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ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-03-05 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その2
2003-03-04 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その3
2003-03-03 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その4
2003-03-02 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その5
2003-03-01 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その1
2003-02-28 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その2
2003-02-27 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その3
2003-02-26 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その4
2003-02-25 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その1
2003-02-24 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その2


2003-03-05 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その2

「頼みというのは他でもない。わしの切り株にぽっかり穴があいておるじゃろう。その穴のずっと奥には、わしの故郷(ふるさと)があるはずじゃ」
 ジョーンズは、けやきの切り株に駆け寄って切り株の穴をのぞきこみました。
「今まで、おじさんが立ってたから分からなかったけれど、真っ暗で深い穴があるよ」
「そうか。わしの種は、その穴から吹き上げられてきおったと、もうずっと昔に枯れてしまった隣のけやきのじさまから聞いたのじゃ」
けやきは、だんだん消え入りそうな声になってきました。
「おじさん、そこに植えて来るんだね。この枝を植えて来るんだね」
「ん? ああ、もういい」
「ぼく植えてくるよ」
「いや、もういいんじゃ。おまえさんだって、帰れなくなるかもしれん」
「ぼくなら大丈夫」
 けやきは、もう返事をしませんでした。


 2.オオカミ
 ジョーンズは一度家に戻ると、とむりんが買ってくれた子猫用バックパックにキャットフードを詰めました。帰れなくなるかも知れないと思い、玄関の段ボールのベッドや、とむりんの奥さんのぐっちゃんと一緒に遊んだボールをしっかりと目に焼き付けました。居間の座布団に寝そべると、家族みんなの匂いがします。それから意を決して、ジョーンズは家を出ました。
 切り株のふちに立つと、穴の奥から弱い風が吹き上げてくるのが分かりました。どこかへ通じている証拠に違いありません。
「おじさんの故郷の風だ」
 ジョーンズは、思い切って穴に飛び込みました。
 ひゅううううううう!
 穴はどこまでもどこまでも続き、ジョーンズもどこまでもどこまでも落ちていきます。いきなり明るいところに出たかと思うと、そこは深い雪の上でした。
 猫のくせに仰向けのまま雪にもぐってしまったジョーンズは身動きひとつ出来ませんでした。真上には曇り空が見えています。すると、誰かがジョーンズをのぞきこみました。
 「助けて」と言ってすぐに、しまったと思いました。それは人相の悪い犬だったのです。
「助けて、か。それは俺以外のヤツに向かって言ったんだろうな。オレは腹が減っているんだ」
「ちょっと待って、ぼくには大切な用事があるんだ。今、食べられちゃうわけにはいかないんだ」
「うるせえ!」
 犬はすごみました。
「獲物の言うこといちいち聞いてたら、オレたちゃみんな飢え死にだ」
犬は雪を掘り始めました。
「食べ物ならあるよ。それをあげるから、ぼくを食べるのはそのあとにしてよ」
「食い物を持った猫か。こりゃいい獲物だ」
 とうとう犬は雪の中からジョーンズを掘り出し、後ろ足で押さえつけるとバックパックのキャットフードを食べ始めました。
「これはうまい食べ物だ。おまえ、いったいどこから来たんだ」
 ジョーンズは今日の出来事を話しました。
「なかなかよくできた、おもしろいつくり話じゃねえか。腹は一杯になったし、お前を食うのはしばらくおあずけにしよう。だがな、そのけやきを植えるのはちょっと無理だぜ」
「どうして?」
「本当なら、もうとっくに春が来ているはずだ。だがこの雪を見て見ろ。おかげでオレはハラペコだ」
「どうして春が来ないの?」
「質問が多い奴だ。食っちまうぞ!」
「ごめんなさい」
「まあいい、教えてやろう。冬将軍のせいだ」
「冬将軍?」
「あの山の向こうの雲の上に居座っていやがる」
「おじさん、犬なのに人間みたいに詳しいね」
「ばかやろう、オレはオオカミだ。犬と一緒にするんじゃねえ。正しくは日本オオカミって言うんだがな。昔は人間に代わってオレたちが野山を支配していたもんだ。もっとも、その頃のことは知らねえが」


