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ヒポコトリの「書を捨てないで 町へ出る」


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目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2009-11-03  読書記
2009-11-03 神保町の古書市
2009-11-03 疑問
2009-10-29   アール・ブリュットについて
2009-10-20 二次的な言葉
2009-10-19 真なるもの
2009-10-17 読書記
2009-10-15 温暖化はしない、の次
2009-10-15 ヘイマンス
2009-10-05 「アドルフ・ヴェルフリと白恐怖」松田行正についての疑問


2009-11-03  読書記

11/
*『岩波講座社会科学の方法9 歴史への問い/歴史からの問い』「3 自然・歴史・風土」オギュスタン・ベルク
11/ー了
『ジーニアス・ファクトリー』
11/
*『世界の大思想 モンテーニュ 随筆録エセー上』25章
11/
*『世界の名著 ルソー』「学問芸術論」
11/3-
*『新・脳の探検』フロイド・E・ブルームブルーバックスB1431,B1432/2004/各2000円
11/3-
*『成長の限界 人類の選択』ダイヤモンド社/2005.3
11/3了
『「成長の限界」に学ぶ A.ペッチェイ:21世紀への行動指針』鳩山由紀夫/小学館
11/1-3了
『グラン   モーゼス  農  100年の自伝』グラン  マ・モーゼス/未来社
”わたしたちがこどものころというのは、食べ物というのはかたいものばかりだったので、歯磨きなんて毎日するものではありませんでしたし、虫歯にもなりませんでした。”
10/-11/3了
『』山下清/ちくま文庫
10/-11/2了
『ヨーロッパ文化と日本文化』ルイス・フロイス/岩波文庫青439-1
7/-10/了
『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』岡谷公二/河出新文庫?/2001(1992、作品社の文庫版)
10/29
『批判的想像力のために グローバル化時代の日本』テッサ・モーリス=スズキ/平凡社
外人で日本研究した人で、日本人に有名なのは、批判対象となりうる人たちのみで、ルース・ベネディクトであり、エドウィン・ライシャワーであり、エアウラ・ヴォーゲルとなってしまう。日本への批判的研究は無視される傾向がある。英語圏で言えば、ハーバート・ノーマン、ハリー・ハルトゥーニアンと酒井直樹。


*つまみ読み

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2009-11-03 神保町の古書市

 神保町の古書市というのに初めて行ったが、普段と違うのは、店の前にも棚を並べること、店とは関係無しに路上に並んでるのが少し、日曜・祭日でも開いている、あとすごいなと思ったのが、出版社がある種の本を100円や300円やらで売っているところ、それ以外にすごいところがあったのかは分からない。出版社は岩波書店や中央公論新社などは100円というのはやっていなかった気がする。私は結局、普通の店内で4冊買った。もしかしたら、店の人は店内にもこの日のためにいいと思うものを出しているのかもしれない。
 その通りを通ったのは珍しかったのだが、その通りに美術の古本屋さんがあったのは知らなかったので、源喜堂しか知らなかったので、知れたのが良かった。高めだなあと思ったが、なんであれ、同じ町に2つあるというのは、何回か行ってみたいと思う気にさせられるなあと思う。
 あと、私はけっこう町にいる若い人のほとんどが嫌いだが、おじさんのほとんども嫌いだなあと思った。初めから人をよける気がないようなので、そしてぶつかってきたあと見てそれがケンカを売ってくるように感じるので。そういうときは、ドアをくぐるみたいにして、目をつぶって、ふんっと思って、忘れることにするといい。そういうのがバイク乗ってる時に起こると、バーンってほんとうに口に出して、その車が事故るのを想像すると、すっと収まるのでいい。あと、下北沢はこの間行って大嫌いになったが、渋谷に行ったらもっと大嫌いなところを見つけてしまった。それでも私はそういうことをやめないので、お金を使うのも町で人を感じるのも好きなんだろうなあと思う。でも、町では顔が沈むので、その時の心は嫌な感じなはずなので、このことをもう少し考えたいと思う。

