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ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その1
2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その2
2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その3
2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その4
2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その5
2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その1
2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その2
2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その3
2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その4
2006-05-07 ポロの日記 2006年5月7日(風曜日) 連休の終わり


2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その1

ポロの名人伝 その1

 ドーラの都に住むポロという猫が天下第一のピアノ名人になろうと志を立てた。己の師と頼むべき人物を物色するに、当今ピアノにおいては名手とむりんに及ぶ者があろうとは思われぬ。バイエル全曲を暗譜で弾いて、しかも1度もミスタッチしないという。ポロは、はるばるとむりんをたずねてその門に入った。

 とむりんは新入りの門人に、まず瞬き(まばたき)せざることを学べと命じた。一瞬たりとも楽譜から目を離さぬためである。ポロは家に帰り、さっそくまぶたに小さなつっかい棒を作ってはめた。1ヶ月後、つっかい棒をとるとまぶたが閉じた。再びつっかい棒をして瞬きせずに暮らした。1年後、つっかい棒をとってもまぶたは閉じなかった。しめたと思ったのもつかの間、しばらくすると瞬きが始まった。2年の後、ようやくつっかい棒を取り去っても絶えてまばたくことがなくなった。ポロのまぶたはその役割を忘れ果て、もはや、鋭利な錐(きり)の先を以て突かれても瞬きせぬまでになっていた。夜、熟睡している時でもポロの目はクワッと見開かれたままである。ついに、目のまつ毛とまつ毛の間に小さな一匹のクモが巣をかけるに及んで、ポロはようやく自信を得て、師のとむりんにこれを告げた。
 それを聞いてとむりんが言う。瞬かざるのみでは未だレッスンするには足りぬ。次には聴くことを学べ。聴くことに熟して弱音を聴くこと強音のごとく、微音を聴くこと轟音のごとくなったならば来(きた)って我に告げるがよいと。

 ポロは再び家に戻り、わずかにひびの入った甕(かめ)からしたたり落ちる水音に耳を傾けて終日過ごすことにした。はじめ、それはもちろん一滴の水滴のしたたる音にすぎない。2、3日たっても依然として水滴である。ところが十日あまり過ぎると、気のせいかしたたり落ちる水量が多くなったように思われる。三月目のおわりには、明らかに閉めわすれた水道の蛇口から流れ出る水音のように聴こえてきた。しかし、ひびは広がっておらず、水のしたたりは以前と同じであった。窓の外の風物は次第に移り変わる。煕々(きき)として照っていた春の陽は何時(いつ)か烈(はげ)しい夏の光に変わり、住んだ秋空を高く雁が渡っていったかと思うと、早や、寒々とした灰色の空から霙(みぞれ)が落ちかかる。ポロは根気よく甕からしたたり落ちる水滴の音を聴き続けた。その水も何百回となく注ぎ足されていくうちに、早くも三年の月日が流れた。ある日、ふと気づくと部屋の中にナイアガラの滝が流れているような轟音が満ちていた。しめた、とポロは膝を打ち、表へ出る。ポロは我が耳を疑った。道行く人々の心臓の音は漁船のエンジンのようであった。空を行く雲が風を切る音は、まるでジャンボジェットのようであった。月が地球をめぐる音までが地下鉄の走行音のようにはっきりと聴こえてきた。

続く

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2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その2

ポロの名人伝 その2

 ポロは早速、師の許(もと)に赴(おもむ)いてこれを報ずる。とむりんは高蹈(こうとう)して胸を打ち、初めて「出かしたぞ」と褒めた。そうして直ちにピアノ演奏術の奥義秘伝をあますところなくポロに授けはじめた。
 目と耳の基礎訓練に五年もかけた甲斐があってポロの腕前の上達は驚くほど速い。
 奥義伝授が始まってから十日の後、試みにショパンエチュード全曲を連続演奏してみると、ミスタッチがないのはもとより、その速度は誰の耳にもとまらないほどであった。
 ひと月の後、百冊の楽譜を以て初見演奏を試みたところ、一冊を弾き終わると同時に、間、髪(かん、はつ)を入れずに二冊目を弾き始め、それを弾き終えると同時に三冊目を弾き始めるために、絶えて隙間のできることがない。ついには譜面台に百冊の楽譜が重なって、ポロの目に届くほどの厚さとなった。傍(かたわ)らで聴いていたとむりんも思わず「善し!」と言った。

