと思った。

東商ホール、最悪。露光弱く、ガンマつぶれてせっかくのDECOの切ない表情もプールでの対峙のシーンも台無し。
二度と東商ホールでは見たくない。宣伝Pro.につい忠告、今後の改善の念を込めて。と言っても今後東○での起用はあるか否か。


すっかり男になったDECO、自ら子供ではいられないと自己改善した大人らしさとは裏腹にキューピー、テディベアから離れないDECOの感性が摩訶不思議。
そして、久し振りに肉球の感触を思い出させてくれた。幼少期、同じ様によく肉球を触って暖かさを感じたものだった。何だったんだろう?あの感触、あの暖かさ、あの安心感・・・

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2004-11-26 「D×D」ならず「T&D」

年始立て続けに露出とは恐れ入りました。
向田作品に驚かされたのも束の間、すぐさまクドカン作品まで隠れ玉を持っていたとは。
国営放送作品からオーソドックス作品、はたまたへトロドックス作品まで実に幅広い。
そしてロマンティック映画へと。(ロマンティック映画と書いていて、咄嗟に「カーマ・スートラ」が浮かんでしまった自分って・・・)
こちらはもう究極の美の堪能というしかない。リアリティーを超えた過度なエロティシズムが部分あるが、それさえ排除すれば、まさに大人のおとぎ話、夢の世界。そう、映画は所謂ドキュメンタリーじゃない、フィクション。“映画”ということを忘れずに創り上げられた世界は自由に遊べる別世界。偏見、先入観なしにこの世界を楽しめれば、一時でも自分と現実を隔離することができる、そんな耽美な波が流れていた。俗界に落ちた時は、とにかく「透〜〜〜〜っ!大丈夫かよ〜〜〜っ!」とつい叫びたくなってしまったが。

改めて役者ってスゴイなと感じてしまった。
去年、透を演じ、一旦仮終了、翌日には対極的な舜臣を演じ、舜臣を消化し終えれば再び透へ。
そして、菊男に立て続けに竜二。ある意味、多重人格者、性格破綻者じゃなきゃ出来ない。さらには日常では滅多に言えないこと、出来ないこと、起こらないことを意図的に創った人物を通して体現できるというのも役者の醍醐味なのではないだろうか。例えば、叫ぶひとつにしても普通の生活ではそうそうあることではないし。人間が本来持っている喜怒哀楽の感情は大人になるにつれて何故か弱くなってしまうけど、その感情の幅を自由自在、存分に操れるのが“演じる”ことなのかもしれない。DECOの感情が柔軟だからこそ、ここまで様々な役柄を演じることができるんだろうなと感心してしまう。

「T&D」はDECOファンなら突っ込まずにはいられない設定。クドカンがどれほどDECOに精通しているか分からないけど、長瀬共演「D×D」ならず8年後の「T&D」。家族で一人生き残った借金取り立て屋、虎児に全くセンスのないデザイナー、竜二、笑っちゃうほど今までDECOが演じてきた役に当てはまり過ぎ。そして“面倒見がよく多くの友人と抜群の話術を持つ男”にDECOをあてがうとは全くの遊びで素ではきっと有り得ないだろうなと。「三枚起請」を披露する長瀬も大変だろうけど、擬似家族の中でいらつく大学生を演じながら落語を聞く生活をするDECOって、やっぱり凡人じゃないな。
とにかく来年1月は一気に開花月間。それぞれ違ったDECOを存分に楽しもう。2月以降も持続すれば文句一つないんだけど。

それにしても役者の時のDECOはホント憎らしいくらい楽しそうな顔してるな。あんな笑顔見たら、どんどん芝居させてあげたくなってくる。って、自分が仕事持ってこれるわけではないのだけど・・・

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2004-11-18 祝・24歳

24歳、おめでとうございます。

3年連続撮影現場でお祝いしてもらって、芝居大好きなDECOにとっては何より記念になる誕生日なのでは。
早いな〜、24かぁ、もう若くはないな〜、なんて今朝しみじみ思ってしまった。
それでも、昨日流れたWSでは、プレゼントされた「ズーミン」に素で喜んでるあたりが不思議。スタッフが「ズーミン」と教えてくれたのに対して、「ズーミンくん」と呼んでるのも不思議。これは「飴ちゃん」とは違う感覚だよね。
何年も見続けているはずなのに当然だけど知らない面がまだまだあって、そしてどんどん変わっていくDECOを見ているのは面白い。この面白さが尽きるまで見続けていければと思う、それがどのくらいかは分からないけど。

