himajin top
ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-03-24 猫の星の歴史教科書第11回「赤ずきんちゃん気をつけて」その4
2003-03-23 猫の星の歴史教科書第11回「赤ずきんちゃん気をつけて」その5
2003-03-22 猫の星の歴史教科書第11回「赤ずきんちゃん気をつけて」その6
2003-03-21 猫の星の歴史教科書第10回「楽しいクリスマス」その1
2003-03-20 猫の星の歴史教科書第10回「楽しいクリスマス」その2
2003-03-19 猫の星の歴史教科書第9回「雪女」その1
2003-03-18 猫の星の歴史教科書第9回「雪女」その2
2003-03-17 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その1
2003-03-16 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その2
2003-03-15 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その3


2003-03-24 猫の星の歴史教科書第11回「赤ずきんちゃん気をつけて」その4

 オオカミとジョーンズが、ぶうよんに追いつくには、ほんの少しの時間しかかかりませんでした。3人は人買いたちに見つからないように後を追いましたが、赤ずきんちゃんを助け出すきっかけをつかめないまま、町のすぐそばまで来てしまいました。
 オオカミ「ぶうよん、ジョーンズ。ぼくは町へは行けないよ。町の人たちはオオカミを見たら、すぐに銃で撃つんだ」
 ぶうよん「だいじょうぶ、ぼくにいい考えがある」
 ぶうよんは、町はずれの納屋の前に落ちていたロープを持ってきて、オオカミをつなぎました。
 ぶうよん「ほうら、こうやってぼくがロープの端を持てば、君は誰が見たって犬さ」
 オオカミ「すごいぞ、ぶうよん。君は天才だ」
 ぶうよん「まあね」
 オオカミは、しっぽを丸めて犬らしく見えるようにしました。
 太ったぶち猫と、オオカミのような犬を連れた小さなぶうよんの奇妙な一行は、一列になって町へ入っていきました。




 定期馬車の停車場の人買いと赤ずきんちゃんを3人はすぐに見つけました。かわいそうな赤ずきんちゃんは、涙も涸れてぼーっとしているようでした。そのうち、ノッポの人買いが、もう一人に何か言うとどこかへ行ってしまいました。
 建物のかげで見ていた3人は、このチャンスに行動を起こすことにしました。
 ぶうよん「オオカミ君、ジョーンズ、よく聞いて。ぼくがあの男に小石を投げるから、そしたらジョーンズが、あの男の気をひくんだ。男はきっと怒ってジョーンズの後を追うから、ジョーンズはどこかの屋根の上に逃げるんだ。そのすきにぼくとオオカミ君は赤ずきんちゃんを助け出す。このロープを拾った町外れの納屋で落ち合おう」
 オオカミ「ぶうよん、やっぱり君は天才だ」
 ぶうよん「そっかなあ、ありがと。さあ、ジョーンズ、位置に着くんだ」

 ぶうよんは豆粒のような小石を拾うと、小太りな人買いに向かって投げました。石は放物線を描いて男の背中に命中しました。
 「だ、誰だ!」
 男が振り向くと、そこにはアカンベーをした太ったぶち猫がいました。
 「あっ、おまえ、おれに噛みついた猫だな」
 頭に血が上った男がジョーンズを追いかけると、すかさずオオカミは赤ずきんちゃんに走りよりました。
 オオカミ「赤ずきんちゃん、助けにきたよ!」
 赤ずきん「まあ、あなたオオカミね。信じてもいいのかしら」
 オオカミ「さあ、急いで!」
 赤ずきん「ええ、あなたを信じるわ。そうしないと、あたし売られてしまうんですもの」
 赤ずきんを助け出したオオカミとぶうよんは大急ぎで町外れの納屋に向かいました。
 男がのろまなでぶ猫をつかまえて停車場に戻ると、赤ずきんがいませんでした。
 「しまった!」
 青くなった男のところに、ノッポの人買いが戻ってきました。ノッポは小太りをひとしきり罵(ののし)ると、手分けして町中を探しはじめました。

 町はずれの納屋では、走り続けた3人が息を切らしていました。息がおさまると、最初に息がおさまったのは、やはりオオカミでした。
 オオカミ「ぶうよん、紹介するよ。赤ずきんちゃんだ」
 オオカミは、赤ずきんちゃんを紹介して、なんだか得意げでした。
 ぶうよん「はじめまして。ぼく、ぶうよんです」
 赤ずきん「まあ、変わったお名前ね。赤ずきんよ、よろしく」
 ぶうよんは、赤ずきんのほうがよほど変わった名前だと思いましたが、有名だからいいのかなと思いました。


