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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2005-11-08 第九十夜。 「藪の中」
2005-09-28 第八十九夜。 「野晒し」
2005-08-31 第八十八夜。 「傘内の蛇」
2005-08-26      「聞き耳頭巾」 終幕
2005-08-24      「聞き耳頭巾」 その二十八
2005-08-22      「聞き耳頭巾」 その二十七
2005-08-21      「聞き耳頭巾」 その二十六
2005-08-20      「聞き耳頭巾」 その二十五
2005-08-19      「聞き耳頭巾」 その二十四
2005-08-18      「聞き耳頭巾」 その二十三


2005-11-08 第九十夜。 「藪の中」

 
「もしお前が黙っていたら――」と鉄冠子は急に厳な顔になって、じっと杜子春を見つめました。
「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ」

 それを聞いた杜子春、そっこーで怒りのローリングソバット!!
「やいやい、するってーとなにかい。声を出せば仙人にしない、黙っていたら命を絶つ。ハナから仙人にする気なんてなしだったんかいっ! あちょーっ!」

 しかし必殺の足蹴りはむなしく宙を切り、片目眇(すがめ)の老人の姿は洛陽西の門下にすでにありません。残された杜子春はただ元どおり無一文になってぼんやり三日月を仰ぐばかりです。

 そのほんのしばらくあと。
 同じ洛陽のはずれの林の中、鉄冠子はそこにぼんやり立っている若者に「お前は何を考えているのだ」と、横柄に声をかけました。
「わ、私ですか。私は犍陀多(かんだた)と云う者ですが、ちょっとその、この蜘蛛を」

 この朴訥な青年犍陀多がのちに人生を踏み誤り、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働く大泥坊となってしまったのは、度重なる鉄冠子のいたずらのせいだったでしょうか、それとも。

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2005-09-28 第八十九夜。 「野晒し」

 
 さらさら鳴る笹風の合間に、おう、おおうと低い声。なんだろうと一足踏み入ってみると、なま白く乾いた髑髏の眼孔に、尖り筍がにょきり細い若緑を放っている。
 これは、と手を伸ばし、一息に筍を抜いてやると、髑髏の霊にわかに起き上がり、声も高くああ、ああ、嬉しい、やっと身が軽くなった、さっそくあなたを呪い殺すことにしましょう、と舞い踊り、抱きつかんばかり。
 それは余りにも没義道でしょう、私はあなたの目に刺さった筍を抜いて差し上げた、言うなれば恩人なのですよと諭してみるのだが、髑髏の霊、まこと申し訳ありませんけれども、なにしろ今ではこんなありさま、覚えていることも切れぎれで、なにかひどいことのあと締め殺されたような気はするのだけれど、もう相手の顔も姿も思い出せません。ここは不運とあきらめて、私の成仏のためにひとつ呪われてくれませんか、そう小首を傾げてかしかしと顎を鳴らす。
 呪う呪うと簡単に仰いますが、いったいどうやってと問えば、今はこのとおりあさましい姿ですが、半年ほど前まではごく普通のOLでしたので、人を呪うお作法なら九時から五時まで毎日詳らかに習ったものです、と胸を張る。
 さては若い女だったか、これはたいそうまずいものを起こしてしまったようだと悔やみつつ、人を呪うには草木も眠る丑の刻にわら人形に釘を打つといいますね、そういえばあちらのほうにぴったりの大きな木があったようですよ、と教えてやると、それはとても素敵ね、さっそく今夜試してみましょう、そう言って髑髏の霊は尾骶骨、大腿骨もあでやかに竹林の向こうにゆるゆると消えてゆく。
 さて、どうしましょう。まだ多少の肉が骨のあちこちに残っているとはいえ、私もまた野晒しのむくろ。丑の刻参りなど痛くもかゆくもないとはいえ。

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2005-08-31 第八十八夜。 「傘内の蛇」

 
 夜の厚い雨にふと気がつくと、己が差しかける傘で隣を歩いているのが誰だったのかよく思い出せない。

 黒い車が重くきしみながら車道でたわみ、バックライトが縦横にうねる。水しぶきを避ける機に、気取られないよううかがうと、よく知っているような女の横顔がライトに赤くめぐる。女はほつれ髪と着物の肩を濡らし、口を少し尖らせてうつむいている。そういうことかと思ったりもするが、どういうことかと問われれば応えることができない。女の名前もすぐさま思い出せそうで、深い淵に沈んだごとくはっきりしない。

 四ツ辻の左方には私鉄線駅前のにぎわいがあるように思われて、いざ角を曲がると戸板もさびれた平屋のスナックの類が並んで雨にうたれている。いずれも扉をきしむほどに固く閉ざし、スタンドの灯りを落としているにもかかわらず、扉という扉の前には礼服の男が立って客をいざなうように両手を胸まで上げている。うつむく男たちの雨に濡れるさまに道を間違えたような気がして、隣を歩く女にたずねてみようとも思うのだが、赤い舌をひらめかせてあんたのことなんざ知らないと言われたらどうしてよいかわからず、ただ傘を傾けて濡れ男のいない扉をさがす。

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2005-08-26      「聞き耳頭巾」 終幕

 
 
 それから高く舞い上がった。
 
 
 
 
 
 
 
                                   (了)
 
 
 
 

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2005-08-24      「聞き耳頭巾」 その二十八

 
 
 炎はひとときすうと低く静まって。
 
 

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2005-08-22      「聞き耳頭巾」 その二十七

 
 
 さよ。

 吉次は頭巾を取り、いろりの炎に蹴り込んだ。
 
 

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2005-08-21      「聞き耳頭巾」 その二十六

 
 
 ──さよ……。

 吉次のなかでぐるぐると回るものがあった。
 なくなった朱い独楽。母の愚痴。鳥たちのさざめき。
 一人の泣く娘の前に、吉次はただ立ちすくんでいた。
 
 

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2005-08-20      「聞き耳頭巾」 その二十五

 
 
 ──さよ……?

 なにかしら思い違い、なにかしら忘れていたことがあった。
 
 

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2005-08-19      「聞き耳頭巾」 その二十四

 
 
 なにか熱くて優しいもの。激しくてなつかしい色であり光であり匂うような涙。
 
 

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2005-08-18      「聞き耳頭巾」 その二十三

 
 
 ふと、吉次は、気がついた。

 そうだ。聴き耳頭巾をかむればこの唖娘の言いたいこともわかるに違いない。

 吉次は懐から小さな頭巾を取り出した。そして、それをかむったとたん、吉次の胸に流れ込んできたものは。
 
 

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