himajin top
ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-03-02 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その5
2003-03-01 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その1
2003-02-28 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その2
2003-02-27 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その3
2003-02-26 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その4
2003-02-25 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その1
2003-02-24 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その2
2003-02-23 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その3
2003-02-22 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その4
2003-02-21 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その5


2003-03-02 猫の星の歴史教科書第4回「けやきとの約束」その5

「俺なら平気です。きっと守ってみせますです。でも、俺の身体は冷たくて、こいつをあっためてやれるかどうか自信がねえです」
「吹雪から守ってくれれば充分です」
 そう言うと星はすうっと消えました。間もなく本当に猛吹雪になり、小さな雪穴にも容赦なく雪が吹き込みました。
 −ちびすけ、いま春の女神さまが冬将軍と戦ってくれていなさる。もう少しの辛抱だ。お前のお陰で、俺は生まれて初めていいことをしたような気がするぜ。
 嵐は吹き荒れ、吹き込む雪の当たるオオカミの背中が凍り始めました。
 −畜生、俺も眠たくなってきやがった。
 オオカミは眠気を覚ますために、自分の前足をちぎれるほどに咬みました。痛みが頭のてっぺんまで走ります。
 −うっ、く、くっそう!
 オオカミは朦朧(もうろう)としながらも、長い間じっと寒さと眠たさに耐えていました。しかし、吹雪のやむ気配はなく、前足の咬み傷が凍り始めた頃、とうとう気を失うかのように眠りに落ちてしまいました。



4.オオカミふたたび
 ジョーンズが目覚めたとき、すでに朝のまぶしい光が空に満ちていました。背の低い潅木(かんぼく)が並ぶ山の頂上にも春風が吹き、雪解け水がせせらぎを作っていました。かたわらを見ると、びっしょりに濡れたオオカミが横たわっていました。
「オオカミのおじさん、起きてよ! 春が来たんだよ! ぼくたちとうとうやったんだ!」
そのとき、空から声がしました。
「ジョーンズ」
「えっ、誰?」
「私は春をつかさどる者です」
「じゃあ、ぼくたちを助けてくれたのはあなたですか?」
「お前を助けたのは、そのオオカミです。オオカミはお前を助けるために命を投げ出しました」
 ジョーンズは頭の中が混乱して、叫びたいような気持ちでした。
「お前の気持ちはよくわかります。私も同じ気持ちです。私の力が足りず、オオカミを死なせてしまいました。オオカミはもう生き返りはしませんが、彼のたましいは私のもとへ呼ぶつもりです。そのけやきと一緒に、この山に埋めてやりなさい」
ジョーンズはオオカミの墓標の代わりにけやきを植えました。
「けやきのおじさん、オオカミのおじさんをお願いします」
 けやきに向かって手を合わせると、空から一筋の光が降ってきてジョーンズを連れ去りました。ジョーンズは、どんどん高く上って、ついに雲の上に出ました。女神の声が言いました。
「ジョーンズ」
「はい」
「これから、お前の活躍に対する褒美として勇気の章を授けます。元の世界へ戻る前に私の城までおいでなさい」
「さあ。行こうぜ」
振り返ると、それはオオカミでした。
「オオカミのおじさん!」
「まあ、ここも慣れりゃ住みやすそうだ。勲章はオレも貰えるそうだしな。一番カッコいいんだ、あれが」
「おじさん、元気そうで本当によかった」
「俺はいつだって元気さ。それより、お前さんの首輪のリボンが曲がってるぜ。せっかくの英雄がだいなしだ。よし、これでいい」
「ぼくが英雄?」
「あっはっは、そうとも、お前さんは世界一カッコいい英雄だ。最高だよ。元の世界へ帰したくねえくらいだ」
 2匹が城の大きな門の前に立つと、ゆっくり開き始めた扉の向こうから、彼らを讃える、波のような歓声がひときわ大きく聞こえたのでした。

おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-03-01 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その1

 ポロでーす。あたらしいお話です。といっても、オリンピア号の外伝で、ゴーヒャ爺さんのお話です。「事実から学べ」は、せんせいの口ぐせですね。頑固なところもせんせいににてます。せんせいのがんこものー。
 では、おたのしみくださーい!



