なんで,こんなにいろいろなどーでもよいこと,知っているのでしょうかねぇ。 口車筆無精乃介、IT業界を語る 口車大王「旅のおもひで」 ふぁんレターはこちら |
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2000-09-16 [近況]ストックホルム、とっておきの一枚 |
2000-09-16 [近況]ストックホルム、とっておきの一枚 | |
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旦那、なんか写真が急にでかくなっちまいましたぜい。 / お久しぶりのぽた公 ( 2000-09-16 21:26 ) 口車、7年ぶりのヨーロッパです。飯はうまいし、ねーちゃんはきれいだし。スウェーデン最高!! / 口車大王 ( 2000-09-16 18:04 ) 泊まっているホテルの食堂で撮った写真です。後方後ろ向きTシャツ姿が、パパです。 / 口車大王 ( 2000-09-16 18:01 ) ポーランドは今までの海外旅行の中で一番異国情緒が味わえました(英語が通じなかったので)。アウシュビッツに再び行く勇気はありませんが。次は北欧と思ってたら子供が生まれ、以来海外旅行ナシ歴6年です。ストックホルム続報楽しみにしています。 / たら子母 ( 2000-09-16 12:59 ) かわいいですねえ。お仕事の合間にお疲れ様です。 / よちみ ( 2000-09-16 01:13 ) 続き待ってます! このカワイイ子供達、レストランで撮ったんですか?? / こっこ ( 2000-09-16 00:41 ) 本日は17時でおしまいなんですね。あしたも一応開けているようなので、続きはあした。 / 口車大王 ( 2000-09-16 00:00 ) |
2000-09-14 [近況]口車、ストックホルムにて | |
皆さま、口車ただいまストックホルムにおります。ようやくインターネットに接続できました。 |
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うわぁ、ストックホルムかぁ。近況報告、楽しみにしてま〜す。 / あろう ( 2000-09-14 08:40 ) 食べ物は何が美味しいのでしょうか。期待して待ってます。 / こすもぽたりん ( 2000-09-14 07:14 ) 近況楽しみに待ってます!! / こっこ ( 2000-09-14 04:51 ) |
2000-09-11 [書評]『国際標準が日本を包囲する なぜ自らルールを作らないのか』藤田昌宏/河原雄三 / 日本経済新聞社 | |
「ほんとうにごもっともでございます。」 |
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かれこれ国際規格の現場と付き合うようになって10年になりますが、「うちは、人の作ったものにただ乗りさせてもらう。」という、あさましい魂胆の企業がなんと多いことか。日本は独自性がないといいますが、こういうところに現れています。情報化社会では、Give & Takeが前提ですから、「自分さえよければ」という考え方は通用しない。それが結局現在の日本経済の停滞の最大の原因ともなっています。なんだかんだ問題は抱えていますが、近頃の若いもんの方が国際感覚も備わってその点もわかっていますから、以前よりだいぶましにはなっています。 / 口車大王 ( 2000-09-16 18:09 ) 何やら難しそうなお話です。"自分がルール"と大見得をはるアメリカ人や米国企業と違って、日本人や日本企業はそこんとこは謙虚なのでしょうね。また、あえて国際規格に低コストで挑戦するぞ、とある種職人的気質で臨む技術者もまだ日本には存在しているのでしょうね。その外圧+パワーが日本企業の国際競争力を最終的に高めていく仕組みとなっているのでしょうか。ストックホルムですか、何回か行きました。福祉の面や人間としての生き方など、いろいろお勉強になる国ですよね。もう寒いでしょうね。お気をつけていってらっしゃいませ。 / おとじろう ( 2000-09-12 09:22 ) お気をつけて。僕は週末、北海道です。不登校の子どもたちを全国から受け入れてる高校も見学に行きます。 / mishika ( 2000-09-12 07:41 ) ストックホルム・レポートを期待しています。 / ぽたりん ( 2000-09-12 01:15 ) |
2000-09-10 [書評]『ホワッツ・マイケル』小林まこと / 講談社 | |
猫のこと、よく見ているなぁ |
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暴力団組員が猫好き、そんなシーンがあった。組員じゃないけれど「そんな風」な人で猫好きって結構いる。 / ねむり ( 2000-09-14 09:51 ) んー、なんかそんなシーンあったなぁ。 / 口車大王 ( 2000-09-11 00:10 ) 親指にバターかなんかつけて 舌つかむんでしたよね?確か(笑) / ひちゃの ( 2000-09-10 23:49 ) をを、御無沙汰しております。OL旭1号様。また、明るい話に戻ったですよ。 / 口車大王 ( 2000-09-10 22:52 ) ぶちゃいくなネコをみると、「あ、ニャジラだー」と言ってしまいます。 / 美人OL旭1号 ( 2000-09-10 21:35 ) |
2000-09-09 [昔話]口車、闇ドルについて語る 後編 | |
さて、後編ではどうやって闇ドルレートで交換し、普段使っていたかについて説明しましょう。 |
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そう、あれは驚きました。インターコンチネンタル系列のビクトリアホテルにあったドルショップで、ダイナースカードのみが使えました。たまたま父親名義のカードの家族カードを作って持っていたので、大変助かりました。当時ジェローネ持っていると、大名旅行ができましたね。 / 口車大王 ( 2000-09-11 00:13 ) 闇ドルの話、すごく興味深いです。ポーランドでもそういうことがあったんですね。唯一使えたクレジットカードが、ダイナースクラブ!というのも面白いです。。 / こっこ ( 2000-09-10 23:47 ) |