 最早(もはや)、師から学び取るべき何ものもなくなったポロは、ある日、ふとよからぬ考えを起こした。
 ポロがその時つくづく考えるには、今やピアノを以て己(おのれ)に敵すべき者は、師のとむりんをおいてほかにない。天下第一のピアノの名人となるためには、どうあってもとむりんを除かねばならぬと。秘かにその機会を窺っているうちに、一日たまたま郊野(こうや)において、向こうからただ一人歩み来るとむりんに出会った。
 咄嗟(とっさ)に意を決したポロが前もってシュレーディンガー商会で入手しておいた指向性超音波銃で師とむりんの耳を狙い撃ちすれば、気配に気づいたとむりんはくるりと前転して鼓膜を破らんとする超音波をかわし、すばやく傍らに落ちていたドングリで耳栓をすると反撃に転じた。たちまちポロは超音波銃をとりあげられ、逆に狙いを定められた。ついに非望の遂げられないことを悟ったポロの心に、成功したならば決して生じなかったに違いない道義的慚愧(ざんき)の念が、この時忽焉(こつえん)として湧起こった。とむりんの方では、また危機を脱し得た安堵と己が技量についての満足とが敵に対する憎しみをすっかり忘れさせた。
 とむりんは、この危険な弟子に向かって言った。最早、伝うべきことは悉(ことごと)く伝えた。爾(なんじ)がもしこれ以上この道の蘊奥(うんおう)を極めたいと望むならば、ゆいて西の方(かた)、大行(たいこう)の儉(けん)に攀(よ)じ、皇山(こうざん)の頂を極めよ。そこにはドイ老師という古今を壙(むな)しゅうする斯道(しどう)の大家がおられるはず。老師の技に比べれば、我らの“奏”のごときはほとんど児戯(じぎ)に類する。爾の師と頼むべきは、今はドイ老師のほかはあるまいと。

続く

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2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その3

ポロの名人伝 その3

 ポロはすぐに西に向かって旅立つ。その猫の前に出ては我々の技のごとき児戯に等しいと言った師の言葉がポロの自尊心にこたえた。もしそれが本当だとすれば、天下第一を目指すポロの望みも、まだまだ程遠いわけである。己が業(わざ)が児戯に類するかどうか、とにもかくにも早くその人に会って腕を比べたいとあせりつつ、ポロはひたすら道を急ぐ。肉球を破り、脛(はぎ)を傷つけ、危巌(きがん)を攀(よ)じ、桟道(さんどう)を渡って、一月の後にポロは漸(ようや)く目指す皇山の頂に建つ小さな庵(いおり)にたどりついた。
 気負い立つポロを迎えたのは、羊のような柔和な目をした、しかし、ひどくよぼよぼの爺さんである。年齢は百歳をも超えていよう。
 相手に聞こえなければ困ると思い、ポロは大声で慌ただしく来意を告げた。己が技の程を聴いて貰いたい旨を述べると、焦りたったポロは相手の返事を待たずに部屋にあった古いピアノに向かって超絶技巧でなければ弾けぬゴドフスキの練習曲を弾きはじめた。しかしその調律は、最早ピアノとは言えぬほどに大きく狂い、いたるところ弦が切れたままになっていた。
 そのようなピアノから流れ出た音楽はまったく体(てい)を為(な)していなかったが、ポロがこの難曲をどのような高度な技術で弾いたのかは誰の耳にも明らかだった。
 一通りできるようじゃな。と老人が言う。だが、それは所詮“奏之奏”(そうのそう)というもの好漢(こうかん)未(いま)だ“不奏の奏”を知らぬと見える。
 ムッとしたポロなど眼中にないかのように老隠者はボロボロのピアノの前に座ると目を閉じた。すると、弾いてもいないピアノから得も言われぬ美しい音楽が部屋に満ちた。ポロはどこかで聴いたことのある曲だと思ったが、どうしても思い出せなかった。

