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宙・光子の「ドキッ毒日記」

最近、毒吐いてないなぁ〜。

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2002-12-11 入院-1
2002-12-10 明日は・・・
2002-12-09 セカンドオピニオン(12/9-1)
2002-12-09 セカンドオピニオン(12/9-2)
2002-12-07 今や常識、セカンドオピニオン
2002-12-06 主治医
2002-12-04 インフォームドコンセント
2002-12-04 1年経ちました
2002-12-03 初CT
2002-12-02 心の支え


2002-12-11 入院-1


生まれて初めての病院食です。(笑) 
ハンバーガー、ナポリタン、サラダ、牛乳(昼食)
何せ初めてなので、美味しいんだかどうか・・・
他の病院に入院したことある人が
”まぁ、マシじゃない。”と言ってました。
ちなみに夕食は、
ご飯、スープ、チンジャオロース、
ザーサイ、フルーツ。

とうとうやって来た入院。 初めてなので緊張する。
10時に入院の受付をすませ、5階東病棟へ行く。
一番奥の6人部屋の入り口側ベッドにチェックイン。(笑)
6人部屋だけど、狭く感じないし、すごく明るい。 
暗い部屋は、それだけで気が滅入る。
パジャマに着換えて待っていると、麻酔科の看護婦さんが明日の手術についての説明に来る。 やさしそうだ。 
「手術中はずっと私が側にいるから、安心して下さい。」

次は、病棟の看護婦さんから入院に関する説明を受ける。
その間に、どうやらベッドの引越しがあるようだ。
明日手術だから、今よりちょっとナースステーションに近い部屋に移動。
説明をしてくれる看護婦のTさん。 
大きなマスクで顔がよく見えないけど、いやー、美人だ。
青チームの看護婦さんたちが、私の面倒を見てくれるらしい。
青、緑、ピンクの3チームに分かれてるんだって。
しばらくの間、よろしくお願いします。 心からそう思うわ。

昼食後、少し休んでからシャワーを浴びた。
1週間くらい入れないからね。 夏じゃなくてよかったわ〜。
伯母さん夫妻がお見舞いに来てくれる。
両親と妹も夕方に帰った。
先生から手術についての説明があるので、また夜来なくちゃいけない。
これからも色々迷惑をかけると思います。 ごめん、そしてありがとう。

お隣の方は、今日が手術だ。 私と同じC先生の執刀。
前のベッドの人は、数日前にC先生による手術。
6人中3人が乳がん。 
お話したいけど、まだ具合が悪そうなので
明日に備えて横になるしかない。 つまんない〜。

夕食後、家族がやってくる。
7時半から先生の説明があるはずなんだけど、全然来ない。
8時ちょっと前に看護婦さんに尋ねると、まだ手術中らしい。
8時半すぎにやっと呼ばれ、カンファレンス室に行った。
「遅くなってすみません。」 手術着姿の先生、ス・テ・キ。(笑)
あっ、靴下履いてない。 可愛い。(^^;; 
まずは乳がんについての説明。
私と母は聞いてるけど、父と妹は初めてなのだ。 
それから私の症状、手術について、予後について詳しく話してくれた。
先生は午前中・外来、午後・手術で疲れているのに申し訳ない。
手術方法については、温存で決まったんだけど
リンパ節を取るかどうかがなかなか決まらない。
先生は情報をくれるけど、最後に決めるのは私なんだって。
そんなこと言ったってねぇ、私はド素人よ。
でも、今はそういう時代らしい。
迷って迷って決められない私に先生は言った。
「じゃ、明日の朝までに決めておいて。 聞きに行くから。」
『ハイ、わかりました。 明日、よろしくお願いします。』
「そういえば、MK病院のS先生に会った?」
『行ったんですけど、S先生の診察日じゃなかったです。』
「S先生には、学会でよく会うんだよ。」 

ベッドに戻ると10時近かった。 もうすぐ消灯時間だ。
隣の人は、手術を終えて帰ってきていた。
明日の手術、心配だけど、もう全てを先生に任せるしかない。
どうか成功しますように!
それにしても、みんなイビキがすごすぎだよ。 
手術を終えたばかりのTさんのところには
1時間おきに看護士さん(男性)が、検温、血圧を測ったり、
点滴を取り替えにやってくる。
ふ〜、全然眠れない。

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2002-12-10 明日は・・・

いよいよ明日入院。
そして12日に手術です。
初めてのことだから、ちょっと怖いよ〜。
それに私の鈍った体は、病院の規則正しい生活についていけるのに?
なんたって、午後9時消灯、朝6時起床だって。
半日ずれちゃうよー。(^^;;

入院中も退屈しないようにデジカメ、買っちゃった。
いつ買おうか迷ってたけど、やっと決心して・・・
なに、撮ろうかなぁー。

冗談はおいといて、
みなさん、手術が成功するように祈って下さい。
今まで以上に元気になって戻ってくるからね。

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2002-12-09 セカンドオピニオン(12/9-1)

私はN病院のC先生(主治医)の診断を100%信じて、手術を受けるつもりなんだけど、
他のドクターの診断も参考にするようにってことでNK病院に行って来た。
ここには県下で1番有名な乳がんのS先生がいるんだって。

