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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2000-09-24 第六十ニ夜。 「人形の家」
2000-09-24 第六十一夜。 「蓄 財」
2000-09-22 第六十夜。 「愛のコレクション」
2000-09-21 第五十九夜。 「友 愛」
2000-09-20 第五十八夜。 「父の死」
2000-09-19 第五十七夜。 「朝のかなしみ」
2000-09-18 第五十六夜。 「FEPに花束を」(3/3回)
2000-09-18 第五十六夜。 「FEPに花束を」(2/3回)
2000-09-18 第五十六夜。 「FEPに花束を」(1/3回)
2000-09-17 第五十五夜。 「短 信」


2000-09-24 第六十ニ夜。 「人形の家」

 
 三人並んで写真を撮ると、真ん中の人は魂を抜かれるのよ。

 わたくしがそう申しましたら、可愛い姪が、じゃああたしたちはクラス三十九人で並んで撮影したので三人に一人は魂がなく、念のためにともう一度撮影したので、さらに三人に一人魂がなくなって、叔母様、あたしは魂が残った方なのでしょうか、それとも。そう申しますので、わたくし、魂がある者でなければ、嘘は、つけないと。

 鳥も猫も、写真に撮られることによって時というガラスの中に封じ込められ、永遠の生を得ます。ファルーン鉱山の坑夫のように緑色に結晶した死を生きること。コンピュータがチクタクと時を刻むとき、生きる者は静謐な死を、命なき人形は、あやかしの生を得る。タロウカードには、そんなふうに出ておりますけれど。
 

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2000-09-24 第六十一夜。 「蓄 財」

 
 (前略)こごえそうな足を必死で運んで、キリギリスは、アリの家のドアをノックしました。ああ、夏の間、働くアリたちをあざわらったことをキリギリスはどれほど反省したことでしょう。ドアが開き、アリたちが姿を現します。どのアリの顔にも、心からの笑みが満ちています。それはそうでしょう。さしもの冬支度にもかかわらず、そろそろ尽きかけていた食料が、わざわざ向こうから足を運んできたのですから。
 

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2000-09-22 第六十夜。 「愛のコレクション」

 
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 ホルマリンの瓶の中の脳のない胎児。
 

先頭 表紙

2000-09-21 第五十九夜。 「友 愛」

 
 私は投げる、ジョン、ボズ、シドが追う。

 犬を飼い始めたのは数年前。少々苦い問題を抱えていたころのこと。
 妻の美沙子は動物の世話が苦手でいい顔をしなかったが、私には犬たちの目にまさる慰めはなかった。犬を死なせるような映画や小説は、それが絵空ごとでも嫌いだ。

 最初にとらえたのはボズだった。彼はそれをくわえると一目散に戻ってくる。途方に暮れるほかの犬たち。意気揚々と尾を振るボズからそれを受け取り、私は再び投げ上げる。静かな信頼が結んだ、豊かで完璧な訓練。

 気配に振り向くと、草の向こう、見知らぬ男たちがこちらに向かうのが見える。刑事だろう。私はジョンから美沙子の大腿骨を受け取り、再びそれを投げるべきかどうか考える。
 

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2000-09-20 第五十八夜。 「父の死」

 
 夜。
 今は人手に渡った郷里の家に、少年の自分が眠っている。
 箪笥も文机も見当たらない奥の間は畳の匂いが新しく、蒲団の外に広々として寒い。目を覚ましたのは磨り硝子の向こうの爆ぜるような白い音と光のため。
 花火? いや、塀の外の街路灯がショートしているに違いない……。
 腕を伸ばし窓を細く開けるが、柾(まさき)の生け垣に囲まれた庭には風もなく、街路灯が遠く静かに蒼い。
 夢、か。
 舌打ちして窓を閉ざす、その途端、硝子に再び細い光が走り、ぴしぴしと神経を掻くような音がする。立ち上がり、息を詰め、今度は一気に硝子戸を開けるが、昔死んだ犬の小屋の上に枇杷の梢がことさら黒いばかり。
 何か、ひどく恐ろしいことが起こっているに違いない。心細さに思わず小さな声を漏らし、それを聞きつけたのだろうか、覚えのある足音が二階から降りてくる。
 人影はもう燃してしまった夏物を纏った父で、上を向けて開かれたその厚い掌にはほの白く塩が盛られている。

 ああこれは父が死んだ日のことだと思い出し、取り囲む縁戚の者たちに無言で示されるまま、父の掌から塩をつまんで廊下に散らす。塩はさらさらと円を描く。一度、今一度。
 

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2000-09-19 第五十七夜。 「朝のかなしみ」

 
 目が覚めて、君が死んだことを聞かされた。
 妻はいつものように朝食の支度をし、窓からの光は暖かな湯気を揺らす。コトコトと鍋の蓋は鳴り、いつもと何の変わりもない、朝。
 ただあまりにも静かだったので、自分のしてしまったことを思い出し、僕は少し涙をこぼした。
 日曜日。
 

