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座右の銘は「言うだけタダ」IV

ウシラこと善光寺 牛の、日常の妄言

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2003-12-04 もはや紅白の季節でございますか。
2003-12-04 原色ギャル 派手に行くべ!
2003-12-04 ネギマといえば
2003-11-30 JEFS終戦。
2003-11-27 ゆるーいドラマ。2連発。
2003-11-21 言語表現と非言語表現(2)。
2003-11-21 言語表現と非言語表現。
2003-11-20 あ、そうだ。
2003-11-18 言葉。
2003-11-17 スクランブルコマンダー


2003-12-04 もはや紅白の季節でございますか。

ちょっと前に某所に書いたのだが、おいら今年の紅白はハロプロ関係松浦だけでいいと思ってた。

どう逆立ちしても美貴様が「ブギートレイン」で出ることはない訳だし(笑)。

それは冗談としても。


モーニング娘。が出ても、歌わされるのは「ひょっこり」だぜ?
あれはモーニング娘。が、「恐竜」になってしまったことを象徴したような楽曲だと思う。
ある意味、形骸としての「国民的アイドルグループ」を具現化したかのような。

何て言うのかな。
プロダクト側がねらったのは、親というか祖父・祖母の世代と、孫(それも幼児)の世代が
いっしょに楽しめる楽曲、って言うことだったんだと思うんだよ。
当時(今もか?)カバーブームだったし。

確か当時の俺もそういう方向性に期待した。
しかし、実態はどちらにも届かなかったような気がするんだよね。
購買層は期待したようには動かなかったというか、本来の購買層であるヲタ連中がごっそり
不信任を出してしまった。
どうも、今年の(特に)娘。本体には、最初から最後までそういう「安易さ」が、付きまとって
しまったような印象がある。

自衛隊のポスターに写真が使いまわされたりとか。
フットサルは結果的にそれなりに面白い企画になったような気もするし(っていうかよっすぃーが
マジで日本代表に呼ばれたら俺は笑う)、「Go!Girl」も楽曲単体としては最近けっこう
じんわりとツボに入ってきてしまっているのだが、なんかね。

余計なバイアスがかかりすぎというか、その余計なバイアスに頼ってるような印象が拭えなかったというか。

モーニング娘。という名前、あるいはハロプロという名前、さらにはつんく♂という名前を
利用したい連中は、そりゃいっぱい出てくるわな。
これまでのUFA(事務所)は、わりとそういう処に律義に対応してたというか、クライアントありきの
プロダクトというのをしていたように思うわけですが、物を買うのはユーザーなわけですよ。
特にお堅いクライアントが増えつつあるだけに、クライアントの意向なんかブッチしちゃったほうが
ユーザーの感覚に近いものが作れるんじゃないですかね。

それで当たれば、もっとお金を出してくれて、もっとやりたい放題やらせてくれるクライアントが
来てくれませんかね。
あたかも4126小説の石川梨華がチームとケンカするたびにビッグクラブに移籍したように(笑)。


でと。
「紅白に出たいんです」とか言うなよ、ごっちん。
「去年は事務所で一人で紅白見てました」じゃねーだろうよ。
せめて家で弟と見れよ(笑)。
というか、天下の後藤真希にそんなこと言わせるなよ、UFAよ。って感じ。

見るものすべてを圧倒するパフォーマンスを見せ付ければ、NHKは出てください、って言いに来るべ?
で、事務所的にも、言われれば喜んで出すわけだべ?
多少のバーターを取り付けつつ。

だからさ。正攻法でいこう。正攻法で。
昔懐かしの「太陽とシスコムーン」ではないが、「実力でいこうよ」させてやってくれ。
後藤真希に政治は要らない。そう思いたいんだ。

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あのね。美貴様の奴隷の俺でも、やっぱり後藤真希は特別なんです。 / Zen ( 2003-12-05 01:11 )

2003-12-04 原色ギャル 派手に行くべ!

