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ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2004-02-13 ポロの日記 2004年2月10日(火)スティクス川のほとりで その2
2004-02-12 ポロの日記 2004年2月10日(火)スティクス川のほとりで その3
2004-02-11 ポロの日記 2004年2月10日(火)スティクス川のほとりで その4
2004-02-10 ポロの日記 2004年2月10日(火)スティクス川のほとりで その5
2004-02-09 ポロの日記 2004年2月1日(日) 奥さん熱を出す
2004-02-08 クランベリーヒル便り第7話うしおさんからの手紙 その1
2004-02-07 クランベリーヒル便り第7話うしおさんからの手紙 その2
2004-02-06 クランベリーヒル便り第6話 お客さんがやって来る その1
2004-02-05 クランベリーヒル便り第6話 お客さんがやって来る その2
2004-02-04 クランベリーヒル便り第6話 お客さんがやって来る その3


2004-02-13 ポロの日記 2004年2月10日(火)スティクス川のほとりで その2

「もう少し前を見てみるだよ」
 カロン爺さんが操作すると、一週間前のポロが映し出されました。ポロはダイニングでおいしそうにイモようかんを食べていました。カロン爺さんは、その前の日の映像を映し出しました。ポロが、おいしそうにイモようかんを食べていました。その前の日に合わせると、やっぱりイモようかんを食べていました。その10日前に合わせても、一ヶ月前に合わせても、やっぱりポロはイモようかんを食べていました。
「おまえさんは、イモようかんを食べる以外にすることはないのか?」
「えっと・・・・。うん、ちょっと思いつかないかも」
「実はだな、ワシの今日の三時のお茶に、たまたまイモようかんを用意しただよ。食べるか?」
「うん。食べる食べる」
「これは、たぶんワシが食べるために用意しようと思ったのではなくて、イモようかん好きな猫が来ることの予定調和っちゅうもんじゃ」
「いただきまーす! わあ、おいしいよ、これ。せんせいの手作りイモようかんみたいだ」
「そりゃ、よかっただ。今日の渡し舟の最終便はもう出てしまったから、お前さんは明日の朝一番の船で向こう岸に渡ってもらうことになるだよ」
「えっ、ポロはスティクス川なんて渡りたくないよ」


 その少し前のことでした。ここは神田淡路町。
「ごめんください!」
 どんどんどん!
「ごめんください!」
 どんどんどん!
「どなたですか? 今日は定休日です」
「分かっています。shinと言います。どうしても欲しいものがあるのです」
「店は明日の夜に開けますから、それまで待ってください」
「ポロさんが、危ないんです」
「えっ、ポロさんがどうかなさったのですか?」
「死んでしまいました」
「本当ですか!? まさかイモようかんをのどに詰まらせたとか」
「死因は違いますが、確かです」
「しかし死んでしまったら、危ないも何もないじゃないですか」
「いや、まだスティクス川を渡っていないはずです。スティクス川救難キットがシュレーディンガー商会にあると聞いてやって来たのです」
「おう、そう言えば、ひとつだけ試作品があったはず」
「ありますか!?」
「確かあったはずです。今鍵をあけます。どうぞお入りください」
「お休みのところ、おそれいります」
「私もポロさんには500万円ほど貸しがありますから、できれば生き返って欲しいものです」
 カウンターの奥から店主の松戸さんが持ってきたのは、埃だらけの古びた箱でした。
「これです。兄の試作品なのでお代は要りません。どうぞお持ちください。ただし、動作保証はありません。最悪の場合、救援に向かったあなたも戻れなくなる可能性があります」
「分かりました。危険だろうとは思います。でも、人生に本当に大事なことは少ししかないような気がするんです。これは命をかけてもいいことなんじゃないかと思えるんです」
 shinの真剣なまなざしに、松戸さんは全てを悟ったようなような気がしました。
「私は、今、あなたから人生を教えられたような気がする。ちょっと待ってください」
 松戸さんは、店の奥から首にさげるペンダントのようなものを持ってきました。
「これは、イシュマルの石と呼ばれるものです。我が家に代々伝わっている家宝です。これがきっと役に立つことでしょう。それが何であるかは聞かないでください。私は知る機会がなかった。しかし多分あなたは、これが何であるかを知ることになる。常に肌身離さず持っていてください」
「ありがとうございます。お守りだと思って持っていきます」


