himajin top
ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-03-16 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その2
2003-03-15 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その3
2003-03-14 猫の星の歴史教科書第7回「カトスの町」その1
2003-03-13 猫の星の歴史教科書第7回「カトスの町」その2
2003-03-12 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その1
2003-03-11 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その2
2003-03-10 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その3
2003-03-09 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その1
2003-03-08 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その2
2003-03-07 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その3


2003-03-16 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その2

 どっぷらひょんは納戸に打ち捨てられた縄や布きれで丈夫なしょいこを作ると、石臼小僧を背負ってみた。最初は立ち上がることもできなかった。肩紐が食い込み、力を入れると骨がバラバラになりそうだった。結局、そりに乗せていくことになった。
 建物から出た途端、石臼小僧はうれしそうに、まだ昔人間が石臼小僧で粉をひいていたころの楽しかった話を始めた。その話がちっとも面白くなかったので、どっぷらひょんは石臼小僧がかわいそうになった。ああ、こいつは今までいいことなんか何もなかったに違えねえ。本当に楽しいことなんか何も知らねえんだ。そう思うと、涙が出てきた。オラ、どんなに大変でもこいつをカトスまで連れていく。どっぷらひょんは深く深く心に誓った。その様子を見た雪女は、直感的にどっぷらひょんを信じた。
 しかし、旅が順調だったのも、ほんのしばらくだった。街道は雪のない里に出たのだった。雪がなければそりは一寸だって進まなかった。
雪女  「待ってりゃ、雪も降りますよ」
どっぷら「だが、早く降らねえと春になっちまう」
石臼小僧「悪いなあ。おいらのために苦労かけて悪いなあ」
どっぷら「いんや、オラなんだか楽しいよ」
 古いお堂で待つうちに、大晦日も近くなったある晩、見たこともない大雪になった。
どっぷら「これならカトスまで雪の道が出来てるに違えねえだ。急ぐべ」
 それから3晩、旅は、ぐんぐんはかどった。ところが4日目に雪は溶けてなくなった。おまけに石臼小僧の具合も悪くなった。
どっぷら「カトスにならお医者様もいらっしゃるだろうに」
雪女  「あたしがひとっとび見てくるよ」
雪女はそう言うと北風に乗って飛んでいき、そして、あっと言う間に戻ってきた。
雪女  「おまえさん。カトスの町は、ほんの二里先ですよ。あたしたちはいつの間にかカトスのすぐ近くまで来ていたんですよ」
どっぷら「よし、オラが小僧を背負っていくだ」
石臼小僧「無理しねえでください。おいらの重さは半端じゃねえ」
どっぷら「ガキは黙っとれ」
 どっぷらひょんは満身の力をこめて立ち上がった。そりを引き続けた身体はいつの間にか少しは逞しくなったようで、よろけながらもなんとか歩くことができた。しかし、小一時間も進むとしょいこは肩に食い込み、膝はガクガクふるえた。雪女は気が気ではなかった。今、ここでどっぷらひょんが倒れでもしたら隠れ家を探すことさえ出来ずに、石臼小僧も助からない。
 しかし、どっぷらひょんは頑張り抜いて、2日目の明け方にとうとうカトスの関所までたどり着いたのだった。
 関所にはこわい顔をしたお侍がいて、一行の行く手を遮った。
お侍  「おぬしら何者だ」
どっぷら「オラたち、この町を目指して山奥から出て来ただ」
お侍  「それはご苦労。だがな、おぬしらをすぐにこの町に入れるわけにはいかんのだ。悪い物の怪どもがこの町を狙っておってな。おぬしらも物の怪が化けているかも知れんからな」
どっぷら「オラ、どっぷらひょんだ。怪しいもんじゃねえ」
お侍  「んなに? あのワルのどっぷらひょんだと。ますます怪しいではないか」
どっぷら「お前様、オラを知っとるだか」
お侍  「わしは北の山奥の出だ。うわさを聞いたことがある」
どっぷら「病気の小僧を連れてるんだ。なんとかお医者様に見てもらえんじゃろか」
お侍  「ならん、ならん。この間もその手で物の怪どもが町に入ろうとした。だまされんぞ」


