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あるまじろの「まるまり日記U」

イツデモコンナフウニスギテイクナラ、
ソレハソレデヘイワナマイニチ。。。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2008-06-26 発見
2008-06-25 加速度
2008-06-24 見つめるビーバーと思いきやラッコの群れ
2008-06-23 オススメ
2008-06-22 本日雨天也
2008-06-21 Thanks giving many things what ...
2008-06-20 一年前のこと
2008-06-19 失望の代償
2008-06-18 僕のしてること
2008-06-17 turn to myself


2008-06-26 発見

定時まで仕事をこなして劇場へ。
すかさず大道具の手伝いを少し。
そしてリハ室で稽古。
こんな直前でも稽古すると新たな発見がある。
やっぱりセリフが入ってお互いに気持ちのままぶつかれる状態からどれだけ稽古するか、
それが勝負だと思う。
セリフが入らなくて今回はご迷惑をお掛けした。
だから今日のこんな時間は貴重。

大道具は劇団員の皆さん、スタッフさんのお陰でほぼ完成。
明日には照明さんが入りいよいよ舞台を使っての稽古が始まる。

今日立ってみて分かる。
1500人近く収容する大ホールの大きさはすごい。
僕の前に広がる客席に僕の言葉はどこまで響くだろうか。

来月末にカナダに行く予定。
フライトの手配と向こうの家族へのメール。
魔法が掛かったような気分。
大丈夫、この広い世界のどこかにこうして届く言葉を僕は持ってる。

大切につなぐ。
言葉に乗せて気持ちを伝える。
僕の国にも彼らの国にもどこでも通じる何かを僕は持ってる幸せ。
そう、それができることは幸福なことだった。


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2008-06-25 加速度

1日ふいに降って沸いたように仕事が忙しい。
まあそれも気分良く終える。

知人のお父上の訃報を聞きお通夜へ。
昨年から本当にご不幸の知らせが後を絶たない。
これほど立て続くことは無かったからそういう年回り、
というだけでは済まないような気もする。
かといってどうすることもできないが。
どうか皆様、ご自愛くださいませ。

外の稽古場最後の稽古。
相手役の方がいらっしゃることを信じて待っているとやっぱり来て下さった。
毎日の稽古で体調も崩し気味であるのに稽古に出てきてくれる。
これが僕にとって大切なこと。
不安定な場面が今週毎日のように稽古することによってだいぶ安定して来た。
そこにはもちろん演出さんもつき合って下さっている。
こうやって一緒に自分たちを追い込んで結果を残せた稽古は楽しい。
本番までにこうした稽古を幾つ出来たか、だと思う。
稽古は純粋に「数」と「時間」が勝負だ、それが残せて良かった。
それでもまだまだ先がどこまでも在るのだから演技って深いなー。

明日からはいよいよ小屋入り、本番を行う劇場に入る。
舞台監督さんや劇団の方達は仕事を休んで朝から現場に入る。
お疲れ様です。僕も出来ることを準備しておく。
今回は音効のプランナーとしてネタ作りを全て担当した。
ここでも役に立てて良かった。
僕は日中仕事をしてから夕方から入り最後の最後まで稽古する。
あと三日で本番。
ここから加速するように一つ一つ仕上げだ。
台本を四六時中離さないようにしよう。
僕が感じた手応えを色褪せぬように観客に伝えられるように。


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雅さんへ。ありがとうございます、本番前のほどよい緊張って好きです。仕事をしっかりやった上での芝居。それも大事と心得ております。 / あるまじろ ( 2008-06-27 00:15 )
忙しい時に限っていろいろ用事が増えるのは何故でしょう?それだけ、内面が充実してきているということなのかしら?ヒマになると私は体調を崩します。本番の成功をお祈りしています。体調にはくれぐれもご注意を。 / 雅(みやび) ( 2008-06-26 13:26 )

2008-06-24 見つめるビーバーと思いきやラッコの群れ

若いうちに真っ直ぐ向かう目標なんて見つけられなかった。
気づいたら親とか周囲の人たちに手を引かれていた。
誘われるように自分の行くべき方角へと足を進めた。
そうしてここまで来れたのは偶然。
ラッキーだっただけ。

『みなさんさようなら』という小説面白いよ。
読んでみる?読むなら貸すよ。
先週読んだ本の中で一番面白かった。

あの日に帰れたら。
夏がもうすぐ来るって頃だった。
一緒に海行って二人とも驚くほど真っ黒に日焼けした。
あんな夏はもう来ないのかな。
どこでこんな迷宮に嵌り込んでしまったか?
あの時僕等の前には光り輝く夏があったのにね。
今からはもうそこから始められないのかな。

今なら逆にもう少し上手にいろんなことが出来るかも知れないって思いたいね。
あの頃出来なかったことがもう少し上手に。

心はあの頃より擦り切れてる。
芝居をやってる時には、もう少し素直に目の前に起こる事象を捉えたい。
表面だけ巧く演じたって別に面白くないって気づいた。
ぶつかってくる相手にしっかり対峙すべきだ。
もしかしたら僕がここにこうして居る理由ってそれ?