えーと、好きです。こういうごっちん。
楽曲のパッケージとしてのまとまりはやや緩いようにも思いますが、
明るくポップな後藤、という切り口自体がまだ手探り状態に見える中では
(っていうか今更手探りするのもどうかと思うけど)、きちんとコンセプトを消化している、
との印象を受けます。

昨日の「堂本兄弟」なんぞを見ても、後藤真希はまだまだその魅力を隠し持っていそうな訳で、
そういうものをこれからのプロダクトにどのように落とし込んでいくかは非常に見物なわけです。

っていうかね、明らかに彼女は魅力的な女性に進化してると思いますよ。
受け手の感性が鈍っているのか、まだ「ゴマキ」の光に負けているのか、
ややもすると見失いがちなんですが。
少なくとも俺ごときヲタは、テレビの前で口を半開きにして「ごっちんかわいいよな〜」
と呟いてから、ふと周りに誰もいないかと、口の端からよだれでも垂らしてないかとを確認して
しまうぐらい、彼女は進化してると思います。


で、と。ここからが本題。
一方で、思ってしまったことがある。
つんく♂が本当にこういう事をやりたかったのは、ひょっとすると後藤で、ではなく、
市井で、ではなかったのだろうか、と。

そのために、ここまで後藤にこういう曲を書いてこなかったのではないのか、と。

後藤が最近髪を切って、ちょっとルックスがボーイッシュ寄りに振られてたりとか、
そもそもこの二人がこういう明るく元気なことをやると、どうしてもそこに「ちょこラブ」という
共通の原点が見えてしまうからとか、
たまたま市井が引退したというニュースの直後であるからとか、いろいろ要素はあるわけですが、
この曲、特にリピートのあたりが非常に市井的でもあると思うんですよね。

もちろん真相は闇の中で、この推論が大当たりであっても語られることは永久にないと思うわけですが、
とりあえずノスタルジア多めのファンタジーとして、ありって事にしてくれませんか?

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確かお姉ちゃんいますよ。市井。ダカラナニ / Zen ( 2003-12-05 01:01 )
3年ほど前、千葉のBistro Takeru(ビストロタケル)に通っていた時、市井に似た店員さんがいたなあ。 / さくぴ ( 2003-12-05 00:00 )

2003-12-04 ネギマといえば

「食わず嫌い」で、藤本美貴が食えないものと判明したそうで。

俺その回見逃してるから詳細が分からないんだけど、
「焼き肉大好き、ふじもとみきでーす」でおなじみの肉食アイドルといえども
ケモノの肉専門なのか、単にネギが駄目なのか。

それとも、焼き肉屋の娘(厳密には「焼き肉屋従業員の娘」もしくは「焼き肉屋の姪」だそうだ)
としては、焼き鳥屋に敵愾心を燃やしてるのか。

まあいいですよ。
美貴様がネギマ食えないんであれば、わたくしめがお側に控えて、美貴様の分のネギマを
始末させていただきます。はい。

久々の藤本依存オチということで、撤収。

先頭 表紙

しますね。俺は昔みそラーメンと麻婆ドーフで風邪を治していた。最近はぽかり。 / Zen ( 2003-12-05 01:00 )
肉くいてぇ。やっぱ、風邪ひいたときは肉食えば治る気がするよね。 / さくぴ ( 2003-12-04 23:55 )

2003-11-30 JEFS終戦。

アレだ。

日本中にいる突然増える親戚は、君たちのVを待ってるぞ。

だから頑張れ。オシムの子らよ。

先頭 表紙

明るい未来を信じたいなあ。正味な話。 / Zen ( 2003-12-03 13:37 )
エッカム(中西)解雇ですか。新時代の幕開けか、崩壊の序章か。 / ほくと ( 2003-12-02 20:08 )
天皇杯は若いチームが獲るというジンクス(?)があるんさ / 4126 ( 2003-11-30 00:48 )

2003-11-27 ゆるーいドラマ。2連発。

「VICTORY フットガールズの青春」

いや、もう、腰砕けになるぐらいユルかったですね。
試合シーンに躍動感がないのは仕方がないとして、かつての「月曜ドラマランド」あたりの
アイドルドラマの、特にユルいのがこういう香りをさせていたなあ、と。
もーちょい練ったストーリーにできなかったのかな、これ。

松浦亜弥のドラマではなく、「あややのフットサルをネタにしたフジテレビの番宣」というなら、
それなりに成功だとは思うが、もっと女優さんらしいことさせてやれよ、と思った。

えーと、それから、「Go Girl!」の映像的ユルさが私的にかなり不満だった訳ですが、
このドラマのエンディングを見て合点がいきましたね。
これは元々、娘。以外の人間によってパフォーマンスされることを前提にした振り付けだったという。
だから難易度が高くできなかったんだろうと。
他の理由ならかなり問題だが。


「R.P.G.」

また後藤がゴマキをやらされている。
結構女優さんらしいことはやらせてもらってると思うが、絵面が既視感ばりばり。
NHKのドラマの作り方が総じて役者のプレゼンスを重視する(=ポテンシャルを見ない)
ということなのか、「ゴマキ」の光が強すぎてその後ろの後藤真希が霞んでしまうのか。
と考えた。なんか他の理由があるようにも思うけど。

もっといろんな事をやらせてあげておくれでないか。
密かにコメディエンヌ適性とか高いと思うし。
ヲーターボーイズ風学園ドラマに、それこそ宮地真緒的ポジションで起用してもいい仕事すると
思うんだが。

主人公タイプであるがゆえに起用される幅が狭まってるのか? そうなのか?

