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ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-03-09 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その1
2003-03-08 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その2
2003-03-07 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その3
2003-03-06 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その1
2003-03-05 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その2
2003-03-04 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その3
2003-03-03 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その4
2003-03-02 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その5
2003-03-01 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その1
2003-02-28 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その2


2003-03-09 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その1

 ポロでーす。節分のよる、せんせいの家に、ほんとに、おにがいっぱい集まってきたのでポロはびっくりして、食べていたイモようかんをかまずにのみこんでしまいました。あー、もったいない。せんせいのけっこんきねん日が節分なのは、おにたちが若だんなのけっこんをぜひ祝いたいと提案してくれたからだそうです。若だんなだって。なんだか、せんせいじゃないみたい。でも、その年はうるう年だったので、2月4日でした。長老の黒おには、うるしぬりのすてきなトゲ付き棍棒を持っていましたが、ひょうきんな青おにはピンクのぴこぴこハンマーだったのでポロは笑ってしまいましたー。


節分の夜

1.節分
 ぶうよんとジョーンズは節分の日が大嫌いでした。どこの家でも夕方になると楽しそうに豆まきをするのに、野村家では豆をまいてはいけないのです。それどころか、夜になると赤や青の鬼たちを家に招待して酒盛りをして騒ぎます。ぶうよんもジョーンズも鬼が怖くて怖くて仕方ありませんでした。
「ぶうよん、買い物に行ってきてね。このメモに書いてあるわ。お魚は、いつものお店で買うのよ、スーパーじゃだめよ」
「はーい。ねえ、かあちゃん。今年も鬼のおじさんたち、いっぱい来るかな? 去年よりたくさん来るかな?」
「ええ、大勢だわ、きっと」
「やだな、怖いなあ」
「大丈夫よ、悪い人たちじゃないわ」
「じゃあ、行ってくるよ。ジョーンズ! ジョーンズ! お使いに行くぞー!」
 ぶうよんとジョーンズは、冷たい北風の吹く午後の陽射しの中を古びた籐(とう)の買い物かごを下げて駆けていきました。

2.鬼たち
 その夜は、ことのほか鬼たちの集まりが早く、とむりんが仕事から帰ってきたときには、おじいちゃんを中心に酒盛りが始まっていました。
「お、これは若旦那、お帰りなさいまし。今年もお世話になっておりやす」
そう挨拶したのは鍋をつついていた太った赤鬼でした。
「みなさん、いらっしゃい。今年初めての方は、いらっしゃるんですか」
「へい、初めてお目にかかりやす」
やせて小柄な赤鬼が深々と頭を下げました。
「こいつ、安兵衛ってんですがね、あの鬼ケ島の出身なんでやす」
毎年、一番早く酔いつぶれて眠ってしまう、ひょうきんな青鬼が言いました。
「ほう、そうですか。私は当家3代目です。よろしくお願いします。ぶうよん、こっちへ来てご挨拶しなさい」
 ぶうよんは鬼が怖くて広間に入ろうとしませんでしたが、かあちゃんに付き添われて、しぶしぶとむりんのところへ来ました。
「こ、こんにちは」
「おっ、ぶうよん大きくなったな」
 ひょうきん青鬼が言いました。ぶうよんは、かあちゃんのかっぽう着にしがみついたまま小さくうなずきました。
「そう言えば源の字(げんのじ)が、まだ来ておらんぞ」
 長老の黒鬼が言いました。
「あいつはお人よしだから、まだ魔界封じの呪文でも唱えているんでしょうよ」
 長老のとなりの緑鬼が、まったくしょうがない、といった表情で言いました。
「とうちゃん、魔界ってなに?」
 ぶうよんは小さな声で、とむりんに訊ねました。


