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あかふじの独り言

退屈しのぎに日々の思いを綴ります。退屈している人は暇つぶしにのぞいてみてね。
「つっこみ」は削除・訂正できませんので要注意です。

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2005-06-21 喉元過ぎれば....
2005-06-20 はしゃぎ過ぎな一日。
2005-06-17 心躍る便り
2005-06-16 働いた日は酒が美味しい
2005-06-15 昔日の悲しみ
2005-06-14 イモリのいる光景
2005-06-13 音こそないものの....
2005-06-11 うまく撮れるかな?
2005-06-10 解像度至上主義?
2005-06-09 今日も続くぞRAWネタ(退屈な話題ですみません)


2005-06-21 喉元過ぎれば....

性懲りもなく、というのは誠にこのことで、日曜日に飲み過ぎて醜態を晒しいたく反省したはずなのに、今夜はもう美味しいお酒を頂いていたりして(^^; いやすみません、すみません。本当に学習能力のない人間であります。
しかし、相変わらずボーっとできる時間がないであります。土日はゆっくりまったり楽しませて頂いたけれど(それで十分なはずなんだけど)、何とも「空き」の時間がないのですね。ぼおおおおおっと過ごす時間がない。いや贅沢な悩みではあります。そう言いつつ、明日も早朝から大牟田行きと、帰ってからあとひと仕事。今度の日曜日が、お寺の総会なので、その準備もしなくちゃなんだけど、心ばかり急いて足は進まず、というもどかしい日々を過ごしております。
そうそう、書き忘れていたけど、先日買い求めたOLYMPUSのストロボですが、野外ポートレート撮影とベイサイドイベントで使用したところ、結構使えそうで安心しています。以前からNikonのTTLオートが思うように補正できなくてもどかしく、昔主流だった外部オート調光のストロボが欲しいと思っていたので、軽くて使いやすいし、高速シャッターでも同調してくれるし、なかなかいい買い物でした。

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2005-06-20 はしゃぎ過ぎな一日。

昨日はベイサイドでのイベント参加で楽しませて頂いた。今回は前回に比べると参加者が少し少なかったようで、撮影がとても楽だったし、いろんな方にも親しくして頂き、楽しい会話も多くてその分余分に楽しませて頂いたような気がする。
最近RAW導入を決めてからD70を使い始め、RAW撮影は後でホワイトバランスもいじれるということでオートホワイトバランスでの撮影を主体にしているのだが、D1Xと比べて、オートホワイトバランスが格段良くなっているようでかなり楽に撮影できる。室内と室外両方を行き来しての撮影となるベイサイドでは、撮影場所ごとにホワイトバランスを取る手間が省けるというのは格段楽だった。
イベント後は親しくさせて頂いている方数人で「夏はビアガーデンだろう!」ということで食事に行ったのだけど、自分でも信じられない位ヘベレケに酔ってしまい、皆さんに迷惑をかけてしまった。昼食を取らなかったので空腹に飲んだのがいけなかったのではないかと思うけど、それにしても自分でも驚いた。一緒に行かれた皆様、醜態をさらしてしまい、本当にご迷惑おかけしました。特にM氏には今回も大迷惑をかけてしまい本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
以後注意しますので、どうか見限らないでやって下さい(^^;

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2005-06-17 心躍る便り

撮影に関してちょっと行き詰っており、このところ撮影意欲減退気味。
思えば、完全暗室を持たない身ゆえ暗くなる夜を待っての定着液の匂いがむせ返る、暑苦しい暗室小屋での現像、プリント作業に辟易していた怠け者の僕が、パソコンを使えば撮った写真を簡単にプリントできる(時代はもうすぐ)という甘い誘い文句に踊らされて、全く知りもしないパソコンの世界に足を踏み入れてすでに十年余り。アメリカでWindows95が発売!というニュースを聞いたのとほぼ同時期にその話を知り、よし、僕もやってみよう!という気になり、初めてのパソコンを購入。当時20万円のそのパソコンのスペックは、ペンティアム75MHz、メモリ8MB、インストールされているソフトはOS(Win3.2)のみ。後先考えずそのマシンを買い求め、書店に走って、パソコンで処理する写真画像の実際みたいな本を立ち読みしてみると、必須メモリ128MBだの画像処理ソフト(フォトショップのことね)の実売価格15万円だのという言葉が目に飛び込んできて、やっとの思いで買った自分のマシンのスペックと重ねると絶望的な気分になったのがついこの頃のことのように思える。なにしろ16MBメモリが3万円を超えていたころの時代ですから、128MBがいかほどの価格で売られていたか考えてみて下さい。
考えてみると、最初のパソコンを買ったときもほぼ衝動買い。そして今使っているデジタルカメラD1Xを買ったのも衝動買い。結果オーライという言葉が許されるのなら、まさに僕は後悔すべき失敗は何もないのだけど、さすがの僕も「全くよくやるよ。」感は否めない。

