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みなみの「さぼのーと」

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レトロな喫茶店のように営業中です☆
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★からだ内観日記(パーソナルトレーニングの記録)★

★お買い物ブログ 「こんなものを買った」

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-11-30 行動記録 ……月が変わらないうちに(2)
2003-11-30 行動記録 ……月が変わらないうちに(1)
2003-11-30 女の城で感じたこと
2003-11-29 狂気について
2003-11-27 大好きだった男(ひと)
2003-11-24 「人体の不思議展」行ってきたよ。
2003-11-22 行動記録
2003-11-07 武道と教育
2003-11-07 武道と教育(つづき)
2003-11-06 思ふこと 書き殴り


2003-11-30 行動記録 ……月が変わらないうちに(2)

22日

友達に誘われて、新宿2丁目のレズビアン・バーへ行く。(男性立ち入り禁止!)
ドアに鍵がかかっているので、インターフォンを押してから中へ入れてもらう。
ちょっとびっくりしたけど、中はふつうのバーだった。
おつまみがとてもおいしくて、お酒やお茶も女性好みのものがたくさんある♪

席はカウンターだけ。7〜8人も入ればいっぱい。
常連さんが多いせいもあると思うけれど、店内には不思議と親密な雰囲気がある。
なんだかすぐ、他のお客さんと打ち解けられそうな感じ。

ただやっぱり、「カップルさん?」と聞かれるとミョーに恥ずかしいなぁ。
(友達もわたしもストレートである)
好むと好まざるにかかわらず、このへんがわたしの堅いとこであり
弱点であり欠点だ。わかってはいるんだけどね。

******

23日

某ひまじんライター氏の引越しのお手伝いに行く。
わたしは、新居近辺にて、荷物運搬組を待機する組。
運搬組が到着するまでは、他のみんなと本屋でトリビアの泉を読んでいた。
面白い面白い。へぇ〜へぇ〜。

ところでわたし、他人の引越しを手伝うのって好きー。

理由その1、適度に身体を動かして健康的な気分になれる。
理由その2、働いた分だけ目に見える(=荷物が移動するなど)のが楽しい。
理由その3、作業が終わった時のスッキリ感が味わえる。
理由その4、新生活の新鮮さのおすそわけをもらえる。
理由その5、自分が引越すわけではないので、面倒な手続きは一切しなくてヨイ(笑)

キレイで風通しがよくて、住みやすそうなお部屋でした。

先頭 表紙

Artoghaさん>部屋の構想を練るの、楽しいですよね。家具やインテリアを見て回るのも大好きです。当分引越しはなさそうですが。。。 12畳ワンルームは、賃貸だとなかなか難しそうですね。細かく部屋を分けた方が使い一般に勝手がいいから、一部屋8〜10畳くらいが多そう。わたしは生まれてこのかた、8畳より広い空間で暮らしたことがありません(笑) / みなみ ( 2003-12-03 00:22 )
僕も引越ししたくて、新しい部屋の構想もあるのですが、引越し時のあの金銭的大ダメージ(敷金、礼金、保険料、etc...)を考えると、なかなか踏み切れずにいます。物が少なくて、広い部屋に住みたいです。12畳ワンルームとか。。 / Artogha ( 2003-12-02 08:17 )

2003-11-30 行動記録 ……月が変わらないうちに(1)

8日

ひまじんライター諸氏と『豆腐の角で頭をぶつけろオフ』。
昼間は、高尾山登山。風がさわやかで気持ちよかった〜。
夕食は、わたくしおすすめのとうふ屋うかいにて。席は、初めての個室☆
みんなにも気に入ってもらえたみたいでなにより♪
ちょうど八王子の駅前の神社で酉の市が開かれていたので、帰りはそれを見物。
身体を動かして、おいしい料理とお酒を楽しんで、たくさんお喋りをして、充実の一日。

******

14日

映画『昭和歌謡大全集』、valkilさんと。
一件の、通り魔的な殺人事件を発端に、おばさんグループと少年グループが対立し
互いに殺し合いを始めるという、ブラックなおはなし。にもかかわらず、なんともすっとぼけたテイスト。
村上龍が原作だそうです。
それを読まずに言ってしまうが、たぶんこれ、原作よりセンスよく仕上がっているんじゃないかな。
村上龍は苦手なんだけど、原作を読んでから、もう一度見てみたい映画。
ちゃんちきおけさのシーンはすごかった。

ガンマニア少年・ヤノを演じる、斉藤陽一郎という俳優サン。
青山真治監督の『EUREKA』に出演していたのか。なーるーほーどー。
『EUREKA』の感想を書いた日記、2年ほど前に、このページにUPしたはずだけれど、
すでに削除してしまった記事のうちのひとつだったようで、見つからなかった。
無念。
役所広司主演の、なんとも言えない味のある映画です。

******

16日

学生時代のサークル(文学研究会;略称「文研」)から、文学散歩のお誘いを受け、鎌倉へ。
散歩のコースは、円覚寺→東慶寺→源氏山→銭洗弁天→極楽寺→江ノ島。
当日はとても天気がよく、しかも前日が雨だったため、木々にしっとりと水気があり、
東慶寺の緑などは、神々しいくらいにきれいですた……。

参加者は、OBの先輩方3人(うち2人はご夫婦)と、先輩ご夫婦のお子さん。それから現役メンバー6人。
サークルは、昨年度の末にいったん廃部になり、
その後、1年生ばかりの新メンバーで再発足したとのこと。
現役メンバーは全員かわいい女の子〜♪
もう、自分がいたころの、安酒の匂いの漂う、男所帯チックなむさい旧文研のイメージはありません。
当時は当時で、あのシャイで濃ゆい雰囲気のノリも楽しかったんですがね。
新文研の後輩たち、がんばって活動しているようで、今後が楽しみです。頑張れ。

解散後は、OB連で、藤沢のイタリアンレストランへ。
某ひまじんライターズに教えてもらった、安くておいしいバイキング。
先輩方にも好評でした。
帰りがけに藤沢の旧青線地帯を見学。新宿のゴールデン街そっくりで驚く。

先頭 表紙

てるてるさん>行ったよー! やっぱりあそこ、破格の安さと味だね。先輩方にも気に入ってもらえたみたい♪ いい店教えてくれてありがとう。    あそこは……確かに一人じゃ淋しいかもなぁ(^^;; / みなみ ( 2003-11-30 22:14 )
お、あのイタリアン、行ったのですね。俺は随分行ってないッス。相手がいれば行くんだけど(苦笑) / てるてる ( 2003-11-30 21:39 )