1.王からの使者
 きじ猫ゴーヒャは頑固な老職人でした。仕事は確かでしたが、その頑固さのあまり彼の工房にはもう2人の弟子が残るだけでした。
 ある日、王宮からの使者が工房を訪れました。
使者  「ゴーヒャ殿か」
ゴーヒャ「いかにも」
 ゴーヒャは面倒くさそうに答えました。
使者  「今日は王からの命を伝えに来たのだ。この宇宙船を建造して欲しい」
ゴーヒャ「なんだと?」
使者  「カイパー博士の設計図だ」
ゴーヒャ「わしには無理だ。もう歳をとりすぎた。アカデミーの連中にやらせればよいじゃろう」
 ゴーヒャは数十ページに及ぶ図面の、表紙から2枚を見ただけでそっけなく答えました。
使者  「王の命に逆らうと反逆罪に問われるぞ」
ゴーヒャ「反逆罪など屁とも思わん。見てのとおり、弟子も2人しか残っておらん小さな工房で何ができるというのじゃ。」
使者  「そのことなら心配は無用だ。今、軌道上に乾ドックを建設している。仕事はそこで行なう。必要な人員は王立科学アカデミーから選抜する」
ゴーヒャ「で、何に使いなさるのじゃ、この氷のかたまりを」
使者  「太陽のかけらを持ち帰る。成功すれば、もう冬は来ない」
ゴーヒャ「発案はオールトじゃな?」
使者  「いかにも。オールト博士がこの船を造れるのはキージェ殿しかいないと王に進言したと聞き及んでいる」
 ゴーヒャは少し考えて、固唾を呑んで成りゆきを見守っていた弟子たちに向かって「さあ、新しい仕事だ」と吐き捨てるように言いました。


先頭 表紙

2003-02-28 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その2

2.宇宙船建造
 乾ドック建設のために、猫の星の宇宙空港から毎日次々と資材運搬用のシャトルが飛び立ちました。大レンズ建設の時の熱気が再びよみがえりました。ゴーヒャは弟子のブージーとミケロディーを伴って、材料とするための氷の微惑星を探しの毎日でした。
ブージー「親方、太陽のかけらを持ち帰るなんてできるんでしょうか」
ゴーヒャ「乗っていく連中にもよるが、オールトとカイパーは信頼してよい。ワシらは、できる限りよい船を造るまでじゃ」
 2匹の弟子は、天地がひっくりかえるほど驚きました。ゴーヒャは、かつて誰も褒めたことはなく、「誰も信じるな」が何よりの教えだったからです。ミケロディーはオールト博士とカイパー博士は、どのような猫なのだろうと会ってみたくなりました。