「どうじゃ、今一度このピアノを弾いて聴かせてはくれぬか」

 ポロはピアノの前に座ったものの、どうしたらよいかわからなかった。
 すると、ドイ老師はどこからか大きなまさかりを持ち出してピアノをこなごなに砕いてしまった。

「何をなさるのですか、気をお確かに」
「おぬしが来たから、これはこの冬の薪じゃ。修業途中の者には、ここの冬は厳しすぎる」
「しかし、ピアノはどうなさいます?」
「おぬしに弾けぬピアノなど用はないだろう」

 老師に言われるまま、ポロは薪となる板をまとめて庵の軒下に積んだ。

 何もなくなった部屋でポロは老師と向かい合って座った。老師は目を閉じると無形のピアノに向かって演奏を始めた。たちまち庵は美しいピアノの調べで満たされた。それは今までに聴いたどのような音楽よりも美しく、しかしポロの心を締めつけ、しかし満たした。ポロはようやく先ほどの曲がなんであったのかを思い出した。バイエル17番だった。
 ポロは慄然(りつぜん)とした。今にしてはじめて芸道の深淵(しんえん)を覗き得た心地であった。

続く

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2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その4

ポロの名人伝 その4

 九年の間、ポロはこの名老人の許に留まった。その間、如何なる修業を積んだものやらそれは誰にも判らぬ。
 九年経って山を降りてきた時、都の人々(ねこねこ)はポロの顔つきの変わったのに驚いた。以前の負けず嫌いな精悍な面魂(つらだましい)は何処かに影をひそめ、何の表情もない、木偶(でく)のごとく愚者(ぐしゃ)のごとき容貌に変わっている。久しぶりに旧師のとむりんの許を訪ねた時、しかし、とむりんはこの顔つきを一見すると感嘆して叫んだ。これでこそ初めて天下の名人だ。我らのごとき、足下(あしもと)にもおよぶものではないと。
 ドーラの都は、天下一の名人となって戻ってきたポロを迎えて、やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待に湧き返った。ところがポロは一向にその要望に応えようとしない。山に入る前に所有していたエラールのフルコンも売り払ってしまったのかポロの許にはなかった。そのわけを訊ねた一人に答えてポロは言った。至為は為すなく、至言は言を去り、至奏は奏することなしと。至極物分かりのよいドーラの都人(みやこねこ)はすぐに合点した。ピアノを弾かざるピアノの名人は彼らの誇りとなった。ポロがピアノに触れなければ触れないほど、彼の無敵の評判はいよいよ喧伝(けんでん)されたのであった。

 さまざまな噂が人々の口から口へ伝わる。毎夜三更(さんこう)を過ぎる頃、ピアノなどない筈(はず)のポロの家から周囲一里に美しい音楽が流れ出る。名人の内に宿るミューズの神が主人公の眠っている間に体内を抜け出し、誰の眠りも妨げないように歌っているのだという。ポロの家の近くに住む一商人は或る夜、ポロの家の上空で雲に乗ったポロが古(いにしえ)の名人ショパンとドビュッシーの二人を相手に腕比べをしているのを確かに聴いたと言い出した。その時、三名人の放った音はそれぞれ夜空に青白い光芒を曳きつつ参宿(さんしゅく:オリオン座の三つ星)と天狼星(てんろうせい:シリウス)の間に消え去ったと。ポロの家に忍び入ろうとしたところ、塀に足を掛けた途端に一道の厳しいA音(ラ)が森閑(しんかん)とした家の中から奔(はし)り出てまともにまともに額(ひたい)を打ったので、覚えず外に顛落(てんらく)したと白状した盗賊もある。ポロの家の上空を飛ぶだけで渡り鳥どもはその鳴き声が美しくなり、賢いウグイスたちはポロの家の周囲で鳴き声修業に励んだ。

