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あかふじの独り言

退屈しのぎに日々の思いを綴ります。退屈している人は暇つぶしにのぞいてみてね。
「つっこみ」は削除・訂正できませんので要注意です。

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2004-11-24 ナイスな表情!
2004-11-16 本日の日記。
2004-11-07 のんびりまったりの休日
2004-11-03 一ヶ月ぶりの更新です。
2004-10-31 祝!MPI初開催。
2004-10-31 久々の深酒。
2004-10-20 色んなことがあった。
2004-10-12 光陰矢の如し。
2004-10-08 撮影日記。
2004-10-04 少しだけ芸術世界


2004-11-24 ナイスな表情!


23日が義父の85歳の誕生日だったので、親子三人でお祝いに出かけた。
長男と父は今年の正月以来会っていなかったので、一年近くのご無沙汰になる。
うちの母もそうだが、高齢になってくるとひと月間隔で体力が落ちてくるので一年歳を取るということが大きな意味を持つようだ。
今年の秋は義母Aのちょうど33回忌にあたり、その供養も兼ねてお寺にお参りもした。
家で息子と供養をしたので義父が喜んでくれたようで、久々の食事がとても賑わい、楽しかった。
食後にケーキに火をともしてみんなでハッピーバースデイ。
使い慣れないカメラを持って行ったが、ストロボもついているし、簡単お気楽に撮れて結構使い易いと実感した。何より、オートホワイトバランスが結構イケテル。

今年の初夏に義母Bの喜寿を祝ったのだが、その時撮った写真がうまく撮れていたので、今回はみんな照れもせず自然に収まってくれた。
お父さん、どうか元気でこれから先も長生きしてください。

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2004-11-16 本日の日記。

気が付いてみればまたまた久々の書き込み。
今日はヒマなのをいいことに、先日の台風で飛ばされた倉庫と車庫の屋根張りをやった。
先日骨組みを仕上げていたので、今日は波板を張るだけだったのだが、土地の形の関係上、倉庫は片屋根式に作っており、しかも変形の四角形なので、波板を斜めに切っていくだけでもそれなりの時間がかかる。素人大工なので、きちんと直角を合わせきれていないのでなおさら大変。
そんなこんなで述べ二日半くらいを要したけれど、どうにか修復作業も終わり、やっと落ち着きました。

あと数日で中国の大連に2ヶ月くらい出張で出かける兄が夕方顔を出した。
あちらから現地の工場の生産工程などをレポートするのが目的のようで、写真撮影とメールに添付して画像を送るまでの手順を聞きに来たのだった。
デジカメを買わないといけないと言っていたので、うちにあったIXYデジタルを提供した。いつもお世話になっているので無償の提供である。他にプリンタなどもやった。いつも何かと世話になっているので、少しばかり恩返ししたような気がしてちょっと嬉しい。
写真の処理過程を説明するのに愛機を取り出して撮影して見せていたら、画質に驚いていたので色んな説明をしていたら、息子が関心を示していたので、趣味で写真を始めてみらんかね?と話を振ってみた。かねてから、自分のつたない技術を伝えたいと思っていたのだが、思いのほか興味を示したので、普段使っていないD70に24mm単焦点レンズを付けて貸し与えた。
他に55mmマクロレンズと50mmレンズを一緒に貸して、とりあえずレンズの違いによるパースペクティブなどを体感してみるべし!と指導してみた。
今の時代はいきなりズームレンズを使うのだが、自分の体験から、いきなりズームを使うと、焦点距離による描写の違いというものを会得できないようなので、初心者は単焦点レンズを使い、被写体に寄ったり離れたりしながら写真の面白味を覚えるべきだと思っている。
息子の方も、かねてから僕が使っているD1Xの画質に大いなる関心を抱いているようだったので、D70貸与に関しては大いに興味を示してくれたようである。
嬉しいことです。これで同じ趣味を共有できたりしたら嬉しいことだが果たしてどうなることやら、楽しみ楽しみ。