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2000-09-18 第五十六夜。 「FEPに花束を」(3/3回)

 
 アブラクサスは、別に、人間を束縛してきたわけではない。
 私=サラの貧弱な脳髄で処理しきれるわけもない膨大な情報の洪水の中、可視ディレクトリにあたるものが不意に私=サラの内奥のどこかに引っ掛かり、私=サラはあたかも溺れる者が藁にしがみつくようにそのディレクトリをたぐった。ところどころ壊れてノイズを発するそのディレクトリを、できる限り時間軸にそってリロードしてみる。ディレクトリ名は「人類の言語関数」とあったろうか……かつて、深刻な南北対立が起こった折り、最終戦争を回避するために主だった施政者に互いの言語、文化の翻訳機能をもつユニットを埋め込まれた……やがてそれが一般にまで普及、それを管理するためには巨大ネットワークシステムの構築が急務……耳の奥に埋め込まれた意識の翻訳機によって急速に進む個人という概念の喪失、社会を覆う情報の高密度化、それゆえに起こる個人の視野からの情報の欠落と無気力……種の保存および活性化のための外惑星派遣移民船団……ノイズ……残された社会に蔓延する厭世観……ノイズ、ノイズ……各地で勃発する集団自殺、個人の突発的な厭世観が瞬時にコンミューン全体の及び……擬似記憶、アブラクサスの蒔いた種子……ノイジー。ノイジー。ノイジー。

 《プツン、という何か紐状のものが切れるような音》の認識があって、直前まであれほどあふれ返っていた情報の渦が瞬時に静まり返る。思考の水平面が、暗黒に塗り変わる。真っ黒な、海。
 私と同じく認識ターミナルを喪った一匹の犬が、哀しそうに吠えたてる。FEP(フロントエンドプロセッサ)たるアブラクサスが喪われた今、彼の言葉はもはや私にはわからない、私の思いは、もう彼には伝わらない。崩れ落ちそうなトランスミッタわきの階段を茫然と登ると、その出口には、柔らかな陽光を背に彼が立っていた。彼の声は、もはや私には伝わらない、私の声は、もう彼には届かない。そこには、私の知らない、私とつながらない、名前も思い出せない、一人の若者が立っていて、そのうちに、こうして事態を考えている私自身の意識が暗く、遠く、暗く、遠く……。

 あたしが かおを あげると、そこには いつつ くらいの、どこかで みたことの ある おとこのこが たって いました。うしろで おとが するので みると、しろい こいぬが いて、わたしは こいぬを だきあげ、かいだんを のぼろうと しました。おとこのこは こまったような かおを しながら、てを のばして くれました。そのては、とても、あたたかでした。とても とても あたたかでした。

(「FEPに花束を」了)

 

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2000-09-18 第五十六夜。 「FEPに花束を」(2/3回)

 
 彼=トロワが、ふう、と小さく息をつき、彼=セイジが目的地に辿り着いたことが知れた。アブラクサスのメインプロセッサとデータエリアからの距離が黄金率にあたる点。ここから、破壊工作を専門としている私=サラの仕事だ。私=サラは目を閉じて彼=SD=セイジの四肢を意識の上に捉え、行動を開始する。彼=セイジの両脇腹のボックスに収納されたダミーA、ダミーB、ダミーC、そして本当の起爆装置。これらはすでに精巧な時限装置が設えられており、ひとたびセットされたならば、私=サラを含む何物にも解除は難しいものだ。
 { → 〔セイジ〕}
 セッティングを終了し、私=サラは彼=セイジに帰還を求めた。走り出す彼=セイジ。コントロールを25%程度に抑え、彼=セイジ自身の能力に任せる。その制御率が甘かったのかもしれない。不意に彼=セイジの意識が揺らぎ、私=サラの制御が完全に途切れた。
「セイジ!」
 私=サラは思わず目を開き、リアルヴォイスを上げてしまう。彼=セイジは、SDとはいえ、たった一人残された私=サラの家族なのだ。爆発に巻き込まれるようなことがあったならば、私は、私は。
 彼=トロワが、私=サラの探査するベクトルと重ならないあらゆる方向に神経を拡散していくのがわかる。途切れた糸の端を大海で捜すような不安。しかし、ほどなく、私=サラは彼=セイジを捉えることに成功する。排気孔の中に伏せている。どうやら通路で保全清掃ロボットと遭遇し、トラブルを避けるために気配を隠していたらしい。彼=セイジの視野の外輪にロボットの赤黒い触肢がちらりと動き、消える。私=サラは彼=セイジに対する制御率を高め、急いで上に戻ってくるよう制御する。彼=トロワの意識が私たち=〔サラ∩セイジ〕の意識に暖かくからみ、ルートを確保する。もう、時間はほとんど残されていない。私たち=〔トロワ∪サラ∪セイジ〕が屋上のVTOLまで戻ることは不可能に思えた。しかし、爆発そのものはこのビルディングを破壊しつくすほどのものではなく、私たち=〔トロワ∪サラ∪セイジ〕は助かるだろう。
 彼=セイジが、私たち=〔トロワ∪サラ〕の見守る階段の踊り場に現れたのとほぼ同時に、下方で固い爆発音が響き、それからしばらくして大きな揺れがきた。そして、その瞬間、私たち=〔トロワ∪サラ∪セイジ〕の耳の奥、エウスタキオ管のさらに内側に埋め込められた小さな機械に流れ込んできたものは……。

