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ときには機関銃日記

小説書いてまーす

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2003-01-10
2003-01-08
2003-01-07
2003-01-04
2003-01-03
2003-01-02
2003-01-01
2002-12-31
2002-12-30 鎹←かすがい
2002-12-29


2003-01-10 電

電 1月10日(金)


職場が停電になりました。はじめてのことです。
当然、室内は真っ暗、処理中のデータは消えるし、PCも「!」マークが出ている。なによりも電気制御のシャッターもドアも開かない。。。(ウンコしたくなったらどうしよう〜?)
ドアの鍵は事務所にあるのですが、なんと不運にもその鍵は電気ロックのキーボックスに納められていたのです。

まったくお手上げでした。巨大な金庫室(ワタクシ、ひそかに勤務中に核戦争が起きたらここはシェルターになると確信しています)にワタクシたち、閉じ込められてしまったのです。このまま電気がつかないで「仕事できましぇ〜ん」となって早退できたらいいな〜と思いましたが。。。仕事もできないけど、この部屋から出ることもできないことを忘れていました。

電気を過信していた結果です。しばらくして電気が戻り、早退どころか歴代4位の量の仕事が搬入されました。。。(泣くっ)もうヘロヘロです〜。

考えたら、家庭も電気に頼りすぎているな〜と思いました。今、わが家の暖房器具はすべて電気です。ファンヒーターもこたつもホットカーペットもエアコンも電気で動いています。1台だけ、石油ストーブを捨てずにとって置いてよかった〜。

ずいぶん前にロスアンジェルス(だったかな?)が3日間くらい停電したことがありました。その10月10日後。。。空前のベビーブームが訪れたそうです。電気がなかったら、人間は本能の行動をとるのでしょうか?笑えますっ♪

余談ですが、配偶者の故郷では7月に祭りがあります。その10月10日後もベビーブームだそうです。配偶者、ばっちり「祭りの子」です。
酔った勢いで。。。同じ生まれ月の従妹や友人、めっちゃ多いです。。。ぷっ。

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2003-01-08 初

初 1月8日(水)


第二、第三たちのスイミングスクールでは毎年、選手は書初めを提出しなければなりません。今年の目標、抱負などを書いて提出します。

第二は「百花繚乱」と書きました。逸材のそろったクラブになって欲しいという、引退する第二からの願いが込められているのかと思って真意を聞いたら。。。
「俺らのクラブって、他のクラブと比べたらめっちゃかわいい女子が多いやんか。まさに百花繚乱〜♪」
アホな先輩ですみません。。。

第三は書かないと思いました。去年、でかでかと書いた「全中」の二文字。全中突破だけを目標に練習してきた第三の夏は涙と、拳から流れる血で終わりました。
「もう、水泳はやめる」「高校では違うことをしたい」そう言っていた第三。
私、もう第三のレースの応援はできないと思い始めていました。それはそれでしかたないとも思いました。第三が自分で決めたことなら。

でも第三、第二に「お手本書いてくれ」って言いました。
「なんて書けばいいんや?」
「復活の年!」

PCしてる私の横で第三、へったくそだけど、黒々と「復活の年」と書きました。
私、PCの画面がぼやけてしまいました。

ご飯食べてる第三も好きっ!眠っている第三も好きっ!デートしてる第三はちょっとムカつくけど、やっぱり好きっ!憎たらしいこと言っても、やっぱり好き!
でも、でも私がいっちばん好きなのはレース中の第三。不本意なタイムだっていい。水しぶきをあげて泳ぐ第三がいっちばんかっこいい☆☆

今年も応援させてくれるの?第三。

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2003-01-07 老

老 1月7日(火)


突然、第一がお世話になった特学の先生がやって来ました。
「机を整理してしていたら第一くんの懐かしい写真出てきたから〜」
そう言って渡された数枚の写真。。。ことばの訓練を受けていたころ(小学校低学年)の第一、や〜ん、なんて美少年〜(バキッ)

いろいろお互いの近況などを話していて「で、先生、ご家族はお元気?」って聞いたら「それがね〜。おふくろがアルツになって大変だったのよ」って先生。
先生(女性です)とお姉さんとで協力してお母さんの世話をしていたらしいのですが。。。先生のひと言が印象的でした。
「介護って家族がやるものじゃないわ。あれは(お仕事)でやっていただくべきもの。家族だけでやろうとしたら愛が擦り減るよ」