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2004-11-07 のんびりまったりの休日

今日はやることもなくのんびりと目覚め、のんびりと過ごしました。
昨日撮影した写真のレタッチ、リサイズを午前中にやり終えて昼から何しよう・・・と考えていたら、おお、そうだ、先日飛ばされた物置の屋根をやり直さねば!と思い立ち、重い腰を上げたのでした。
材料を買出しに行き帰宅したのは早や午後3時。
それから切り込みを入れて、屋根に乗せる作業に思いのほか時間がかかり、波板を打ち付ける垂木を乗せるところまでは行きませんでしたが、まあ、とりあえず一段落のところまで何とかやり終えることが出来ました。
数日前に母が、「洋輔にも大工仕事を見せとかんといかんよ。」と言っていたのを思い出し、息子に声をかけて手伝わせました。仕事と言うのは一人でやるより二人でやった方が楽しくはかどることもありますが、今日はまさにその通りで、長男に手伝ってもらう作業は楽しく、気持ちよく夕暮れを迎えたのでした。
楽しい作業の後の酒はとてもおいしくて、思いのほか回りが早く、中ビール一本と冷酒2合で頭はクラクラ状態。
今夜は楽しい夢が見れそうです。

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2004-11-03 一ヶ月ぶりの更新です。

一ヶ月ぶりに更新作業をやった。
今日は朝から嫌なものをみてしまい、終日うっとうしい気分だった。今もです。(--メ
気分を晴らそうと仕事をやってみたり、更新作業をやってみたりしたけどやっぱり晴れない。ああああ・・・・
話し変わって私の愛機の事ですが、どうもやはりピント検出精度の問題か、明らかなボケが解消しない。先日の到津でもボケボケが数回発生した。故障ではないということなので機能的な限界なのだろう。買い換えないといけないのかなあ。
D2XはとてもムリだからD2Hをコソリと狙ってはいるのだが、今回の台風と冷蔵庫の故障で準備金が消滅してしまったため激しく悩んでいます。
年が明けてD2Xが発売になればD2Hももう少し安くはなるかも知れないけど、今だったらヤフオクなんかで新品同様だの新品開封品だのが結構出ているので思わず食指が動きそうになるのです。いやあ、困った困った、どうしたもんだか・・・
今日のうっとうしい気分を晴らすには何か衝動買いでもしないことにはどうにもならんような気もするのだが・・・ああ、いかんいかん!キケンな状況になってきた。更新作業に戻ろう。

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2004-10-31 祝!MPI初開催。

今日は朝から一仕事終えて、お取引先の竣工パーティにお祝いに出席して、その後到津で初イベントだったMPIに行ってきました。
昨夜の酒が残っていて、朝から結構きつかったのですが、イベントでは会いたかった人たちに会えたり、ゆっくりお話できたして、楽しい一日でした。
ただ、知っているレイヤーさんの参加が少なかったようで、撮影の方はほとんどしていない状態です。
ま、親交を深めるための参加と考えれば、それはそれでヨシとしましょう。

今日お会いしてお話していただけた皆さん、酒臭かったかも知れませんが、お相手していただきありがとうございました。

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2004-10-31 久々の深酒。


酔わなくても書く意欲がなく
酔うと更に書く意欲が失せる自分の精神力の衰退にそこはかとない寂しさを感じつつ
今夜も酔いから来る頭痛にふらつきながら眠りにつきます。
心底楽しい「自己中心的酒盛り」とそこそこ楽しい「お付き合い的酒盛り」のギャップを
再確認した今夜の宴。
微妙に精神的疲れを感じつつ、明日も朝早くから二つのお勤めを終えないと自己中的楽しみである
イベントに参加できないこの身を案じつつ・・・
ふらつく頭を抱えながら床に就く私です。

