himajin top
あかふじの独り言

退屈しのぎに日々の思いを綴ります。退屈している人は暇つぶしにのぞいてみてね。
「つっこみ」は削除・訂正できませんので要注意です。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2005-08-22 現像処理の壁にぶつかってます
2005-08-21 新型機初撮影
2005-08-20 蚊に刺されたっていいじゃないか
2005-08-19 今夜の独り言は二本立て。超豪華版(?)
2005-08-18 久々のラーメンネタ
2005-08-17 お盆に寄せて
2005-08-11 嬉しい!大興奮!
2005-08-10 ついに新型機導入!
2005-08-06 朝の続き・怒涛の後編その1
2005-08-06 怒涛の後編その2


2005-08-22 現像処理の壁にぶつかってます

発売直後、ほとんど衝動的に買ってからデジタルカメラのあれこれを勉強させてくれたD1Xを手放した。4年2ヶ月程使ってきて、思えばいろいろなことがあった。
4年の間にデジタルカメラも格段の進歩をしてきたし、当初実勢販売価格50万円というD1Xと同等以上の画像を記録することの出来るカメラが10万円台で買える時代になったが、オートホワイトバランスと書き込み速度を除けば今でも充分通用する機械である。4年経った今、やはりNikonだという想いを新たにしているところである。
D2Hが僕の期待に応えてくれるか、レタッチ能力のなさで匙を投げるか、しばし奮闘を余儀なくされるところであるが、なあに、D2Hのレタッチをしきらんでも、D70という強い味方があると思うと気が楽やもんね。昨日の夜から今日の夕方、そして今もずっとD2Hで撮ったデータを処理中である。はてさてどうなることやら。

先頭 表紙

2005-08-21 新型機初撮影

昨日新しく買ったD2Hを使っての初めての撮影を行って、気がついた点が2〜3あった。
ひとつは、先日買ったOLYMPUSのストロボを使ってのデイライトシンクロ時に1/250以上のシャッターが使えないこと。これは当たり前の事なのだけど、D70では平気で全速同調していたので、期待していただけにショックである。どうやらD70はシャッターの構造が一般的なフォーカルプレーンとは異なるようだ。しかしこの事は、室内、野外を問わずほとんどストロボを使用する僕にとってはかなり痛い。デイライトシンクロでポートレートを撮る者にとって、シンクロが1/250秒というのはかなり厳しい。ISO感度が200からというD2Hにあっては、F16程度まで絞るケースも出てくる訳で、背景をぼかすどころの騒ぎじゃない。今後、日中野外での撮影時にはD70を使用して、室内などのスローシャッター時にはD2Hを使用するという使い分けが必要なようだ。ちょっとうっとうしいけど、全速同調の魅力には勝てない。
もうひとつは、全体的に画質を見てみるとD70の方がきれいな感じがする。デジタルカメラについて言えば、やはり後から出たものが優れているということか。D70よりD50の方がキレイだという目下の評価を考えると、そんなものかも知れない。D70の画質を見てきた僕にとって、型遅れとは言え、フラッグシップ機が劣るというのはかなりショック。
今回の機種を買うに当たって、23万7千円の新品を買うか、中古を買うかかなり悩んだのだが、経済的負担が少ない中古を買って正解だったようだ。プラスマイナスを考えると10万円以下で購入できた事になるし、D1Xを4年間で償却したことを考えれば、1年も使えば同等以下となるのでまあいいか、という気もする。
気になるのは、最近の雑誌を見ていてD70が中級機となっている点。D200の発売はないのだろうか。800万画素程度で、ファインダー、ペンタプリズムがしっかり作られた中級機を望むNokonファンの声は多いと思うのだが。眠れぬ夜にそんなことをふと考えた。

