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ヒポコトリの「書を捨てないで 町へ出る」


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はじめまして    chCCygEPcF

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2009-10-05  「アドルフ・ヴェルフリと白恐怖」松田行正についての疑問
2009-10-04 新宿の模索舎、荻窪の古本屋
2009-09-25 「自分さがし」への批判への反駁
2009-09-20 読むべき本
2009-09-18 新宿のブックファーストがすごい
2009-09-11 七輪を買う
2009-08-27 旅の行動記録
2009-08-26  気に入ったところベスト5
2009-08-26 気に入ったところベスト5
2009-08-26 近畿⇔東京 原付の旅 5日間


2009-10-05  「アドルフ・ヴェルフリと白恐怖」松田行正についての疑問

*1
"-and second group that consists of pictures, often on smaller sheets, executed for other people, and for sale. Morgenthaler refers to these as 'Brotkunst,' sheets drawn for others in order to obtain pencils, paper tobacco or just to please. Interestingly, Wolfli kept record of all the pistures that he sold to Morgenthaler, Dr. Forel, or others. These pictures are often inferior productions, created outside of the great mythological record, and frequently were little more than dry imitations of himself, or even direct copies. Morgenthaler was the first to realize that the interest of physicians could have a destruction effect on patient art, a fact that has since been made obvious by the efforts of art therapists working in mental hospitals."(p.213)



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バーバラ・フリーマンがより詳しいことを書いていた。
連続少女レイプ犯→1890年に幼い少女に性的ないたずら未遂2人で、禁固2年。さらに、今度は性的ないたずらを3歳半の女の子に、した。1895年に収容
a series ofは「連続」ではなく「一連の」がよいのだろうか

「パラレル・ビジョン」(展図録)

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2009-10-04 新宿の模索舎、荻窪の古本屋

先月、新宿のブックファーストのがすごかった、ホガースの本が売っていた、と書いた後、
荻窪の古本屋に行ったらへいぜんと売っていたので、都会はすごいなと思いました。




読みたい本は図書館で借りられ、あるいはコピーでき、
欲しい本は家にいても買えるために、
本屋をうろついてると、早く帰らなきゃと思うけど、
タイトルも作者も知らなくてもこの分野の本、というのを見つけられ、
いつか都会から離れることを夢見て本を買うため、
あと娯楽のため、『全国古本屋地図』を今日も持ち歩いた。


新宿に用があった。模索舎は3年間通学路沿いにあったので、2回入ったことがあったけど、識字能力の無かった私はさっぱり分からなかった。今日は初めて、面白かった。
『復活!精神病新聞全部3』小林絵理子
『PLANETS No.05』
『PLANETS No.06』
『甦るフレーブニコフ』亀山郁夫/平凡社
『考える人・ルソー』E・ファゲ著 高波 秋訳/ジャン・ジャック書房
今年の初めにルソーの告白を読んで、大きな衝撃を受けた。少し読んでみたところ、その手垢のついていない文章に期待した。帰って少し読んで、訳者的注がまた気に入った。当時の「良い人」の良いbonとは、道徳的な良いではない、ということなど。また、ルソー本人以外によるルソー関連の本を初めてだったので、当然のことだが、ルソーの客観的事実を初めて知った。イケメンだったとか、5人の捨て子は義母の考えかもしれない、とか。また、2009年出版だったのに原書は100年前のものらしく、勇気をもらった(私はそういう本に初めて出会った。)なぜなら、アール・ブリュットの主要な本は19世紀前半に集中しているからだ。もちろん、訳されていない。


用事が終わって、帰った。荻窪で乗り換えがあった。荻窪は○○書店がいい、と聞いた○○のところを忘れたので、何となく美術と書かれてあるところを回った。すばらしかった。あと子連れが街にいっぱいいていいなあと思った。歩きやすそうだった。



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○○書店とはささま書店のことで、やはりささま書店はすばらしかった。ここも、数年前はよく分からなかったが、今でも分からない棚は分からないのだが、この日も、この後の日もすばらしかった。

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2009-09-25 「自分さがし」への批判への反駁

 読売新聞に、旅行をなぜするのですか?今夏のアンケート、1位が「自分さがし」だった。どういう聞き方をしたのか、これほどまで「自分さがし」が批判されているのを見る機会が多いのに、一体どの欄にチェックをしたら「自分さがし」にカウントされてしまったのだろう。