その2につづく

先頭 表紙

2003-03-08 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その2

「魔界ってのはね、この世界に災いをもたらす者たちの住むところなんだよ」
 答えたのは、ひょうきん青鬼でした。
「じゃあ、鬼のおじさんたちの住んでるところ?」
「おっと待ってくれよ。おじさんたちはねえ、魔界のやつらと戦ってるんだ、これがね。あいつら悪いことばかりしやがる。おじさんたちは人間と同じ世界に住んでるからね、まあ、利害の一致というか、結果として人間を守っていることになるんだな、これが」
 長老が口を開きました。
「そうなんじゃ、ぶうよん。人間とわしらは仲間なんじゃよ」
「魔界の人って、どんな人なの?」
「やつら、人ではない。そうだな。桃太郎は知っておるか?」
「はい、知ってます」
 そこへ、アザだらけの赤鬼が飛び込んできました。
「源の字!」
「いてててて! 魔界封じをやっておって逃げ遅れた! あー、いてててて!」
「そんなことだろうと話していたところだよ」
 かあちゃんが、すぐに蒸しタオルを持ってきて、福豆に当たってできたアザに当ててあげました」
「あ、若奥さん、どうもすんません。このくらい大丈夫でさ」
 かあちゃんは若奥さんと言われて、うれしそうな表情でした。
「ああ、どうもいけねえなあ、人に親切にされると畜生、泣けてくらあなあ、畜生」
「まあまあ源の字、一杯やれよ」
 源の字と呼ばれた鬼は、太った赤鬼から杯を渡され、一気に飲み干しました。
「ああ、うめえ!」
「そら、もう一杯」
「おお、かたじけねえ。大旦那、いただきやす」
 源の字は、盛明おじいちゃんに向かってぺこりと頭を下げました。おじいちゃんはニコニコしてうなずきました。
「そうじゃ、ぶうよん。桃太郎の話をしとるんだった」
「はい、ぼく知ってます」
 ぶうよんは緊張してカチカチでした。
「あやつは人間ではないのじゃ。人間は桃から生まれはせん。おお、そうじゃ。今日は安兵衛がおるではないか。安兵衛!」
「へい」
「おまえから話すのじゃ」
 安兵衛は少し間をあけてから話し始めました。誰もが身を乗り出して話に聞き入りました。
 
3.桃太郎
「・・・これは、あっしの爺(じ)さまから聞いた話でやす。
 鬼ケ島は、魔界が、この世界に向かって開く場所のすぐ近くにありやす。それで、鬼の砦(とりで)として昔から屈強な若鬼がいっぱい控えておりやしたそうです。魔界のやつら、いつも南から攻めてくるもんで、爺さまたちは日本を背に南側に守りを固めておったということでやす。
 ところが桃太郎のやつ北からやって来やがったんでさあ。えらく乱暴なやつで、錆びたナギナタ振り回して、男はもちろん女こどもまで、めっちゃくちゃに切りつけやがった。あっしの婆(ば)さまは、その時の傷がもとで3日後に亡くなっちまいやした。嫁に来て3年しかたっていない若い娘だったそうでやす」


その3につづく

先頭 表紙

2003-03-07 猫の星の歴史教科書第5回「節分の夜」その3

 安兵衛は涙をためて、しばらく口ごもってしまいました。聞いているみんなもシーンとしていました。
「・・・おまけに、あいつは動物使いで、犬と猿と雉の物の怪を連れてきやがって、そいつらが島をめちゃめちゃにしたんでさ。田んぼや畑に塩をまかれて、ずいぶん長いこと不作が続いて苦しかったと爺さまが言っておりやした。おまけに、鬼ケ島の財産を全部持っていったそうでやす。それは、日本中の鬼たちが防人の若者たちのために供出した浄財だったんでやす。桃太郎は村に帰ると村人たちに言ったそうでやす。“さあ、この宝は、あんたたちの爺さまの、そのまた爺さまたちが鬼たちに盗られたものだ。おらが取り返してきただよ。鬼たちは宝の山に囲まれて酒盛りしていたから懲らしめてきた。まったく悪いやつらだっただ”といって、反鬼感情をあおったそうでやす。それをそのまま信じて、桃太郎っていう話が伝えられているのでやす・・・」
「どうじゃ、ぶうよん。分かったかの?」
「ぼく、ちっとも知りませんでした」
「いいんじゃ、いいんじゃ。鬼は、あまり自分たちを宣伝したりせんからの。行動で示すまでじゃ。わしらの望みは、みんなが平和で暮らすことだけじゃ。それを邪魔する物の怪と戦うのは本能みたいなもんじゃ」
「とうちゃん、鬼のおじさんたちのこと、みんなに教えてあげようよ。本当のこと知ったら、誰も豆まきなんかしなくなるよ」
「うん、そうだね。今日のことは文章にまとめるよ」
「いやいや、しかし豆まきのおかげで、わしらこうして大旦那や若旦那と酒が呑めるんじゃて」
「うん、そのとおり!」
 盛明おじいちゃんが言って、やっとみんなに笑顔が戻りました。
「それにさ、鬼は嫌われるのは慣れっこなのよ」
 ひょうきん青鬼が言いました。
「おれ、青鬼って大嫌いさ」
 すかさず源の字が、おどけて言いました。
「慣れっこだから平気だもんね」
 ひょうきん青鬼が返すと、みんなが大きな声で笑いました。
「さあ、もう遅いからぶうよんは寝なさい」
 とむりんに言われると、ぶうよんは元気よく「お休みなさい」と言って自分の部屋に行きました。いつの間にかジョーンズは緑鬼のひざに乗ってゴロゴロとのどを鳴らしていました。

