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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2001-01-11 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その六
2001-01-09 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その五
2000-12-28 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その四
2000-12-27 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その三
2000-12-26 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) そのニ
2000-12-22 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その一
2000-12-19 緋色のパピルス 最終回
2000-12-18 緋色のパピルス その八
2000-12-15 緋色のパピルス その七
2000-12-14 緋色のパピルス その六


2001-01-11 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その六

 
「仕事はうまく行ってるのか」
「う〜ん、ふつー、かな。最初のバージョンはあんまり売れなかったみたいだけど。シーケンサーの世界って、やっぱりマックが強いし」
「『P...』とか『V...』、『L...』とか、老舗ソフトが多いからな」
「そう。ウィンドウズではまだまだこれからって感じ。『S...』なんかは結構売れてるし、カラオケデータなんか作るプロの間では『R...』がよく使われたりとか。あと、最近だと『C...』も伸びてるかな。なかなかうちの入る隙間はないわねぇ。でも、会社がこれからのぶん、あたしみたいな客寄せパンダでも、結構相談とかしてもらえるし。開発の人達と、ケンカもするけど、その分、いいソフトになると、いいかな。やだ、まじめな会話ぁ」
「たまにまじめに話しても、バチは当たらないだろう。彼女と、ええと、付き合いはうまくいってるのか」
「そうね。それも、ふつー、かな。お互いのマンション、行ったり来たり。なにげに聞いちゃうけど、祐兄って、モーホー?」
「いや。そのケはない。どうして」
「なんか、あの時、バレてもあんまり驚いた顔しなかったし、なんかあるのかな、って」
「あるとは、相手の彼女ほど、真正じゃないだろう」
「シンセイ。あ、真正ね。どうだろ。分かんないや。どうして?」
「さあ。なんとなく、緊迫感がないからかなあ。大昔、知ってる子が、女の子しか好きになれないと言って、相談受けたことがある」
「ふうん」
 それは、実のところ、当時の祐介にとって相談を受けた、などという簡単な話ではなかった。

(つづく)

 

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2001-01-09 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その五

 
「か〜んぱい!」
「酒なんか飲んでいいのか?」
「平気平気。今日の分のステージは終わったし、機材は明日も使うから、スタッフが盗られない程度に片づけてくれてるはずだし」
「気楽な稼業だね」
「これでも、祐兄には感謝してんだよ。結構あたし向きの就職先、紹介してくれたし、親には黙っててくれてるし」
「何を」
「あは、五目オコゲ食べながら気取ってもしょうがないじゃない、あたしがあっちの方にしか興味ないこと」
「別にわざわざ喋るほどのこともない。まして、叔母さんにそんなこと告げ口するなんて、反応を想像するだけで気が重い」
「もう、クールねえ。止めるとか、注意するとか、女を相手にしてるより俺の女になれ! とか、言うことは色々あるでしょに」
「誰の女に、だって?」
「祐兄」
「俺は、ワガママ女は、嫌いだ」
「あらあ、嫌がるイタイケな乙女を、無理矢理食事に誘ったのはだあれ」

(つづく)

 

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2000-12-28 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その四

 
 夏場はハードウェア、ソフトウェアの新製品も多くなく、一般にパーソナルコンピュータ関係のフェアはそう活発ではない。しかし、今回は、対象をホビー系にしぼり、近隣の遊園地のプールのイベントとタイアップしたこともあってか、各ソフトハウスのブースにも若者を中心にまずまず人が集まっている様子だ。このフェアを主催したNF電産のパソコン販売支援部に所属する真田祐介は、多少ほっとした心持ちで会場を横切った。
 ちょうど中央の特設ステージのアンノウン社の三度目の実演が終わり、高島あるとが舞台裏の扉から現れたところだった。祐介の姿を認めて、あるとの顔が輝く。彼女は祐介の遠縁にあたるのだが、実家が近く、かつては兄妹のように育ったのだ。
「お疲れさまでした」
「祐兄ってば、何しゃっちょこばってんの。何度も同じベッドに寝た仲なのに」
「こら。俺は今日は仕事で来てるんだ。人が聞いたら誤解するようなことを大声で言うんじゃない。ガキの頃の話じゃないか」
「うふふ〜、仕事でないならいいのね。誤解を誤解じゃなくしてもいいのよ、今晩あたり」
「それが元アイドルの台詞かね」
「アイドルじゃなくて、ポリシー持ったロックバンドのつもりだったんだけどなー。それに、今はしがない中小企業の平社員。んでね、労働者はおなかがすいた。中華がいいな、中華が」
「誰がメシ代払うんだ」
「あらあ、可愛いハトコに食事もおごらないなんて、ゴウマンよ。思い上がり、中華思想よ。そんなじゃ、もう、えっちさせてあげないから」
「だから、そう言う根も葉もないことを大声で言うな」
「言うな、なんて、ご主人様みたい。そういうシュミもあったのぉ」
「分かった。ともかく、メシに連れてってやるから、黙れ」
「う〜ん、後ろめたいところのある人って、やっぱり優しくって、好き」
「・・・・・・」

(つづく)

 

