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あるまじろの「まるまり日記U」

イツデモコンナフウニスギテイクナラ、
ソレハソレデヘイワナマイニチ。。。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2011-08-02 台本、やっと上がる
2011-07-26 サカモト氏のこと
2011-07-25 夜明けの冷たい海
2011-07-19 台風接近の夜
2011-07-18 勝利の周辺に在るモノ
2011-07-17 夏本番の日曜日
2011-07-13 頑張れ、ナデシコ
2011-07-12 k-POP
2011-07-11 鮎を食う
2011-07-10 ラストワルツ


2011-08-02 台本、やっと上がる

台本、上がりました。
表紙とか抜かして内容だけで99Pです。
いやあこの二日間、とある場所に自ら缶詰になって書き上げました。
二日間で50P書きました。
あ〜死ぬかと思った。

(ご飯食べて台本書きまくってまた台本書いてって感じ)

それでもとりあえず上がって良かった。
いよいよ稽古に集中して行こう。
あと四ヶ月、稽古して好い芝居にしよう。

それにしても今日は自宅に劇団員三人集めて読み合わせしたら、
読むだけで二時間掛かった。

最終的にはどのくらいになるのか?
やや、不安ですね。
せめて二時間ちょっとに納めたいですのう。


先頭 表紙

くすのき燕さんへ。書けない時の方がめっちゃ多いですけどね。 / あるまじろ ( 2011-08-04 00:25 )
脱稿おめでとうございます。書ける時は書けるけど、書けない時は書けないですからねえ。 / くすのき燕 ( 2011-08-03 23:33 )

2011-07-26 サカモト氏のこと

僕の知り合いにサカモト氏という、
僕より年上のバトミントン選手であり、コーチがいる。
彼はずっとバドミントンをやってきた。
シャトルを打つ一打一打を十代の頃から工夫して、
ずっと勝負の世界で生きてきた。
この県のバドミントンでも有名な人だ。

その人と一晩中語り明かした時に、
彼はこう語った。

「俺はもう選手として第一線でシャトルを追うことは出来ない。」
「でもより強く打つために、相手に勝つためにどうすればいいか、
 辛いときにどうすればいいか、自分に勝つためにどうしてきたか、
 素晴らしい羽のためにどうすればいいのか、ずっと培ってきたものがある。」
「もう自分で理想的なプレーが出来ないなら、
 それを次の世代に伝えたい。」
「あともう少しだけ怪我をしている膝が持つまで。」

そういう人が積み上げてきたものに、
僕の尺度でああだこうだ言うことは何一つ無い。
ただ彼の想いのために自分が何が出来るか、それだけだ。

教えることは本当に難しい。
教えてしまったことはもうその人のものだが、
教えてもらった人が教えてくれた人に出来ることは感謝だけだ。

僕はちゃんと勉強しないで、
口先だけで、
自分の直感だけでものを言う人を信じない。
なんの裏付けもない。
努力して積み上げたものがない。

教える人・教えた人と教えてもらう人の間には、
礼儀しかいらない。
お金やモノはいらない。
でも気持ちがない人は教えてもらう資格がない。
チャンスをもらえる資格がない。

何かを目指す人には教えてくれる人が必ず現れる。
そしてすべきことは努力だけだ。
チャンスは自分を捨てて努力する人にだけ与えられる。
結果は努力を怠らなかった時にだけ付いてくる。