23歳最後のDECOを東京タワーの下、光のナイアガラの前でTVを通してだけど見れたのは何とも嬉しい。それにしてもWSでの扱いが地味で相変わらずDECOらしいというか何というか・・・ そういう性格が好きなんだけど。
24にして達観的な老成しているDECO、悩み抜いた時期があったからこそ、今の境地があるんだと思う。
この先も何に対しても恐れることなく、悩みながらも前へ進んでいってもらいたい。そして、「考えることをやめたら成長は止まる」ということも忘れずに。
月並みだけど健康で好きな仕事が沢山できればいいなと願うばかり。やっぱりこのふたつに尽きるかな。

今朝から恒例のボジョレー・ヌーボー持参挨拶回りで、すっかりほろ酔い気分。
なんか毎年、DECOの誕生日はボジョレーでデロデロになっているような・・・

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2004-11-16 生粋の役者魂

危惧していた部分を全て払拭させてくれていた「鎌足」。
主役はもちろんのこと、脇を固める役者陣が素晴らしく、その諸先輩の中で身体を張って鎌足を演じてるDECOがすごく大きく見えた。主役、脇との括りなしで、誰一人欠けても成り立たない作品に仕上がっていたのは、DECOだけでなく個々の作品に対する思いが強かったからだろう。そう、エキストラの一人一人までもが主役として存在していたように見えた。
前後半にわたる鎌足の変化も見事で、後半は圧巻、DECOの影の欠片もなく鎌足にしか見えなくなっていたのはさすが。いつも「失敗したら次はない」との崖っぷち状態で臨んでいるのが痛いくらい伝わってくる演技は鬼気迫るものがあり、演技を突き抜けた演技、全身全霊入り込んだゆえ素の感情が引き起こした計算できなかった芝居に驚愕した。これこそ役者の醍醐味っていうんじゃないのかな。芝居に入る前は考えるけど、入ってしまったらその場の空気と相手で芝居すると言ってたけど、まさにそうなんだと思わせてくれる芝居を見せてくれた。未熟な部分もあったけど、それがこの先どれほどの存在感のある芝居になるのかと期待が膨らむ作品だった。
今まで「賭けた作品」という言葉を聞くのは作品を選んでいるような気がしてあまり好きじゃなかったんだけど、今回初めてDECOの言うところの「賭ける」という意味が分かったような気がした。ベテラン役者の力を借りて、また一回り大きくなれたDECO、宝物もこうやって一つづつ増えていくことだろう。
目の当たりにこういう作品を見ると、好きな芝居をどんどんさせてあげたくなってくる。生粋の「役者魂」を持って生まれてきたんじゃないかと思うほど。DECOの役者の心髄をまざまざと見せ付けられた気がした。
DECOと鎌足が共存しているのではないかと思わせるシーンも多々あり、見応えは大。できれば出切る限り大画面、HD(高精細度、敢えてハイビジョンとは言わない)で見て頂きたい。525インチでのHD、5.1chサラウンドはその作品のスケールをさらに引き伸ばしていて、まさに大作というに相応しい作品に押し上げていた。(特に自分は525インチでの上映というのに惹かれて見に行ったようなもの)
役者であるには感情の柔軟性、素直さが絶対的に必要なんだなとDECOを見て感じた。
23歳、まだまだこれから。

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2004-11-10 いっぱいあります〜

タイトルに気付いた人は、相当記憶力がいいか、強力なDECOファン。
去年夏のWebメールが懐かしいなぁ、最近は全然送ってこないもの、不精者だし、Gで宣伝することないから仕方ないか。