 「自分さがし」というのが「ほんとうの自分」とか「個性」とかいう主観的、ロマン主義的な概念を前提としているという意見は、少しずれていると思うけど、いい反論の仕方が見つかってないので、放っておく。安易に旅行に出かけるのは嫌いだが…。

 旅行をする人が「自分さがし」と言って出て行くことを批判する人、に対して言いたいことについて。旅行は「自分さがし」という名の、自分の客観視、自分の文化の相対的位置、視野の広がりにつながるものだと思う。そういう社会的なもの以外にも、自然的なものの中の人間を見るにも、いいと思う。

 「自分さがし」を批判するには、まず「自分さがし」という概念の定義の曖昧さ、それをそのままにして「自分さがし」を語ること、への批判をした方がいいと思う。一番いやなのは、こういう大衆批判をする人の本は、こわい、新書のタイトルとか、言い切ってる文章とか、こわくて、下向いちゃう。

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2009-09-20 読むべき本

『Art brut(foreword by Dubuffet)』Michel Thevozミシェル・テヴォー 1976
『The artistry of mentally ill』ハンス・プリンツホルン 1972
『パラレル・ヴィジョン展』
学校『outsider art』ロジャー・カーディナル
『Madness & art』Morgenthalerモルゲンターラー
どこにもない?『L'Art chez les fous(狂人の芸術)』Marcel Réjaマルセル・レジャ1907

手元にほしい
『芸術新潮』1993/12
『美術手帖』1968/4
『みづゑ』1975/9



主要年譜
1921モルゲンターラー
1922プリンツホルン
193 degenerate art展
1976ミシェル・テヴォー





『ヒトラーと退廃芸術』関楠雄/河出書房新社
Nordauノルダウ
1892"degenerate"医 ユダヤ人らしい Lombrosoの第一弟子
Adlf Zieglerアドルフ・ツィーグラー


ミシェル・テヴォー
1936年生まれ。ローザンヌ州立美術館学芸員を経て、76年からコレクシオン・ダール・ブリュット(ローザンヌ)の館長


ギャルリー宮脇(京都市中京区寺町通二条上ル東側)
特別展『Singular Visions アウトサイダー・アートの極致』2008年春
世界初の単行作品集6月刊行予定 近日出版情報をお知らせします。e-mailにお申し込み下さい。
序文/ミシェル・テヴォー(前コレクシオン・ダール・ブリュット館長)
解説/針生一郎(美術・文芸評論家、原爆の図丸木美術館館長)


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久しぶりに苦しい、苦しい
期待 というものは 幻想で 自分の中で作り出されたものであって 想像 のことです
記憶という事実とは違う
自分を振り回すものは自分であって、
ただ自分を振り回すほどのコツを備えた人であったということ
永遠に続くかのような、ノートは、けれど、まず2枚目が欲しい
それを手に入れた時の私を想像するだけで、とても楽しそうだ。情動だ。それこそ最たるものと思っていた、それだ。

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上のは11/14土頃に書いた。その次の日に学校に行ったら、つまり日曜に行ったら、守衛さんは厳しい人が担当であり、誰もいないところで描く夢は消えた。そして絶望を感じた。そして帰り、ジーニアスファクトリーを布団の中で読み続けたというくだらない日となった。月曜日、つまり誰もがいる日だが、私は思い切って、そこで描くというのを諦めた。この選択は正しかった。この週からは、いくら晴れていても外で描くというのは昼ですら辛い日々の始まりであった。加えて、Nの視線からつくる私の期待/想像という苦しみから解放されたのであった。そしてそれから4日経ち、11/19である今日に至る。私はこの日々により、期待や想像、妄想、空想というのは、その情動のそれと同じように、いいものではないと思うことに決めた。

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2009-09-18 新宿のブックファーストがすごい

病院の帰りに、新宿のブックファーストに寄ることにした。
ちょっと前に、何でだったか忘れたけど、新宿のブックファーストの何かがすごい(確か美術書の品揃えだったと思う…)と読んだ記憶があったから。

そしたら、ほんとうに素晴らしくてびっくりした!