2003-11-30 女の城で感じたこと

「女性専用車両」。

わたしがよく乗る私鉄では、平日の遅い時間だけ、先頭の1両が女性専用になる。
そのサービスはしばらく前から始まっていたが、最近まで乗ったことはなかった。
女性専用車両、それ自体に興味がなかったのと、
わざわざホームの先頭まで行くのが面倒だったから。

女性専用車両のとなりの車両に乗っていて、オジサンに話しかけられたことがある。
彼の意見を要約すると、
「男に対するセクハラだ。失礼だ。同じ人間なのに、そんなに男を毛嫌いしなくても」
だった。
50代くらいの身なりのきちんとしたサラリーマンで、
話し方も、悪い感じではなかった。が、いかんせん酔っ払い、話がくどい。
彼の意見も、もっともだ。
けれど、オジサンと同じ車両を選んで乗っているわたしに対して
延々とそれを主張されても困る。
途中から相槌を打つのが苦痛になってしまった。

******

そういう経緯があったから、というわけでもないけれど、
先日、女性専用車両に乗ってみた。
そうしたら、あまりに快適でびっくり。
以来、女性専用車両のある時間帯には、かならず乗るようになった。

■理由その1
 たとえ満員でも、女性は全体的に身長が低いので、
 男性のいる車両に比べ、あきらかに視界が開ける。
 圧迫感が少なくて快適。これはかなりポイント高し!!

■理由その2
 匂いがきつい人がほとんどいない。
 生まれついてのことを云々するのは、あまりよくないと思うけれど
 一般的に、女性よりも男性の方が体臭はきついのではなかろうか。
 あと、生理的なものでなく、強烈にヤニ臭いとか、
 風呂入ってなさそうとか、洗濯してなさそうとか、そういう男はよくいる。
 勘弁してほしい。乗客どうし、至近距離まで接近するわけだからな。
 わたしが満員電車を嫌いな理由のひとつは、匂いがいやだから。
 女性専用車両は化粧くさいのでは、と思っていたけれど、
 実際に乗ってみると、別に気にならない。

■理由その3
 酔っ払いが少ない。
 ま、自分も酔っ払いなことが多いので、糾弾するつもりはないけど
 素面の目から見る酔っ払いは、やっぱり見目のいいもんではない。
 見ていて心配だし、もし吐いたらと思うと身構える。
 女性専用車両にも酔っ払いはいるけど、圧倒的に数が違う。

■理由その4
 落ち着く。
 なんというか、うまく言葉にできないんだけど……
 女性専用車両には、得体の知れない雰囲気の人が少ない、ような気がする。
 女性の方が、男性より、身なりに気を配っているせいもあると思う。
 わたし自身が女性だから、まわりが同性だと安心するのかもしれない。
 なんとなく、のんびり乗っていられる。

******
 
これはぜんぶ実際に女性専用車両に乗ってみて感じたことで、
同時に、乗らなかったら気づかなかったこと。

特に、理由その4。
電車の座席に座るとき、姿勢や格好がだらしなかったり、怖そうな人は避けて、
無害そうな人の隣を選んでいる自分に気づくことがある。
隣がどんな人かをほとんど無意識にチェックするのは、
できるだけ得体のしれないもの、危険そうなものから遠ざかろうという
本能的なレベルでの行動だと思う。
そういうケースをいくつか思い出してみると、
「この人の隣はちょっとやめよう……」と感じた相手は、
ほとんど男性だったような気がする。