先頭 表紙

まああの、アレだ。見てくれ。話はそれからだ(笑)。 / Zen ( 2003-11-30 01:46 )
VICTORY、まだ見てない。つーかこれ見て見るのが怖くなった / 4126 ( 2003-11-30 00:46 )

2003-11-21 言語表現と非言語表現(2)。

もちろん俺のような門外漢が専門家の研究にケチをつける訳ではないですが、
 ・非言語的なコミュニケーションがオミットされる環境
  (例:議会や裁判所、学術会議などのフォーマルな場)
 ・双方向的なコミュニケーションがオミットされる環境
  (例:多人数を対象とした講義や録画番組)
 ・その双方がオミット・または著しく制限される環境
  (例:文字言語=論文やエッセイ、もちろんネット環境など)
を想定した場合に、メラービアンの法則はいかなる変化をするのか。
が、私としては非常に興味があります。

で、つらつら考えたら長くなってしまったので、ざっくりと。

1.共通する特徴:「格」重視の傾向。
 何を言うか、ではなくて、誰が言うか、が重視される傾向がより顕著になるように思われる。
 (例:小泉が言うか、森が言うか。 大先生がおっしゃるか、助手が言うか。)
 裁判所は比較的「格」とは関係ないが、一定の様式を踏襲できない人間には冷たい。

 無記名が原則になってるように思われる「2ちゃんねる」あたりでは、
 なぜか発言者の格が排除されて受け手が自分の格を主張するという不思議な現象が見て取れる。
 (一部例外あり)

 ただし、「格を上げる」というのが、非言語コミュニケーションが制約される環境において
 自分の発言を正確に(または、好意的に)相手に伝えるための方法論というのはあまりにも
 不毛な議論だと思う。

2.文字言語による表現において、留意するべき点。
 1)読みやすさ
  まず文章を読んでもらわないと伝わるものも伝わらない。
  文体、センテンスの長さ、文章全体の構造。
  長すぎるセンテンス、論理の循環、不適切な接続表現などは、文章を読みにくくする。

 2)「意図」の明確化
  何を語りたいか、何のどこを問題として語りたいかをはっきりさせる。
  ・対象の明確化
   語りたい対象に対して、他の事象が絡み付いている場合、まず関係のない事象をばっさりと
   切り分ける。
   ちまちま切るより、割と大胆にばっさり切っちゃった方が後から楽。
   さもないと、議論が拡散して収拾がつかなくなったり、批判的な文章の場合は要らん相手に
   ケンカ売って泥沼化することが間々あり。

   バリエーションとしては、「論点のかみ合わせ」という技もあり。
   対象となる事象が複雑な問題を内包している場合に、その問題点を全部個別化して語る。

  ・既製の表現はなるべく使わない。
   解釈が違って意図からかけ離れちゃったり、自分自身がその言葉で全部説明できた気になって
   安心して意図を掘り下げなくなっちゃったりするから。

 3)文章構造
  ・シンプルかつ過不足のない論理構造。
   言葉足らずで論理が穴だらけでも、説明がくどすぎても意図から言葉が離れていく。


えーと。
何かに似てると思ったら、料理だ(笑)。
美しい盛り付け、素材を生かす、食べやすい大きさ、既製の調味料に頼らない、過不足のない味付け。
そりゃ美味でしょう。作れないけど。


ちょっと文章の後半部の構造に不満があるが、俺の技量じゃこれ以上長さと内容を両立できない。

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料理人が有名だったり店の格式が高いと美味いような気がする。とかな。 えー、と言うわけで、「文章は料理である」とは、善光寺語録に追加。 / Zen ( 2003-11-22 03:53 )
厳密に言うと味は同じで、満足度?や楽しさ?が違う。 / まっちい ( 2003-11-22 00:52 )
料理は一緒に食べる相手によって味が変わる。同じだね(笑) / まっちい ( 2003-11-22 00:51 )
まあ、ねえ。誰も食ったことのない材料が実はものすごくうまいとかさ。ヒットできたら楽しいじゃん? / Zen ( 2003-11-21 23:46 )
料理に似ているとすると、やはり素材(議題)からして厳選されていなければならないわけで。つまり予定調和の世界へ…。 / きりしま ( 2003-11-21 19:06 )