その3につづく

先頭 表紙

2003-03-15 猫の星の歴史教科書第8回「どっぷらひょん」その3

 そこへ雪女が飛び出した。
雪女  「ちょっとあんた。あんたの仕事もわかるけどね、ちょっと杓子定規過ぎやしないかい。この子はね、死にかけているんだよ」
 眠っていた石臼小僧も目を覚ましてお侍に話しかけた。
石臼小僧「ゼーンジャラのおじちゃんだろ、おいらだよ。おじちゃんからカトスの話を聞いたからおいらも来たんだよ」
 お侍は、古い農家の納戸で会った石臼小僧のことを思い出した。その石臼小僧を背負ってきたどっぷらひょんの肩は、食い込んだしょいこのせいで血塗れだった。
 −こいつは物の怪じゃねえ。物の怪のわけはねえ。なんて奴だ、こんな傷を負ってまで、この重たい坊主を。
 そして何より、雪女の美しさに打たれた。
 −いげね、いげね、侍はおなごのひとりなんぞに動揺しちゃいげね。
ゼーンジャラ「わがった。さぞかし、重かったこったろう。あんたたちが物の怪のわけはねえ。さあ、みんな町に入るだ」
雪女  「ありがとよ。あんた、見直したよ」
どっぷら「さあ、姉さん、行きやしょう」
雪女  「ああ、でもね、あたしゃもう帰らなきゃならないよ。春はもうすぐだからね。小僧さんを頼んだよ」
ゼンジャ「雪女どの、帰ってしまうだか。またここへは来なさるか」
雪女  「ええ、冬になったらきっと」
ゼンジャ「きっと来てくだされ。きっとですじゃ」
雪女  「ええ、きっと来ますとも」
 そう言うと、雪女は風に乗って空に舞い上がり、あっと言う間に冬の闇にまぎれてしまった。
 ずっと空を眺めていたゼーンジャラは、やっと我に返って大きな溜息をひとつついた。
 回りを見渡すと、カトスの住民たちがどっぷらひょんと石臼小僧をお医者様のところへ連れていったらしく、もう誰もいなかった。ゼーンジャラは、ほんの少しの間に自分が変わってしまったことに気づかなかった。

 次の冬も、そのまた次の冬も雪女はやって来なかった。10回目の冬になっても来なかった。カトスの町のまわりにはだんだんと人間たちの町が出来始め、人間たちに取り付く物の怪も増えていった。とうとう100年目の冬がやってきた。カトスを見限るお化けも増えて、町はすっかり寂れていた。
 そんな寒い晩だった。雪女は北風に乗ってカトスに向かっていた。こんなに長い間、約束を果たせないとは思っても見なかった。山奥では山奥の事情があったのだ。すでに明治は遠く、昭和の時代になっていた。東京が近づくと人間の町の明かりが山奥で見る星よりも明るく輝いていた。
 −ずいぶんと変わってしまったものだわ。
 雪女はカトスを見つけるために少し低く飛ぶことにした。北風は消え入りそうに弱く、雲一つない本当に静かな夜だった。目を凝らすと、ぼんやりした明かりに囲まれた林が見えた。
 −あ、あそこに違いない。
 雪女がそう思った瞬間、身体が熱くなった。しまったと思った時は既に遅く、それきり何も分からなくなった。雪女は人間の町が上空に作り出したヒートアイランドに飛び込んで白い煙の尾を引いて夜空に消えてしまったのだった。

 その晩もゼーンジャラは関所の番所で空を見上げていた。もう100年も変わらず夜空を眺めていた。ところが今夜は真上に白く尾を引く美しい流れ星が現われた。
 −雪女どのが今夜こそ、やってきますように。
 ゼーンジャラは流れ星に祈った。しかし、その晩も雪女は、やってこなかった。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-03-14 猫の星の歴史教科書第7回「カトスの町」その1

 第6回で、登場もしないうちに死んでしまったゼーンジャラの昔のお話です。これを読むとポロは悲しくなってしまいます。どうしてかって言うと、ポロは、このあとのお話を知っているからです。



