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ときには機関銃日記

小説書いてまーす

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2003-01-17
2003-01-15 便
2003-01-13
2003-01-10
2003-01-08
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2003-01-01


2003-01-17 仲

仲 1月17日(金)


今日はちょっと報告したいうれしいことがあったので、第二・第三をつれて母の病院に行きました。
病室をのぞいたら母は不在で、あたりを探したらティールームでお茶している母の姿がありました。よかった、どうやら病院お友達ができたみたい♪

「ばあちゃん〜♪」「ばあちゃんの顔、見にきたよ」
この孫たちは、母の「祖母性本能をくすぐるツボ」をしっかり心得ているっ!
母はうれしそうに「これで売店でジュースでも買っておいで」と言ってそれぞれに500円をくれました。チッ!娘はかわいくないんか〜い!

ワタクシ、孫である玉子たちを連れてお見舞いに行くことが、最高の親孝行と思っていました。母にとってもそれがなによりと思っていました。
しか〜し!読みが浅かったことに気づきました。

「お!おまえたち来てたのか」と言いながら父が来ました。
母の顔がパーッと明るくなったのを、ワタクシ見逃しませんでした。
父と母は、まるで恋人同士みたいに楽しそうにしゃべっています。
娘も孫ももう、母の眼中にはありませんでした。
第二が「じ〜ちゃんとば〜ちゃんの邪魔やし帰ろうぜ」と言いました。
「あら〜。この子ったら、年寄りを冷やかして〜♪」
第三「じ〜ちゃんば〜ちゃん、ラブラブやしぃ〜」

入院前は毎日けんかしてた両親。今は父は日に2回、病院に来るそうです。
今回の入院は、もしかしたら両親には良かったのかもしれません。
帰りの車の中で、ワタクシ。。。なんとなく開放感というか、安堵の気持ちになりました。ワタクシが無理して(義理で)行かなくてもいいのかなって。
行きたい時に、おいしいものを持って顔出せばいいのかな。

離れてみてお互いが、かけがえのないパートナーだってことに気づいたようです、両親。。。

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2003-01-15 便

便 1月15日(水)


街に出たついでに、高校生の時バイトしていたレストランに立ち寄りました。
前に来たのは、第三が年長の時。。。10年ぶりくらいでしょうか?
なじみのドアを開けたら、マスターも奥さんもいました。
「こんにちは。。。」
「???」
「お久しぶりです〜」
「Mちゃんっ?」

奥のテーブルに案内されマスターのなつかしいコーヒーをごちそうになりました。
それぞれの家族の近況など、マスターと奥さんとかわるがわるお話しました。
ワタクシがバイトしていた時、小学生だった息子さんが立派にあとを継いでいました。
マスターも奥さんもかっこよく歳を重ねていました。
あの頃の私にはあこがれの夫婦でした。

さて、そろそろ帰ろうかなと思ったら、ちょっと便意に襲われました。
トイレに入ろうとするワタクシ、たしかにマスターの呼び止める声が聞こえたような気がしましたが。。。気のせいか。。。

「!!」水が流れませんっ!レバーをひいてもチョロっとも水が出ませんっ!
ワタクシ、あせりましたっ!
トイレのドアから顔だけ出して「マスター〜〜〜〜」
「だから、水道工事中でトイレ使えないぞって呼びかけたのに〜」
「どうしよう〜?マスター」
「いいから、そのまま置いといて」
「そ、そんな〜。人としてそれだけはできませんっ!だって〜ウ。。。ウ。。。」

マスター、調理場から巨大な寸胴鍋に水をたっぷり入れて持ってきてくれました。
ワタクシ、一抱えもある寸胴鍋の水で、ようやく分身を弔うことができました。

ワタクシ、ちょっとオシャレして気取って行ったのに。。。泣きたくなりました!

