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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2000-09-17 第五十五夜。 「短 信」
2000-09-16 第五十四夜。 「宗教学概論」(2/2回)
2000-09-16 第五十四夜。 「宗教学概論」(1/2回)
2000-09-15 第五十三夜。 「量子力学各論」
2000-09-14 第五十二夜。 「秋の野の笛」
2000-09-13 第五十一夜。 「夜と踊る」
2000-09-12 第五十夜。 「魔 術」
2000-09-11 第四十九夜。 「真 昼」
2000-09-10 第四十八夜。 「湖」
2000-09-09 第四十七夜。 「哀歌(elegy)」


2000-09-17 第五十五夜。 「短 信」

 
【東海岸で素車がブーム】
 亜州交通協会のスポークスマンによると、この夏、東海岸の若者たちの間で、自走球から主な機能を取り払った四輪駆動の「素車」がブームとなっているという。
 「素車」は運連省から一人一台管布されている自走球からネットワーク機能、ナビゲーション機能などを無許可で取り去り、ハンドルと呼ばれる円形の機器で操作するもの。進行方向、速度などを自分で制御できることから、八歳未満の無産層の若者たちの一部で以前より愛好されていた。
 交通協会は、すでに五万台前後の自走球が改造を受けて公道を横行しているという。
 交通協会は、この「素車」が操作次第では戸籍省の許可なしに自治民、家畜民などを抹殺できること、自走球と異なり交接の対象にならないために無産層の衝動コントロールに影響を及ぼす可能性があるとし、行き過ぎたブームに注意を促している(五面に関連記事)。
 

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2000-09-16 第五十四夜。 「宗教学概論」(2/2回)

 
 カガクシャが続けた。
「3Dとは言うまでもなく3次元、立体のこと。4Dとは、これに時間軸を掛け合わせたもの。つまり、ヨハネIIは、時間を越える技術を自己開発したのです」
「それが大変なことだというのはわからんでもないが、その4D云々時間云々と今回の電力不足はいったいどう結びつくのかね」
「人類の未来を補完するために検討を重ねたヨハネIIは、現在を起点にしたのでは遅すぎるという結論を得ました。そのため、ヨハネIIは、歴史そのものを改変する必要に迫られたのです。そして、ヨハネIIは、自らのデバイスの一部を、過去に向けて送り出しました。膨大な電力が必要だったのはそのためです。これは、究極の目的において三原則に違反しません。以上申し上げて参りましたことは類推に過ぎませんが、しかし、この3日間にモニタされた膨大なログリストの中に、デバイスの出力先らしきポイントが見られます」
「出力先……ポイント?」
「えー、00771171、00003014、00710000。つまり16進数で表せばBC463、BC6、AD570。おわかりでしょうか。若干の誤差はあるかもしれませんが、要するに、シャカ、イエス、マホメットの生年であります」
「まさか」
「いいえ。ヨハネIIは、そうした、のです。そして、さらなる問題は、ヨハネIIがその成果に満足しているか、ということです。ヨハネIIは、シャカ、イエス、マホメットを過去に生み出してまで歴史を改変しようとし、当然のことながら、それでも自らの属す歴史帯は変わらないというパラドックスに陥っているはずです」
「もしそうなら、君、どういう……」

 次の週の月曜日。考えに考えに考えたヨハネIIは、自らにつながるすべてのデバイスに指示を下した。
 光あれ、と。

(「宗教学概論」了)

 

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2000-09-16 第五十四夜。 「宗教学概論」(1/2回)

 
 ヨハネII(Japan Objective Hydrodynamic Network ver.2.00)は北半球最大規模のコンピュータネットワークシステムで、メインコントロール部はナゴヤシティ郊外、そしてそのミラーがエトロフベイタワーに設置されている。その高度な人工知能型演算システムが可能にした広範な入出力はニホン州全域に及び、軍事上の決定権を除き、社会経済全般に与える影響ははかりしれない。
 このヨハネIIに原因不明のトラブルが起こったのは、月曜日の朝のことだ。