美術書の充実している新刊書店をめぐって歩いたことは無いけれど、こんなにすごいところは知らなかった。
ホガースの『美の解析』
草間弥生の自伝本『無限の網 草間弥生自伝』
草間弥生の小説『蟻の精神病院』
を買った。ホガースは、4月から乏しい英語能力で読んでいる『The discovery of the art of insane』John M.MacGregorに出てきた人だったから。確か、狂人を初めて絵に描かいた人…だったような気がする。けれど、日本ではなんとか草子とか、鳥獣人物戯画とか、に狂人が出てきてそうな気がするので、探そうと思う。草間弥生は、おとといまで知らなかったが、精神病院入院経験のある人が、この人は精神病院で作っていたと言っていたから。

2000円買い上げるごとに、100円割引の喫茶店のチケット1枚をくれたので、行きたかったが、看護学校の願書を出しに行かなければいけなかったので、時間はあったが、電車がとまったらいやだったので、帰った。そしたら、満年齢の定義を間違えていて、1歳たりなくて、応募できなかった。ほんとうのはなし。泣いた…

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2009-09-11 七輪を買う

切り出し七輪はかっぱ橋道具街にも無かった(日曜に行ったので、またもっと探せばあったのかもしれないが、疲れていたし、最後はもういいやという感じであった。選んだ店自体には良質なものを感じたので、少し罪の意識は消えた。)。

細々したものは地元で買えると思って、今火消し壷について調べていた。
インターネットをした。
びっくりした。
七輪を買う人々は、安いがキーワードだった。
安ければ、(中国産という言葉に非常に敏感だが、国内でも(やっていることが)悪質な業者は多かろう?中国産に敏感なのはそれは自分個人が被害(=悪質な品)を被るだけであって、日本を旅して感じた自然の神々しさや、そこから生まれたらしき古代日本からあったらしい何かすばらしい文化が現在危機的な状態にある(悪質な行為、ものを大事にしないに直結する大量消費を生み出す。七輪は長持ちというが、また褒め称える人がいるが、それと同時に安く買える、資源はまだ豊富らしいよ、というのは、うすらおそろしい何かを感じる)ということにどれだけ鈍感かと思う。)構わないらしい。しかしまず感覚的に、安いものは、怖くなかろうか?七輪に1000円しか払えないほど生活の苦しい人々はそれほど多くないと思うのだが…

人は易きに流れる、だから国がある程度制度を作らなければいけない、という思いがここでも強められた。(便利で安いものを近場のホームセンターで売れば、それは売れる。)そうしなければ、今現在数十年の幸福に満ちている日本という国家は、崩壊までしないかもしれないが、そこに生きる人々はすぐ不幸になると思う。けど町で観察してしまう日本人は、まだまだ幸せそうだ。しかし国民として、人は易きに流れる、を使うことは、無責任なことで、ここでいえば、少し考えればいいのに。考える余裕がそんなにないほど忙しい人がこれほど多いとも思えない。

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モロッコの第一印象をつくった方ですよ! / ヒポコトリ ( 2009-09-18 02:28 )
何かヒポコって昔から少し感じてたけど、凄く知的な女性になってそうね・・・  俺のコト覚えてるか分らんけど、むかーーーーし何度か書き込みしてたよ。Tommyネタとか(笑)5年位前にね! / nsjm ( 2009-09-14 14:36 )

2009-08-27 旅の行動記録

1日目
06:00東京
15:--静岡→三重のフェリー
16:30マコンデ美術館
アフリカのマコンデ族という100年ほどの若い歴史をもつ部族の工芸品。初期のものがよい。部族の歴史物語から想像するに、孤独癖のあるものづくり好きの男が、どこかの部族を離れて、川で彫刻をし、上手な女を彫った。そこから始まる。
国道165号途中で日没、山中+暗い(+対向車のライトがまぶしくて見えない)+長いで辛い。
22:20奈良

380km

2日目
08:00朝飯
薬師寺
薬師寺の台座がおもしろい(ギリシア、ペルシア、インド、中国)
釈迦十大?弟子がおもしろい。ほり深い
体調悪い(鼻水、くしゃみ、だるい)
13:00電車
既に予算を超えたので、お金おろす
奈良国立博物館寧波展 前売りが安く、駅で売っている
16:30宿泊場に帰る
人と連れ立って歩くのに疲れたのか、異様に疲れる。
風呂、寝る
18:00夕飯
19:00東大寺、興福寺のライトアップ
20:30危ない人を見つける
22:30寝る
明日、体調よければ和歌山に進んで、悪くければ名古屋方面に帰ろうと思う。どちらにせよ健康ランドへ。