2003-11-21 言語表現と非言語表現。

浅学にしてメラービアンという人をぜんぜん存じ上げなかった訳ですが、
ぐぐったサイトを斜め読みした結果、非常に悩んでおります。

要するに、外見とかしぐさとか声とかの印象が、発言の印象に大きな影響を与える、
って話ですよねこれ。

言語という情報よりも、発話者が言語外に発散(という表現のほうが近いように思う)している
精神状態とか感情とか、受話者に対する好悪とか、そうした情報のほうが先にインプットされる、と。

さらに受話者の発話者に対する好悪などが、言語そのものにフィルターをかけてしまう部分というのも
あるでしょうな。
思い当たる節が山ほどあります(笑)。

子供には優しく言っても聞かないが、怒るともっと聞かない、みたいな話ではないかと言うと、
あまりにも単純化し過ぎなのでしょうが(笑)。

もっと単純化すると、いかに相手を「聞く姿勢」にするかが、コミュニケーションにおいて
もっとも重要なファクターであるという。


……無難だ。無難すぎる。
このまま終わると、なんか凄く敗北感のあるオチだ(笑)。
ちょっと足掻いてみよう。

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2003-11-20 あ、そうだ。

ミニモニ。に、嘉門達夫の「ハンバーガーショップ」のカバーをやらせるのはどうだろうか。

1番は店員が辻、客が加護。
2番は店員が加護、客が高橋。

とにかく関西弁でまくしたてる加護が見たいだけのキャスティング。
ミカはユニゾンだけ。

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ぶわっはっはっは。嘉門達夫シリーズで言うと、「反抗期」もぜひ試してみてほしいものだ。 / 善 ( 2003-11-20 14:27 )
http://www4.plala.or.jp/hiro_k/Report/Present/p145_top.htm / きりしま ( 2003-11-20 12:34 )

2003-11-18 言葉。

言葉というと、鈴木祥子がアルバム「Hourglass」収録の、そのものずばり「言葉」という曲で
ぼやいていた(やや語弊あり。「言葉」そのものは、非常に指摘というか、絵画的な世界を
描き出すことに成功している名曲だと思う)のを思い出す。
1991年の作品だな……俺、当時高3だった……はずなんだが……もっと後のような……。

それはともかく。
書き言葉、話し言葉に関わらず、元々「意図」と「言葉」は別物だってことを意識しないといけない、
って事なんじゃないかなあ。
言葉は意図を伝える手段ではあるのだが、必ずしも意図に従属しないというか、
受け側や仲介者の意図によって送り手の意図から離れてしまうことが予定されているといってもいい。

つまり、意図によって言葉を完全に制御できるとは、最初から思ってはいけないのだと考える。
誤解も曲解もミスリードも起こりうる事態として最初から考えておいたほうがよい。

その上で、言葉とどう関わるか。
言葉を意図に引き寄せる努力をするか、誤解されてもそれはそれでしょうがないと割り切るか。

どっちを選ぶかは人それぞれだと思うけど。
少なくとも誤解されることを嘆いたり、誤解した人間を責めたりしても、前には進まない。

先頭 表紙

熱意とか姿勢とかで判断する部分が大きいらしいです。 / さくぴ ( 2003-11-20 00:16 )
つーことは、ボディランゲージであらかた伝わる、ということですな。 / きりしま ( 2003-11-19 22:24 )
んー。難しいですな。 ちょっと長いレスを書かないといけないかもしれない。 / 善 ( 2003-11-19 15:47 )
アメリカの心理学者メラービアンの実験によると、コミュニケーションは仕草・表情・服装などボディランゲージによるものが55%、口調・言い方が38%、話している内容が7%だそうだ。つまり、言葉の選び方はコミュニケーションにおいては大して重要ではないわけで、言葉だけでコミュニケーションをとると誤解されたりすることが多いのは当然かと。 / さくぴ ( 2003-11-19 12:02 )
アムロとシャアのその後を見ると、必ずしもそう言い切れない。 / 善 ( 2003-11-19 10:11 )
かくしてニュータイプの登場が待たれる時代となったわけです。 / きりしま ( 2003-11-19 09:40 )
もちろん、かく言う俺も、言葉には非常に手を焼いてる。 / 善光寺 牛 ( 2003-11-18 13:22 )

2003-11-17 スクランブルコマンダー

ハードモードの21話(最終話一個前)で詰まる。

エヴァ量産機がわらわら出てくる面だ。
ハードモードだと登場機数が増えてないかなあ。

ちょっとクリアできそうな空気が漂ってこない。
「α外伝」以来だ。あれもハードモードで死んだ。

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