・雑誌
アイドル誌では、まったりした生活をしてるのが分かるような記事で、売りの時期にこれでいいのか?と不安になったりしなくもないけど、生活臭を出しているDECOがアイドルじゃないみたい。柔軟材で素直にCMのように喜ぶ人なんて今時いるのか?と思ってしまう自分は純でない証か。
anan連載4回目、木刀って・・・ 理想哲学「無の境地」にまで及んで、まるで仙人。ホント年齢も時代も性別も超越できるヤツだわ。ていう自分もかなり「無」に拘る部分ある、「無」であることの方が楽な時があることは確かだからね。DECOの文章はたまに自分を見ているようで恐くもあり笑ってしまう、自分は理想哲学を語ったら止まらなくなること確実、俗人だからね。今回の連載は役者仕事が全て反映されていて分かりやすいったらありゃしない。
FB、紐綴じされていたので表紙しか見ていません。買えばいい話なんだけど、よほどのことがない限り雑誌一発買いしないタイプなので。冬には伊達眼鏡らしい、どういうことだ?やはり買わないと中身読めないか・・・
・ドラマ
冬の伊達眼鏡、じゃなくて「冬の運動会」。年内ギリギリで1本役者仕事が入って安心した。
昔連ドラだったらしいけど、記憶に一切ない。ってことは、全く興味なかったのだろう。
万引き経験有りのどうしようもない大学生?菊男という名前がいまいちだけど、また新しい一面が見れると思うとワクワクしてくる。そして、いまいち続きなのが、ハセキョー。どうも女優というには無理があって、好感度あるようだからCMには起用されているけど、裏を返せば好感度=一般受け、無個性みたいなとこあって、インパクトがないんだよなぁ。DECO−キャバクラ嬢ハセキョーって図が想像できない。私見であるがゆえ、ハセキョーファンの方ごめんなさい。
その前日の鎌足なんて旬はとっくに過ぎてしまっているものの、明後日の試写でどのような反応になるんだろうか?しっかり鎌足の威厳が表れてるといいんだけど、表面の髭だけでなくてね。
・映画
新映像お目見え、もう一つのカップルも初お目見え。こちらは直球的、濃厚なキス。私的には抑圧されたような隠れた部分がある恋にエロティシズムを感じるから耕二は排除しそう。にしても、またボロボロ泣き顔、縋り顔、よほど女々しいヤツのようだ。でもそれが美しく、切なく官能的だから始末に追えない、って自分の目は洗脳されてるから、一般ピーが見たら引くかも。同じ「ひく」でも“ 惹く ”になればいけど。溝口氏出演番組でも宣伝されてたり、「情報ツウ」スタジオ内ど真ん中にポスター貼って無言の宣伝だったり、これからますます宣伝してくるんだろう。予告バージョンはどれもドキドキさせてくれるカットで、泣いているかと思えば、ベッドで猫のごとくじゃれ合ってたり(2人とも猫タイプ)、愛する人の手を振り解いて背中向けたり、全速力で会いに走ったりとか、んもう、たまらん美味しさ満載のよう。何回も映画館へ足を運びたいと思える作品でありますように。
もう1本、「FDF」・・・すっかり話題も消えたけど、自分の中では消えやしない作品、舜臣は強烈。

DECOのヒマな時期、生活習慣を改める絶好の機会のはずなのに、一向に改善される余地がない。
DECOの生活が羨ましくなったのと同時に、案外DECOって家庭的?なんて思ってしまった。彼女もお嫁さんもいらないじゃん。もうすぐ24歳、恋盛りのはず。

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2004-11-01 やっぱり祝

めでたい、めでたい、9周年、10年目突入。
5周年を過ぎた頃から、あっという間だったような。
めちゃくちゃばじけてたどうしようもない小僧が、今やウィスキーのCMや濡れ場までやるようになるとは。
先日、崩れ落ちたビデオの中のMナビをデッキに入れたら、もう見てられなくて慌ててストップしてしまいましたわ。
よくここまで成長したもんだと感慨深さに浸る秋の夜。っていうか、成長して当たり前なんだけど。
臆することなく何にでも果敢に挑む姿勢は昔から変わらず、子供なのにと思いつつ、その芯の強さに惚れ込んで、今もさらに頑強な意志と行動に惚れ続けさせてくれているのがありがたい。この先もDECOが静かでありながらも熱い未来を望み、それに突き進み続けるならずっと惚れ続けられそうな気がする。この姿勢に一番惚れたのだから。