0km

3日目
08:00朝飯
のどが痛く何回か目が覚めた。朝起きたらなおっていた。口でも開けていただけだったのだろうか。くしゃみが出るものの、体調は悪くなかったので進もうと決めた。
10:00出発
11:00法隆寺
拝観料1000円というのは何事だろうか?チップ文化が無いだけ楽なのだろうか?かなり迷った末、玉虫厨子見たさに惜しまなかった。
人はなぜmuseumに行くのか。「これ(聖徳太子ら3人のかかれた掛け軸みたいなやつ)、教科書とかでよく見るけど、古くなかったんだ、大正時代だって」という会話。人々は、寺へ行くが、進行はない。工芸品を見るが、美術としてではない。古いものだから見に行く。けれどそれは死者・先祖という概念とは異なる。遠いものに思いをはせる。遠い過去に思いをはせている。(ルーブルだとしたら遠い国へ。)そういう意味での「信仰」は、まだ衰えをみせない。自分のルーツ?有名なもの?を見た、という客体的満足 
12:30出発
16:00熊野のどこかで和歌山田辺行きを諦める
19:00国道165号、県道20号
夕日サイコー。虹出てた。県道20号で細い、少し迷う。日没、怖かった。本当に。けれど、切り立った崖から、北の盆地が開けて、西が見えたときの、夕焼けがさいこうだった。雲のおかげで色に染まってた。
20:45奈良健康ランド
レベル高い。
1今、体の休まっていること
2健康ランドという父・家族の思い出=記憶の幸福
3さっき味わった「夜」の怖さをさけられたこと
4昼は自然(のちの恐怖)、夜は人工(施設の功)を選び取れる、自分の環境(自由、物質社会)
の幸福を感じる。

245km

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2009-08-26  気に入ったところベスト5

第3位 静岡、磐田市の天竜川沿いの県道343号
土手に平原と、所々にできている大きくなりつつある木、それらを覆うツタが、輪郭を曖昧にさせて、まるで菌のように、ナウシカのような風景であった。夏の空に浮かぶ深い雲や、秋の空に浮かぶ羊雲など、それら1こ1こにコロニーができているんじゃないかと勝手に想像させられてしまうような、それが木として、すぐそこにある木なのに、そう思わせるような風景が、しかも結構長い。


第4位 奈良から三重の伊賀市に向かう25号の、伊賀市に入ったところらへん、空とうまく並んだ電線

写真


第5位 ねむの木村
宮城まり子さんには、「ファンになる」という言い方が一番しっくりくるが、突き放したかのような冷たい感じがする。女の人と遊ぶ街の有名人でありながら、作品も生活もそうでありながら、その人を好きになって、その人にもおそらく「1ばん」好かれていて、という生き方というのはどういうことなのか、というのが一番惹かれているところだと思う。そして、こちらねむの木村の案内の中に、吉行淳之介文学館の字が平然とある、というのがもうおもしろかった。子ども美術館を建てた藤森照信さんを知ったのは今年で、本を読んで、話を聞きに行って、ねむの木学園を知ったのも去年で、たった2年のうちに、知ることが増えることで、私は県道81号を寄り道して、丘を登ってどんぐりを見つけて、やはり本と世界はつながっていて、一番便利で安くて本当で、時々辛いけど、喜びという収穫だった。
奈良で一緒をした人の言っていた五感について考えた。五感は5つの総称にすぎないと思うけど、それらがあわさっての五感といったら、それは各々の感覚器官を離れて、感じがいい、とか、あるいはあさましい感じがする、というようなことを言っているのだと思う。それは知識も含められて、知識は感覚器官をもっと繊細にすると思う。

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2009-08-26 気に入ったところベスト5

まずは、この旅行での、大きな感想から書きたいと思う。それは気に入った場所という見方で紹介するのがふさわしいと思うので、大きな感想に続けてランキング形式にしようと思う。しかし、例えば「静岡の磐田を通った」といっても、地図を見て必見らしき土地に出向いたわけではなく、国道を避けるために通った道、または迷った道で偶然感じた場所、その時の時間帯、なども関係してくるだろうが、偶然なので、「静岡の磐田」の印象を伝えられてはいないと思う。しかし、名古屋が地獄であったのは確かである。