そのうち何もかも捨て去る日が来るかも知れない。
いつまでもこのままってのもいいけどさ。
なんかつまらないんじゃないかな、それじゃ。
どちらにしても足掻こうじゃない?
まだ落ち着くなんて身分じゃないんだし。

そんなに大勢でこっち見んなよ。
黙って貝割ってりゃいいじゃん。


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2008-06-23 オススメ

市高運動部の先輩から「ここは俺の高校時代の聖地」と言われて紹介された店「白山」。
巨人ファンのオヤジが作るメニューは他では味わえないオリジナルばかりだ。
中でも先輩から鉄板(これを頼めば間違いないメニュー)と言われたのがこのコンビ。
白山麺(350円)とガーリックライス(500円)。
白山麺は細麺で野菜が入っている醤油ベースのラーメン。
大盛りは「大白山」という。
ガーリックライスはニンニクはあまり利いていない。
チャーシューのぶつ切りと卵が入っているソース味のチャーハン的な炒め飯。

昨年から今年にかけて、
僕等の愛すべき小さな店が次々と暖簾を畳んだ。
堀田、まるしん・・・。
あれらの味にもう出会えないのは本当に残念だ。
味だけじゃない、そこに流れていた店の空気も。

白山のこの鉄板メニューもいつまで普通に食べられるのだろうか。
今日はいつまでもこうした店が続くことを願って。

写真がそのガーリックライスと白山麺。


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2008-06-22 本日雨天也

午前中は自分の劇団で身体を動かし発声まで。
今日は人が何人か居なかったのと時間に余裕が無かったのであと早回しを少し。
キョウヘイとロバートとゆやまんの4人ですき屋で昼飯を済ませた後、
欅の午後の稽古場である常盤公民館へ。
午後に一本通す。予想通りセリフが出てこない。
全く言い訳できない。でもセリフが入らない。
ずっとずっとセリフを練習してるのに難しくて量が多くて入らない。
あと一週間。迷惑掛けてる。演出さんにも他の役者さんにも。
さぼってるワケじゃない、でも結果はひどいものだ。
焦った。。。
この午後の稽古ではトクとタネが泣けた。
そのお陰でその後の秀子とのシーンに気持ちが入った。

夕方からは下落合コミセンに稽古場を移して今度は楽団の方々を交えて通し。
今回の芝居ではアコーディオン、ギターそしてヴァイオリンの
生演奏が聴けるのも見所の一つだ。いや聴きどころか。
この通しでもセリフはなんとも無いところで抜ける。
悔しい。以前できたところでも他の役者と合わせるとズレる。
この稽古では僕の言葉に応えるジプシーの人たちの表情に泣かされた。
お陰でその後の長ゼリに気持ちが入りすぎて演出さんに注意された。

取り返す、明日からも毎日稽古がある。でも今度の木曜には劇場に入る。
それからあとは本番まであっという間だと思う。
この芝居、手強いが立ち向かっていこうと思う。


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2008-06-21 Thanks giving many things what ...

僕にはいざという時、相談できる人が居て良かったと思う。
僕には身近に尊敬できる先輩が居て良かったと思う。
僕にはふとメールをくれる古くからの友達が居て良かったと思う。
僕には自分を表現できる場があり、
それを支えてくれる人たちが一緒に居て本当に良かったと思う。
僕には国籍は違うけど親身になって考えをぶつけられる人が居て良かったと思う。
僕には年下だけどある時は対等に、
ある時は礼儀をわきまえて接してくれる人が居て良かったと思う。
僕には僕のことを見るといつも微笑んでくれる年上の美女の先輩が居て良かったと思う。
僕には僕が哀しい時一晩中電話の向こうで話をしてくれる昔の人が居て良かったと思う。
僕には僕のことをちゃんと見ててくれる人が居て本当に良かったと思う。