先頭 表紙

2005-08-20 蚊に刺されたっていいじゃないか

数年前のことになるが、蚊に刺されても刺した蚊をそのまま放置して、血を吸われっ放し状態にしていた時期が1年以上ほどあった。
現代社会に於いて蚊を忌み嫌う理由は、刺されるとかゆいからに他ならないように思ったからである。もっとも、蚊を媒体として伝染する病気は今でもあるだろう。しかし、その昔のように、蚊に刺されると日本脳炎になるという危険度はいかほどあるだろう。反論もあるでしょうが、ここはひとつ勝手な言い分を静かに聞いて下さい。刺した蚊を殺さないのには理由がある。ひとつは刺された時点で既にかゆみ成分を皮膚に塗られているわけだから、今更殺したところで痒みが治まるわけではない。昨日のテレビ番組で言っていたが、皮膚を刺した状態の蚊をその場で殺すと、痒みが増すそうである。殺すなら、血を吸った後、皮膚から離れたところで殺す方がいいらしい。そんな話を頂き物の焼酎を飲みながら、僕の持論を推す意見としてとても嬉しく聞いていた。もうひとつの理由は、刺した蚊を殺そうとして殺気を感じ取られ、逃げられでもしたら他の人が刺されるではないか。どうせ刺されてしまったのなら、吸いたいだけの血をくれてやる方が潔いではないか。腹いっぱい吸ったら、他の人を刺すこともないだろう。殺すなら腹いっぱい吸った後、体が重くなってヨタヨタと飛ぶところをパチンとやる方がはるかに実利的かつ効果的である。
今年あたりはその潔さもいずこかへ消え去り、カユイ!と思ったらすぐパチンとやるようになってしまったのは、こらえ性が減退した証拠かも知れんといささか反省しておる次第である。ちなみに、刺された後は、いくらかゆくてもかいたりせず放置するのが一番良い。掻くと皮膚に塗布された痒み成分が皮膚内に広がり痒みが増すそうである。さりとて、ツメの先でバッテンを付けて痒みを抑えるのも同じ意味で避けた方が良いそうである。
何だかまとまらん話になってしまったが、今日も頂き物の焼酎を飲んだ後なので、蚊の話はこれにておしまい。

先頭 表紙

2005-08-19 今夜の独り言は二本立て。超豪華版(?)

唐突であるが、僕は吉野家のカレー丼が好きである。
僕が今考えるに、この吉野家のカレー丼は、アメリカ産牛肉が輸入できなくなり存続が危ぶまれたときの産物ではないか。依然アメリカ産の牛肉は輸入できない状況ながら、吉野家は(僕が見る限りでは)着実に経営を立て直しているように見える。それは、従来の丼主体のメニューを見直し、豚しょうが焼き定食に代表される「定食モノ」を充実させた点に大いなる変化があったのではないか。僕が吉野家を訪れるのは週に一回以下であるが、店内をべろんと見渡すと、従来の丼一辺倒から定食4、丼もの6位の比率に様変わりしているように感じる。これは、牛丼一筋イノチをかけてきた吉野家にとって非常に大きな改革だったのではなかろうか。小泉内閣の郵政民営化どころの比ではない。小泉さんは総理大臣の職を失しても(恐らく)生死を分かつような人生の大事変は起こらないだろうと踏んでの「改革」気取りだろうが、こちら(吉野家)は、間違えると倒産である。それまでの経緯から、牛丼の吉野家を名乗りながら看板商品の牛丼を売れないというのは、既に息絶え絶えの状況だと思うので、ここで失敗したらもう後がない。
いわば背水の陣だと思うのである。
そこで丼の看板を脇に置くことを覚悟しての定食メニュー充実化である。そしてそれが功を奏し、昼時はそれなりに客足が絶えないように思える。
しかし!それでは僕が冒頭に掲げた一行目が意味を成さないのである。
重ねて言うが、僕は吉野家のカレー丼が好きである。
これには二つの大きな意味があり、ひとつは旨い!安い!
そしてもうひとつが大いなる意義を持つと(僕は)思うのだが、「丼」である。
看板の牛丼は出せない、さりとて丼は譲れない。吉野家にとって、そのギリギリの選択枝がカレー丼だったに違いない。牛丼を売ることが出来なくなって以降、試行錯誤を繰り返しながら定食が開発されるまでの間、いわば起死回生の(小)ヒット商品だったはずである。そのカレー丼が、定食モノが幅を利かせるあまり、窓際に追いやられているのである。その状況が許せない。僕が行く吉野屋の3店は牛丼を取り扱っていないのである。本来、こういう店舗は、取扱商品はどこの店でも取り扱うべきである。「商品の平均化+サービスの平均化」が命題でなければならない。今でこそ、牛丼を扱ってはいないが、黄色い看板を見たら牛丼を食べたくなるという視覚効果を自ら放棄してしまったのである。言葉を変えれば、「牛丼=吉野家=丼モノ」という黄色い看板の持つアイデンティティーを自ら放棄したのである。これはいけない。許せない。

