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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2005-08-01      「聞き耳頭巾」 その六
2005-07-31      「聞き耳頭巾」 その五
2005-07-30      「聞き耳頭巾」 その四
2005-07-29      「聞き耳頭巾」 その三
2005-07-28      「聞き耳頭巾」 その二
2005-07-27 第八十七夜。 「聞き耳頭巾」 その一
2005-04-26 第八十六夜。 「死出虫」
2004-10-26 第八十五夜。 「靴」
2003-11-17 第八十四夜。 「好きにして」
2003-11-16 第八十三夜。 「虫めずり その四」


2005-08-01      「聞き耳頭巾」 その六

 
 
 ───その頭巾をばかむったならば。
 ───かむったならば、なんとする。
 ───んむ、その頭巾をかむったならば、なんと鳥やらけものやらの話がわかるという。
 ───ほう、ほほう。鳥やらけものやらの話がわかる、とな。
 ───なんでも、かでも、その昔。とある果報者がこの頭巾を手に入れての。鶴の話を聴くなどして長者の病をばたちどころに治し、そのうえ宝をば掘り当てて。
 ───ほう、ほほう。
 ───とびきり別嬪の長者の娘御を嫁にして、一生涯、安楽に暮らしたそうな。
 ───ほっほっ。して、その聴き耳頭巾とやら、近頃どこにあるんかのう。
 ───なんでも、かでも、昔のことだて。今はもう、わからん、わからん。
 
 

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2005-07-31      「聞き耳頭巾」 その五

 
 
 そんなある日のこと。吉次は、不思議な噂を耳にした。

 ───なんでも、聴き耳頭巾ちうもんがあっての……。

 峠の茶屋の縁台で、黒い旅装束の二人の話がつと耳に触れたのだ。
 
 

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2005-07-30      「聞き耳頭巾」 その四

 
 
 ───やあい、やい。唖のさよ、聾のさよやあい。
 ───やあい、やい。くやしかればここまできてみよ。なんでもかでも言うてみよ。

 村の唖娘のさよはいつも餓鬼どものいい餌食になる。髪引っぱられ着物払われて、とうとうその場にしゃがみこんでしまった。

 ───なにしとる。やめんかこいつら。

 山のくだりに通りかかった吉次の拳骨に餓鬼どもは一目散。さよの姿もいつやら見えぬ。
 吉次の背にはぽっこり十三夜の月。
 
 

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2005-07-29      「聞き耳頭巾」 その三

 
 
 鳥狂いの吉次。
 いつもそうからかわれる。
 村に若い娘がいないわけでもないのに、朝に昼に鳥と遊ぶからだ。
 ───げに、吉ャんは鳥っ子と話ができるんかの。
 冷めた茶を土瓶からついで回りながら樵組の老婆はあきれてそう言った。
 ───そないに飯をばやっとっては、んしの食い分までうしちまうに。
 吉次はかまわぬ。からからと笑っては鳥を指に呼び、粟粒を足元に振りまき続ける。
 
 

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2005-07-28      「聞き耳頭巾」 その二

 
 
 吉次には、父も母もいない。
 兄も姉も、弟も妹もいない。
 父は吉次が生まれてくるより先に、倒れてきた木の幹にはらわたひしゃがれて死んだ。
 三つ違いの利発な兄がいた。走るのが速く、手先も器用で、よく切り株の上で独楽を回してくれた。朱塗りに金の縁どりの小さな独楽とともに、その兄の姿はいつしか見えなくなった。
 流行り病で早死にした上の子が気に入っていた母も、何年か前の夏に冷たくなった。
 それきり吉次は一人になった。
 
 

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2005-07-27 第八十七夜。 「聞き耳頭巾」 その一

 
 
 ───むかし、むかし、
 
 
 
 吉次は木を切って暮らしていた。
 
 まっすぐな木を選んでは斧で打ち倒し、枝を払っては谷に押し落とす。
 川はしぶいて流れ、里に流れ着いた丸太は集められ筏に組まれ、さらに大きな川を下ってやがては城の柱に削られる。
 吉次も、樵仲間の誰一人、城の築かれる丘さえ見た者はいない。それほどに山の奥の奥の、そのまた奥にあった話。
 
 

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2005-04-26 第八十六夜。 「死出虫」

 
 なぶられて、男たちは落ーちーたー。こわごわ露台(テラス)より身を乗り出せば、はるか崖下はぬかるむ黄土色の泥土(うひじ)で、あるものは膝を抱え丸まったような、あるものは無駄のあがきに手足をばたつかせたような、男たちの落ちたかたちのままのぬっぷりした穴がいくつもーいくつーも並んでいる。ぺっちゃり、べちゃりと音立てて男たちを迎える泥土のすぐ下は実のところ黒くて硬い岩盤で、昨夕の早い頃の穴からは、はや男たちをついばみすする夏の蒼い虫供が淡く濃く這い出ては光る。
 

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2004-10-26 第八十五夜。 「靴」

 
 白く乾いた夜半、もう終電はない。
 そのままバンパーの少し汚れた営業用のセダンで帰ってしまうことも考えたが、体が泥のように重く、会社左奥の駐車スペースに車を納め、自分はタクシーで帰ることにする。
 大通りに出てすぐに拾えたタクシーのシートはひいやりと冷たく、黄色いタクシーは一度車体を沈めて走り出し、それから国道を大きく右に曲がる。その先の私鉄駅のわきを抜け、陸橋をくぐり、あとはまっすぐ北に上るのだろう。左に曲がるカーブの先、工事現場のように明々と路面が照らされ何か作業が行われている。
「こりゃあ轢き逃げだな」
 交差点を前にスピードを落としながら運転手がつぶやいた。見れば車線を塞いで車をさえぎるのはガス水道の工事ではなく警察の車輌で、照らされた地べたには紺の作業服を着た数人が這いつくばるように何かを探している。
「ここはスピードが出るわりに、見通しが悪いから。あっちで飲んだ酔っ払いが道を渡ろうとして危ないんだ」
 答える言葉もなくただうなずいていると、顔をしかめたに違いない、運転手は独り言のようにくぐもった声を上げた。
「靴が片方落ちてる」
 どこに、どんな靴、と目で追うが、見つからず、信号機が青に変わってタクシーは静かに走り出してしまう。滑らかに都心を抜け、橋を渡り、その先の先の交差点を左に曲がってしばらく走った深い灰色のマンションの奥で金を払い、胸までの高さのささやかな門扉の前に立つ。
 そこには、男物の、黒い革靴が落ちていた。

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2003-11-17 第八十四夜。 「好きにして」

 
 紫の下着の裾から長い脚の間を垣間見せ、ねぇあなたの好きにしていいのよ、どんなことをしてもいいの、とベッドの上で女は唇を舐めあげた。少年は黙って塩の壺を取り上げ、女の頭上に振りかざした。

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2003-11-16 第八十三夜。 「虫めずり その四」

 
 夏の終わりからの閻魔蟋蟀の異常発生が報じられた。映像によるとそれは床やソファの裏がこげ茶色に染まり、歩くとぶちぶちと音を立てざるを得ないほどのもので、なぜこのように大量に発生したのか、原因は不明だった。
 秋が深まってからも蟋蟀が減ずる気配はなく、太った老人が五人と二人の痩せた子供がこれで死んだ。

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