その5へつづく

先頭 表紙

2003-03-23 猫の星の歴史教科書第11回「赤ずきんちゃん気をつけて」その5

 オオカミ「ジョーンズは大丈夫かなあ」
 ぶうよん「うん、きっと今ごろ、ここに向かっているよ。それよりオオカミ君、赤ずきんちゃんをどうする?」
 オオカミ「うん、ぼくもそれを考えていたところだよ」
 赤ずきん「信じていたお母さんやおばあちゃんより、あんなに嫌っていたオオカミさんのほうがいい人だったなんて・・・、あたし、オオカミさんになんて謝ればいいのかしら」
 オオカミ「いいんだよ、そんなこと。オオカミはいつだって嫌われ者だし、ぼくはもう慣れっこさ。それに、ぼくにはぶうよんやジョーンズがいてくれるもの」
 赤ずきんの言葉にオオカミは照れていました。オオカミの言葉にぶうよんまで照れていました。
 赤ずきん「あたし、教会の孤児院に行こうと思うの。もう、役に立つ年頃だもの、小さな子どもたちのために何かできるわ。おねがい、連れていって。」
 ぶうよん「わ、自立した言葉! そんなの聞いたら、うちのとうちゃんとかあちゃん、喜んでごちそうつくっちゃうよ!」
 オオカミ「赤ずきんちゃん。きみは、やっぱり思ったとおりステキな人だ。よし、そうしよう。人買いたちは必死になってぼくたちを探しているはずだ。逃げ回っているよりも、教会のほうが安全だしね」
 ぶうよん「賛成」
 赤ずきん「ええ、お願いするわ」
 赤ずきんちゃんは、きっぱりと言いました。
 オオカミとぶうよんは、本当の両親のほかに継母(ままはは)とそのおばあちゃんまでを失ってしまった赤ずきんちゃんを、複雑な気持ちで教会に連れていくことにしました。
 赤ずきん「教会は、停車場の近くよ」
 ぶうよん「オオカミ君、君の鼻で人買いがいないかどうか確かめながら行こう」
 オオカミ「まかせてよ!」
 3人は町へ戻ると、注意深く石畳の道を進んでいきました。途中で、遠くに人買いの姿を見つけましたが、その肩に担がれた銃の先には4本の足をしばられたジョーンズがカチカチ山のタヌキのようにぶらさがっていました。
 ぶうよん「ああ、まったく世話のやける猫だな」
 オオカミ「どうする、ぶうよん」
 赤ずきん「あの」」
 オオカミ「なに?」
 赤ずきん「あたしの姿を見れば、あの人たち猫なんか放って追いかけてくると思うの」
 ぶうよん「君がつかまったりしたら元も子もないよ。ジョーンズは後だ」
 オオカミ「ぶうよんはね、ジョーンズには冷たいんだ」
 ぶうよん「そんなことないよ。あいつはタフがとりえなんだ」
 オオカミの鼻のおかげで3人は無事に教会にたどり着くことができました。孤児院は、その裏手にありました。
 赤ずきんちゃんをドアの前に立たせると、ぶうよんはドアをノックして、オオカミと一緒に物陰に隠れました。しばらくして太ったシスターがドアを開けました。
 シスター「どうしたの?」
 赤ずきん「あの、あの、あたし・・・・」
 そういうと、赤ずきんちゃんは今までがまんしていた涙がいっぺんにあふれ出して、どうにも止まらなくなってしまいました。
 物陰から見ていた2人も、あらためて赤ずきんちゃんの不幸な境遇を思いました。オオカミも、猟銃で撃たれて死んだと聞かされた両親のことを思いだして、ちょっと涙が出てしまいました。部屋に招き入れられた赤ずきんちゃんとシスターの声が聞こえてきました。


