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ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-02-26 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その4
2003-02-25 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その1
2003-02-24 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その2
2003-02-23 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その3
2003-02-22 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その4
2003-02-21 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その5
2003-02-20 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その6
2003-02-19 猫の星の歴史教科書第1回 「セロ弾きジョーンズ」その1
2003-02-18 猫の星の歴史教科書第1回 「セロ弾きジョーンズ」その2
2003-02-17 猫の星の歴史教科書第1回 「セロ弾きジョーンズ」その3


2003-02-26 猫の星の歴史教科書第3回 「ゴーヒャ・キージェ」その4

3.旅立ち
 出発の前日。3匹の猫は、全ての準備を終えたMK153に乗り込んで最終チェックを行ないました。自分たちの命がかかった最終チェックです。全ての機械的なテストを済ませ、全員が発射時の位置についてカウントダウンのリハーサルを終えると、年長のトラパティウスが言いました。
トラパ 「MK153では味気ない。この船の名前を考えよう」
タマリウス「ゴーヒャ号はどうだろう」
ミケロ 「親方が、きっと嫌がる」
トラパ 「ゴーヒャ殿の工房の名は何というのだ?」
ミケロ 「親方の出身地の名をとってオリンピア工房というんだ」
トラパ 「それで決まりだ。この船はオリンピア号だ」
タマリ 「それじゃ、積まれている作業船はジュピターだな」
トラパ 「それはいい。出港してから皆に伝えよう。そうすれば誰も反対できない」

 軌道上の乾ドックからの出港なので見送りは限られた人数だけでした。自由落下軌道を進むので、発射と言っても、ゆっくりとした船出のようにオリンピア号はドックを離れました。
─この宇宙船が戻るときワシの命はすでにこの地上にない。そう思うと様々な感慨が押し寄せて、ゴーヒャは船が宇宙の点と消えてからも、なお数時間、その場に立ち尽くしていました。ブージーもずっとそばにいました。
「ブージー。工房は、お前に譲ろう。後は頼んだぞ」
「はい」
 ブージーは、不思議なくらい自然にそう答えました。そうなることがずっと前から分かっていたかのような返事でした。
 オリンピア号のいなくなった乾ドックに、シャトルに戻るゴーヒャとブージーの静かな足音が、ひたひたと響きました。

 その後、ゴーヒャは誰にも言わずに町を出ました。故郷のオリンピア村に戻ることもなく、そのままついにその消息が知れることがなかったと、猫の星の歴史は伝えています。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-02-25 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その1

コホン、ええ、ポロです。
今回は、どうして猫の星の猫が地球にやってきたかというお話です。もともと地球にも猫はいましたから、げんだいの多くの猫は混血です。猫の星はその名を「ドーラ」と言います。「どらねこ」に、そのなごりをとどめていますね。