つづく

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2004-02-12 ポロの日記 2004年2月10日(火)スティクス川のほとりで その3

 shinは、宿に戻ると早速キットを組み立てました。
 スティクス川救難キットは3つの部分からできていました。組立は簡単でした。一つ目はたくさんのコイルから成る次元横滑り装置。二つ目はレーダー。三つ目の機能はよく分かりませんでした。動力源は006p乾電池です。予備も買いそろえました。
 shinはポロの葬儀が行われているペット葬儀社の葬祭場に急ぎました。葬儀は進行中のようでした。そのまま葬祭場脇の倉庫に入り込むと、誰にも見つからない物陰で横になり、次元横滑り装置の“アストラルトリップ”という表示のボタンを押しました。
 ぼわーんという気持ちになったと思うと、shinは自分の横たわる姿を上から眺めていました。shinは自分の身体から抜け出したのです。それから、思いだしたように手を伸ばして救難キットを掴みました。救難キットのすごいとところは、幽体になってからも持ち運べるところです。これがないと戻ってこられません。手書きの説明書には開発の苦労が長々と書いてありましたが、急いでいたのでもし戻れたら読もうと思っただけでした。
 倉庫の天井を突き抜けてshinは空高く舞い上がっていきました。ポロの身体が火葬される前に救出作戦を終了しなければなりません。気持ちが焦って、shinは空を泳ぎました。なぜか平泳ぎです。誰かが見ていたら空にカエルがいるかのように思ったことでしょう。shinは高所恐怖症であることも忘れ、両手で空気をかいてひたすら高空を目指しました。

 スティクス川両岸に広がるお花畑に着くと、shinは救出キットのマニュアルに従って、三つ目の機能をオンにしました。shinの幽体がさらに薄くなって、ほとんど見えなくなりました。なるほど、姿を隠すための機能なのでした。shinは、ここでは招かれざる客に違いありません。
 次いで、レーダーを動かしました。北の方に何かあります。shinは小走りにそちらに向かいました。ほどなく建物が見えてきました。それと同時に首から下げたイシュマルの石がぼんやりと赤く光り始めました。

 ・・・何かの警告だろうか?

 shinは注意深く進むことにしました。建物に近づくと話し声が漏れ聞こえてきました。

「ねえ、カロンさん。イモようかん、これでおしまい?」
「そうだよ。おまえさん、全部食っちまっただ」
「えー、このへんにマルエツないの〜?」
「おまえさん、結構たちの悪い猫なんだなあ。ジョーンズとは大違いだ」
「ほえ〜。だって、ジョーンズは英雄だもん。で、ポロは天才!」
「まったく、飼い主の顔が見たいもんだ」
「飼い主か〜。飼い主は大天才だよ」
「それじゃイモようかん、一度に四日分も喰らうにちげえねえだ」
「そんなことないよ〜」

 shinは、とむりんせんせいのことを思いだして、笑いをこらえるのに精いっぱいでした。しかし、のんびりしてはいられません。ポロの身体が火葬されてしまっては全ては水の泡だからです。shinは、ポロの近くの窓をそっと叩きました。
 ポロが振り向きましたが、窓には何も見えなかったので、また元の方向を向いてしまいました。shinは、消え去り機能を解除して姿を見えるようにすると、もう一度窓を叩きました。今度はポロが気づきました。shinは人さし指に唇を当てて、声を出さないようにと伝えるしぐさをすると、唇の動きで話しかけました。

<shinです>

 ポロは、どういうわけだか、すぐにそれがshinであることを直感し外へ出ました。
「おう、どこへ行くだか?」
「うん、ちょっと川岸を散歩してくるよ」


つづく

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2004-02-11 ポロの日記 2004年2月10日(火)スティクス川のほとりで その4

 小屋の裏手で2人は会いました。
「わあ、shinさんだね!」
「そうです。ポロさん初めまして」
「こんなところで会うなんて。shinさんはどうして死んじゃったの?」
「死んでなんかいません。シュレーディンガー商会の<スティクス川救難キット>で助けに来ました」
「え、ホント! ポロ助かるの?」
「はい、戻れればの話ですが。急ぎましょう!」

 その時、イシュマルの石が眩しいほどに輝きました。
「それ、なあに?」
「イシュマルの石と言います。何に役立つのかよく分かりません、教えてもらってないんです」
「ポロ分かったよ、それは危険を知らせるんだ」
 ポロが指さす方向をshinが振り向くと、鎧をまとって剣を持った冥界の警備兵が2人、こちらに向かって来るところでした。
「ポロさん、つかまって。キットの消え去り機能で姿を隠します」

