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ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

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2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その5
2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その1
2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その2
2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その3
2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その4
2006-05-07 ポロの日記 2006年5月7日(風曜日) 連休の終わり
2005-09-27 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第5回 空飛ぶタブタ その1
2005-09-26 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第5回 空飛ぶタブタ その2
2005-09-25 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第5回 空飛ぶタブタ その3
2005-09-24 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第5回 空飛ぶタブタ その4


2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その5

ポロの名人伝 その5

 ドイ老師の許を辞してから四十年の後、ポロは静かに、誠に煙の如く静かに世を去った。その四十年の間、ポロは絶えて“奏”を口にすることがなかった。口にさえしなかった位だから、ピアノを弾いての活動などあろう筈がない。ただ、次のような妙な話が伝わっているだけである。
 その話というのはポロが死ぬ一、二年前のことらしい。或る日、老いたるポロが知人の許に招かれていったところ、その家で一つの道具を見た。確かに見覚えのある道具だが、どうしてもその名前が思い出せぬし、その用途も思い当たらない。ポロはその家の主人に訊ねた。それは何と呼ぶ物で、また何に用いるのかと。主人は客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。老ポロは真剣になって再び訊ねる。それでも相手は曖昧な笑を浮かべて、客の心をはかりかねた様子である。三度ポロが真面目な顔をして同じ問いを繰り返した時、初めて主人の顔に驚愕の色が現れた。彼はポロの眼をじっと見詰める。相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また、自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、彼はほとんど恐怖に近い狼狽を示して、吃りながら叫んだ。

「ああ、夫子(ふうし)が、古今東西の無双の“奏”の名人である夫子が、ピアノを忘れ果てられたとや!? ああ、ピアノと言う名も、その使い途(みち)も!」

 その後、当分の間、ドーラの都では画家は絵筆を隠し、楽人はヴァイオリンの弦を断ち、工匠は鑿(のみ)を手にするのを恥じたということである。




参考文献 中島敦著「名人伝」 集英社文庫「山月記・李陵」より


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野村茎一作曲工房

Il Gatto Dello Sport(ポロ・プロジェクト)のメールアドレス

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2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その1

おとうと弟子がやってきた その1

 朝ご飯を食べた後、ポロが工房の玄関前を掃き掃除していると若いお坊さんがやってきました。

僧「もし」
ポロ「なあに?」
僧「とむりん老師のお宅はこちらでございましょうか」
ポ「そだよ。でも、せんせいは老人じゃないよ」
僧「格の高い師を老師と呼ぶのでございます」
ポ「へえ、せんせいは格が高いのか〜。どういうところが高いの?」
僧「はあ、そのように言われましても、拙僧、いまだ面識がなく・・・」
ポ「な〜んだ、お世辞か。そうだと思ったよ。ところでせんせいに用?」
僧「は。拙僧このたび、とむりん老師に入門を許されまして、こうして伺ったわけであります」
ポ「わあ、せんせいはとうとうお坊さんにまで説教するようになったのか〜」
僧「いえいえ、ピアノを習いに参ったのでございます」
ポ「え〜、お坊さんもピアノを弾くのか」
僧「僧にもいろいろございます。拙僧“さなぎのアデリーヌ”が弾けるようになりたくて参ったのでございます」
ポ「さ、さなぎのアデリーヌ?」
僧「さようにございます。さなぎのアデリーヌが“早よう蝶になりとうものじゃ”と歌う切ない曲にございます」
ポ「ふうん、せんせいなら3階のレッスン室にいるよ」

 1時間後、ポロが掃き掃除を終えて玄関前のベンチでイモようかんを食べていると、さっきのお坊さんがレッスンを終えて出てきました。

ポ「どうだった?」
僧「はあ、それが・・・。ピアノに触らせていただけませんでした」
ポ「あはは。最初はみんなそうだよ」
僧「もしや、あなた様もとむりん老師の門人の方でおわしますか」
ポ「おわしますなんてほどの者じゃないけど、助手のポロだよ」
僧「ほう。さすがとむりん老師。猫にまで功徳を施(ほどこ)していらっしゃるのですね」
ポ「た、ただの猫じゃないんだぞ〜」
僧「たしかに。話しておいでだ」
ポ「せんせいのレッスン面白いでしょ?」
僧「といいますか、まるで禅問答のようでございました」
ポ「あはは。禅問答か〜。そんな感じだね〜。だからみんな1回でやめちゃうんだよ」
僧「そうでございましたか。では、拙僧も・・」
ポ「じゃあさ、やめちゃう前に今日はどんなレッスンだったか聞かせてよ」