猫の星・冬の星

1 魔術師たち
ずっと、ずーっと昔のことです。まだエジプトにピラミッドできる前という大昔のことです。
猫たちの星は冥王星のもっと遠くにありました。雪と氷に包まれた、それはそれは寒い星でした。猫の王様は、なんとか暖かくできないものかと考えました。それで、ある日のこと王様は星じゅうの科学者と魔術師たちを集めてたずねました。
「あの暖かい太陽を『猫の星』の近くまで持ってくることはできないものか」
科学者の代表が答えました。
「太陽は私たちの星の何万倍も大きな星、とても不可能にございます。しかし」
「もうよい、不可能と聞けばもうよいのじゃ。魔術師たちよ、おまえたちならどうなのじゃ」
歳老いた魔術師が一歩あゆみでると、少し間をあけて低い声でゆっくりと言いました。
「偉大なる我らが王よ、それは簡単にとは参りますまい。しかし、我ら魔術師に不可能はございませぬ」
「本当か!」
「ただし、光を集めるダイアモンドと水晶がそれぞれ700メガタラントほど必要にございます」
「おお、700メガタラントもか!」
王様は大いに驚きました。周囲の人々からも大きなため息がもれました。それは星じゅうのダイアモンドと水晶を集めたくらいの量だったのです。
「それだけあれば、本当に太陽を近づけることができるのだな」
「ははっ、可能でございます」
さっそく星じゅうのダイアモンドと水晶を集めよという王様のおふれが出されました。誰もが太陽が近づくことを望んでいましたから皆喜んで王の命令に従い、女たちは婚約指輪のダイヤモンドを、魔術師たちは先祖から伝わる大切な水晶の玉を差し出しました。それらの宝石は大きな炉で溶かされて、水晶とダイアモンドの2枚のレンズに生まれ変わりました。長い時間をかけて冷やされた、その2枚は組み合わされて完全無欠の集光レンズになりました。
ある晩、魔術師たちは王宮の東側にある祈りの丘にレンズを据え付けました。レンズは星々の光を受けて妖しく輝いています。朝が近づくにつれて東の空は少しづつ白みはじめました。その光を受けてレンズは、ますます輝きを増し、眩(まばゆ)いばかりになりました。魔術師たちの唱える呪文が不気味に響くなかを、ゆっくりと太陽が昇り始めました。王様も猫たちもその美しい光を固唾を呑んで見守りました。
「おお、日の出じゃ」
大きなレンズは太陽の光を受けて、それ自体が太陽となりました。間もなく王宮は春に包まれました。
「おお!」
その暖かさに、皆は大きな声を上げました。雪はとけ、氷柱(つらら)は落ちて、中庭にはせせらぎが流れました。
「うむ、でかしたぞ!」
王様も思わず玉座から立ち上がって言いました。
ところが、それから間もなく、光はすうーっと消えてなくなってしまいました。太陽が高く昇ってレンズに光が入らなくなってしまったのです。再び寒い世界に戻りました。
「なんじゃ、これではただのまやかしではないか。星じゅうの宝石を集めたのだから、星じゅうが暖まらなければ意味などない」
魔術師の長老は王様の前に進み出て言いました。
「すべては、この私(わたくし)のせいでございます。どうぞ、首をおはねください」
「お前の首をはねたところでこの星は暖かくなるまい。それより次の手だてを考えよ」
「ははっ!」

先頭 表紙

2003-02-24 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その2

2 科学者たち
猫の王様はその日ずっと思案に暮れていました。そして、自分が科学者の言葉を途中でさえぎってしまったことを思い出しました。翌日、早速その科学者が召しだされました。
「わしは、この前、お前が『しかし、』と言ったところで言葉をさえぎってしまった。あのあと、何を言おうとしていたのか今一度話してはくれぬか」
「ははっ。太陽を近づけることはできませんが、太陽のかけらをほんの少しだけすくって持ってくることならできるかも知れません、と申し上げるつもりでした」
「なに、そんなことが可能なのか」
「五分五分といったところでございます。いや、もっと低い確率かも」
「何が必要なのじゃ」
「氷の星のひとかけらと、何よりも勇気ある若者が数人」
「その航海はどのくらいの年月がかかるのだ。太陽のかけらはどのくらい燃え続けるのだ」
「航海は猫の寿命ほど。一度に持って帰れる太陽のかけらは70年分ほどになることでしょう」
王様は遠くを見つめ、決心したように言いました。
「一生をかけての航海。志願する若者たちは英雄となるだろう」

猫の星の近くには小さな氷の星が無数に浮かんでいました。猫の科学者たちはそのひとつを選び、中をくり抜いて宇宙船を作りました。中心となったカイパー博士とオールト博士の名前をとって「カイパー・オールト計画」と呼ばれました。
王様は星じゅうに勇気ある若者を募りました。
すぐに若者たちが名乗りをあげました。トラパティウス、タマリウス、ミケロディーの3人でした。3人は、短期間で厳しい訓練を積み、太陽に向かって旅立つことになりました。
前回の失敗に懲りたのか、王様は大がかりな祝賀・激励行事は一切行ないませんでした。ある日の夜明け、3人は静かに静かに乾ドックを出発しました。見送ったのは建造に携わった技術者たちと家族・少しの友人だけでした。


先頭 表紙

2003-02-23 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その3

3 宇宙船オリンピア号
一番年上のトラパティウスが船長を務めることになりました。それまで計画名で呼ばれていた宇宙船の名前は、3人で考えた「オリンピア号」とつけました。船内の生活は全て順調でした。3人で毎日3交替。日曜日はありませんが、誰も不平は言いませんでした。時計のように正確な生活でした。
出発してから1年が過ぎ、とうとう猫の星と連絡がとれる最後のところへやってきました。
「こちらオリンピア号。ザー猫ガーの星どうぞザー」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「こちらガー猫の星ザー通信センターですガーどうぞ」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「私はガー船長のトラパティウスですザーまもなくガー通信できない遠い空間に達しますザーザー家族や友人と話させてください」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「皆さんザーお待ちかねですザー」
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3人は交替で、故郷の家族や友人たちと話しました。最後には王様もメッセージを伝えてきました。「必ず戻るように」というものでした。そして、とうとう、本当に猫の星から遠く離れてしまったのでした。
操縦室の窓からは太陽が小さく、しかし、丸く見えていました。