カトスの町


1.ゼーンジャラ、都へ
 ゼーンジャラはお侍に憧れているお化け。3日間考え抜いて、噂に名高いお化けの町をめざして山奥から出てきたのが3週間前。しかし時は明治。もうお侍は流行らなくなっていた。でも、そんなことゼーンジャラにはどうでもよいことだった。人ひとり通らない夜の街道沿いはお化けの天下。ぬらりひょんが話しかけてきても、塗り壁が道をふさいでも、一張羅でめかし込んだゼーンジャラは誰も相手にせずに脇差しを握り、チョンマゲを揺らしながら先を急いだ。
「オラ、田舎もんは相手にしねいだ。オラ、カトスの町で手柄を立てて出世するだよ」
 陸奥(みちのく)の山を出て、はや3カ月。ほこりにまみれた着物は、あちこち綻びたが、ゼーンジャラは房総までやってきた。ある夕刻、ムジナと出会った。
「少々お尋ね申す」
「おや、いまどきお侍とは驚いたね、こりゃ」
「カトスの町をご存じか」
「カトスの町だって。知ってるも何も、おれはそこから来たんだ」
「それはいずこにござる」
「うーん、武蔵の国、中仙道を下ってお江戸のすぐ北さ」
「いや、拙者このあたりには疎くてさっぱり判りかねる。難儀だが途中まで道案内を頼まれてはくださらぬか」
「道案内というほどのことはできないが、鉄道の線路までなら一緒に行ってもいい。あとは線路沿いに歩けば何とかなるよ」
「かたじけない」
 日の暮れかかる松林を2人が歩いていくと出し抜けに線路が現れた。そこへ仕事帰りの若者が通りかかった。
「おっ、新田の権蔵(ごんぞう)だ。ちょっくら遊んでやろう。」
 そういうとムジナは満月に化けて近くの杉の木にするするすると登っていった。すると、陽が沈んだばかりの西空のちょっとぼやけた満月を見て、権蔵が大きな声で言った。
「おんや、なんだが今日のお月様はちっとばっか低いようだ」
それを聞いたムジナはするするするっと高度をあげた。
「まあだ低いよだな」
杉の幹は細くなって、ゆがんだ満月はそよ風に揺れている。
「もうちっとだな、もうちっと」
ムジナが、さらにほんの少し木を登ると、幹がいきなり折れて身体が宙に舞った。
「きゃあああああ!」
 地面にたたきつけられたムジナはそのまま埃になって消えてしまった。それを見たゼーンジャラは、とっさに草むらに姿を隠した。そして人間の恐ろしさと、人間に対する漠然とした敵意を感じたのだった。東の空には本物の満月が蒼く光を放っていた。
 線路沿いに歩くようになると、だんだん山が遠くなってきた。夜しか出歩けないお化けのゼーンジャラは古いお堂を見つけては昼を過ごしていたが、それとてうまくいかないことが多くなってきた。汚れたお侍の姿では、仲間であるはずのお化けまでが気味悪がって、かくまってくれないこともあったのだ。お化けは食べなくたって死んだりしない。でも、お日様には滅法(めっぽう)弱い。明るい昼間に身をひそめる場所こそがお化けの命綱だった。
 野原が少なくなって町並みが続くようになると、困ったことに物の怪(もののけ)も増えてきた。こいつらもお化けには違いないが、仁義も何もあったもんじゃない。言葉だって通じやしない。町のお堂はいつも物の怪でいっぱいだった。
「オラ、何のために歩いているのだっけ」
 陽に当たりすぎたゼーンジャラは半ば記憶もあいまいになってふらふらと夜の街道をさまよった。