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2003-03-04 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その3

「へえ、ぼくオオカミに会うの初めてさ」
「俺だって、お前みたいに太った猫を見るのは初めてだ。早く食いたいぜ」
「ちょっと待ってよ。ぼくはこの枝を植えるまでは食べられちゃうわけにはいかないんだ」
「食われちまえば、そんなこと忘れるさ」
「けやきを植えたら、ぼく、おじさんに食べられてあげるからさ、ほんとだよ」
「けっ、食われてやるだと。獲物から食われてやるなんて言われたかないぜ。第一、この雪じゃ、とても植えるどころじゃないだろう」
「ぼく、大急ぎで冬将軍にお願いしてくるからさ、そしたらさ、そしたらぼく、ほんとに食べられてもいいからさ」
そう言うとジョーンズは急に悲しくなって大粒の涙が次から次へと頬を伝いました。色々な思い出がいっぺんに浮かんできます。とむりんのこと、ぐっちゃんのこと、盛明おじいちゃんと芳子おばあちゃんのこと、ぶうよんのこと、自分の育ったとむりん手製の小屋のこと、秘密のたんぽぽのこと。
「わあーん、わあーん、えーんえん」
「うるせえなあ、分かったから泣くな」
 オオカミはジョーンズを見ているうちに、自分がずっと昔に失ってしまったものを思い出したような気がしてきました。
「ひっく、待っててくれるの、ひっくひっく」
「待ちたかねえが、泣いている奴は食う気がしねえからな」
「じゃあ、ぼく行ってくる」
 ジョーンズは、からになったバックパックを背負うとオオカミが指さした山を目ざして歩き始めました。オオカミはしばらくジョーンズを見送っていましたが、なんだか放っておけないような気がしてきて後を追いました。
「あれ、おじさんどうしたの?」
「え、その、お前が逃げないように見張ろうと思ってな」
「ぼく逃げないってば」
「俺は誰も信用しない主義なんだ」
「ふうん、そうなの」
 2匹は、深い雪に覆われている高い山を目指して歩きました。雪になれていないジョーンズは、転んだり吹き溜まりにはまったりして、たちまち雪だらけになってしまいました。
「おい、ちびすけ。おまえ寒いんじゃないか」
「だいじょうぶだよ。おじさんて思ったよりやさしいんだね」
「な、なんでえ。風邪ひいた猫なんてまずそうじゃねえか」
ジョーンズにはオオカミがなぜか照れているように見えました。



3.冬将軍
 目指す山の麓(ふもと)にたどり着いたのは、日の暮れかかる頃でした。雪の中を長い時間歩き通したので、ふさふさしてたジョーンズの毛並みもじっとりと湿り、寒さで歯の根も合わなくなってきました。
「おい、おまえ寒くないか」
「へ、へ、へ、へいくしょん!」
「今日は、このあたりで穴でも掘って休んだ方がいいぜ」
「だ、だめだよ。ぼくは行くんだ」
「しょうがない奴だな。ま、いくら麓(ふもと)と言っても、ここまで来れば頂上はそう遠くないし、行くとするか」
あたりはどんどん暗くなり、雪混じりの強い風が2匹の行く手を阻(はば)みました。
「お前、腹が減ったろう。俺がお前の食い物をみんな食っちまったからな」
「平気さ。ぼくにはちょうどいいダイエットだ」
「なんだ、そりゃ」
「なんでもないよ」
 行く手はますます雪深くなり、寒さのあまり、ジョーンズの足は感覚を失い始め、竹馬に乗って進んでいるかのようでした。そして、あまりの辛さにとうとう心の中で弱音を吐いてしまいました。
 −けやきのおじさん。ぼく、もう歩けないよ。約束が守れなくてごめんなさい。ぼく、本当にもう歩けそうにない。
 その時、オオカミが言いました。
「おい、着いたようだぜ。見えるか、あれが冬将軍だ」