それから何年もが過ぎました。若かった3人も、今では立派な大人の猫になりました。オリンピア号も近づいた太陽の熱と放射線を受けて氷が昇華し、ガスやイオンとなって白く長い尾をひき始めました。地球からは彗星として見えていたことでしょう。

さらに時が流れ、いよいよ、オリンピア号を太陽への接触軌道へ乗せることになりました。
「ミケロディー」
「何ですか船長」
「コースがかなりずれているような気がするんだが」
「本当だ。そのとおりです、船長。氷の船体が昇華する速さの計算ミスのようです」
「いや、ミスではないかも知れない。長い航海による誤差の積み重ねというところだろう。もっと早く気づかなかった我々のミスだ。少し重すぎるようだな。タマリウス」
「はい、船長」
「修正できるか?」
「すぐに計算します。ミケロディー、重さと加速度のデータを頼む」
「いや、君たちは操縦を続けてくれ。メインエンジンのほかに、燃料の残っているスラスタやバーニアを全て使うんだ」
「了解しました、船長」
数分後、船長のトラパティウスは軌道修正のための計算を終えて言いました。
「ほんの少しだが、推力が足りない。私が小型作業船に乗って船外からオリンピア号を押す」
「船長、おれが行きます」「いや、私が!」
「パイロットと航海士が席を離れてどうする!」
トラパティウスは2人にそう言うと、作業船のジュピター1号に飛び乗りました。


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2003-02-22 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その4

「2人ともよく聞いてくれ」
数分後、船長のトラパティウスから無線で連絡がありました。
「オリンピア号は太陽に引かれてどんどん加速している。この作業船では、もう間に合いそうにない。危険だがオリンピア号の氷の一部を爆破してコースを変えようと思う。君たちはコースの確保と太陽をすくう作業を頼む」
「船長、爆破なら俺がやりましょう」
「いや、私がやる」
「2人ともありがとう。もう交代している暇がない。すぐに爆破しなければならない。相当大きな衝撃になるはずだ。軌道の保持に全力を尽くして欲しい」
2人は、船長が作業船に乗るときからこのことを計画していたということに今、気づきました。
「了解。船長、気をつけて!」
「まかせてくれ」
ミケロディーとタマリウスは操縦席に座ってその時を待ちました。。太陽は本当にすぐそこまで迫っていて、プロミネンスの炎の腕がオリンピア号に届きそうでした。トラパティウスはマニピュレータとよばれる、作業船の腕を使って爆薬を仕掛けましたが、時間がありませんでした。彼は待避する時間も惜しんで点火ボタンを押しました。

どどどどどどどど、どどどどど、どどど、どど、ど、ど!

白い尾を引いて見事にオリンピア号の一部が吹き飛んでいきました。軽くなったオリンピア号は太陽に墜落する寸前に大きく軌道を変え、表面すれすれを飛ぶ接触軌道という理想的なコースになりました。
「タマリウス、ミケロディー! さあ、太陽をすくい取るんだ」
オリンピア号のるつぼが太陽をすくい、太陽のかけらは反重力保持炉という特別な場所に収められました。
「船長、うまくいきました。太陽のかけらを船内に収容しました」
「それザーはよかガーた。よくザーったぞ」
無線の船長の声は雑音だらけでした。タマリウスは、はっとして聞き返しました。
「船長、はやく戻ってきてください。どこにいるんですか!」
「爆風でガー吹き飛ばザーれた。残念だがザーもうガー戻れそうにない」
「船長!助けにいきます。待っていてください!」
「やめろザー来ては行けないガー」
レーダーで確認すると、船長の作業船はオリンピア号とは逆方向に向かって太陽から離れて行っているようでした。2人はオリンピア号を猫の星への帰還軌道に乗せると、作業船ジュピター2号に乗り込んで発進させました。
爆風で加速されたトラパティウスのジュピター1号は想像を絶する速度で太陽を離れており、後発の2号では追いつけそうにありませんでした。また、帰還軌道に乗ったオリンピア号もすでに遠く離れてしまい、2人の乗った作業船は、どちらにもたどり着けそうにありませんでした。
「オリンピア号が太陽の近くでは、こんなに速いとは!」
「ケプラーの第2法則だったな、たしか」
「実際に見たのは初めてだよ」
「おい、タマリウス。お前は、いいやつだった」
「何言ってるんだ。お前こそ。何も後悔なんかしていないだろ」
「ああ、当たり前だ」
2人は、船長を安心させることにしました。
「船長、そちらの船を確認しました」
「何をしているガー、はやくザー戻って船を守れ」
「はい、そうします。船長の作業船には残念ながら追いつけそうにありません。船長お元気で」
「君たちはガー最高だった。ザー船長だなんて威張っていたけれど許してくれガー」
「とんでもない。船長こそ最高でした。一生わすれません」
「ありがザー、きみたちのガーゆうきにザーザーかんしゃする‥‥‥‥‥‥‥‥」


