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くららの普通の日常

とりあえず毎日晴れ
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2004-01-21 ちょっくらイタリア旅行 9日目
2004-01-21 ちょっくらイタリア旅行 8日目
2004-01-21 ちょっくらイタリア旅行 7日目
2004-01-21 ちょっくらイタリア旅行 6日目
2004-01-20 ちょっくらイタリア旅行 5日目
2004-01-19 ちょっくらイタリア旅行 4日目
2004-01-07 ちょっくらイタリア旅行 3日目
2004-01-05 ちょっくらイタリア旅行 2日目
2004-01-05 2003年11月ちょっくらイタリア旅行の巻 1日目
2004-01-05 ラーメン大会


2004-01-21 ちょっくらイタリア旅行 9日目


朝ご飯の後、主人は一人、洗濯物とラップトップを抱えてコインランドリーへ。依然として電話は復旧せず、しかも週末で当分見込みは無い。

アメリカ大使館の横を通り、スペイン広場の近くを散歩しながらお目当てのレストランを探す。日曜日でレストランの選択肢が少ないけど、ここははずせない。名物のVignarolaときのこのパスタ、アーティチョークのフライなどを頂く。Vignarolaはアーティチョークやそら豆のスープ風煮込みで心持ち塩辛かったような。

昨夜見たPantheonは昼間は採光が美しく空間の大きさを感じる。ガイドブックにあるジェラート屋さんに行くと昨夜のレストランの隣である事を発見。Mediumのサイズを頼んだのにえらく小さいのが出てきてがっくり。後で妹君に聞くと、注文の時もたもたしてたからごまかされたんだろうと言う事、普段は山盛りらしい。Piazza Novana、四大河の噴水、Campo dei Fioriを抜けてBC11世紀に完成という劇場、Teatro di Marcelloへ、今でもアパートとして使われている部分があるらしい。

ヴェスタの神殿の向かいSanta Maria in Cosmedinでは例の「真実の口」(Bocca della Verita)に長蛇の列。手を入れて写真を撮るのはどこの国民も同じ。ベン・ハーのモデルになったCirco Massimoに出ると、先日見たフォロ・ロマーノが向こうに見え、コロッセオの近くだったんだ、、、と頭の中で地図がやっと見えてきた感じ。

ディナーは妹君の友人も参加してMezzalunaのピザ屋さん。前菜にスタッフド・ペペロニやオリーブのコロッケ、サルデニアのワインと共に。

パンテオンでパチリ

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2004-01-21 ちょっくらイタリア旅行 8日目


さて朝起きてみるとやっぱり電話は使えない。洗濯物がたまって来たのでコインランドリーの下見に出かける。たまたま朝市をやっている通りにコインランドリー2軒発見。インターネットも使えるらしい。

三越の前にあるSanta Maria degli Angeliの教会を見学、フェリーニの葬儀をした教会らしい。オペラ座の前を通ってSanta Maria Maggioreの教会を見学、ここでは丁度、結婚式が行われていて、ライスシャワーの場面までしっかり見物。

今日はショッピングモールに行こう!と妹君が迎えに来てくれてAuchanへ。2時間仕上げのランドリーがあると言うので、セーターやパンツ類を全部持って行った。ランチはモールのフードコートで。アメリカのフードコートとはえらい違い!パエリアとサラダ、ケーキを頂いた。

スペイン広場の辺りは交通規制があって6時までは進入禁止らしい。コンドッティ通りのあたりでお買い物してから夜の街をドライブ。Panthonの近くに車を止め、その近くのローマ料理の店でディナー。おじいちゃんのウェイターが多い店で、テーブルに付いてくれたウェイターは何故かずーっと歌っている陽気なおじいちゃん。前菜のバッフェ、スープ、アマトリチャーナのパスタ、ラムのグリルを頂く。デザートのモンブランってメレンゲにどっさり生クリームとマロンクリームが乗っているものでした。ちょっとヘビーかも。食後の散歩はPiazza Navona, Fontana dei Fiumiへ。夜遅いのに観光客でごった返している。