つづく

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2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その2

おとうと弟子がやってきた その2

僧「はあ。学ぶとはどういうことかと聞かれました」
ポ「で、どう答えたの?」
僧「新しいことを覚えることと答えました」
ポ「へえ、お坊さんでもその程度の答えなのか〜」
僧「では、ポロ殿ならどのように」
ポ「ポロだったらさ、知る前と知った後で行動が変わることって答えるね。理解する前と理解した後でって言い換えることもできるかな」
僧「・・・・・・・・・。なるほど!! そのとおりでございます!」
ポ「でしょ。ほかには何を聞かれたの?」
僧「愛するとはどういうことかと・・」
ポ「その価値が分かること、価値が分かるから大切に思うことだよ」
僧「・・・・・・・・・。いまひとつピンと来ませぬが」
ポ「自然を愛する人は自然の価値が分かるから、自然を守ろうとするでしょ。別の例でいえば、燃えさかる家の中に自分の恋人とか子どもとか、そういう大切な人がいて、自分の命よりも大切ならば危険をかえりみずに火の中に飛び込んじゃうよね」
僧「なるほど! 目からウロコとはこのこと。音楽を愛するというのも、その価値を感じてこそ、ということでございますね」
ポ「さすが、お坊さんだね」
僧「まだまだ修業中の身でございます」
ポ「ところでお坊さん、名前はなんていうの?」
僧「これは失礼いたしました。拙僧、にくや山そーせー寺の珍念という修行僧にございます。ポロ兄殿、以後よろしくお願いいたします」
ポ「やめちゃうんじゃないの?」
僧「いえ、拙僧は、たったいま学びましてございます。とむりん老師はただならぬお方であると感じました。今後とも修業させていただきとう存じます」
ポ「それにしても、肉屋さんソーセージなんて変な名前だなあ」
僧「よく間違えられますが、仁空也山創成寺でございます。では、失礼つかまつります」

 そう言うと、珍念さんは春風に袈裟を揺らして帰っていきました。

 次の週、また珍念さんがやってきました。

珍「ポロ兄殿、おひさしゅうございます」
ポ「あ、珍念さん。おひさしゅうって言ったって、まだ一週間しかたってないじゃないか〜」
珍「あいさつにございますゆえ、どうぞお気になさらずに」

 それから1時間後、難しそうな表情の珍念さんが玄関を出てきました。

ポ「しかめっつらなんかしてどうしたの、珍念さん」
珍「これは、ポロ兄。今日は“学ぶ”と“愛する”の意味を答えられたのでお褒めの言葉をいただいたのですが、答えられたゆえに難問を出されてしまいました」
ポ「どんなの?」
珍「勉強したら頭はよくなるかという問いにございます」
ポ「珍念さんはどう思う?」
珍「はい、なると思いますが、そんな簡単な答えならばわざわざ問いかけなどなさらぬはず。はたと困っているところでございます」
ポ「じゃあ、ヒントだよ。勉強するっていう言葉の意味は?」
珍「新しいことを覚えるということでございましょうか?」
ポ「それも当たってるよ。でもさ、せんせいの求めてる答えは国語辞典なんかには載ってないんだ」
珍「それはよく分かります。真実は言葉ですぐに伝わるとは限りませぬ」
ポ「わ〜、すごいこと言うじゃないか〜」
珍「とむりん老師さまの受け売りでございます」
ポ「そ、そっか。ポロこたえ言ってもいい?」
珍「ぜひ、お願いいたします」

つづく

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2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その3