女性専用車両に乗って、自分の中にあるジェンダー意識に改めて気づいたかも。

うーん、これはセクハラの範疇?
どうですかね>男性の方

先頭 表紙

私がすんでいるところは田舎すぎて、ほとんど電車をつかったことがありません。みなさん苦労しているんですねぇ。わたしはもっぱら車で移動ですぅ。 / ぴ〜 ( 2003-12-03 11:54 )
悩村さん>おおお……。それはちょっと悲しいですねえ。さりげなくあと一駅乗ってから移動してくれーって思っちゃいますね。でも、悩村さんが下りた後に即移動したということは、その女性たちは女性専用車両がそうとう気に入ってたんですねー。/追伸、元合コン日記のオーナーさんが何をおっしゃる(笑) / みなみ ( 2003-11-30 22:15 )
先日はツッコミありがとうございます。私の沿線にも女性専用車両あります。先日女性4人と私の5人で帰ったとき、私が一番先に降りた途端、女性達は女性専用車両へ移っていきました(笑)要するに私が邪魔だったらしい・・・ / 悩村@決して合●ン帰りでは・・・(笑) ( 2003-11-30 20:40 )
壱弐九八さん>匂いやらヘンな人に関しては、壱弐九八さんのおっしゃる通りかもしれません。実際、自分に体臭がないとは思わないし、女性のヘンな人に車内でケンカ売られそうになったこともあるし。ただ、あくまで見た目での「怖そう」「ヘンそう」っていうのは、やはり女性より男性に多いと個人的に思っています。女性専用車両に乗ると、本当に女性ってみんな身だしなみに気をつかってるんだなってわかって感心しちゃいます。 / みなみ ( 2003-11-30 17:58 )
壱弐九八さん>わたしも最初は女性専用車両に対しては懐疑的でした。それが、実際に乗ってみたら想像以上に快適だったので、今では、混んでいる時間の女性専用車両はいいなぁと思っています。ただ、女性は女性専用車両に乗るのがあたりまえ、という風になったら、それはおかしい。あくまで選択肢のひとつとして女性専用車両はあるべき。そういう意味では、男性専用車両があってもいいと思います。どれくらいニーズがあるのかはわかりませんが。 / みなみ ( 2003-11-30 17:53 )
まるるん。さん>わたしの知人の男性は、混んだ電車に乗るときは痴漢に間違えられないよう、絶対に前で荷物を抱えるようにしているそうです。ちなみにわたしも、男っぽい服装をして電車に乗っていたら、女の人に痴漢と間違えられたことがあります(苦笑) よく痴漢の被害に遭う人だったら、女性専用車両は助かるんじゃないかな。。。/わたしの実家の方も車社会。社会人になって都内に勤め始めて、生まれてはじめて満員電車の過酷さを知りました。今は、遊びで都心に飲みに行った帰りくらいしか混んでいる電車には縁がなくて快適です☆ / みなみ ( 2003-11-30 17:50 )
マッキ〜さん>へー、横浜の地下鉄は朝も女性専用車両があるんだ。知りませんでした。やっぱり快適だよね……。わたしが使っている路線でも、ときどき男性が間違えて女性専用車両に乗ろうとして途中で気づき、あわてて他の車両へ行く姿が見られます。でも、さすがに平気で乗りつづけている人は見たことがない。どういう考えで乗ってるんでしょうね。単に間違えてるのかな。 / みなみ ( 2003-11-30 17:42 )
kotarouさん>なるほど。君子危うきに近寄らず、ですね。満員電車では、女性が痴漢の被害にあうだけでなく、痴漢と誤解されて困る男性もいるらしいから、混んでいる時間帯に女性専用車両という選択肢があるのは悪いことじゃないと思います。わたしは痴漢にはほとんどあわないけど、しょっちゅう被害に遭う人だったらとても助かるんじゃないかな。痴女がいないとも限らないけど。 / みなみ ( 2003-11-30 17:37 )
ゆこまるさん>わたしも顔見知りでなければ、女性より男性の方に怖さを感じやすいと思う。それはもう理屈じゃなくて、感覚的なもの。夜道を歩いている時、後ろからずっと同じ人が歩いてきて、それが男だったら怖いだろうと思うし、女でも多分怖いと思うけれど、男ほどは怖くないだろうなと。 / みなみ ( 2003-11-30 17:35 )
チャンプルーさん>混んでいる時間帯、痴漢と間違えられそうになって困ったという経験のある男性は多いみたいね……。電車ってどうしても、知らない人同志が接近しなければならないので、誤解も生じやすい……。男女別れることがお互いのため、だとしたらちょっと悲しい気もするけど。 / みなみ ( 2003-11-30 17:29 )
それより、女性専用車両がありながら男女混合車両に乗った女は、どういう目で見られるのでショウカ?全員乗れるわけじゃないですからね。結果的に、あまりいいのかどうかワタシは疑問です。 / 壱弐九八 ( 2003-11-30 16:11 )
毎朝一緒になる女性で、ずっと激しく独り言を言っている人がいますが、毎朝だと慣れます。(笑)電車が急停車した時いきなり「押さないで!」と殴りかかってきたのも確か女性でしたが、要するにへんなヤツに性別なんて関係ないですよ。(笑)っていうか、女性専用車両なんかいらないから、徹底したフレックスタイム制を実施して欲しいです。匂いだの何だの、人間なんだからお互い様だとしかワタシは思いませんし、どうしてもイヤなら別の車両に行けばいいし。 / 壱弐九八 ( 2003-11-30 16:11 )
学生時代から独身のお勤め時代まで何度か被害にあっているので私は女性専用があれば喜んで乗り込むと思います セクハラなのかな〜?でも男性でも冤罪で困っている人もたくさんいるのでしょ?マッキ〜さんも仰ってるけど混んでいる時間帯に限りとても良い方法だと思うわ ・・・っと言いつつ今では電車に乗るってコトがまず無い今日この頃・・・(コチラは車社会です 電車に乗るのは学生かお年寄りぐらい〜) / まるるん。 ( 2003-11-30 11:43 )
横浜の地下鉄は、平日始発〜朝9時まで4両目が女性専用。すごく快適なんだけど、ときどき男性が乗り込む。そういう日は朝はなんとなく気分が悪い。どうして異質な空間であること(女性しかいないこと)に違和感を感じないのかが不思議なくらい。もし何かあったら絶対疑われるのは、その男の人だしねぇ。。混んでる時間は互いの身のためになると思ってます。 / マッキ〜 ( 2003-11-30 11:04 )
私はここでみなみさんが書かれた全ての理由+アルファーで、基本的に夜間一人で電車には乗らないです。余程の事が無い限り乗らないし乗らなきゃならない事態にならないようにしてる。なので女性専用車両というのは興味あり。逆セクハラという声があるけれど、実際に被害にあってる人が沢山いるんだもの。いいんでないのかなぁ。 / 働くおばさん@kotarou? ( 2003-11-30 10:42 )
う〜ん、、ゆこまるは、男性そのものが苦手なほうなのでなんとも。。たぶん進んで女の城に乗りに行っちゃうな。女も好きじゃないんだけど。。。(笑)顔見知りじゃない人って限定すると、男性のほうが怖い。女性の怖い人って、あんまりその鬱積したものを外に向けなくない?関係者に向けたりすることが多そう。。だからかな。。 / ゆこまる ( 2003-11-30 01:15 )
全然セクハラじゃないと思う。つーかその方がお互いの為なのかもしれないしね。  でも、ホントに『あ、こいつヤバイ』って奴は男の方が多いよね。スーツも毎日同じだろそれ?って奴多いし。・・・そら臭いよな。 / チャンプルー ( 2003-11-30 00:54 )

2003-11-29 狂気について

この夏、付き合いの長い友人が発狂した。

発狂なんていう物騒な言葉を使ったのは単にインパクトを狙ったから。
でも、なんてことない、誰だって多かれ少なかれ狂ってる。
例えば、親しい人が死んだり、失恋したりしたとき、おかしくならない人間なんていない。
しかし、そういう状態は、長続きはしない。時間が経てば、ほとんどみんな、元気になる。
つまり、狂気とは程度問題だ。
狂気は、日常生活に支障を来さないレベルであるかぎり、存在していても問題がない。
ボーダーさえ超えなければいいんである。
世間的にも、「あいつ変わってるよね」くらいで許される。

友人は一時的に、ボーダーを超えてしまったらしい。
警察の厄介にはなる、妄想はエスカレートする、
電話の口調は普段とは全然変わって、さらに別人格らしきものが突然叫び出す、
挙げ句の果てに強制的に入院させられたと訴えてくる、などなど。
ついに逝ってしまわれた! 一体どうなるんだコイツ……。と、一時は思った。
今は退院もして、だいぶ落ちついているだろうと思うけれど。

妄想にはずいぶん驚かされたけれど、妄想はそんなに特別なものじゃない、とも感じた。
現実を自分の都合のいいようにしか認識できなくなること、
それは、過剰なストレスに対応するための、心の防衛本能みたいだ。
となると、わたしだって、この先、妄想が発動する可能性は十分にある。
人生、どんなに辛くて苦しいことがあるか、わからない。