サカモト氏の好きな言葉は、
「楽しく、厳しく」。

「楽しさ」の中には必ず「厳しさ」がある。
「厳しさ」を乗り越えた人だけ「楽しさ」が見える。

人と共に何かを創る時は必ず楽しさだけでなく厳しさがある。
自己満足のモノじゃないなら、必ず厳しさがある。

努力している人が必ず栄光をつかむわけではないが、
栄光をつかむ人は必ず努力している。
誰かもそう言ってたよ。

さて、僕は自分の芝居をしよう。
厳しさから逃げない、そう心に誓おう。


先頭 表紙

くすのき燕さんへ。がんばります、忙しい夏を乗り切りましょう!! / あるまじろ ( 2011-08-02 23:48 )
努力している人が必ず栄光をつかむわけではないが、 栄光をつかむ人は必ず努力している。ホント、そうですね。コツコツと積み上げないといけませんね。 / くすのき燕 ( 2011-07-30 11:07 )
雅さんへ。僕も何かを伝えたいと思います。 / あるまじろ ( 2011-07-30 00:27 )
次の世代に伝える。大切なことですよね。技術とか、心意気とか。もろもろ。 / 雅(みやび) ( 2011-07-28 10:17 )

2011-07-25 夜明けの冷たい海

夕方、仕事を終えると湯もから「補習稽古したい」というメールが。
「そうだのう、そろそろ補習をしとかないとね。」
と思っていたのでどっかカラオケボックスででもやるか、
と思ったら、月曜日。
劇団欅の稽古がやってるかも?
と思ってシミズさんに電話したら、やっていた!!!
あちらの主宰のマツキ先生に許可を取って頂き、
お邪魔することにした。

欅では秋の出し物の稽古をしているようで、
新人さんも居て、精力的に活動している感じだった。
その稽古場の隅の四畳半を間借りして、
湯もと二人で本読みした。
途中でシミズさんも加わって頂いて、
予想外にゴージャスな本読みになった。
初見なのにやっぱりお上手ですねえ。
湯もちゃんまでもちょっと良くなったもんね。

さて、稽古終わりで湯もと二人でちょこっと呑んだ。
久しぶりだった。
威勢のいいふくよかなお姉ちゃんが注文を聞きに来る店だった。
あれこれとよもやまの話をして、
僕は生ビールとハイボールを何杯か呑んだ。
湯もは芋焼酎とハイボールを何杯か呑んだ。
それで別れた。
なかなか好い夜だね。

関係ないけど、ハイボール呑んだ明け方の感じって、
自分の中に冷たい海が在る感じ。
ああ、海があるなって感じ。


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2011-07-19 台風接近の夜

雨が強い。
湿気が多く蒸し暑い。
風も強くて傘が曲がってる人も見た。

三歳の頃、台風が近づいている家に短い間、
留守番することになった。
母はなんらかの理由で僕を一人にしなければならなかった。

「隣の○○ちゃんに言っておいたから」

隣の家にたまに遊んだ、もう少し年上の女の子が居た。
不安な僕のことを母も不安だったのだろう。
隣の家に僕のことを頼んで出かけていった。

僕は一人でじっとしていた。
何もしないでじっとしていると雷が鳴った。
5分も経たずに家を飛び出した。
外にはすでに強い雨が降っていたが隣の家の玄関の扉を叩いた。

やがて母が戻ってきたが、

「弱虫ね」

と言って笑った。

どうして僕は自分の家でじっとできなかったのか。
それはおぼろげながら覚えている。
台風という巨大なエネルギーの接近を肌で感じてしまったからだ。
僕は一人であの平屋の畳の部屋に居て、
屋根を叩く雨の音や雷の音で、
何か大きなものが近づいていることを実感して、
一人では居られない恐怖を感じたのだ。

三歳の頃のことだがはっきりと覚えている。
一瞬飛び出した時、どうしても確認せざるを得なかった。
あの灰色の空の雨の降り注ぐその向こうにあるものを。

驚くほど速く流れていく雲と大粒の雨に背中を押された僕は、
三歳で人間の小ささを実感した。

僕に三度目の夏が近づいていた。
そういうことは何も分からないまま。


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2011-07-18 勝利の周辺に在るモノ

サッカーのWCを拝見しましたが、
アメリカチームも素晴らしいし、
日本チームには本当に素晴らしい、
精神力の在りようを目の当たりにしました。

こういう結果が伴ったチームや選手には失礼ですが、
過去の実績、勝率、実際に戦っても押しまくられる現実、
技術の差、体格・体力の差、
しかも試合後に分かったことだが相手に奢りはなく、
選手としても人格的にも素晴らしい敵チーム。