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2003-02-21 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その5

4 新しい星へ
トラパティウスは、これでいいのだと思いました。出港した時から覚悟はできてるつもりでした。
−太陽のかけらが猫の星に届けばきっとみんな暮らしやすくなるに違いない。子どもたちだって外で思いきり遊べるぞ−
トラパティウスは、子どもの頃のそりすべりや雪だるま作りのことを思い出しました。
−そうだ。もう雪は降らないかも知れないな。子どもたちは新しい遊びを考え出さなくてはなるまい−
行く手には金色の衛星を従えた青い海と白い雲の星が見えました。
すでに無線も、いくつかの船内照明も壊れていました。
「あそこまでもつだろうか」
トラパティウスは一人つぶやくと、残りの燃料で作業船ジュピター1号を着陸コースに乗せました。


「オリンピア号は無事に帰るだろうか」
「大丈夫、軌道は確認した。これで子どもたちも雪だるまとお別れさ」
「タマリウス、おれたちはどうする?」
「少し遠いが、金色の大きな衛星を持った青い星があるんだ」
「お、あれは凍っていない海だな。そして、水蒸気たっぷりの雲だ」
「位置から見て、船長がもし無事なら、とっくにこの星に降りているはずだ」
「決めたぞ。降りよう」
「よし、極軌道に入って平らな場所を探して、それから着陸だ」
「念のため、一応着陸許可申請をしたほうがいいんじゃないか」
「こちらドーラ船籍の宇宙船ジュピター2号、緊急事態のため、着陸許可を求めます」
しかし、いくら呼びかけても応答はありませんでした。
「降りても大丈夫ってことだ」
「猫は、いるだろうか」
「いるとも。猫はどこにだっているんだ」


先頭 表紙

2003-02-20 猫の星の歴史教科書第2回 「猫の星・冬の星」その6

5 歴史
オリンピア66号は太陽のかけらをすくい終え、帰路についたところでした。
「船長。オリンピア1号の乗組員は一人も戻らなかったそうですね」
「ああ。76年に1回の航海だから、もう大昔のことだが、船だけが太陽のかけらを積んで帰ってきた」
「乗組員は死んでしまったんですか」
「いや、オリンピア2号が1号に積まれていたジュピター作業船を発見した」
「どこでですか」
「地球だよ。レーダーに作業船の反応があったそうだ。それも2機だ」
「で、救助には行ったのですか」
「いや、1号の航海から時が経ちすぎていた。彼らの子孫がいるとすれば、地球の猫と混血して地球が母星だ。あの星は暖かいからきっと幸せにやっているだろう」
「そういえば、今回、本船から地球へ向かった着陸船がありましたが」
「地球で暮らしたい猫もいるのだろう」
−全乗組員に連絡。まもなくコールドスリープの準備が整います−
「今度目覚めたら、子ども達に会えますね」
「もう大人になってる頃だ」
「自分より年上の子どもに会うなんて不思議なことです」
「全くだ。さあ、一眠りしよう」

6 夜
ジョーンズは玄関の段ボールのベッドで、すやすやと眠っていました。
とむりんは枕元の明かりでピラミッドの本を読んでいました。
「ピラミッドには、猫の壁画があるんだぞ。猫は神の使いで、空から降りてきたっていう言い伝えがあるんだそうだ」
となりで寝ている奥さんは眠くて機嫌が悪そうでした。
「ウチにだって壁に猫のカレンダーがあるわよ。それにジョーンズだってよく足を滑らせて屋根から降ってくるわよ。もう、明かり消して寝てよ!」
「宇宙船の壁画だってあるんだぞ。ハレー彗星もだぞ。ぶうよんは、ついてないよ。76歳にならないと見られないんだから」
「あたし眠いって言ったでしょ、怒るわよ!」
「わ、わかったよお」
となりの布団では、まだ1歳にもならない小さなぶうよんがすやすやと寝息をたてていました。