その6へつづく

先頭 表紙

2003-03-22 猫の星の歴史教科書第11回「赤ずきんちゃん気をつけて」その6

 シスター「名前はなんて言うの?」
 赤ずきん「ひっく、ひっく、あ、赤ずきん・・・」
 シスター「そう、それじゃあ名前が必要ね」
 シスターは、孤児用の命名名簿を見て言いました。
 シスター「えーっと。今度の順番は何だったかしら。あ、あったわ。ジルーシャよ、あなたはジルーシャ・アボット」
 オオカミ「ぶうよん、これでもう大丈夫。ジョーンズを助けに行こう」
 ぶうよん「うん、ジルーシャか。カーッコいいなあ。有名になりそうな名前だね」
 停車場に向かいながらオオカミがいいました。
 オオカミ「ぶうよん、いいことを思いついたぞ」
 ぶうよん「なんだい、オオカミ君」
 オオカミ「ぼくは、一応犬だからさ、猫を見て騒いだって誰も不思議に思わないよね。それに犬は猟銃で撃つわけにはいかないし」
 ぶうよん「そうか、どうどうと助けに行こう。なるべく、人通りの多いところがいいってわけだ。オオカミ君、君は天才だ!」
 オオカミ「ぶうよんほどじゃないさ! わんわん!」
 ぶうよん「あっはっは、犬そっくり!」

 それから、人通りの多い停車場の前で2人を人買いが見つけるのを待ちました。5分とたたないうちに人買いが血相を変えて近づいてきました。
 「ぶうよん、やるぞ。うー、わんわんわん、わんわんわん!」
 のっぽの人買いは、オオカミのいきなりの反撃に一瞬たじろぎましたが、銃の先からジョーンズを降ろすと、銃口をオオカミに向けました。その光景に最初に反応したのは、通りがかりの若い娘でした。
 娘   「きゃあ、犬を撃とうとしてるわ!」
 人買い 「お嬢さん、馬鹿言っちゃいけない。こいつはオオカミですよ」
 ぶうよん「犬だよ、犬。ぼくんちの犬でケン太って言うんだ!」
 騒ぎを聞きつけて人が集まってきました。
 紳士  「何だ、どうしたんだ。町中で銃などかまえてはいかん」
 人買い 「いやあ、本当にオオカミなんですよ、あいつは」
 紳士  「オオカミがおとなしくつながれるわけがないだろう!」
 集まってきた人たちと人買いが押し問答しているすきに、ぶうよんとオオカミは ジョーンズの縄をといて、さっさと逃げ出しました。




 町を出て森へ向かう道まで来ると、誰ともなく笑い声が漏れました。
 ぶうよん「あっはっは、あっはっはっは!」
 オオカミ「やったぞ、ついにやったぞ。ぼくたちはやったんだ!」
 ぶうよん「オオカミ君、君は最高だ!」
 オオカミ「ぶうよんとジョーンズ。君たちのおかげだよ。本当にありがとう」
 ぶうよん「どうしたしまして! なあジョーンズ」
 ジョーンズ「にゃあ!」


 かあちゃん「なにがどういたしましてよ! 寝ぼけてないで起きなさい。人がせっかくお話を呼んであげているのに、ちょっと目を離したら寝ちゃうんだから」
 ぶうよん「あれえ、オオカミ君は?」
 かあちゃん「オオカミは、もうお腹を切られちゃったわよ。お話はおしまい」
 ぶうよん「ふーん、そうかあ」
 ぶうよんは、ゆっくりと大きなあくびをしました。ジョーンズも、とくいの伸びのポーズをとりました。
 ぶうよん「ジョーンズ、遊びに行こう!」
 勢いよく外に飛びだすと、暖かい春風の中で、太陽が二人をやさしく照らすのでした。


おしまい

先頭 表紙

2003-03-21 猫の星の歴史教科書第10回「楽しいクリスマス」その1

みなさん、ポロでーす! 今日は「猫の星・冬の星」の外伝のひとつを御紹介します。野村家には、本当にサンタクロースがやってきます。ほとんどのおうちには来てくれないので、サンタクロースはいないことになっていますが、それは仕方がありません。だって一人しかいないんだもん。