ボーダーを超えないために何が必要なのか、自分なりに考えた。
それは、常に自己を相対化しようと努めること。
言葉を変えれば、自分の経験や感覚を、唯一絶対のものと思わないこと、
自分の感情に溺れないこと、自意識を過剰に持たないこと。
ひとつのものに対して、いくつもの感じ方があり、
その瞬間、自分がとらわれている感じ方は、その中のたったひとつにすぎないと知ること。
それを実感できるようになるためには、できるかぎり多くの経験を積み、
自分の中のモノサシを増やなければならない。
たくさんの人に接し、他人の経験したことや、その感性を知り、
世界は広いということを知らなければならない。
自分が、他の誰より、過去のどの時点の自分より、辛い状況にあると思ったときに
人はその状況に耐えられなくなるのだから。

わたしは、『OPEN UP』という曲が好き。
ネスカフェのCMのために作られた曲で、五島良子という歌手が歌っている。

あなたが思うよりも 世界はもっと素敵よ
(中略)
Open your eyes, Open your mind, Open your thoughts


この曲も、自己の相対化について歌っている、とわたしは思う。
“自分の見たことのある世界が、この世界のすべてだと思ってはいけない。
 世界にはまだまだ自分の知らないものがたくさんある。
 それに、今見ている景色でも、見方を変えれば全然違うものに見えてくるかもしれない”
わたしは、そんな感じで、この歌詞を解釈している。
落ち込んだときにこの曲を聴くと、妙に納得してしまう。
この歌詞にまったく共感できなくなるときが来るとすれば、
それはわたしが、生きる希望と、謙虚さとを、すべて失うとき。
つまり、みずから死ななければならなくなるときだ。

今年の夏はそんなことを考えていた。

先頭 表紙

トモコさん>ええっ、本当! それは、良かったです。元気が出たと言っていただけて、うれしいな(^^* / みなみ ( 2003-11-29 23:08 )
なんだか少し元気が出ました。今の私にとても効き目のある言葉の数々です。みなみさんって、やっぱり素敵。 / トモコ ( 2003-11-29 23:04 )

2003-11-27 大好きだった男(ひと)

今日、まったく偶然、何の前触れもなく、視界に飛び込んできた彼の名前に、わたしは釘づけになった。一日中、そのひとのことを思い出さずにはいられなかった。
わたしはそのひとを好きだったから。



わたしの職場はとある大学。ちなみに母校ではない。今日、普段はなじみのない法学部の、教員名簿を見る機会があった。

そして、驚いた。わたしの学生時代のアイドル・T先生の名前があるではないか。決して珍しい名前ではない。けれども、専門分野がまったく同じ。間違いない。T先生だ。

大学2年の時、何の気なしに取った、一般教養の授業。そこでわたしはせんせいに出会った。もう、心を射抜かれたと言ってもいい。

せんせいは、いつも、よれよれの風情で教室に現れた。痩せた身体に、貧相な灰色のスーツ。そして眼鏡。

まだ29か30だというのに、白髪が目立っていた。その顔色からして、かなりのヘビースモーカーに違いなかった。健康にはまったく頓着のなさそうひとだった。

一度、昼休みの売店で、せんせいが100円の菓子パンを買っているのを見かけたことがある。なんとも言えないわびしげな姿に、わたしは一瞬、本気で食事を作ってあげたいと思った。余計な世話だが、それほど、せんせいは、すぐにも倒れそうな様子で毎回姿を見せたのである。

そんなせんせいは、教壇に立つと一変した。

真冬であろうと、背広を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくり上げる。その腕には太い血管がたくさん浮いていた。毎回クリーニングに出しているのであろう、折り目のついたワイシャツの胸ポケットには、必ずセブンスターが入っていた。

そしてせんせいは、ひきつったような、早口でまくしたてるような、独特の癖のある口調で、熱弁をふるい始めるのだった。

わたしは、せんせいの話す一語一句も聞き逃すまい、話しているときの表情のひとつも見逃すまいとした。
学生に知識を教えるだけではなく、
考えるきっかけと力を与えようとする、そういう授業。

毎週、授業のある金曜が待ち遠しかった。授業の後の帰り道に、思わず小走りになってしまうこともあるほどで、勉強をそれほど面白いと思ったことがなかったわたしは、知的興奮ってこういうものなのか、と思った。

せんせいは、学生時代にパチンコ屋でマルクス全集を読破し、「哲学するパチプロ」と呼ばれていたという。パチンコを打っているときは、適度に頭だか心だかがからっぽになり、リラックスできていいそうである。

「昨夜は、自己決定権はナントカをナントカできるか(なんだったかもう忘れたけど、そんな感じの哲学的問題)について考えながら飲んでいたら、ウイスキーをボトル半分空けてしまいました」
などと話していたせんせい。真面目なんだかバカなんだか全然わからない。変人であることは間違いないけど。

せんせいが授業のマクラに話してくれるそういう話は、いちいちわたしのツボを刺激した。おかしくてたまらなかった。

結局わたしは、その授業で単位をもらったあとも、同じ授業をさらに3回受けた。

せんせいに許可をもらって授業を録音したこともあった。今も、3回分の授業のテープが手元に残っている。なんだか恥ずかしいけれど、ちょっと聞いてみようかな。

昼休みにネットで調べてみたところ、わたしが今勤めている学校は、せんせいの母校のようだ。たぶんないとは思うけれども、もしまたわたしがせんせいと出会うことがあったら、「先生の授業、好きでした。あのとき録音させていただいたテープ、今もちゃんと持っていますよ」と伝えたい。

先頭 表紙

まるるん。さん>も・ち・ろ・ん、せんせいはメガネさんですよ! それも度の強そうな!!(笑)  せんせいを主人公にしたぺらーんとした映画……いいかも……いや思わず想像しちったじゃないですか(笑) / みなみ ( 2003-11-29 19:26 )
なんだか ぺらーんとした映画の主人公になれそうな先生ですね(←誉めてんのよ 誉めてんの!)タバコの煙で霞がかかるその向うに見えてくるような・・・コレでメガネ掛けてたら私もウットリしちゃうわ(笑) / まるるん。 ( 2003-11-29 00:46 )
須木成さん>いやぁ、当時も独身だったかどうかはわかりません。でもやっぱり、独身だったでしょうね(笑) 今、先生はおそらく37〜38歳でしょうか。いつか職場で見かける日でも来ればいいな、と思います。奥さん……いるのかな?(笑) / みなみ ( 2003-11-28 00:38 )
かなり危ない先生ですねぇ(笑) でも、なんか惹かれるのもわかる気がします。で、その先生はいまも独り者? 奥さんいらしたら、可愛いんだろうなぁ、なんて思いますが、その可能性は。。。 / 須木成 ( 2003-11-28 00:22 )