 ぶーん。

「わ、ホントに消えた」
「でも、彼らには見えているようですね。全然動じていない」
 shinは、ポロを背負うと警備兵の反対方向に向かって走り始めました。
「ねえshinさん、どうやって元の世界に戻るの?」
「そう言えば、まだマニュアルの最後のところを読んでいませんでした」
 そう言うと、shinはポケットから松戸博士の手書きのマニュアルを出してポロに渡しました。
「ポロ、音読得意だよ。えっと、帰還方法っていうところだね」
「そこです。読んでください」
「臨死体験を持つ人の多くがスティクス川を渡るのをやめたり、お花畑を引き返した直後に冥界を離れている。これは、現世と冥界をつなぐ通路がスティクス川付近にあることを示している。しかし、その位置、数ともに定まってはおらず、その発見が帰還の鍵を握る。発見方法はいくつかあり、ひとつはレーダーに現れる淡い点をひとつひとつ調べること、次の方法は確率は低いが、誰かがちょうど冥界に現れたときには、そこが通路である。最後の方法は、ほとんど可能性があるとは思えないが、もしあなたがイシュマルの石を持っているならば、それを握って帰還を念じればよい」

 うおおおおおおおおお〜〜〜!!!!!!

 大きな叫び声に二人が振り返ると、いつの間にか背後に迫っていた警備兵の降り降ろす巨大な剣がふたりの頭上に迫っていました。

「きゃあああああああああ〜〜〜〜〜!!!!」
「うわあああああああああ〜〜〜〜〜!!!!」


つづく

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2004-02-10 ポロの日記 2004年2月10日(火)スティクス川のほとりで その5

 ふたりは、地球を見下ろしながらゆっくりと宇宙を降下してくるところでした。

「ふー、危機一髪だったね、shinさん」
「いやあ、間に合ってよかったです」
「ポロ、音読上手だった?」
「そりゃもう、スラスラと」
「せんせいがね、もし、お話を書きたいんだったら古典を読みなさいって言うから、ポロ、昔のお話を読んでるの」
「どんなの読んでるんですか?」
「ポロね、こんにゃく物語が好きなの」
「それって、今昔物語じゃないですか?」
「そうそう、それ、こんにゃく物語」
「ぷはは!」
「それからね、奥の細道も読んだよ。やきとりイワシの目になみだっていうんだよ」
「ぷはははは! 鳥啼き 魚(うお)の目に涙ですよ、それ」
「えっ、ウオの目が痛いよーって泣く鳥の話だったのか。ポロ、てっきり居酒屋さんで焼き鳥やイワシの目がおいしくて涙がでちゃうほどだったっていうことかと思ってた」
「わっはっはっはっはっは!! さっきまで命が危ない目に遭っていたなんて信じられないなあ。何なんだ、この楽しさは!」
「ところでさ、shinさん、お礼がまだだったね。ポロを助けてくれて、どうもアリガトございました」
「いやあ、いいんですよ。ポロさんもものすごい苦労して波動エンジンを作ってくれたじゃないですか。あれでshinは学んだんです。世の中で本当に大切なことは何かって」
「ふーん。でも、当のポロがさっぱり分かってないかも」
「ポロさんは分かってなくていいんです。普通にしてればね。何しろ、天然ものだから」
「ポロ、褒められてるのかなあ」
「もちろんです。さあ、時間がない。ポロさん、僕の背中にしっかりつかまってください。急速降下します」
「わあ、shinさんスーパーマンみたいだ!」
「さあ、しっかりつかまっててくださいよ。葬儀場へまっしぐらだ」

 背中にポロを乗せたshinは、腕を頭上につきだすと間近に迫った高層雲に向けてダイブしていったのでした。


おしまい


ここは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。

野村茎一作曲工房

先頭 表紙

shinさん。「みたい」じゃなくて、shinさんは正真正銘のポロのヒーローだよ! / ポロ ( 2004-02-10 21:59 )
わぁ、なんかヒーローみたいじゃないですかぁ〜どうしましょう・・・もぅ〜〜こんな冒険活劇の大作を病み上がりに書いちゃいけません!! f(^-^;; / shin ( 2004-02-10 21:45 )
mokoさん、お話じゃないってば。shinさん、ホントに助けに来てくれたんだよ! ポロのお葬式を悲しく思ってくれてアリガトございます。 / ポロ ( 2004-02-10 19:48 )
お話だとわかっていても、ポロさんのお葬式の様子を読んだら、悲しくなってしまいました・・・shinさんの捨て身の救出作戦が実って良かったです! / moko ( 2004-02-10 17:14 )