その2につづく

先頭 表紙

2003-03-13 猫の星の歴史教科書第7回「カトスの町」その2

2.カトスの町
 3年が過ぎた。
 ゼーンジャラは見知らぬところで目を覚ました。
「お、気がつきなすったぞ」
 脚のない大ダコのようなお化けがゼーンジャラの顔をのぞき込んでいた。まわりはお化けの気配で満ちている。ゼーンジャラは全てを思い出した。ところが、不思議なことに何も思い出すことはできなかった。
「どれどれ、本当じゃ。気がつきなすったぞ」
「どんなお顔だ。教えておくれ」
「わしもそこまで連れていってくれないか」
「おお、これは気がつかなんだ。どっこいしょ」
「うーん、けったいなツラじゃが、きれいな目の御仁じゃ」
「そうか、きれいな目か」
「何も言わんが、聞こえちょるのか」
「オラは‥‥‥」
「おお、しゃべりなすったぞ」
「だまれだまれ、話させるんじゃ」
「オラは‥‥」
「うんうん、聞いとるよ」
「オラは‥、ゼーンジャラっちゅうもんじゃ」
 その言葉に、みんながどっと沸いた。
「ゼーンジャラや、ゼーンジャラや。このお侍はゼーンジャラといいなさる」
「ここは、どこでござるか」
「カトスだよ。お化けだけの町だ。もう心配いらないよ」
 少年のような声が答えた。
 ゼーンジャラは半分起きあがってゆっくりとまわりを見回した。見たこともないお化けたちが二重(ふたえ)にも三重(みえ)にも取り囲んでいた。目のない者、腕のない者、足のない者、身体の形のよくわからない者もいた。ゼーンジャラがあっけにとられていると長老と思われる爺(じじ)が言った。
「驚いたようじゃな。みんな町に入り込んできた物の怪との戦いでやられたんじゃ」
「でも。大丈夫。わしの目は無事じゃから、よう見えん者の目をやっておる」
「俺はみんなの足をやっちょる。どこへだって運んじゃる」
「あたいは耳よ。よっく聞こえるんだから」
 何も言わずに力こぶを見せたものもいた。
 つぎつぎと語られる言葉に、ゼーンジャラは3年間にわたる物の怪たちとの戦いを今度こそはっきりと思い出していた。半ば夢遊病のようにさまよった年月が目の前を通り過ぎていった。明るく弾んだカトスのお化けたちの声を聞くうちに、ゼーンジャラはしなければならないことを思い出したような気がしていた。
「オラが来たからには、も、大丈夫だ。物の怪なんぞ町に入れさせやしねえ」
 そう言うと、ゼーンジャラは言葉に詰まってしまった。
「さあ、もう少し休むとええ。おまえ様、まだ疲れとるに違えねえ」
 お化けである自分自身から見ても怪物のように見えるこの集団が、とても生き生きしていることに感動したのか、そんな彼らが自分を助けてくれたことに恩義を感じたのか、はたまた気弱になっただけなのか分からなかったが、ゼーンジャラは、こみ上げてくる涙をこらえることはできなかった。
「オラ、オラあんたたちのためなら何でもするだ。オラが探していたのは、きっとあんたたちに違いねえだ」
「おお、分かった分かった。ありがとよ。わしらもあんたに会えてうれしいよ。さ、も少し休むんじゃ」


3.風ネズミ、語り終える
 それからというもの、ゼーンジャラは雨の日も風の日も、カトスの町の関所で物の怪を見張り続けた。年々、物の怪も人間も増え、あのムジナのようにカトスの町を見限って山奥を目指す者も多くなった。あれほど賑わった町もどんどん寂れていき、ついにゼーンジャラひとりを残すのみとなったが、それでも頑として町を動かなかった。最後に町を離れた風ネズミが語ったのはそれだけだった。


おしまい

野村茎一作曲工房

先頭 表紙

2003-03-12 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その1

 これは、老ケヤキの故郷と遠いところでつながる長い長い物語の一部です。このお話でもケヤキの大木が切りたおされますが、ジョーンズのお友だちのケヤキとは100メートルほど離れたことにあった、別の屋敷森のケヤキです。いまでは閉園してしまった春日幼稚園のすぐ南どなりにありました。せんせいが小学生だったころ、まいにち書いていた日記にも、このけやきのスケッチが出てきます。ポロはへたっぴな絵を見ちゃいました。この作曲工房HP管理者であるmin2さんは、このケヤキのことをよく覚えていると話してくれたそうです。ゼーンジャラに会ったこともあるそうです。せんせいは、いつもゼーンジャラに脅かされて背中がぞーっとしてコワかったと言っていました。



ゼーンジャラ

1.静かな節分の夜
 今年の節分は、いつもと様子が違いました。
 とむりんが茶の間に入ってきたとき、もう常連の鬼たちは集まっていました。にぎやかなはずの宴席なのに、なぜか、みんなシーンとしているのです。時刻も遅く、ぶうよんもみいやんも眠った後の、宴たけなわの頃のはずでした。
「おお、若旦那。今年もおじゃましておりやす」
 静かにそう言ったのは長老の黒鬼でした。その言葉にあわせて、居並ぶ鬼たちが会釈しました。
「いらっしゃい。なんだか今日は盛り上がっていませんね」
「実は、これなんですじゃ」
 長老が指さしたところには、泥で汚れた藁(わら)の塊(かたまり)のようなものがありました。
「源の字(げんのじ)、ご説明さしあげるんだ」
「へい、こ、これは。これは、ゼ、ゼーンジャラでやす」
「なんですか、ゼーンジャラって?」
「‥‥‥」
 赤鬼の源の字は、それきり言葉に詰まって何も言えませんでした。身体だけでなく、先ほどまで泣きはらしていた眼も真っ赤でした。
「あっしから、ご説明したしやしょう」
 沈んだ声で、そう言ったのは、ひょうきん青鬼でした。