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2003-03-03 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その4

 ジョーンズは気を取り直して、ぼやけた目で上を向きました。そこには、薄暗い空を背景に雲の鎧(よろい)を着た雪だるまのようなものが白くぼんやりと見えました。しかし、大きすぎて顔は雪雲の中でした。
「あんなに大きいの?」
「ああ、そうだ」
「ぼ、ぼくの声、雲の上まで届くかな」
「やってみなくちゃわからないぜ。なにしろ、お前はちび猫のくせに吹雪の中をこんなところまで来ちまったんだ。お前の声なら届くかも知れん」
「ジョーンズは力をためて、寒さで震える歯の根を合わせて大きな声で叫びました。
「冬将軍のおじさーん! 聞こえますかー!‥‥お願いですから早く春に‥春にしてくださーい!‥‥」
 こだまが何度か往復しましたが、あとは返事も何もありません。風の音がひゅうひゅうとうなるばかりでした。
「こんちくしょう! 冬将軍、聞こえているのかよー! こんなにちっちぇえ猫があんたに頼みに来てんだぞう! 何とか言ったらどうなんだ!」
「冬将軍のおじさーん!」
「おいこら、冬将軍!」
「お願いでーす!」
「早く春にしやがれってんだ!」
 けれども、2匹がいくら大きな声で叫んでも冬将軍は返事をしませんでした。
「オ、オオカミのおじさん。ぼく、もう声がでないよ。力も出なくなってきたし、 眠くてたまらないんだ。ぼくのこと‥‥ぼくのこと食べてもいいから、春になったらけやきの枝をどこかすてきなところに植えてね‥‥。きっとだよ」
「なに、情けないこと言ってんだ。お前は、まったく見上げた猫なんだぜ。猫にしとくのはもったいないくらいだ。お前を食ったりしたらバチが当たるってえもんだ」
 しかし、とうとうジョーンズは雪の中に倒れてしまいました。
 オオカミは、すぐに近くの盛り上がった雪を掘り、中に埋まっている茂みの下の隙間にジョーンズを運び込みました。日も暮れて暗くなり、どんどん寒くなってきました。
 −なんてこった。こんなことがあっていいのかい。こんなに見上げた猫は滅多にいるもんじゃない。お前が死んじまうようなことがあったら、神も仏もあるものか!
 オオカミは自分の身体で温めようと、ジョーンズを包むように抱き抱えました。しかし、オオカミ自身も冷たくて温めるどころではありませんでした。
 −ああ、神様。俺は今まで一度もあんたの名を呼んだことがなかったです。だいいち、俺は悪いことばかりしてきたし、あんたが俺の言うことなんか聞きたくないだろうってことも分かってます。でも神様、おれはこの猫を助けてやりたいです。こいつは、こいつはね、たった一本のけやきの枝のために命をかけているんですよ。自分の約束のために命をかけているんですよ。俺はこいつが大好きになっちまったんです。そうに違いないです。それなのに、俺はこいつをあっためてやることさえできないです。お願いです、神様。俺なんかどうなってもいいです。この猫を助けてやってください。
 すると、空に明るい星が現われました。その星は、雲にぽっかりと穴を開けて輝いていました。



4.佐保姫
「か、神様」
 オオカミがあっけにとられていると星は言いました。
「私(わたくし)は神ではありません。春とでも言っておきましょう。お前の願いは確かに聞き届けました。私は今まで今年の冬将軍の頑固さに弱気になっているところがありました。しかし、お前たちのお陰で目が覚めました。すぐに彼と戦いましょう。そこで、お前に頼みがあります」
「な、なんでございやしょう」
「激しい戦いになります。猛吹雪になるでしょう。しっかりとその猫を守って欲しいのです。お前だって死ぬかも知れません」


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2003-03-02 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その5