おとうと弟子がやってきた その3

ポ「勉強するっていうのはね“知識を無批判に受け入れること”だよ。鎌倉幕府は1333年に滅びたって教科書に書いてあったら、そのとおりに覚えるの。いちいちホントかどうか確かめないんだ。たとえ真実じゃなくてもテストにはそのとおりに書けばマルをもらえるからだよ。水は水素と酸素からできてるって習えば、確かめたりしないでそのまま覚えるんだ。それだけでテストに答えられるからね。これがいま使われている“勉強”の意味だよ」
珍「では、頭がよいとはどのようなことでございましょうか」
ポ「それはね、本当のことがわかることだよ」
珍「・・・・・??????」
ポ「だからさ、勉強ができる人は天動説のテストで100点とっちゃうの。でも、頭がいい人は天動説を習っても地動説にたどりついちゃうんだ」
珍「おおおおおおお! そのとおりでございます。いま、霧が晴れました!!」
ポ「でしょ」
珍「ポロ兄殿は天才でございますね」
ポ「ふふふ、ポロが天才だってことを見抜くなんて珍念さんは頭がいいね、ホントのことが分かってる。でも、いまの答えはせんせいの受け売りだよ。でさ、来週はたぶん“ピアノを練習したら上手になるか”って聞かれると思うな」
珍「なるほど。すばらしい前振りと問いかけでございますな。今度は拙僧自らが答えを出してごらんにいれましょう」
ポ「その意気だよ」
珍「では、これにて失礼いたします」

 珍念さんは、また春風に袈裟を揺らして帰っていきました。

 それから一週間、またまた珍念さんのレッスンの日がやってきました。

珍「ポロ兄殿、おはようございます」
ポ「あ、珍念さん。もうレッスン日なのか〜」
珍「今日はポロ兄殿のおかげで準備万端。問いに答えられればピアノに触らせていただけるやも知れませぬ」
ポ「がんばってね〜」

 1時間後、珍念さんは浮かない顔をして出てきました。

ポ「どうだった?」
珍「どうもこうも。とむりん老師さまには全てがお見通し。こんな様子でございました・・・・」

>せんせいの語る<

 珍念さん。あなたの受け答えを聞いて察するところ、門下の誰か、おそらくポロあたりと熱心に予習をしてレッスンに臨んでおられるようだ。

(ぎく)←珍念さんの体内の音

 それは大変結構なことです。ですから、あなたの努力に報いてレッスンを急ぎましょう。

(???)←珍念さんの頭の中にあらわれた記号

 あなたもお分かりのように、勉強したからといって頭がよくなるとは限りません。なぜなら勉強は頭がよくなるためにやっているとは限らないからです。それと同様、ピアノも練習したからといって上手になるとは限りません。練習すれば間違えなくなったり、速いテンポで弾けたりはすることでしょう。しかし、それだけで音楽やピアノ、ましてや自分自身が真に望む音楽美が理解できるとは思えません。
 では、音楽に精通する、あるいは音楽を理解するとはどういうことでしょうか。

(じと〜)←珍念さんの汗腺の音

 いえいえ、いま答えてくださらなくて結構です。
 私の考える音楽の定義は“音として鳴り響く美的内面”というものです。

(ぴかぴか!)←珍念さんがひらめいた音

 これがヒントです。あなたがこの問いに答えることができたとき、レッスンを始めましょう。

つづく

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2006-05-09 ポロの日記 2006年5月9日(熱曜日)おとうと弟子がやってきた その4

おとうと弟子がやってきた その4

珍「・・・・とまあ、このようなことでございました」
ポ「よかったじゃないか〜。来週からピアノにさわれるよ」
珍「はあ。しかし、私に音楽に精通することの意味が、果たして分かりますかどうか」
ポ「ポロが答えを教えてあげるよ〜」
珍「ありがとうございます。しかし、こればかりは自分でたどりつきとうございます」
ポ「わあ偉いなあ、さすが修行僧だけのことはあるね」
珍「とむりん老師のお言葉は仏の道にも通じているように思われます。では、拙僧これにて失礼つかまつります」

 珍念さんは、またまた春風に袈裟をゆらして帰っていきました。

 次の週は「ソクラテスの日」という国民の祝日だったので、珍念さんは2週間後にやってきました。いつものように玄関前の掃き掃除を終えたポロがベンチでイモようかんを食べていると、いつしか初夏らしくなってきた日差しの中を袈裟をゆらして珍念さんがやってきました。