それを後悔とするどうかは、今後も撮り続けていくことができるか、言い換えれば、協力していただけるモデルさんと力を合わせてどれだけ面白い写真を撮り続けていくことができるかという一点にかかっていると思う。
写真は、撮る側撮られる側の相互協力作業だという持論に変わりはないけど、受身ではいけない、問題提起、撮りたいイメージの草案提起はやはり撮る側の仕事だと、今、改めて思う。

絶望的に待ち望んでいた便りを今日受け取り、とても嬉しい気持ちで幸せな気分に浸っています。
ちょうど一年待ち続けたお便りだけど、この一年思い知らされてきた、撮影行為はまさに「一期一会」だということを今後も肝に命じつつ、写真を撮り続けていきたいと思っています。

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2005-06-16 働いた日は酒が美味しい

夕食を食べ始めたときに、お得意様から電話が入ったので山口県は宇部市まで走り、空腹を抱えて11時半頃帰宅してシャワーを浴びて、好きな歌番組にちょうど綾戸智絵さんが出ていたので食事しながら聴いた。
180人の大学生を1〜2時間で仕込んでの「LET IT BE」の大合唱が圧巻だった。
好きな歌手と歌、そして素敵なコラボレートに酔いしれたまでは良かったけど、最後が良くなかった。
正俊さん、そのクワタケイスケの猿真似みたいな歌い方は止してくれ。普通に歌ってくれた方がどれだけ聴く者の心に届くか知れない。数年前に作詞がめちゃくちゃヘタな大流行アーティストが作る歌についてのコメントを求められた僕が好きなロック歌手が、日本語の歌詞で歌うなら、きちんとした日本語で歌ってくれ、と言っていたのを思い出した。
正俊さん、その歌い方に変えてからもうずいぶん経つけど、まだきちんとした日本語で歌う気にはなりませんか?あなたは歌がとても上手なのだから、そんなにクワタさんの真似しなくても十分やっていけますから、どうか本来のあなたの歌に戻って下さい。

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2005-06-15 昔日の悲しみ

次男が小学生の頃のことだから、かれこれ10年近くになると思うのだけど、帰宅途中でヒバリのヒナを拾ってきたことがある。
帰宅途中の藪の中でピヨピヨ鳴く声が聞こえるので見てみると、折からの雨に打たれたヒナが、寒さで震えているのを見つけた次男は、そのままでは死んでしまうと思ったので拾い上げて学校に戻り先生に相談したところ、「まだヒナだし、それも幼すぎるので助けることは出来ないだろう」という返事だったらしい。どうせ死ぬなら、父に相談してみようということで、家に持って帰ってきたのだけど、僕もかなり当惑した。
先生が言うようにあまりに幼な過ぎる。
手を尽くした命が尽きるところを見たくない。どうせ死ぬなら目に付かないところでひっそり死んで欲しい。なぜ家に持って帰ってきたのだ。そんなずるい思いが胸にあふれて、「これはどうせ助からんよ。」と次男に告げたら、次男はとても悲しい顔をした。
泣き出さんばかりのその悲しい顔を見た僕は、しぶしぶながらも、仕方がないので出来るだけのことをやってみようと思った。
もうだめだろうと諦めていたそのヒバリのヒナは、畑の青虫を取ってきて小さくちぎって与えた餌を食べ、翌日は元気を取り戻し部屋中を走りまわるほどに回復して僕たちを喜ばせてくれた。そのまま数日続ければ良かったのだろうけど、青虫を探してくるのも大変だしということで、小鳥を飼っている友人に相談したところ、糠団子を与えたらいいだろうというアドバイスを受け糠団子を与えたのだが、結果的にそれが命取りになった。幼過ぎるヒナにはそれがまだ消化できなかったのかも知れない。
翌朝、ヒナが寒くないようにと入れていた籠の中で、ヒバリのヒナは冷たくなっていた。或いは元々無理な行為だったのかも知れないのだけど、昨夜、苦を惜しまず青虫を探してきて与えていたら、そして青虫の餌を数日与え続けていたらヒナは死なずにすんだかも知れないと思うと、自分の手間を惜しんだ浅はかな行為がとても情けなくて大声で泣くしかなかった。泣いても悔やんでもいくらさすっても頬ずりしてもヒナは暖かくなるはずもなく、目を堅く閉ざしたままだった。
登校前の次男に、ヒナの死と、助けることができなかった父の不甲斐なさを侘び、家族揃って泣きながら庭の片隅に埋めたのだけど、それから2ヶ月以上もの間、数時間の間元気だったヒナのピーピーとさえずる声が僕の耳から離れなかった。