先生、お母さんが70過ぎたころから「処理能力」が部分的に、しかも加速度的に落ちてきたのに気づいたらしい。専門機関で診察を受けたら「たぶんアルツハイマーでしょう。でも、こんな初期の状態でみえる方ってマレなんですよ」って言われたそうです。私、口には出さなかったけど、長年障害児教育にかかわってきた先生だからこそ、お母さんのちょっとした変化を見逃さなかったんじゃないかなって思いました。先生、「家族って(ちょっとおかしいけど、そんなはずはない)って打ち消すことが多いと思うの。でも私と姉は冷静に「これはおかしい」って判断して早めに対処できたの。これって愛が薄かったのかもね〜」と笑っていましたが。

アルツハイマーの家族を抱えた先生一家のお話を聞いて。。。本当に大変なんだと思いました。私、入院中の母のわがままにちょっとまいっていました。でも、まだまだ気だけはしっかりしてる(しっかりし過ぎているっ!)から、幸せなのかな、と思いました。

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2003-01-04 患

患 1月4日(土)


久しぶりに仕事に行ってちょっと疲れたワタクシ、お昼寝してました。
着信を告げる携帯の音で目覚めました。父でした。
「ばあ(母)、入院したぞ」
そういう父の声はどこかサバサバした様子。。。

持病の腰痛が悪化していた母。。。年末から年始にかけてその痛みを座薬でごまかしながらなんとか主婦をしていたようですが、時として痛みからくるイライラを身近な者に向けてきました。父やワタクシに、です。そして頻発する夫婦ゲンカ。
父もかなり疲れていたんだと思います。

母の入院を聞いて、ワタクシもほっとしました。しばらくは母の愚痴を聞かなくてもいい。母も無理しなくていい。父もイライラしなくていい。
ゆっくり治療に専念して欲しい。

入院した母に対しては、ワタクシは娘ですからもちろんできるだけのお世話はします。病院通いという日課が増えますが、それはべつに苦ではありません。ワタクシも何度かの入院生活を送りましたから、入院中のさみしさもわかります。

手術することになるかもしれませんが、とにかく一安心です。
なにか、母の好きなものでも差し入れしてあげよう。

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2003-01-03 絵

絵 1月3日(金)


ワタクシ、小さいころからお絵かきが大好きでした。
兄がいつもお絵かきをしていたので、マネして描いてました。
でも、いつまでたっても兄には追いつけませんでしたが。

あんまり絵ばかり描いていたので、親も苦しい家計の中、無理して私たちを絵画教室に通わせてくれました。
(結局、兄はそれでメシを食っていますが。。。)
静物の絵とか描いていましたが。。。ワタクシちょっと退屈でした。
ワタクシが描きたいのは「空想の絵」だったのです。

小学校に入学してもワタクシ、ノートのすみや教科書のすみに絵を描いていました。ある日、先生に見つかって親に「直」にチクられました。(そんなことくらいで親にチクんなよ〜!)
親はワタクシに「罰」を与えました。「お絵かき禁止令」です。
ワタクシ、それだけは勘弁してって泣いて頼みましたが、許してもらえません。
でも、描きたいっ!でも親のいいつけは破れません。

ワタクシ、かくれて絵を描きました。親の留守の間に描いて、でも見つかったら怒られるので、親が帰ってくるまでに近くの用水に細かくちぎって流したり、ぼっとんトイレに捨てたり。。。

ある日、やっぱりかくれて描いた絵がとても気に入りました。どうしても破って捨てるなんてできません。でも見つかると怒られます。ワタクシ、破らないでそっと用水に流しました。こっそり兄が見ていたとも知らずに。。。

親が帰って来ました。兄が得意そうにいいました。「Mのやつ、また絵を描いていたぞっ!」物干し竿にはびしょ濡れの「会心の作」がかけられていました。
とっても良い性格の兄は、ワタクシが流した絵を用水から拾ってくれていたのです。ワタクシ、泣きました。
でも怒られると思っていたのに、その日から「お絵かき禁止令」が解除されました。

それからは描きました。描いて描いて描きまくりました。(エッチっぽい♪)
マンガ家になりたいという夢はかないませんでしたが、今でも絵を描くのは好きです。いちばん得意なのは、人物の顔をデフォルメした似顔絵です。
いつも家族が犠牲者です。。。とくに第二はすばらしいモチーフです。だって彼、世にも珍しい半人半獣(ラクダ)なんですもの。。。ケラケラケラ♪