7 エピローグ
白く美しい尾を引いた氷の宇宙船オリンピア66号は、地球を見おろしながら急速に太陽から離れていきました。寒い寒い猫の星に太陽のかけらを運ぶために、76年間の春を届けるために、まだまだ飛び続けなければなりません。
行く手には、きらきら輝く無数の星くずと子猫たちの笑顔が待っているのでした。


おしまい

これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。
野村茎一作曲工房


先頭 表紙

2003-02-19 猫の星の歴史教科書第1回 「セロ弾きジョーンズ」その1

 ジョーンズの飼い主とむりんは売れない作曲家でした。もともと食べていけない、とむりんでしたが、とうとう本当にどうにもならなくなって過疎の山里に引っ越したのでした。
 若いころから、とむりんは畑仕事をしたかったので、何でも自分でしなければならない山里の暮らしも苦にならないようでした。
 晴れの日は畑で土を耕すとむりんも、雨が降ると部屋で調子のはずれたピアノに向かうのでした。街で暮らしていたころ、とむりんの作った曲をちゃんと聴いたことのなかったジョーンズでしたが、退屈な雨の日に聴くと心に染みました。
ある晩のことでした。とむりんが眠りにつくと、ジョーンズは以前から気になっていたピアノの上にある小さなおもちゃのチェロをさわってみました。見よう見まねで弦に弓を当てると「ぎーぎろん」と大きな音がでました。ジョーンズは、もっと弾いてみたくなり、チェロを持って外へ出ました。
 上弦の月が沈んだ後、夜更けの森のはずれの丘の上で、今度は思いきり音を出してみました。
 「ぎーぎろん、ぎーぎろん」
 それは、間違いなくジョーンズが自分で出した音でした。
 とむりんが聴いたら顔をしかめるだろうほど濁っていましたが、ジョーンズには天国から響いてくるような素晴らしい音色でした。
 ジョーンズは、うれしくてうれしくて、ただでたらめに音を出し続けました。  「ぎーぎろん、ぎーぎろん、ぎーぎろん」
 やがて夜も更け、東の空が白んできました。ジョーンズはチェロをピアノの上に戻すと、遅い眠りにつきました。
 夜になって、畑から戻ったとむりんは夕ごはんやお風呂を終えると、ひとしきりピアノに向かいます。ジョーンズは、今まで以上に一生懸命に聴きました。これを覚えて、でたらめではないメロディーを弾くのです。
 とむりんが眠ると、チェロを持って森のはずれに向かいます。今日覚えたメロディーの練習です。でも、どうしても最初の2小節しか思い出せませんでした。
 「ぎーぎろりん、ぎーぎろりん」
 ジョーンズは、覚えたての2小節をくり返し弾きました。夜明けまで、ずっとくり返し弾きました。
 「ぎーぎろりん、ぎーぎろりん」
 なんて素敵なのでしょう。身体が喜びに満たされてくるのが分かります。とむりんが貧しくとも音楽家を続けている理由が分かった気がしました。ジョーンズは気がつきませんでしたが、すぐそばの木の枝で一匹のヤマネが、チェロの音(ね)に耳を傾けていました。