4.青鬼
 次の朝ぶうよんが目を覚ますと、もう鬼たちは帰ったあとでした。客間も片づけられてきれいになっていました。
 ・・・本当に鬼のおじさんたちは家に来たのかな。
 なんだか夢だったような気もします。でも、外に遊びに行こうとして靴に足を入れると何かに当たりました。それは鉄でできたコマでした。一度回すと、いつまでもいつまでも回り続けるすごいコマでした。ぶうよんとジョーンズは、毎日そのコマを回しては飽かずに眺めました。
 ある日の午後、外遊びしていると誰かが口笛を吹いたような気がして周りを見わたすと、南葛線5番高圧送電鉄塔のてっぺんで、あのひょうきん青鬼が手を振っていました。ぶうよんも手を振ると、青鬼はコマを回すしぐさをして見せました。ぶうよんは、両手で大きく丸を作って、最高だよ!と叫びました。青鬼はうんうんと満足そうに頷(うなず)くと高圧電線の中に溶け込んでどこかへ行ってしまいました。
 ・・・この次に会えるのは、また来年の節分かな。
 ぶうよんもジョーンズも、あんなに嫌いだった節分が待ち遠しくてたまらなくなりました。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-03-06 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その1

 みなさん、ポロでーす! 
 やっとジョーンズが活躍するお話の登場です。教科書のほかにも、猫の星の歴史の資料集には、このお話にまつわる外伝がたくさんのっています。なかでも、ポロはゼーンジャラと雪おんなさんのお話を読むと、涙がポロポロでちゃいます。いずれ、御紹介しまーす。



けやきとの約束

1.老けやき
 ぶうよんが1歳の誕生日を迎えたばかりの頃、家の前のお屋敷のけやきの木々は一斉に美しい緑の葉を出し、ジョーンズも外遊びが楽しくてしかたありませんでした。
 穏やかな昼下がり、そよ風の中でうとうとしていると、遠くの雲雀(ひばり)の声がサラサラという葉の音に混じって聞こえてきます。
 そんなとき、いきなり雷のように大きな音があたり一帯に響きわたりました。 ジョーンズがまわりを見渡すと、音の出どころはすぐに分かりました。お屋敷のけやきの木が切り倒されているのです。ジョーンズは全速力で走っていくと、チェーンソーを操作する作業員に飛びかかりました。切られているのはジョーンズと一番仲の良い年寄りけやきだったのです。作業員の腰のところに咬みついて、顔を左右に思いきり振りました。しかし、作業員は振り返りもせずにジョーンズの首をつまんでポーンと放り投げたのでした。大谷石の塀にぶつかると、目の前がぴかぴかっと光ってジョーンズは気を失ってしまいました。
 目を覚ますと、あの大きな年寄りけやきは数メートルづつの太い丸太にされて、土の上に横たわっていました。
「やあ、ジョン君じゃないか。こんな姿にされてしまって情けない限りじゃよ」
「けやきのおじさん、生きてたの!」
「はっはっは。木は、そう簡単に参りゃせん」
「人間はいったい何ということをするんだろう」
「これも運命(さだめ)というものじゃ。命あるものはいつか死ぬ。長いこと生きていると、それがようくわかる」
「おじさんは、これからどうなるの」
「さあ、どうなるのかな。家や家具になるのかも知れん。薪にされてしまうかも知れん」
けやきは、考えるかのように間をおいて再び話し始めました。
「わしの枝はどうなっておる。もし、まだ元気な枝があるのなら、おまえさんに頼みたいことがあるのじゃ」
 こころなしか、けやきの声は低く小さく、そして遅くなってきたような気がしました。ジョーンズは大急ぎであたりを見て回りました。ところが枝は一本も見つかりません。そのとき、エンジンのかかる音がしました。ジョーンズが走っていくと、不要な枝や葉を満載したトラックが、今まさにお屋敷の門を出て行くところでした。
「待ってー、待ってよー!」
 ジョーンズの足がトラックに追いつくはずもなく、どんどん引き離されて、たちまち見失ってしまいました。がっかりして、けやきのところに戻ろうとすると、門の近くに一本の小枝を見つけました。トラックが落としていったのでしょう。ジョーンズは小枝をくわえると、けやきのところへ戻りました。
「けやきのおじさん」
 返事がありません。もう一度、大きな声で呼びました。
「けやきのおじさん!」
「ん。おお、ジョン君か。これは悪いことをした。なんだか、眠くなってきてしまってな。ところで、わしの枝はあったかね」
 ジョーンズは小枝を見せました。
「おお、それでいいんじゃ。その枝は、わしのてっぺんから24番目にあった若い元気なやつじゃ」
「おじさん、全部の枝を覚えているの?」
「はっはっは。ジョン君も、自分の手足を全部覚えておるじゃろ」
 数が違いすぎるよなあ、と思いながらもジョーンズは、楽しそうに笑うけやきの声に耳を傾けていました。