「俺なら平気です。きっと守ってみせますです。でも、俺の身体は冷たくて、こいつをあっためてやれるかどうか自信がねえです」
「吹雪から守ってくれれば充分です」
 そう言うと星はすうっと消えました。間もなく本当に猛吹雪になり、小さな雪穴にも容赦なく雪が吹き込みました。
 −ちびすけ、いま春の女神さまが冬将軍と戦ってくれていなさる。もう少しの辛抱だ。お前のお陰で、俺は生まれて初めていいことをしたような気がするぜ。
 嵐は吹き荒れ、吹き込む雪の当たるオオカミの背中が凍り始めました。
 −畜生、俺も眠たくなってきやがった。
 オオカミは眠気を覚ますために、自分の前足をちぎれるほどに咬みました。痛みが頭のてっぺんまで走ります。
 −うっ、く、くっそう!
 オオカミは朦朧(もうろう)としながらも、長い間じっと寒さと眠たさに耐えていました。しかし、吹雪のやむ気配はなく、前足の咬み傷が凍り始めた頃、とうとう気を失うかのように眠りに落ちてしまいました。



4.オオカミふたたび
 ジョーンズが目覚めたとき、すでに朝のまぶしい光が空に満ちていました。背の低い潅木(かんぼく)が並ぶ山の頂上にも春風が吹き、雪解け水がせせらぎを作っていました。かたわらを見ると、びっしょりに濡れたオオカミが横たわっていました。
「オオカミのおじさん、起きてよ! 春が来たんだよ! ぼくたちとうとうやったんだ!」
そのとき、空から声がしました。
「ジョーンズ」
「えっ、誰?」
「私は春をつかさどる者です」
「じゃあ、ぼくたちを助けてくれたのはあなたですか?」
「お前を助けたのは、そのオオカミです。オオカミはお前を助けるために命を投げ出しました」
 ジョーンズは頭の中が混乱して、叫びたいような気持ちでした。
「お前の気持ちはよくわかります。私も同じ気持ちです。私の力が足りず、オオカミを死なせてしまいました。オオカミはもう生き返りはしませんが、彼のたましいは私のもとへ呼ぶつもりです。そのけやきと一緒に、この山に埋めてやりなさい」
ジョーンズはオオカミの墓標の代わりにけやきを植えました。
「けやきのおじさん、オオカミのおじさんをお願いします」
 けやきに向かって手を合わせると、空から一筋の光が降ってきてジョーンズを連れ去りました。ジョーンズは、どんどん高く上って、ついに雲の上に出ました。女神の声が言いました。
「ジョーンズ」
「はい」
「これから、お前の活躍に対する褒美として勇気の章を授けます。元の世界へ戻る前に私の城までおいでなさい」
「さあ。行こうぜ」
振り返ると、それはオオカミでした。
「オオカミのおじさん!」
「まあ、ここも慣れりゃ住みやすそうだ。勲章はオレも貰えるそうだしな。一番カッコいいんだ、あれが」
「おじさん、元気そうで本当によかった」
「俺はいつだって元気さ。それより、お前さんの首輪のリボンが曲がってるぜ。せっかくの英雄がだいなしだ。よし、これでいい」
「ぼくが英雄?」
「あっはっは、そうとも、お前さんは世界一カッコいい英雄だ。最高だよ。元の世界へ帰したくねえくらいだ」
 2匹が城の大きな門の前に立つと、ゆっくり開き始めた扉の向こうから、彼らを讃える、波のような歓声がひときわ大きく聞こえたのでした。

おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


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2003-03-01 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その1

 ポロでーす。あたらしいお話です。といっても、オリンピア号の外伝で、ゴーヒャ爺さんのお話です。「事実から学べ」は、せんせいの口ぐせですね。頑固なところもせんせいににてます。せんせいのがんこものー。
 では、おたのしみくださーい!