そしてあと半月もすれば24歳。もう立派な成人男性。自ら意識を変えたように、見る側も変えたのかもしれない。自我意識、社会意識をしっかりと発達させた青年期を過ごせているようで、仕事に関しては今や何の心配も要らない。
DECOがやりたいことをやっていければそれだけでいいや、なんて最近甘々ファンになってる。
仕事も順風満帆で、そのうち穏やかな恋でもできれば言うこと無し。
今はその両方ないけど・・・ 今日くらい口を噤んでおこう。
にしても、仕事少ないのに痩せるってどういうこと? 食事も忘れ本に没頭とか?読書の秋だけど、食欲の秋でもあるんだけどね、自分の場合。

あ、あとキャッツ公開記念日、新札登場も映画に絡んで重ねてめでたい!
さぁ、10年目、もっとワクワクハラハラさせてください、と願いつつ祝いの杯でもあげましょっか。

先頭 表紙

2004-10-05 過ぎ去りし夏の思い出

何も露出のないDECO、危うく忘れそうになりそうなところに会報が届く。いつも会報って閑散期に届いて、放っておいたDECOを逃がすな、みたいな勧告書のようで自分にとっては踏み止まる機会になるのか、ありがたい。
こうも肌寒い雨続きの秋日に真夏のVコンが載ってると、さすがに鮮度も落ちて、会場で体感した熱は甦らないけど、記録ってとこかな。
いつもコンサートの記事は観た人には読む必要がないと思われるほどの事実列記のみで、もう少し深い視点で書けないのか?とすっ飛ばし読み。
その反面、写真はいつもいい。特に小さいショットが少し“素”が現れてたりして、小さいのが勿体無い。思わずルーペ持ち出したくなっちゃいそうになる。
楽屋に各メンバーのマットが敷いてあったり、そこでうつ伏せになりながらゲームやってるDECOだったり、和やかな一場面が見れて、こちら側も和んでしまう。ああ、写真集出してくれないかな、10周年記念に。久々に6人仲良しショット満載が見たくなってきた。24〜34歳の男集団では無理か・・・ 時間はある意味残酷だったりする。

メンバーからの直筆メッセージも個性が出てて面白い。DECOの字、相変わらず下手くそだけど少しはまともになった?にしても、「良い一年を」って、おいおい、キミの今年はもう終わってしまったのかい?って突っ込みたくなるほどDECOらしくて微笑ましかった。はい、もう今年のDECO活動は終了とほぼ腹括っておりますので、そのお言葉、しかと受け止めますよ、と。そして、その言葉をまんまDECOに返してあげたい、今年以上に「良い一年を」と。
あんな一文をさらっと書いちゃう直感的というか動物的なDECOの文章が面白い。かと思えば堅苦しいエッセイあったりと実に興味深い。DECOの文章はなんとなく白墨のような感じ、って言っても分かんないか。

6人で並んだ写真のDECOがやけに小さいんだけど、まさに3人カミングセンチメートル。こういう絵柄を見ると、Vって本当にアンバランスな、そのアンバランスがGにとっては絶妙なバランスを生み出してるんだなとつくづく思う。他Gには絶対に持てないVだけの魅力。博が背が変わらなくなってきたと以前言ってたけど、いやいや、はっきり言って変わります、チビです。自分は大柄、大声とかとにかく大きいものは苦手だから(not デカフェチ)、DECOサイズは自分にとってはベストサイズ。一時期の太腕はやはり受け入れ難かったけど、今は少し元に戻ったようで何より。とは言うものの、20歳前後のあの少年期の細さは二度と戻らないだろう、顔つきも身体もしっかり大人になったからね、もうすぐ24だもの。

蛇足だが、表裏表紙の写真は広角で撮ってるからいつも両端の面子が横太り、なんとかなんないものか。

DECO露出のない秋の夜長、「24シーズンU」を断ち切れず、相変わらず寝不足。KIMがもどかしい、いるんだよね、精一杯やってるのに、何故かいつも負の方向に陥っちゃう子って。