楽しいクリスマス


 みいやんが生まれて初めてのクリスマスがやってきました。
イブの午後には、おばあちゃんが近所の店へ注文しておいたアイスクリームのケーキも届きました。1ヶ月も前にぶうよんが飾ったツリーにもやっと出番が回ってきました。
「ねえ、かあちゃん、サンタのおじさんて本当にいるのかなあ」
「もちろんよ、昔は私のところにも毎年来てくれたものよ」
「でも、ぼくのくつ下とっても小さいから、プレゼントが入らないんじゃないかなあ」
「それなら、とうちゃんのくつ下を借りればいいわ」
「わ、すごいや」
「さあ、夕ごはんよ。みんなを呼んできて」
「はーい!」
 その日は、とむりんも早く帰ってきたので、久しぶりに家族6人全員が揃いました。
「ぶうよん、それしかごはん食べないの?」
「うん、ケーキの分をとっておくんだ」
「はいはい、今日は特別よ。すぐにケーキにしましょうね」
 家族6人が居間に移動すると、とむりんが保冷ケースからケーキを取りだしました。ぶうよんは目を輝かせて、その作業を見つめています。空になった保冷ケースにドライアイスとお湯をセットしてロウソクに火をつけると、部屋の明かりが消されました。ドライアイスの雲をケーキのロウソクの光が幻想的に照らし出しました。誰からともなく、ため息が漏れました。ぶうよんが拍手をすると、小さなみいやんは目をぱちくりさせるのでした。ぶうよんがロウソクを吹き消す大役を無事に終えると、再び部屋は明るくなり、楽しい時間が始まりました。テーブルからお酒と食べ物がなくなるころには、みいやんはかあちゃんのひざの上ですやすやと眠っていました。

 ぶうよんはスノーマンの歌を歌いながら歯を磨くと、とうちゃんの真新しいくつ下を枕元に置いて布団に入りました。
「サンタのおじさん、きっと来るよね」
「ええ、絶対来るわよ」
「おやすみ、かあちゃん」
「おやすみ、ぶうよん」




 玄関の段ボールのベッドで眠っていたジョーンズは、大きな暖かい手でなでられて目を覚ましました。
「やあ、ジョーンズ」
 ジョーンズは、その優しい手に何度も何度もほおずりしました。

 物音に気づいてとむりんが目を覚ますと、枕元に怪しい人影がありました。
「だ、誰だ!」
「こらこら、そんなに大きな声を出すもんじゃない。子どもたちが起きてしまうじゃないか。おうおう、2人ともあんたの小さいときにそっくりじゃ。プレゼントはここに置いておくからの。あ、そうそう、あんたにもじゃ。では、父上様によろしくな」
 とむりんがあっけにとられていると、サンタクロースはフッと消え、外からは遠ざかるスレイベルのしゃんしゃんという音が聞こえてきました。
 すると、いきなり頭の中に音楽が鳴り始めました。とむりんは、枕元のスタンドのスイッチを探って、すぐにいつも用意してある五線紙に猛スピードで楽譜を書きつけました。
「ちょっと、何時だと思っているのよ!」
「サ、サンタクロースが来たんだ!」
「あんたの妄想癖なんかに付きあわせないでよ! あたし怒るわよ!」
「本当だよ、ホント!」
「バカにしないでよ!」
 かあちゃんは、すごい剣幕でスタンドのプラグを引き抜くと、くるっと反対側を向いて寝てしまいました。


その2へつづく


先頭 表紙

2003-03-20 猫の星の歴史教科書第10回「楽しいクリスマス」その2


 次の朝、ぶうよんが目を覚ますと、枕元にはいくつものプレゼントが置いてありました。
「わあ、サンタのおじさんが来てくれたんだね!」
「そうよ、こんなにたくさんのプレゼントを持ってきてくれたのよ」
 それから包みが増えていることにきづいたかあちゃんは、とむりんのほうに向き直ると小さな声で言いました。
「プレゼントは、あたしとおばあちゃんが用意したから、もう買ってこなくてもいいって言ったでしょ。みいやんなんか小さくて何も分からないんだから、無駄使いしないでよ」
「だから、それはサンタが」
「あんた、自分が言ってる事分かってんの!」
「ねえ、かあちゃん。サンタのおじさんは、いつ来たの?」
「え、ああ、夕べ遅くよ。もうぶうよん寝ちゃってから起こさなかったの」
「そ、そうだよ。来年は絶対起こしてやるからな。よし、全員起こす」
「冗談じゃない、今年だけでもう結構よ」
「とうちゃん、きっとだよ」
 それからぶうよんは、おじいちゃんとおばあちゃんにプレゼントを見せに行きました。
 おじいちゃんは、北極星のマークが目印のサンタ・デパートの包み紙を見つけると、ほう来てくだすったか、とつぶやきましたが、ぶうよんは気づきませんでした。

