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あるまじろの「まるまり日記U」

イツデモコンナフウニスギテイクナラ、
ソレハソレデヘイワナマイニチ。。。

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2008-06-22 本日雨天也
2008-06-21 Thanks giving many things what ...
2008-06-20 一年前のこと
2008-06-19 失望の代償
2008-06-18 僕のしてること
2008-06-17 turn to myself
2008-06-16 夏の欠片
2008-06-15 光のある方へ
2008-06-14 こんな土曜日
2008-06-13 feel


2008-06-22 本日雨天也

午前中は自分の劇団で身体を動かし発声まで。
今日は人が何人か居なかったのと時間に余裕が無かったのであと早回しを少し。
キョウヘイとロバートとゆやまんの4人ですき屋で昼飯を済ませた後、
欅の午後の稽古場である常盤公民館へ。
午後に一本通す。予想通りセリフが出てこない。
全く言い訳できない。でもセリフが入らない。
ずっとずっとセリフを練習してるのに難しくて量が多くて入らない。
あと一週間。迷惑掛けてる。演出さんにも他の役者さんにも。
さぼってるワケじゃない、でも結果はひどいものだ。
焦った。。。
この午後の稽古ではトクとタネが泣けた。
そのお陰でその後の秀子とのシーンに気持ちが入った。

夕方からは下落合コミセンに稽古場を移して今度は楽団の方々を交えて通し。
今回の芝居ではアコーディオン、ギターそしてヴァイオリンの
生演奏が聴けるのも見所の一つだ。いや聴きどころか。
この通しでもセリフはなんとも無いところで抜ける。
悔しい。以前できたところでも他の役者と合わせるとズレる。
この稽古では僕の言葉に応えるジプシーの人たちの表情に泣かされた。
お陰でその後の長ゼリに気持ちが入りすぎて演出さんに注意された。

取り返す、明日からも毎日稽古がある。でも今度の木曜には劇場に入る。
それからあとは本番まであっという間だと思う。
この芝居、手強いが立ち向かっていこうと思う。


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2008-06-21 Thanks giving many things what ...

僕にはいざという時、相談できる人が居て良かったと思う。
僕には身近に尊敬できる先輩が居て良かったと思う。
僕にはふとメールをくれる古くからの友達が居て良かったと思う。
僕には自分を表現できる場があり、
それを支えてくれる人たちが一緒に居て本当に良かったと思う。
僕には国籍は違うけど親身になって考えをぶつけられる人が居て良かったと思う。
僕には年下だけどある時は対等に、
ある時は礼儀をわきまえて接してくれる人が居て良かったと思う。
僕には僕のことを見るといつも微笑んでくれる年上の美女の先輩が居て良かったと思う。
僕には僕が哀しい時一晩中電話の向こうで話をしてくれる昔の人が居て良かったと思う。
僕には僕のことをちゃんと見ててくれる人が居て本当に良かったと思う。

ありがと。
書ききれない。


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2008-06-20 一年前のこと

最近一週間が早く過ぎていく。あっという間に週末だった。
先週からほぼ毎日稽古が入っていて今日も稽古だった。
そんな毎日だからなおさらか。
重要な書類を作成して演出さんに提出、なんとか間に合ったかな。
でもこの書類作成するのが大変であった。
細かい書類仕事を寝不足の中で行うのは、ま、そりゃあね。
こんな仕事に埋没していると時間はあっという間に過ぎていく。

今日、甲府に単身赴任した高校時代の友人から久し振りにメールが来た。
昨年の夏は彼と彼の奥さん(この人も高校時代の同級生)と、
松島にカレイを釣りに行ったのだ。
松島の沖の海の底にはカレイがわんさかいて、エサが底についた瞬間に食ってくる。
そういえば3人で200匹近くも釣り上げたのだった。
そのカレイは実家に持っていって全て食べた。
食べるのも大変だったがとても美味であった。

今年はどこに行こうか?
彼が誘ってくる。
そうだね、やっぱり夏は海かな?

高校時代と同じようにまた彼とちょっとした日常から少しはみ出す
冒険をするのも悪くない。

ふと今年の夏は随分不義理をしている人にご挨拶をしてみたいと思った。
長い間ご挨拶が出来なかった幾人かの人に逢いに行こうか、と思った。


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2008-06-19 失望の代償

文章って唯一書き続けることで上達するのに気がついたのは、
浪人時代に小論文の講座であの厳しい先生に教えを請うた時だ。
論理的文章も叙情的散文も書くことで上達する。
きっと文章をものしている人は誰もが納得して頂けると思う。
才能ってのは言葉にすると簡単だけど一体なんなんだろう?