珍「ポロ兄さま、おはようございます」
ポ「おはよう、珍念さん」
珍「ポロ兄さまは、いつもイモようかんを食べておいでですね」
ポ「しゅ、修業だよ、修業」
珍「さようでございますか。とむりん老師さまの御高弟であられるポロ兄さまですから、本当のことなのでございましょう」
ポ「げ、げほげほ!」
珍「だいじょうぶでございますか」
ポ「げほげほ、だ、ダイじょぶだよ。これも修業のうちさ」
珍「では、失礼してレッスンに行って参ります」
ポ「うん、がんばってね」

 そして1時間後、珍念さんがにこやかに出てきました。

珍「ポロ兄さま、ご覧ください。これぞ音楽の奥義の書でございます」
ポ「バイエルじゃないか。ポロも大好きだよ」
珍「今日は予備練習の第1番を教えていただきました」
ポ「ドレドレだね」
珍「はい、さようでございます。この世にこのような名曲があったとは存じませんでした」
ポ「さなぎのアデリーヌよりもいい曲だった?」
珍「それは、もうもちろんのことでございます。さなぎのアデリーヌの件はお忘れください。まだ何も知らなかった時のことゆえ、今は違います。ああ、音楽というのはなんとすばらしいのでございましょう」
ポ「なんだかすごい変わりようだね」
珍「ポロ兄さま、まわりの景色すべてが地球の重力の為せる技だとは、拙僧、つい今しがたまで気づきませんでした」
ポ「へえ、その話、ポロも感動したよ」
珍「おまけに、ピアノはその重力を利用して弾くというではありませんか」
ポ「そだね」
珍「すばらしい。人生は実にすばらしいものでございますな。拙僧、とむりん老師さまの今日のお言葉のおかげで人生に迷いがなくなった思いでございまする。あはは、あははははは」

 珍念さんは、とってもハイなまま、るんるんと帰っていきました。いったいせんせいは、どんなレッスンをしたのでしょか。この日のことだけは珍念さんはついに語ってくれませんでした。

おしまい



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ポロの掲示板はここ。
ポロの道場

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ばっかすさん、応援ありがとね〜! / ポロ ( 2006-05-11 22:23 )
がんばれ珍念さん! / ばっかす ( 2006-05-11 08:35 )
がんばれ珍念さん! / ばっかす ( 2006-05-11 08:35 )

2006-05-07 ポロの日記 2006年5月7日(風曜日) 連休の終わり

連休の終わり

ポロ「連休終わっちゃうね、つまんない?」
たろ「ビミョー」
ポ「ねえ、たろちゃん。高校はおもしろい?」
た「ビミョー」
ポ「なんか、ほかのこと言ってよ」
た「ビミョー」
ポ「・・・・? わ、よく見たらたろちゃんそっくりの“ビミョー人形”じゃないか!」
た「ビミョー」
ポ「また風にいちゃんにやられた」

* * * *

ポ「っていうお話を書いたんだけどさ、せんせい。どう? 今までの話と似てないでしょ?」
せ「ビミョー」
ポ「ねえ、せんせい」
せ「ビミョー」
ポ「わ! せんせいも“ビミョー人形”にすり替えられてるのか!」
せ「冗談だよ、冗談。ちょっとからかっただけさ」
ポ「・・・・・・・。ばかばかばかばかばか、ホントに心配しちゃったじゃないか〜!」
せ「いてててて、こら、よせ」

5月7日、こうしてポロの連休は終わってしまいました。


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2005-09-27 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第5回 空飛ぶタブタ その1