夜の四大大河の噴水でパチリ

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2004-01-21 ちょっくらイタリア旅行 7日目


シエナの朝は寒い。朝食にはNanniniのケーキ屋でブリオッシュが美味しいよ、と妹君。(その昔Sienaに留学していた。)レジでカプチーノとブリオッシュのお金を払って、マーマレード入りのブリオッシュ(クロワッサン)を頂く。カウンターで立ったままペイストリーとコーヒーを飲んでさっと朝食を済ませるのが普通のようで、人の流れが激しい。

パリオが行われるカンポ広場には日本人観光客が目立つ。昔は金融、商業で繁栄した町だそうで今でも銀行が多く、活気があるらしい。

SienaのDuomoは大理石の床、壁も床も装飾が施され説教壇もみごとに美しい。年老いた職人が床の大理石を修復していて、その作業の細かいこと!傘を持たずに来たのに雨はどんどん強くなり、すぐ隣の美術館に入る。美術館の建物は元々は古いルネサンス時代の病院で、興味深いと共に忠実に再現されている絵画は恐ろく気味の悪い場面が多くて、あまり好きになれない。

雨の中ホテルに戻りチェックアウトして再びNanniniでランチ。私はクロワッサンのハムサンド、主人は向かいのピザ屋。妹君へのお土産はNanniniのカントゥッチとヌガー。

バスのチケット売り場は地下にあり、お客が並んでいた。アメリカ人の女学生が、自分の番になってからどこに行くか、いつ行くかと決めかねていてぜんぜん進まない。主人は頭にきて、皆待っているので決めてから一番後ろに並ぶように、と注意すると、I have already decidedと大声でどなられた。ほんと、アメリカ人さまわまだわ。ヨーロッパ人って辛抱強い?

ローマ行き2時のバスは満席だから4時のバスしかないわよ、って、じゃあ電車の方がいいかなと、列を離れて妹君に相談の電話をする事に。シエナからローマへの電車の乗り継ぎが悪く、乗り換えもあるし時間がかかるからバスの方が良いらしい。列に戻って待つ事15分、2時のバスはありますか?と聞くとハイハイと2枚くれた。あれ?さっき無いって言ったでしょ?

バスはトスカーナの緩やかな丘の間を縫って走り、途中天気も回復、気持ち良いドライブでしたが、ローマ市内が混雑して、結局ティブルティーナのターミナルに着いたら6時過ぎ。

荷物を預けてあったのでローマを発った時のホテルに行ってから、荷物をひきずり一番最初に泊ったホテルまで20分、歩いて移動。いやー、帰って来てくれたんだー、とフロントのお兄さん広い快適なお部屋にグレードアップしてくれました。

妹君に教えてもらったホテルの近くのローマ料理の店に行き、お野菜のグラタン、スープ、パスタのボロネーゼ、仔牛肉のスカロッピーネなどを頂く。どれも本当に美味しい。隣のテーブルのイタリア人のおじさん達三人、スープに山盛りチーズを入れてたっけ。太り過ぎだよ。

食後はスペイン広場まで散歩して遅くまでやっているコーヒーショップを見つけ、そこで栗のジェラートとコーヒーを頂く。

ホテルに帰ると何故か電話が使えない。フロントの係りの人は、明日になったら復旧するからとそれまでフロントで掛けてください、だって。

シエナのカンポ広場でパチリ

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2004-01-21 ちょっくらイタリア旅行 6日目


朝から雨。朝食はホテルの2階のダイニングルームで、クロワッサン、ヨーグルトなど適当な物しかないけど、インテリアはさすがにご立派。日本人観光客もいて、写真を撮り合っている。

まずはDuomoを見学。サン・ジョバンニ礼拝堂を見てからシニョリーナ広場に出て、ウッフィッツィ美術館に入る。その名の通り小部屋がたくさんある美術館で、展示数も多くガイドブックを頼りにボッティチェッリの「春」「ビーナス誕生」からダ・ビンチの「受胎告知」ミケランジェロ、ラファエロ、カラヴァッジオと休み休み見てまわる。