 台所のヒーターの前では、北極星印の新しい首輪をしたジョーンズが気持ち良さそうにうとうとしていました。その首輪に家族が気づくまで、まだ数時間が必要だったのでした。


 おしまい


 これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。

野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-03-19 猫の星の歴史教科書第9回「雪女」その1

 ゼーンジャラの悲しい恋のお話はポロにはつらすぎました。でも、もうひとつの外伝を皆さんにお伝えしなければなりません。
 猫の星の歴史資料集の「山奥の事情」というところに、このお話がのっています。そういえば「どっぷらひょん」のお話の中に「山奥では山奥の事情があったのだ」という言葉が出てきますね。かゆいところに手が届く教科書です。猫の星教育省はがんばっているとポロてきに思います。
 これで、第4回から第8回までのお話が、すべてつながります。ポロは歴史の勉強がだいすきです。



雪女

 冬将軍は雪女に恋をした。もちろん、冬将軍に恋など許されるはずがない。冬将軍には春を司(つかさど)る佐保姫との未来永劫に続く戦いがあるのだ。
 雪女は、もう長いこと、なぜか人間である木こりの弥七と暮らしていた。冬将軍は弥七に嫉妬した。毎晩、冬将軍は猛り狂う吹雪に命じて粗末な弥七の小屋を襲わせた。たちまち小屋は凍りつき、その寒さに2人はさらに強く抱きしめあった。すると、冬将軍の涙は大雪となって山も里も覆いつくすのだった。
 その年は、すでに春を迎えているはずだった。しかし、冬将軍はいつにも増して頑固に居座っていた。ところがなぜか佐保姫は静観の構えを見せていた。
 人々は春乞いを行なった。このままでは今年の米の収穫もおぼつかない。祈祷師も神主も、爺も婆も祈った。ところがその祈りは佐保姫には届かないようだった。
 その晩も、弥七と雪女はいつものように仲むつまじく床に入った。すかさず冬将軍は嫉妬の叫びを上げ、吹雪はいっそう激しさを増した。
「やっぱりこんな夜だった」
「なにがだい、おまえさん?」
「おゆき、誰にも言っちゃいけないよ。実は、むかし雪女に会ったんだ」
 雪女は後ろを向いたまま返事をしなかった。
「おや、おまえ、寒くないかい。今日は随分と冷たい身体をしているじゃないか」
 雪女はゆっくりと弥七を振り向いて言った。
「それは、こんな女だったんじゃないのかい?」
「うひゃあ!! お前は雪女」
 雪女は人間の姿から妖怪の姿にもどって言った。
「誰にも言わない約束だったねえ」
「勘弁してくれ、勘弁してくれよ!」
 弥七は、驚きのあまり我を失っていた。そのまま吹雪の中へ飛び出すと、一目散に逃げ出した。外では冬将軍が弥七を待ちかまえている。弥七は凍え死んでしまうだろう。
 しかし、ショックだったのは弥七だけではない。雪女も同様だった。弥七と暮らすうちに情が移ったのか、雪女は弥七を好ましいと思うようになっていた。いずれ弥七は年老いて死ぬ。それまで、雪女は優しく頼りがいのある弥七に尽くそうと思っていた。弥七の末期(まつご)も看取るつもりでいたのだ。
「やっぱり人間は駄目だねえ。あの時、弥七に姿を見られるなんてドジ踏まなきゃ、あたしだって今頃カトスの町で楽しくやっていたろうに」
 弥七の姿が吹雪でかき消されて見えなくなると、雪女はしつこい冬将軍から逃れるために近くの洞窟に身をひそめることにした。


その2へつづく

先頭 表紙

2003-03-18 猫の星の歴史教科書第9回「雪女」その2

 冬将軍は小屋を飛び出してきた弥七を見つけると、なお一層激しく吹雪かせた。ところが、そこに佐保姫の吹かせる春風が吹き込んだ。
「佐保、なぜ急に邪魔をする」
「あなたこそ、季節をわきまえなさい。すでに春。今日という今日は私も戦います」
「もう少しだけ待ってくれ」
「いいえ。たった今、私を頼ってきた小さな獣たちがいるのです。あなたのせいで、死の瀬戸際にいます。清らかな願いでした。私は何があっても願いを聞き届けるつもりです」
「ならば仕方ない、手加減はせんぞ」
 激しい戦いが始まった。どちらも後に引く気はなく、山も里も大荒れになった。木々は凍り、里の家々も雪に埋もれた。しかし、弥七が里の手前で息絶えると冬将軍は力をゆるめ、雪女を捜した。すでに気配がなくなっていることを知ると、再び荒れ狂いながら北の空へ消えた。
 佐保姫は満身の力を込めて春を呼び込んだ。暖かい南風が野山を吹き抜け、日の出の頃には雪も解けてところどころ地面が見えた。
 急にやってきた春から逃げ遅れたのは雪女だった。人間の姿であれば暑さもしのげるが、まだ人間から戻ったばかりで術を使うには力が回復していない。そこで、水晶になって洞窟の奥で眠ることにした。水晶の眠りは深い。いつ目覚めるとも知れぬが、死ぬよりはましだ。

