入口も、そして出口もないフラスコ状の洞窟は天窓からの光に沈み、その底には迫り上がった岩盤で設えられた円形の舞台が広がっている。その周囲を取り巻いてとりどりの衣装で惨劇を見つめているのは、いわば近づく出番におののく素人役者の群れ。僕は壁際に座り込んで煙草を吹かしている。
まったく、地獄に堕ちてまでお前と一緒とはね。隣に寝そべる友人は片手で不揃いのトランプを繰りながらそう言って子供の顔で笑い、付き合う人間が悪かったのさと僕が言い返すか返さないかのうちに鬼の爪が友人の足を鷲掴み、彼は舞台の上に引きずり上げられてしまう。
声を上げるだろうか。一瞬不安に見守るが、友人は固く歯を噛みしばったまま、頭蓋を割られ、喉から胸にかけてを裂き開かれていった。
鬼は、絵本などで親しい青鬼赤鬼の姿とはおよそ似ても似つかない、コモド諸島の大トカゲを直立にしたような風貌で、黒褐色の鱗に幾層にも張りついた血痕がその愚鈍さを示している。彼らは疲れを知らず、八つ裂きにした肉片骨片を踏み捨てては舞台からその爪を伸ばす。
その爪に選ばれて一人の若い女が金切り声を上げる。癇に触る悲鳴を繰り出すわりに、もがく手足は効を奏さない。たあいなく舞台の中央まで蹴り出され、掴み止めたもう一方の鬼に下着まで一裂きに剥ぎ取られへし曲げられ、女は深々と肛門を犯される。太股を赤黒く血で染めながらなおもわめき続ける壊れたサイレンのような彼女の声帯も、白い肩に掛けられた十二本の尖った爪が肩から尻に向けて背の皮を肉ごと引き剥がしていくにつれて掠れ、細めいて、ついにはえっ、えっ、と問い尋ねるような嗚咽さえむき出しにされた脊椎の中に埋もれてしまう。
にわかに静まり返った舞台の上では、鬼の厚い掌の間でぐずぐずひしゃげていく老人の頭骨ばかりがひっそりときしみ続け、出番はいまだ僕にまで回ってこない。
ポケットに煙草はまだ数本残っていたが、マッチを切らしてしまい、僕は舌打ちして周囲に目を移す。洞窟の左奥、肩を寄せてくぐまる老婆の一群れの脇に何か、ふと気に掛かるもの。
Nの姿がそこにあった。
彼女は失神の一歩手前(あるいは幾度かの後)らしく、乱れた裾を整えようともせず指を唇に押し当てては惨劇の一々にいまだ恐れおののいている。震える小さな肩、声にならない悲鳴。
馬鹿、だなあ。もう死んでいるのに。
しかし、相槌を打つはずの友人の声はとうになく、ふいに僕は己の底に突き落とされてしまう。もしも。
そのとき、新しい共演者を求めて舞台を降りる鬼の渇いた重い足音が、洞窟いっぱいに響き渡って。
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