先頭 表紙

2003-03-05 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その2

「頼みというのは他でもない。わしの切り株にぽっかり穴があいておるじゃろう。その穴のずっと奥には、わしの故郷(ふるさと)があるはずじゃ」
 ジョーンズは、けやきの切り株に駆け寄って切り株の穴をのぞきこみました。
「今まで、おじさんが立ってたから分からなかったけれど、真っ暗で深い穴があるよ」
「そうか。わしの種は、その穴から吹き上げられてきおったと、もうずっと昔に枯れてしまった隣のけやきのじさまから聞いたのじゃ」
けやきは、だんだん消え入りそうな声になってきました。
「おじさん、そこに植えて来るんだね。この枝を植えて来るんだね」
「ん? ああ、もういい」
「ぼく植えてくるよ」
「いや、もういいんじゃ。おまえさんだって、帰れなくなるかもしれん」
「ぼくなら大丈夫」
 けやきは、もう返事をしませんでした。


 2.オオカミ
 ジョーンズは一度家に戻ると、とむりんが買ってくれた子猫用バックパックにキャットフードを詰めました。帰れなくなるかも知れないと思い、玄関の段ボールのベッドや、とむりんの奥さんのぐっちゃんと一緒に遊んだボールをしっかりと目に焼き付けました。居間の座布団に寝そべると、家族みんなの匂いがします。それから意を決して、ジョーンズは家を出ました。
 切り株のふちに立つと、穴の奥から弱い風が吹き上げてくるのが分かりました。どこかへ通じている証拠に違いありません。
「おじさんの故郷の風だ」
 ジョーンズは、思い切って穴に飛び込みました。
 ひゅううううううう!
 穴はどこまでもどこまでも続き、ジョーンズもどこまでもどこまでも落ちていきます。いきなり明るいところに出たかと思うと、そこは深い雪の上でした。
 猫のくせに仰向けのまま雪にもぐってしまったジョーンズは身動きひとつ出来ませんでした。真上には曇り空が見えています。すると、誰かがジョーンズをのぞきこみました。
 「助けて」と言ってすぐに、しまったと思いました。それは人相の悪い犬だったのです。
「助けて、か。それは俺以外のヤツに向かって言ったんだろうな。オレは腹が減っているんだ」
「ちょっと待って、ぼくには大切な用事があるんだ。今、食べられちゃうわけにはいかないんだ」
「うるせえ!」
 犬はすごみました。
「獲物の言うこといちいち聞いてたら、オレたちゃみんな飢え死にだ」
犬は雪を掘り始めました。
「食べ物ならあるよ。それをあげるから、ぼくを食べるのはそのあとにしてよ」
「食い物を持った猫か。こりゃいい獲物だ」
 とうとう犬は雪の中からジョーンズを掘り出し、後ろ足で押さえつけるとバックパックのキャットフードを食べ始めました。
「これはうまい食べ物だ。おまえ、いったいどこから来たんだ」
 ジョーンズは今日の出来事を話しました。
「なかなかよくできた、おもしろいつくり話じゃねえか。腹は一杯になったし、お前を食うのはしばらくおあずけにしよう。だがな、そのけやきを植えるのはちょっと無理だぜ」
「どうして?」
「本当なら、もうとっくに春が来ているはずだ。だがこの雪を見て見ろ。おかげでオレはハラペコだ」
「どうして春が来ないの?」
「質問が多い奴だ。食っちまうぞ!」
「ごめんなさい」
「まあいい、教えてやろう。冬将軍のせいだ」
「冬将軍?」
「あの山の向こうの雲の上に居座っていやがる」
「おじさん、犬なのに人間みたいに詳しいね」
「ばかやろう、オレはオオカミだ。犬と一緒にするんじゃねえ。正しくは日本オオカミって言うんだがな。昔は人間に代わってオレたちが野山を支配していたもんだ。もっとも、その頃のことは知らねえが」