 水晶掘りの掘削機が雪女の眠りを覚ましたのは、何十年もたった冬のことだった。見たこともない重機をあやつる男たちの話から分かったことは、水晶が「時計」というものの材料にされるらしいということだった。雪こそなかったが、気温は低い。夜を待って雪女の姿に戻ると、行く当てもない身の上のこと、どうせなら早いうちに北風に乗ってカトスの町を目指すことにした。首尾よく行けば今夜のうちにたどり着けるだろう。
 夜空から眺める町の明かりが眩しいのは、久しぶりに見るせいばかりではないだろう。見とれるほど美しい夜景を眼下に、雪女は色々なことを思い出した。やさしかった母親のこと。その母親が、あの冬将軍の父親の横恋慕から受けたひどい仕打ちのこと。
 −まったく、あの冬将軍の奴ときたら親子2代そろってしょうのない。
 弥七にも裏切られてしまった。そういう思い出に比べると、あの重い石臼小僧を背負って頑張り抜いたどっぷらひょんや石臼小僧、カトスの関所の頑固だが情にあふれたゼーンジャラがとても懐かしく、早く会いたくてしかたがなかった。
 最後の山を越えると、そこに広がる雄大な関東平野と、目を疑うばかりの都市のきらめきが雪女を迎えたのだった。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

もし、作曲工房へおでかけしたら「レッスン室」のポロの掲示板に感想を書き込んでね。 / ポロ ( 2003-02-24 15:04 )

2003-03-17 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その1

 どっぷらひょんは、ワルで、ちっとは知られたお化け。いつも奇妙な叫び声をあげながら走り回っていた。向こうからやってくるどっぷらひょんを見ると、誰もがなんだかいやな予感がしたもんだ。すれ違って声が低く遠くなって「ああ、やっと奴は通り過ぎたか」と思って安心すると、すぐ後ろにぴったりくっついていて悪さをする。ドップラー効果のマネがうまいので、誰からともなく「どっぷらひょん」と呼ばれるようになった。
 本当は、どっぷらひょんは寂しいだけだった。誰かと友達になりたくて、みんなの気をひこうとしてイタズラをしてしまうのだった。どっぷらひょんにはそれしか方法が思い浮かばなかったし、友達になろうとすればするほどみんなは離れていった。
 −オラ、こんな山奥にいるからいけねえだ。うわさに聞いたカトスの町に行ぐべ。
 時は冬、山は雪で真っ白。雪化粧した木立の間を、どっぷらひょんはたったひとりで里を目指した。里に出れば街道がある。街道は江戸に向かっている。江戸のすぐ手前にカトスの町があると聞いたことがある。いや、江戸は東京になったとも聞いた。
 山里に出たところで長い夜が明けそうになった。いそいで空き家になった古い農家を見つけて、どっぷらひょんは暗い奥の納戸に隠れた。一眠りして気がつくと誰かが話をしている。どっぷらひょんは息を殺して耳を澄ませた。
女   「あんた、それじゃあもう100年もここにいるのかい」
小僧  「ああ、おいらだって旅に出てみたいけっども、動けねえしな」
女   「あたしにもっと力があればねえ。あんたなんかひょいと担いでどこへだって連れていってやるのに。なにせ風の化身だからねえ」
小僧  「いいんだ、いいんだ。おいら重いし」
 そっと覗いてみると、そこには見たこともないようなすごいべっぴんのお化けがいた。どっぷらひょんは胸がどきどきした。次の瞬間、どっぷらひょんは自分でも思いもよらない行動に出た。
どっぷらひょん「オ、オラが連れていってやるだ」
女   「あんた、誰だい?」
どっぷら「オ、オラ、どっぷらひょんだ」
女   「えっ? あのワルのどっぷらひょん」
その言葉を聞くと、どっぷらひょんは一瞬ひるんだが、ふんばって言った。
どっぷら「いんや。いんや、そりゃ違うだ。ほ、本当は、いいお化けだ」
女   「ほっほっほ、自分のことをいいお化けだなんて言う人には初めて会いましたよ」
小僧  「本当かい?」
どっぷら「ああ、いいお化けだ。いいお化けだども」
小僧  「そうじゃなくて、旅に連れていってくれるって話」
どっぷら「ああ、本当だども。でもな、条件がある。あんたもついてくるならってことだ」
 そういって、どっぷらひょんは女のほうを向いた。
女   「あらいやだ。でもねえ、ワルのどっぷらひょんにこの子を任せておくのも心配だしねえ。ところでどこに行くつもりかしら」
どっぷら「オラ、カトスの町に行ぐ途中だ」
女   「まあ、カトス!」
小僧  「おいらも聞いたことがある。旅のお侍さまから聞いたことがある。行ってみてえなあ」
女   「行きましょう。でもね、あたしは冬の間しか外に出られないから、あと2月の間に着かなきゃならないわ」
どっぷら「あんた、ひょっとして雪女かい」
雪女  「ええ、そうよ。この子は石臼小僧。半端な重さじゃないからね、覚悟はできてるかい」
 雪女は真剣な眼差しでどっぷらひょんを見つめた。どっぷらひょんは急に心配になったが、言い出した手前引っ込みがつかなかった。
どっぷら「ああ、オラ一度言ったことは守るだ」


