himajin top
ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-03-19 猫の星の歴史教科書第9回「雪女」その1
2003-03-18 猫の星の歴史教科書第9回「雪女」その2
2003-03-17 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その1
2003-03-16 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その2
2003-03-15 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その3
2003-03-14 猫の星の歴史教科書第7回「カトスの町」その1
2003-03-13 猫の星の歴史教科書第7回「カトスの町」その2
2003-03-12 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その1
2003-03-11 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その2
2003-03-10 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その3


2003-03-19 猫の星の歴史教科書第9回「雪女」その1

 ゼーンジャラの悲しい恋のお話はポロにはつらすぎました。でも、もうひとつの外伝を皆さんにお伝えしなければなりません。
 猫の星の歴史資料集の「山奥の事情」というところに、このお話がのっています。そういえば「どっぷらひょん」のお話の中に「山奥では山奥の事情があったのだ」という言葉が出てきますね。かゆいところに手が届く教科書です。猫の星教育省はがんばっているとポロてきに思います。
 これで、第4回から第8回までのお話が、すべてつながります。ポロは歴史の勉強がだいすきです。



雪女

 冬将軍は雪女に恋をした。もちろん、冬将軍に恋など許されるはずがない。冬将軍には春を司(つかさど)る佐保姫との未来永劫に続く戦いがあるのだ。
 雪女は、もう長いこと、なぜか人間である木こりの弥七と暮らしていた。冬将軍は弥七に嫉妬した。毎晩、冬将軍は猛り狂う吹雪に命じて粗末な弥七の小屋を襲わせた。たちまち小屋は凍りつき、その寒さに2人はさらに強く抱きしめあった。すると、冬将軍の涙は大雪となって山も里も覆いつくすのだった。
 その年は、すでに春を迎えているはずだった。しかし、冬将軍はいつにも増して頑固に居座っていた。ところがなぜか佐保姫は静観の構えを見せていた。
 人々は春乞いを行なった。このままでは今年の米の収穫もおぼつかない。祈祷師も神主も、爺も婆も祈った。ところがその祈りは佐保姫には届かないようだった。
 その晩も、弥七と雪女はいつものように仲むつまじく床に入った。すかさず冬将軍は嫉妬の叫びを上げ、吹雪はいっそう激しさを増した。
「やっぱりこんな夜だった」
「なにがだい、おまえさん?」
「おゆき、誰にも言っちゃいけないよ。実は、むかし雪女に会ったんだ」
 雪女は後ろを向いたまま返事をしなかった。
「おや、おまえ、寒くないかい。今日は随分と冷たい身体をしているじゃないか」
 雪女はゆっくりと弥七を振り向いて言った。
「それは、こんな女だったんじゃないのかい?」
「うひゃあ!! お前は雪女」
 雪女は人間の姿から妖怪の姿にもどって言った。
「誰にも言わない約束だったねえ」
「勘弁してくれ、勘弁してくれよ!」
 弥七は、驚きのあまり我を失っていた。そのまま吹雪の中へ飛び出すと、一目散に逃げ出した。外では冬将軍が弥七を待ちかまえている。弥七は凍え死んでしまうだろう。
 しかし、ショックだったのは弥七だけではない。雪女も同様だった。弥七と暮らすうちに情が移ったのか、雪女は弥七を好ましいと思うようになっていた。いずれ弥七は年老いて死ぬ。それまで、雪女は優しく頼りがいのある弥七に尽くそうと思っていた。弥七の末期(まつご)も看取るつもりでいたのだ。
「やっぱり人間は駄目だねえ。あの時、弥七に姿を見られるなんてドジ踏まなきゃ、あたしだって今頃カトスの町で楽しくやっていたろうに」
 弥七の姿が吹雪でかき消されて見えなくなると、雪女はしつこい冬将軍から逃れるために近くの洞窟に身をひそめることにした。