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2003-01-02 玉

玉 1月2日(木)


今年も玉子はリッチになった。。。
親戚との「お年玉交換」。。。子供だけ潤って、親は涸れる。。。がるるぅ〜〜☆

当然といえば当然だが、成人した第一は「お年玉」をもらえなくなった。
事前に第一にはよく説明した。「第一はもう成人式にも出たし、お仕事もがんばっているオトナだからお年玉はなしだよ。でもお父さんお母さんからはおこづかいはあげるね」「うん」と言ってはいたが。。。

目の前で弟たちだけに渡されるお年玉。やっぱり第一はさみしい顔をしていた。
成人したといっても彼の心はまだ5,6歳のまま。。。
でも、これも試練。オトナであることをまわりが認めることから始めないと。
そうして第一も自覚していって欲しい。社会的には「成人」だということ。選挙権もあるんだし。。。

ケチな第三はお年玉は使わずにしっかり空き缶預金している。。。
この前、なにげなくのぞいていたら。。。お札がびっしり詰まっていた。。。
そんな空き缶が2個並んでいた。
見なきゃよかった〜☆ワタクシ、犯罪者になりそうですっ☆

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2003-01-01 酒

酒 1月1日(水)


ワタクシ、今日はあまり飲んでません。。。
長いおつきあいのかたなら覚えてらっしゃいますよね?
去年の元旦の醜態。正月早々、温泉で悪酔いしてぶっつぶれていたのです。
第二を酔いつぶそうともくろんで、みごと惨敗。。。あいつはウワバミや〜。
その反省もあって、今年は自重しているのです。

ワタクシんち、しつけにはけっこう厳しかったのですが、酒だけは甘かったです。
ワタクシも兄も高校生の時には勝手に冷蔵庫からビールを出して飲んでた。。。
「外で飲むな!飲みたかったら家で飲め」と言われていました。

そのおかげで社会人になってもお酒の席での失敗はありませんでした。ちゃんと自分の限界を知っていたからね。新入社員歓迎会で顔色ひとつ変えずにガンガン飲むワタクシって、かわいくなかったと思います〜♪

いやなことを忘れようと、無理飲みしたこともありました。でも、そんなお酒ってちっともおいしくない。。。二日酔いになってゲロってさらに落ち込むだけ。

どうせ飲むなら愉快なお酒を飲みたいよね。
おっとこんな日記を書いていたら、飲みたくなったぜ☆
たまには配偶者の相手でもして飲むか。。。PCの相手ばっかりしてないで。

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2002-12-31 素

素 12月31日(火)


私ってあまりにも「素」でやりすぎていたのかな?HP。。。
ネットなんて、架空の世界だからいくらでも虚像の自分を演じることはできるのに。。。
日記にも本音を書きすぎたかもしれません。
(BBSはちょっとハメ外しすぎでした。。。反省しています)

ただね、私が訪問して居心地いいのは、やっぱり「素」でやってるHP。
きれいごとや、ウソっぽいHPには魅力を感じません。
管理人さんや、ゲストのみんなが笑ったり、泣いたり。。。血の通ったHPが私は好きです。

私はこんな人間です。飾ったりするのは嫌いです。
ただときどき、元気ないのに無理していることをのぞけば、これが等身大の私です。
これからも突然、修行と称しておサボリするかもしれませんが、そんな時はウォーミングアップしていると思ってください。

これからも「素」でやっていきたいと思ってます。よろちくび〜♪

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2002-12-30 鎹←かすがい

鎹←かすがい 12月30日(月)


朝にかかってくる電話はもう誰からの電話かわかる。。。
受話器をとる前に、私はひとつ深呼吸する。心の準備をする。

やっぱり母だ。いきなり泣き声だ。私は聞こえないようにため息をつく。
父とのけんか。。。父に対する不満を私にぶちまける。
父とケンカして父に送ってもらえないから、腰痛の病院に連れて行って欲しいと言う。「わかった。あとで迎えに行くから。。。」そう言って電話を切る。

頼まれたからアッシーをするだけだよ。そこんとこ誤解しないで。だからと言って私は母の味方になったわけじゃない。私はどちらの味方もしない。

車の中で私は、ちょっとの隙も与えないようにしゃべりまくる。父に対する愚痴を聞きたくないから。できるだけ楽しい話題でしゃべりまくる。疲れる。

いつから逆転したのかな?母が娘である私に愚痴る。。。
もういいかげんにして欲しい。私が母の望む「味方」にならないってことわかっているでしょう?