「努力もしないで素晴らしい作品を創ることができたり、
 素晴らしい結果や成績を残せたりすること」
・・・ってのが才能というのは僕は勘違いだと思う。

僕も若い時はもともと持っているものが少なかったから、
自分が「努力もしなくても何かが成せる」という夢を見たのだろう。
でも若い時「すごいな」って人は若いなりにきちんと努力してた。
若くて努力している人がすごいと思う。
努力をしていると年月を経て努力が積み重なるから。
若いうちに自分の努力を反映させることが大切。
だから若いうちに自分を鍛えて出来ることを増やしておくことが必要だ。

文章ってただ書くだけだったら誰でもできる。
演技だって誰でもセリフを覚えて言うだけならできる。
だから勘違いするのは良くあることだ。

僕だってそのどちらも未熟なのを自覚している。
僕の創るものだってまだ胸張って台本とは呼べない。
僕の演技はそれよりももっと未熟で自分でも悲しいくらいだ。
だから努力していくつもりである。

タイガーが、あの天才が勝利の代償に手術をするというニュースが流れた。
奇跡を何度も何度も起こした天才の身体に、
いったいどんな負荷を掛ければ手術するほど悪化するのか。
天才とは、やはり「何の努力もしないで何かを成し遂げる人間」ではないようだ。

僕はこの失望をきちんと自分に課す。
本気のライバルが僕の周りにもたくさん居るから。
失望したら、さらに力を溜めて次に臨みたい。
よし、次の台本書く意欲出てきた。

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今回の日記についてはこちらの判断で修正しました。(2008/6/20)


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通りすがりさんへ。僕は矛盾を感じません。僕は仕事という側面で演劇はしていない。僕の仕事の部分は仕事できちんとしているつもりですが、それはたぶんあなたは知らないでしょう。ここでは僕の芝居に関しての考えを話しています。これ以上僕を知ってるなら僕に直接話し掛けてください。いつでも直接話をします。 / あるまじろ ( 2008-06-20 23:38 )
前日の内容とは矛盾を感じることを仰いますね。ご自分を未熟と自覚してるなら、おいそれと他者を非難すべきではないのではないのでしょうか?お仕事を存じあげている分、読んで不愉快です。 / 通りすがり ( 2008-06-20 22:46 )

2008-06-18 僕のしてること

髪を切った。久し振りだ。最近暑くなってきたからちょうど良い。
仕事はそこそこ忙しく、間もなく週末を迎えるというのに台本にも目が通せない。
それでもちょっと時間があるときパラパラとめくってみる。
あとちょっと。もう少しで僕が行きたいところに届く。

僕の劇団の人たちは基本的に十代後半から二十代半ばまでの人たちが多い。
その半分が大学生か非正規雇用の社会人だ。
だから芝居にお金を掛けることは出来ない。
若者と呼べる十代二十代の人たちに希望の持てる人生を創るのに、
僕は演劇はとても有効だと思う。
お金を掛けないで、演劇を通して、
孤独にならず過酷な現実に立ち向かう自分を育てて欲しい。
仲間がそこに居て自分の努力で自分だけの表現を試行錯誤して欲しい。
それって素晴らしいことだ、僕自身も芝居をやることで幾つも波越えてきた。
哀しみの波を。

年上の人にきちんと礼儀を尽くして、
年下の人の話もきちんと聞くことの出来る場を設け、
芝居に出来るだけ安く参加して貰って、
そこでの仲間同士熱い絆で結び、
観てくれる人に希望を与える芝居を無料で届ける。
これが僕のしたいことだ。

みんな前を向いてる。
厳しい現実や日々襲う悲しみに潰れそうになりながら。
それでも前向いてる、前を歩いている。
安心して次の若い人に背中を見せて「こっちに来いよ」って言いたい。
一緒に芝居、しませんか。


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いしざきともこさんへ。いや、ぜひ。人と出会うこと、それが僕の生きてる意味です。 / あるまじろ ( 2008-06-20 00:07 )
読んでいたら、「わたし、芝居やります!」と言いたい気分になりました。 / いしざきともこ ( 2008-06-19 23:33 )