その2へつづく

先頭 表紙

2003-03-18 猫の星の歴史教科書第9回「雪女」その2

 冬将軍は小屋を飛び出してきた弥七を見つけると、なお一層激しく吹雪かせた。ところが、そこに佐保姫の吹かせる春風が吹き込んだ。
「佐保、なぜ急に邪魔をする」
「あなたこそ、季節をわきまえなさい。すでに春。今日という今日は私も戦います」
「もう少しだけ待ってくれ」
「いいえ。たった今、私を頼ってきた小さな獣たちがいるのです。あなたのせいで、死の瀬戸際にいます。清らかな願いでした。私は何があっても願いを聞き届けるつもりです」
「ならば仕方ない、手加減はせんぞ」
 激しい戦いが始まった。どちらも後に引く気はなく、山も里も大荒れになった。木々は凍り、里の家々も雪に埋もれた。しかし、弥七が里の手前で息絶えると冬将軍は力をゆるめ、雪女を捜した。すでに気配がなくなっていることを知ると、再び荒れ狂いながら北の空へ消えた。
 佐保姫は満身の力を込めて春を呼び込んだ。暖かい南風が野山を吹き抜け、日の出の頃には雪も解けてところどころ地面が見えた。
 急にやってきた春から逃げ遅れたのは雪女だった。人間の姿であれば暑さもしのげるが、まだ人間から戻ったばかりで術を使うには力が回復していない。そこで、水晶になって洞窟の奥で眠ることにした。水晶の眠りは深い。いつ目覚めるとも知れぬが、死ぬよりはましだ。

 水晶掘りの掘削機が雪女の眠りを覚ましたのは、何十年もたった冬のことだった。見たこともない重機をあやつる男たちの話から分かったことは、水晶が「時計」というものの材料にされるらしいということだった。雪こそなかったが、気温は低い。夜を待って雪女の姿に戻ると、行く当てもない身の上のこと、どうせなら早いうちに北風に乗ってカトスの町を目指すことにした。首尾よく行けば今夜のうちにたどり着けるだろう。
 夜空から眺める町の明かりが眩しいのは、久しぶりに見るせいばかりではないだろう。見とれるほど美しい夜景を眼下に、雪女は色々なことを思い出した。やさしかった母親のこと。その母親が、あの冬将軍の父親の横恋慕から受けたひどい仕打ちのこと。
 −まったく、あの冬将軍の奴ときたら親子2代そろってしょうのない。
 弥七にも裏切られてしまった。そういう思い出に比べると、あの重い石臼小僧を背負って頑張り抜いたどっぷらひょんや石臼小僧、カトスの関所の頑固だが情にあふれたゼーンジャラがとても懐かしく、早く会いたくてしかたがなかった。
 最後の山を越えると、そこに広がる雄大な関東平野と、目を疑うばかりの都市のきらめきが雪女を迎えたのだった。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

もし、作曲工房へおでかけしたら「レッスン室」のポロの掲示板に感想を書き込んでね。 / ポロ ( 2003-02-24 15:04 )