どんな小動物でも、死が悲しいというのは、その命を救うことが出来なかった自分の無力に対する自責の念と、生きているうちにしてあげることが出来なかったことに対する自分の怠慢への後悔からくるのではないだろうか。
こうしてタイピングしていると、その日のことがいまだに悔やまれて、思わず目頭が熱くなってくる。
歳を取ると涙腺が弱くなるというのは、まことですね。

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KAZUさん、突っ込みありがとう。生あるものはいつか死が訪れると分かってはいても、ねえ・・・ / akafuji ( 2005-06-21 08:03 )
うう…ボロボロと泣いてしまいました…。ですよね、「なんであの時、どうして…」って思いばかりがぐるぐるして。それは、人も動物も同じなんだと痛感させられます。 / KAZU ( 2005-06-19 16:57 )

2005-06-14 イモリのいる光景

昨日は室内撮影だったけど、今日は筑後市と山口県小郡市に行って参りました。
筑後のクリークがある風景が良かった。やはり川とか池とかの水辺の光景というのはなぜか郷愁を誘うような気がする。子供の頃、小川でどじょうを捕まえたりイモリを捕まえたりして遊んだせいかも知れない。イモリというのはサンショウウオの仲間で、水がきれいでないと生息できない動物なので、イモリが生息しているということは水がきれいであるという証である。水を守る、水=井戸、井戸を守るという意味で「井守」=「イモリ」と呼ぶということを子供の頃から聞いて育った。似たような動物にヤモリがいるが、こちらは家を守る、「屋守」=「ヤモリ」。こちらは家の周りに棲息して、家の柱などを食い荒らすシロアリを退治するということで結果的に家を守ってくれる。イモリもヤモリも人間の生活を守ってくれているので、殺したりしてはいけないと聞かされた。
どちらもトカゲみたいな姿カタチをしており、気持ち悪いということで、殺したりする人もいるけど、無益な殺生をしてはいけません。
今の時期になると、うちの外壁にもヤモリが現れるけど、ここ2〜3年の間に、めっきりその数が少なくなってしまった。やはり農薬で小さな虫が少なくなったことや、最近我が家の周りに多くなったカラスにやられているのかも知れない。
家の前に流れる小川が10年くらい前にコンクリートで護岸されてからホタルもいなくなった。それ以前は、この時期になると沢山のホタルが川のほとりに飛び交って目を楽しませてくれたのに。誰が護岸しようと言い出したのか、真意がわからない。恐らく、工事業者に仕事を与えるためだろうとしか考えられない。
その昔、身の回りに普通に生息していたこれらの小動物は、いなくても生活にすぐ困ることはもちろんないのだけど、小動物の生態系が変わってきていると言うことは、われわれ人間にも「真綿で首」式に遠からず影響が出て当たり前ではないかと常々思っている。
寝る前に小用を足そうと厠に立ち、目の前の小窓の網戸に止まったヤモリさんを見てそんなことを改めて考えたのであった。

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そちらでも「かべちょろ」と言うんですね。僕が住んでいるところの方言かと思っていました。野生の王国、いいですね。(^^ / akafuji ( 2005-06-15 16:34 )
我が家の周りには、最近ヤモリ(通称かべちょろ)が増えてきてます。夜になれば、キュッキュッと鳴いています。紫陽花で有名な滝の田んぼにはイモリが、湿原ではどじょうを見かけました。私の住んでいる周りは野生の王国です。 / たまのすけ ( 2005-06-15 01:03 )

2005-06-13 音こそないものの....


照明は全部点灯され、スモークまで焚いてくれる念の入れようという某ライブスタジオの撮影に行ってきました。
ホームページ用の写真ということで、恐らく、今日撮った僕の写真がライブスタジオのホームページに掲載されることになると思います。いつも思うことだけど、自分の写真が何かの媒体に使用されるというのはとても嬉しく、刺激になります。
リハーサル前だということで、そうそうのんびりも撮っていられないだろうと判断して、かなり急ぎ足での撮影でしたが、初めての経験ということもあり、終始ワクワクしっ放しの撮影でした。
ただ残念なのは、あくまで業務用なので、一枚一枚のレタッチにそうそう時間を割くわけにはいかないだろうということで、仕事の現場でどの程度使い物になる写真が撮れたのか、それだけが気がかりです。