 雲と立ちこめる名声の只中に、名人ポロは次第に老いていく。既に早く“奏”を離れたポロの心は、ますます枯淡虚静(こたんきょせい)の域に入って行った。木偶の如き顔は更に表情を失い、語ることも稀となり、ついには呼吸の有無さえ疑われるに至った。
「既に、我と彼との別、是と非の分を知らぬ。眼は耳の如く、耳は鼻の如く、鼻は口の如く思われる」というのが老名人晩年の述懐であった。

続く

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2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その5

ポロの名人伝 その5

 ドイ老師の許を辞してから四十年の後、ポロは静かに、誠に煙の如く静かに世を去った。その四十年の間、ポロは絶えて“奏”を口にすることがなかった。口にさえしなかった位だから、ピアノを弾いての活動などあろう筈がない。ただ、次のような妙な話が伝わっているだけである。
 その話というのはポロが死ぬ一、二年前のことらしい。或る日、老いたるポロが知人の許に招かれていったところ、その家で一つの道具を見た。確かに見覚えのある道具だが、どうしてもその名前が思い出せぬし、その用途も思い当たらない。ポロはその家の主人に訊ねた。それは何と呼ぶ物で、また何に用いるのかと。主人は客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。老ポロは真剣になって再び訊ねる。それでも相手は曖昧な笑を浮かべて、客の心をはかりかねた様子である。三度ポロが真面目な顔をして同じ問いを繰り返した時、初めて主人の顔に驚愕の色が現れた。彼はポロの眼をじっと見詰める。相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また、自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、彼はほとんど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。

「ああ、夫子(ふうし)が、古今東西の無双の“奏”の名人である夫子が、ピアノを忘れ果てられたとや!? ああ、ピアノと言う名も、その使い途(みち)も!」

 その後、当分の間、ドーラの都では画家は絵筆を隠し、楽人はヴァイオリンの弦を断ち、工匠は鑿(のみ)を手にするのを恥じたということである。




参考文献 中島敦著「名人伝」 集英社文庫「山月記・李陵」より


 ここは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。

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2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その1

おとうと弟子がやってきた その1

 朝ご飯を食べた後、ポロが工房の玄関前を掃き掃除していると若いお坊さんがやってきました。

僧「もし」
ポロ「なあに?」
僧「とむりん老師のお宅はこちらでございましょうか」
ポ「そだよ。でも、せんせいは老人じゃないよ」
僧「格の高い師を老師と呼ぶのでございます」
ポ「へえ、せんせいは格が高いのか〜。どういうところが高いの?」
僧「はあ、そのように言われましても、拙僧、いまだ面識がなく・・・」
ポ「な〜んだ、お世辞か。そうだと思ったよ。ところでせんせいに用?」
僧「は。拙僧このたび、とむりん老師に入門を許されまして、こうして伺ったわけであります」
ポ「わあ、せんせいはとうとうお坊さんにまで説教するようになったのか〜」
僧「いえいえ、ピアノを習いに参ったのでございます」
ポ「え〜、お坊さんもピアノを弾くのか」
僧「僧にもいろいろございます。拙僧“さなぎのアデリーヌ”が弾けるようになりたくて参ったのでございます」
ポ「さ、さなぎのアデリーヌ?」
僧「さようにございます。さなぎのアデリーヌが“早よう蝶になりとうものじゃ”と歌う切ない曲にございます」
ポ「ふうん、せんせいなら3階のレッスン室にいるよ」