ありがと。
書ききれない。


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2008-06-20 一年前のこと

最近一週間が早く過ぎていく。あっという間に週末だった。
先週からほぼ毎日稽古が入っていて今日も稽古だった。
そんな毎日だからなおさらか。
重要な書類を作成して演出さんに提出、なんとか間に合ったかな。
でもこの書類作成するのが大変であった。
細かい書類仕事を寝不足の中で行うのは、ま、そりゃあね。
こんな仕事に埋没していると時間はあっという間に過ぎていく。

今日、甲府に単身赴任した高校時代の友人から久し振りにメールが来た。
昨年の夏は彼と彼の奥さん(この人も高校時代の同級生)と、
松島にカレイを釣りに行ったのだ。
松島の沖の海の底にはカレイがわんさかいて、エサが底についた瞬間に食ってくる。
そういえば3人で200匹近くも釣り上げたのだった。
そのカレイは実家に持っていって全て食べた。
食べるのも大変だったがとても美味であった。

今年はどこに行こうか?
彼が誘ってくる。
そうだね、やっぱり夏は海かな?

高校時代と同じようにまた彼とちょっとした日常から少しはみ出す
冒険をするのも悪くない。

ふと今年の夏は随分不義理をしている人にご挨拶をしてみたいと思った。
長い間ご挨拶が出来なかった幾人かの人に逢いに行こうか、と思った。


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2008-06-19 失望の代償

文章って唯一書き続けることで上達するのに気がついたのは、
浪人時代に小論文の講座であの厳しい先生に教えを請うた時だ。
論理的文章も叙情的散文も書くことで上達する。
きっと文章をものしている人は誰もが納得して頂けると思う。
才能ってのは言葉にすると簡単だけど一体なんなんだろう?

「努力もしないで素晴らしい作品を創ることができたり、
 素晴らしい結果や成績を残せたりすること」
・・・ってのが才能というのは僕は勘違いだと思う。

僕も若い時はもともと持っているものが少なかったから、
自分が「努力もしなくても何かが成せる」という夢を見たのだろう。
でも若い時「すごいな」って人は若いなりにきちんと努力してた。
若くて努力している人がすごいと思う。
努力をしていると年月を経て努力が積み重なるから。
若いうちに自分の努力を反映させることが大切。
だから若いうちに自分を鍛えて出来ることを増やしておくことが必要だ。

文章ってただ書くだけだったら誰でもできる。
演技だって誰でもセリフを覚えて言うだけならできる。
だから勘違いするのは良くあることだ。

僕だってそのどちらも未熟なのを自覚している。
僕の創るものだってまだ胸張って台本とは呼べない。
僕の演技はそれよりももっと未熟で自分でも悲しいくらいだ。
だから努力していくつもりである。

タイガーが、あの天才が勝利の代償に手術をするというニュースが流れた。
奇跡を何度も何度も起こした天才の身体に、
いったいどんな負荷を掛ければ手術するほど悪化するのか。
天才とは、やはり「何の努力もしないで何かを成し遂げる人間」ではないようだ。

僕はこの失望をきちんと自分に課す。
本気のライバルが僕の周りにもたくさん居るから。
失望したら、さらに力を溜めて次に臨みたい。
よし、次の台本書く意欲出てきた。

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今回の日記についてはこちらの判断で修正しました。(2008/6/20)


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通りすがりさんへ。僕は矛盾を感じません。僕は仕事という側面で演劇はしていない。僕の仕事の部分は仕事できちんとしているつもりですが、それはたぶんあなたは知らないでしょう。ここでは僕の芝居に関しての考えを話しています。これ以上僕を知ってるなら僕に直接話し掛けてください。いつでも直接話をします。 / あるまじろ ( 2008-06-20 23:38 )
前日の内容とは矛盾を感じることを仰いますね。ご自分を未熟と自覚してるなら、おいそれと他者を非難すべきではないのではないのでしょうか?お仕事を存じあげている分、読んで不愉快です。 / 通りすがり ( 2008-06-20 22:46 )

2008-06-18 僕のしてること

髪を切った。久し振りだ。最近暑くなってきたからちょうど良い。
仕事はそこそこ忙しく、間もなく週末を迎えるというのに台本にも目が通せない。
それでもちょっと時間があるときパラパラとめくってみる。
あとちょっと。もう少しで僕が行きたいところに届く。