2003-11-24 「人体の不思議展」行ってきたよ。

20日

2人のひまじんライター氏と「人体の不思議展」へ。
遺体を切り開き、特殊な樹脂で加工した標本が160点。
本物の遺体だから当たり前だけれど、リアル。
顔のある標本では、顔立ちはもちろん、まつげの一本一本までしっかり見える。
全身を輪切りにして並べた標本に至っては、もはや医学標本というより
シュールな現代芸術作品だ。
観終わった後は、しっかりみんなで焼肉食べた。

******

ヒトの死体観にとても興味がある。
きっかけは、中学生の頃読んだ『ロードス島戦記』というファンタジー小説。
その中で、ある登場人物が死に、死体が魔物に食われるシーンがある。
彼の弟分がそれを阻止しようとしないので、
仲間が「なぜ遺体を守ってやらない?」と聞く。
すると弟分は答える。「死んだらただの肉の塊だ」。
その台詞だけがなぜか強烈に心に残った。

加工された人間の死体を見て、自分が何を思うのか興味があった。
正直なところ、標本を見ると、これは死者への冒涜ではないかと感じる。
でも本当は、自分がそう感じること自体が、冒涜なんだと思う。


ここで展示された標本は中国で作られ、献体した約50人も中国人とのこと。
ところで、日本人は、故人の遺骨や遺体にとても執着する民族らしい。
日本では作れないだろう。
わたしたちの死体観については、日航機墜落についての『墜落遺体』や、
ヒマラヤでの大規模な滑落事故と、その後の遺体回収作業を描いた『生と死のミニャ・コンガ』がお薦め。
どちらも壮絶な本なので、覚悟のある方のみどうぞ。
これらに書かれているような、日本人の、遺体に対する凄まじい執着を知ると
わたしは、あまり遺体に意味を持たせたくないと思ってしまう。
だから、葬式でも、故人の死に顔はちょっとしか見ないようにしている。
そう意識することが、反対に、ものすごく遺体に意味を見出してるということなんですけどね。

他に、日本人の死体観が透けて見えるような本をご存知でしたら、ぜひ教えてください。

******

さてさて。

人体の不思議展にて、感じたこと

・医学知識を持ち合わせていないと、せっかく見ても
 単に「へー」で終わってしまう部分が多い。もったいない。
 (会場には、やはり、医療・生物系の勉強をしている学生と見られる人が多くいた)
・身体の中には、精密な部品が、一寸の無駄もなくぎっしり。スゴイ!
 あんなに長い消化器がこの胴体に! 超コンパクト!
・団体で見学していた小学生(男子)の反応を横でうかがってみた。
 「おいしそう」「アレついてるよ、アレ」……子供って正直っすね。
・標本が人間と思うからいたたまれない気持ちになるが、
 やっぱ肉は肉だしスジはスジだし内蔵はモツのよう。人も動物と変わらない。
・クモ膜下出血の脳の標本を見たとき、同じ病気で亡くなった
 ひまじんライターさんを思い出して涙が出そうだった。
・喫煙者の肺はヤバイ。非喫煙者と比較してマジで色違う。
・標本を作った人々のコトを想像すると、なんだか恐ろしい。
 純粋に解剖などの技術が職人的という意味でも、どういう気持ちで
 作ってるんだろう、すごい気力だな、という意味でも。 偏執的なものさえ感じた。