2003-03-17 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その1

 どっぷらひょんは、ワルで、ちっとは知られたお化け。いつも奇妙な叫び声をあげながら走り回っていた。向こうからやってくるどっぷらひょんを見ると、誰もがなんだかいやな予感がしたもんだ。すれ違って声が低く遠くなって「ああ、やっと奴は通り過ぎたか」と思って安心すると、すぐ後ろにぴったりくっついていて悪さをする。ドップラー効果のマネがうまいので、誰からともなく「どっぷらひょん」と呼ばれるようになった。
 本当は、どっぷらひょんは寂しいだけだった。誰かと友達になりたくて、みんなの気をひこうとしてイタズラをしてしまうのだった。どっぷらひょんにはそれしか方法が思い浮かばなかったし、友達になろうとすればするほどみんなは離れていった。
 −オラ、こんな山奥にいるからいけねえだ。うわさに聞いたカトスの町に行ぐべ。
 時は冬、山は雪で真っ白。雪化粧した木立の間を、どっぷらひょんはたったひとりで里を目指した。里に出れば街道がある。街道は江戸に向かっている。江戸のすぐ手前にカトスの町があると聞いたことがある。いや、江戸は東京になったとも聞いた。
 山里に出たところで長い夜が明けそうになった。いそいで空き家になった古い農家を見つけて、どっぷらひょんは暗い奥の納戸に隠れた。一眠りして気がつくと誰かが話をしている。どっぷらひょんは息を殺して耳を澄ませた。
女   「あんた、それじゃあもう100年もここにいるのかい」
小僧  「ああ、おいらだって旅に出てみたいけっども、動けねえしな」
女   「あたしにもっと力があればねえ。あんたなんかひょいと担いでどこへだって連れていってやるのに。なにせ風の化身だからねえ」
小僧  「いいんだ、いいんだ。おいら重いし」
 そっと覗いてみると、そこには見たこともないようなすごいべっぴんのお化けがいた。どっぷらひょんは胸がどきどきした。次の瞬間、どっぷらひょんは自分でも思いもよらない行動に出た。
どっぷらひょん「オ、オラが連れていってやるだ」
女   「あんた、誰だい?」
どっぷら「オ、オラ、どっぷらひょんだ」
女   「えっ? あのワルのどっぷらひょん」
その言葉を聞くと、どっぷらひょんは一瞬ひるんだが、ふんばって言った。
どっぷら「いんや。いんや、そりゃ違うだ。ほ、本当は、いいお化けだ」
女   「ほっほっほ、自分のことをいいお化けだなんて言う人には初めて会いましたよ」
小僧  「本当かい?」
どっぷら「ああ、いいお化けだ。いいお化けだども」
小僧  「そうじゃなくて、旅に連れていってくれるって話」
どっぷら「ああ、本当だども。でもな、条件がある。あんたもついてくるならってことだ」
 そういって、どっぷらひょんは女のほうを向いた。
女   「あらいやだ。でもねえ、ワルのどっぷらひょんにこの子を任せておくのも心配だしねえ。ところでどこに行くつもりかしら」
どっぷら「オラ、カトスの町に行ぐ途中だ」
女   「まあ、カトス!」
小僧  「おいらも聞いたことがある。旅のお侍さまから聞いたことがある。行ってみてえなあ」
女   「行きましょう。でもね、あたしは冬の間しか外に出られないから、あと2月の間に着かなきゃならないわ」
どっぷら「あんた、ひょっとして雪女かい」
雪女  「ええ、そうよ。この子は石臼小僧。半端な重さじゃないからね、覚悟はできてるかい」
 雪女は真剣な眼差しでどっぷらひょんを見つめた。どっぷらひょんは急に心配になったが、言い出した手前引っ込みがつかなかった。
どっぷら「ああ、オラ一度言ったことは守るだ」


その2につづく

先頭 表紙

2003-03-16 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その2

 どっぷらひょんは納戸に打ち捨てられた縄や布きれで丈夫なしょいこを作ると、石臼小僧を背負ってみた。最初は立ち上がることもできなかった。肩紐が食い込み、力を入れると骨がバラバラになりそうだった。結局、そりに乗せていくことになった。
 建物から出た途端、石臼小僧はうれしそうに、まだ昔人間が石臼小僧で粉をひいていたころの楽しかった話を始めた。その話がちっとも面白くなかったので、どっぷらひょんは石臼小僧がかわいそうになった。ああ、こいつは今までいいことなんか何もなかったに違えねえ。本当に楽しいことなんか何も知らねえんだ。そう思うと、涙が出てきた。オラ、どんなに大変でもこいつをカトスまで連れていく。どっぷらひょんは深く深く心に誓った。その様子を見た雪女は、直感的にどっぷらひょんを信じた。
 しかし、旅が順調だったのも、ほんのしばらくだった。街道は雪のない里に出たのだった。雪がなければそりは一寸だって進まなかった。
雪女  「待ってりゃ、雪も降りますよ」
どっぷら「だが、早く降らねえと春になっちまう」
石臼小僧「悪いなあ。おいらのために苦労かけて悪いなあ」
どっぷら「いんや、オラなんだか楽しいよ」
 古いお堂で待つうちに、大晦日も近くなったある晩、見たこともない大雪になった。
どっぷら「これならカトスまで雪の道が出来てるに違えねえだ。急ぐべ」
 それから3晩、旅は、ぐんぐんはかどった。ところが4日目に雪は溶けてなくなった。おまけに石臼小僧の具合も悪くなった。
どっぷら「カトスにならお医者様もいらっしゃるだろうに」
雪女  「あたしがひとっとび見てくるよ」
雪女はそう言うと北風に乗って飛んでいき、そして、あっと言う間に戻ってきた。
雪女  「おまえさん。カトスの町は、ほんの二里先ですよ。あたしたちはいつの間にかカトスのすぐ近くまで来ていたんですよ」
どっぷら「よし、オラが小僧を背負っていくだ」
石臼小僧「無理しねえでください。おいらの重さは半端じゃねえ」
どっぷら「ガキは黙っとれ」
 どっぷらひょんは満身の力をこめて立ち上がった。そりを引き続けた身体はいつの間にか少しは逞しくなったようで、よろけながらもなんとか歩くことができた。しかし、小一時間も進むとしょいこは肩に食い込み、膝はガクガクふるえた。雪女は気が気ではなかった。今、ここでどっぷらひょんが倒れでもしたら隠れ家を探すことさえ出来ずに、石臼小僧も助からない。
 しかし、どっぷらひょんは頑張り抜いて、2日目の明け方にとうとうカトスの関所までたどり着いたのだった。
 関所にはこわい顔をしたお侍がいて、一行の行く手を遮った。
お侍  「おぬしら何者だ」
どっぷら「オラたち、この町を目指して山奥から出て来ただ」
お侍  「それはご苦労。だがな、おぬしらをすぐにこの町に入れるわけにはいかんのだ。悪い物の怪どもがこの町を狙っておってな。おぬしらも物の怪が化けているかも知れんからな」
どっぷら「オラ、どっぷらひょんだ。怪しいもんじゃねえ」
お侍  「んなに? あのワルのどっぷらひょんだと。ますます怪しいではないか」
どっぷら「お前様、オラを知っとるだか」
お侍  「わしは北の山奥の出だ。うわさを聞いたことがある」
どっぷら「病気の小僧を連れてるんだ。なんとかお医者様に見てもらえんじゃろか」
お侍  「ならん、ならん。この間もその手で物の怪どもが町に入ろうとした。だまされんぞ」