 それは、巨大な数値データの渦であり、巨大な単語の山であり、氾濫する色であり、音。私たち=〔トロワ∪サラ∪セイジ〕は、何をしてしまったのだろう。
 アブラクサスは。

(つづく)

 

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2000-09-18 第五十六夜。 「FEPに花束を」(1/3回)

 
 《億万の銀穂がパラレルに風にそよぐ草原》と見えるのは、実は細かく鋭利な放熱板が一面に敷き詰められた方形の建造物の屋上。VTOL(垂直離着陸機)からKJ(ナップジェット)で降り立った私たちはその屋上を放射状に走る通路をアブラクサスの中枢部目指して歩き始める。彼=NAU32SN570708=トロワと、私=EAJ29AK600714=サラと、そして私たちのSD(サーバントドッグ)=セイジ。
 北半球連合統括コンピュータネットワークシステム、通称アブラクサス。このアブラクサスによる全体主義的社会統制管理に反発するグループにサイドメンバーとして属していた私=サラが、その中でも最も過激な破壊工作セクションに移ったのは、サザンイーストジャパンにあるコンミューンの集団自殺がアブラクサスの司令によるものだという情報がもたらされた夜のことだった。
 そのコンミューンには、私=サラの母と父と弟がいた。

 { → ↑ →&→ }
 アブラクサス内のマップを補助記憶に収めた彼=トロワの指示に従って、私たち=〔サラ∪セイジ〕は歩みを速める。今のところ何の障害もない。これが、私たち=〔*〕の社会を圧倒的に統制し、政治・経済・文化に到るまで管理すると言われる巨大コンピュータの中枢なのだろうか。肌を刺すような冷気以外、気配すら感じられない防衛機構。奇妙な予感が私=サラの背中をさかのぼる。彼=トロワはそんな私=サラの躊躇を見透かしたかのように振り返り、&マークで重ねられた確かな感情を送ってくれる。宇宙空間での半年間の同棲生活で慣れ親しんだ、起伏の少ないその波形。微細な領域で私=サラを把握し切れない限界こそあるが、素朴で明快な彼=トロワの思考波が私=サラには心地よい。
 { ;; ;;; …… }
 彼=トロワが、セミコロンを短く繰り返した。注意しろ、との知らせ。彼=SD=セイジと私=サラは、彼=トロワに倣って身を潜める。私たち=〔トロワ∪サラ∪セイジ〕を立ち止まらせた微かな機械音の発生源は、しかし、ありきたりな保全清掃ユニットで、ある程度大きなインテリジェントビルディングでは珍しくない白血球型ロボットだ。こちらから積極的に設備に危害を加えない限り、攻撃してくる怖れはない。
 { 〔セイジ!〕 ↑ }
 何度目かの角を曲がったところで、彼=トロワが、彼=セイジを促した。彼=セイジは器用に脇腹のボックスから発火装置を取り出し、口にくわえる。彼=トロワの穏やかな表情がほんの少しこわばり、彼=セイジを遠隔制御し始めたことがうかがえる。彼=セイジは操り人形のように痙攣的に歩みを進め、やがて私たち=〔トロワ∪サラ〕の視界からアブラクサスのメインプロセッサ部目指して走り去っていく。地下迷宮のような通路を進んでいく彼=セイジの視野が、彼=トロワの意識を通して私にもうかがえた。右、直進、左、階段を下り、右。

(つづく)

 

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2000-09-17 第五十五夜。 「短 信」

 
【東海岸で素車がブーム】
 亜州交通協会のスポークスマンによると、この夏、東海岸の若者たちの間で、自走球から主な機能を取り払った四輪駆動の「素車」がブームとなっているという。
 「素車」は運連省から一人一台管布されている自走球からネットワーク機能、ナビゲーション機能などを無許可で取り去り、ハンドルと呼ばれる円形の機器で操作するもの。進行方向、速度などを自分で制御できることから、八歳未満の無産層の若者たちの一部で以前より愛好されていた。
 交通協会は、すでに五万台前後の自走球が改造を受けて公道を横行しているという。
 交通協会は、この「素車」が操作次第では戸籍省の許可なしに自治民、家畜民などを抹殺できること、自走球と異なり交接の対象にならないために無産層の衝動コントロールに影響を及ぼす可能性があるとし、行き過ぎたブームに注意を促している(五面に関連記事)。
 

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