 1時間後、ポロが掃き掃除を終えて玄関前のベンチでイモようかんを食べていると、さっきのお坊さんがレッスンを終えて出てきました。

ポ「どうだった?」
僧「はあ、それが・・・。ピアノに触らせていただけませんでした」
ポ「あはは。最初はみんなそうだよ」
僧「もしや、あなた様もとむりん老師の門人の方でおわしますか」
ポ「おわしますなんてほどの者じゃないけど、助手のポロだよ」
僧「ほう。さすがとむりん老師。猫にまで功徳を施(ほどこ)していらっしゃるのですね」
ポ「た、ただの猫じゃないんだぞ〜」
僧「たしかに。話しておいでだ」
ポ「せんせいのレッスン面白いでしょ?」
僧「といいますか、まるで禅問答のようでございました」
ポ「あはは。禅問答か〜。そんな感じだね〜。だからみんな1回でやめちゃうんだよ」
僧「そうでございましたか。では、拙僧も・・」
ポ「じゃあさ、やめちゃう前に今日はどんなレッスンだったか聞かせてよ」

つづく

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2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その2

おとうと弟子がやってきた その2

僧「はあ。学ぶとはどういうことかと聞かれました」
ポ「で、どう答えたの?」
僧「新しいことを覚えることと答えました」
ポ「へえ、お坊さんでもその程度の答えなのか〜」
僧「では、ポロ殿ならどのように」
ポ「ポロだったらさ、知る前と知った後で行動が変わることって答えるね。理解する前と理解した後でって言い換えることもできるかな」
僧「・・・・・・・・・。なるほど!! そのとおりでございます!」
ポ「でしょ。ほかには何を聞かれたの?」
僧「愛するとはどういうことかと・・」
ポ「その価値が分かること、価値が分かるから大切に思うことだよ」
僧「・・・・・・・・・。いまひとつピンと来ませぬが」
ポ「自然を愛する人は自然の価値が分かるから、自然を守ろうとするでしょ。別の例でいえば、燃えさかる家の中に自分の恋人とか子どもとか、そういう大切な人がいて、自分の命よりも大切ならば危険をかえりみずに火の中に飛び込んじゃうよね」
僧「なるほど! 目からウロコとはこのこと。音楽を愛するというのも、その価値を感じてこそ、ということでございますね」
ポ「さすが、お坊さんだね」
僧「まだまだ修業中の身でございます」
ポ「ところでお坊さん、名前はなんていうの?」
僧「これは失礼いたしました。拙僧、にくや山そーせー寺の珍念という修行僧にございます。ポロ兄殿、以後よろしくお願いいたします」
ポ「やめちゃうんじゃないの?」
僧「いえ、拙僧は、たったいま学びましてございます。とむりん老師はただならぬお方であると感じました。今後とも修業させていただきとう存じます」
ポ「それにしても、肉屋さんソーセージなんて変な名前だなあ」
僧「よく間違えられますが、仁空也山創成寺でございます。では、失礼つかまつります」

 そう言うと、珍念さんは春風に袈裟を揺らして帰っていきました。

 次の週、また珍念さんがやってきました。

珍「ポロ兄殿、おひさしゅうございます」
ポ「あ、珍念さん。おひさしゅうって言ったって、まだ一週間しかたってないじゃないか〜」
珍「あいさつにございますゆえ、どうぞお気になさらずに」

 それから1時間後、難しそうな表情の珍念さんが玄関を出てきました。

ポ「しかめっつらなんかしてどうしたの、珍念さん」
珍「これは、ポロ兄。今日は“学ぶ”と“愛する”の意味を答えられたのでお褒めの言葉をいただいたのですが、答えられたゆえに難問を出されてしまいました」
ポ「どんなの?」
珍「勉強したら頭はよくなるかという問いにございます」
ポ「珍念さんはどう思う?」
珍「はい、なると思いますが、そんな簡単な答えならばわざわざ問いかけなどなさらぬはず。はたと困っているところでございます」
ポ「じゃあ、ヒントだよ。勉強するっていう言葉の意味は?」
珍「新しいことを覚えるということでございましょうか?」
ポ「それも当たってるよ。でもさ、せんせいの求めてる答えは国語辞典なんかには載ってないんだ」
珍「それはよく分かります。真実は言葉ですぐに伝わるとは限りませぬ」
ポ「わ〜、すごいこと言うじゃないか〜」
珍「とむりん老師さまの受け売りでございます」
ポ「そ、そっか。ポロこたえ言ってもいい?」
珍「ぜひ、お願いいたします」