2.鬼たちの話

−ひょうきん青鬼の話−
 ゼーンジャラってのはね、お化けなんですよ。お化けってのは、昔からいる妖怪とか成仏できないでいる幽霊とかっていうやつと、どこから来やがったのかよくわからねえ「物の怪(もののけ)」ってやつの2種類いやしてね。最近は、どうも物の怪ばかりが増えやがったんだけれども、ゼーンジャラってのは昔ながらの妖怪でさあ。
 お化けってのは自然が住みかでやす。人間だって鬼だって、元は自然の中に住んでいたもんですが、ゼーンジャラも春日幼稚園の南にある大けやきのほこらに住んでいやした。でも、あのけやきは切り倒されちまって、ゼーンジャラの奴、逃げ遅れたんですよ。お化けってのは夜に活躍するもんで、えらく眼がいいんでやす。人間の一万倍くらい物が明るく見えるってこってす。だから、それが災いして昼間はまぶしくて何も見えねえんです。街灯ひとつだってつれえって聞いたことがありやす。住みかを切り倒されて、急に明るいところに放り出されて、う、動けねえでいるのに、動けねえでいるのに、そこに、ぶ、ぶ、ぶる‥‥‥‥。



その2につづく

先頭 表紙

2003-03-11 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その2

−太った赤鬼の話−
 ああ、いいよ青鬼。こっからは俺が引き受ける。
 けやきを切り倒した後、すぐに地ならしのブルドーザが入ってね、ゼーンジャラの奴、何度も轢(ひ)かれちまって。お化けは滅多なことじゃ死なねえもんですが、そりゃもうめちゃくちゃひでえもんだった。何度も何度もあいつの上を行ったり来たりしやがって。源の字が遠くで見つけて駆けつけたときには、もう手遅れで、あっと言う間に埃になって消えちまったそうでやす。それで、後に残ったのがこの蓑なんでやす。
 ゼーンジャラは時代遅れな奴でして、あのけやきの下で毎晩毎晩、雨の日も雪の日も休むことなく通行人の中に紛れ込んでいる物の怪を探していやした。どうです、大旦那、若旦那。夜、あそこを通るとき、ゾーッとしたことはありやせんか。あるでござんしょう。それがゼーンジャラの仕業だったんでさ。好きで人を嚇(おど)かしてたんじゃありやせん。物の怪と人間を区別するためだったんでさ。昔はそれでもよかったんでやす。でもねえ、物の怪は怖がるフリがうまくなっちまったし、今じゃあ、お化けを怖がる人間も珍しくなっちまって、あいつのやってることは、もう全然役に立たなかったんでさ。でも、あいつは苦手な冬になっても、こんなボロの蓑なんかで寒さをしのいで、それはもう、一所懸命頑張っていたんでいたんでやすよ。あいつは損な役回りで、おどかしてばかりいるから人に好かれるわけはないし、仲間のお化けは、とっくの昔に山に逃げちまって、本当に独りぼっちだったんでやす。おれたち鬼だってお化けは仲間じゃないから、あいつがいることは知っていたけれど付き合いがあったわけじゃないし、それに、あいつ時代遅れだったから何となく馬鹿にしていたところもあった気がして、おれたち、それが申し訳なくて、恥ずかしくて。あいつ、あんなに一所懸命だったのに。あいつの気持ち考えると俺たち、もうどうしたらいいのか、畜生、俺まで泣けて来やがった。畜生。こんなことってあっていいのかい。畜生、ちくしょう。