 乾ドックに、ゴーヒャたちが選んだ氷の星が曳航されてきました。設計図どおりに推進機関、管制装置、居住区、そして太陽格納庫などを作らなければなりません。
ゴーヒャ「この通信機のメーカーの技術者に規定の出力が出ないと文句を言って、すぐに直させろ! それからな、衝撃を受けたら、おそらくこいつから先に壊れる。これこそ最後まで生き残らねばならんものだ」
ミケロディー「はい!」
ゴーヒャ「居住区の隔壁材が設計どおりの熱貫流率になっていないぞ。ブージー、きちんとチェックしろ! 熱さを恐れたあまり凍死するなんて馬鹿げておるわい」
ブージー「はい!」
ゴーヒャ「ネジ1本の強度不足が命取りになるかも知れんのだ。たとえ科学アカデミーの技術者でも信用するな、真理はすべて事実の中にある。分かったか!」
弟子たち「はい!」
 毎日、ゴーヒャの怒鳴り声が乾ドック中の無線インターコムに鳴り響きました。王立科学アカデミーの技術者たちは、自分が叱られていない時でもみなドキドキしていました。彼は、どんなに小さな間違いも見逃しませんでした。おまけに、ゴーヒャの指示と叱責は正確で正しかったので、いつしか彼は科学アカデミーの技術者の尊敬を一身に集めるようになっていました。技術者たちとのやりとりの中で、ミケロディーとブージーも、ひと回りもふた回りも成長しました。
 ある時、ゴーヒャから苦情を言われた照明装置メーカーの担当者が乾ドックを訪れました。
ゴーヒャ「宇宙船に、衝撃に弱い蛍光管を使うとはどういう了見だ!」
担当者「しかし、今までも蛍光管が使われてきました」
ゴーヒャ「今までは、今までだ。この船はこれからの船だ。今までの船じゃない」
担当者「設計図とは異なったこの指示書はどなたが・・・」
ゴーヒャ「わしに決まっておるだろう! わしの判断だ。正しい判断だけが優れた船を作る。わしらはダテに修業をして経験を積んできたのではないぞ。正しい判断をするためだ。わしは蛍光管では役に立たないときが来ると判断した。わしの判断が正しいか設計図が正しいか、屁理屈ではなく、自分の考えで説明してみせろ」
 担当者は、その気迫に圧倒されたということもありましたが、しぶしぶ了解して帰社しました。

先頭 表紙

2003-02-27 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その3

ブージー「親方。オレたちには親方がいるから、いろんなことよく分かりますけど、運が悪いと、親方みたいな猫に会えないから本当のこととか分かんないんですよ。怒鳴っちゃかわいそうです」
ゴーヒャ「おまえは、こんなに長く工房におって、まだ分からんのか! 猫からなんぞ習うことは何もない! お前は床に落ちたネジ一本から何を学ぶ。その落ちたネジのために宇宙の塵となった飛行士のニュースを読み上げたアナウンサーから学ぶのか! 猫から学んでいたら遅すぎるんだ! 破門だ、明日から来るな!」
 ゴーヒャは頭から湯気を立てて別の現場にいってしまいました。
ミケロディー「ブージー、大丈夫。親方なんて明日になればケロッと忘れてるから」
ブージー「いくら事実から学べっていっても、親方がいなかったら、それさえ知らなかったよ、オレたち」
ミケロディー「そうとも。親方を選んだのはぼくたちの優れた判断さ」

 仕事を終えて一杯呑みにいくと、技術者たちは、上機嫌でお互いを指さしながら「猫は間違えるが、事実は間違えない!」とゴーヒャの真似をして盛り上がるのでした。
 宇宙船はプロジェクトの名を取って MK(ミクロコスモス)153と呼ばれました。今の王になってから153番目の公共事業なのでした。オールト博士とカイパー博士の名は世間の脚光を浴びてもゴーヒャの名は取り上げられることが少なく、2人の弟子は、それが不満でした。しかし、ゴーヒャは「建築物だって設計者の名が残るだけだ、誰が建てたかなど誰も知りたがらない」といって気にも留めていないようでした。
 星中から決死の航海に向かう若者を募ると3匹の猫が名乗りを挙げました。その中に弟子のミケロディーがいました。それを知ってもゴーヒャは何も言いませんでした。船の完成が近づくにつれてゴーヒャの怒鳴る回数も減り、だんだん無口になっていきました。
 居住区画は小さな家ほどでしたが、太陽格納庫は直径が1キロメートル。熱と戦う氷の外殻を入れると、Mk153の全長は2キロを超えるほどの大きさです。それでも宇宙では小さな小さな船なのでした。
 訓練を終えた3匹の宇宙飛行士たちが、乾ドックにやって来ました。
「Mk153は、太陽をかすめるクロイツ軌道を飛ぶ。受ける熱量は想像を絶する大きさだ。帰ってくる頃には小さな氷のかたまりになっていることだろう」ゴーヒャは3匹の猫に、そう説明しました。しばらく考えた後、再び口を開きました。
「この船は細心の注意を払って、考えうるかぎり完ぺきを目指した。しかし、我々のやることに完ぺきは、あり得ん。あとは君たちの思慮深さと決断にかかっておる。その場に応じて、君たちが柔軟に対応できることを願っている。真実は君たちのすぐ近くにある」
 ミケロディーを除く、初めてゴーヒャに会った2匹の若者はゴーヒャの偉大さを直感しました。ミケロディーも、あらためてその偉大さに感じ入ったのでした。
訓練センターで講義を受けたオールト博士とカイパー博士が、ゴーヒャのことをキージェ先生と呼んでいたのを思いだしました。