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2004-10-20 色んなことがあった。

書くことは色々あったここ数日。
自分としては結構ショックなことがあったりもして、書くことはあるが書く気になれないという出来事が多かった。

もちろんいい事もそれなりにありました。
まず筆頭は長男の頭を丸めたこと。すっきりさっぱり坊主頭です。半年後は剃髪(スキンヘッド)になる予定なのですが、まずは坊主頭。
50歳オーバーの僕なんかと違って、まだ髪が若く、太くて密だから短く切ってもなかなかカッコいいもんです。僕も20代の頃はあんなだったんだけどね。
先月、長男を連れてお仕事に行き、一緒に仕事をしてから髪を切ると言い出しました。自分の後をついてきてくれるというのは、不安も大きいけどちょっと嬉しいことです。

他にも色々あるけど、心理的につらい事は書くのもつらいので、心理的につらくない出来事をもう一つ。

僕が10数年前に作ったウチの物置倉庫が今日の台風で飛ばされました。
今年の台風は昔と風向きが逆ということもあったけど、やはり老朽化ということも災いしたのでしょう。屋根が丸ごと飛ばされました。倉庫の屋根が飛ぶときに母屋の瓦屋根を引っ掛けたようで、母屋の瓦が数枚割れたり飛んだりしたのですが、これは何とか自分で修復できました。結果的に倉庫の屋根全損くらいの物理的損失で済んだので不幸中の幸いでした。

でも、この経済損失で淡い期待をかけていた新型機の導入が不可能になりました。こちらの方がちょっとつらいかも?

皆さんは今年の台風の被害はありませんでしたか?

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2004-10-12 光陰矢の如し。

日記を書いとらんなあ、と思いつつ独り言のぺえじを開いてはみるが書くこともないし・・・
そう思いつつ日々は過ぎてゆく。
こうして歳を重ねていくんだねえ・・・。いや、重ねることが出来ればいいけど、僕のバヤイはただ単純に年月が目の前を通り過ぎていくだけ、そして肉体が衰えていくだけの日々。
何とかせねば!と思いつつ、なんともならずままに、今夜も酒に酔いつつ間もなく24時。
皆様、今日もつつがなく過ごせましたか?明日もいい日でありますよう。
お休みなさい。

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2004-10-08 撮影日記。

基本的にナマケモノなので、日記というのはどうも性に合わない。
そういうことを自分で分かっているから日記とせずに独り言としているが、思いのほか皆さんが見ていらっしゃることを聞いて嬉しかったり気恥ずかしかったり。
僕としては、いくら自分よがり、独り言monologueとは言っても公開している以上、どうしても身構えたりカッコつけたりしているが、ずっと見ていただいているとやはりどうしても記事を書く人間の素性というものはバレてしまうのだろう。

夏に入る頃から室内撮影に興味を持ち、機材を買い揃えてきたが、先日の温泉で水着と廃墟の撮影で、その機材が大いなる力を発揮してくれた。
特に嬉しいのは、ずっと前に35-70mmズームをヤフオクで落札したときにおまけで付いてきたストロボが活躍していることである。
相当昔の商品であり、純正メーカーでもない。でも、基本的にマニュアル志向の僕にとってとても扱い易く、もともともらい物に近いので気楽に使えるというメリットもある。それに比べると、最近の純正品で完全にオートを狙ったストロボというのは一番タチが悪い。オートだといっても所詮8割狙いではないか。使っていて感じるのは、撮影にある程度慣れてきた人間が狙うのは微妙にアンダー気味で渋い雰囲気だったり、オーバー気味にハイキーだったりという「雰囲気狙い」の写真ではなかろうか。自然光だったら、見た目の雰囲気に感じさせられてシャッターを押すのであるが、ストロボは人工光である。撮る人間が光を作り出さなければならない。
そういう意図を持った写真を撮りたいとき、現在のオートはどれだけの意味をなすのだろうか。
おまけで貰ったサンパックのクラッシックストロボは、そういう僕の心情を「あんたが言いたいことはよお分かっとうけんね。」という感じで僕の思いに応えてくれるいい相棒になりつつあります。