ここまでたたたたっとタイピングしてきてさすがに疲れた。もう止めよう。
いとこがお盆にお仏壇へのお供えとして持ってきた焼酎を飲んで、かなり参っているところである。僕は焼酎が苦手なのだ。それでも飲んだのはおいしいから。欲に負けてしまった。欲に負けながら、意味の分からないカレー談義をたたたたっと打ったものだから脳みそが疲労困憊してしまった。もう止めよう。感情に走るあまり、言葉が跳び跳びになり、自分で読み返してもおかしい。意味が分からない部分もある。かといって、旨い焼酎に脳を犯されてしまった今の僕には校正をする余力もない。
そういうわけで、タイトル返上。もうひとつのテーマ「蚊に刺されたっていいじゃないか」については明日に譲ろうと思う。ああ、軟弱モノ!

先頭 表紙

2005-08-18 久々のラーメンネタ

3月に胃の調子を悪くして以来、なぜかラーメンを食べたいという意欲が減退してしまったような気がする。その前は、博多ラーメン(屋号です)方面に行った時など、290円ラーメン(消費税込み)が食べられるというヨロコビに体中が打ち震えるほど、昼食時の定番だったのにどうしたことだろう。考えたくはないけど、もしかしてそういうトシになってしまったのか?
今日は、2時頃、大分市で仕事を終えて、遅めの昼食に何を食べようかと考えながらの帰り道、何となく雰囲気が良さそうなラーメン屋さんを見つけたので、中央分離帯が途切れる所からわざわざ大きくユーターンして入ってみた。
初めて入る店なのでメニューをじっくり検討する。
大分とんこつラーメンと銘打ってあるが、僕は基本的に福岡以外ではとんこつは出来るだけ避けるようにしている。山口とか佐賀とかでの失敗に懲りてのことなのだが、今回もそれに習ってとんこつを避けて醤油ラーメンを注文した。注文した後に、テーブルの上を眺めていたら、色んな貼り紙のひとつに「当店の辛子高菜は、もちろんサービスですが、かなり激辛なので充分ご注意下さい。」とある。おお!これはぜひとも食さねばなるまい!と充分ご注意する暇もなく、取り皿に大盛りに取り食べてみるとこれがかなり旨い!この瞬間、醤油ラーメンを注文したことを激しく後悔したのだが、時既に遅し、我が注文せしラーメンは麺のお湯切りを終え、今まさに醤油スープが満たされたどんぶりに移されんとしていた。
仕方がないので、醤油ラーメンをすすりつつ、セットで注文したおにぎりをほおばりながら激辛高菜を食べる。旨い旨い。おにぎりも旨い。これでラーメンスープがとんこつだったら言うことなかったのにと更に後悔が胸を刺す。悔しい判断ミスである。
しかし、この醤油ラーメンもスープがおいしくてそれはそれで正解だったのかも知れない。食べ終わった後隣の席に目をやると、とんこつスープがたっぷり残されたどんぶりが。思わず、ひとすすりでいいから味あわせて!とお願いしたかった。
久しぶりに立ち寄ったラーメン屋さんは、店に入ったときから対応も良く、店内も雰囲気が良く、おまけに味も良いという三拍子。大分市なので、そうそう行くこともないと思うけど、おいしいラーメン(醤油味だけど)をいただけて、久しぶりに大満足の昼食でした。