つづく

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2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その3

おとうと弟子がやってきた その3

ポ「勉強するっていうのはね“知識を無批判に受け入れること”だよ。鎌倉幕府は1333年に滅びたって教科書に書いてあったら、そのとおりに覚えるの。いちいちホントかどうか確かめないんだ。たとえ真実じゃなくてもテストにはそのとおりに書けばマルをもらえるからだよ。水は水素と酸素からできてるって習えば、確かめたりしないでそのまま覚えるんだ。それだけでテストに答えられるからね。これがいま使われている“勉強”の意味だよ」
珍「では、頭がよいとはどのようなことでございましょうか」
ポ「それはね、本当のことがわかることだよ」
珍「・・・・・??????」
ポ「だからさ、勉強ができる人は天動説のテストで100点とっちゃうの。でも、頭がいい人は天動説を習っても地動説にたどりついちゃうんだ」
珍「おおおおおおお! そのとおりでございます。いま、霧が晴れました!!」
ポ「でしょ」
珍「ポロ兄殿は天才でございますね」
ポ「ふふふ、ポロが天才だってことを見抜くなんて珍念さんは頭がいいね、ホントのことが分かってる。でも、いまの答えはせんせいの受け売りだよ。でさ、来週はたぶん“ピアノを練習したら上手になるか”って聞かれると思うな」
珍「なるほど。すばらしい前振りと問いかけでございますな。今度は拙僧自らが答えを出してごらんにいれましょう」
ポ「その意気だよ」
珍「では、これにて失礼いたします」

 珍念さんは、また春風に袈裟を揺らして帰っていきました。

 それから一週間、またまた珍念さんのレッスンの日がやってきました。

珍「ポロ兄殿、おはようございます」
ポ「あ、珍念さん。もうレッスン日なのか〜」
珍「今日はポロ兄殿のおかげで準備万端。問いに答えられればピアノに触らせていただけるやも知れませぬ」
ポ「がんばってね〜」

 1時間後、珍念さんは浮かない顔をして出てきました。

ポ「どうだった?」
珍「どうもこうも。とむりん老師さまには全てがお見通し。こんな様子でございました・・・・」

>せんせいの語る<

 珍念さん。あなたの受け答えを聞いて察するところ、門下の誰か、おそらくポロあたりと熱心に予習をしてレッスンに臨んでおられるようだ。

(ぎく)←珍念さんの体内の音

 それは大変結構なことです。ですから、あなたの努力に報いてレッスンを急ぎましょう。

(???)←珍念さんの頭の中にあらわれた記号

 あなたもお分かりのように、勉強したからといって頭がよくなるとは限りません。なぜなら勉強は頭がよくなるためにやっているとは限らないからです。それと同様、ピアノも練習したからといって上手になるとは限りません。練習すれば間違えなくなったり、速いテンポで弾けたりはすることでしょう。しかし、それだけで音楽やピアノ、ましてや自分自身が真に望む音楽美が理解できるとは思えません。
 では、音楽に精通する、あるいは音楽を理解するとはどういうことでしょうか。

(じと〜)←珍念さんの汗腺の音

 いえいえ、いま答えてくださらなくて結構です。
 私の考える音楽の定義は“音として鳴り響く美的内面”というものです。

(ぴかぴか!)←珍念さんがひらめいた音

 これがヒントです。あなたがこの問いに答えることができたとき、レッスンを始めましょう。

つづく

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2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その4

おとうと弟子がやってきた その4

珍「・・・・とまあ、このようなことでございました」
ポ「よかったじゃないか〜。来週からピアノにさわれるよ」
珍「はあ。しかし、私に音楽に精通することの意味が、果たして分かりますかどうか」
ポ「ポロが答えを教えてあげるよ〜」
珍「ありがとうございます。しかし、こればかりは自分でたどりつきとうございます」
ポ「わあ偉いなあ、さすが修行僧だけのことはあるね」
珍「とむりん老師のお言葉は仏の道にも通じているように思われます。では、拙僧これにて失礼つかまつります」