2004-02-09 ポロの日記 2004年2月1日(日) 奥さん熱を出す

 せっかくよく晴れた日曜日なのに、去年の暮れのせんせいに続いて、こんどは奥さんが熱を出してしまいました。

「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて」
「ポロちゃん、何か冷たい飲み物くれる?」

 ポロが、いつものように音読のれんしゅうをしていると、奥さんがダイニングにやってきました。

「あ、冷たいウーロン茶でいい?」
「ええ、ありがとう。悪いわね」
「奥さん、ダイじょぶ?」
「“ダイじょぶ”じゃないけど、こういう時はしかたがないわ。直す努力をするだけよ」
「ど、努力って、どういう努力をするの?」
「ジョーンズがね、具合が悪くなると何も食べないでひたすらじっとしてたのよ」
「じっとしてるの?」
「そう。本当にひどい時は、まるまる3日くらい身動きひとつしないで耐えてるの」
「す、すごい!」
「それで直らないときには死ぬ覚悟だったと思うの。それはもう、聖者のようだったわ」
「・・・!」
「ポロ、あなたも猫なら分かるでしょ」
「ポロは、小人(しょうじん)だあ〜。やっぱり小人だったんだ〜!」
「そんなことないわよ。そう思うっていうことは、あなたはもう野生の気持ちを思いだしているわ」
「そ、そうなんだ、そうなんだ。ポロは忘れかけていた野生を思いだしたぞ」
「うちの人なんて、ちょっと熱を出しただけで“ぐお〜、死ぬ〜”なんて大騒ぎするんだから、ジョーンズの爪の垢でも煎じて飲ませたいわ」
ポロも思わず、ジョーンズの爪の垢を煎じて飲みたくなってしまいました。
「じゃあ、また休むわ。ウーロン茶ありがと」
「どういたしまして」

 奥さんは寝室に戻っていきました。
 それからしばらく、ポロは音読のれんしゅうをしないで、聖者ジョーンズのことを思いながら、よく晴れた窓の外を眺めていました。


 ここは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。

野村茎一作曲工房

先頭 表紙

ミタさん、いつも読んでくださってアリガトございます。ポロも動物園日記を読んでみたいと思いました。 / ポロ ( 2004-02-02 22:00 )
ジョーンズのお話、かつてジャンプに連載されていた飯森広一氏の『ぼくの動物園日記』を思い出してしまいました。 / みた・そうや ( 2004-02-02 15:30 )

2004-02-08 クランベリーヒル便り第7話うしおさんからの手紙 その1

 静かな春の夜のことでした。せんせいの奥さんは、自分の部屋の化粧ドレッサーのとなりにある端末で、その日の夜食メニューを確認しました。

<今日の夜食: まご茶漬けと香の物 予約は午後8時30分まで 予約した人は9時にダイニングに来てください。 ロケット号>

 猿雅荘の夕食は早いので、ロケット号が気を利かせて、ときどき夜食が用意されることがあります。今日は大好きなまご茶漬けだったので、奥さんはすぐに予約ボタンをクリックしました。
 9時になってダイニングに行ってみると、なんと家族全員が揃っていました。

ぴ「あ、かあちゃんも来た!」
風「夜食に来るなんて珍しいねえ、かあちゃん!」
ぴ「ぴーちゃんねえ、キティちゃんとおままごとしてたの。ぴーちゃんがキティママでね、キティちゃんはキティちゃんのやく」
奥「そう、楽しそうね」
海「きょうの夜食はみいやんも手伝ったんだよ」
奥「それは楽しみだわ」

 せんせいとロケット号がワゴンに乗せたまご茶漬けを運んできました。

ロ「ぴゆぴゆ」
せ「さあ、運んできたぞお。うまそうだろ」

 みんな、ほんの3時間前に夕ご飯をたべたばかりなのに、あっという間にまご茶漬けを食べてしまいました。すると、その時、アンシブル・ネットワーク端末がメールの着信を知らせました。

 ぴこぴこ ぴこぴこ!