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2009-11-03 疑問

・シュルレアリスムに関する本が豊富で、アールブリュットは皆無に近いことがなぜか。あと、シュルレアリストどころか、20世紀の視覚芸術の象徴となれるんじゃないか、といわれていたプリンツホルンの本も訳されていない。これは、精神医学の方でどれだけ知られているのか分からないが、彼らは頭がいいから、外国語の本というのは朝飯前だから訳して欲しいというのがアホな話なのかもしれない。美術手帖、芸術新潮、みずゑ、その他雑誌に少し載っている程度で、非常に困っている。あと展覧会でいえば、私はそういえばシュルレアリスムがテーマの展示というのは見たことが無かったと思った。知ったことも無い気がする。そっちで言えばアール・ブリュットの方が今は盛んだ。あと演劇の人はダダという言葉をよく口にしていたと思う。ところで、世田谷美術館は設立当初、「ナイーヴ派に重きを置く」と言う方針があったと芸術新潮に書いてあった。その芸術新潮は、今日読んだものだが、「素朴派バンザイ」と背表紙に書いてある特集で、数ページほど切り取られていたことに気づいたが、買ってから10日ほど経っているので、レシートはもう「おかね」帳につけてあるので、捨ててしまったからここで書いてやろうと思った。けれどなんだか気持ち悪いなとも思うので、下北沢のどこかの古本屋さんとだけ言おうと思う。でもそこは、欲しい本がとてもとてもあったので、店員さんのミスの2%のうちの1つに当たってしまったのだろうと思いたいが、その時の店員さんは抜け作っぽい店員さんだったので、抽象化によると、その店は要注意ということになった。

・冷えから来る腹痛で下痢になり、そして便をすれば治るのはなぜか

・イスラーム圏での世界史の教科書
日本の世界史の教科書は、キリスト教圏のものであり、近代ヨーロッパのものであるので、その最たる対立軸としてのこれが読みたい。

・科学者の9割は〜で丸山茂徳が挿入している図版のうち、『多文明世界の構図』から拝借しているものが、元の本から探せられない。

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2009-10-29   アール・ブリュットについて

 それはデュビュッフェの話でしかない。デュビュッフェが収集の基準を定めた、そのときの定義でしかない(その定義の3つあることを「アウトサイダーズ・アートブログ」という、ペンネームしか分からない作者のサイトで知ったが、私はまだ読んでいない)。



・「Daybook」デュビュッフェが収集し始めた頃からつけた日誌
・「conversation」Macgregorがデュビュッフェとの会談の時につけた記録?
ここに、「アール・ブリュット」「生の芸術」という言葉の放つ神秘性についての秘密がつまっている。


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それどころか、
・”Prospectus”→英語訳出てる?
・”Ibid”→英語訳出てる?
・”          ”→英語訳出てる?
などでデュビュッフェの直接の言葉で説明がされている。

あと、面白いと思ったのは、文化的な人々より、一般市民の方が美術の本質を知っていたのは1940年代の話で、今や(いつなのかは未確認)知識人の方がましだ、と言っている。(私の、英語文の解釈があってたら、たぶん)

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バックパッカーは、伝染病とか犯罪が怖くて結局なっていません…今かなり頭でっかちな気分です。中国では差不多って言葉がよく使われるって昨日の新聞にありました。何でも市の人間文化財みたいな人が人間国宝として紹介されて、差不多って言って客寄せされたとか… / ヒポコトリ ( 2009-11-19 18:21 )
ちなみに俺の方は6年で変わった事と言えば仕事で年がら年中、上海に行ってたことかなー。あーあと結婚もしたわ。結婚シンドイwww  / nsjm ( 2009-11-06 10:09 )
(゜Д゜)トモクゥォォォォォォォォォォ―――!!! とか言ってた頃から6年経ってるからねぇ・・・ 時の流れは速いわw でもヒポコはまだ学生かー。羨ましい。昔話してたバックパッカーの夢は実行したのかな?ヒポコって良い意味で独特な雰囲気や思考を持ってそうだし海外行ったら、もっと自分を成長させられそうだねー。日記読んでるとホントに何か分らないけど惹かれるモノがあるよ。飲みながら話ししてみたいw / nsjm ( 2009-11-06 10:07 )
今は卒業制作というのをやっていますよ。卒業論文のある大学の、その代わりのようなものです。Tommyことザ・ブリリアント・グリーンは事務所の契約が無くなりましたね。ああいうのはよく分からんですが、円満解約ということなんでしょうかね。 / ヒポコトリ ( 2009-11-03 21:57 )
よっ!また来ちゃった。 そーいやーヒポコは絵の勉強どーなったの?つーか今何やってんの? / nsjm ( 2009-11-02 17:56 )

