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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

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2006-05-07 第九十二夜。 「足 首」
2006-05-02 第九十一夜。 「夜走る」
2005-11-08 第九十夜。 「藪の中」
2005-09-28 第八十九夜。 「野晒し」
2005-08-31 第八十八夜。 「傘内の蛇」
2005-08-26      「聞き耳頭巾」 終幕
2005-08-24      「聞き耳頭巾」 その二十八
2005-08-22      「聞き耳頭巾」 その二十七
2005-08-21      「聞き耳頭巾」 その二十六
2005-08-20      「聞き耳頭巾」 その二十五


2006-05-07 第九十二夜。 「足 首」

 
 泉木は気が向くと短いホラーをウェッブサイトにアップしている。その夜は霊柩車の登場する悪趣味な短編をまとめるため、そのデザインをウェッブ上の検索エンジンで調べていた。
 最近の検索エンジンサイトは、本文中のキーワードのみならず、イメージ画像やニュースなど、対象、ジャンルをしぼって探し出すことができる。泉木は「霊柩車」をイメージで探したり、「葬列」をニュースで探したり、と、関連する情報を探っては短編の本文やタイトルを修正した。
 ある程度短編の形が整った深夜2時ごろ、泉木はふと思い立ったキーワードでイメージ検索をかけてみた。そして、すぐに後悔した。しばらく肉類は食べられないかもしれない。
 不思議なことに、翌朝、明るくなってからもう一度同じキーワードで検索しても、それらのイメージ画像は発見できなかった。ウィンドウズのインターネット一時ファイル(Temporary Internet Files)には昨夜表示された画像が残っているかもしれない。泉木は黙って一時ファイルを削除してパソコンの電源を落とした。

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2006-05-02 第九十一夜。 「夜走る」

 
 少しハンドルへの集中が散漫になっていたに違いない。
 対向車もまばらになったころ、突然、左の脇道から路肩に乗り上げるように現れた大きな黒い車に、俺は慌ててランドクルーザーのブレーキを踏んだ。
 明らかにこちらが優先の幹線道路なのに、乱暴な運転だ。ランドクルーザーは大きく前後にきしみながら黒い車のテールすれすれに急停車し、俺は大きく息をついて再度アクセルを踏んだ。鼻の奥に焦げた臭いがする。
「な、なに。危ないわね」
 一泊おいて助手席の鏡子がいさかいの続きそのままに不機嫌そうにつぶやく。ブレーキの衝撃で、シートベルトが薄手のセーターの胸を締め付けたらしく、窮屈そうに体をねじらせている。
「後ろの車が離れていて、よかった。車間距離が狭かったらちょっと危なかった」
「ね、今の車、見て」
 声をひそめて鏡子が前方を指差す。言われるまでもなく、俺も気がついていた。ランドクルーザーのライトに照らされた黒い大きなキャデラックは、平たい車体の上に金箔と黒檀の宮型をあしらった霊柩車だった。
「こんな真夜中にお葬式?」
「葬式とは限るまい。病院から自宅まで運ぶとか、いろいろあるんじゃないか」
「そうか、そういうこともあるんだ」
「いや、詳しくは知らないけどね」
「たいへんよね、こういうお仕事も」
「そうだな」
 けたたましいクラクションの音が長く尾を引いた。対向車が鳴らしたものだ。
「ねえ、なんだか、へんじゃない?」
 前方を走る霊柩車の幅広いテールは左右に揺れ、ブレーキランプが明滅している。その運転は明らかにどこかおかしかった。
「運転手が酔っ払ってるわけじゃないだろうな」
「まさか」
 しかし、酔っているとでも思わなければ説明できないほど、霊柩車のハンドルさばきは異様だった。左の歩道をかすめるかと思うと、センターラインを踏み越え、再三対向車の激しいクラクションを浴びる。
「なんだかわからんが、危ない。離れたほうがよさそうだ」
 そう言ってアクセルを緩めたとき、左の路肩に乗り上げた霊柩車が大きくバウンドし、後ろの扉がばくりと開いた。
「きゃ」
 鏡子が小さな悲鳴を上げる。
 霊柩車の開け閉じして揺れる観音扉の隙に、白木の棺が見える。それだけではなかった。
「なんなのあれ。あれ、なに」
「ああ」
 気丈な、局内でも男まさりで知られる鏡子の声が震えている。俺も手足が冷たくなる思いにかられた。
 蛇行する霊柩車のばたばた開いては閉じる扉の間から見える白い寝棺の左右、死者を悼むように正座してこうべを垂れる数人の人影があった。だが、目をこらしてよく見ると、その霊柩車の台座は棺を置くとほぼいっぱいで、本来左右に人が座れるようなスペースはない。では、あそこに見えている者たちはいったい何なのだ。
「ね、も少し前につめてっ」
 鏡子が体をよじって後部座席から商売道具のカメラを取ろうとする。
「あれ、写真に写るかしら。撮れるならスクープだわ」
 雑誌の取材と偽って家を空け、こうして週末になると県外に足を伸ばす鏡子との関係。妻の父親の重篤時にも、俺の携帯電話の電源は切れていた。
「なにしてるの。早くスピードあげてってば」
 棺の左右に正座する白い影の、そのうつろな顔が静かにこちらを見上げている気がする。下り坂に速度を上げる霊柩車。タイヤの焦げる臭いがしそうなスリップ音。助手席では鏡子が一眼レフを構えてカメラマンの気迫をほとばしらせている。
 俺は抗うこともできずただアクセルを踏み、汗の冷えた掌でハンドルを握っている。フラッシュが棺を照らし、鏡子の口から歯をきしるような音が漏れる。