空飛ぶタブタ その1


 猫の星ドーラでもっとも優秀な鉱山技師の一人だった父親は、タブタが小学生の時に掘削中の事故で他界してしまった。夫亡き後、一人で気丈にがんばってきたタブタの母親も、無理がたたって、タブタが高校を卒業する前に亡くなってしまった。天涯孤独になったタブタは大学に進学してエンジニアになる夢をあきらめて、ドーラ防衛軍宇宙航空隊に入隊することにしたのだった。
 防衛軍の旗艦“ロイヤル・ドーラ2”への所属を希望していたものの、その夢が叶うわけがなく、短い訓練期間の後に、タブタは第3機甲師団、第3哨戒部隊に所属が決まった。さっそくクモヤ18型という、20年の計画耐用年数をさらに10年も過ぎた旧式の哨戒艇を割り当てられた。この機は一人で任務をこなすために建造され、機体整備も自分でしなければならなかったが、エンジニア志望だったタブタにとっては、それはむしろ楽しい作業だった。
 タブタと同期入隊した防衛長官の息子がロイヤル・ドーラ2に配属になったと聞いたときには猛烈な不公平感があったものの、それもクモヤ18に愛着が湧いてくると、どうでもいいような気がしてきた。
 タブタは自機に“ラジェンドラ”という愛称をつけた。耐用年数をすでに過ぎた機体ではあっても、これから可愛がってやるぞと自らに誓った。
 最初に行なった整備は空気清浄機の清掃だった。慣熟のためのテスト飛行の時、機内を循環する空気が油臭かったからだった。タブタは自分で工夫したゼオライトを加えて、まるで高原のさわやかな風のような空調を実現したのだった。

「ああ、いい気持ちだ。空気だけは“ロイヤル・ドーラ2”にも負けないだろう」

 数回目の哨戒任務の時、ドーラ経済圏内の小惑星から不法にイリジウムを掘削して持ちだそうとする謎の宇宙船を発見した。ただちに基地に通報。相手の武器や兵装がこちらを上回っていたときの事を考えると多少の恐怖を感じたが、タブタは思いきって追跡を開始した。ところが、相手は強力なエンジンにものを言わせて、あっという間にラジェンドラのレーダーから消え去ったのだった。
“ラジェンドラ”に積まれているロビン476E型エンジンは、防衛費節減のために燃費のよさだけを追及して作られた非力なパワープラントであった。

「くっそう。もっと強力なエンジンが欲しい。兵装もだ」

 タブタは非番の1週間になると、高校時代の同級生だったオビにその悔しさをぶちまけた。オビは、ゴーヒャ・キージェの弟子だった英雄ブージーが創立したブージー&ホークス社に就職して宇宙船の兵装を担当していた。

「実はね、光子魚雷Mk.125の試作品が倉庫にたくさん入ってるんだ。爆発はしないけど、本物だぜ。専用の火器管制装置がないと飛ばせないから管理は大甘でさ、持ちだしてもバレないんじゃないかって思うほどだよ」
「火器管制装置か・・・・」
「回路図ならあるぜ。でもCPUがない」
「どういうCPUなんだ?」
「ザイログ社のZ-80だよ。地球製だ」
「地球へ行ったって、簡単には手に入らないんだろう?」
「うわさじゃ、アキバラハっていうところで簡単に手に入るらしいけどね」

 伝説の“アキバラハ”のことはタブタも聞いたことがあった。


つづく

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2005-09-26 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第5回 空飛ぶタブタ その2

空飛ぶタブタ その2


「三河屋デリバリーサービスに頼めばなんとかなるだろうか」
「調べてみよう」

 二人はアンシブルネット端末で三河屋の商品検索を試みた。するとz-80がすぐに見つかった。タブタの給料1ヶ月分で買える値段。タブタはすぐに注文を出した。届け先となるデリバリーシップの着陸地点は、目立たないようにタブタの母親のお墓の裏山を指定した。

 注文品の到着当日。タブタとオビは、雪の積もった、墓地のさびれた裏山に登ってデリバリーシップの到着を待っていた。

「どんな宇宙船が来るのかなあ」
「軽トラの宇宙版ていうところだよ、きっと」

 午前11時、上空に黒い点が現れた。まもなく、それは轟音と爆風をともなってゆっくりと裏山に降下してきた。その熱風は積もった雪を溶かし、裏山に一瞬の夏をもたらした。

どどどどどどどどどどどど〜〜〜〜!