マスター!トイレ使えないんだったら、ちゃんと「使用禁止」って張り紙しといてくださいよっ!(怒)

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2003-01-13 娘

娘 1月13日(月)


ワタクシ、3人玉子の母です。
どの子を出産する時も特別「どっちがいい(性別)」という思いはありませんでした。配偶者も長男じゃなかったし、跡取りとかそんなプレッシャーもなかったし。

まあ、結果的に男の子3人を授かりましたが、それはそれで「あたわり」だったのだと思います。親戚とかに「ひとりくらい娘がいたらよかったのにね〜」と言われると「そうやね〜」と合わしますが、本当はこれっぽっちも思っていませんでした。

まあ、ワタクシの性格からすると男の子が合ってると思いますけど。。。

ところがっ!最近、スーパーや病院で小さい女の子を見るとつい目で追ってしまう自分がいるのに気づきました。まるでロリコンおやじみたいに。。。
最近の女の子って、なんであんなにかわいいの?ファッション雑誌から出てきたみたいなおしゃれさん♪

この変化って。。。玉子が彼女を連れてきたころから始まりました。27cmのスニーカーが何足も転がっている我が家の玄関にピンクのミュールや真っ赤なスニーカー、いまはロングブーツが並んでる。。。花が咲いたようでした。彼女たちの真っ赤なコートやチェックのミニスカも。。。ワタクシには新鮮でした☆

「女の子ってかわいい〜〜〜〜♪」はあはあ。。。←これは変態ですが。。。

今となっては娘がいなかったのが良かったと思います。だって将来、嫁と娘を比べなくていいし。。。嫁の立場からしてもそのほうがラクだと思うのです。

今は。。。ひとりでもいいから「孫娘」が欲しい〜♪めっちゃおしゃれなギャルにするんだ♪。。。あ、まだ要らんよ、玉子たち〜〜〜。はやまるなよ。

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2003-01-10 電

電 1月10日(金)


職場が停電になりました。はじめてのことです。
当然、室内は真っ暗、処理中のデータは消えるし、PCも「!」マークが出ている。なによりも電気制御のシャッターもドアも開かない。。。(ウンコしたくなったらどうしよう〜?)
ドアの鍵は事務所にあるのですが、なんと不運にもその鍵は電気ロックのキーボックスに納められていたのです。

まったくお手上げでした。巨大な金庫室(ワタクシ、ひそかに勤務中に核戦争が起きたらここはシェルターになると確信しています)にワタクシたち、閉じ込められてしまったのです。このまま電気がつかないで「仕事できましぇ〜ん」となって早退できたらいいな〜と思いましたが。。。仕事もできないけど、この部屋から出ることもできないことを忘れていました。

電気を過信していた結果です。しばらくして電気が戻り、早退どころか歴代4位の量の仕事が搬入されました。。。(泣くっ)もうヘロヘロです〜。

考えたら、家庭も電気に頼りすぎているな〜と思いました。今、わが家の暖房器具はすべて電気です。ファンヒーターもこたつもホットカーペットもエアコンも電気で動いています。1台だけ、石油ストーブを捨てずにとって置いてよかった〜。

ずいぶん前にロスアンジェルス(だったかな?)が3日間くらい停電したことがありました。その10月10日後。。。空前のベビーブームが訪れたそうです。電気がなかったら、人間は本能の行動をとるのでしょうか?笑えますっ♪

余談ですが、配偶者の故郷では7月に祭りがあります。その10月10日後もベビーブームだそうです。配偶者、ばっちり「祭りの子」です。
酔った勢いで。。。同じ生まれ月の従妹や友人、めっちゃ多いです。。。ぷっ。

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2003-01-08 初

初 1月8日(水)


第二、第三たちのスイミングスクールでは毎年、選手は書初めを提出しなければなりません。今年の目標、抱負などを書いて提出します。

第二は「百花繚乱」と書きました。逸材のそろったクラブになって欲しいという、引退する第二からの願いが込められているのかと思って真意を聞いたら。。。
「俺らのクラブって、他のクラブと比べたらめっちゃかわいい女子が多いやんか。まさに百花繚乱〜♪」
アホな先輩ですみません。。。

第三は書かないと思いました。去年、でかでかと書いた「全中」の二文字。全中突破だけを目標に練習してきた第三の夏は涙と、拳から流れる血で終わりました。
「もう、水泳はやめる」「高校では違うことをしたい」そう言っていた第三。
私、もう第三のレースの応援はできないと思い始めていました。それはそれでしかたないとも思いました。第三が自分で決めたことなら。