先頭 表紙

2003-03-04 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その3

「へえ、ぼくオオカミに会うの初めてさ」
「俺だって、お前みたいに太った猫を見るのは初めてだ。早く食いたいぜ」
「ちょっと待ってよ。ぼくはこの枝を植えるまでは食べられちゃうわけにはいかないんだ」
「食われちまえば、そんなこと忘れるさ」
「けやきを植えたら、ぼく、おじさんに食べられてあげるからさ、ほんとだよ」
「けっ、食われてやるだと。獲物から食われてやるなんて言われたかないぜ。第一、この雪じゃ、とても植えるどころじゃないだろう」
「ぼく、大急ぎで冬将軍にお願いしてくるからさ、そしたらさ、そしたらぼく、ほんとに食べられてもいいからさ」
そう言うとジョーンズは急に悲しくなって大粒の涙が次から次へと頬を伝いました。色々な思い出がいっぺんに浮かんできます。とむりんのこと、ぐっちゃんのこと、盛明おじいちゃんと芳子おばあちゃんのこと、ぶうよんのこと、自分の育ったとむりん手製の小屋のこと、秘密のたんぽぽのこと。
「わあーん、わあーん、えーんえん」
「うるせえなあ、分かったから泣くな」
 オオカミはジョーンズを見ているうちに、自分がずっと昔に失ってしまったものを思い出したような気がしてきました。
「ひっく、待っててくれるの、ひっくひっく」
「待ちたかねえが、泣いている奴は食う気がしねえからな」
「じゃあ、ぼく行ってくる」
 ジョーンズは、からになったバックパックを背負うとオオカミが指さした山を目ざして歩き始めました。オオカミはしばらくジョーンズを見送っていましたが、なんだか放っておけないような気がしてきて後を追いました。
「あれ、おじさんどうしたの?」
「え、その、お前が逃げないように見張ろうと思ってな」
「ぼく逃げないってば」
「俺は誰も信用しない主義なんだ」
「ふうん、そうなの」
 2匹は、深い雪に覆われている高い山を目指して歩きました。雪になれていないジョーンズは、転んだり吹き溜まりにはまったりして、たちまち雪だらけになってしまいました。
「おい、ちびすけ。おまえ寒いんじゃないか」
「だいじょうぶだよ。おじさんて思ったよりやさしいんだね」
「な、なんでえ。風邪ひいた猫なんてまずそうじゃねえか」
ジョーンズにはオオカミがなぜか照れているように見えました。



3.冬将軍
 目指す山の麓(ふもと)にたどり着いたのは、日の暮れかかる頃でした。雪の中を長い時間歩き通したので、ふさふさしてたジョーンズの毛並みもじっとりと湿り、寒さで歯の根も合わなくなってきました。
「おい、おまえ寒くないか」
「へ、へ、へ、へいくしょん!」
「今日は、このあたりで穴でも掘って休んだ方がいいぜ」
「だ、だめだよ。ぼくは行くんだ」
「しょうがない奴だな。ま、いくら麓(ふもと)と言っても、ここまで来れば頂上はそう遠くないし、行くとするか」
あたりはどんどん暗くなり、雪混じりの強い風が2匹の行く手を阻(はば)みました。
「お前、腹が減ったろう。俺がお前の食い物をみんな食っちまったからな」
「平気さ。ぼくにはちょうどいいダイエットだ」
「なんだ、そりゃ」
「なんでもないよ」
 行く手はますます雪深くなり、寒さのあまり、ジョーンズの足は感覚を失い始め、竹馬に乗って進んでいるかのようでした。そして、あまりの辛さにとうとう心の中で弱音を吐いてしまいました。
 −けやきのおじさん。ぼく、もう歩けないよ。約束が守れなくてごめんなさい。ぼく、本当にもう歩けそうにない。
 その時、オオカミが言いました。
「おい、着いたようだぜ。見えるか、あれが冬将軍だ」