その3につづく

先頭 表紙

2003-03-15 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その3

 そこへ雪女が飛び出した。
雪女  「ちょっとあんた。あんたの仕事もわかるけどね、ちょっと杓子定規過ぎやしないかい。この子はね、死にかけているんだよ」
 眠っていた石臼小僧も目を覚ましてお侍に話しかけた。
石臼小僧「ゼーンジャラのおじちゃんだろ、おいらだよ。おじちゃんからカトスの話を聞いたからおいらも来たんだよ」
 お侍は、古い農家の納戸で会った石臼小僧のことを思い出した。その石臼小僧を背負ってきたどっぷらひょんの肩は、食い込んだしょいこのせいで血塗れだった。
 −こいつは物の怪じゃねえ。物の怪のわけはねえ。なんて奴だ、こんな傷を負ってまで、この重たい坊主を。
 そして何より、雪女の美しさに打たれた。
 −いげね、いげね、侍はおなごのひとりなんぞに動揺しちゃいげね。
ゼーンジャラ「わがった。さぞかし、重かったこったろう。あんたたちが物の怪のわけはねえ。さあ、みんな町に入るだ」
雪女  「ありがとよ。あんた、見直したよ」
どっぷら「さあ、姉さん、行きやしょう」
雪女  「ああ、でもね、あたしゃもう帰らなきゃならないよ。春はもうすぐだからね。小僧さんを頼んだよ」
ゼンジャ「雪女どの、帰ってしまうだか。またここへは来なさるか」
雪女  「ええ、冬になったらきっと」
ゼンジャ「きっと来てくだされ。きっとですじゃ」
雪女  「ええ、きっと来ますとも」
 そう言うと、雪女は風に乗って空に舞い上がり、あっと言う間に冬の闇にまぎれてしまった。
 ずっと空を眺めていたゼーンジャラは、やっと我に返って大きな溜息をひとつついた。
 回りを見渡すと、カトスの住民たちがどっぷらひょんと石臼小僧をお医者様のところへ連れていったらしく、もう誰もいなかった。ゼーンジャラは、ほんの少しの間に自分が変わってしまったことに気づかなかった。

 次の冬も、そのまた次の冬も雪女はやって来なかった。10回目の冬になっても来なかった。カトスの町のまわりにはだんだんと人間たちの町が出来始め、人間たちに取り付く物の怪も増えていった。とうとう100年目の冬がやってきた。カトスを見限るお化けも増えて、町はすっかり寂れていた。
 そんな寒い晩だった。雪女は北風に乗ってカトスに向かっていた。こんなに長い間、約束を果たせないとは思っても見なかった。山奥では山奥の事情があったのだ。すでに明治は遠く、昭和の時代になっていた。東京が近づくと人間の町の明かりが山奥で見る星よりも明るく輝いていた。
 −ずいぶんと変わってしまったものだわ。
 雪女はカトスを見つけるために少し低く飛ぶことにした。北風は消え入りそうに弱く、雲一つない本当に静かな夜だった。目を凝らすと、ぼんやりした明かりに囲まれた林が見えた。
 −あ、あそこに違いない。
 雪女がそう思った瞬間、身体が熱くなった。しまったと思った時は既に遅く、それきり何も分からなくなった。雪女は人間の町が上空に作り出したヒートアイランドに飛び込んで白い煙の尾を引いて夜空に消えてしまったのだった。