追記;胎児の標本、見逃してた。

先頭 表紙

ゆこまるさん>うんうん、指ってその人の生活が見える。 わたしも人の手はけっこう見る方かもしれないなぁ。そういえば、手先の器用さって、爪の硬さや形にものすごく関係があるらしいね。/爪の間から土が出てきそうって、リアル。その子が生きていたら、その指で何をしたのかなって考えちゃうね。 / みなみ ( 2003-11-28 01:46 )
指ってさ、、生活が出るじゃない?節くれだった指、つめの短い手は、生活を創る手。人生をつかむ指。ツメの長い、細い指は、誰かに、何かに、護られて生きている証。あの指は、つめが短くて指先が平たくて、作業に適した指だったの。ツメの間から乾いた土でも出てきそうだった。。 / ゆこまる ( 2003-11-28 01:35 )
ちゃあ>看護士のお友達と行くの、いいね! プロの感性や知識をいろいろ見せてもらえそう。楽しんできてね。 / みなみ ( 2003-11-28 01:31 )
Kyucoさん>あ! ごめんなさい。前のつっこみ返しでお名前間違えていました。/ 普段見られないものに接したとき、自分がどうなるか知るのは面白いですね。たとえそれがたいした反応でなくても(笑)。 行ったらぜひ感想を教えて下さいね。養老さんの本、読んでみたいと思います。そういえば会場にも売っていました。 / みなみ ( 2003-11-28 01:24 )
Jundoさん>土日はものすごーく混むらしいです。空いていそうなときを狙って行ったほうがよさそうですよ。わたしは平日夜に行ったので、比較的快適でしたが、混んでいるときは満員電車みたいだそうです。 / みなみ ( 2003-11-28 01:18 )
呑山涼禅さん>美術系の方はスケッチをするのだろうなぁ、と思っていました。呑山さんもやはりスケッチされたんですね。(そういえば、学生時代に美術学部の解剖学の授業にもぐったことがあります。骨の構造についての授業でした) わたしが行った時も、おばさんが「ここがスペアリブよねー(笑)」なんて言って笑いあっていました。見物人が笑いながら見るのは、一種の防衛じゃないかなって気がします。恐怖から身を遠ざけるための。見物人に注意を向ける呑山さんの感性、とても面白いと思いました。 / みなみ ( 2003-11-28 01:16 )
マイケルさん>「生きてこそ」、アンデスの聖餐の話ですね! 劇場公開時に見逃してしまってそのまま。。。主演はイーサン・ホークでしたっけ?(彼、いま何してるんだろう) 原作本のことは知りませんでした。読んでみます!! / みなみ ( 2003-11-28 01:11 )
コタツムリさん>あ、コタツムリさんになってる(笑) 筋肉や内蔵むきだしの人体がいくつもポーズつけて立ってる光景は、かなり不気味でしたよ〜。中には正視できない人もいると思います。わたしも最初はちょっとくらっと来そうでした。でも、いくつも見てるうちに多少慣れました(^^; おぽぴさん、明日で最後の日記からちょうど1年ですね。もう亡くなっているのに、思い出すときはいつも「おぽぴさん、元気かな」って思います。 / みなみ ( 2003-11-28 01:09 )
kotarouさん>養老先生に上野さん。そういえば昔読んだことがありました。「解剖学教室へようこそ」、「死体は語る」。細かい内容までは覚えていないけれど、面白かった記憶があります。死体に関するプロですね。また改めて読んでみようかな。人体、シンプルでいて複雑精緻、繊細でありながらけっこうおおざっぱな使用にも耐えたりして(笑)、その2面性というか柔軟性がすごいです。そう思えました。。。 / みなみ ( 2003-11-28 01:03 )
ゆこまるさん>魂のはいらなかったいれもの……。ゆこまるさんの感性ってすごいなぁ。ツメにリアルさを感じるところも。なんか、とっても伝わってくるものがある。/わたしは見たら何を感じただろう。やっぱり見たかったな。「見られなかったということは、かみさまに『あなたは今それを見なくてもいいよ』って言われたってことだと思うことにする」とある人に言ったら「いや、それは単に見忘れただけ」とつっこまれました……。 / みなみ ( 2003-11-28 00:58 )
看護士の友達と行こうと思います。ちょっとたのしみ♪ / ちゃあ。 ( 2003-11-27 01:40 )
開催期間中に日本に帰れそうなので、ぜひ行ってみたいと思いました。私も、展示内容というよりは、これをみて自分が何を感じるかということに興味があります。養老孟司さんの本は、解剖学者ならではの視点で、人体観について面白く読めると思いましたが、でも「人体観」と「死体観」とは違うかな...。 / Kyuco ( 2003-11-26 19:36 )
この展覧会、非常に行きたいと思っていながら、なかなか時間が取れずに行けずにいまふ。。。行かねば。。。 / Jundo ( 2003-11-26 02:45 )
人体の不思議展、私はスケッチブックを持って行きました。以前から謎だった脇の下の構造と足首の構造をデッサンし、理解できたのが収穫でしたが……ズラッと並べられた死体よりも、それを笑って見ている見物人のほうが、怖くって気持ち悪かったのが印象に残っています。 / 呑山涼禅 ( 2003-11-25 22:24 )
オススメ本のタイトルを見て、「生きてこそ」って映画思い出しました。実話に基づいた違った意味でかなり壮絶な話です。「生存者」というタイトルで本も出ています。 / マイケル ( 2003-11-25 15:22 )
見終わった後焼き肉って勇者かも(笑)。でもまー、日本人は死体慣れしてないから、死体のあるところに行ったらパニクル人多いでしょうね。くも膜下出血でなくなったライターさん、私もおでんとともに思い出しています…。 / コタツムリ ( 2003-11-25 10:41 )
養老先生のとか、上野正彦さんの本とか面白いよ。「人体の不思議展」はきっかけは興味本位でも恐いもの見たさでもいいと思うのね。見てそこでなにを感じとるかの方が大事。自分の体もこうなんだ、人間って何一つ無駄なものが無くて、だけど強くて脆いものなんだと気付ければそれでいいと思う。 / kotarou ( 2003-11-24 01:32 )
ほんとにそうだったね。。血抜き(っていうのかなぁ。。)してあるからか、ほんとに「ただの、ふつうの、肉」だった。でも、顔と手とツメはなぜか、すごくすごく「人間だ」、と感じた部分だった。胎児、見たけど。今までみた写真とかよりやっぱりリアルで、、でも悲しかった。。特に、いちばんおおきな子。死体・遺体じゃなくて、魂のはいらなかったいれもの、って感じだった。。抱きしめてあげたかったよ。。 / ゆこまる ( 2003-11-24 01:14 )

2003-11-22 行動記録

1日

映画『アイデンティティー』、valkilさん、ひつじさんと。
多重人格もののミステリー。でも、ノリはほとんどホラー。
伏線がたくさん張られているので、最後まで観たあと
「アレってああいう意味だったのかー!」という発見がいろいろ。
観終わってからみんなであれこれ考えられるのって楽しい。
ただ、誰か一人、もうちょっとパンチのある役者がいたら、全体的にぐっと作品が締まった気がする。

夕方から、ししょーさん合流。
さらにもう一本、『スカイ・ハイ』。試写会。
主演の釈由美子をはじめ、女優陣のアクションがたっぷり。
みんな、細い身体でよくやるよ。素直にすごいと思います。
これまたB級映画らしくつっこみどころ満載で、映画の後のお茶が楽しかった。

ところで、映画のクライマックスで、観客の携帯が鳴ったさー。
それがちょうど、主人公とヒロインが永遠の別れを告げるシーン。
主人公が、ヒロインに贈り物をするために、背広のポケットに手を入れたところで鳴った。
あまりにもタイミングがよかったから、てっきり主人公の携帯に電話がかかってきたのかと。
普通なら激怒するところだけど、本当にありえないほどタイミングばっちりで、かえって面白かった。

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2日〜3日

群馬は、榛名山、妙義山まで紅葉狩りへ。
榛名へは、日暮れ時に行ったので、夕焼けの光が紅葉に映えて素敵ですた。
榛名富士は、本当にミニチュアの富士山みたい。かわいい形をしている。
帰りの道はとても混んでいた。
あれならダッシュボードに置いたコップの水を零さずに走れるかもよ。
(榛名山はいわずと知れたクルマ漫画『頭文字D』の舞台。作中の名前は「秋名山」)
妙義は、榛名より奥まっていて、雰囲気もいくぶん山奥っぽい。
しずかな渓流のほとりでしばらく読書。心洗われる。

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3日夜

少年犯罪をテーマにした映画『カタルシス』試写会、シンポジウム付き。
映画は、とにかく台詞が少ない。カメラもほとんど固定、かつアップが少なく、かなり淡々とした感じ。
「この映画が問題提起になれば……」との監督のコメントがあったけれども、
もし問題提起が主眼ならば、もっと違う撮り方の方がよかったんじゃないかな、と思った。