1.王からの使者
 きじ猫ゴーヒャは頑固な老職人でした。仕事は確かでしたが、その頑固さのあまり彼の工房にはもう2人の弟子が残るだけでした。
 ある日、王宮からの使者が工房を訪れました。
使者  「ゴーヒャ殿か」
ゴーヒャ「いかにも」
 ゴーヒャは面倒くさそうに答えました。
使者  「今日は王からの命を伝えに来たのだ。この宇宙船を建造して欲しい」
ゴーヒャ「なんだと?」
使者  「カイパー博士の設計図だ」
ゴーヒャ「わしには無理だ。もう歳をとりすぎた。アカデミーの連中にやらせればよいじゃろう」
 ゴーヒャは数十ページに及ぶ図面の、表紙から2枚を見ただけでそっけなく答えました。
使者  「王の命に逆らうと反逆罪に問われるぞ」
ゴーヒャ「反逆罪など屁とも思わん。見てのとおり、弟子も2人しか残っておらん小さな工房で何ができるというのじゃ。」
使者  「そのことなら心配は無用だ。今、軌道上に乾ドックを建設している。仕事はそこで行なう。必要な人員は王立科学アカデミーから選抜する」
ゴーヒャ「で、何に使いなさるのじゃ、この氷のかたまりを」
使者  「太陽のかけらを持ち帰る。成功すれば、もう冬は来ない」
ゴーヒャ「発案はオールトじゃな?」
使者  「いかにも。オールト博士がこの船を造れるのはキージェ殿しかいないと王に進言したと聞き及んでいる」
 ゴーヒャは少し考えて、固唾を呑んで成りゆきを見守っていた弟子たちに向かって「さあ、新しい仕事だ」と吐き捨てるように言いました。


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2003-02-28 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その2

2.宇宙船建造
 乾ドック建設のために、猫の星の宇宙空港から毎日次々と資材運搬用のシャトルが飛び立ちました。大レンズ建設の時の熱気が再びよみがえりました。ゴーヒャは弟子のブージーとミケロディーを伴って、材料とするための氷の微惑星を探しの毎日でした。
ブージー「親方、太陽のかけらを持ち帰るなんてできるんでしょうか」
ゴーヒャ「乗っていく連中にもよるが、オールトとカイパーは信頼してよい。ワシらは、できる限りよい船を造るまでじゃ」
 2匹の弟子は、天地がひっくりかえるほど驚きました。ゴーヒャは、かつて誰も褒めたことはなく、「誰も信じるな」が何よりの教えだったからです。ミケロディーはオールト博士とカイパー博士は、どのような猫なのだろうと会ってみたくなりました。

 乾ドックに、ゴーヒャたちが選んだ氷の星が曳航されてきました。設計図どおりに推進機関、管制装置、居住区、そして太陽格納庫などを作らなければなりません。
ゴーヒャ「この通信機のメーカーの技術者に規定の出力が出ないと文句を言って、すぐに直させろ! それからな、衝撃を受けたら、おそらくこいつから先に壊れる。これこそ最後まで生き残らねばならんものだ」
ミケロディー「はい!」
ゴーヒャ「居住区の隔壁材が設計どおりの熱貫流率になっていないぞ。ブージー、きちんとチェックしろ! 熱さを恐れたあまり凍死するなんて馬鹿げておるわい」
ブージー「はい!」
ゴーヒャ「ネジ1本の強度不足が命取りになるかも知れんのだ。たとえ科学アカデミーの技術者でも信用するな、真理はすべて事実の中にある。分かったか!」
弟子たち「はい!」
 毎日、ゴーヒャの怒鳴り声が乾ドック中の無線インターコムに鳴り響きました。王立科学アカデミーの技術者たちは、自分が叱られていない時でもみなドキドキしていました。彼は、どんなに小さな間違いも見逃しませんでした。おまけに、ゴーヒャの指示と叱責は正確で正しかったので、いつしか彼は科学アカデミーの技術者の尊敬を一身に集めるようになっていました。技術者たちとのやりとりの中で、ミケロディーとブージーも、ひと回りもふた回りも成長しました。
 ある時、ゴーヒャから苦情を言われた照明装置メーカーの担当者が乾ドックを訪れました。
ゴーヒャ「宇宙船に、衝撃に弱い蛍光管を使うとはどういう了見だ!」
担当者「しかし、今までも蛍光管が使われてきました」
ゴーヒャ「今までは、今までだ。この船はこれからの船だ。今までの船じゃない」
担当者「設計図とは異なったこの指示書はどなたが・・・」
ゴーヒャ「わしに決まっておるだろう! わしの判断だ。正しい判断だけが優れた船を作る。わしらはダテに修業をして経験を積んできたのではないぞ。正しい判断をするためだ。わしは蛍光管では役に立たないときが来ると判断した。わしの判断が正しいか設計図が正しいか、屁理屈ではなく、自分の考えで説明してみせろ」
 担当者は、その気迫に圧倒されたということもありましたが、しぶしぶ了解して帰社しました。