せ「キティ、誰からのメールだい?」

 キティが端末にログインして大型モニタに発信者名を表示させました。

風「あ、うしおさんからだ!」

 がっしゃんがらがら!

 それは、キッチンにいたロケット号が食器を落とした音でした。うしおさんと聞いてドキッとしてしまったのです。すぐにビッグジョンとリトルジョンが来て食器の破片を片づけ始めました。

奥「ロケット号、だいじょうぶよ。あなたたちもいらっしゃい!」
ロ「・・・・・」
奥「ロケット号?」
風「かあちゃん、叱られると思ってるんだよ、あいつ」
奥「あたしも怒ってないし、うしおさんだって怒ってないわよ。こっちへいらっしゃい」
ロ「ぴ、ぴゆ〜」

 ロケット号は、しぶしぶダイニングに来て、ロケット号専用の小さな椅子に座ると、せんせいが作ってくれたお気に入りのコックさんの帽子を取りました。

 キティがメールを開くと、ぶうよんが、みんなに聞こえるように、それを大きな声で読み始めました。


つづく

先頭 表紙

2004-02-07 クランベリーヒル便り第7話うしおさんからの手紙 その2

 ・・・野村ファミリーの皆さん、先日は温かいおもてなしをありがとうございました。にぎやかで楽しかった夕食、その後のゲームやおしゃべりを、私は決して忘れないでしょう。翌日に行ったオンディー沼一周ハイキングも楽しい思い出になりました。

海「そうだよ、うしおさんボードゲームのてんさいだよね」
風「とむりん、ビリだったね」
せ「お、お客さんに華を持たせたんだよ」
風「そういうのを強がりっていうんだぞ、とむりん」
奥「いいから、キティ、スクロールして」

 ・・・それから、キティとロケット号、掃除機や冷蔵庫のみなさん。上等の5つ星の干し草をありがとう。リビングの端末をお借りしたときに、デスクトップに出しっぱなしになっていたあなた達のファイルを、いけないとは思いましたが見てしまいました。最初に公共図書館との通信記録。<作法とマナー>や<酪農の理論と実際>などという難しい本を勉強してまでおもてなししてくれたのかと思うと、誤解とは言え、本当に嬉しく思いました。あなたたちのごあいさつ、とても上手でしたよ。三河屋さんとの交信記録にも驚きましたが<作法とマナー>に記されていたタイムコードを見たときには思わず目頭が熱くなりました。あなたたちが毎晩、夜遅くまで作法の練習をしている姿を思い浮かべて、ああ、私もあなたたちの家族の一員だったらどんなにすてきなことだろうと、心の底から思いました。

ロ「ぴゆぴゆ!」

 叱られるどころか、ちょっと褒められた気分のロケット号が急に元気になりました。

奥「ほらね、ロケット号。うしおさんはステキなレディーだから怒ったりしないでしょう?」
ロ「ぴ、ぴゆぴゆ」

 ロケット号は、うれしくてうれしくて、家族ひとりひとりの前に行っては、ぴゆぴゆと自慢げでした。

風「あれ、キティが変なこと考えてるよ」

 みんな一斉にキティのほうを向きました。ぶうよんが胸のディスプレイを読みました。

キティ表示「新情報:オ客様ハ 干し草デ モテナスコト」

海「ありゃりゃ」
奥「いいこと、キティ。うしおさんは干し草でもてなされたことについて褒めているんじゃないの。あなたたちのまごころに対して感謝してくれているの」
キティ表示「情報の訂正。誤データ<オ客様ハ 干し草デ モテナスコト> 修正後データ<オ客様ハ マゴゴロデ モテナスコト> 」
せ「それでいいよ。情報の訂正を実行」
キティ表示「情報ノ訂正ヲ実行。完了」

 ぶうよんがメールの続きを読みました。

・・・今度は、せひ皆さんで私の家に遊びに来てください。もちろん、ロケット号やキティもね。またお会いできる日を楽しみにしています。
                                 うしお