先頭 表紙

2004-10-01 モルトに酔う

テレビには全く出なくなったけど、雑誌だけは次から次へと出て、去年の恐怖が甦る。
とりあえず、一気に雑誌チェック。
男優倶楽部、キネ旬は同編集だからって記事が全く同じってのも安易だと思うんですけど。
写真も既出のものばかり。男優、キネ旬、ぴあで使いまわししてるみたい。
ま、仕方ないわな、宣材だからね。
昨日も新たな映像が流れたみたいで、早くから徐々に露出してるから期待は膨らむばかり。
このペースからすると公開まで加速しそうな気配すらして、今から多少ビビっております。
とにかく綺麗キレイみたいなので、素直に萌えてみたい、ベッドシーンも。
「濡れ場」ってあったけど、あのずぶ濡れになった泣き顔、プールでのシーンのことを言ってたりして。
いや、しっかり一般的な意味合いの「濡れ場」を凝視してみたいもんだ。

ときめく雑誌が少ない中で、結構面白くなるかもしれないのが、anan連載。
一発目、「僕に興味がない人もいると思うので〜」という、こういう捉え方ができる素朴さが好き。
誕生秘話は既知だけど、「あんたがすげえよ」と思えるDECOもすげえよ、久々に心に響いた一言。
話を聞く限り、DECO家系はすげえよ!
隔週半ページのために購入するに値する連載になりますように。
DECOの書く文章(文体・構成)は結構好み。

DECO「モルトは、ハーフロックで味わうらしい。サントリーモルトウィスキー 北杜。」
囁くすかし野郎の透バージョンDECOはいつから拝めるのでしょうか?
ウィスキーが似合う、ビールじゃなくてウィスキー。顔が・・・。 と言われる容姿、佇まいなり。
「大人入門」します。

先頭 表紙

2004-09-28 閑古鳥鳴きっ放し

ラブセンも総集編のみ、新たな映像なしであっけなく終了。
TBSにおけるラブセン(カミ)の位置がはっきり分かるような終了で潔く諦めがついて逆に気持ちがよかったりして。
それと対称的に、先週金曜日までカミミュ聞いた往生際の悪さ。
終了は終了、事実を受け入れるしかないとは言うものの、新しい活動がないのはやはり淋しい。
カミ3人の番組が皆無になるなんて、やはりミミセン、オトセン時代がカミピークだったのは否めないのかしら?
単なる端境期であればいいんだけど。
昨日、SAMさんの生ダンスを見て、カミダンスが真っ先によぎった。
当たり前のこと、SAMさんが振り付けしてるのだから、SAMダンス=カミダンスになるわけで。
あの細かいステップやら独特のリズムの振りを見てたら、やはりカミコン(カミダンス)は質が高いなと改めて思うのだが、それが一般に伝わらないのは勿体無いやら、いや一般に通じないのこそカミの最大武器なんだけど。
はてはてカミコンはいつあることやら? ま、永遠にないとは流石に思えないから、召集令状が来るのを待つしかないっか。

映画2本撮り終えて、パッタリと仕事の止まったDECOと思いきや、早々と映画宣伝やら多種雑誌に掲載を怠らない抜け目ない戦略。
さらには北杜ポスター再掲示。これはCMの布石、まったく分かりやすい展開で、ポスターが効験あらたかな映像を生み出すといったとこでしょうか。
CMには殆ど興味がない故、どう転んだって構わないって冷めてる自分も自分だが。
だって、毎回同じ映像(しかも15秒あるいは30秒)だし、生モノじゃないし、1回観たら飽きちゃう。
いや、今の閑散期、贅沢を言ったらバチが当たりそうだから、もしくは言霊になりそうだから控えておこう。
PVなど独特な映像を撮る竹内氏があのポスターのイメージをどう膨らませてくれるかに期待してみよっか・・・って、DECO出演モノじゃなかったりして。

