執筆計画というものを立てないので、すべて
いきあたりばったりでした。
文献調査(読んでテキスト化する作業)は一貫して
やっていましたが、M1の間は社会学的自己論の理解に
つとめました。だいたいこういう方向でいこう、という
指針を決めたのは、2004年の2月くらいです。
M2の春から夏までは物語論的アプローチの理解に
つとめました。具体的な調査内容を決めたのは
2004年の7月です。
8月から10月のアタマまでは自動車学校に通っていたので
論文に関するお仕事はまったくなし。
2004年の10月は11月締め切りの論文の執筆につとめました。
タイトルは「社会学的存在としての日記」で、これは
修論の前半部分になります。KJ法に似た、ポストイットを
用いて「書きたいこと」の順番づけをしていく方法で
まとめました。このお仕事がなかったら、修論を書くことが
できなかった可能性があります。
2004年の11月から12月14日までは修論一辺倒です。この間に
した新しい勉強は、統計的手法に関するものだけ。
プライベートでは野球チームに入ったり、麗澤の学園祭に
お邪魔したり、いくつかの飲み会に参加したり、FLPの授業の
一環でSFCの方々のお話を聞いたり、パシフィコ横浜でのイベントに
参加したり(帰りにジェットコースターに乗ったり)していました。
これはすべて11月以降のものです。引きこもらなかったのが良かったと
今では思っています。 |