そういう相手に相対したとき、
必死さを失わないように一生懸命集中しようとしても、
そうは出来ないものだ。
実際、前半の最後こそ多少チャンスを作れたものの、
前半を0−0で終われただけで、
なんとなくホッとしたくらいであった。

それなのに先制されても限られたチャンスを、
ちゃんと狙ってモノにする。
それも一度ならず二度も。

格上だとはっきり分かってる相手に対しても、
どんなに不安な状態でも、
勝つつもりで挑む気持ちを持つ者だけが、
新しいチャンピオンになることが出来る。
勝利をつかむことが出来る。

勝ち負けがあるもので勝ちを目指さないのはおかしい。
当然のように勝ちに行く。
勝つことだけを信じて日頃の努力を怠らない。

負けた後でちゃんと日本チーム一人一人に握手をしていた、
敵チームのエースの態度には、
やっぱりチャンピオンらしい誇りを感じる。

試合の最中は自分の国を応援しても、
試合の勝敗が決した後はちゃんと、
自分のチームと相手のチームの健闘を称える。
そう言った応援した人々にも感動する。

気持ちの良い一つの出来事だった。


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2011-07-17 夏本番の日曜日

  
さて、少しずつ台本も出来上がります。
少しずつですが。

言い訳になりますが、
ここ最近は一つの仕事上の区切りで、
まとめの仕事が立て込んでいたり、
出張が重なったりしてなかなか台本を書けませんでした。
来週は少しは時間を作って、
「仕上げまで持って行けたらいいな」
と思っています。

日曜日の稽古は全体でのストレッチ・発声の後、
場面ごとの演技のイメージを各自で膨らませる稽古。
午後はちょっと台本を離して場面ごとの立ち稽古です。
もう立ち稽古に入るのは、うちの劇団としては少し早いペースですね。
それでもパッと演技に入れる役者に、
ちょっと感心しました。

僕自身はまだ自分の役には入らず、
どちらかというと舞台の上に居るだけで、
その他の役者の演技を見ていました。
自分の演技は他の役者が仕上がってからですね。
演出が先なのでこれは仕方在りません。
これは結構たいへんなお願いですが、
役者だけやっている人はちょっと早く仕上げてください。
そうしないと僕は自分の演技を合わせていけないので。
まあその前に台本を仕上げるのが先ですね。
すみません、みんなで頑張りましょう。

それでも今回参加している役者さんは総じて達者です。
新顔や久しぶりの舞台の人が多いのですが、
稽古場の雰囲気は和やかで、
皆、純粋に演技に集中している。

最後のミーティングでもなんとなく話が通じてる。
そうした感覚を持てるのでいいですね。

最後に、この稽古場日記を彩の国芸術劇場の、
赤岩さんもご覧になっていらしゃって、
「いよいよ12月のお芝居も本格的に始まりましたね」と、
電話で言われました。
12月にお世話になりますが、
こうやってチェックして頂けているなんて、
まあ有り難いモノです。

横浜の赤煉瓦倉庫にて、
インターコンチにハイネケンで乾杯。


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2011-07-13 頑張れ、ナデシコ

今日も暑かったですな。
仕事は順調です。
一つ一つこなしてます。

劇団の次回公演の劇場の利用申請の手続きも進み、
なんとか年末の12月には公演が出来そうだ。
台本もまだ全ては上がっては居ないが。

仕事場でスイカが出た。
こんな暑い日にスイカは有り難い。
美味しい。
元気をもらった。

さて、明日の早朝は早起きだ。
日中は少し眠いだろうけれど、
まあこれは仕方のないことだ。

頑張れ、ナデシコ!!