2009-10-20 二次的な言葉

■「私は○○というものは分からないが・・・」
共感はできないが、偉大さは理解しているつもりなので、それを否定すると自分の能力の無さを認めるというぬるい場になってしまうのを避ける際につかう言葉
及び自分が神でないことの証拠
例)「私はセザンヌというものは分からないが、近代絵画の父と呼ばれている人ですよね。どうかしましたか。」
例)「私はセザンヌというものは分からないが、二次元の神というのは分かりますよ。」


■マナー
自明なものとしてつかう、日本人の弱点
例)「他学年の部屋に勝手に入ってきたり、制作場所に置いてある画集を無断で見たりするのはマナーとしてどうなのか・・・声をかけるなどして、考えて下さい。」


■汚い「ありがとう」
自分の怠惰の尻拭いをしてもらった時のそれ



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セザンヌは『セザンヌ』ジョアシャン・ガスケ /岩波文庫2009.4
がいいらしい


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↑の本は、セザンヌの知り合いの子供が書いた本だが、主観的なにおいがするらしい。その本をつかって「セザンヌ」「ルーブル美術館訪問」をとっているストローブ=ユイレという人たちがいて、その人たちは、セザンヌ展用に以来されて作った映像を美術館側に拒否されたらしいが、理由は解説書に書いてなかったが、ガスケの本のせいなのだろうか。

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2009-10-19 真なるもの

 真なるものを探すように生きて楽しくなって久しいと確認するときに、真なるもの、という言葉をよくわからないまま使っている。わかっているのは、「真なるもの」は、本や頭の中だけでは作り出せないものであって、人と人との間や経験の中にあるもの、「真なるもの」を見つけたときは、それが良いことであれ悪いことであれ、目の覚める思いのするものであるということ。



 だから本の世界に触れられない日でも、人との関係をよくしようと努め、目的に対してよりよく進もうと努めるべきであって、そうするが、それでも1日本に触れられないとなると、もう頭が悲鳴をあげて、やっぱり向いてないから、それでも社会的に生きることをあきらめたくない場合、努力だなと思う。しかし、人と人との間というのを過大評価していたとも言える経験を先週の水曜日にした。


 先週の水曜日、国家的な話になったら「右」という単語が出て、井戸端会議のような雰囲気で終わったが、それは平和慣れではないか、と思った・・・。私は、国を愛する、と言ったら気持ち悪いかもしれないが、そうする方がいいと思っていた。(どうも愛とか好きとかに関する言葉が不自由だ・・・。)小さな範囲で言うと、自分の所属する会社、学校、地域を好きになる、そうしなければ建設的なことができないというのが自明なことだと思っていた。耐えられないのであればそこを離れればいいことだが、国は避けられないと思っていた。もちろん、国というものへの捉え方は境界的な生き方の定着している部族もいるからそれは別の話になれると思うし、国家という制度自体に対する意見はまた別にしたい。個人主義の人は国家をよりよりしていかないと生きづらくてたまらないのだと思う。


 ここで「真なるもの」として確かなものは、40代の人にとって「右」という言葉はかなり定着しているということだ。この僻地で、この年代差間の価値観のかなり減っている現在において、これだけの動揺がおこるということは、自分は随分保守的なのかと思った。もう少し対話したいと思うが、私は一日の分量の限界が早い・・・。