でも第三、第二に「お手本書いてくれ」って言いました。
「なんて書けばいいんや?」
「復活の年!」

PCしてる私の横で第三、へったくそだけど、黒々と「復活の年」と書きました。
私、PCの画面がぼやけてしまいました。

ご飯食べてる第三も好きっ!眠っている第三も好きっ!デートしてる第三はちょっとムカつくけど、やっぱり好きっ!憎たらしいこと言っても、やっぱり好き!
でも、でも私がいっちばん好きなのはレース中の第三。不本意なタイムだっていい。水しぶきをあげて泳ぐ第三がいっちばんかっこいい☆☆

今年も応援させてくれるの?第三。

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2003-01-07 老

老 1月7日(火)


突然、第一がお世話になった特学の先生がやって来ました。
「机を整理してしていたら第一くんの懐かしい写真出てきたから〜」
そう言って渡された数枚の写真。。。ことばの訓練を受けていたころ(小学校低学年)の第一、や〜ん、なんて美少年〜(バキッ)

いろいろお互いの近況などを話していて「で、先生、ご家族はお元気?」って聞いたら「それがね〜。おふくろがアルツになって大変だったのよ」って先生。
先生(女性です)とお姉さんとで協力してお母さんの世話をしていたらしいのですが。。。先生のひと言が印象的でした。
「介護って家族がやるものじゃないわ。あれは(お仕事)でやっていただくべきもの。家族だけでやろうとしたら愛が擦り減るよ」

先生、お母さんが70過ぎたころから「処理能力」が部分的に、しかも加速度的に落ちてきたのに気づいたらしい。専門機関で診察を受けたら「たぶんアルツハイマーでしょう。でも、こんな初期の状態でみえる方ってマレなんですよ」って言われたそうです。私、口には出さなかったけど、長年障害児教育にかかわってきた先生だからこそ、お母さんのちょっとした変化を見逃さなかったんじゃないかなって思いました。先生、「家族って(ちょっとおかしいけど、そんなはずはない)って打ち消すことが多いと思うの。でも私と姉は冷静に「これはおかしい」って判断して早めに対処できたの。これって愛が薄かったのかもね〜」と笑っていましたが。

アルツハイマーの家族を抱えた先生一家のお話を聞いて。。。本当に大変なんだと思いました。私、入院中の母のわがままにちょっとまいっていました。でも、まだまだ気だけはしっかりしてる(しっかりし過ぎているっ!)から、幸せなのかな、と思いました。

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2003-01-04 患

患 1月4日(土)


久しぶりに仕事に行ってちょっと疲れたワタクシ、お昼寝してました。
着信を告げる携帯の音で目覚めました。父でした。
「ばあ(母)、入院したぞ」
そういう父の声はどこかサバサバした様子。。。

持病の腰痛が悪化していた母。。。年末から年始にかけてその痛みを座薬でごまかしながらなんとか主婦をしていたようですが、時として痛みからくるイライラを身近な者に向けてきました。父やワタクシに、です。そして頻発する夫婦ゲンカ。
父もかなり疲れていたんだと思います。

母の入院を聞いて、ワタクシもほっとしました。しばらくは母の愚痴を聞かなくてもいい。母も無理しなくていい。父もイライラしなくていい。
ゆっくり治療に専念して欲しい。

入院した母に対しては、ワタクシは娘ですからもちろんできるだけのお世話はします。病院通いという日課が増えますが、それはべつに苦ではありません。ワタクシも何度かの入院生活を送りましたから、入院中のさみしさもわかります。

手術することになるかもしれませんが、とにかく一安心です。
なにか、母の好きなものでも差し入れしてあげよう。

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2003-01-03 絵

絵 1月3日(金)


ワタクシ、小さいころからお絵かきが大好きでした。
兄がいつもお絵かきをしていたので、マネして描いてました。
でも、いつまでたっても兄には追いつけませんでしたが。

あんまり絵ばかり描いていたので、親も苦しい家計の中、無理して私たちを絵画教室に通わせてくれました。
(結局、兄はそれでメシを食っていますが。。。)
静物の絵とか描いていましたが。。。ワタクシちょっと退屈でした。
ワタクシが描きたいのは「空想の絵」だったのです。