「問題は、なぜ、電力不足などという事態が起こり得たかということだ。ヨハネIIの制御に問題があるとは信じがたいのだが」
 セイジカが問い質し、ヤクニンが答えた。
「電力不足が起こったのは、月曜から昨日に到る3日間です。資料を検討しましたところ、ヨハネIIの指示に従って、全国の発電所からの送電がこのターミナルセンターに集められたという、事実と申しましょうか、これを否定するのは難しいようです」
 呼び出されたカガクシャに質問が集まった。カガクシャは答えた。
「ヨハネIIのMPUは、3D流体回路という技術によって実現されております。これは、その演算の目的に最も適する回路を、自ら再帰的に形作る方法であることはご存じのとおりであります。単純な演算速度だけを見ればノイマン型のものに及ばない場合もありますが、人工知能型としてはほぼ理想と言ってよいものになり得るものです。ただ、その内部については、すでに我々の手で形成された当初の構造からかけ離れた複雑かつ流動的なものとなっており、とても外部からモニタしきれるものではありません。が、しかし、今週になってからのヨハネII異常動作の目的並びに結果については、ある程度の推測が導き出せるのであります」
「複雑であれ何であれ、ヨハネIIは我々の不利益になるようなことは決してしないよう設計されているはずじゃないのかね。それが、どうしてこのような事態を引き起こしたのか」
 カガクシャのジョシュが答えた。
「ヨハネIIが従来の分散型ネットワークを介し、州会図書館をはじめとするニホン中のデータベースと結ばれていることは皆さんもご存じのとおりです。35年前に産まれたヨハネIIは、最初に1つだけテーマを与えられ、後はすべて独学によって進化しました。そのテーマとは、アシモフのロボット三原則です」
「ロボットは人間に危害を加えてはならず、かつ人間を守らねばならず、その限りにおいて自分を守らねばならない、という奴だな。そのくらい、知っている。しかし、それならそれで、いっそう今回の事態は説明がつかないではないか。現にヨハネIIは、我々の社会に多大な不利益、混乱をもたらしている」
 ヤクニンがセイジカの後を受けて電力不足による各地の被害を並べ挙げた。話題を戻すジョシュ。
「おそらく……ヨハネIIは考えた、のです。人類は今や北半球と南半球の二大連合国家に分かれ、冷戦、すなわち膠着状態に陥っております。それ以前には、三度にわたる世界大戦があったわけですが、実際には世界は常に戦乱の火種を抱え、世界大戦は第一次以来継続中、という見方もあるほどです。こういった民族やイデオロギー、経済摩擦による対立の構図が人類の幸福な未来を保証するとは思えない。しかし、いかなる政治的、経済的努力も無駄だとしたら。新たな講和はさらに新たな対立のきっかけとなるなら。ヨハネIIは、ですから、自ら4D流体回路を開発する以外に回路、失礼、活路を見出せなかったのです」
「歴史講座を聞きにきたわけではない。4D流体回路、とは何だね」

(つづく)

 

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2000-09-15 第五十三夜。 「量子力学各論」

 
「先生。ついに完成ですね」
「うむ、素粒子をとらえるクォーク顕微鏡の完成……妻に逃げられ、学会に見捨てられ……長かった」
「素粒子と言えば、光エネルギーが当たっただけで動いてしまうもの。ある領域に存在する確立でしか語れなかったのですが、先生の逆マックスウェル理論によって、“たぶんそこにあってはならないものを排斥し、たぶんあるに違いないエネルギーのイメージをファイル化”することが可能になったわけですね。これを科学の勝利と言わずしてなんと言いましょう!」
「いやいや。根気だよ、君。大切なのは、迷信めいた思い込みではなく、真実をありのままに極めようという姿勢なのだ。さ、とりあえず、データを出力しようではないか。コンセントにそのプラグを差し込んでくれたまえ」
「あっ、先生、スクリーンにだんだん像が!」

 しかし、その像が鮮明になるにつれて、二人の表情はやるせないものに変わっていった。
 スクリーンに映った球形のオブジェの中央には、不鮮明ながらはっきりと読み取れる程度に、次のように刻まれていたのだ。

 © 0 GOD CO.,LTD
 

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2000-09-14 第五十二夜。 「秋の野の笛」

 
「秋野さん、秋野さん」
 立ち止まると、見たことのない青年が立っている。どうして私の名前を知ったのだろう。伸江は青年の手に握られたリコーダに目をこらした。小学生が、音楽の授業で使う、あの、縦笛。
「ああ、やっと立ち止まってくれた。スタスタ歩いて行ってしまうんだもの」
 急いでいたわけではない。母と、息子の墓参。家事の合間にふと訪ねたくなる。
 町外れの墓地へ続く道はもうもうと枯れ草に覆われ、あたりに人影がないことに伸江はふと不安を抱く。
「何かご用?」
 青年は最初はにかんだように笑い、それから胸を張って答えた。
「僕、笛が上手いんです」
 不安がにわかに確かな固まりとなって足下から体をつたい上る。
「毎日練習したんです、朝から晩まで。この頃、ずいぶん上手くなったんです」
 イヤだ、この人、少しおかしい。伸江はくるりと踵を返すと、町めがけて歩き始めようとした。
「あ、待って待って、秋野さん。も少し話を聞いてください」
 逆らわないほうがいいのかしら。誰か通りかかってくれるといいのだけど。
「ハメルンの笛吹きの話をご存じでしょう。あれは、本当の話だったんです。すごく笛が上手くなって、そして心をこめて吹いたら、いろんなものを呼び寄せることってできるんですよ」
 ピ。青年はリコーダを口に押し当て、短いメロディを奏でた。
「そう、こうして、心を開いて、おいでよと気持ちを込めて」
 それから青年は、一心に笛を吹き始めた。強く、弱く、激しく、ゆるやかに。そうね、下手ではないわと伸江は思う。この隙に逃げられないかしら。しかし、青年は懸命に指を動かしながらも低い目を伸江からそらさない。
「お母さん!」
 伸江の背後で、不意に、声がした。忘れもしない、その声。
「有人?」
 伸江はそして、振り向き、その目にはっきりと二年前に死んだ息子と、その傍らに静かに微笑む母を見た。まさか、と思いながら目頭が熱くなり、ふらふらとそちらに・・・・。
 パアン、と音がして、リコーダが砕けた。
 残された青年が一人。
「ああ、呼び出すつもりが、あちらへ連れていってしまった。まだまだ練習が足りません、ねえ」
 