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2011-07-12 k-POP

昨年末からのAKB旋風から韓国のアイドルを含めて、
今や雨後の筍のようなアイドル流行り。
今やどれ、ということを言ってもしょうがない。

そんな折りも折り、僕の身の回りには簡単に言って、
KARA派と少女時代派の人間がいる。
その二人に挟まれているような状態なので、
結果どちらも聴くことになる。
そしてテレビなどでAKBの亜流やモーニング崩れなどと見比べると、
やはりKARAと少女時代の完成度はなかなかな気がする。

AKBが昔懐かしいおニャン子商法の発展系だとしたら、
K−POPの連中が押し寄せて来ているのはまた別の経路だ。
それは以前ペ・ヨンジュンが見せた韓流ドラマの商法に似ている。
対象がオバチャンから若者に変わっただけだ。

一つの作品がムーブメントを作り、
後から「わしもおるで〜」って感じで、
次々と新たなものが出てくる。
まるでその一番新しいものを知らないと遅れているような気にさせる。
だから乗り遅れた人は乗らないが、
乗っている人はいつまでも乗り続け他の人を巻き込もうとする。

話を戻すとKARAは正統派アイドル路線で、
いわゆる「カワイイ」を中心に据えているように見える。
一方、少女時代は今のところ「カッコイイ」路線で、
アルバムを聴くとアーティスト傾向も見え隠れする。
KARAが事務所問題でゴタゴタしている最中に、
少女時代が一気に日本を席巻したが、
その後KARAが復活すると、
現在はまたKARAが勢いを盛り返した状況だ。

僕はどちらでも良いのだが、
男の子は前者を好み、女の子は後者を好むのはいつものことだ。
在る意味、これは在日の人などを苦しめた、
この国に長く根ざしている人種差別問題を、
一瞬は忘れさせるような勢いがあるのでそれはそれで好ましい。

一方で国粋的な気分は無いにしても、
こんな状況であるからこそ、それなら団体じゃなくて、
一人で筍のような韓流アイドル達を受けて立つような、
国産のアイドルの登場が待ち遠しいと、
僕はなんとなく思ってしまうのであるが。


先頭 表紙

2011-07-11 鮎を食う

この季節の旬と言えば鮎だ。
初鰹と鱧の間の魚と言えるだろう。
中でも塩焼きは一番。
ほろ苦いわたも海の魚ではない、
川藻を食べている良さがある。


先頭 表紙

2011-07-10 ラストワルツ

日曜日は長い間、我が劇団ぴゅあの看板女優であった、
旧姓O山U子さんの結婚式でした。

振り返れば、11年前に劇団を旗揚げしたその時に、
初舞台の僕と初舞台の彼女が共演したのでした。
その後、何度となく舞台を共にし、
様々な役柄で舞台の上の人生を紡いだ。

芝居というのはそう言うところが好いところです。
一度きりでなく何度も再生される人生達。

ついでに彼女要望で式場で芝居を演ることになりました。
芝居をやっている彼女を見たことがない新郎。
彼のために見せるためだけに演じられる舞台。
そんなある意味、馬鹿げたことが在ってもイイだろう。

名付けて『ラストワルツ オン ヴィラ・デ・○リアージュ』。
オープニングムービーもカラーチラシも作って、
音響・照明も合わせて、稽古も数回した。
殺陣も入ってる。
全てが彼女の彼への想いのため。
それはそれで一つの夢のような出来事だ。

芝居とはそんな感じでドラマティックに始まり、
現実と共に過去へと流されていくものだ。
いつかはそれはどちらもセピアの追憶となる。
現実も虚構も無い。

それとは同じ時刻に三人の役者が、
次回の芝居の稽古を別の場所でしていたそうだ。
彼らもまた別の夢の舞台のために、
自分のすべきことを進めているのだ。


先頭 表紙


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