そして、次の事件がおきた。いや、事件と言うほど大それた事ではないのかもしれない。世間一般的には。でも、俺にしてみると、それはやっぱり事件だったのだ。
学校をサボり、何もする事がなく、たまたま一時間ほど早くバイト先に着いた2月のとある日。更衣室で、俺は、見てしまった。見たくもないのに、嫌に印象的に、ギラギラと眼に焼きつく。
ユキが、男とキスをしていた。
二人は抱き合っていて、男は俺に背を向けていた。ユキの顔が、見える。はっきりと。目が合った。俺は、すぐさま目を逸らしてしまった。
邪魔者に気付き、二人は離れた。なんとも気まずい空気がどんよりと漂って、窒息してしまいそうだった。そそくさと俺は着替えて、更衣室を出た。
後になって、男の方が話し掛けてくる。
「今日の事、内緒にしといてくれへんか?」
苦笑いをまじえつつ、恥ずかしげに、その男は言った。
「大丈夫やって、そんなん絶対言わんから。」
俺は平静を装ってそう答えた。そう、言えるわけがなかった。誰に、何を、どう言えば良かったのだ?こんなことを?
その日の帰り道、ウォークマンを聴きながら、俺は一人で歩いていた。今日はユキと一緒に帰りたくはなかった。ぼんやりと、放心状態で歩いていると、ふと右耳のイヤーホンが外れた。ユキだった。
「何聴いてるん?」
そう言って、片方の耳にイヤホンをはめるユキ。流れていたのは、ブランキーだった。
BABY ピースマークを送るぜ この素晴らしい世界に ピースマークを送るぜ
しばらく無言でその場で立ち止まっていた。俺は聞きたくもないのに、ユキに聞いてみた。つきあってるのか?と。
「ううん。付き合ってないよ。」ユキはそう答えた。
それなら、なぜ、と問いただそうとしたが、ユキを見た途端に、言葉は止まった。ユキは泣いていた。俺は何も言えず、歩き出した。ユキはその場で止まったままだった。俺は、何かを言うべきだったんだろう。言わなければならなかったんだろう。でも、そのときの俺は、かけるべき言葉を、何一つ見つける事ができなかった。 |