先頭 表紙

2003-02-26 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その4

3.旅立ち
 出発の前日。3匹の猫は、全ての準備を終えたMK153に乗り込んで最終チェックを行ないました。自分たちの命がかかった最終チェックです。全ての機械的なテストを済ませ、全員が発射時の位置についてカウントダウンのリハーサルを終えると、年長のトラパティウスが言いました。
トラパ 「MK153では味気ない。この船の名前を考えよう」
タマリウス「ゴーヒャ号はどうだろう」
ミケロ 「親方が、きっと嫌がる」
トラパ 「ゴーヒャ殿の工房の名は何というのだ?」
ミケロ 「親方の出身地の名をとってオリンピア工房というんだ」
トラパ 「それで決まりだ。この船はオリンピア号だ」
タマリ 「それじゃ、積まれている作業船はジュピターだな」
トラパ 「それはいい。出港してから皆に伝えよう。そうすれば誰も反対できない」

 軌道上の乾ドックからの出港なので見送りは限られた人数だけでした。自由落下軌道を進むので、発射と言っても、ゆっくりとした船出のようにオリンピア号はドックを離れました。
─この宇宙船が戻るときワシの命はすでにこの地上にない。そう思うと様々な感慨が押し寄せて、ゴーヒャは船が宇宙の点と消えてからも、なお数時間、その場に立ち尽くしていました。ブージーもずっとそばにいました。
「ブージー。工房は、お前に譲ろう。後は頼んだぞ」
「はい」
 ブージーは、不思議なくらい自然にそう答えました。そうなることがずっと前から分かっていたかのような返事でした。
 オリンピア号のいなくなった乾ドックに、シャトルに戻るゴーヒャとブージーの静かな足音が、ひたひたと響きました。

 その後、ゴーヒャは誰にも言わずに町を出ました。故郷のオリンピア村に戻ることもなく、そのままついにその消息が知れることがなかったと、猫の星の歴史は伝えています。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-02-25 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その1

コホン、ええ、ポロです。
今回は、どうして猫の星の猫が地球にやってきたかというお話です。もともと地球にも猫はいましたから、げんだいの多くの猫は混血です。猫の星はその名を「ドーラ」と言います。「どらねこ」に、そのなごりをとどめていますね。