 全長70メートルの三河屋デリバリーシップは、猫の星では重巡洋艦に匹敵する巨艦だった。それが、墓地の裏山にいともたやすく8脚のランディングギアを接地させると、それぞれのギアは伸縮して船体を完全に水平に保ったまま静止させた。タブタとオビは、その制御技術に目を丸くした。

「ちわーす、三河屋でーす。あ、タブタさんでやすね?」
「は、はい、そうです」
「ご注文のゼッパチ、お届けにあがりやした。ここにサインをお願いしやす」

 さらさらっ!

「はい」
「ありがとうございやす」
「ところで、すごい宇宙船ですね」
「ああ、こいつですか。ノストロモっていうんですよ。あっしの相棒でさあ」
「どういうエンジンを積んでるんですか?」
「あっしも詳しいことは分かんねえんですがね、ペガサスエンジンてえんでさあ。ちょっとうるさいんでお客様からは評判悪いんですが、強力なんでたすかりやす」
「ぼくも強力なエンジンが欲しいなあ」
「あれ、お客さんも宇宙船乗りでいらっしゃるんで?」
「うん、思いきり旧式のやつだけどね」
「それなら、いいものがありますよ。ちょっくら待っておくんなさいまし」

 男はノストロモ号のコクピットに戻ると、一冊の紙の本を持ってきました。

「これでやす」

 その表紙には「これでバッチリ! 法規スレスレ宇宙船改造実例集」とあった。

「あっしには宝の持ち腐れなんで、よろしかったら差しあげやしょう」
「あ、ありがとうございます。ところで、お名前は?」
「あ、是輔(これすけ)っていいやす」
「これからどちらへ?」
「えっと、クリューガー60って星はご存知で?」
「ああ、知ってます。別の恒星系ですね」
「その第2惑星のクランベリーヒルっていう新興分譲地に干し草をいっぱい届けるんでさ。なんでも牛のお客さんが来てお産なさるとかで」
「変わった注文ですね」
「ははは、そうなんですよ」
「じゃあ、気をつけていってらっしゃってください」
「ありがとうございやす」

 ノストロモ号からタブタたちが十分に離れたことを確認すると、咆哮するペガサスエンジンは再びノストロモ号を宇宙へと運んでいった。


つづく

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2005-09-25 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第5回 空飛ぶタブタ その3

空飛ぶタブタ その3


 それからというもの、タブタはラジェンドラの改造に没頭した。とくにロビン・エンジンは、燃費をよくするたくさんの補機類を取り去るだけで出力が大幅に向上した。ところが、出力が向上したために、むしろ燃費までが向上したのだった。これは、燃費改善装置の製造会社が統計のマジックと、特殊な飛行モードで燃費がよくなったように見せかけたからくりに、ドーラ防衛軍の担当者がまんまと騙されただけに違いなかった。
 ロビンエンジンは通称“タコ足”と“直管”で“抜け”がぐんとよくなったのだった。

 直後のパトロール任務で、タブタは徹底的にラジェンドラをテストした。機体が軽いために、ほんの20パーセントの出力向上でも加速はケタ違いによくなった。最終的には60パーセントを超える出力向上を果たしたが、その加速度は、すでにタブタの体力の限界に近かった。
 ラジェンドラはカイパーベルトの小惑星帯を、浮遊する氷のかたまりを縫うようにして飛びまわった。しかし、レーダーやセンサー類の性能不足で、あやうく小惑星と衝突しそうになる場面が何回もあった。
 タブタの休暇はドーラ防衛軍いちのロングレンジ・センサーの開発に費やされた。その甲斐あって、どんな速度で飛び回っても危険を回避できるだけの性能のセンサーとレーダーが完成した。長距離レーダーは敵や障害物の補足と正確な位置情報をもたらし、超高感度センサーは、それが何であるかを明らかにした。
 最後に残ったのはMk.125光子魚雷の装備だった。これは、ひょっとするとドーラの法に触れるかも知れなかった。かすかな希望は、試作品が光子魚雷とは別の名前であることで、これがMk.125と同じものであることを証明するのは案外やっかいであることは間違いないように思われた。
 タブタとオビは深夜の試作品保管庫に忍び込んで、Mk.125光子魚雷の試作品を2基手に入れた。光子を発生する特殊な炸薬はラジェンドラに装備されている他の兵器にも使用しているために、申請すれば手に入らないこともなかった。ただし、ラジェンドラが申請できるのは7.74ミリ光子バルカン砲用で、非常に少量だったので、2基の光子魚雷にフル充填するには6ヶ月もかかってしまった。
 タブタは丸2年をかけて、ラジェンドラをドーラ防衛軍最強のパトロール艇に育てたのだった。残すは加速度緩和装置だったが、これはあまりに特殊すぎてタブタには手に負えないという気持ちがあった。