先頭 表紙

2003-03-03 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その4

 ジョーンズは気を取り直して、ぼやけた目で上を向きました。そこには、薄暗い空を背景に雲の鎧(よろい)を着た雪だるまのようなものが白くぼんやりと見えました。しかし、大きすぎて顔は雪雲の中でした。
「あんなに大きいの?」
「ああ、そうだ」
「ぼ、ぼくの声、雲の上まで届くかな」
「やってみなくちゃわからないぜ。なにしろ、お前はちび猫のくせに吹雪の中をこんなところまで来ちまったんだ。お前の声なら届くかも知れん」
「ジョーンズは力をためて、寒さで震える歯の根を合わせて大きな声で叫びました。
「冬将軍のおじさーん! 聞こえますかー!‥‥お願いですから早く春に‥春にしてくださーい!‥‥」
 こだまが何度か往復しましたが、あとは返事も何もありません。風の音がひゅうひゅうとうなるばかりでした。
「こんちくしょう! 冬将軍、聞こえているのかよー! こんなにちっちぇえ猫があんたに頼みに来てんだぞう! 何とか言ったらどうなんだ!」
「冬将軍のおじさーん!」
「おいこら、冬将軍!」
「お願いでーす!」
「早く春にしやがれってんだ!」
 けれども、2匹がいくら大きな声で叫んでも冬将軍は返事をしませんでした。
「オ、オオカミのおじさん。ぼく、もう声がでないよ。力も出なくなってきたし、 眠くてたまらないんだ。ぼくのこと‥‥ぼくのこと食べてもいいから、春になったらけやきの枝をどこかすてきなところに植えてね‥‥。きっとだよ」
「なに、情けないこと言ってんだ。お前は、まったく見上げた猫なんだぜ。猫にしとくのはもったいないくらいだ。お前を食ったりしたらバチが当たるってえもんだ」
 しかし、とうとうジョーンズは雪の中に倒れてしまいました。
 オオカミは、すぐに近くの盛り上がった雪を掘り、中に埋まっている茂みの下の隙間にジョーンズを運び込みました。日も暮れて暗くなり、どんどん寒くなってきました。
 −なんてこった。こんなことがあっていいのかい。こんなに見上げた猫は滅多にいるもんじゃない。お前が死んじまうようなことがあったら、神も仏もあるものか!
 オオカミは自分の身体で温めようと、ジョーンズを包むように抱き抱えました。しかし、オオカミ自身も冷たくて温めるどころではありませんでした。
 −ああ、神様。俺は今まで一度もあんたの名を呼んだことがなかったです。だいいち、俺は悪いことばかりしてきたし、あんたが俺の言うことなんか聞きたくないだろうってことも分かってます。でも神様、おれはこの猫を助けてやりたいです。こいつは、こいつはね、たった一本のけやきの枝のために命をかけているんですよ。自分の約束のために命をかけているんですよ。俺はこいつが大好きになっちまったんです。そうに違いないです。それなのに、俺はこいつをあっためてやることさえできないです。お願いです、神様。俺なんかどうなってもいいです。この猫を助けてやってください。
 すると、空に明るい星が現われました。その星は、雲にぽっかりと穴を開けて輝いていました。



4.佐保姫
「か、神様」
 オオカミがあっけにとられていると星は言いました。
「私(わたくし)は神ではありません。春とでも言っておきましょう。お前の願いは確かに聞き届けました。私は今まで今年の冬将軍の頑固さに弱気になっているところがありました。しかし、お前たちのお陰で目が覚めました。すぐに彼と戦いましょう。そこで、お前に頼みがあります」
「な、なんでございやしょう」
「激しい戦いになります。猛吹雪になるでしょう。しっかりとその猫を守って欲しいのです。お前だって死ぬかも知れません」


