アジア系の女の子がはいってきた。すれ違う男性に声をかけられている。
「外は雨なの?」
「そうですね、別にかさが無きゃいけないって程でもないけど」
「湿気があると歯がうづくんだよね」
メガネをかけた彼女は私の目の前に立ち受け付けの台におっかかる。
「IDを」
ちかくにある私立大学のID。Mihoko I,,,,
日本人らしい。9階のスミス口腔外科だろう。日本人が時々やってくる。
「よくわかりましたね!」
化粧気の無い顔が驚く。
「親知らずぬいたばかりなんです。なにもないといいけど」
彼女はエレベーターのなかに消えていった。
天井に目を向ける。金色の飾りと湾曲している壁にゴシック趣味な絵画が張り付いている。悪趣味は金持ちの象徴だ。金持ちが持つビルディングの象徴として私のような、例えば蝶ネクタイをつけたエントランスの受付担当が配置される。
私のような。髪はブラウン、目は濃いブルー。当たり障りのない穏やかな顔立ち。金持ち向けだ。金持ち向けだと前妻は言った。彼女の実家はどこかの実業家で、彼女自身ウォールストリートのとても大きな投資銀行で働いていた。私は主夫だった。彼女は大層なお金を銀行口座におとしてくれる役割をしていたので、家の中での役割は全くなかった。
娘が生まれたときに彼女は仕事をはじめてからはじめての長期休暇を取った。彼女はあきらかにイライラしていた。最初から母乳はでなかった。娘は私が全て世話をした。一ヶ月たって、彼女は私に口をきかなくなった。なぜだい?と私は当たり障りのないように聞いたが答えてくれることはなかった。3ヶ月経った。「自分の生活費くらい自分で稼いだらどうなの?」彼女の口癖になってしまった。銀行口座には桁を数えるのが面倒なほどの金額が残っていた。
弁護士なんて要らないほど私は何に関しても譲歩したのに彼女は知り合いの大層な弁護士を呼んで離婚調停を行った。「私は大層なお金があるから」確かにそうだ。弁護士が持ってきた大層な枚数の書類に目を通してサインをしているときに彼女は言った。「お金持ちがお金持ちの役割をしているときに、あなたほどの引き立て役はないと思うわ」
妻はなぜか私を大層憎んで出て行った。娘にはもう父親が死んだと言ってあるらしい。
ニューヨークは金持ちが大層多い街だ。金持ちが沢山いるのは悪くない。彼らは確かに彼らの需要を満たすための雇用を供給してくれる。職歴がない私も、金持ちの為のこの仕事にはすんなりとつくことができた。
最近娘と前妻にであった。この受付の前で。彼女らは4階にある大層な金持ちが行くダンススタジオに用があったらしい。ビジター用のネームタグを作成する際、娘は大きな声で自分の名前を教えてくれた。リン。私が名づけた。
彼女はそれから毎週家政婦同伴でここに来るようになった。時々、学校での出来事を事細かに教えてくれる。
「おじさんは、パパとにてるね」
再婚したのか。
「リンね、パパ大好き。だから、おじさんのことも大好きだよ」
ああ。
リンは金持ちの子なのだ。
先ほど通ったアジア系の女の子が降りてきた。ネームタグを返してもらう。
「親知らず、何もなかったみたいでよかったです」
「そうですか、私、先ほど娘に会いまして」 |