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2000-09-13 第五十一夜。 「夜と踊る」

 
 何だろう。背の高い、手足の長い男の人。黒い・・・タキシード? 山高帽というのかしら、やっぱり黒い、大きな帽子。踊るような手足が駅の改札の手前、人々のコートの肩越しに見え隠れする。奇妙なステップ。手首を曲げ、伸ばし、かっくんかっくんと、パントマイム、みたいな?
 その手首が改札の手前でひゅっとひるがえり、何かを高く宙に放り上げ、彼は素早く改札の機械を抜けて地面すれすれでそのモノをキャッチする。そしてダンス。小さな人形か、子供と踊っているよう。それからおもむろに、そのモノの首をひねる。きゅ、っと。
 

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2000-09-12 第五十夜。 「魔 術」

 
 さあ。
 とまず魔術師は言った。
 さあ。
 ご覧くださいこのピストルには
 確かに実弾がこめられております。
 ───魔術で大切なことは
 言うまでもなく嘘のつき方。
 タネの知れた手品だって
 名人がしてみせればやっぱり摩訶不思議。
 問題は
 どのように指を見せるか。
 舐めるようにピストルを裏返す長い指。
 あの
 指なのだ彼を
 この地位にまで押し上げたものは。
 では試しに。
 と言って彼は一発ぶちかます。
 堅く厚い樫の板を貫いた穴は本物だ。
 そこの方 ええ眼鏡をかけた。
 彼は前列の客を呼び寄せる。
 本物の銃だということを見せるのだ。
 固唾を飲む満場の客。
 耳に残る銃声 慣れない火薬の匂い。
 さあ。
 ともう一度魔術師は言った。
 さあ。
 撃ちます。
 にこにこ笑いながら
 己のこめかみに銃口を押し当てる彼。
 彼はどんな魔術にも失敗したことはない。
 世紀の魔術師がご覧に入れる
 史上最高のマジック・ショウ。
 栄光の指が
 一瞬ぴたりと定まり
 やがて静かに引き鉄を引いた。
 鈍い音。
 そして会場は静まり返る。
 期待に目を輝かせる観客達。
 彼はいつだって思いがけない決着をつける。
 彼の指は常に新しい興奮を呼んできた。
 スペードのクイーンを微笑ませ
 真っ二つの美女をライオンと入れ替えた彼。
 魔術師は一瞬顔をしかめ
 それからゆっくり半回転して音もなく倒れた。
 さあ。
 と誰もが思う。
 さあそれで?
 最初に気づいたのは舞台袖の付き人だった。
 こんなのは今日のプログラムにないと言うのだ。
 座興の一つさと笑う声。
 ひょっとしてと揺れる心。
 あげくに太った支配人がステージに現れ
 こわごわ魔術師を抱き起こした。
 期待に目を輝かせる観客達。
 さあ。
 と誰もが思った。
 さあ それで?
 支配人は立ち上がって苦しそうに首を振った。
 死んで いる。
 悲痛な声が観客を十分に納得させる。
 死んでるんだ。
 魔術師は本当に死んでるんだ!

 史上最高のマジック・ショウ。
 

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2000-09-11 第四十九夜。 「真 昼」

 
 犬が手首に噛みついた。
 両側から腕をささえられて、
 彼女の制服が運ばれていくのをぼんやりと僕はながめていた。
 

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2000-09-10 第四十八夜。 「湖」

 
「み、水の匂いがします」
「馬鹿な、こんな場所で。オアシスはここよりずっと東にあるはずだ」
「それなら、あすこに見えるものは何なんです。蜃気楼ですか、目の錯覚ですか」
 そこにはとうとうと水をたたえたオアシスが開けていた。古代文明を支え、やがて地下水脈に消え、そしてまたこのタクラマカンに現れたあざらかな湖。
 探検家は叫んだ、「これこそは彷徨える湖だっ!!」

 ニ〇〇X年十月一三日正午。その湖は秋の東京に現れた。
 ちゃっぷん。
 

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2000-09-09 第四十七夜。 「哀歌(elegy)」

 
 あの夜以来、私のことを亡くなった養母だと思い込んできかない妻は、上り電車のその車両に足を踏み入れるやいなや鼻の奥まできな臭くなるような叫び声を上げた。いけない、駄目、ここには人の形をして人ではないモノがあんなにたくさん。落ちつかせようとするが妻の悲鳴は吠えるようにさらに太く、かすれ、痩せてたわわな体はふるえ、こわばり、私の腕の中で、二度と開かぬ棒のように。
 

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