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2000-12-27 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その三

 
 パーソナルコンピュータで音楽データを作り、演奏をするには、一般に、「MIDI(ミディ)」と呼ばれる規格に基づく機材が用いられる。
 このMIDIとは、特定のハード、ソフトを示すものでなく、コンピュータや電子楽器同士を接続し、操作するための接続規格で、ローランド、ヤマハをはじめとする日本の楽器メーカーが一九八二年頃に提唱し、今や世界的な標準規格となったものである。コンピュータを使ってシンセサイザーなどの電子楽器を演奏させる、と言った折りにはまずこの規格に基づいた機器が使われていると考えてよい。
 実際に接続される楽器(MIDI楽器、MIDI音源と呼ばれる)は、単なる四角い箱のような機械の場合もあれば、オルガンのような鍵盤楽器、あるいはギターやサックスの形をしたものもある。
 コンピュータの側でそれらを制御し、演奏させるソフトが「シーケンサー」と呼ばれるもの。初心者向きに画面上の五線譜に音符を置いていくタイプのものから、MIDI楽器の鍵盤を押した演奏データそのものを逐次取り込んでいき、複雑な曲をこしらえていくものなどがある。
 今、ステージ上で高島あるとが実演しているのが、後者のタイプのシーケンサーソフトの新製品である。まず、MIDI鍵盤楽器で、ドラム、ベースといったリズムパートを打ち込む。これらは繰り返しが多いので、何種類かパターンを作ったら、ソフト上で調整、コピーし、並べ換える。続いて、その上に、ギターパートやボーカルパートの演奏データを重ねて演奏し、置いていくと、見る間にリグレッツの代表ヒット曲の一つ、「キャットウォーク」ができ上がっていき、観客の間から、ほうっというため息がもれる。

(つづく)

 

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2000-12-26 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) そのニ

 
 各ブースから立ち上るデモサウンド、パンフレットを手に手に入場者を呼び込むコンパニオンの声。雑踏の声や気配が厚くくぐもった会場に、一際高く司会の女性の声が響く。
「それでは、元リグレッツの高島あるとさんに、アンノウン社の新しいミュージックツール、『クローサー バージョン2・0』の実演をお願いします。あるとさん、どうぞ」
 ステージ中央には数台の白いパーソナルコンピュータ、その周辺を二重、三重に囲む黒いキーボードとアンプ、スピーカー群。紹介された高島あるとは、長いストレートの髪に大き目のヘッドホン、すらりとした脚を銀のミニスカートと高いミュールで飾る。中高い細顔で、一見すました表情の彼女だが、マイクに向かってソフトの機能を紹介する声は低く、甘い。
 女性ばかりで構成された中堅ロックバンド「リグレッツ」のキーボード奏者兼作曲者としてそれなりに名を売ってきた彼女は、バンド解散後、音楽ツールやデータを中心に開発、販売を行うソフトハウスにアドバイザーとして就職、こうしたコンピュータフェアではそのスレンダーな容貌も買われて、ミュージックツールの実演を行うことが多い。

(つづく)

 

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2000-12-22 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その一

 
「・・・あ、ん」
「ね」
「まだ、する、のぉ? もう、眠い」
「駄目。寝させない」
「うふ」
「あるとの、ここ、柔らかい」
「さっきので、喉、渇いた」
「ビール・・・もう、冷たくないけど」
「口移しに、ちょうだい」
「うん」
「・・・映画とかで見るほど、美味しいものじゃないね」
「ひどい」
「ごめん」
「謝っても、駄目。いじめる」
「明日、仕事早いのに」
「寝させてあげない」
「あ」
「ここも」
「う、ん」

(つづく)

 

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2000-12-19 緋色のパピルス 最終回

 
 また、夜。
 五十嵐裕美の開いた体の上に重い夢のようにのしかかっていた男の影が、しぼむように自分の上から離れていく。それでもしばらくは脚を閉じようという気になれなかった。見たいなら見ればいい。ここでこうしてベッドの上で息を切らしているのはあたしの抜け殻。ゲームは好みの男を誘って一緒にドアを開けるところで本当は終わっている。
 濁った虹色に渦巻くようだった空間が徐々にあるべき様に納まっていき、鼓動のたびに全身を熱く震わせたしびれに似た感覚はゆっくりと心地よいくすぐったさに置き換わり、やがてはそれも静かに引いていく。裕美は、眠気に似たけだるさに浸った。男の手が馴れ馴れしく自分の肩に回されていることさえ、今はもううるさく感じられる。適度な見栄えと、まずまずの女あしらい。満足がなかったと言えば嘘になる。しかし、この男と同じ夜を過ごすことはもう二度とないだろう。
 電子メールの送り間違えをきっかけにするなどという遊びがそうそう巧く続くとは思えない。また、明日から、何か違うゲームを見つけなければ。裕美の中で、数日前給湯室で話し込んだ真田祐介の人のよさそうな顔がちらりと浮かび、それはすぐに消えていく。好ましく思わないでもない。でも、あのタイプって、なんだかどちらかがすぐに本気になってしまいそうで、それがなんだかひどく鬱陶しい。
 ベッドの右手、タバコの臭いがしみついたような男の部屋の厚手のカーテンの向こう、雨が走り始めた。