まずは、N病院にマンモとCTのフィルムを借りに行かなきゃ。
妹が午前中休みなので、車で送ってくれるはずだった。 それなのに、家族みんなで寝坊しちまった。
慌てて起きて外を見ると、なんと雪で真っ白じゃん。 車は諦めて、バスで行くことにした。
家の前に坂があるから、行き(下り)はいいけど帰り(登り)が心配なので・・・

駅に着くとちょうどバスが来ていた。 結構混んでるわ〜。 やっと乗れた。
中間の高校生、もっと奥に詰めろよ!
いくつか先のバス停でたくさんの人が乗ろうとしていた。 でも、途中が詰まってるから乗れない。
普通こういう時って運転手が「詰めて下さい。」って言うよね。
この運転手ったらただ黙って見てるだけ。
もう10分近く止まったまんまなんだけど・・・信じられない。
やっと、「後ろのドアから乗車して下さい。」だって。 まったくぅ。
走り出すと母が「先生に似てる人が乗ってきたよ。」と言うので
そちらを見ると”似てる人じゃなくて、本物だった。” オー、ビックリ。
目が合ったので会釈を。 
後で聞いたところ、先生、9時から手術だったんだって。
遅刻しそうできっとドキドキしてたんだろうなぁ。(笑)

病院でフィルムを借りて、急いで駅に戻った。
C先生が書いてくれた紹介状は、ちゃんとS先生宛てだった。
電車で15分ほどのNK病院に着く。 大雪のせいか、病院は空いてた。
待たされることもなく、名前を呼ばれる。
事務の人が、「S先生宛ての紹介状を持参していただいたんですけど
S先生の診察日は、火・金なんです。 どうします?」
どっひゃー! 大失敗だ。
そうだよね、ドクターって毎日来てるわけじゃないもんね。 リサーチ不足。(^^;;
「そうですか・・・他の先生でも構いません。」

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2002-12-09 セカンドオピニオン(12/9-2)

中待合室で待っていると、ドクターの厳しい声が聞こえてきた。
「あなたはどういう治療をしたいの? 何が希望なの?」
母と顔を見合わせて、「えー、今時こんな先生いるの?」
あんな言い方されたら、患者が萎縮しちゃうよ。
話の内容から、ガンの治療方法について話してるみたいなの。
全然関係ない人に話が聞こえちゃうってのも嫌でしょ。

どうかこの先生じゃありませんようにって祈ってたのに、呼ばれちゃったよ。
見かけは普通のドクターだった。 毛深いのが気になったが。
「うちのSは乳がんで有名なドクターなんだけど今日はいないんですよ。
私でいいのかな?」
「・・・で今日は何を聞きたくて来たんですか?」
「N病院で乳がんと診断されて、木曜日に手術をする予定なんですが
私の場合、手術以外に治す方法がないのかどうか知りたいんです。
もしも、手術をしなくて済むならその方がいいので・・・」
先生は、「ガンは100%治らないんです。」といきなり言った。
なんてこと言うの!って思ったけど、不思議と動揺はしなかった。
自分の中で、”絶対に治す。”って言う気持ちが強かったからかな。
そのあと、乳ガンについて、治療方法について話してくれた。
今までに聞いた話もあるし、初めて聞く話もあった。

先生は、紹介状とフィルムを見ながら
「手術以外の治療方法を知りたいってことだけど
あなたの場合、早期だからまず手術だね。
あのね、手術できるってことは治る可能性が高いってことですよ。
治らない人には、手術を薦めたりしませんから。」
C先生と同じ意見だった。 それを確かめられたので、私は満足であった。
これで安心して手術を受けられる。
それにしても怖いドクターであった。 C先生の良さを再確認できたわぁ。
ここの病院、暗いし古そうだから、ここで手術をするのも嫌だし。

帰りはなんとなく元気が出てきた。
自分の進む道がはっきり分かったからかもしれない。
母とイタリアンのランチを食べた。 当分食べられないもんね〜。

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2002-12-07 今や常識、セカンドオピニオン

従姉妹に病気のことを話したら、
「その病院、信用できるの? 1っ個所で決めちゃダメだよ。
別の病院でも診てもらった方がいい。」と言われた。
今は、”セカンド・オピニオン”を聞くのが当たり前なんだって。
そう言えば、先生も看護婦さんもこの前そう言ってたな〜。
「他の病院で診てもらっても構いません。
最近はそういうのが当たり前ですから。」

この従姉妹の父親(私にとっては叔父さん)は、
いいかげんな病院で院内感染させられ、現在入院中。
もう半年も寝たきりなの。
それだけに病院に対して不信感が一杯。
今は、しっかりした病院で治療中。 少しづつ良くなってます。

あんまり言うので、知人から紹介された病院に行ってみることにした。
県下でも一番有名な乳腺の先生がいる病院。
現在通っている病院にそのことを告げると
CTとマンモのフィルムと貸してくれるという。
さらに紹介状も書いてくれるそう。
そう言うところからしてこの病院は良心的だと思うんだけど。
ま、とりあえず、月曜日に行ってきます。