「加速度なんか慣れさ・・・」

 タブタはそう思うことにした。

 タブタは、またパトロール任務に就いた。
 すると、2年間静かだった警報装置に初めて小さな黄色い光が灯った。
 100万キロの探索深度を持つ長距離レーダーを起動して警報を発している宇宙船の位置を確かめると、タブタはIFFトランスポンダからの電波を受信した。それはロイヤル・ドーラ2からの救難信号だった。


つづく

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2005-09-24 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第5回 空飛ぶタブタ その4

空飛ぶタブタ その4


 ・・・第一王子の船に何かがあったらしい。なにもできない王族に指揮権を与えるからこんなことになるんだ。

 そう毒づいたものの、タブタはロビン476E改エンジンを目覚めさせると、ラジェンドラに思いきり鞭を入れた。ラジェンドラは銀の矢となって太陽系辺境星域を突き進んだ。
 猛烈な加速度のためにタブタの身体はGシートに押し付けられ、顔はゆがんだ。
数時間苦痛に耐えると、ラジェンドラは闘いを終えて静まり返った戦闘空域に達した。すでにロイヤル・ドーラ2の船影はなく、精密レーダーには爆発によって広がり続ける破片群が映っていた。その中に脱出ポッドとおぼしき影があった。タブタは、すぐにラジェンドラのノーズをその影に向けた。
 ものの数分でラジェンドラは影との接触に成功した。それは、やはりドーラ2の脱出ポッドだった。脱出ポッドと接舷後、ドッキング。がっちりとつながった共通規格のドッキングポートから出てきたのは、正真正銘のドーラの王位継承権第1位アメン王子だった。

「アメン王子、ご無事で。お怪我はありませんか!」
「ありがとう、かすり傷だ。君の名前は?」
「ドーラ防衛軍宇宙航空隊、第3哨戒機甲師団、第3哨戒部隊所属タブタ2等空士であります!」

 タブタは雲の上の存在である第1王子を目の前に緊張した。

「これはクモヤ18か。いまだに現役で配備されていたとは知らなかった。反撃しようにもこれでは無理だな」
「お言葉ですが王子閣下、このクモヤ18は不肖、自分が多少の改良を加えており、ある程度の追撃と攻撃が可能であるかと思われます」

 そう言われて、アメン王子がよく見るとオリジナルのクモヤ18にはない機器類が操縦席周りを埋め尽くしていた。王子は目ざとく特別な文字列を見つけた。

「火器管制パネルのMk.125の文字は、洒落のつもりか?」
「いえ、Mk.125光子魚雷を2基実装しています」
「まさか。だいいち、管制コンピュータはどうしたんだ?」
「民生用の市販CPUから自作いたしました!」
「本当か!?」
「本船のエンジンも通常のものの162パーセントの出力に上げてあります。それで、いち早くこの空域に到達できました!」
「言われてみればそのとおりだ。他に味方の艦船は影も形もない。君の技術を信頼できそうだ。ならば急ごう。敵はまだ遠くには行っていない」
「アイアイサー!」

 船が撃破されたというのに、王子は全く怖じ気づいた様子がなかった。それに動作や言動に無駄がないばかりか、威厳があった。
 タブタが主操縦席を王子に譲ろうとすると、王子は「この船では君が正パイロットだ」と言って副操縦席についた。

「愛称は?」
「はっ?」
「この船の愛称だよ」
「はい、ラジェンドラといいます」
「いい名前だ。よし、ラジェンドラを発進させたまえ」
「アイアイサー!」


つづく

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