登場人物が何も語らず、その表情が強調されない(なにしろアップショット少ない……)ならば、
観客は、登場人物の心のうちを自分の想像に頼るしかない。
問題提起を目的とするなら、その想像をもたらすきっかけとなる表現をもう少し多く取り込まないと、
物語を観客の心の奥深くまで食いこませることは難しいと思った。
ここで言う観客というのは、あくまでわたし個人のことなんだけど。

シンポジウムについては、11月7日の日記に書きました。

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6日

「ジョニー・デップ鑑賞会」と称して、友人某と『パイレーツ・オブ・カリビアン』を観に行く。
2回目の鑑賞。池袋文芸座にて。
この映画のデップは、ジャック・スパロウという男のかっこよさと
かわいらしさ(これが重要なんですっ!!!)を、実にうまく表現している。
そう、一言で表現するならば、色気があるんだね。

スパロウが飲んだくれてべろべろになってるところが特に好き。
あきれるくらいリアルな酔っ払い方な。
あと今回、初見ではまず気付くことのできない、ヒロインの細かい演技を発見した。得した気分〜♪

先頭 表紙

壱弐九八さん>一人で観るのも楽しいけど、仲間と一緒に観た後のお茶の楽しさ。これも映画の楽しみのうちのひとつですよねー♪ / みなみ ( 2003-11-28 01:35 )
えもりん>わたしはだんぜん映画館派。目が悪いから画面小さいのがつらいのと、あとはやっぱり見るときの集中力に差が出るからね。もちろん迫力も違うし。 / みなみ ( 2003-11-28 01:33 )
いいなあ。ここのところ映画仲間と予定が合わず映画を見に行けておりませぬ。 / 壱弐九八 ( 2003-11-23 12:01 )
試写会って行ったことないのだ。やっぱり家でDVDみるよりも映画館で観た方がいいよねぇ〜 / えもり ( 2003-11-23 00:31 )

2003-11-07 武道と教育

3日

『カタルシス』という、少年犯罪をテーマにした映画の試写会招待券を
valkilさんからいただいたので、友達を誘って観に行った。
映画の後には、1時間ほどのシンポジウムがあった。
映画についてはいずれまた触れるとして、そのシンポジウムの感想を書いてみる。

司会は坂口香津美監督(男性ね)で、パネリストは、弁護士、精神科医、
問題を抱える少年たちのための自立更正施設の寮長。
それに、3年前に息子さんを亡くした経験をもつ武道家の男性を加えた4人だった。
武道家の名前は東さんという。
東さんは、「連続殺人犯である14歳の少年の伯父」という役で、映画に出演していた。
その登場人物は、以前に、子供を車で轢き逃げされ、失っている。
犯人は見つかっていないという設定だ。

東さんが映画に出演したのは、息子さんの死がきっかけだという。
息子さんは当時大学1年生で、仲間と湘南の海岸で酒を飲んでいた。
グループの中に女の子がいたため、別の2人組みがちょっかいを出してきた。
それをあしらうために、息子さんはグループを離れてその2人と酒を飲んだ。
2人がなかなかあきらめて帰らないので、ボトルを空けたら帰ってくれるかなと
息子さんは考えたらしい。とうとうウイスキーのボトルを空けてしまった。
そして、仲間のところへ戻って、寝てしまった。
しかし、仲間は寝ている息子さんをおきざりにして帰った。
翌日になり、浜でそのまま亡くなっている彼が発見された。
監督と初めて会ったとき、東さんは「息子の死をどうしたらいいのかわからない」と
言って泣いた。監督は「その思いをください」と言って、映画への出演を頼んだのだという。

息子さんの一周忌の前夜、彼を置き去りにした仲間から電話がかかってきた。
「明日あいつの一周忌ですよね、お墓参りに行こうと思ってるんですけど」と
とても明るい声で。それも、居酒屋でかけてきたらしく周囲はガヤガヤと賑やかだった。
東さんは「もう二度とかけてくるな」と言って電話を切った。
また、他の子は、「あれはゲームだった」と言った。
寝てしまった仲間を置き去りにして、後で携帯に電話をかけて起こし、
「なんだ、お前まだそんなところにいるのか」とからかって楽しむゲームだったと。
「確かにゲームだったのかもしれない、ただ、『ゲーム』という言葉を
 死んだ友達の親に向かって使える、その感性が信じられない」と東さんは言った。
彼の話はとても静かな、淡々とした口調ですすめられ、ゆえになおさら重みがあった。
時間が限られていたせいもあると思うけれど、
他のパネリストの話が、きっと何かの本で読んだら得られるような感想しか
わたしにもたらさなかったのとは対照的だった。

その話が印象的だったのはもちろんだが、それに劣らず興味深かったのは
東さんが語った、武道に関する話だ。
東さんは、「子供には大人を尊敬させなければならない」と言う。
そして、「やっぱり大人は違うんだな、大人にはかなわないな」と
子供に思わせるために、いちばん手っ取り早いのは、武道なのだそうだ。
武道においては、子供は絶対に大人には勝てない。体力的にも、技術的にも。

(つづく)

先頭 表紙

2003-11-07 武道と教育(つづき)

道場へ初めてやってくる小学生は、あいさつや返事のできない子、相手の目を見て
話せない子が大半だという。
でも、そういう子に、「あいさつをしなさい」などと言うと、次から道場に
来なくなってしまう。だから、最初は自由に遊ばせておくそうだ。
それでもみんな、通っているうちに、周囲の大人を見て
自分からあいさつや返事をするようになるという。
ちなみに、それまで非力だった子が中学生くらいから武道を始めると、
自分の力を試したくなり、他人に暴力を振るってしまうことがあるので、
習わせるなら小学生のころからがよい、ということだった。

わたし自身は、スポーツはまったくだめで、武道にも縁がない。
子供のころ、遊びで親に柔道のさわりを教わったことと、
大学生の時、体育でほんの少しだけ空手を習ったことがあるくらい。
空手は、型は全然覚えられなかったけれど、授業はとても楽しかった。
クラスは男女混合で、先生は、30代前半くらいの、凛々しくてきれいな女の人だった。
先生が突きや蹴りを出すと、本当に「ビシュッ」と風が切れる音がした。
最後の授業の時、日の丸を背に正座をして、先生が言った。
「空手を通して、普段の生活ではなかなか気づくことのできない自分の一面を
知ることができる。たとえば、『自分ってけっこう好戦的なんだ』というように」
それがとても印象的で、ああ、大事なことを教わったな、と思った。