添付写真は、大体撮り終えたところで、遊び気分でドラムの後ろから観客席を望むショットを撮ったもの。引きがあれば、もう少しドラムを入れたかったのだけど。

追記:仕事中のスタジオにお邪魔しての撮影ということで、カット毎にホワイトバランスをとる時間がないということと、液晶ディスプレイでは正確な色が把握しにくいという点で、今回はRAW撮影を行ったのですが、大体の色目と露出だけを注意すればいいので撮影は格段に楽でした。データを急いであるので、今日お渡ししなければならずノーレタッチでのお渡しになるため、早起きして数カットのレタッチを行ってみましたが、いやあ、いいですね! 撮影後に色んな補正ができるというのが素晴らしい。どの撮影にも使えるかどうかは別として、今回のようなすさまじい位のミックス光下の撮影では、今後もかなり力強い武器となりそうです。

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いつもツッコミありがとうございます(^^ ツッコミは文字数が限られているので、RAWの使い心地を追記しました。 / akafuji ( 2005-06-14 07:02 )
RAWの使い心地はいかがでしたか? / まりりん ( 2005-06-13 23:15 )

2005-06-11 うまく撮れるかな?

今日は仕事で鹿児島まで行ってきた。昨年末から月一恒例となっている仕事である。
朝の天気予報では熊本地方で大雨という話も聞いていたけど、どうやらひどい雨に遭うこともなく、快適なドライブを楽しむことができた。
RAW撮影に関心を覚えて、何を撮ろうかとあれこれ考えていたら、ちょうどいい具合にライブハウスの室内外撮影の仕事の依頼が舞い込んできた。早速RAWで撮ろうと意気込むあまり、撮影の詳細を聞き忘れてしまった。何たるお間抜け。室内は暗いのか明るいのか、どの程度の広さがあるのか、詳しく聞かないことには機材の準備のしようがないではないか。まったくバカだねえ。カメラはD70に18-70mmを着けて撮ろうと考えているけど、ライティングをどうしよう。詳細の連絡を待っているけどまだ電話が入らない。建物の撮影は、人物撮影と違って撮影枚数が圧倒的に少ないので手持ちのメディアで間に合うのがありがたいです。でもしかし、いつもデータをせかされるクライアントなので、RAWで撮影後、現像する時間的余裕はもらえるのだろうか?はなはだ心配ではある。でもまあ、人物以外の仕事というのも新しい経験ができてワクワク嬉しいものです。不安半分、期待半分というところでしょうか。

昨日書店を覗いたときに、アサヒカメラのオリジナル発刊誌「36フォトグラファーズ」という本を見つけたので買って帰った。この30年、木村伊兵衛賞を受賞した36人の写真家の作品が掲載されており、ここ数年、ちょっとしたショックを受けた川内倫子さんの「うたたね」や、ビビッドで斬新な色使いで見るものを不思議な世界に誘い込む蜷川実花さんの作品「Pink Rose Suite」、大都会東京を撮りながら人が一人も写っていないという不思議な光景「TOKYO NOBODY」を撮った中野正貴さんの新作「東京窓景」なども掲載されていて、ワクワクさせられた。作品は中判カメラで撮られたもの、4×5で撮られたもの、35mmカメラで撮られたものとさまざまだけど、それぞれイメージに応じたカメラを用いてあることを今更ながら改めて感じさせられた。そしてちょうど昨日書いた「解像度至上主義」を読み直しながら、何となく自分が言いたくて、うまく言い表せなかったことを、この本に掲載されている写真たちが代弁してくれたように感じて、とても嬉しかった。
昨夜見た写真を回想しながらハンドルを握る鹿児島までの往復の車中、僕の頭の中はこれから何を撮っていこうかという思いがグルグルと巡っていた。

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2005-06-10 解像度至上主義?