その2につづく

先頭 表紙

2003-03-16 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その2

 どっぷらひょんは納戸に打ち捨てられた縄や布きれで丈夫なしょいこを作ると、石臼小僧を背負ってみた。最初は立ち上がることもできなかった。肩紐が食い込み、力を入れると骨がバラバラになりそうだった。結局、そりに乗せていくことになった。
 建物から出た途端、石臼小僧はうれしそうに、まだ昔人間が石臼小僧で粉をひいていたころの楽しかった話を始めた。その話がちっとも面白くなかったので、どっぷらひょんは石臼小僧がかわいそうになった。ああ、こいつは今までいいことなんか何もなかったに違えねえ。本当に楽しいことなんか何も知らねえんだ。そう思うと、涙が出てきた。オラ、どんなに大変でもこいつをカトスまで連れていく。どっぷらひょんは深く深く心に誓った。その様子を見た雪女は、直感的にどっぷらひょんを信じた。
 しかし、旅が順調だったのも、ほんのしばらくだった。街道は雪のない里に出たのだった。雪がなければそりは一寸だって進まなかった。
雪女  「待ってりゃ、雪も降りますよ」
どっぷら「だが、早く降らねえと春になっちまう」
石臼小僧「悪いなあ。おいらのために苦労かけて悪いなあ」
どっぷら「いんや、オラなんだか楽しいよ」
 古いお堂で待つうちに、大晦日も近くなったある晩、見たこともない大雪になった。
どっぷら「これならカトスまで雪の道が出来てるに違えねえだ。急ぐべ」
 それから3晩、旅は、ぐんぐんはかどった。ところが4日目に雪は溶けてなくなった。おまけに石臼小僧の具合も悪くなった。
どっぷら「カトスにならお医者様もいらっしゃるだろうに」
雪女  「あたしがひとっとび見てくるよ」
雪女はそう言うと北風に乗って飛んでいき、そして、あっと言う間に戻ってきた。
雪女  「おまえさん。カトスの町は、ほんの二里先ですよ。あたしたちはいつの間にかカトスのすぐ近くまで来ていたんですよ」
どっぷら「よし、オラが小僧を背負っていくだ」
石臼小僧「無理しねえでください。おいらの重さは半端じゃねえ」
どっぷら「ガキは黙っとれ」
 どっぷらひょんは満身の力をこめて立ち上がった。そりを引き続けた身体はいつの間にか少しは逞しくなったようで、よろけながらもなんとか歩くことができた。しかし、小一時間も進むとしょいこは肩に食い込み、膝はガクガクふるえた。雪女は気が気ではなかった。今、ここでどっぷらひょんが倒れでもしたら隠れ家を探すことさえ出来ずに、石臼小僧も助からない。
 しかし、どっぷらひょんは頑張り抜いて、2日目の明け方にとうとうカトスの関所までたどり着いたのだった。
 関所にはこわい顔をしたお侍がいて、一行の行く手を遮った。
お侍  「おぬしら何者だ」
どっぷら「オラたち、この町を目指して山奥から出て来ただ」
お侍  「それはご苦労。だがな、おぬしらをすぐにこの町に入れるわけにはいかんのだ。悪い物の怪どもがこの町を狙っておってな。おぬしらも物の怪が化けているかも知れんからな」
どっぷら「オラ、どっぷらひょんだ。怪しいもんじゃねえ」
お侍  「んなに? あのワルのどっぷらひょんだと。ますます怪しいではないか」
どっぷら「お前様、オラを知っとるだか」
お侍  「わしは北の山奥の出だ。うわさを聞いたことがある」
どっぷら「病気の小僧を連れてるんだ。なんとかお医者様に見てもらえんじゃろか」
お侍  「ならん、ならん。この間もその手で物の怪どもが町に入ろうとした。だまされんぞ」