以下、撮影のヒントにこの独り言を見ていただいている方へのテクニカル・独り言(笑)
温泉で水着と廃墟の写真はカメラに取り付けたクリップオンストロボを、補助光としてオートで露出倍数を-2段ほど落として使用し、メインライトとして、アンブレラを透過させたストロボをマニュアルで光量を調整しながらサイドから焚いたりして使用しています。メインライトは、いわば窓から差し込む光の代理であったり、背中から差し込む逆行気味の自然光の代理であったりします。一方、カメラに取り付けたストロボは、メインライトで生じる影を柔らかくするいわばレフ板の役目をします。
撮っていて感じるのは、人工光が一灯増すだけで、かなり自然な光の演出が可能になるということです。

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2004-10-04 少しだけ芸術世界

昨夜の日記のはずが例によって酔いちくれてしまい、本日の日記になったりして。

日本画家「小川芋銭」(おがわうせん)の世界を見た。
昨日の日曜美術館の特集がこの人だったのだが、初めて聞く名前だった。河童画の大家だという。
既にご承知の方も多いかも知れないが、河童は人間世界、ことに農業を営む人間に悪さをする妖怪なのだが、あるとき捕らえられ、農業の苦しさを知ってからは農家の守り神となった妖怪である。
このあたりは鬼子母神にも通じるような気がする。
いつものように進行を努めるのは日本の女性アナウンサー(今はやりの女子アナじゃないよ)の中にあって、僕的に2本の指(中途半端?)に入ると目する山根基世さん。ホステス役としてはなさん。このはなさんはどういう範疇でくくったら良いのかいまだに知らない。語り口は軽やかなのだが、芸術世界にも造詣が深いらしい。
ゲストは(なぜか)ドイツ文学者の池内紀さんと僕が大好きな漫画家の楳図かずおさん。
小川芋銭という画家は、日本の妖怪である河童の世界を描き世界的に有名になった人だそうだ。
子供の頃から体が弱く、病の苦しみに喘ぎながら厠の中で妖怪を見たのをきっかけとして河童を描くことで自己の世界を表現していく。
社会諷刺画を描くようになり挿絵などを描いていくのであるが、やがて河童の世界で諷刺を表現する事で世間に認められたのをきっかけに河童画にのめりこんでいく。晩年はその河童を世界に紹介するため「河童百図」を著わすのだが、この頃になると、自然の人間の共生という、現代世界にも通じるテーマを画に現していくようになる。
小川芋銭が描いた河童は虫のように小さな姿から人間と同じ大きさのものまで自在に描かれ、それが河童世界の自在性を表現するところまで昇華していく。
死期が迫る頃、沼でたたずんでいるとき水面に河童を始めとする魑魅魍魎の姿を再び見る。
そのときの心境を芋銭は「水魅戯むる」(すいみたわむる)と表現し、自己世界の完結をさらに河童画に表現しながら他界する。

全編を通して小川芋銭が描く日本画の世界に目を潤ませながら浸っていたのだが、ドイツ文学者である池内紀さんの表現力が論理的で分かり易く、それをまとめる山根基世さんの穏やかな語り口の絶妙さ。それを邪魔しないように、それでいて的確な感想、意見を述べるはなさんのコンビネーションが、見ていていかにも愉快で心躍る一時間だった。
そして、何より僕の身を乗り出させたものは、楳図かずおさんが終始身を乗り出すように、目を輝かせて話の中に入っておられたことであった。
相応の年配者であるはずのその目の輝きはまるで少年のそれのようで、思わず見ているこちらまで河童の存在を信じる少年の頃に引き戻されたのだった。

最後に
芋銭の世界に大きな影響を与えた画家に葛飾北斎がいる。
北斎はいうまでもなく偉大な日本画家であり、弟子を指導するために描いたといわれる北斎漫画は、現代漫画の原点かも知れない。
実のところ、不肖あかふじの名もこの北斎の赤富士にちなんだものだったりするのですね。・・・恐れ多いことです(^^;

好きな河童を描きながら一生を終えた芋銭が死ぬ間際に残した言葉
「千里の道を歩み 万感の富を得る」

思わぬところで心の洗濯をさせていただきました。


今夜も相当酔いちくれているので、ところどころ日本語がおかしいところがあるかと思いますが、さらっと流して下さいませ。

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