2008-06-17 turn to myself

孝史という役を得た時最初にものすごくシンパシィを感じた。
と、同時につらいな、と思った。
自分に似ている役を演じることは芝居をやっていて初めて感じるような、
とてもとても苦しい作業だった。これは初めての感覚だった。
人ってみんなそうなのかな、と思う。でも僕は暴力は奮わない。
でも僕は孝史に似ているところが確実にある。
一方でそんなにモノこだわらないところもあるし、
もう少し厭世的に頭は良いと自分では思う。
反面、孝史の方が優れている点もある部分を最近認めざるを得ない。
僕は孝史のように最後の最後に折れる、ということは過去にできなかったかもしれない。
僕はこの半年、孝史という役に向き合ってとても苦しかったのは確かだ。
その内実はほぼ自分に向き合う作業に他ならなかったからだ。

あと2週間、僕はこの役にさらに向き合うつもり。
孝史、僕のパートナーは去っていった。
きみは秀子というパートナーにどれだけ想いを寄せているのか。
想いを寄せていても叶わないことを知っているか。
僕は儚くも危うい絆の脆さに気づかず自分の「家」というくだらない領分に
しがみつくきみがつらいし嫌いだ。
それは過去の自分だからだ。
僕はそれは「家」なんてモノではなく僕の「プライド」が守りたかったのだが。

孝史、自分の考えを分かって貰えなくて身もだえする時、
僕はきみと重なってる気がする。きみが僕に重なってる気もする。
僕は決定的に理解されず折り合えない瞬間をつい最近経験したから。
その瞬間の孝史はまさに僕だ。

そういう意味では僕は孝史という役に向き合うことであれから過ぎる時間の多く、
自分というものを客観視することが出来たとも言える。
僕から見れば流離う人々は自分の一部をあえて持ち続ける勇気を捨てた人だ。
鳥ならまだしも人はそんなに自由ではない。
自由を気取ることは簡単で自由だと叫ぶことは不自由な自分を認めるようなものだ。
「自然に生きるってなんて不自然なことなのだろう」拓郎もそう言ってるじゃないか。
人は自由でないから自由に焦がれ、
自然に生きることが出来ないから自然で在ろうとする。
しかも自分を縛るのは常に自分自身なんだから本当に厄介だ。

社会とか世間とか大人とか他人に責任を転嫁するのはつまらないことだね。
地を這うものの情けない臆病者としての自分から目を逸らさない勇気を持ちたい。
僕に「おかえりなさい」と言ってくれるあの人は誰なんだろう?
僕はそこにいる「もう一人の自分」に語り掛けることが出来るだろうか?


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ナタリーさんへ。今日は代役で絡めて楽しかったです。明日も頑張ります。 / あるまじろ ( 2008-06-19 22:39 )
あなたが生きいきと台詞をはくのは、自信との対峙…いわゆる戦っていたからなの。。それを乗り越えている演技は素晴らしいです。見ていて気持ちいい。。役者やっているとそんな苦悩って度々出くわしますよね。体調に気をつけて。期待しています。 / ナタリ- ( 2008-06-18 10:08 )

2008-06-16 夏の欠片

ひょんなことで一昨年の夏にカナダのバンクーバーに行った。
そこで過ごした3週間の日々は色々な意味で僕の人生に一つ何かを色づけたのだと思う。
あの頃はまだあの頃の彼女が傍に居て当たり前のような日常が日本という国に在った。
その日常を置き去りにして僕はカナダという異国に出掛けたのだった。
その時とりあえず僕は前さえ向いていれば良かった。
振り返って自分の後ろの方を心配する気持ちなどなかった。

でも僕の後の人生の指針を指し示すキーワードは、
あのブラックベリーが生い茂るリッチモンドのそこかしこに転がっていた。
離婚、夢、男らしさ、自然。
それらに僕は全く気づかないで、ただその光溢れる夏を謳歌していた。
その素晴らしさを伝える言葉の中に、
すでに次のページの物語のヒントが隠されているとも知らずに。

そういうものなんだろうな。
僕はいまさらに思う。
今年再びバンクーバーを訪れようとする僕に、
今度はあの人たちは何を語りかけてくれるだろう?