先頭 表紙

昔の人は中華そばとか支那そばとか言いますよね。いわゆる中華そばというのは、とんこつラーメンに代表される日本のラーメンとは若干異なるようですが、昨日僕が食べた醤油ラーメンはその中華そばに近いものかも知れません。おいしかったです。 / akafuji ( 2005-08-19 08:04 )
私もラーメン大好きで、週に一回は必ず食べています。290円というお値段、魅力的ですね〜!最近では、普通のラーメンで800円なんて所もあったりして驚きます。あちこちで新しいラーメン屋がオープンしていますが、ナカナカ口に合うお店はありません(涙)あかふじさん、良いお店に当たられましたね。今、ふと母がラーメンの事を「中華そば」って言ってたのを思い出しました。 / たまのすけ ( 2005-08-19 02:38 )

2005-08-17 お盆に寄せて

ちょっと書き込みを怠っていた積りが、もう一週間経ってしまった。月日の流れは早いです。
今日、仕事で天神付近で路上駐車をして用件を済ませ、車に戻ろうとすると誰やら話しかけてくる人がいるので、声が聞こえる方に目を向けるとそこには懐かしい顔があった。「おおおっ!お久しぶりです!」と話が始まり小一時間。数年前、仕事で色んな意見を交わしたり行事を企画したりした当時を振り返って話は盛り上がったのだが、僕の記憶では、その時の流れが3〜4年に感じていたのだけど、その方が仕事を辞めて既に7年経ったという話になり、時の流れは早いものだとお互い驚くばかり。
「7年経つ割には全然当時と変わりませんね。」
「お互い一緒に年を重ねているから変わらんっちゃろう。」二人でと大笑い。
また、元気で会いましょう。と別れたけど、今日は一日中、心に爽やかな風が吹いている感じだった。
旧知の人に思わぬところで会うというのはとても嬉しい。
20数年前、新婚旅行で名古屋空港に降り立ったロビーで、憶えのある顔にばったり出会った事がある。
僕が学校を卒業して新卒で入社した会社で配属された、当時の営業所の所長さんだった。向こうは営業が主で、僕は整備部署だったので、直接仕事上の指示系統のお付き合いはなかったけど、顔ははっきり覚えていたので、懐かしさのあまり大声で「○○所長さんじゃないですか?」と訊ねると、先方も僕のことを憶えていてくれて、しばし昔話に時を忘れた。福岡空港ならまだしも、名古屋空港で会うというのはどれ程の偶然だろう。世間は狭いとはよく言ったものだと感動に近い思いを感じたものだ。
以来、悪いことは出来ないなあと何かにつけて思うようになった。
清流は浄化作用が強く、昔の人は「三尺下れば水清し」と言ったとか。泥で汚れた手足を川で洗っても、水の濁りは三尺も流れるうちに飲めるほどに浄化されるという話である。息子が小学生の時分、子供に自然の体験を味わってもらいたくて、毎年7月の第二土曜日にキャンプに出かけた時期がある。高校になってそれぞれが学校生活で忙しくなるまでの数年間続けたのだけど、僕らが主に使ったキャンプ場は鳥栖の山奥で、清流で米を洗い野菜を洗い、食器を洗った。その時にその「・・水清し」を僕ら大人も子供も体で実感したものだ。
話が逸れたが、時の流れはその清流の流れと同じかも知れない。
仕事上の意見の食い違いとかで、その当時は口論を繰り返した中でも、10年、20年経つうちに、時の流れがその記憶を浄化してくれ、全てが美しい思い出に変わるのかも知れない。
時が経ち、やがて訪れるであろういまわの際には、そういう美しい思い出の中で息を引き取りたいものだ。

作文力のない僕は、今夜は何を書こうかといつも頭を痛めるのだが、今夜はタイプを打っている内に話が一人歩きをし始めてくれたお陰で、お盆らしいまとめになった。

先頭 表紙

2005-08-11 嬉しい!大興奮!