僕の劇団の人たちは基本的に十代後半から二十代半ばまでの人たちが多い。
その半分が大学生か非正規雇用の社会人だ。
だから芝居にお金を掛けることは出来ない。
若者と呼べる十代二十代の人たちに希望の持てる人生を創るのに、
僕は演劇はとても有効だと思う。
お金を掛けないで、演劇を通して、
孤独にならず過酷な現実に立ち向かう自分を育てて欲しい。
仲間がそこに居て自分の努力で自分だけの表現を試行錯誤して欲しい。
それって素晴らしいことだ、僕自身も芝居をやることで幾つも波越えてきた。
哀しみの波を。

年上の人にきちんと礼儀を尽くして、
年下の人の話もきちんと聞くことの出来る場を設け、
芝居に出来るだけ安く参加して貰って、
そこでの仲間同士熱い絆で結び、
観てくれる人に希望を与える芝居を無料で届ける。
これが僕のしたいことだ。

みんな前を向いてる。
厳しい現実や日々襲う悲しみに潰れそうになりながら。
それでも前向いてる、前を歩いている。
安心して次の若い人に背中を見せて「こっちに来いよ」って言いたい。
一緒に芝居、しませんか。


先頭 表紙

いしざきともこさんへ。いや、ぜひ。人と出会うこと、それが僕の生きてる意味です。 / あるまじろ ( 2008-06-20 00:07 )
読んでいたら、「わたし、芝居やります!」と言いたい気分になりました。 / いしざきともこ ( 2008-06-19 23:33 )

2008-06-17 turn to myself

孝史という役を得た時最初にものすごくシンパシィを感じた。
と、同時につらいな、と思った。
自分に似ている役を演じることは芝居をやっていて初めて感じるような、
とてもとても苦しい作業だった。これは初めての感覚だった。
人ってみんなそうなのかな、と思う。でも僕は暴力は奮わない。
でも僕は孝史に似ているところが確実にある。
一方でそんなにモノこだわらないところもあるし、
もう少し厭世的に頭は良いと自分では思う。
反面、孝史の方が優れている点もある部分を最近認めざるを得ない。
僕は孝史のように最後の最後に折れる、ということは過去にできなかったかもしれない。
僕はこの半年、孝史という役に向き合ってとても苦しかったのは確かだ。
その内実はほぼ自分に向き合う作業に他ならなかったからだ。

あと2週間、僕はこの役にさらに向き合うつもり。
孝史、僕のパートナーは去っていった。
きみは秀子というパートナーにどれだけ想いを寄せているのか。
想いを寄せていても叶わないことを知っているか。
僕は儚くも危うい絆の脆さに気づかず自分の「家」というくだらない領分に
しがみつくきみがつらいし嫌いだ。
それは過去の自分だからだ。
僕はそれは「家」なんてモノではなく僕の「プライド」が守りたかったのだが。

孝史、自分の考えを分かって貰えなくて身もだえする時、
僕はきみと重なってる気がする。きみが僕に重なってる気もする。
僕は決定的に理解されず折り合えない瞬間をつい最近経験したから。
その瞬間の孝史はまさに僕だ。

そういう意味では僕は孝史という役に向き合うことであれから過ぎる時間の多く、
自分というものを客観視することが出来たとも言える。
僕から見れば流離う人々は自分の一部をあえて持ち続ける勇気を捨てた人だ。
鳥ならまだしも人はそんなに自由ではない。
自由を気取ることは簡単で自由だと叫ぶことは不自由な自分を認めるようなものだ。
「自然に生きるってなんて不自然なことなのだろう」拓郎もそう言ってるじゃないか。
人は自由でないから自由に焦がれ、
自然に生きることが出来ないから自然で在ろうとする。
しかも自分を縛るのは常に自分自身なんだから本当に厄介だ。

社会とか世間とか大人とか他人に責任を転嫁するのはつまらないことだね。
地を這うものの情けない臆病者としての自分から目を逸らさない勇気を持ちたい。
僕に「おかえりなさい」と言ってくれるあの人は誰なんだろう?
僕はそこにいる「もう一人の自分」に語り掛けることが出来るだろうか?


先頭 表紙

ナタリーさんへ。今日は代役で絡めて楽しかったです。明日も頑張ります。 / あるまじろ ( 2008-06-19 22:39 )
あなたが生きいきと台詞をはくのは、自信との対峙…いわゆる戦っていたからなの。。それを乗り越えている演技は素晴らしいです。見ていて気持ちいい。。役者やっているとそんな苦悩って度々出くわしますよね。体調に気をつけて。期待しています。 / ナタリ- ( 2008-06-18 10:08 )

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