それがまるで謎めく人と人の出会いと別れを暗示していようと、
きっと僕はまた違う方を向いて見過ごすに違いない。
でもそれでも、...time goes byeってことで。

今日は今日とてまた稽古、繰り返される場面毎のセリフのやりとり。
一度吐いてしまった間違えた言葉のやりとりが現実でも最初からやり直せれば、な。
こうして僕は何度も何度も間違って行くことだろう。
それを思うと少しさみしくもなる。

ゆっくりと夏が近づいてくる。
まるで遙か西の空に浮かんだ遠くの夏の雲のように。


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2008-06-15 光のある方へ

朝十時から五時まで自分の劇団の稽古、夜七時から九時半まで欅での稽古。
自分の劇団の方は稽古を見てあげられない人が居て申し訳なかった。
もっとちゃんと見てあげないと。反省。
欅の方は今日はセリフが最初から抜けて駄目だった。
もっともっと練習しなきゃ。
いくらやっても反省することが出てくる。
調子の良い時はものすごい良いのに、悪いときは駄目だ。
もっと集中していかなきゃだめだ。

タイガー・ウッズはすごい。
どうして自分でも信じられないようなことをものすごい舞台の上で出来るのか。
「トライ」しているからかな。
そしてミラクルが起こせるように努力してきた、ということだろう。
でもそれ以上の何かがある。
勝負をする時、手堅くいかずギャンブルしてもそれを成功させる実力。
その実力がないヤツがやればギャンブルでもタイガーにはギャンブルじゃない。
信じられないことが彼には当然のこと。
トライなら誰でもできる、「トライ」ではなく「ウィン」するところ。
正直、憧れる。

腰が痛い、少し痛めたようだ。
しっかりケアしてますから大丈夫ですが。
トレーニング、ちょっと控えないとだめだ。
これから本番までにしなければならないことをきちんとやっていこう。
身体のケアが一番。それはそうですね。

いつでもそうだけど
自分の思い描く理想の舞台に近づけるかな。
もちろん演出や他の役者さん全員で創る舞台っていうのもその一つ。
でも自分が任されたところを最高の出来で演じられたら。
きっといいだろうな、その時の気分って。


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2008-06-14 こんな土曜日

午前中Kの連中と一緒に基礎練をこなす。
ちょっと厳しかったかな。
芝居の稽古も少し。

テンションを高くキープすることがどれだけ大変なことか。
テンションを高くすると途端に身体に力みが入る。
せっかく入れたはずのセリフが飛び始める。
感情を第一に考えていた頃よりテンションの方が今は第一かな。
感情も大切、でも感情のやりとりの前にテンション。
テンション低くして感情をやりとり出来ても意味無い。当たり前だから。

僕の昔知り合いだったゴルフの達人の言葉。

「練習場で何のプレッシャーも無いときにはナイスショットなんか簡単に出るもの。
 手も足も震えるような緊張感の中では身体に力みが入る。
 そういう緊張感の中でまぐれでなくきちんと力が抜けて身体を動かせること。
 それが大切なんだ。
 だから練習の時に本番の試合と同じ緊張感を保つのが難しいんだ。」

練習の時から本番同様にテンションを高くする。
それが出来なきゃ。

夜に劇団サードクォーターさんの芝居を池袋の東京芸術劇場に観に行く。
ご招待して頂いたお芝居、逆に元気を頂きました。
ほろ苦いことが多く誰もが悩み、
でも若い時のように素直に未熟さを認められない。
人生には幾つになっても山も谷もある。
それで四苦八苦している人々がそれでも誠実に生きる姿が肯定的に描かれた舞台。
劇団員全員でのお見送り、ありがとうございました。
なんか照れくさかったな。


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2008-06-13 feel

夕方に2時間、夜に入って2時間半、深夜になるまで1時間くらい。
ずっと芝居に関わっていた。
僕がもしもこうして居られなかったらもっと孤独は僕にのしかかってきたかな。

☆野氏と廊下での稽古、とても有意義な稽古ができた。
やっぱり情熱と知識、経験と向上心、
あとは芝居によって力を抜かない誠実さ。
これを失わないでいる人と話すのはいつでもどこでも楽しい。

結局何がどうしようとだめなものはだめ。
それはたとえ矮小な世界に於いても。
でもそれを俯瞰できぬ者には些細なことであるということも理解できない。
大物ぶるなら大きなことをしてから。
何事をも成し得ていない者ほど自分を大きく見せようとする。
威嚇?擬態?勘違い?せめて一つ何かしてから口を開けば。
だから怖い、自分の言葉。

Mr.InjimoreがくれたNE-YOとChris Brown良い感じ。
さっそくMDに録って明日から車で聴きます。
夏近いね、今年の夏はこれずっと聴いてそう。


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