おしまい

先頭 表紙

ポロは、こすもすさんのコメントに、じ〜んときてしまいました。ポロさんなんて言われると、なんだか恥ずかしいので、ポロとかポロちゃんでいいです。ポロ、ホントに猫なんです。こすもすさんや皆さんの言葉を励みに次のお話を書きます。お楽しみに! / ポロ ( 2004-02-02 12:13 )
さっそく、続きをアップして下さってうれしいです。まごころ、じ〜んときますね。内容もよかったけれど、この後日談の手紙という形式にも、ポロさんの才能を感じてしまいました。 / こすもす ( 2004-02-02 10:05 )

2004-02-06 クランベリーヒル便り第6話 お客さんがやって来る その1

 宇宙長距離の長電話が終わると、奥さんが長男のぶうよんに言いました。

奥「来週の風曜日にお客さんがいらっしゃるわよ。お行儀よくしてなきゃダメよ」
風「はーい、みいやんにも教えてこよう」

 ぶうよん(風)は、工作室でバルサ材で何かを作っているみいやん(海)に言いました。

風「おい、みいやん。来週の風曜日にお客さんが来るって。おとなしくしてないと母ちゃんコワいぞー」
海「え、コワいの? そりゃ大変だ。ぴーちゃんにも知らせなくちゃ」

 みいやんは、リビングに急ぎました。リビングの床ではぴーちゃんとキティとロケット号がモンスターカードで遊んでいました。

海「大変だよ、ぴーちゃん。かあちゃんよりコワいお客さんが来るって。お行儀よくしないとぶたれちゃうんだぞ」
ぴ「ぴーちゃんやだ」
キティ音声「ピーチャンヤダ」
キティのディスプレイ表示「危険ニ 備エヨ」
ロケット号「ぴ、ぴゆぴゆ!」

 きゅるきゅるきゅる!
 キティの内部視覚エリアに、アーカイブ映像が映し出されました。奥さん接近。近づくゲンコツ。衝撃のあとのスノーノイズ。リプレイ。奥さん接近。近づくゲンコツ。衝撃のあとのスノーノイズ。リプレイ。奥さん接近。近づくゲンコツ。衝撃のあとのスノーノイズ。リプレイ。奥さん接近。近づくゲンコツ。衝撃のあとのスノーノイズ。リプレイ。

ロ「ぴゆぴゆ、ぴゆぴゆ!」
ロケット号に呼びかけられてキティは我に返りました。
キティ表示「無事、是、名馬」

つづく

先頭 表紙

2004-02-05 クランベリーヒル便り第6話 お客さんがやって来る その2

 ロケット号の招集で、キッチンで緊急会議が開かれました。

 ロケット号、キティ、自走式掃除機のジョン3兄弟、冷蔵庫のトビー。エアコンのAC-920、それからここに集まることのできなかったものの、オンラインで接続している洗濯機のロビーが、迫り来る危機に対して話し合いました。ところが情報が不足していました。分かっているのはお行儀よくしていないと危険であるということだけで、肝心のお客様に関する事が何も分かりません。情報収集の後、深夜に再び集まることになりました。

 夕方、ロケット号は奥さんに呼び止められました。
奥「ロケット号、ちょっといいかしら」
ロ「ぴゆぴゆ」
奥「来週の風曜日にはとっておきのご馳走を頼んだわよ。5つ星よ、い・つ・つ・ぼ・し! お客様がいらっしゃるの。うしおさんよ」
ロ「ぴゆぴゆ」
思わぬところで情報が手に入りました。

 深夜の集会で、ロケット号はみんなにそのことを説明しました。
ロ「ぴゆぴゆ。ぴゆぴゆ、ぴゆぴゆ。ぴゆぴゆぴゆぴゆ」
キティ翻訳「来週風曜日に牛のお客さんが来てお産します。いつつぼし(意味不明)のご馳走を用意すること」
ビッグジョンBJ「がーがー、がーがーがー、がーがー」
キティ翻訳「お産を控えた牛なら、ぶったり蹴ったりしても不思議はない」
タイニージョンTJ「がーがー?」
キティ翻訳「牛ってなあに?」
リトルジョンLJ「がーがー、がーがー、がーがーがー、がーがー」
キティ翻訳「昔、カエルのおとうさんが子どもに、その説明をしようとしただけでお腹が破裂してしまったという教訓が残されている大きな動物だ」
ロ「ぴゆぴゆ!」
キティ翻訳「その絵本なら、ぴーちゃんが読んでくれたよ」
TJ「がー」
キティ翻訳「こ、こわー」
トビー「ぶーん」
キティ翻訳「とにかく、お行儀よくして、いつつぼしのご馳走を用意しよう。キティ、公共図書館で必要な情報を集めて」
キティ表示「了解」

