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あるまじろの「まるまり日記U」

イツデモコンナフウニスギテイクナラ、
ソレハソレデヘイワナマイニチ。。。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2014-03-12 大切なもの
2014-03-11 三年
2014-03-10 寄り添って
2014-03-08 母の好きだった山
2014-03-07 長野・須坂の千体雛
2014-03-06 空振り
2014-03-05 父との焼肉
2014-03-04 落陽
2014-03-03 紡ぐべき物語
2014-03-02 三週間を切る


2014-03-12 大切なもの

昔から大事なものはすぐに食べられなかった。
それで一ヶ月前にもらったチョコを、
今頃食べる羽目に。

でも美味しかった。

やっばりセリフを言うだけでも難しいのに、
動くのは本当に難しい。
簡単に言えるほど簡単じゃない。

夜には本気でシェイクスピアをやる。
やはり思いきりできるのは素晴らしい。

セリフを思いっきり吐くのは気持ちがイイ。


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麦さんへ。ついついなかなか食べられなかったんですが、一気に全部。もうありません。 / あるまじろ ( 2014-03-15 02:01 )
・・そんなに大切にしたくなるチョコをお渡しされたのは・・??私にもそんな経験あります(微笑)。 / ( 2014-03-13 15:10 )

2014-03-11 三年

この三年は色々な事がありました。
三年前には東日本大震災があり、
その時大変だったことをあらためて思い出します。

あの日、まだ職場に居た僕は、
いまだかつて体験しなかった揺れに驚き、
避難したあとなんとか帰宅することが出来ました。
その後、ガソリンが買えないので自転車で職場に通ったり、
計画停電で信号が消えてしまった場所を恐る恐る通ったり。

その四月に転勤、新しい場所で新たな人たちの中で、
また仕事を始めて、一区切りの三年が経ちました。

三年前には母は生きていた。
地震の後の不安な日々をそれでも頑張って生きていた。

母が亡くなってそれまでの生活が難しくなり、父と同居。
貴方にもだいぶ負担を掛けました。
感謝。深く。

それでも芝居は続けて、
今年は旗揚げ十五周年というところまで来ました。
そうしたことがとても大切な宝物なんだとも思いますが、
貴方が支えてくれたことを、
忘れないでいきたいと思います。


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2014-03-10 寄り添って

山が美しかった。

みんなで力を合わせて、
三年間を戦ってきた。

みんなで寄り添って、
しばらく山を見ていた。


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2014-03-08 母の好きだった山

藤田さんに助けてもらって三人で登った、
常念岳の思い出を亡くなる前日まで懐かしく語っていた母。
山が好きで病室でも山の写真を喜んで見ていた。


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2014-03-07 長野・須坂の千体雛

一つの区切りとして旅に出る。
人にはそいうことがたまには必要だ。

久しぶりに山を見たくて信州を訪れる。
須坂で雛人形を千体並べていると聞いて見に行く。
まあならべりゃあ好いってもんでもないが。

草の戸も住み替はる代ぞ雛の家


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2014-03-06 空振り

この日に伺わなければならなかった友人の展覧会に、
時間までに伺えず大変申し訳ないことをした。
ごめんなさい。

本当なら2時間前に終わるはずの仕事が、
倍の4時間掛かり、
それでも間に合えば、と期待をかけたが、
道路は普通に混んでいて時間に到着出来なかった。

連絡もうまく取れなかった。

せっかく到着しても約束の時間に30分以上も過ぎていては、
やはりお会いすることはできなかった。
当然のことだ。

それにしても残念だった。
遠くに見える表参道ヒルズ、東京タワー、
通り過ぎる代々木体育館、赤坂見附。
華やかな金曜の街並みが虚しい。


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-さんへ。次回はおごらせください!! / あるまじろ ( 2014-03-12 01:08 )
あーん、ごめんなさい!ワタシも残念でした。次回に期待?! / (_ ( 2014-03-11 17:08 )

