ここにきてから三人のアメリカ人から「ミホコはアメリカ人っぽいよね」と言われた。
今日は、日本政治の授業で、敗戦からの10年を追ったドキュメンタリー映画を見た。GHQの前でたむろする売春婦、アメリカ人の軍人とチークダンスを踊る日本人女性。日本人の老女が映画の中でつぶやいた。
when i saw them, I was like, we really lost the war, didn't we,,,,,
「アメリカ人」
日本ではよく友人たちから「みすこんはちょっと日本の社会でやってけないかんじがする」と言われた。
「アメリカ人ぽいね」と言ったひとりの友人は、「ミホコ、正直に言えばどの国が住みやすい?」と聞いた。
私は、日本、日本だよと言った。私は日本に帰って、日本の大学を卒業して、願わくば日本にある会社に就職して、老後を穏やかに暮らすんだ、と返した。彼の目も見ずに。
私が帰るべきところは日本なんだよ、たとえ日本にいた皆から「日本じゃやってけないんじゃない?」といわれても。
自信を持ちながら、「アメリカって、いい国だろう?ミホコもそう思わない?」と言える彼ら。「アメリカナイズ」という言葉が映画の中で何回も流れた。敗戦から、何人の日本人が「日本って、いい国だろう?君もそう思わないかい」と言えただろうか。敗戦の大きな影は国への無関心。
一体何人の人が、日本という国をすばらしいものにしようとして汗を流しただろう。一体何人の人が、すばらしい国にするために、西洋の輸入を試みたのだろう。すばらしい国、「アメリカナイズ」なのか?膨らむアメリカへの複雑な関心、置き去りにされかける日本という国。
敗戦は、アメリカへの、虫眼鏡でしか見えないような小さな劣等感を残した。それに伴う大きな無関心。「アメリカ人ぽいね」「アメリカに住みたくない?」「アメリカって、いい国だろう?」
何をもって「日本人ぽくない」と彼らは言ったのだろうか。私は、こんなにも自分の国に根を張りたいと思っているのに。
国を思うひとほど、日本人ぽくない、ってことじゃないの?と友人は言った。それを聞いて、思った。無関心が日本人を象徴させるんだよ・・・。少し悲しくなった。 |