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2002-12-06 主治医

主治医のC先生、若い。
30代前半。 でも、見た目は20代にしか見えない。
最初診察してもらったとき、”えー、この人で大丈夫?”って印象だった。
普通ドクターって、ワイシャツの上に白い上着を着てるでしょ。
C先生は、マオ(チャイナ)カラーの半袖を着てるの。
良く見て看護士か薬剤師、悪く言うと床屋さんみたいなんだもん。
見た目からは、全然医者に見えない。

ところが、優秀な外科医だったのよね。
とっても頭が良い人しか入れないと言う某県の県立医大を卒業した後
Y国大の大学院に進み、アメリカに2年間留学したらしい。
Y市大病院ともう1つ(忘れた)の病院に勤務後
このN病院に来て3年目とか。
もちろん、先生から聞いたわけじゃなくてある人から聞いたんだけど(笑)

手術を受けると聞いて、どの位経験があるのか尋ねてみた。
「先生、この病院って乳がんの手術を年間何回くらいするんですか?」
「そうだなー、100回位かな。」
後で分かったんだけど、そのほとんどをC先生がしているのだった。
やっぱり、外科医にとって、経験はとても重要でしょ。
年に数回しか手術をしないような人には頼みたくないもん。
安心して手術をまかせられるかな。

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2002-12-04 インフォームドコンセント

母親と10時半に病院に行った。
いつも通り1時間強待って、中待合室に呼ばれる。
するとS看護婦さんがやってきて
「先生がゆっくり話をしたいので、午後にしてもらえないかって
言ってるんだけど、どうかしら?」
「あ、ハイ、いいですよ。」
午前中は、一般外来の患者さんでいっぱいだからねー。
病院の近くの高島屋で中華を食べて時間を潰した。
本当はさっさと済ませたかったのにー。

約束の時間の2時半をちょい過ぎて、ようやっと呼ばれた。
「やっと家族を連れてきたね。」 先生はまずそう言った。(笑)
それから先週聞いた私の症状や手術、治療について母親に説明した。
わかりやすくね・・・
先生から99%ガンですって聞かされて、母は初めて涙を流した。
今までずっと我慢してたのねー。 すまないねー。
先生は最後に「何か質問ありますか?」って聞いた。
母は、「輸血、するんですか?」
「輸血はしないですよ。 そんなに出血しないから。」
あ、そうか。そのこと忘れてた。
以外とこの母親、冷静だな。(笑)
「ほかには?」 ないなー。
・・・と先生は、「もう11日まで会えないんだよ。」だって。
もうー、また女心をくすぐるんだからぁ。 うそうそ。

そのあとまた例の別室に呼ばれた。
S看護婦さんが、「お母さんもびっくりしたでしょう。」
とまた泣かせる文句を言った。
もう、やめてぇー。(笑)
母もいろいろ話を聞いてもらって、ちょっと安心したようだった。

今日はレオの命日(1周忌)なので、ケーキとお花を買った。
レオに続いて、私もガンになるとは思わなかったなー。
きっとレオが私のこと、見守ってくれるよね。

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2002-12-04 1年経ちました


レオが亡くなって1年が経ちました。 本当に早い〜。

半年を過ぎた頃からやっと”レオ”と言う名前を
家で言えるようになりました。
それまでは名前を出すだけで涙がボロボロ出てダメだった。
1年近くたって、思い出話もできるようになった。
そろそろ私の自縛から解き放してあげないと。
レオはもうとっくの昔に天国に行って
今はきっと幸せな家に生まれ変わっているはずだもん。

レオ、楽しい思い出をたくさんありがとう。
今度は別の人たちを幸せにしてあげてね。

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2002-12-03 初CT

今日はCTを撮影。
初めてなんだ〜。

母親が一緒に来ると言ったけど、断った。
だって検査だけだもん、一人でいいよ。
それに一人でいたいんだよ。
病気の告知以来、情緒不安定で
急に涙が出たりすることもあるし。
家族に涙は見せたくないんだよね。
あんまり心配させたくない。

CTは造影剤の注射がちょっと痛かったけど
対して恐怖はなかった。
それより明日の診察が怖いなぁ。

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2002-12-02 心の支え

先生から「早く家族に言わなきゃダメだよ。
もしも言えないなら、僕が言ってあげるから水曜日に連れてきて。」
と言われてから3日も経っちゃった。
入院も手術も決まった今、言わなきゃいけないのは
充分分かってるんだけど、言いづらいんだよな〜。
自分が先生から言われた時は、”もしかして?”ってのがあったから
覚悟はしてたんだけど、家族は何にも知らない。
いきなり「私、ガンです。」なんて言われたらどうなるか。
でも、言わなきゃ・・・

やっぱり、びっくりしてた。
・・・っていうか、怒った。
「何でもっと早く言わないの? 家族でしょ。」
そりゃそうだけど、私だってつらかったんだもん。
家族の対応には、一抹の寂しさを感じたこともあったけど
(いろいろあってねー)
でもやっぱり、家族が一番の支えになってくれた。
ありがとう。
本当に感謝しています。

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