猫の星・冬の星

1 魔術師たち
ずっと、ずーっと昔のことです。まだエジプトにピラミッドできる前という大昔のことです。
猫たちの星は冥王星のもっと遠くにありました。雪と氷に包まれた、それはそれは寒い星でした。猫の王様は、なんとか暖かくできないものかと考えました。それで、ある日のこと王様は星じゅうの科学者と魔術師たちを集めてたずねました。
「あの暖かい太陽を『猫の星』の近くまで持ってくることはできないものか」
科学者の代表が答えました。
「太陽は私たちの星の何万倍も大きな星、とても不可能にございます。しかし」
「もうよい、不可能と聞けばもうよいのじゃ。魔術師たちよ、おまえたちならどうなのじゃ」
歳老いた魔術師が一歩あゆみでると、少し間をあけて低い声でゆっくりと言いました。
「偉大なる我らが王よ、それは簡単にとは参りますまい。しかし、我ら魔術師に不可能はございませぬ」
「本当か!」
「ただし、光を集めるダイアモンドと水晶がそれぞれ700メガタラントほど必要にございます」
「おお、700メガタラントもか!」
王様は大いに驚きました。周囲の人々からも大きなため息がもれました。それは星じゅうのダイアモンドと水晶を集めたくらいの量だったのです。
「それだけあれば、本当に太陽を近づけることができるのだな」
「ははっ、可能でございます」
さっそく星じゅうのダイアモンドと水晶を集めよという王様のおふれが出されました。誰もが太陽が近づくことを望んでいましたから皆喜んで王の命令に従い、女たちは婚約指輪のダイヤモンドを、魔術師たちは先祖から伝わる大切な水晶の玉を差し出しました。それらの宝石は大きな炉で溶かされて、水晶とダイアモンドの2枚のレンズに生まれ変わりました。長い時間をかけて冷やされた、その2枚は組み合わされて完全無欠の集光レンズになりました。
ある晩、魔術師たちは王宮の東側にある祈りの丘にレンズを据え付けました。レンズは星々の光を受けて妖しく輝いています。朝が近づくにつれて東の空は少しづつ白みはじめました。その光を受けてレンズは、ますます輝きを増し、眩(まばゆ)いばかりになりました。魔術師たちの唱える呪文が不気味に響くなかを、ゆっくりと太陽が昇り始めました。王様も猫たちもその美しい光を固唾を呑んで見守りました。
「おお、日の出じゃ」
大きなレンズは太陽の光を受けて、それ自体が太陽となりました。間もなく王宮は春に包まれました。
「おお!」
その暖かさに、皆は大きな声を上げました。雪はとけ、氷柱(つらら)は落ちて、中庭にはせせらぎが流れました。
「うむ、でかしたぞ!」
王様も思わず玉座から立ち上がって言いました。
ところが、それから間もなく、光はすうーっと消えてなくなってしまいました。太陽が高く昇ってレンズに光が入らなくなってしまったのです。再び寒い世界に戻りました。
「なんじゃ、これではただのまやかしではないか。星じゅうの宝石を集めたのだから、星じゅうが暖まらなければ意味などない」
魔術師の長老は王様の前に進み出て言いました。
「すべては、この私(わたくし)のせいでございます。どうぞ、首をおはねください」
「お前の首をはねたところでこの星は暖かくなるまい。それより次の手だてを考えよ」
「ははっ!」

先頭 表紙

2003-02-24 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その2

2 科学者たち
猫の王様はその日ずっと思案に暮れていました。そして、自分が科学者の言葉を途中でさえぎってしまったことを思い出しました。翌日、早速その科学者が召しだされました。
「わしは、この前、お前が『しかし、』と言ったところで言葉をさえぎってしまった。あのあと、何を言おうとしていたのか今一度話してはくれぬか」
「ははっ。太陽を近づけることはできませんが、太陽のかけらをほんの少しだけすくって持ってくることならできるかも知れません、と申し上げるつもりでした」
「なに、そんなことが可能なのか」
「五分五分といったところでございます。いや、もっと低い確率かも」
「何が必要なのじゃ」
「氷の星のひとかけらと、何よりも勇気ある若者が数人」
「その航海はどのくらいの年月がかかるのだ。太陽のかけらはどのくらい燃え続けるのだ」
「航海は猫の寿命ほど。一度に持って帰れる太陽のかけらは70年分ほどになることでしょう」
王様は遠くを見つめ、決心したように言いました。
「一生をかけての航海。志願する若者たちは英雄となるだろう」

猫の星の近くには小さな氷の星が無数に浮かんでいました。猫の科学者たちはそのひとつを選び、中をくり抜いて宇宙船を作りました。中心となったカイパー博士とオールト博士の名前をとって「カイパー・オールト計画」と呼ばれました。
王様は星じゅうに勇気ある若者を募りました。
すぐに若者たちが名乗りをあげました。トラパティウス、タマリウス、ミケロディーの3人でした。3人は、短期間で厳しい訓練を積み、太陽に向かって旅立つことになりました。
前回の失敗に懲りたのか、王様は大がかりな祝賀・激励行事は一切行ないませんでした。ある日の夜明け、3人は静かに静かに乾ドックを出発しました。見送ったのは建造に携わった技術者たちと家族・少しの友人だけでした。