先頭 表紙

2003-03-02 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その5

「俺なら平気です。きっと守ってみせますです。でも、俺の身体は冷たくて、こいつをあっためてやれるかどうか自信がねえです」
「吹雪から守ってくれれば充分です」
 そう言うと星はすうっと消えました。間もなく本当に猛吹雪になり、小さな雪穴にも容赦なく雪が吹き込みました。
 −ちびすけ、いま春の女神さまが冬将軍と戦ってくれていなさる。もう少しの辛抱だ。お前のお陰で、俺は生まれて初めていいことをしたような気がするぜ。
 嵐は吹き荒れ、吹き込む雪の当たるオオカミの背中が凍り始めました。
 −畜生、俺も眠たくなってきやがった。
 オオカミは眠気を覚ますために、自分の前足をちぎれるほどに咬みました。痛みが頭のてっぺんまで走ります。
 −うっ、く、くっそう!
 オオカミは朦朧(もうろう)としながらも、長い間じっと寒さと眠たさに耐えていました。しかし、吹雪のやむ気配はなく、前足の咬み傷が凍り始めた頃、とうとう気を失うかのように眠りに落ちてしまいました。



4.オオカミふたたび
 ジョーンズが目覚めたとき、すでに朝のまぶしい光が空に満ちていました。背の低い潅木(かんぼく)が並ぶ山の頂上にも春風が吹き、雪解け水がせせらぎを作っていました。かたわらを見ると、びっしょりに濡れたオオカミが横たわっていました。
「オオカミのおじさん、起きてよ! 春が来たんだよ! ぼくたちとうとうやったんだ!」
そのとき、空から声がしました。
「ジョーンズ」
「えっ、誰?」
「私は春をつかさどる者です」
「じゃあ、ぼくたちを助けてくれたのはあなたですか?」
「お前を助けたのは、そのオオカミです。オオカミはお前を助けるために命を投げ出しました」
 ジョーンズは頭の中が混乱して、叫びたいような気持ちでした。
「お前の気持ちはよくわかります。私も同じ気持ちです。私の力が足りず、オオカミを死なせてしまいました。オオカミはもう生き返りはしませんが、彼のたましいは私のもとへ呼ぶつもりです。そのけやきと一緒に、この山に埋めてやりなさい」
ジョーンズはオオカミの墓標の代わりにけやきを植えました。
「けやきのおじさん、オオカミのおじさんをお願いします」
 けやきに向かって手を合わせると、空から一筋の光が降ってきてジョーンズを連れ去りました。ジョーンズは、どんどん高く上って、ついに雲の上に出ました。女神の声が言いました。
「ジョーンズ」
「はい」
「これから、お前の活躍に対する褒美として勇気の章を授けます。元の世界へ戻る前に私の城までおいでなさい」
「さあ。行こうぜ」
振り返ると、それはオオカミでした。
「オオカミのおじさん!」
「まあ、ここも慣れりゃ住みやすそうだ。勲章はオレも貰えるそうだしな。一番カッコいいんだ、あれが」
「おじさん、元気そうで本当によかった」
「俺はいつだって元気さ。それより、お前さんの首輪のリボンが曲がってるぜ。せっかくの英雄がだいなしだ。よし、これでいい」
「ぼくが英雄?」
「あっはっは、そうとも、お前さんは世界一カッコいい英雄だ。最高だよ。元の世界へ帰したくねえくらいだ」
 2匹が城の大きな門の前に立つと、ゆっくり開き始めた扉の向こうから、彼らを讃える、波のような歓声がひときわ大きく聞こえたのでした。

おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-03-01 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その1

 ポロでーす。あたらしいお話です。といっても、オリンピア号の外伝で、ゴーヒャ爺さんのお話です。「事実から学べ」は、せんせいの口ぐせですね。頑固なところもせんせいににてます。せんせいのがんこものー。
 では、おたのしみくださーい!