 珍念さんは、またまた春風に袈裟をゆらして帰っていきました。

 次の週は「ソクラテスの日」という国民の祝日だったので、珍念さんは2週間後にやってきました。いつものように玄関前の掃き掃除を終えたポロがベンチでイモようかんを食べていると、いつしか初夏らしくなってきた日差しの中を袈裟をゆらして珍念さんがやってきました。

珍「ポロ兄さま、おはようございます」
ポ「おはよう、珍念さん」
珍「ポロ兄さまは、いつもイモようかんを食べておいでですね」
ポ「しゅ、修業だよ、修業」
珍「さようでございますか。とむりん老師さまの御高弟であられるポロ兄さまですから、本当のことなのでございましょう」
ポ「げ、げほげほ!」
珍「だいじょうぶでございますか」
ポ「げほげほ、だ、ダイじょぶだよ。これも修業のうちさ」
珍「では、失礼してレッスンに行って参ります」
ポ「うん、がんばってね」

 そして1時間後、珍念さんがにこやかに出てきました。

珍「ポロ兄さま、ご覧ください。これぞ音楽の奥義の書でございます」
ポ「バイエルじゃないか。ポロも大好きだよ」
珍「今日は予備練習の第1番を教えていただきました」
ポ「ドレドレだね」
珍「はい、さようでございます。この世にこのような名曲があったとは存じませんでした」
ポ「さなぎのアデリーヌよりもいい曲だった?」
珍「それは、もうもちろんのことでございます。さなぎのアデリーヌの件はお忘れください。まだ何も知らなかった時のことゆえ、今は違います。ああ、音楽というのはなんとすばらしいのでございましょう」
ポ「なんだかすごい変わりようだね」
珍「ポロ兄さま、まわりの景色すべてが地球の重力の為せる技だとは、拙僧、つい今しがたまで気づきませんでした」
ポ「へえ、その話、ポロも感動したよ」
珍「おまけに、ピアノはその重力を利用して弾くというではありませんか」
ポ「そだね」
珍「すばらしい。人生は実にすばらしいものでございますな。拙僧、とむりん老師さまの今日のお言葉のおかげで人生に迷いがなくなった思いでございまする。あはは、あははははは」

 珍念さんは、とってもハイなまま、るんるんと帰っていきました。いったいせんせいは、どんなレッスンをしたのでしょか。この日のことだけは珍念さんはついに語ってくれませんでした。

おしまい



 ここは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。

野村茎一作曲工房

ポロの掲示板はここ。
ポロの道場

先頭 表紙

ばっかすさん、応援ありがとね〜! / ポロ ( 2006-05-11 22:23 )
がんばれ珍念さん! / ばっかす ( 2006-05-11 08:35 )
がんばれ珍念さん! / ばっかす ( 2006-05-11 08:35 )

2006-05-07 ポロの日記 2006年5月7日(風曜日) 連休の終わり

連休の終わり

ポロ「連休終わっちゃうね、つまんない?」
たろ「ビミョー」
ポ「ねえ、たろちゃん。高校はおもしろい?」
た「ビミョー」
ポ「なんか、ほかのこと言ってよ」
た「ビミョー」
ポ「・・・・? わ、よく見たらたろちゃんそっくりの“ビミョー人形”じゃないか!」
た「ビミョー」
ポ「また風にいちゃんにやられた」

* * * *

ポ「っていうお話を書いたんだけどさ、せんせい。どう? 今までの話と似てないでしょ?」
せ「ビミョー」
ポ「ねえ、せんせい」
せ「ビミョー」
ポ「わ! せんせいも“ビミョー人形”にすり替えられてるのか!」
せ「冗談だよ、冗談。ちょっとからかっただけさ」
ポ「・・・・・・・。ばかばかばかばかばか、ホントに心配しちゃったじゃないか〜!」
せ「いてててて、こら、よせ」

5月7日、こうしてポロの連休は終わってしまいました。


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