 その晩もゼーンジャラは関所の番所で空を見上げていた。もう100年も変わらず夜空を眺めていた。ところが今夜は真上に白く尾を引く美しい流れ星が現われた。
 −雪女どのが今夜こそ、やってきますように。
 ゼーンジャラは流れ星に祈った。しかし、その晩も雪女は、やってこなかった。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-03-14 猫の星の歴史教科書第7回「カトスの町」その1

 第6回で、登場もしないうちに死んでしまったゼーンジャラの昔のお話です。これを読むとポロは悲しくなってしまいます。どうしてかって言うと、ポロは、このあとのお話を知っているからです。



カトスの町


1.ゼーンジャラ、都へ
 ゼーンジャラはお侍に憧れているお化け。3日間考え抜いて、噂に名高いお化けの町をめざして山奥から出てきたのが3週間前。しかし時は明治。もうお侍は流行らなくなっていた。でも、そんなことゼーンジャラにはどうでもよいことだった。人ひとり通らない夜の街道沿いはお化けの天下。ぬらりひょんが話しかけてきても、塗り壁が道をふさいでも、一張羅でめかし込んだゼーンジャラは誰も相手にせずに脇差しを握り、チョンマゲを揺らしながら先を急いだ。
「オラ、田舎もんは相手にしねいだ。オラ、カトスの町で手柄を立てて出世するだよ」
 陸奥(みちのく)の山を出て、はや3カ月。ほこりにまみれた着物は、あちこち綻びたが、ゼーンジャラは房総までやってきた。ある夕刻、ムジナと出会った。
「少々お尋ね申す」
「おや、いまどきお侍とは驚いたね、こりゃ」
「カトスの町をご存じか」
「カトスの町だって。知ってるも何も、おれはそこから来たんだ」
「それはいずこにござる」
「うーん、武蔵の国、中仙道を下ってお江戸のすぐ北さ」
「いや、拙者このあたりには疎くてさっぱり判りかねる。難儀だが途中まで道案内を頼まれてはくださらぬか」
「道案内というほどのことはできないが、鉄道の線路までなら一緒に行ってもいい。あとは線路沿いに歩けば何とかなるよ」
「かたじけない」
 日の暮れかかる松林を2人が歩いていくと出し抜けに線路が現れた。そこへ仕事帰りの若者が通りかかった。
「おっ、新田の権蔵(ごんぞう)だ。ちょっくら遊んでやろう。」
 そういうとムジナは満月に化けて近くの杉の木にするするすると登っていった。すると、陽が沈んだばかりの西空のちょっとぼやけた満月を見て、権蔵が大きな声で言った。
「おんや、なんだが今日のお月様はちっとばっか低いようだ」
それを聞いたムジナはするするするっと高度をあげた。
「まあだ低いよだな」
杉の幹は細くなって、ゆがんだ満月はそよ風に揺れている。
「もうちっとだな、もうちっと」
ムジナが、さらにほんの少し木を登ると、幹がいきなり折れて身体が宙に舞った。
「きゃあああああ!」
 地面にたたきつけられたムジナはそのまま埃になって消えてしまった。それを見たゼーンジャラは、とっさに草むらに姿を隠した。そして人間の恐ろしさと、人間に対する漠然とした敵意を感じたのだった。東の空には本物の満月が蒼く光を放っていた。
 線路沿いに歩くようになると、だんだん山が遠くなってきた。夜しか出歩けないお化けのゼーンジャラは古いお堂を見つけては昼を過ごしていたが、それとてうまくいかないことが多くなってきた。汚れたお侍の姿では、仲間であるはずのお化けまでが気味悪がって、かくまってくれないこともあったのだ。お化けは食べなくたって死んだりしない。でも、お日様には滅法(めっぽう)弱い。明るい昼間に身をひそめる場所こそがお化けの命綱だった。
 野原が少なくなって町並みが続くようになると、困ったことに物の怪(もののけ)も増えてきた。こいつらもお化けには違いないが、仁義も何もあったもんじゃない。言葉だって通じやしない。町のお堂はいつも物の怪でいっぱいだった。
「オラ、何のために歩いているのだっけ」
 陽に当たりすぎたゼーンジャラは半ば記憶もあいまいになってふらふらと夜の街道をさまよった。