1.王からの使者
 きじ猫ゴーヒャは頑固な老職人でした。仕事は確かでしたが、その頑固さのあまり彼の工房にはもう2人の弟子が残るだけでした。
 ある日、王宮からの使者が工房を訪れました。
使者  「ゴーヒャ殿か」
ゴーヒャ「いかにも」
 ゴーヒャは面倒くさそうに答えました。
使者  「今日は王からの命を伝えに来たのだ。この宇宙船を建造して欲しい」
ゴーヒャ「なんだと?」
使者  「カイパー博士の設計図だ」
ゴーヒャ「わしには無理だ。もう歳をとりすぎた。アカデミーの連中にやらせればよいじゃろう」
 ゴーヒャは数十ページに及ぶ図面の、表紙から2枚を見ただけでそっけなく答えました。
使者  「王の命に逆らうと反逆罪に問われるぞ」
ゴーヒャ「反逆罪など屁とも思わん。見てのとおり、弟子も2人しか残っておらん小さな工房で何ができるというのじゃ。」
使者  「そのことなら心配は無用だ。今、軌道上に乾ドックを建設している。仕事はそこで行なう。必要な人員は王立科学アカデミーから選抜する」
ゴーヒャ「で、何に使いなさるのじゃ、この氷のかたまりを」
使者  「太陽のかけらを持ち帰る。成功すれば、もう冬は来ない」
ゴーヒャ「発案はオールトじゃな?」
使者  「いかにも。オールト博士がこの船を造れるのはキージェ殿しかいないと王に進言したと聞き及んでいる」
 ゴーヒャは少し考えて、固唾を呑んで成りゆきを見守っていた弟子たちに向かって「さあ、新しい仕事だ」と吐き捨てるように言いました。


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2003-02-28 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その2

2.宇宙船建造
 乾ドック建設のために、猫の星の宇宙空港から毎日次々と資材運搬用のシャトルが飛び立ちました。大レンズ建設の時の熱気が再びよみがえりました。ゴーヒャは弟子のブージーとミケロディーを伴って、材料とするための氷の微惑星を探しの毎日でした。
ブージー「親方、太陽のかけらを持ち帰るなんてできるんでしょうか」
ゴーヒャ「乗っていく連中にもよるが、オールトとカイパーは信頼してよい。ワシらは、できる限りよい船を造るまでじゃ」
 2匹の弟子は、天地がひっくりかえるほど驚きました。ゴーヒャは、かつて誰も褒めたことはなく、「誰も信じるな」が何よりの教えだったからです。ミケロディーはオールト博士とカイパー博士は、どのような猫なのだろうと会ってみたくなりました。

 乾ドックに、ゴーヒャたちが選んだ氷の星が曳航されてきました。設計図どおりに推進機関、管制装置、居住区、そして太陽格納庫などを作らなければなりません。
ゴーヒャ「この通信機のメーカーの技術者に規定の出力が出ないと文句を言って、すぐに直させろ! それからな、衝撃を受けたら、おそらくこいつから先に壊れる。これこそ最後まで生き残らねばならんものだ」
ミケロディー「はい!」
ゴーヒャ「居住区の隔壁材が設計どおりの熱貫流率になっていないぞ。ブージー、きちんとチェックしろ! 熱さを恐れたあまり凍死するなんて馬鹿げておるわい」
ブージー「はい!」
ゴーヒャ「ネジ1本の強度不足が命取りになるかも知れんのだ。たとえ科学アカデミーの技術者でも信用するな、真理はすべて事実の中にある。分かったか!」
弟子たち「はい!」
 毎日、ゴーヒャの怒鳴り声が乾ドック中の無線インターコムに鳴り響きました。王立科学アカデミーの技術者たちは、自分が叱られていない時でもみなドキドキしていました。彼は、どんなに小さな間違いも見逃しませんでした。おまけに、ゴーヒャの指示と叱責は正確で正しかったので、いつしか彼は科学アカデミーの技術者の尊敬を一身に集めるようになっていました。技術者たちとのやりとりの中で、ミケロディーとブージーも、ひと回りもふた回りも成長しました。
 ある時、ゴーヒャから苦情を言われた照明装置メーカーの担当者が乾ドックを訪れました。
ゴーヒャ「宇宙船に、衝撃に弱い蛍光管を使うとはどういう了見だ!」
担当者「しかし、今までも蛍光管が使われてきました」
ゴーヒャ「今までは、今までだ。この船はこれからの船だ。今までの船じゃない」
担当者「設計図とは異なったこの指示書はどなたが・・・」
ゴーヒャ「わしに決まっておるだろう! わしの判断だ。正しい判断だけが優れた船を作る。わしらはダテに修業をして経験を積んできたのではないぞ。正しい判断をするためだ。わしは蛍光管では役に立たないときが来ると判断した。わしの判断が正しいか設計図が正しいか、屁理屈ではなく、自分の考えで説明してみせろ」
 担当者は、その気迫に圧倒されたということもありましたが、しぶしぶ了解して帰社しました。

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