(「緋色のパピルス」終)

 

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2000-12-18 緋色のパピルス その八

 
 夕。
 かつて自分が所属し、見知った顔の多い総務部だけに「mseyama」、瀬山美智子の姿はすぐに見分けがついた。小太りだが、愛くるしい目鼻立ちで、喋りながらやや長めの髪を右手で巻き上げるのが癖らしい。お先に、という声。祐介は、準備してきた所用をさり気なく片づけ、それから鷹揚に美智子の後をつける。エレベーターは退社する社員で混み合っており、美智子が祐介に気がついている様子はない。どこまで追うか、という心積もりはなかった。祐介にすればとりあえず顔の確認だけできればという思いである。本社ビルからすぐ左の地下鉄の駅に向かう人群れの中、小柄な瀬山美智子は妙に背中に思いを込めた気配で祐介の数メートル前を歩いていく。
 不意に、その歩みが止まった。
「真田さん」
 祐介は天を仰いだ。自分が後をつけてきたことが見破られたのだろうか。しかし、そうでないことはすぐに分かった。美智子に声をかけられ、曖昧な表情を浮かべて何か応えている男。祐介より五,六歳年上だろうか。おそらくそれが「mseyama」のメールの本当の宛先、真田芳夫に違いない。祐介は、できる限り無造作に二人のすぐ傍を通り過ぎた。美智子が男を責め、彼が何か言いわけを重ねようとしていること、それだけが気配として知れた。
 あのメールの内容は、本物だったのだ。「mseyama」こと瀬山美智子は、単に電子メールの宛名を書き間違えただけだったのだ。美智子は、メールの返事を寄越さない芳夫をなじるだろう。そして、明日か、明後日か、自分が別の「sanada」という社員にメールを送ってしまったことに気がつくだろう。それはそれでもう仕方ない。
 だが。それなら、電子メールの宛名をわざと間違えて、という話は、噂にせよ、一体どこから出てくるのか。少なくとも瀬山美智子でない。すると、祐介にその話を持ち出した、あのショートカットの・・・。

(つづく)

 

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2000-12-15 緋色のパピルス その七

 
 夜。
 細い声を発して女が顔を避けるのを、男の唇は執拗に追った。男の左手は女の背中を越えて、女の左胸をもてあそんでいる。柔らかな円錐を裾野から強くもみしだくかと思えば、二本の指でその先端をついばむようにこすり上げる。男の右手は、その間もずっと女の最も敏感なところをゆっくりとかき分けている。
 もっとそっと。
 もっとゆっくり。
 もっと上。もっと下。
 もっと速く。
 そんな切れぎれの女の願いに、じらすように男の指は同じリズムでゆきつ戻りつする。脚を閉じようとしても、男の足が巧みにからまって、身をよじるほどに無防備な姿態をさらしてしまう。やがて女は、罠にかかった獣のように背をそらせ、それから最後の言葉を悲鳴のように繰り返し口走った。

(つづく)

 

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2000-12-14 緋色のパピルス その六

 
 昼。
 祐介が宛名違いのメールをどうするか結論を出せないまま、給湯室でマグカップを手にぼんやり立ちすくんでいたところに、パソコン販売支援一課の五十嵐裕美が現れた。祐介の所属する四課が同じパソコンの販売促進でも個人ユーザー向け店頭売りを主にしているのに対し、一課は企業、役所など、大口システム営業をサポートするのが最たる業務となっている。
「四課も相変わらず忙しそうねぇ」
「まあ、ね。うちはほら、上が鬼で、その隣りが鬼で、ご近所がまたほら鬼だから」
「うちもおんなじ。それも普段は無口なくせに、時々理由もなくキレるからもうっ、大変。でも、たまには息抜きしなくちゃ老けちゃうわよお、彼女と海外旅行とか、ね」
「カノジョ。ほう。それって、どこの自動販売機で売ってるの」
「もう、情けない。近頃は女の子のほうから誘わないとママのお膝元から離れられない男の子が多いんだから」
「ふうん。僕のパソコンがネットワークリンクから外れているのかなあ、若い女性からのそういうお誘いも、とんと来ない」
「あら、聞いた話だけど、最近じゃ、メールの宛先を間違ったふりして強引にきっかけを作っちゃう子もいるって話よ。適当に自分がめげちゃった話とか書いて、女友達に出すのをうっかり間違えたふりして」
「え」
「ほら、メールの宛名って結構似たのが多くて、紛らわしいじゃない。社内メールをそんな遊びに使うのも危なっかしくて、無茶といえば無茶なんだけど、ちょっと声かけたい人にわざと間違えて出す手って確かにあるのよね」
「ふうん、そう。そうか」
「どうしたの、ぼんやりして。もしかして、真田さんとこにも、そういうお誘いメールが届いたの」
「いや、そういうわけじゃないけど」
 そうだ、そもそも肝心の「mseyama」をまだ調べていない。「mseyama」の本名は。いや、そもそも、これは誰なのか。

(つづく)

 

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