その2につづく

先頭 表紙

2003-03-13 猫の星の歴史教科書第7回「カトスの町」その2

2.カトスの町
 3年が過ぎた。
 ゼーンジャラは見知らぬところで目を覚ました。
「お、気がつきなすったぞ」
 脚のない大ダコのようなお化けがゼーンジャラの顔をのぞき込んでいた。まわりはお化けの気配で満ちている。ゼーンジャラは全てを思い出した。ところが、不思議なことに何も思い出すことはできなかった。
「どれどれ、本当じゃ。気がつきなすったぞ」
「どんなお顔だ。教えておくれ」
「わしもそこまで連れていってくれないか」
「おお、これは気がつかなんだ。どっこいしょ」
「うーん、けったいなツラじゃが、きれいな目の御仁じゃ」
「そうか、きれいな目か」
「何も言わんが、聞こえちょるのか」
「オラは‥‥‥」
「おお、しゃべりなすったぞ」
「だまれだまれ、話させるんじゃ」
「オラは‥‥」
「うんうん、聞いとるよ」
「オラは‥、ゼーンジャラっちゅうもんじゃ」
 その言葉に、みんながどっと沸いた。
「ゼーンジャラや、ゼーンジャラや。このお侍はゼーンジャラといいなさる」
「ここは、どこでござるか」
「カトスだよ。お化けだけの町だ。もう心配いらないよ」
 少年のような声が答えた。
 ゼーンジャラは半分起きあがってゆっくりとまわりを見回した。見たこともないお化けたちが二重(ふたえ)にも三重(みえ)にも取り囲んでいた。目のない者、腕のない者、足のない者、身体の形のよくわからない者もいた。ゼーンジャラがあっけにとられていると長老と思われる爺(じじ)が言った。
「驚いたようじゃな。みんな町に入り込んできた物の怪との戦いでやられたんじゃ」
「でも。大丈夫。わしの目は無事じゃから、よう見えん者の目をやっておる」
「俺はみんなの足をやっちょる。どこへだって運んじゃる」
「あたいは耳よ。よっく聞こえるんだから」
 何も言わずに力こぶを見せたものもいた。
 つぎつぎと語られる言葉に、ゼーンジャラは3年間にわたる物の怪たちとの戦いを今度こそはっきりと思い出していた。半ば夢遊病のようにさまよった年月が目の前を通り過ぎていった。明るく弾んだカトスのお化けたちの声を聞くうちに、ゼーンジャラはしなければならないことを思い出したような気がしていた。
「オラが来たからには、も、大丈夫だ。物の怪なんぞ町に入れさせやしねえ」
 そう言うと、ゼーンジャラは言葉に詰まってしまった。
「さあ、もう少し休むとええ。おまえ様、まだ疲れとるに違えねえ」
 お化けである自分自身から見ても怪物のように見えるこの集団が、とても生き生きしていることに感動したのか、そんな彼らが自分を助けてくれたことに恩義を感じたのか、はたまた気弱になっただけなのか分からなかったが、ゼーンジャラは、こみ上げてくる涙をこらえることはできなかった。
「オラ、オラあんたたちのためなら何でもするだ。オラが探していたのは、きっとあんたたちに違いねえだ」
「おお、分かった分かった。ありがとよ。わしらもあんたに会えてうれしいよ。さ、も少し休むんじゃ」


3.風ネズミ、語り終える
 それからというもの、ゼーンジャラは雨の日も風の日も、カトスの町の関所で物の怪を見張り続けた。年々、物の怪も人間も増え、あのムジナのようにカトスの町を見限って山奥を目指す者も多くなった。あれほど賑わった町もどんどん寂れていき、ついにゼーンジャラひとりを残すのみとなったが、それでも頑として町を動かなかった。最後に町を離れた風ネズミが語ったのはそれだけだった。