2000-09-09 [昔話]口車、闇ドルについて語る 前編 | |
読者の皆さま、「そこ」についてのお話におつき合いいただき、ありがとうございました。 |
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2000-09-08 [書評]『日本語練習帳』大野 晋 / 岩波新書/岩波書店 | |
目から鱗 |
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最大限の賛辞、恐縮でございます。外国語を覚える基本、わかっていらっしゃいますから、大丈夫でございますよ。 / 口車大王 ( 2000-09-09 09:19 ) 口車大王 さま 「日本語練習帳」を手に取ってみたくなるような書評に感動!! こっこもこんな書評を書けるようになりたいです。 / こっこ ( 2000-09-09 01:55 ) 最近、どういうときにヒット数が延びるか、読めませんなぁ。「日本語練習帳」でベストテン入りするとは、思わなんだ。 / 口車大王 ( 2000-09-08 23:50 ) おとじろうさま、書評を書いた甲斐があるというものですわ。 / 口車大王 ( 2000-09-08 12:58 ) 「い、痛い!」痛いところを衝かれた。日記を書き始めた私に今一番必要なものは、まさにこれ。PCはその次だわ。ありがとうございます。さっそく入手します。 / おとじろう ( 2000-09-08 11:07 ) それにしても、14時間で日記一覧から消えてなくなるようになるとは。 / 口車大王 ( 2000-09-08 03:24 ) |
2000-09-07 [書評]『ポーランド』ジェイムズ・A.ミッチェナー/ 工藤幸雄訳/ 文藝春秋 | |
長々と「そこ」の話にお付き合いいただき、ありがとうございました。「完結編」と書きましたら、急にヒット数もあがったようで。 |
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をを、読者がいた。こんなかたい本、読む人まずいないだろなと思っておりました。 / 口車大王 ( 2000-09-08 23:02 ) これ結構感動モンですよね、僕も一応読んで見ました。 / mishika ( 2000-09-08 13:33 ) |
2000-09-06 [昔話]口車、「そこ」について語る その8 完結編 | |
さて、こうしてアウシュビッツ・ビルケナウ博物館の訪問は終わりました。その日の夜はクラコフに泊まりましたが、その晩どこで食事をし、何を食べたか、全く覚えていないのです。3人でひたすら押し黙っていたような記憶が残っています。 |
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親衛隊は精神的にもひどいことをしまして、「協力したらおまえの命を助けてやる。」なんてことをやっています。ですから生きるために親衛隊に協力的だった者ばかりか、密告者もいたはずなのです。口車思うに、ここでのそのようなノウハウが、戦後の東ドイツの密告制度に反映されたのではないかと、思っています。 / 口車大王 ( 2000-09-07 10:47 ) 救出された生存者の中には,ナチに協力的だった者(通訳,死体運搬など)がいるわけで,その人物の解放後の心理を小学館の少女マンガ誌で(それも何度も)描いたのが「くるくる」で紹介した樹村みのりです。今なら企画段階で没だろうなぁ。……いずれにしても,お疲れさまでした。ありがとうございました。 > 大王様 / 烏丸 ( 2000-09-06 17:12 ) 連載ありがとうございました。さすが大王様。 / ぽたりん ( 2000-09-06 14:29 ) 後編の写真、ひとつ付け加えました。選別されてこれから殺される人達の不安な表情と、憔悴しきってはいるが、安堵感漂う生存者の表情の違いが、はっきりわかります。特に子供の表情が。 / 口車大王 ( 2000-09-06 11:54 ) |
2000-09-05 [昔話]口車、「そこ」について語る その7 口車、訪れる 後編 | |
●口車、訪れる 後編 |
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博物館で上映している、解放当時の映画を見ると、妙に収容者が少ないのですね。自分で歩ける人達は、第三帝国領内奥地へ連れていったのです。すでに書きましたが「死の行進」というやつです。厳冬の1月に移動していますから、ばたばた移動中に収容者は死んだようです。ただ、親衛隊も相当あせっていたようで、撤収から逃れて収容所に残った人もいますし、建物もすべて壊しきっていません。 / 口車大王 ( 2000-09-06 08:55 ) 烏丸が「ここ」について知ったのは,中学のときに担任に薦められて本を読んで,でした。当時と比べても,「ここ」や「広島」「長崎」をきちんと語る本があまりに少ないように思います。あるいは少年コミック誌などに「ここ」や「広島」「長崎」「水俣」等について掲載されることがすっかりなくなったことも非常に気になります。実は広島の記念館さえ,むちゃくちゃヌルいわけで。 / 烏丸 ( 2000-09-06 00:56 ) 刈り取られた髪の毛がドイツ内に送られ,クッションの詰め物の材料にされた,という話を読んだことがあります。すると,物持ちのよいドイツの家では,何も知らずにそのクッションを大切に使っている,ということもあるのでしょうか。ルフトハンザに感じられる勤勉,清潔とのあまりのギャップにくらくらしてしまいます。 / 烏丸 ( 2000-09-06 00:50 ) ドイツの敗戦が決まって、アウシュビッツは証拠隠滅ラッシュだったそうですね。近年「ホロコーストはなかった」という主張を展開する人がいます。そういうウソで歴史捻じ曲げをさせないよう、アウシュビッツービルケナウは永久保存されなければならないのですね。 / ドイツ語会話を挫折した私 ( 2000-09-05 22:45 ) |