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2003-02-27 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その3

ブージー「親方。オレたちには親方がいるから、いろんなことよく分かりますけど、運が悪いと、親方みたいな猫に会えないから本当のこととか分かんないんですよ。怒鳴っちゃかわいそうです」
ゴーヒャ「おまえは、こんなに長く工房におって、まだ分からんのか! 猫からなんぞ習うことは何もない! お前は床に落ちたネジ一本から何を学ぶ。その落ちたネジのために宇宙の塵となった飛行士のニュースを読み上げたアナウンサーから学ぶのか! 猫から学んでいたら遅すぎるんだ! 破門だ、明日から来るな!」
 ゴーヒャは頭から湯気を立てて別の現場にいってしまいました。
ミケロディー「ブージー、大丈夫。親方なんて明日になればケロッと忘れてるから」
ブージー「いくら事実から学べっていっても、親方がいなかったら、それさえ知らなかったよ、オレたち」
ミケロディー「そうとも。親方を選んだのはぼくたちの優れた判断さ」

 仕事を終えて一杯呑みにいくと、技術者たちは、上機嫌でお互いを指さしながら「猫は間違えるが、事実は間違えない!」とゴーヒャの真似をして盛り上がるのでした。
 宇宙船はプロジェクトの名を取って MK(ミクロコスモス)153と呼ばれました。今の王になってから153番目の公共事業なのでした。オールト博士とカイパー博士の名は世間の脚光を浴びてもゴーヒャの名は取り上げられることが少なく、2人の弟子は、それが不満でした。しかし、ゴーヒャは「建築物だって設計者の名が残るだけだ、誰が建てたかなど誰も知りたがらない」といって気にも留めていないようでした。
 星中から決死の航海に向かう若者を募ると3匹の猫が名乗りを挙げました。その中に弟子のミケロディーがいました。それを知ってもゴーヒャは何も言いませんでした。船の完成が近づくにつれてゴーヒャの怒鳴る回数も減り、だんだん無口になっていきました。
 居住区画は小さな家ほどでしたが、太陽格納庫は直径が1キロメートル。熱と戦う氷の外殻を入れると、Mk153の全長は2キロを超えるほどの大きさです。それでも宇宙では小さな小さな船なのでした。
 訓練を終えた3匹の宇宙飛行士たちが、乾ドックにやって来ました。
「Mk153は、太陽をかすめるクロイツ軌道を飛ぶ。受ける熱量は想像を絶する大きさだ。帰ってくる頃には小さな氷のかたまりになっていることだろう」ゴーヒャは3匹の猫に、そう説明しました。しばらく考えた後、再び口を開きました。
「この船は細心の注意を払って、考えうるかぎり完ぺきを目指した。しかし、我々のやることに完ぺきは、あり得ん。あとは君たちの思慮深さと決断にかかっておる。その場に応じて、君たちが柔軟に対応できることを願っている。真実は君たちのすぐ近くにある」
 ミケロディーを除く、初めてゴーヒャに会った2匹の若者はゴーヒャの偉大さを直感しました。ミケロディーも、あらためてその偉大さに感じ入ったのでした。
訓練センターで講義を受けたオールト博士とカイパー博士が、ゴーヒャのことをキージェ先生と呼んでいたのを思いだしました。