その3につづく

先頭 表紙

2003-03-15 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その3

 そこへ雪女が飛び出した。
雪女  「ちょっとあんた。あんたの仕事もわかるけどね、ちょっと杓子定規過ぎやしないかい。この子はね、死にかけているんだよ」
 眠っていた石臼小僧も目を覚ましてお侍に話しかけた。
石臼小僧「ゼーンジャラのおじちゃんだろ、おいらだよ。おじちゃんからカトスの話を聞いたからおいらも来たんだよ」
 お侍は、古い農家の納戸で会った石臼小僧のことを思い出した。その石臼小僧を背負ってきたどっぷらひょんの肩は、食い込んだしょいこのせいで血塗れだった。
 −こいつは物の怪じゃねえ。物の怪のわけはねえ。なんて奴だ、こんな傷を負ってまで、この重たい坊主を。
 そして何より、雪女の美しさに打たれた。
 −いげね、いげね、侍はおなごのひとりなんぞに動揺しちゃいげね。
ゼーンジャラ「わがった。さぞかし、重かったこったろう。あんたたちが物の怪のわけはねえ。さあ、みんな町に入るだ」
雪女  「ありがとよ。あんた、見直したよ」
どっぷら「さあ、姉さん、行きやしょう」
雪女  「ああ、でもね、あたしゃもう帰らなきゃならないよ。春はもうすぐだからね。小僧さんを頼んだよ」
ゼンジャ「雪女どの、帰ってしまうだか。またここへは来なさるか」
雪女  「ええ、冬になったらきっと」
ゼンジャ「きっと来てくだされ。きっとですじゃ」
雪女  「ええ、きっと来ますとも」
 そう言うと、雪女は風に乗って空に舞い上がり、あっと言う間に冬の闇にまぎれてしまった。
 ずっと空を眺めていたゼーンジャラは、やっと我に返って大きな溜息をひとつついた。
 回りを見渡すと、カトスの住民たちがどっぷらひょんと石臼小僧をお医者様のところへ連れていったらしく、もう誰もいなかった。ゼーンジャラは、ほんの少しの間に自分が変わってしまったことに気づかなかった。

 次の冬も、そのまた次の冬も雪女はやって来なかった。10回目の冬になっても来なかった。カトスの町のまわりにはだんだんと人間たちの町が出来始め、人間たちに取り付く物の怪も増えていった。とうとう100年目の冬がやってきた。カトスを見限るお化けも増えて、町はすっかり寂れていた。
 そんな寒い晩だった。雪女は北風に乗ってカトスに向かっていた。こんなに長い間、約束を果たせないとは思っても見なかった。山奥では山奥の事情があったのだ。すでに明治は遠く、昭和の時代になっていた。東京が近づくと人間の町の明かりが山奥で見る星よりも明るく輝いていた。
 −ずいぶんと変わってしまったものだわ。
 雪女はカトスを見つけるために少し低く飛ぶことにした。北風は消え入りそうに弱く、雲一つない本当に静かな夜だった。目を凝らすと、ぼんやりした明かりに囲まれた林が見えた。
 −あ、あそこに違いない。
 雪女がそう思った瞬間、身体が熱くなった。しまったと思った時は既に遅く、それきり何も分からなくなった。雪女は人間の町が上空に作り出したヒートアイランドに飛び込んで白い煙の尾を引いて夜空に消えてしまったのだった。

 その晩もゼーンジャラは関所の番所で空を見上げていた。もう100年も変わらず夜空を眺めていた。ところが今夜は真上に白く尾を引く美しい流れ星が現われた。
 −雪女どのが今夜こそ、やってきますように。
 ゼーンジャラは流れ星に祈った。しかし、その晩も雪女は、やってこなかった。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙


[次の10件を表示] (総目次)