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10/29

その人が言っていた「右」というのは、おそらく「忠誠」ということだ。私は「愛国心」と「国家への忠誠」の区別を意識していなかった。

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2009-10-17 読書記

10/-
『エクソフォニー』多和田葉子/
10/-了
『多文明世界の構図』高谷好一/中公新書1339/1997
イスラーム世界の、日本でいう世界史の教科書というのがどんなものなのかを調べようと思う。
10/-
『ナジャ』アンドレ・ブルトン(巌谷國士訳)/岩波文庫/2003.7
これ(文庫前のはいつのだか不明)以前に出ている「ナジャ」は全て非1963年版
10/了
『岩波世界の美術 クールベ』2004
10/了
『科学者の9割は 温暖化      』/宝島新書/2008
10/
『死はなぜ進化したか』クラーク
10/
『ピアニスト』エルフリーデ・イェリネク/
10/
『倫理学』1、2、3、4 和辻哲郎/岩波文庫
10/
『家族における   』中根千枝/講談社学芸文庫
10/
『群像 11月号』ナボコフ関連、高橋源一郎、
10/
『緋色の研究』コナン・ドイル
10/
『考える人 ルソー』ファゲ/高波秋訳/ジャン・ジャック書房
10/つまみ読み
『インテリジェンス人間論』佐藤優/新潮社
10/-了
『甦る怪物』佐藤優
9/25-
『ポオ 詩と詩評』
9/24-
『シャーロック・ホームズの冒険』コナン・ドイル
9/22-24了
『魔女の1ダース』米原万里/新潮文庫
9/了
『疲れすぎて眠れない夜のために』内田樹/
9/-
『司馬遼太郎が考えたこと2』司馬遼太郎/新潮社
9/-10/2了
『風土』和辻哲郎/岩波文庫
9/了
『自壊する帝国』佐藤優/新潮文庫
8/-
『宮城まり子が選ぶ 』
8/了
『淳之介さんのこと』宮城まり子/文春文庫
8/ -
『獄中記』佐藤優/岩波現代文庫
8/了
『国家の罠』佐藤優/新潮文庫
8/
『外務省ハレンチ物語』佐藤優/
7/30-
『リヴァイアサン』ホッブズ/中央公論社
6/
『ゼロ年代の想像力』宇野常寛/早川書房
5/9-
『日曜日の図書館』/勝原晴希、宮下啓三ほか 小阪修平監修/ぺブル選書2/増進会出版社
5/8-
『アベラールとエロイーズ』畠中/岩波文庫
『中世騎士道物語』ブルフィンチ/野上やえこ訳/岩波文庫
5/7-8了
『愛の往復書簡』佐藤輝夫/角川文庫
5/4-
『西域物語』井上靖/新潮文庫
5/3-
『不倫は家庭の常備薬』田辺聖子//
『20世紀アメリカ短編選(上)』大津栄一郎編訳
4/30-5/1了
『孤独な夜のココア』田辺聖子/新潮社/S57?
4/26-
『創造活動の理論The act of creation』アーサー・ケストラー
4/23了
『至高聖所(アバトーレ)』松村栄子
4/20-24了
『Y染色体から見た日本人』中堀豊/岩波科学ライブラリー110
4/19了
『人間は遺伝か環境か?遺伝的プログラム論』日高敏明/文芸春秋/2006?
4/16-
『ゲド戦記 2』
4/12-
『利己的な遺伝子』ドーキンス
4/6-断念
『個体発生と系統発生』
4/5-10
『アダムの呪い』ブライアン・サイクスBrian Sikes
4/2-13
『ゲド戦記 影との戦い』
1/了
『告白』ルソー/岩波文庫
1/22
『だりや荘』井上荒野
1/20
『風の谷のナウシカ』宮崎駿
1/12
『 東綺譚』永井荷風

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2009-10-15 温暖化はしない、の次

温暖化はしないという考えを丸山茂徳の本で理解したので、次はそれに対する意見を調べることにしようと思う。

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国が何ゆえ二酸化炭素25%削減を掲げたのかについての推測
1.という名の、脱石油
2.日本という国の立場的に(軍事費が少ないとか、比較的平和とか、自然の恩恵とか)