先日ヤフオクで落札したカメラが到着しました! 早い!早いじゃないかっ!関東からだから明日の到着だと思っていたので大喜び!!
はやる心を抑えつつ、いそいそと開梱しておもむろに取り出して、外観をチェック。想像以上の美しい品に感動の涙。震える手を押さえつつ、レンズを装着してCFメディアを差込み、早速室内でテスト撮影してみた。D1Xを初めて手にしたときの感動が胸に溢れてくる。支払いをどうしようかと落札直後からずっと頭を悩ませていたが、そんなものどうにかなるさっ!と、この感動で不安がどこかに消し飛んでしまった。
ううむ、この勢いに乗って借金もどこかに吹き飛んでくれないかしらん。
早速どこかに撮影に行きたい!が!僕がもっとも多忙なお盆の始まりなので、それもままならん。仕方がないから、今夜は新型機を抱いて寝ようかと思いつつも、興奮で眠れそうにない、蒸し暑い夏の宵なのだった。
取説でも読みながら布団に入ろう・・・

盆開けには、借金返済に充てるため、D1XとAF Nikkor 35mmf2Dレンズを売りに出さないといけない。誰か欲しい方いたら買って頂けません?

先頭 表紙

新機種導入に拍手を頂き、ありがとうございます(笑) これでまた気分も新たに撮影意欲を盛り上げていきたいと思っています。 / akafuji ( 2005-08-16 12:15 )
新機種導入、おめでとうございます〜(パチパチ)。新しいカメラがやってくるのは、嬉しいものですよね。あかふじさんの写真がグレードアップされていくので、私も後から負けないように付いて行きたいです。 / たまのすけ ( 2005-08-12 23:00 )

2005-08-10 ついに新型機導入!

ヤフオクにD2Hが出品されていたので、とうとう我慢できずに落札してしまった。ちょっと前からD2HSの新品同様品が出品されていて、どっちにしようか迷ったけど、値段的に10万円程の差があり断念した。今回落札したのは、35mmf2のDタイプレンズと組み合わせての出品で、落札価格は19万円也。この一ヶ月の間、D2Hの動きを見てきたが、大体17,5万円〜19万円位で動いているようなので、35mmレンズ付きということも考慮して最高額20万円で狙った。今使っているD1Xをオークションで処分すれば20万円のうちのいくらかは回収できると思っての購入である。35mmレンズを覗く価格10万円〜15万円の買い物であれば、デジカメのライフサイクルを考えると2年も使えばまあいいか、と思う。35mmレンズは、デジタルになってから、使うことはそうそうないとは思うが、35mmf2レンズは昔の50mmf2レンズと並んで、Nikonの傑作レンズということもあり、買って損はないレンズだと思う。
先日来のD70使用時の手ブレに落胆して、D1Xでの撮影に戻そうと先日のイベントで使用してみたのだが、D1Xでは初めてのRAW撮影を行った結果、D1Xはやはりデジカメ初期の設計のためか書き込みが遅い。僕は最近撮影枚数を抑えるようになったので、枚数撮りする際のバッファ的には特に問題はないのだけど、シャッターを切った後、ディスプレイに表示されるまでの待ち時間が5秒以上はかかる。体感的に10秒はかかっている感じである。1〜2秒位であれば辛抱するのだが、10秒というのは長過ぎてポートレイト撮影には向かないと判断した。かと言って今更JPEG撮影に戻る気もしないし、D70ではスローシャッター時の手ブレが不安。本当は、Nikonの新型機を待とうと思っていたのだけど、期待されるD100の後継機はいつになるか分からないし、発売されたとしても発売当初の実勢価格は25万を切るとは思えない。何より昔からF〜F4を使ってきた僕としてはやはりフラッグシップ機を望みたい。D2Xは価格よりも、1000万画素というオーバースペックから全く購入対象にはならない(後処理時のパソコンスペックまで要求される)し、D3H、D3Xはまだまだ後の話だし、もし発売されてもすぐに買えるような価格ではないだろう。発売1年の間は、どう安く見積もっても40万円を切るとは思えない。価格がこなれるまでの時間を考えたら、それまでD70では凌げない。というところで、僕が考える「性能・価格・満足度」から、当面買うカメラとしてD2Hの購入に踏み切ったというワケです。