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2005-11-08 第九十夜。 「藪の中」

 
「もしお前が黙っていたら――」と鉄冠子は急に厳な顔になって、じっと杜子春を見つめました。
「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ」

 それを聞いた杜子春、そっこーで怒りのローリングソバット!!
「やいやい、するってーとなにかい。声を出せば仙人にしない、黙っていたら命を絶つ。ハナから仙人にする気なんてなしだったんかいっ! あちょーっ!」

 しかし必殺の足蹴りはむなしく宙を切り、片目眇(すがめ)の老人の姿は洛陽西の門下にすでにありません。残された杜子春はただ元どおり無一文になってぼんやり三日月を仰ぐばかりです。

 そのほんのしばらくあと。
 同じ洛陽のはずれの林の中、鉄冠子はそこにぼんやり立っている若者に「お前は何を考えているのだ」と、横柄に声をかけました。
「わ、私ですか。私は犍陀多(かんだた)と云う者ですが、ちょっとその、この蜘蛛を」

 この朴訥な青年犍陀多がのちに人生を踏み誤り、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働く大泥坊となってしまったのは、度重なる鉄冠子のいたずらのせいだったでしょうか、それとも。

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2005-09-28 第八十九夜。 「野晒し」

 
 さらさら鳴る笹風の合間に、おう、おおうと低い声。なんだろうと一足踏み入ってみると、なま白く乾いた髑髏の眼孔に、尖り筍がにょきり細い若緑を放っている。
 これは、と手を伸ばし、一息に筍を抜いてやると、髑髏の霊にわかに起き上がり、声も高くああ、ああ、嬉しい、やっと身が軽くなった、さっそくあなたを呪い殺すことにしましょう、と舞い踊り、抱きつかんばかり。
 それは余りにも没義道でしょう、私はあなたの目に刺さった筍を抜いて差し上げた、言うなれば恩人なのですよと諭してみるのだが、髑髏の霊、まこと申し訳ありませんけれども、なにしろ今ではこんなありさま、覚えていることも切れぎれで、なにかひどいことのあと締め殺されたような気はするのだけれど、もう相手の顔も姿も思い出せません。ここは不運とあきらめて、私の成仏のためにひとつ呪われてくれませんか、そう小首を傾げてかしかしと顎を鳴らす。
 呪う呪うと簡単に仰いますが、いったいどうやってと問えば、今はこのとおりあさましい姿ですが、半年ほど前まではごく普通のOLでしたので、人を呪うお作法なら九時から五時まで毎日詳らかに習ったものです、と胸を張る。
 さては若い女だったか、これはたいそうまずいものを起こしてしまったようだと悔やみつつ、人を呪うには草木も眠る丑の刻にわら人形に釘を打つといいますね、そういえばあちらのほうにぴったりの大きな木があったようですよ、と教えてやると、それはとても素敵ね、さっそく今夜試してみましょう、そう言って髑髏の霊は尾骶骨、大腿骨もあでやかに竹林の向こうにゆるゆると消えてゆく。
 さて、どうしましょう。まだ多少の肉が骨のあちこちに残っているとはいえ、私もまた野晒しのむくろ。丑の刻参りなど痛くもかゆくもないとはいえ。

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2005-08-31 第八十八夜。 「傘内の蛇」

 
 夜の厚い雨にふと気がつくと、己が差しかける傘で隣を歩いているのが誰だったのかよく思い出せない。

 黒い車が重くきしみながら車道でたわみ、バックライトが縦横にうねる。水しぶきを避ける機に、気取られないよううかがうと、よく知っているような女の横顔がライトに赤くめぐる。女はほつれ髪と着物の肩を濡らし、口を少し尖らせてうつむいている。そういうことかと思ったりもするが、どういうことかと問われれば応えることができない。女の名前もすぐさま思い出せそうで、深い淵に沈んだごとくはっきりしない。

 四ツ辻の左方には私鉄線駅前のにぎわいがあるように思われて、いざ角を曲がると戸板もさびれた平屋のスナックの類が並んで雨にうたれている。いずれも扉をきしむほどに固く閉ざし、スタンドの灯りを落としているにもかかわらず、扉という扉の前には礼服の男が立って客をいざなうように両手を胸まで上げている。うつむく男たちの雨に濡れるさまに道を間違えたような気がして、隣を歩く女にたずねてみようとも思うのだが、赤い舌をひらめかせてあんたのことなんざ知らないと言われたらどうしてよいかわからず、ただ傘を傾けて濡れ男のいない扉をさがす。

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2005-08-26      「聞き耳頭巾」 終幕

 
 
 それから高く舞い上がった。
 
 
 
 
 
 
 
                                   (了)
 
 
 
 

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2005-08-24      「聞き耳頭巾」 その二十八

 
 
 炎はひとときすうと低く静まって。
 
 

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2005-08-22      「聞き耳頭巾」 その二十七

 
 
 さよ。

 吉次は頭巾を取り、いろりの炎に蹴り込んだ。
 
 

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2005-08-21      「聞き耳頭巾」 その二十六

 
 
 ──さよ……。

 吉次のなかでぐるぐると回るものがあった。
 なくなった朱い独楽。母の愚痴。鳥たちのさざめき。
 一人の泣く娘の前に、吉次はただ立ちすくんでいた。
 
 

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2005-08-20      「聞き耳頭巾」 その二十五

 
 
 ──さよ……?

 なにかしら思い違い、なにかしら忘れていたことがあった。
 
 

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