おしまい

野村茎一作曲工房

先頭 表紙

2003-03-12 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その1

 これは、老ケヤキの故郷と遠いところでつながる長い長い物語の一部です。このお話でもケヤキの大木が切りたおされますが、ジョーンズのお友だちのケヤキとは100メートルほど離れたことにあった、別の屋敷森のケヤキです。いまでは閉園してしまった春日幼稚園のすぐ南どなりにありました。せんせいが小学生だったころ、まいにち書いていた日記にも、このけやきのスケッチが出てきます。ポロはへたっぴな絵を見ちゃいました。この作曲工房HP管理者であるmin2さんは、このケヤキのことをよく覚えていると話してくれたそうです。ゼーンジャラに会ったこともあるそうです。せんせいは、いつもゼーンジャラに脅かされて背中がぞーっとしてコワかったと言っていました。



ゼーンジャラ

1.静かな節分の夜
 今年の節分は、いつもと様子が違いました。
 とむりんが茶の間に入ってきたとき、もう常連の鬼たちは集まっていました。にぎやかなはずの宴席なのに、なぜか、みんなシーンとしているのです。時刻も遅く、ぶうよんもみいやんも眠った後の、宴たけなわの頃のはずでした。
「おお、若旦那。今年もおじゃましておりやす」
 静かにそう言ったのは長老の黒鬼でした。その言葉にあわせて、居並ぶ鬼たちが会釈しました。
「いらっしゃい。なんだか今日は盛り上がっていませんね」
「実は、これなんですじゃ」
 長老が指さしたところには、泥で汚れた藁(わら)の塊(かたまり)のようなものがありました。
「源の字(げんのじ)、ご説明さしあげるんだ」
「へい、こ、これは。これは、ゼ、ゼーンジャラでやす」
「なんですか、ゼーンジャラって?」
「‥‥‥」
 赤鬼の源の字は、それきり言葉に詰まって何も言えませんでした。身体だけでなく、先ほどまで泣きはらしていた眼も真っ赤でした。
「あっしから、ご説明したしやしょう」
 沈んだ声で、そう言ったのは、ひょうきん青鬼でした。

2.鬼たちの話

−ひょうきん青鬼の話−
 ゼーンジャラってのはね、お化けなんですよ。お化けってのは、昔からいる妖怪とか成仏できないでいる幽霊とかっていうやつと、どこから来やがったのかよくわからねえ「物の怪(もののけ)」ってやつの2種類いやしてね。最近は、どうも物の怪ばかりが増えやがったんだけれども、ゼーンジャラってのは昔ながらの妖怪でさあ。
 お化けってのは自然が住みかでやす。人間だって鬼だって、元は自然の中に住んでいたもんですが、ゼーンジャラも春日幼稚園の南にある大けやきのほこらに住んでいやした。でも、あのけやきは切り倒されちまって、ゼーンジャラの奴、逃げ遅れたんですよ。お化けってのは夜に活躍するもんで、えらく眼がいいんでやす。人間の一万倍くらい物が明るく見えるってこってす。だから、それが災いして昼間はまぶしくて何も見えねえんです。街灯ひとつだってつれえって聞いたことがありやす。住みかを切り倒されて、急に明るいところに放り出されて、う、動けねえでいるのに、動けねえでいるのに、そこに、ぶ、ぶ、ぶる‥‥‥‥。



その2につづく

先頭 表紙

2003-03-11 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その2

−太った赤鬼の話−
 ああ、いいよ青鬼。こっからは俺が引き受ける。
 けやきを切り倒した後、すぐに地ならしのブルドーザが入ってね、ゼーンジャラの奴、何度も轢(ひ)かれちまって。お化けは滅多なことじゃ死なねえもんですが、そりゃもうめちゃくちゃひでえもんだった。何度も何度もあいつの上を行ったり来たりしやがって。源の字が遠くで見つけて駆けつけたときには、もう手遅れで、あっと言う間に埃になって消えちまったそうでやす。それで、後に残ったのがこの蓑なんでやす。
 ゼーンジャラは時代遅れな奴でして、あのけやきの下で毎晩毎晩、雨の日も雪の日も休むことなく通行人の中に紛れ込んでいる物の怪を探していやした。どうです、大旦那、若旦那。夜、あそこを通るとき、ゾーッとしたことはありやせんか。あるでござんしょう。それがゼーンジャラの仕業だったんでさ。好きで人を嚇(おど)かしてたんじゃありやせん。物の怪と人間を区別するためだったんでさ。昔はそれでもよかったんでやす。でもねえ、物の怪は怖がるフリがうまくなっちまったし、今じゃあ、お化けを怖がる人間も珍しくなっちまって、あいつのやってることは、もう全然役に立たなかったんでさ。でも、あいつは苦手な冬になっても、こんなボロの蓑なんかで寒さをしのいで、それはもう、一所懸命頑張っていたんでいたんでやすよ。あいつは損な役回りで、おどかしてばかりいるから人に好かれるわけはないし、仲間のお化けは、とっくの昔に山に逃げちまって、本当に独りぼっちだったんでやす。おれたち鬼だってお化けは仲間じゃないから、あいつがいることは知っていたけれど付き合いがあったわけじゃないし、それに、あいつ時代遅れだったから何となく馬鹿にしていたところもあった気がして、おれたち、それが申し訳なくて、恥ずかしくて。あいつ、あんなに一所懸命だったのに。あいつの気持ち考えると俺たち、もうどうしたらいいのか、畜生、俺まで泣けて来やがった。畜生。こんなことってあっていいのかい。畜生、ちくしょう。