その3につづく

先頭 表紙

2003-03-10 猫の星の歴史教科書第6回「ゼーンジャラ」その3

−長老の話−
 ふたりともご苦労じゃった。ここからはワシが話そう。
 昔、この近くにカトスという町があった。お化けの町じゃ。なんでも、お化けのあこがれの都じゃったそうな。ところが、いつの頃からか町に物の怪が入るようになってのう、カトスの町では関所を置いて見張りを強化することにしたわけじゃ。そこで選ばれて関所の番所(ばんどころ)に詰めていたのがゼーンジャラじゃった。生真面目で正義感の強い奴だったということじゃ。あれが、あやつの絶頂期だったのじゃろう。もう、かれこれ百年近くも前のことじゃ。その後、このあたりも人や物の怪が多くなって、カトスを見限って山に逃げるお化けも後を絶たず、だんだん町はさびれていったわけじゃ。もちろん関所は閉鎖、町はゴーストタウンになった。お化けの町がゴーストタウンになるというのも変な話じゃが、かようにお化けというのは弱いものなのじゃ。しかし、なぜかみんなが山奥に逃げるのもかまわず、あやつはひとりカトスに残って物の怪を食い止めておった。最初の頃こそ、物の怪はゼーンジャラにかなわなかったんじゃが、物の怪は狡(ずる)賢いでな、たちまちゼーンジャラをごまかす方法に長(た)けるようになってしまった。最近では、もう相手にさえしていなかったというのが実状じゃった。まあ、それでワシらがこのあたりを守るために立ち上がったわけじゃが、ゼーンジャラの功績も決して小さいとは言えない。そんなわけで、そろそろあやつの労をねぎらって、山でゆったり暮らしてもらおうと話し合っていた矢先のできごとじゃった。
 昔の樵(きこり)は木を切る前にちゃんとお祈りをして木の霊に一言断わったもんじゃ。そうして、木に住み着いている、様々な者たちが避難した頃合を見計らって仕事に入ったものじゃった。
 おう、いけないいけない。せっかくの宴(うたげ)が、すっかり湿ってしまったのう。さあ、ゼーンジャラの供養と思うて呑もうではないか。

3.とむりん
「そうですか。そんなことがあったとはねえ」
盛明おじいちゃんが、しんみりと言いました。とむりんもすっかり考え込んでいました。
「まあ、あっしたちもゼーンジャラのあとを継いで、しっかり物の怪と戦っていかなくちゃなりやせんね」
 安兵衛がそう言うと、鬼たちはみんな無言のままうなずきました。
「お化けにも極楽や天国はあるのですか?」
 とむりんが長老に尋ねました。
「さあ、ワシもそこまでは知らんのじゃが、もしあれば、あやつはきっと極楽浄土におるじゃろう」
 お化けのゼーンジャラの姿を見たことはありませんでしたが、とむりんには、ボロの蓑をまとって寒さに耐えながら一所懸命通行人を嚇かしつづけている彼の姿が、ありありと瞼(まぶた)に浮かぶのでした。そして、ちょっと涙が出てしまったのをまわりにさとられないように、うつむいたまま酒の肴をつつき始めました。それに気づいた長老は、こういう人間が一人でもいる限り、ワシらは頑張らねばならんなと思うのでした。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房

先頭 表紙

2003-03-09 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その1

 ポロでーす。節分のよる、せんせいの家に、ほんとに、おにがいっぱい集まってきたのでポロはびっくりして、食べていたイモようかんをかまずにのみこんでしまいました。あー、もったいない。せんせいのけっこんきねん日が節分なのは、おにたちが若だんなのけっこんをぜひ祝いたいと提案してくれたからだそうです。若だんなだって。なんだか、せんせいじゃないみたい。でも、その年はうるう年だったので、2月4日でした。長老の黒おには、うるしぬりのすてきなトゲ付き棍棒を持っていましたが、ひょうきんな青おにはピンクのぴこぴこハンマーだったのでポロは笑ってしまいましたー。


節分の夜

1.節分
 ぶうよんとジョーンズは節分の日が大嫌いでした。どこの家でも夕方になると楽しそうに豆まきをするのに、野村家では豆をまいてはいけないのです。それどころか、夜になると赤や青の鬼たちを家に招待して酒盛りをして騒ぎます。ぶうよんもジョーンズも鬼が怖くて怖くて仕方ありませんでした。
「ぶうよん、買い物に行ってきてね。このメモに書いてあるわ。お魚は、いつものお店で買うのよ、スーパーじゃだめよ」
「はーい。ねえ、かあちゃん。今年も鬼のおじさんたち、いっぱい来るかな? 去年よりたくさん来るかな?」
「ええ、大勢だわ、きっと」
「やだな、怖いなあ」
「大丈夫よ、悪い人たちじゃないわ」
「じゃあ、行ってくるよ。ジョーンズ! ジョーンズ! お使いに行くぞー!」
 ぶうよんとジョーンズは、冷たい北風の吹く午後の陽射しの中を古びた籐(とう)の買い物かごを下げて駆けていきました。