先頭 表紙

2003-02-26 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その4

3.旅立ち
 出発の前日。3匹の猫は、全ての準備を終えたMK153に乗り込んで最終チェックを行ないました。自分たちの命がかかった最終チェックです。全ての機械的なテストを済ませ、全員が発射時の位置についてカウントダウンのリハーサルを終えると、年長のトラパティウスが言いました。
トラパ 「MK153では味気ない。この船の名前を考えよう」
タマリウス「ゴーヒャ号はどうだろう」
ミケロ 「親方が、きっと嫌がる」
トラパ 「ゴーヒャ殿の工房の名は何というのだ?」
ミケロ 「親方の出身地の名をとってオリンピア工房というんだ」
トラパ 「それで決まりだ。この船はオリンピア号だ」
タマリ 「それじゃ、積まれている作業船はジュピターだな」
トラパ 「それはいい。出港してから皆に伝えよう。そうすれば誰も反対できない」

 軌道上の乾ドックからの出港なので見送りは限られた人数だけでした。自由落下軌道を進むので、発射と言っても、ゆっくりとした船出のようにオリンピア号はドックを離れました。
─この宇宙船が戻るときワシの命はすでにこの地上にない。そう思うと様々な感慨が押し寄せて、ゴーヒャは船が宇宙の点と消えてからも、なお数時間、その場に立ち尽くしていました。ブージーもずっとそばにいました。
「ブージー。工房は、お前に譲ろう。後は頼んだぞ」
「はい」
 ブージーは、不思議なくらい自然にそう答えました。そうなることがずっと前から分かっていたかのような返事でした。
 オリンピア号のいなくなった乾ドックに、シャトルに戻るゴーヒャとブージーの静かな足音が、ひたひたと響きました。

 その後、ゴーヒャは誰にも言わずに町を出ました。故郷のオリンピア村に戻ることもなく、そのままついにその消息が知れることがなかったと、猫の星の歴史は伝えています。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-02-25 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その1

コホン、ええ、ポロです。
今回は、どうして猫の星の猫が地球にやってきたかというお話です。もともと地球にも猫はいましたから、げんだいの多くの猫は混血です。猫の星はその名を「ドーラ」と言います。「どらねこ」に、そのなごりをとどめていますね。