明後日位には手もとに届くはずなので、いじり倒して、初撮影はお盆明けですね。

先頭 表紙

2005-08-06 朝の続き・怒涛の後編その1

忘れないうちにと、朝一番に書いた日記(2つ下のスレッド)の怒涛の後編。長文なので2つに分割。

それを考える余裕もなかったのは、やはりマムシに咬まれることの恐怖心が強かったのだろう。
僕が幼い頃、父はマムシを良く捕ってはマムシ焼酎にしていた。僕はその捕獲の瞬間を見たことはないのだが、傍で見ていた母に言わせると、細い針金の先を曲げ、かま首を持ち上げたときにその首に針金の先の曲がったところをからませて捕まえるそうである。捕まえたらすぐ一升瓶の中に入れて瓶の口いっぱいまで水を張る。蛇の雑味を一旦水に吐かせて吐ききったところで水を抜き焼酎に入れ替える。驚くことに瓶一杯に水が入っているのだから全く呼吸できない状態なのに、マムシはそれでも1週間経っても死なないそうだ。何と言う生命力。だからこそマムシ焼酎と言うのは強い薬になるのだろう。こうして作られたマムシ焼酎は食あたりや切り傷、虫刺されの特効薬として我が家で活躍した。マムシ焼酎の効能はそれだけに留まらず、歯の痛みや歯茎の腫れなどにも即効性があった。
朝5時半頃、マムシの夢から覚醒した僕は、すぐにそのことを思い出した。
そうだ!こういう時こそマムシ焼酎を塗れば良かったんだ!我が家には、父が最後に作ったというマムシ焼酎がまだ倉庫に残されていたはずだ。朝起きて一番に母にそのことを尋ねると、ワンカップ清酒の空きコップに少し取り分けてきてくれたので、食後早速塗ってみると、驚くことに10分ほどで痛みは治まった。さすが家伝のマムシ焼酎。今日は土曜日で仕事も暇だろうから、昔からお世話になっている天神の歯医者さんに朝から出かけようと思っていたのだが、痛みも治まったことだし、もう少し様子を見てみることにした。

先頭 表紙

2005-08-06 怒涛の後編その2

さて、皮一枚で繋がった首をだらりと左に垂れたマムシ変身のお嬢さんの話に戻るが、僕を咬もうと跳びかかったその瞬間、かろうじて繋がっていた首がぷっつり切れてごろりと地面に落ちた。それでも、気丈にも僕に跳びかかってはきたのだが、僕を咬もうとして、咬むべき牙を持つはずの口が体から離れ、咬もうにも咬めないことに気付いた。跳びかかりはしたものの咬むことが出来ない己が姿に、あれれ?と数秒戸惑っていたのだが、すぐに自分の置かれている状況を察したらしく、急にだらりと横に倒れてしまった。自分の状況をはかなむ独り言を傍で聞いていた僕は、しばらく躊躇したが、いまわのきわの言葉くらい聞いてやろうと優しい心持になり、横たわった女性を抱き起こした。ここが夢の夢たるゆえんで、抱き起こしたそのときは切れていたはずの首がなぜか繋がっており、寂しげに最後の言葉を口にしようとしていた。
最後の言葉を耳にしたその瞬間、僕は夢から覚めた。
最後にいくつかの言葉を聞いたように思うのだが、お嬢さんが何を言ったのか僕は残念ながらまったく憶えていない。
夢から覚めた僕が起きてしばらくして思いついたのは、痛む歯にマムシ焼酎を塗ろうということであり、やがて夢がそのことを知らせてくれたという不思議に驚いた。夢うつつの中で痛む歯が原因でマムシ焼酎を思い出し、その結果としてマムシ事件の夢を見ていたのなら、起きてすぐマムシ焼酎を塗ることを考えるはずである。不思議な夢だったと、覚醒した頭で女性の顔や最後の言葉を思い出そうとして、初めてマムシ焼酎を思い出し、夢がマムシ焼酎を告げてくれたのではないか?と思い至ったのである。
何とも不思議で、ありがたい夢だったのだが、今こうして書いていて思うのは、歯の痛みが治まったことに対する感謝より、仲良くなろうと話をする余裕もなく、スコップで首をはねてしまい、変身お嬢さんの命を絶った事への懺悔の念である。
もしかするとこのことが、今後縁があるはずべきの一生の女性運を断ち切ってしまったかも知れないと思うと至極無念である。

先頭 表紙


[次の10件を表示] (総目次)