いずれも、二次的な理由(敵を作らない)があるという前提で…

--
丸山茂徳の受け売りとして、人口問題と高齢化と年金のことを考える

私の提案
1.年金を廃止する
2.代わりに、誰であれ老人であればお金を支給
3.これまで年金を払ってきた人たちは、そこに上乗せしてもらえる
4.そのためには増税して構わない



ーーー
温暖化・山火事・正のフィードバック  by関良基

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2009-10-15 ヘイマンス

Andorean Joseph Heymansアンドリアン=ジョゼフ・ヘイマンスという人の絵を損保美術館で見て、調べたら、全く出てこなかった。○○美術館展という展覧会の数千円のカタログは何年も経って数百円になってたりするけど、こういうこともあるのだなあと思った。2005府中市立美術館の『ベルギー   』2009損保美術館の『ベルギー近代   あゆみ』     の『    』   ゲント美術館  などに載っているらしい。




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「ハイマンス」で色々出てくる

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2009-10-05 「アドルフ・ヴェルフリと白恐怖」松田行正についての疑問

 季刊d/SIGNのNo.5(2003年)に載っている「アドルフ・ヴェルフリと白恐怖」松田行正という文章をどうとらえたらよいのか困っている。

 この文章において、アドルフ・ヴェルフリとは、1895年に41歳で慢性統合失調症のため精神病院に収監され、4年後にエンピツを渡され、そこからヴェルフリのすさまじい創造活動が始まったとされている。そして、死後15年を経て、デュビュッフェに見出され、ヨーロッパで広く知られるようになった人、とされている。

 『The discovery of the art of the insane』Macgregorでは、ヴェルフリに捧げられた章がある。そこでは、精神病院に収監されたのは連続少女レイプ犯で捕まり、裁判にかけられ、刑務所に入り、その5年後に精神病だとされたからだ理解していた。あと、1895年には31歳なのではないか。"Wolfli was born in 1864 in Nuchtern, near Bern.(中略)As a consequence of a series of sexual assaults on young girls he was imprisoned in 1890 at the age of twenty-six.(英語に自信がないので、特にa series of sexual assaults on young girlsというのは連続少女レイプと言う意味ではないのか。seriesがよく分からない)His hospitalization in 1895 was the result of a further sexual assault and recognition by the judicial authorities that he was mentally ill and dangerous to society."(p.211)あと、エンピツを渡してくれたおかげというのを強調するのが違う気がする。"It was in 1899 that he quite spontaneously began to draw and write."(p.211)とあるし、アール・ブリュットが何たるかというとき、精神病や障害者ではなく、自発的というのがキーワードだと思うからだ。また、ヨーロッパに広く知れ渡ったのは、デュビュッフェの影響力の方が効いたかもしれないが、生前にMorgenthalerが出したヴェルフリについての本がよく読まれて、有名になったし、自分が評価されていることは十分理解していたらしい。"In his essentially art-critical endeavor Morgenthaler succeeded brilliantly with the result that Wolfli achieved fame as an artist in Europe well before his death in 1930. Wolfli wanted his own name to be used in the book; he knew of his fame, and in fact was taken no see the first public exhibition of his picture in Bern."(p.209)"Well before his death, Wolfli knew that he was famous and that his pictures were actively sought after."(p.213)そして、Morgenthalerや他の人のために絵を描いたり、あと売ったりして、けれどその絵は魅力は薄くなっていた、つまり評価された故に才能は壊れてしまった、とまで言われている。決して社会的に切ない死に方などしていない、と理解していた(*1)。けれど私はこの本しか読んでいないため、これ以上の判断はできない。



 私が色々な本を知れたのは小出由紀子のおかげであるが、少しショックだったのは、1993年12月号の芸術新潮においての文章である。

 作品が残されることより、精神病の症状が緩和されることの方が、幸せなことだと思う…精神病で入院したことのある創作活動者を1人しか知らない私は、一般的にも、そうだろうと思っている。けれど、もし精神が安定しなくても作っていたいんです、と考える人がいるのなら臨機応変に判断していいと思う。その、作っていない間に、精神不安に襲われてもいいのなら。

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