猫の星・冬の星

1 魔術師たち
ずっと、ずーっと昔のことです。まだエジプトにピラミッドできる前という大昔のことです。
猫たちの星は冥王星のもっと遠くにありました。雪と氷に包まれた、それはそれは寒い星でした。猫の王様は、なんとか暖かくできないものかと考えました。それで、ある日のこと王様は星じゅうの科学者と魔術師たちを集めてたずねました。
「あの暖かい太陽を『猫の星』の近くまで持ってくることはできないものか」
科学者の代表が答えました。
「太陽は私たちの星の何万倍も大きな星、とても不可能にございます。しかし」
「もうよい、不可能と聞けばもうよいのじゃ。魔術師たちよ、おまえたちならどうなのじゃ」
歳老いた魔術師が一歩あゆみでると、少し間をあけて低い声でゆっくりと言いました。
「偉大なる我らが王よ、それは簡単にとは参りますまい。しかし、我ら魔術師に不可能はございませぬ」
「本当か!」
「ただし、光を集めるダイアモンドと水晶がそれぞれ700メガタラントほど必要にございます」
「おお、700メガタラントもか!」
王様は大いに驚きました。周囲の人々からも大きなため息がもれました。それは星じゅうのダイアモンドと水晶を集めたくらいの量だったのです。
「それだけあれば、本当に太陽を近づけることができるのだな」
「ははっ、可能でございます」
さっそく星じゅうのダイアモンドと水晶を集めよという王様のおふれが出されました。誰もが太陽が近づくことを望んでいましたから皆喜んで王の命令に従い、女たちは婚約指輪のダイヤモンドを、魔術師たちは先祖から伝わる大切な水晶の玉を差し出しました。それらの宝石は大きな炉で溶かされて、水晶とダイアモンドの2枚のレンズに生まれ変わりました。長い時間をかけて冷やされた、その2枚は組み合わされて完全無欠の集光レンズになりました。
ある晩、魔術師たちは王宮の東側にある祈りの丘にレンズを据え付けました。レンズは星々の光を受けて妖しく輝いています。朝が近づくにつれて東の空は少しづつ白みはじめました。その光を受けてレンズは、ますます輝きを増し、眩(まばゆ)いばかりになりました。魔術師たちの唱える呪文が不気味に響くなかを、ゆっくりと太陽が昇り始めました。王様も猫たちもその美しい光を固唾を呑んで見守りました。
「おお、日の出じゃ」
大きなレンズは太陽の光を受けて、それ自体が太陽となりました。間もなく王宮は春に包まれました。
「おお!」
その暖かさに、皆は大きな声を上げました。雪はとけ、氷柱(つらら)は落ちて、中庭にはせせらぎが流れました。
「うむ、でかしたぞ!」
王様も思わず玉座から立ち上がって言いました。
ところが、それから間もなく、光はすうーっと消えてなくなってしまいました。太陽が高く昇ってレンズに光が入らなくなってしまったのです。再び寒い世界に戻りました。
「なんじゃ、これではただのまやかしではないか。星じゅうの宝石を集めたのだから、星じゅうが暖まらなければ意味などない」
魔術師の長老は王様の前に進み出て言いました。
「すべては、この私(わたくし)のせいでございます。どうぞ、首をおはねください」
「お前の首をはねたところでこの星は暖かくなるまい。それより次の手だてを考えよ」
「ははっ!」

先頭 表紙

2003-02-24 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その2

2 科学者たち
猫の王様はその日ずっと思案に暮れていました。そして、自分が科学者の言葉を途中でさえぎってしまったことを思い出しました。翌日、早速その科学者が召しだされました。
「わしは、この前、お前が『しかし、』と言ったところで言葉をさえぎってしまった。あのあと、何を言おうとしていたのか今一度話してはくれぬか」
「ははっ。太陽を近づけることはできませんが、太陽のかけらをほんの少しだけすくって持ってくることならできるかも知れません、と申し上げるつもりでした」
「なに、そんなことが可能なのか」
「五分五分といったところでございます。いや、もっと低い確率かも」
「何が必要なのじゃ」
「氷の星のひとかけらと、何よりも勇気ある若者が数人」
「その航海はどのくらいの年月がかかるのだ。太陽のかけらはどのくらい燃え続けるのだ」
「航海は猫の寿命ほど。一度に持って帰れる太陽のかけらは70年分ほどになることでしょう」
王様は遠くを見つめ、決心したように言いました。
「一生をかけての航海。志願する若者たちは英雄となるだろう」

猫の星の近くには小さな氷の星が無数に浮かんでいました。猫の科学者たちはそのひとつを選び、中をくり抜いて宇宙船を作りました。中心となったカイパー博士とオールト博士の名前をとって「カイパー・オールト計画」と呼ばれました。
王様は星じゅうに勇気ある若者を募りました。
すぐに若者たちが名乗りをあげました。トラパティウス、タマリウス、ミケロディーの3人でした。3人は、短期間で厳しい訓練を積み、太陽に向かって旅立つことになりました。
前回の失敗に懲りたのか、王様は大がかりな祝賀・激励行事は一切行ないませんでした。ある日の夜明け、3人は静かに静かに乾ドックを出発しました。見送ったのは建造に携わった技術者たちと家族・少しの友人だけでした。


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