小学校に入学してもワタクシ、ノートのすみや教科書のすみに絵を描いていました。ある日、先生に見つかって親に「直」にチクられました。(そんなことくらいで親にチクんなよ〜!)
親はワタクシに「罰」を与えました。「お絵かき禁止令」です。
ワタクシ、それだけは勘弁してって泣いて頼みましたが、許してもらえません。
でも、描きたいっ!でも親のいいつけは破れません。

ワタクシ、かくれて絵を描きました。親の留守の間に描いて、でも見つかったら怒られるので、親が帰ってくるまでに近くの用水に細かくちぎって流したり、ぼっとんトイレに捨てたり。。。

ある日、やっぱりかくれて描いた絵がとても気に入りました。どうしても破って捨てるなんてできません。でも見つかると怒られます。ワタクシ、破らないでそっと用水に流しました。こっそり兄が見ていたとも知らずに。。。

親が帰って来ました。兄が得意そうにいいました。「Mのやつ、また絵を描いていたぞっ!」物干し竿にはびしょ濡れの「会心の作」がかけられていました。
とっても良い性格の兄は、ワタクシが流した絵を用水から拾ってくれていたのです。ワタクシ、泣きました。
でも怒られると思っていたのに、その日から「お絵かき禁止令」が解除されました。

それからは描きました。描いて描いて描きまくりました。(エッチっぽい♪)
マンガ家になりたいという夢はかないませんでしたが、今でも絵を描くのは好きです。いちばん得意なのは、人物の顔をデフォルメした似顔絵です。
いつも家族が犠牲者です。。。とくに第二はすばらしいモチーフです。だって彼、世にも珍しい半人半獣(ラクダ)なんですもの。。。ケラケラケラ♪

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2003-01-02 玉

玉 1月2日(木)


今年も玉子はリッチになった。。。
親戚との「お年玉交換」。。。子供だけ潤って、親は涸れる。。。がるるぅ〜〜☆

当然といえば当然だが、成人した第一は「お年玉」をもらえなくなった。
事前に第一にはよく説明した。「第一はもう成人式にも出たし、お仕事もがんばっているオトナだからお年玉はなしだよ。でもお父さんお母さんからはおこづかいはあげるね」「うん」と言ってはいたが。。。

目の前で弟たちだけに渡されるお年玉。やっぱり第一はさみしい顔をしていた。
成人したといっても彼の心はまだ5,6歳のまま。。。
でも、これも試練。オトナであることをまわりが認めることから始めないと。
そうして第一も自覚していって欲しい。社会的には「成人」だということ。選挙権もあるんだし。。。

ケチな第三はお年玉は使わずにしっかり空き缶預金している。。。
この前、なにげなくのぞいていたら。。。お札がびっしり詰まっていた。。。
そんな空き缶が2個並んでいた。
見なきゃよかった〜☆ワタクシ、犯罪者になりそうですっ☆

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2003-01-01 酒

酒 1月1日(水)


ワタクシ、今日はあまり飲んでません。。。
長いおつきあいのかたなら覚えてらっしゃいますよね?
去年の元旦の醜態。正月早々、温泉で悪酔いしてぶっつぶれていたのです。
第二を酔いつぶそうともくろんで、みごと惨敗。。。あいつはウワバミや〜。
その反省もあって、今年は自重しているのです。

ワタクシんち、しつけにはけっこう厳しかったのですが、酒だけは甘かったです。
ワタクシも兄も高校生の時には勝手に冷蔵庫からビールを出して飲んでた。。。
「外で飲むな!飲みたかったら家で飲め」と言われていました。

そのおかげで社会人になってもお酒の席での失敗はありませんでした。ちゃんと自分の限界を知っていたからね。新入社員歓迎会で顔色ひとつ変えずにガンガン飲むワタクシって、かわいくなかったと思います〜♪

いやなことを忘れようと、無理飲みしたこともありました。でも、そんなお酒ってちっともおいしくない。。。二日酔いになってゲロってさらに落ち込むだけ。

どうせ飲むなら愉快なお酒を飲みたいよね。
おっとこんな日記を書いていたら、飲みたくなったぜ☆
たまには配偶者の相手でもして飲むか。。。PCの相手ばっかりしてないで。

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