 キティは、すぐに公共図書館にアクセスして、モーニングスター新聞社編の「作法とマナー」とマゼラン畜産大学編による「3訂版/酪農の理論と実際」をダウンロードしました。
 その日の集会はそこで解散しました。

 キティは夜の集会に備えて、翌日の日中をダウンロードしたデータの整理に費やしました。牛のご馳走が干し草であり、同時に牛のベッドにもなることも分かったので、それだけは先にロケット号に伝えました。それを聞いたロケット号は、さっそく三河屋さんに干し草の注文を出すことにしました。

<発信:クランベリーヒル:野村ロケット号/通信先:三河屋デリバリーサービス様/牛用最高級干し草1トン(いつつぼしのもの)/納期来週岩曜日まで>

つづく

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2004-02-04 クランベリーヒル便り第6話 お客さんがやって来る その3

 折り返し、三河屋さんから返信が届きました。

<発信:三河屋デリバリーサービス:注文センター/通信先:クランベリーヒル/野村ロケット号様/高級干し草1トンのご注文承りました。地球、ニュージーランド産の最高級品を手配いたしました。来週草曜日または岩曜日にお届けいたします>

 これで、ひとまず安心です。
 深夜、また集会が開かれました。今夜からは「作法研究会」です。場所は大型ディスプレイのあるリビングに移されました。作法が問題となるのは自走式のメンバーです。
 「作法とマナー」の映像が始まりました。和服を着た上品な女性が挨拶の模範をしめします。そしてキティが、お辞儀の角度、継続時間、向きなどのパラーメータを解析して皆に伝えると、みんながお辞儀の練習を始めます。ロケット号もジョンたちも何度も何度もくり返しお辞儀の練習をしました。お辞儀のしすぎでメンバーの誰もが、まるで水飲み鳥のようになってしまった明け方、作法研究会はようやく解散しました。

 昼間も猿雅荘には何となく緊張感がただよっていました。いつもは静かな午後の室内も、緊急時に備えてサニタリーを高速で洗濯・乾燥するリハーサルを繰り返す洗濯機のロビーの作動音が響いていたばかりか、掃除を終えたはずのジョンたちもがーがーと動いていました。
 キティとロケット号は子牛を安全に取り上げるための知識を学んでいました。無事に産まれてくれるでしょうか。エアコンのAC-920は、客間の最適温度分布を実現するために試行錯誤を繰り返していました。
 そうしているうちにも、どんどん時間は過ぎていき、連日連夜の作法研究会のおかげで、誰もが挨拶から歩き方までとても上手になりました。
 ある晩、ゲネプロ(ステージで行われる本番同様のリハーサル)が実施されました。

 キティがサンプリングした架空のドアチャイムが鳴ります。お客様の到着です。ロケット号の目配せを合図に、全員が照明の消えたままのフロアに一列に並びます。背筋を伸ばして視線は前。一列に並んだ5つの影が整然と玄関に向かいます。歩行速度の関係で、どうしてもタイニージョンが遅れがちになることが分かりました。それで、タイニージョンを先頭に歩くことになりました。玄関に整列すると、お客様に向かって一糸乱れずにお辞儀をします。何度か繰り返されたリハーサルも終わり頃になると、その角度は1度の狂いもないほどでした。部屋への案内、ダイニングへの誘導、すべて<モーニングスター新聞社編/作法とマナー>のとおりでした。みんな満足でした。東の空が白むころ、作法研究会は解散しました。

 草曜日になっても岩曜日になっても三河屋さんはやって来ませんでした。明日は、いよいよお客様が到着してしまいます。ロケット号がアンシブルで問い合わせると、もう出ました、とソバ屋さんのような返事が返ってきました。
 夕方、アンシブルの緊急通信が入りました。

<発信:三河屋デリバリーサービス:配送センター/通信先:クランベリーヒル/野村ロケット号様/ご心配をおかけいたしました注文品未着の件ですが、宇宙嵐のためデリバリーシップの到着が遅れていることが判明しました。風曜日の午前中には必ずお届けいたしますのでそれまでお待ちください>

 本当に届くでしょうか。もし干し草が届かなかったらお客様をお迎えするどころではありません。ロケット号やキティたちは北極星に祈りながらデリバリーシップの到着を待ちました。

つづく

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