オリンパスのストロボについて、二、三、疑問点があったので、オリンパスのサポートセンターに電話して尋ねてみた。疑問点というのは、スーパーFPシンクロの機能についてとパワーブラケットで使えるものはないかという点、それと、特に今必要というわけではないけど、オリンパスの一眼デジカメについてのお尋ね。
オリンパスのデジカメについては、現時点で、プロユースに耐えるものとして「OLYMPUS E-1」と、デジタル一眼レフ入門機として「E-300」の二種類が発売されており、画像記録素子は同じ4/3インチのフォーサーズ・フォーマットが採用されているのだけど、面白いことに入門機の「E-300」は800万画素なのに、プロユースの「E-1」は500万画素という作りになっている。画素数は多ければ多いほどいいというものではないというのは重々知った上で、そのあたりを質問してみたところ、やはり予想していた通りの答えが返ってきた。いわく、サイズが同じ受光素子の場合、画素数が少ないほうが(一画素当りの面積が大きいほうが)一画素当り、より多くの情報を記録できることから奥深い画像データの記録が可能なため、「E-1」ではあえて画素数を少なく設計しております、というお答え。
画素数一辺倒の今のデジカメ界に疑問を感じている僕としては、その判断に大いに溜飲を下げたのだけど、ふと、二十数年前のバイクのエンジンで、バルブが多い方が高機能、高出力と(素人目に)思われていた時期があったことを思い出した。その時、バイク雑誌のインタビューに対して、ホンダの開発技術者が言っていた言葉と、この高画素=高画質ではないというオリンパスの答えは同じではないかと感じて興味深く感じた。
当時、バイク業界の1、2位を争っていたヤマハとホンダはツィンカム・4バルブが高出力、高性能の証だと思われていたその時期に、同じようなエンジンを発表してしのぎを削っていたのだけど、ホンダが新発売されたVTR250(だったかな?)という250ccV型2気筒というエンジンを搭載されたバイクにやはりツィンカム・4バルブを搭載して発表した。その時のバイク雑誌のインタビューに答えたホンダの開発エンジニアが、「別にシングルカムシャフトで2バルブでも同じ出力を出せと言えば出せる技術は持っているのですが、それでは購買層が納得しないのであえてツィンカム・4バルブで作ってみました。」というような事を言っていたのと同じ答えではないか。
高画素=高精細は確かかも知れないけど、高画素=高画質とは限らないという部分を知った上でメーカーの高画素攻勢に臨まないといけないのではないでせうか。消費者よ、もっとモノの本質を見極めないといかんよ、と20数年の時を経てまた同じ事を思ったのであった。

高みを目指すがゆえに日本の工業技術力は目覚しい進化を遂げてきたという点についてこれを否定するものではありませんので誤解なきよう願います。

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写真も人それぞれの表現方法があるので、画素数が必要な場合ももちろんあるでしょうね。僕の場合はほとんどプリントアウトしないので、トリミングまで考慮しても400万画素もあれば十分な気がしています。(^^ / akafuji ( 2005-06-11 20:33 )
画素数が多くないと撮れないものもありますからね。日進月歩のデジカメでは、下位機種の方が上位機種より画素数が多いという下克上はよくある事。「E-2」では画素数が上がるのは必至でしょう。ちなみにスーパーFP発光はOLYMPUSが最初ですが、今はCanonも採用してますよ。 / まりりん ( 2005-06-11 09:50 )

2005-06-09 今日も続くぞRAWネタ(退屈な話題ですみません)

昨日の船旅のあおりを受けて、昨日夕方までにキリを付けておきたい仕事が片付かず今日に持ち越したのだけど、忙しいときは集中するもので、午前中に片付けないといけない仕事が3件も重なってしまった。そのお陰で大変慌しい半日となったのだけど、昨日の帰宅が遅かったせいで寝不足(深夜1時に寝ても朝はちゃんと5時半に目覚めるお年寄り体質)気味の朦朧としたままの脳ミソで午前中の仕事を一段落つけたのは1時近くだった。とりあえず仕事は一段落したので、昨日の予定だった汎用のストロボブラケットの返品手続きのため、そのまま某カメラ量販店に足を運んだ。気持ち良く返品に応じてくれたので、一昨日買ったオリンパスストロボに合うオムニバウンスはないだろうかと訊ねたら、ちょうど一個在庫があり手に入れる事ができた。このオムニバウンスという高価(どう考えても販売価格は1,500円程度が妥当ではないか?)なバウンサーは、どれ位の効果があるのかはっきり撮り比べたわけでもないのに、なぜか着けるクセが付くと着けずに撮るのが微妙に怖くなるという、一種の麻薬作用(?)あるいは強迫観念みたいなものが根付くような気がする。着けずに撮ると、影が強いのはもちろん、顔のテカリが出そうな気がして落ち着かない。その高価なオムニバウンスの効果の程はともかく、一通りお膳立ても整ったことだし、RAWで撮る積もり満々の次のイベントがとても楽しみになってきた。
そう言えば、「積もり」という言葉。最近は「つもり」と、ヒラガナで書くのが通例になっているのかね?携帯でメールを打つとき、漢字に変換してくれないんだけど。誰か現代国語に明るいヒトがいたら教えてください。

1/8000秒でシンクロしてくれるスグレモノのストロボ。大いに期待しているんだけど、微妙に不安の種は電池2個ということで、チャージ時間が実用に耐えるかどうかという点ですね。

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