先頭 表紙

2003-02-23 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その3

3 宇宙船オリンピア号
一番年上のトラパティウスが船長を務めることになりました。それまで計画名で呼ばれていた宇宙船の名前は、3人で考えた「オリンピア号」とつけました。船内の生活は全て順調でした。3人で毎日3交替。日曜日はありませんが、誰も不平は言いませんでした。時計のように正確な生活でした。
出発してから1年が過ぎ、とうとう猫の星と連絡がとれる最後のところへやってきました。
「こちらオリンピア号。ザー猫ガーの星どうぞザー」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「こちらガー猫の星ザー通信センターですガーどうぞ」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「私はガー船長のトラパティウスですザーまもなくガー通信できない遠い空間に達しますザーザー家族や友人と話させてください」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「皆さんザーお待ちかねですザー」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3人は交替で、故郷の家族や友人たちと話しました。最後には王様もメッセージを伝えてきました。「必ず戻るように」というものでした。そして、とうとう、本当に猫の星から遠く離れてしまったのでした。
操縦室の窓からは太陽が小さく、しかし、丸く見えていました。

それから何年もが過ぎました。若かった3人も、今では立派な大人の猫になりました。オリンピア号も近づいた太陽の熱と放射線を受けて氷が昇華し、ガスやイオンとなって白く長い尾をひき始めました。地球からは彗星として見えていたことでしょう。

さらに時が流れ、いよいよ、オリンピア号を太陽への接触軌道へ乗せることになりました。
「ミケロディー」
「何ですか船長」
「コースがかなりずれているような気がするんだが」
「本当だ。そのとおりです、船長。氷の船体が昇華する速さの計算ミスのようです」
「いや、ミスではないかも知れない。長い航海による誤差の積み重ねというところだろう。もっと早く気づかなかった我々のミスだ。少し重すぎるようだな。タマリウス」
「はい、船長」
「修正できるか?」
「すぐに計算します。ミケロディー、重さと加速度のデータを頼む」
「いや、君たちは操縦を続けてくれ。メインエンジンのほかに、燃料の残っているスラスタやバーニアを全て使うんだ」
「了解しました、船長」
数分後、船長のトラパティウスは軌道修正のための計算を終えて言いました。
「ほんの少しだが、推力が足りない。私が小型作業船に乗って船外からオリンピア号を押す」
「船長、おれが行きます」「いや、私が!」
「パイロットと航海士が席を離れてどうする!」
トラパティウスは2人にそう言うと、作業船のジュピター1号に飛び乗りました。


先頭 表紙

2003-02-22 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その4

「2人ともよく聞いてくれ」
数分後、船長のトラパティウスから無線で連絡がありました。
「オリンピア号は太陽に引かれてどんどん加速している。この作業船では、もう間に合いそうにない。危険だがオリンピア号の氷の一部を爆破してコースを変えようと思う。君たちはコースの確保と太陽をすくう作業を頼む」
「船長、爆破なら俺がやりましょう」
「いや、私がやる」
「2人ともありがとう。もう交代している暇がない。すぐに爆破しなければならない。相当大きな衝撃になるはずだ。軌道の保持に全力を尽くして欲しい」
2人は、船長が作業船に乗るときからこのことを計画していたということに今、気づきました。
「了解。船長、気をつけて!」
「まかせてくれ」
ミケロディーとタマリウスは操縦席に座ってその時を待ちました。。太陽は本当にすぐそこまで迫っていて、プロミネンスの炎の腕がオリンピア号に届きそうでした。トラパティウスはマニピュレータとよばれる、作業船の腕を使って爆薬を仕掛けましたが、時間がありませんでした。彼は待避する時間も惜しんで点火ボタンを押しました。

どどどどどどどど、どどどどど、どどど、どど、ど、ど!