2.鬼たち
 その夜は、ことのほか鬼たちの集まりが早く、とむりんが仕事から帰ってきたときには、おじいちゃんを中心に酒盛りが始まっていました。
「お、これは若旦那、お帰りなさいまし。今年もお世話になっておりやす」
そう挨拶したのは鍋をつついていた太った赤鬼でした。
「みなさん、いらっしゃい。今年初めての方は、いらっしゃるんですか」
「へい、初めてお目にかかりやす」
やせて小柄な赤鬼が深々と頭を下げました。
「こいつ、安兵衛ってんですがね、あの鬼ケ島の出身なんでやす」
毎年、一番早く酔いつぶれて眠ってしまう、ひょうきんな青鬼が言いました。
「ほう、そうですか。私は当家3代目です。よろしくお願いします。ぶうよん、こっちへ来てご挨拶しなさい」
 ぶうよんは鬼が怖くて広間に入ろうとしませんでしたが、かあちゃんに付き添われて、しぶしぶとむりんのところへ来ました。
「こ、こんにちは」
「おっ、ぶうよん大きくなったな」
 ひょうきん青鬼が言いました。ぶうよんは、かあちゃんのかっぽう着にしがみついたまま小さくうなずきました。
「そう言えば源の字(げんのじ)が、まだ来ておらんぞ」
 長老の黒鬼が言いました。
「あいつはお人よしだから、まだ魔界封じの呪文でも唱えているんでしょうよ」
 長老のとなりの緑鬼が、まったくしょうがない、といった表情で言いました。
「とうちゃん、魔界ってなに?」
 ぶうよんは小さな声で、とむりんに訊ねました。


その2につづく

先頭 表紙

2003-03-08 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その2

「魔界ってのはね、この世界に災いをもたらす者たちの住むところなんだよ」
 答えたのは、ひょうきん青鬼でした。
「じゃあ、鬼のおじさんたちの住んでるところ?」
「おっと待ってくれよ。おじさんたちはねえ、魔界のやつらと戦ってるんだ、これがね。あいつら悪いことばかりしやがる。おじさんたちは人間と同じ世界に住んでるからね、まあ、利害の一致というか、結果として人間を守っていることになるんだな、これが」
 長老が口を開きました。
「そうなんじゃ、ぶうよん。人間とわしらは仲間なんじゃよ」
「魔界の人って、どんな人なの?」
「やつら、人ではない。そうだな。桃太郎は知っておるか?」
「はい、知ってます」
 そこへ、アザだらけの赤鬼が飛び込んできました。
「源の字!」
「いてててて! 魔界封じをやっておって逃げ遅れた! あー、いてててて!」
「そんなことだろうと話していたところだよ」
 かあちゃんが、すぐに蒸しタオルを持ってきて、福豆に当たってできたアザに当ててあげました」
「あ、若奥さん、どうもすんません。このくらい大丈夫でさ」
 かあちゃんは若奥さんと言われて、うれしそうな表情でした。
「ああ、どうもいけねえなあ、人に親切にされると畜生、泣けてくらあなあ、畜生」
「まあまあ源の字、一杯やれよ」
 源の字と呼ばれた鬼は、太った赤鬼から杯を渡され、一気に飲み干しました。
「ああ、うめえ!」
「そら、もう一杯」
「おお、かたじけねえ。大旦那、いただきやす」
 源の字は、盛明おじいちゃんに向かってぺこりと頭を下げました。おじいちゃんはニコニコしてうなずきました。
「そうじゃ、ぶうよん。桃太郎の話をしとるんだった」
「はい、ぼく知ってます」
 ぶうよんは緊張してカチカチでした。
「あやつは人間ではないのじゃ。人間は桃から生まれはせん。おお、そうじゃ。今日は安兵衛がおるではないか。安兵衛!」
「へい」
「おまえから話すのじゃ」
 安兵衛は少し間をあけてから話し始めました。誰もが身を乗り出して話に聞き入りました。
 