2014-03-05 父との焼肉

武田鉄也が言っていたが、
「男には自分は食わずとも家族が食べる姿を愉しむという習性がある」
とのこと。

父には間違いなくそういう所がある。
「たっぷり食べなさい。」
「もっと食べないか?」

自分が食べないものまで注文する。
もちろん子供たちが望んでもいないのに。

僕の父や武田には子に何かをしてやれなかった、
という経験や記憶があるのだ。

父は僕が幼い頃に稼ぐことが出来なかった。

父の焼肉では父は食べないから、
父に食べさせることが大切だ。
人に食べさせるばかりの父に僕は言う。
「さあ、あなたも食べてください。一緒に食べましょう。」

僕らはもう今はお金にはそれほど困っていなくても、
過去の記憶は消せない。
その記憶は分からない人には分からないのだ。


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麦さんへ。理解できない人は理解できない。それで立ち去るなんて、乱暴なことです。 / あるまじろ ( 2014-03-10 23:14 )
ああ、言われてみれば、そうかもしれません。低学年時代を焼夷弾から逃れていた父は、おかずを必ず一口残してました。次いつ食べられるかわからないので自分や弟達のために取っておいたクセが抜けないのだといってましたね・・。 / ( 2014-03-10 09:56 )

2014-03-04 落陽

西の空からこぼれている金色の光り。
流れていく雲も変わりゆく天候を暗示しながら、
また時の移りのなかで姿を変えていく。

やや体調が崩れて頭がボーっとしている。
行きたかった写真展に行くのも夕方断念した。

ああ、その西の空からこぼれる光芒が、
青く変わっていく夕景に最後の輝きを刻む。

季節の終わりの独特の切なさが、
光の中に含まれているのだ。
それがこの美しさの背後にあるから、
僕は足を止めて動くことが出来なかった。


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2014-03-03 紡ぐべき物語

朝からそれなりの仕事をし、
ふと気づくと一日が終わっている。
誰もがそうだがやらねばならないことが、
後から後から追いかけてくる。
何も追いかけてこないことが幸せではない。
まあ、それも真理だ。

「遺体」という映画を観た。
震災の時の遺体安置所を舞台にし、
実際にあったことを映画にした作品だ。
一つ気になる言葉があった。

「ドキュメンタリーにはしたくない」という言葉。
フィクションの物語であるからこそ現実以上に現実を描くことがある。
全てが「ありのまま」では物語にならないのだ。
現実が真実ではない以上、
物語の中に現実を超えた真実があってもおかしくない。
遺体を安置する体育館に、主役を演ずる西田敏行は靴を脱いで上がった。
モデルとなった人物はそんなことしてはいないが、
実際には「そうしたかった」のだそうだ。

物語の中ならそれが真実になる。
大切なのはリアルではなくリアリティ。
物語が嘘をつかなければいい。
一方で現実は嘘をつくから、騙されてはいけない。
結果的には楽観的な結末も、悲観的な結末も、
人は「これが現実だ」「これが人生だ」と受け容れるしかない。

人は物語の中に嘘のない奇跡を望むものだが、
その全てがあながち嘘ではない。

僕たちが紡ぐべき物語は、
結果をあれこれとってつけて説明することではなく、
そこで何を伝えるか、なのだ。

冬の終わりが近い。
夕日がいつの間にか背後に迫っていた。


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麦さんへ。僕も自分では3.11を物語にすることはまず出来ないと感じています。ただこの目で見た三か月後の仙台の道路の真ん中に転がる漁船とか、物語に出来そうにないからです。物凄い虚無がそこに転がっていたのを覚えています。 / あるまじろ ( 2014-03-04 21:46 )
…ノンフィクション信者の私としては、これまで、特に3.11など物語にしようとする人たちを、物凄い勇者か身の程知らずか金目当てかのようにしか思えなかったのですが。そこに意義がある。すごく府に落ちました。大変興味深いお話でした。 / 麦 ( 2014-03-03 23:39 )

2014-03-02 三週間を切る

今日は一日稽古。
今日は右足の節が少し痛い。
身体が少し重い。
別に病気じゃないんです。
なんだろう、ちゃんと寝たのにな。

念入りにストレッチして身体を温めて、
発声まで進める。

頭から立ち稽古、一つ一つのセリフを丁寧に始めた。
本番まで三週間、焦らずやるしかない。

昼は近くの揚州商人で酸辣湯麺。
身体があったまる。


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