それから、わたしの大学時代の友人に、やはり空手をやっている男がいた。
九州からやってきたそいつは、アパートからバイクで通える範囲に
道場を見つけて通っていた。
どうして自分には彼女がいないだの、女友達紹介しろだの、道場の忘年会でやる
宴会芸(当然のように強烈な下ネタ芸)は何にしようだの、
わたしはそいつのアホな愚痴にしょっちゅう付き合わされていた。
ある日そいつが「空手行きたくないっちゃ」とぼやくので
通うのが面倒くさいのか、それとも何か特別なわけがあるのかと思ったら
理由はいたってシンプルだった。「殴られたり蹴られたり、痛いけん」
小学生ならまだしも、20歳やそこらの男がそう言うのだから、相当痛いんだろう。

武道はいろいろな面で子供の教育に有用な気がする。
きっと、どれをとっても大切なことだから。
身体を鍛えることも、礼儀を身に付けることも、自分のいろいろな面を知ることも、
肉体的な痛みを感じることも。

わたしがシンポジウムで東さんの話を聞いて、いいなと思ったのは、
彼が、武道というツールによって、道場へ通ってくる子供の教育に携われる人であること。
これがもし、なんの趣味もない、まったく世の子供に関わることのない人だったら
自分の子供を友達に見殺しにされて、その友達の言動に失望した、
その思いを、どこへも還元できないかもしれない。
(もっとも彼は、こうして映画やシンポジウムに出演するなどの活動も行っているの
 ですが。すごいことです)
そう思いますた。

先頭 表紙

そのあたりのこと、私も先月考えてました。何より自分にそういう武道による教育効果(というか学習成果?)が欲しい、と(^^; / ざきこ ( 2003-11-19 20:34 )
無理に強くするつもりもないしそんなに拳を武器に誇って欲しいとも思ってはいないけど、礼儀なんかはしっかり知って欲しいし、少なくとも自分の身を守る手段は身につけて欲しいんで、コジュンドには合気道をやらせようと考えてたりする(笑)。 / Jundo ( 2003-11-14 02:14 )
大切な家族の死をどうしたら受け入れられるのかいつも悩む自分がいます。その方の場合は息子さんの死が納得できない形だという思いを抱くコトもあるかなと思いました。現実は淡々と進んでいきますがヒトの気持ちはそう簡単には割りきれないし、処理できない複雑なモノなんですよね。私の学校は10歳から入学してバレエを学ぶワケですが、バレエだけではなく礼儀作法も厳しく叩き込まれます。その点では武道の道場と同じかなあって感じました。 / ami. ( 2003-11-10 20:38 )
武道と言えば、小、中の時には剣道やってたよ。また始めようかなぁ・・・でも・・・中学の時の防具は絶対合わなくなってるし・・・(笑) / えもり ( 2003-11-08 09:33 )
まったく日記と関係ないですけど、トップの歌詞、かなり良い感じですね。レンタルしてみる気になりました。 / えとう ( 2003-11-08 01:59 )
幼、小、中、高、大、とかなり長いこと柔道やってたけど礼儀作法よりもむしろ、一番自分に影響を与えたのが殆どの武道系の部活でやる練習後の「黙とう」かな。練習を振り返るって意味でやってるんだけど小さい頃は意味も分からずやってたのに大きくなるにつれシンドイ練習中では気が付かなかった様な事がシーンとした静かな中で思い出されて自分を見つめる大事な時間になってたよ。まぁ半分くらいは「あぁ腹減ったなぁ〜」って方が先に頭に浮かんでたけどね(笑)。 / ビッケ ( 2003-11-07 23:50 )
肉体的な痛みを感じる事は確かに必要な事ですね。特に兄弟のいない子は力加減がわからなかったりする場合もあるし。虐待や体罰ではなく武道で痛みを知るというのはとても健全だと思います。ただ一つ、まだ先の話ですが、『黒帯になるにはあばらの一本くらい折らないとダメだ(大人の場合だそうです)』と先生に言われていてちょっとビビってます(^^;)(私も一緒に習っているので) / B(長すぎてスミマセン) ( 2003-11-07 23:31 )
深い話ですね。。。私はそこまで深く考えてはいなかったけど、子供には武道を習わせたいと思って今空手に通わせています。物事を続ける力をつけて欲しい、という程度しか考えていませんでしたが。 / ( 2003-11-07 23:30 )

2003-11-06 思ふこと 書き殴り

わたしの現在の職場は大学である。
わたしは最近、そこで、学生が入学時に提出した書類を取り扱っている。
その書類には、「大学生活の抱負」「将来の展望」「自分の性格」などということを
学生自身に記入させる欄がある。
仕事の守秘義務に反さない程度で、それについて感じたことを書いてみたい。

「18歳、19歳くらいというのは、社会的ないきものとしてはまだまだ未熟なもんなんだなぁ……」
というのが、全体としてのわたしの感想。
端的な例を出せば、なぜ大学側は、入学時に、「大学生活の抱負」や
「将来について」や「自分の性格」などといったことを学生に書かせるのか?
その意図は何なのか?
それを考えれば、どういう視点からそれに答えればいいのか、学生は自ずとわかるはず。
でも、中には、ただ答えりゃいいって思ってる学生も多い。
これは架空の例だけれど、「将来について……のんびり暮す」とかね。
そりゃそれで間違ってはいないけどさ……違うだろっつーの(笑)

その、相手の意図は汲まずに(それは、汲めないのかもしれないし、あえて汲まないのかも
しれない。それは人それぞれだろう)、自分の良しと思うように、自分の良しと思うことを
書いてやれという姿勢が、ホント若い。
わたしも少し前まではそうだった。
でも、そういうことを続けていると、まず就職できねえ、就職始めても苦労する、
しまいにゃクビきられる、ってな具合で大変なのよ☆
……つくづく自分も大人になった。ふふ。

もちろん、それぞれ、個人差はある。思わず感心するような学生も大勢いる。
どうということのない事務的な書類でありながら、「お、これは」と思うようなものと
「うーん」と思うようなものには、内容も、表現力も、すでに大きな差が出ているように思う。
彼らは同じ入試をくぐり抜けてきているのだけれど。

先頭 表紙


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