3.桃太郎
「・・・これは、あっしの爺(じ)さまから聞いた話でやす。
 鬼ケ島は、魔界が、この世界に向かって開く場所のすぐ近くにありやす。それで、鬼の砦(とりで)として昔から屈強な若鬼がいっぱい控えておりやしたそうです。魔界のやつら、いつも南から攻めてくるもんで、爺さまたちは日本を背に南側に守りを固めておったということでやす。
 ところが桃太郎のやつ北からやって来やがったんでさあ。えらく乱暴なやつで、錆びたナギナタ振り回して、男はもちろん女こどもまで、めっちゃくちゃに切りつけやがった。あっしの婆(ば)さまは、その時の傷がもとで3日後に亡くなっちまいやした。嫁に来て3年しかたっていない若い娘だったそうでやす」


その3につづく

先頭 表紙

2003-03-07 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その3

 安兵衛は涙をためて、しばらく口ごもってしまいました。聞いているみんなもシーンとしていました。
「・・・おまけに、あいつは動物使いで、犬と猿と雉の物の怪を連れてきやがって、そいつらが島をめちゃめちゃにしたんでさ。田んぼや畑に塩をまかれて、ずいぶん長いこと不作が続いて苦しかったと爺さまが言っておりやした。おまけに、鬼ケ島の財産を全部持っていったそうでやす。それは、日本中の鬼たちが防人の若者たちのために供出した浄財だったんでやす。桃太郎は村に帰ると村人たちに言ったそうでやす。“さあ、この宝は、あんたたちの爺さまの、そのまた爺さまたちが鬼たちに盗られたものだ。おらが取り返してきただよ。鬼たちは宝の山に囲まれて酒盛りしていたから懲らしめてきた。まったく悪いやつらだっただ”といって、反鬼感情をあおったそうでやす。それをそのまま信じて、桃太郎っていう話が伝えられているのでやす・・・」
「どうじゃ、ぶうよん。分かったかの?」
「ぼく、ちっとも知りませんでした」
「いいんじゃ、いいんじゃ。鬼は、あまり自分たちを宣伝したりせんからの。行動で示すまでじゃ。わしらの望みは、みんなが平和で暮らすことだけじゃ。それを邪魔する物の怪と戦うのは本能みたいなもんじゃ」
「とうちゃん、鬼のおじさんたちのこと、みんなに教えてあげようよ。本当のこと知ったら、誰も豆まきなんかしなくなるよ」
「うん、そうだね。今日のことは文章にまとめるよ」
「いやいや、しかし豆まきのおかげで、わしらこうして大旦那や若旦那と酒が呑めるんじゃて」
「うん、そのとおり!」
 盛明おじいちゃんが言って、やっとみんなに笑顔が戻りました。
「それにさ、鬼は嫌われるのは慣れっこなのよ」
 ひょうきん青鬼が言いました。
「おれ、青鬼って大嫌いさ」
 すかさず源の字が、おどけて言いました。
「慣れっこだから平気だもんね」
 ひょうきん青鬼が返すと、みんなが大きな声で笑いました。
「さあ、もう遅いからぶうよんは寝なさい」
 とむりんに言われると、ぶうよんは元気よく「お休みなさい」と言って自分の部屋に行きました。いつの間にかジョーンズは緑鬼のひざに乗ってゴロゴロとのどを鳴らしていました。

4.青鬼
 次の朝ぶうよんが目を覚ますと、もう鬼たちは帰ったあとでした。客間も片づけられてきれいになっていました。
 ・・・本当に鬼のおじさんたちは家に来たのかな。
 なんだか夢だったような気もします。でも、外に遊びに行こうとして靴に足を入れると何かに当たりました。それは鉄でできたコマでした。一度回すと、いつまでもいつまでも回り続けるすごいコマでした。ぶうよんとジョーンズは、毎日そのコマを回しては飽かずに眺めました。
 ある日の午後、外遊びしていると誰かが口笛を吹いたような気がして周りを見わたすと、南葛線5番高圧送電鉄塔のてっぺんで、あのひょうきん青鬼が手を振っていました。ぶうよんも手を振ると、青鬼はコマを回すしぐさをして見せました。ぶうよんは、両手で大きく丸を作って、最高だよ!と叫びました。青鬼はうんうんと満足そうに頷(うなず)くと高圧電線の中に溶け込んでどこかへ行ってしまいました。
 ・・・この次に会えるのは、また来年の節分かな。
 ぶうよんもジョーンズも、あんなに嫌いだった節分が待ち遠しくてたまらなくなりました。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙


[次の10件を表示] (総目次)