その3につづく

先頭 表紙

2003-03-10 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その3

−長老の話−
 ふたりともご苦労じゃった。ここからはワシが話そう。
 昔、この近くにカトスという町があった。お化けの町じゃ。なんでも、お化けのあこがれの都じゃったそうな。ところが、いつの頃からか町に物の怪が入るようになってのう、カトスの町では関所を置いて見張りを強化することにしたわけじゃ。そこで選ばれて関所の番所(ばんどころ)に詰めていたのがゼーンジャラじゃった。生真面目で正義感の強い奴だったということじゃ。あれが、あやつの絶頂期だったのじゃろう。もう、かれこれ百年近くも前のことじゃ。その後、このあたりも人や物の怪が多くなって、カトスを見限って山に逃げるお化けも後を絶たず、だんだん町はさびれていったわけじゃ。もちろん関所は閉鎖、町はゴーストタウンになった。お化けの町がゴーストタウンになるというのも変な話じゃが、かようにお化けというのは弱いものなのじゃ。しかし、なぜかみんなが山奥に逃げるのもかまわず、あやつはひとりカトスに残って物の怪を食い止めておった。最初の頃こそ、物の怪はゼーンジャラにかなわなかったんじゃが、物の怪は狡(ずる)賢いでな、たちまちゼーンジャラをごまかす方法に長(た)けるようになってしまった。最近では、もう相手にさえしていなかったというのが実状じゃった。まあ、それでワシらがこのあたりを守るために立ち上がったわけじゃが、ゼーンジャラの功績も決して小さいとは言えない。そんなわけで、そろそろあやつの労をねぎらって、山でゆったり暮らしてもらおうと話し合っていた矢先のできごとじゃった。
 昔の樵(きこり)は木を切る前にちゃんとお祈りをして木の霊に一言断わったもんじゃ。そうして、木に住み着いている、様々な者たちが避難した頃合を見計らって仕事に入ったものじゃった。
 おう、いけないいけない。せっかくの宴(うたげ)が、すっかり湿ってしまったのう。さあ、ゼーンジャラの供養と思うて呑もうではないか。

3.とむりん
「そうですか。そんなことがあったとはねえ」
盛明おじいちゃんが、しんみりと言いました。とむりんもすっかり考え込んでいました。
「まあ、あっしたちもゼーンジャラのあとを継いで、しっかり物の怪と戦っていかなくちゃなりやせんね」
 安兵衛がそう言うと、鬼たちはみんな無言のままうなずきました。
「お化けにも極楽や天国はあるのですか?」
 とむりんが長老に尋ねました。
「さあ、ワシもそこまでは知らんのじゃが、もしあれば、あやつはきっと極楽浄土におるじゃろう」
 お化けのゼーンジャラの姿を見たことはありませんでしたが、とむりんには、ボロの蓑をまとって寒さに耐えながら一所懸命通行人を嚇かしつづけている彼の姿が、ありありと瞼(まぶた)に浮かぶのでした。そして、ちょっと涙が出てしまったのをまわりにさとられないように、うつむいたまま酒の肴をつつき始めました。それに気づいた長老は、こういう人間が一人でもいる限り、ワシらは頑張らねばならんなと思うのでした。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房

先頭 表紙


[次の10件を表示] (総目次)