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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

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2005-08-31 第八十八夜。 「傘内の蛇」
2005-08-26      「聞き耳頭巾」 終幕
2005-08-24      「聞き耳頭巾」 その二十八
2005-08-22      「聞き耳頭巾」 その二十七
2005-08-21      「聞き耳頭巾」 その二十六
2005-08-20      「聞き耳頭巾」 その二十五
2005-08-19      「聞き耳頭巾」 その二十四
2005-08-18      「聞き耳頭巾」 その二十三
2005-08-17      「聞き耳頭巾」 その二十二
2005-08-16      「聞き耳頭巾」 その二十一


2005-08-31 第八十八夜。 「傘内の蛇」

 
 夜の厚い雨にふと気がつくと、己が差しかける傘で隣を歩いているのが誰だったのかよく思い出せない。

 黒い車が重くきしみながら車道でたわみ、バックライトが縦横にうねる。水しぶきを避ける機に、気取られないよううかがうと、よく知っているような女の横顔がライトに赤くめぐる。女はほつれ髪と着物の肩を濡らし、口を少し尖らせてうつむいている。そういうことかと思ったりもするが、どういうことかと問われれば応えることができない。女の名前もすぐさま思い出せそうで、深い淵に沈んだごとくはっきりしない。

 四ツ辻の左方には私鉄線駅前のにぎわいがあるように思われて、いざ角を曲がると戸板もさびれた平屋のスナックの類が並んで雨にうたれている。いずれも扉をきしむほどに固く閉ざし、スタンドの灯りを落としているにもかかわらず、扉という扉の前には礼服の男が立って客をいざなうように両手を胸まで上げている。うつむく男たちの雨に濡れるさまに道を間違えたような気がして、隣を歩く女にたずねてみようとも思うのだが、赤い舌をひらめかせてあんたのことなんざ知らないと言われたらどうしてよいかわからず、ただ傘を傾けて濡れ男のいない扉をさがす。

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2005-08-26      「聞き耳頭巾」 終幕

 
 
 それから高く舞い上がった。
 
 
 
 
 
 
 
                                   (了)
 
 
 
 

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2005-08-24      「聞き耳頭巾」 その二十八

 
 
 炎はひとときすうと低く静まって。
 
 

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2005-08-22      「聞き耳頭巾」 その二十七

 
 
 さよ。

 吉次は頭巾を取り、いろりの炎に蹴り込んだ。
 
 

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2005-08-21      「聞き耳頭巾」 その二十六

 
 
 ──さよ……。

 吉次のなかでぐるぐると回るものがあった。
 なくなった朱い独楽。母の愚痴。鳥たちのさざめき。
 一人の泣く娘の前に、吉次はただ立ちすくんでいた。
 
 

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2005-08-20      「聞き耳頭巾」 その二十五

 
 
 ──さよ……?

 なにかしら思い違い、なにかしら忘れていたことがあった。
 
 

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2005-08-19      「聞き耳頭巾」 その二十四

 
 
 なにか熱くて優しいもの。激しくてなつかしい色であり光であり匂うような涙。
 
 

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2005-08-18      「聞き耳頭巾」 その二十三

 
 
 ふと、吉次は、気がついた。

 そうだ。聴き耳頭巾をかむればこの唖娘の言いたいこともわかるに違いない。

 吉次は懐から小さな頭巾を取り出した。そして、それをかむったとたん、吉次の胸に流れ込んできたものは。
 
 

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2005-08-17      「聞き耳頭巾」 その二十二

 
 
 ───ど、どうした。さよ、泣くな。

 吉次はうろたえたが唖娘は泣き続けた。

 ───さよ、泣くこたあない。なんでもない。こんなこたあ、なんでもない。

 涙はぽろぽろとこぼれ続けるのだった。
 
 

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2005-08-16      「聞き耳頭巾」 その二十一

 
 
 吉次はいつしか大声を上げていた。聴こえるのは鳥やけものの声だけではない。人もまた畜生なのだ。鳥の心も人の心も変わりはしない。なにもかも小汚い。なにもかもが身勝手で、浅ましい。

 さよは吉次の様子に脅えたような、悲しそうな瞳を向けた。その目から再び涙がこぼれ落ちた。
 
 

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