今年はカミコンもなし、感謝祭もなしのなしなし尽くめ。カウントダウンもなかったりして。
あの事務所のこと、何があってもおかしくないから、予め期待捨ててた方が楽だと長年ファンやってて得た得策法。
年内はビックリするようなことはなし、とみた。
見れるのは、レギュラーのみってことでしょうか? と言えども他メンバーもヒマだから、GOみたいに毎回ってわけにいかないか。
雑誌露出はコンスタントにあって、食いつないでいけそうだから、一応チェックは怠らず頑張ってみよう。
にしても東宝の宣伝は早いな、しかも殆どDECO中心で展開してるし。このまま走って尻つぼみなってことにならなければいいけど、ってまた余計なお世話ね。
去年並みの雑誌掲載はさすがに遠慮したい・・・
とにかく映画はすごく楽しみだ。
硝子細工だとか、デリケートとか、どのシーンも“美しさ”にとことん拘っているようで、それにDECOが十分応えられてるかどうか目にするのが非常に楽しみだ。スチールを見る限りでは、半べそもすがりも生々しさが感じられずスッキリ見れそう。それでいて単なるお飾り的な美しさだけではなさそうだし。台詞なく愛を体現するのに悩んだという演技もリュージから一皮剥けてることを期待してみようか。
あと3ヶ月強すれば、ドラマもある、映画もある、etc。 3ヶ月なんてあっという間。 そして、世間からあっという間に忘れられるのに十分な期間よ、目を覚ませっ!!!

先頭 表紙

2004-09-15 3ショットの和み

空はすっかり高く、天高く馬肥ゆる秋、さらに秋の夜長。っていうのに、ぶった切れ露出。
そんな呆れた状態の中、深夜の「演技者。」の3ショットはありがたかった。
久々にカミセン3人を見たような気がする。
何故そこにGOくん?とも思うが(それ以前に何故○○が全部仕切ってんだよってウザさもあるけれど)、それはこの際置いといて、「カミセンは3人でひとつだもんね」の言葉に理屈抜きに納得。なんかすごく和んだよな〜。
DECOもピンとカミセンの中にいるとでは、全く違う人間に見えるから不思議なもんだ。
やはり個人仕事は自分だけの責任だし、カミだと9年間での気遣いしない空気の中でいられるんだろうなとつくづく思う。
そういえば、あれ、多分自分が突然遭遇した後に撮ったもんだと思われ。
生DECOはびっくりするくらいゲッソリしてたんだけど、確かに顔色冴えずガリになってたけど、軽いボケつっこみがあって、なんだ元気なんじゃないか。
3人並んだ姿ってやっぱりいいな、あのまったり具合。
悉くカミ番組がなくなってるから、こういうショットは今後あまり拝めなくなっていくんだろうな、非常に残念。
たかだが数分の3人揃っての出演でこれほど和めるのに、カミの存在の行方は如何に?

「学校」みのさん企画、まぁ、あれはあれでよしと。
所詮、学校presentsのおまけCON、あくまでも「学校」という番組企画なわけで、V主体じゃないから予想してた通りのオンエアだった。
DECOなんて全然映りゃしない。それもそのはず、ステージ端の端でな〜んにもしゃべんなかったからね。
みのさんを覗く目と手がやたら可愛い動物ちっくなDECOを見れたから、儲けモンだったけど。
それにしても相変わらずのタオル巻き、ジャニの中では普通だろうけど一般的には???モンだといつも思うんだけど如何なもんなんでしょ?
スッピンの無精髭DECOはやっぱりすごい濃い・・・

そして、なんとかGOKENが相次いで慌てたようにドラマにバラに滑り込みセーフ。
しかし、「激情」というタイトルからも安易に想像できるような演技で、いつも同じ様な役どころから脱皮したGOくんの演技を見てみたいものだ。「君を見上げて」とかよかったんだけどね。
KENくんも伊東家かvivaの延長か?とも思える感じで、KENくんのキャラそのまんまでいけちゃうような番組のようで、いまいち発展性がない。
それでもメディア登場は大事。ま、GOくんの方はマニアック者しかみないから一概に言えないが、ファンにとってはこの時期のテレビ露出はありがたいもん。
カミ番組相次ぐ終了の次に、「オヤジぃ。」の再放送も中止とは、秋の夜長がさらに長くなりそう。
DECOよ、一体どうなってんだい?と飽きずに呟きたくなってくるのが人間の理というものよ。

先頭 表紙


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