白い尾を引いて見事にオリンピア号の一部が吹き飛んでいきました。軽くなったオリンピア号は太陽に墜落する寸前に大きく軌道を変え、表面すれすれを飛ぶ接触軌道という理想的なコースになりました。
「タマリウス、ミケロディー! さあ、太陽をすくい取るんだ」
オリンピア号のるつぼが太陽をすくい、太陽のかけらは反重力保持炉という特別な場所に収められました。
「船長、うまくいきました。太陽のかけらを船内に収容しました」
「それザーはよかガーた。よくザーったぞ」
無線の船長の声は雑音だらけでした。タマリウスは、はっとして聞き返しました。
「船長、はやく戻ってきてください。どこにいるんですか!」
「爆風でガー吹き飛ばザーれた。残念だがザーもうガー戻れそうにない」
「船長!助けにいきます。待っていてください!」
「やめろザー来ては行けないガー」
レーダーで確認すると、船長の作業船はオリンピア号とは逆方向に向かって太陽から離れて行っているようでした。2人はオリンピア号を猫の星への帰還軌道に乗せると、作業船ジュピター2号に乗り込んで発進させました。
爆風で加速されたトラパティウスのジュピター1号は想像を絶する速度で太陽を離れており、後発の2号では追いつけそうにありませんでした。また、帰還軌道に乗ったオリンピア号もすでに遠く離れてしまい、2人の乗った作業船は、どちらにもたどり着けそうにありませんでした。
「オリンピア号が太陽の近くでは、こんなに速いとは!」
「ケプラーの第2法則だったな、たしか」
「実際に見たのは初めてだよ」
「おい、タマリウス。お前は、いいやつだった」
「何言ってるんだ。お前こそ。何も後悔なんかしていないだろ」
「ああ、当たり前だ」
2人は、船長を安心させることにしました。
「船長、そちらの船を確認しました」
「何をしているガー、はやくザー戻って船を守れ」
「はい、そうします。船長の作業船には残念ながら追いつけそうにありません。船長お元気で」
「君たちはガー最高だった。ザー船長だなんて威張っていたけれど許してくれガー」
「とんでもない。船長こそ最高でした。一生わすれません」
「ありがザー、きみたちのガーゆうきにザーザーかんしゃする‥‥‥‥‥‥‥‥」


先頭 表紙

2003-02-21 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その5

4 新しい星へ
トラパティウスは、これでいいのだと思いました。出港した時から覚悟はできてるつもりでした。
−太陽のかけらが猫の星に届けばきっとみんな暮らしやすくなるに違いない。子どもたちだって外で思いきり遊べるぞ−
トラパティウスは、子どもの頃のそりすべりや雪だるま作りのことを思い出しました。
−そうだ。もう雪は降らないかも知れないな。子どもたちは新しい遊びを考え出さなくてはなるまい−
行く手には金色の衛星を従えた青い海と白い雲の星が見えました。
すでに無線も、いくつかの船内照明も壊れていました。
「あそこまでもつだろうか」
トラパティウスは一人つぶやくと、残りの燃料で作業船ジュピター1号を着陸コースに乗せました。


「オリンピア号は無事に帰るだろうか」
「大丈夫、軌道は確認した。これで子どもたちも雪だるまとお別れさ」
「タマリウス、おれたちはどうする?」
「少し遠いが、金色の大きな衛星を持った青い星があるんだ」
「お、あれは凍っていない海だな。そして、水蒸気たっぷりの雲だ」
「位置から見て、船長がもし無事なら、とっくにこの星に降りているはずだ」
「決めたぞ。降りよう」
「よし、極軌道に入って平らな場所を探して、それから着陸だ」
「念のため、一応着陸許可申請をしたほうがいいんじゃないか」
「こちらドーラ船籍の宇宙船ジュピター2号、緊急事態のため、着陸許可を求めます」
しかし、いくら呼びかけても応答はありませんでした。
「降りても大丈夫ってことだ」
「猫は、いるだろうか」
「いるとも。猫はどこにだっているんだ」


先頭 表紙


[次の10件を表示] (総目次)