先頭 表紙

2003-02-18 猫の星の歴史教科書第1回 「セロ弾きジョーンズ」その2

 次の日は、もう2小節を覚えました。
 夜更けの森にチェロが響きます。
 「ぎーぎろりん、ぎーぎろりん、ぎぎぎろり、ぎぎぎろり」
 いつまでたってもひどい音でしたが、ジョーンズは全然気になりませんでした。それどころか、ますます夢中でした。ジョーンズは知りませんでしたが、少し離れたところで、一匹のタヌキもチェロの音にじっと聴き入っていました。
 ある雨の日。とむりんは畑仕事ができないので家で過ごしていると、ジョーンズは朝からずっと居眠りをしていました。全く役に立たない猫だなあと思いました。
一週間もたったころ、ジョーンズは一曲全部を弾けるようになっていました。いつしか満月になり、真夜中には天高く昇ってジョーンズを照らしました。
 「ぎーぎろん、ぎーぎろん、ぎぎぎろり、ぎぎぎろり、ぎーたらり」
 練習を始めて、ふと気がつくと、月明かりの中にタヌキの姿が見えました。反対側にはキツネも、その並びにはイタチもいました。ジョーンズがびっくりしていると、けものたちは演奏をせがんでいるように見えました。ジョーンズは、再び練習 を始めました。
 「ぎーぎろん、ぎーぎろん、ぎぎぎろり、ぎぎぎろり、ぎーたらり」
 誰かが聴いていてくれるというのは張り合いがあるものだと思いました。ジョーンズは、今までで一番よい演奏ができたと、ちょっと誇らしげでした。
 次の晩には野うさぎもオオカミも、大きな熊までやってきました。
 「森のはずれ野外ホール」のステージにジョーンズが現れると、けものたちも鳥たちもみな、ジョーンズのほうを向いて耳を傾けるのでした。
 とむりんが演奏するよりも何倍もテンポの遅い「きつね」という曲の演奏が始まりました。それがジョーンズには精いっぱいでした。それは悲しい悲しい音楽になりました。
 「ぎーぎらぎらぎらぎらり」
 きつねの母親は、急に去年亡くした子を思いだしてすすり泣きました。しかし、聴いているうちに、だんだん悲しみが癒されていきました。
 ジョーンズは何も知りませんでしたが、きつねの母親が癒されていくにつれて、 ジョーンズの心が悲しみでいっぱいになりました。気持ちが高ぶって、演奏はますます冴えわたりました。すると、オオカミが感極まって遠吠えをしました。普通だったら、オオカミの遠吠えを聞いたら多くのけもの達は逃げ出します。しかし、その遠吠えがあまりに透明だったので、誰もがジョーンズの音楽の一部のような気がしました。
 次の晩は森中のけものや鳥たちが集まったかのようでした。たくさんの動物たちの輪の中心でジョーンズは演奏を始めました。動物たちの心のざわめきがジョーンズに届きます。とむりんのメロディーは、喜びや悲しみなどの気持ちを呼び起こし、動物たちの心を揺り動かすのでした。
 「ぎーぎゃろ、ぎーぎゃろ」
 その音を聴いているうちに、動物たちは心がどんどん澄んできて、悲しみや憤りなどの気持ちが消えてきていることに気づきました。子を失ったきつねの母親も、悲しみよりも、たとえ短い間であっても、子ギツネと過ごせた事が大切であったように思えてきました。


先頭 表紙

2003-02-17 猫の星の歴史教科書第1回 「セロ弾きジョーンズ」その3

 とむりんは、今日も発表するあてのない曲を作っていました。
ジョーンズは、それを聞き漏らすまいと耳を澄ましていました。今日の曲は、特に気に入りました。きっと我を忘れて演奏してしまうでしょう。練習を続けているうちに、曲もすぐに覚えられるようになったジョーンズは、心の中で繰り返し歌いました。

 とむりんは、最近畑の作物がよく育つので自分の腕前が上がったのだと思いました。しかし、よく気をつけて見ればわかるのですが、とむりんを慕うモグラは雑草を抜き、鳥たちは虫を食べ、野うさぎや鹿たちは、とむりんの畑の野菜だけは食べませんでした。
 ジョーンズは相変わらず居眠りばかりしていました。
とむりんは、ジョーンズも驚くほどの素晴らしい曲をいくつも書きましたが、それを発表するために街へ下りることはありませんでした。

 10年ほど経ったある日、すでにチェロの老名人となったジョーンズは、居眠りの最中に煙のように息を引き取りました。
 しかし、やはり年老いたとむりんはそれを知りませんでした。ちょうど同じころ、麦畑で人知れず倒れたのです。とむりんは、いままでとむりんを生かしてくれた麦に恩返しすることになりました。麦たちは、とむりんを麦に変えました。


 その晩、街ではUFOを見たと言う人たちが新聞記者から取材を受けていました。
 「ええ、あれは葉巻型母船です。細長く光輝いて空高く昇っていきました。本当です本当。間違いありません。あれがUFOじゃなかったら一体何だって言うんです?」

 ジョーンズととむりんの魂を送る動物たちの葬列は長く長く続きました。彼等の灯す明かりが、遠くからもおぼろげながら見えました。山の頂までは、けものたちが。そこから天までは鳥たちが見送りました。
 その年、動物たちの世話するとむりんの麦畑はいつもよりもよく育ちましたが、刈り取る人は誰もいませんでした。


おしまい

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