第1位 熊野
ここに住みたいと思った。奈良を南下し、169号→県道20号→168号と進む。和歌山の田辺の南方熊楠の地に向かっていた。けれど、奈良で寄り道をした上に迷ったせいもあって、とりあえずの目標である南方熊楠記念館や顕影館の閉館時間である17時には間に合わないことが山に入ってしばらくして分かったが、けれどとにかく進んでいた。その山は感じたことないほど、感じがよくて、しかも人が住んでいて、その住み方が、感じがよいのだ。商業施設があるところを見て、また貸家と張られた札を見て、町が機能していることを感じた。168号を途中まで来て、疲れと、空腹とで、次に休憩所があったらそこで休んで諦めよう、と決めた。そこが十津川村だった。これだけの山、森の中に、十津川村の道の駅と、十津川村歴史資料館(300円)と、ひらけた川と、足湯温泉(無料)と、あと十津川警察署と役場と近所に学校があるという案内があることに、森という自然の中に住みながら、人里の中にあるという安心感があった。そば屋は15時で閉まっており、喫茶店しかなかったが、けれどよくできていて、よくあるようなセットを頼むと、ボリュームのある食事が出てきた。土産を売っていて、『奥熊野かづら工房』原秀雄、原水音著という本を買った。読んで、私もここで巣作りをしたいと思った。もっとロマン主義に書くと、私は、初めて自分が子どもを育てたい、と思える土地を日本、いやこの世に見つけた。日本には無いと思っていたから、ここ熊野以外にもあるのかもしれないという希望を抱くこともできる。私はこれが、心の支えになるだろう、この旅の収穫は、これだろう、ということを思いながら、東京に戻った。


写真


第2位 朝霧高原から見る富士
東京から20号→139号とひたすら走ると、突然左手に葛飾北斎のまさにあの富士山はこれか、と思うような風景がひらける。樹海を抜けた辺り。写真のものは生い茂ってるが、それよりその先に行ったところが、完全に平原で、とてもよかった。なぜ生えないのだろう?開発されたあとなのだろうか?帰りも期待して夕日の時刻に通ったが(その時は東側の、より樹海である県道71号を通った)、雲でほとんど見えなかった。
近くにある県道71号沿いのミルクランドはとてもわくわくした。おみやげ買うのにも最適な感じがする。2,3時間持つ保冷剤が50円+簡易保冷袋が100円・150円、繰り返し使えるという保冷袋が315円。それはアイラブミルクと書いてあったので違うなと思い、簡易保冷袋の150円の方が繰り返し使えそうだったので200円払って、牛乳とチーズとソーセージが買った。
あと、樹海は非常に寒い、熊野と同じかもしれない。それにやはり何となく怖い。

(125cc以下は139号を走るとき注意。走っちゃいけないところがあるが、もう車線変更できないようなところに標識が現れたり、横道から入ったらそれは既に進入禁止の道路を走っていたりする。東京の不親切さにはかなわないが)


写真

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2009-08-26 近畿⇔東京 原付の旅 5日間

 8月21日から昨日25日にかけて、奈良を目的地に、50ccの原付(リトルカブ)で行って帰った。


 旅行や遠出の記録というのは、控えており、まとめたのはここに載っている京都までの18きっぷ旅行(7年前)くらいしかない。この時の旅は、「もう1人旅はしない」と思ったように、上手に旅行することはできなかったのに、この時の旅がなぜか最も思い出すことができているのが悔しい。それはまとめたものが無いせいだろうということで、今回は残すことにした。


 大学が奈良に宿泊施設を持っている。個人で利用したり、夏季の企画旅行で利用されるらしい。その施設を使った。

 奈良というのものには、授業で習っておもしろいなあと思ったものの多くが、奈良で大きな潮流を始めていたりしていたから、興味が湧いていた。玉蟲厨子や、紫神金字金光明最勝王経の眠る地に行きたかった。ミーハーと大差ないのに立派な感じがするのはなぜだろう。今年度、美術史という授業を初めて受け、面白いと思い、その数ヵ月後に、企画旅行の委員をやっている友人に宣伝された。企画旅行というのは大学と学生が運営する7泊の奈良・京都旅行であり、日本の美術品をみまくる、というものだ。奈良2泊・京都5泊で、それが逆だったら私も参加したかった。しばらくして、その委員の人が前々日から個人的に奈良2泊を追加するらしいが、同行する予定の人が行けなくなったから行かないか、と誘われたので行くことにした。



そういうわけで、

1日目・東京→静岡(フェリー)三重→奈良(奈良泊)
2日目・(奈良泊)
3日目・奈良→和歌山→奈良(橿原泊)
4日目・奈良→愛知→静岡(浜松泊)
5日目・静岡→東京

という旅行を昨日終えて、戻ってきた。

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