私と配偶者が夫婦ゲンカばかりしていて、いつもいつも母に愚痴ったらどう?
それってすっごく親不孝じゃないですか?

いい年をして夫婦ゲンカばかりして、娘に愚痴る。。。それって子供不孝じゃないですか?そんなら離婚を真剣に考えたらどうですか?その気はないのでしょう?
それに私が、主人の親と同居なんてしていたら「父とケンカしたから迎えに来て」なんて電話かけられないでしょう?少し甘えていませんか?
父も母もお互いの性格、もう知り尽くしているのでしょう?
私、これだけは言いました。「でもそんな人と恋愛結婚したの、自分でしょう?」

今回のくだらないケンカは第三から父に送られた1通のメールで終わりました。
「掃除手伝うから昼飯食わしてくれ〜」
なんにも知らない第三のあまりにもタイムリーなメール。
もう、子は鎹にはならないけど、孫は鎹になるみたいです。

第三、実家の掃除と引き換えに、ステーキとこづかいをゲットしました。

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2002-12-29 待

待 12月29日(日)


今も居間の(ダジャレじゃないっちゅ〜のっ)こたつの上には2本の500mlジュースが仲良く並んでいます。
これは第一がおとついの晩から用意していたもの。

第一、ずいぶん前から「28日にKさんが遊びにくる♪」と言っていました。
Kさんというのは作業所の1年後輩の女の子、そうです、第一と毎日ラブレターを交換している子です。

第二や第三の彼女が遊びに来るのを見ていて、第一も彼女が遊びにくる約束をしていたらしいのです。
「28日はKさんのお母さんが送ってくれるって」
とまで言っていたので、私も「いいよ〜♪」って気軽に返事はしていたのですが。。。少し不安がなかったわけじゃありません。
Kさんが本当に来るのか。。。ちゃんとおうちの人に言ってあるのか。。。もっと残酷なことを言えば、Kさんに第一と同じ感情があるのか。。。

予感は的中。。。Kさんは来ませんでした。

きのう1日、第一はずっと待っていました。放っておいたら休日は昼まで寝ている第一が早起きしてきました。「Kさん来るかな〜」とうれしそうでした。
いつものトレーナーを出したら不満そうな顔をしたので、第一の勝負服であるECKOのセーターを出してあげたら満足そうでした。
約束の時間は3時だというのに、午前中から第一は何度も玄関に出ていました。
私も第一がその時にショックを受けないように「もしかしたらKさん、おうちの大掃除のお手伝いしていて来られないのかもしれんよ?それとも風邪も流行っているし、風邪ひいたのかもしれないよ」と言いましたが。。。
3時。。。第一は玄関に座って待っていました。
「寒いから部屋で待ってなさい」と無理やり部屋に入れましたが。

第三が例のジュースを勝手に開けて一口飲んでしまいました。温和な第一が「それKさんにあげるジュースやし飲んだらダメっ!」と、すさまじいケンマクで叫んだので第三もびっくりして「すまんすまん、代わりのジュース持ってくるって〜」と箱買いしてある同じジュースを持ってきました。

さすがに暗くなってきたら「Kさん来んかった。。。」とあきらめたようでした。
私、また「Kさんってしっかりしてるから、きっとお母さんのお手伝いでお掃除や買い物してるんだよ〜」って言いましたが。。。

こんな時、どうしたらいいんだろう?私がKさんのお宅に電話して確認すべきだったのかな?でも、もしかしたらKさんのご両親は第一のこと、知らないかもしれない。ましてや男の子の家に遊びに行くなんて、考えてもいないかもしれない。
障害のある子供の恋愛(というにはあまりにも幼くてかわいいものですが)どう対処していいのか私もわからない。

配偶者が「よしっ!きょうはビデオ5本借りていいぞ♪」と言って第一を連れ出しましたが。。。

私が寝室に行ったのは2時すぎ。。。まだ第一はビデオを見ていました。
「まだ起きとったん?」って言ったら「。。。Kさん来んかったね〜」と第一。
ビデオ5本くらいで、第一のさみしさは埋められなかったのですね。う〜ん。。。

この2本のジュース。。。いつまで置いておくのかな。。。

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