ポンテ・ベッキオは昼間は宝石屋が店を開き人通りも多くにぎやか。歩き回ってお腹がへったけど、適当に済ませるのはいやなので、お目当てのレストランまでまたテクテク。鰻の寝床のような店内の人ごみをかきわけてテーブルに着き見回すと外国人は私たちだけで、いかにもローカルな店に私は居心地が悪かったけど、主人は大喜びの様子。フランチェスコのお勧めリポリータとオッソ・ブッコは全くそっけない盛り付けだけど、これまた美味。なんたって味が肝心、幸せな気分になれる。

昨日の夜には閉まっていたカンティーナ兼ケーキ屋さんに行ってみるとパイが盛りだくさん。どれも美味しそうだったけどピニョーリのパイとカプチーノを頂いて、ウィンドウショッピングしながらホテルに戻ってバス停に急ぐ。

フィレンツェの駅の横にある大きなバスのターミナルのチケット売り場でSIENAまでの券を買って3時のバスに乗り込む。バスは超満員、1時間でSienaに着くはずが交通渋滞でフィレンツェの市内を出るまでに1時間近くかかってしまい、Sienaに着いたらもう真っ暗で5時過ぎ。

バス停から荷物をがらがら引いて、大雑把な地図を頼りに店が立ち並ぶ小道を歩いてホテルを探すけどなかなか見つからず、通りかかった警察官につたないイタリア語で道を聞いて「タバコ屋の角を曲がった所」と言われたのはわかったけど、タバコ屋が見つからない。雨の中、たくさん荷物を抱えた主人がだんだん不機嫌になって、けんかしそうになりながらやっとこさホテルに辿り着く。

家族経営の小さなホテルだけど部屋は広くて快適そのもの。早速、フロントに降りて行ってフロントのおばちゃんたちに妹君お勧めのレストランの場所を確認した。傘をさして30メートルくらい歩いたら、後ろからおばちゃんの呼び声。「Telephono〜〜♪」うちの主人に仕事の電話。わざわざ追いかけて来てくれた。

ホテルはこれまたロケーションがよく、カンポ広場まで歩いて1分。雨の中、カンポ広場を散歩してからレストランを探す。イタリア人は食事の時間が遅いけど、Sienaは田舎だし結構早く食べるんだよと妹君が言ってたけど、7時のレストラン、私たちが一番乗り。お勧めの料理を頂いてみる。前菜にはパイ、海老のパスタ、ラムの煮込み、どれも美しい盛り付けでお味も繊細。最後の栗のムースも美味〜〜♪

厨房を見るとどうやら日本人の見習さんがいるらしい。ウェイターに聞いてみると近所に日本人経営の料理学校があって、そこから派遣されてくるそう。どうりで日本のイタリア料理屋さんのような盛り付けだと気付いてちょっとがっくり。それにしてもウェイターさんのかっこよかったこと。

ウッフィッツィ美術館からポンテ・ベッキオをパチリ

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2004-01-20 ちょっくらイタリア旅行 5日目


朝は何だか機嫌が悪い。雨も降っていてお出かけしたくない気分なんだけど、今日は主人の友人のフランチェスコがフィレンツェまで車で送って行ってくれると言う。

9時半に待ち合わせの場所には到底間に合うわけもなく、行きたくなくてだだをこね部屋にろう城すること3時間。主人を困らせホテルのオーナーも巻き込み、結局はフランチェスコを4時間待たせ、すったもんだの後、フランチェスコに近くのOttavianoの駅まで迎えに来てもらう。

Ottavianoは昨日のサン・ピエトロの近くの駅だからホテルからすぐなんだけど、タクシーを呼んでしまったので、仕方がない。駅の近くでコーヒーなど飲みながら待つこと30分、フランチェスコは怒りもせず来てくれた。ミラノのコンベンション用に機材を詰め込んだアウディのライトバンの後部座席に乗り込む。

崖っぷちに立つ町、城壁に囲まれた町、遠くに見える教会、ローマを出て窓の外を走る美しい景色を眺めていると、やっぱり車で移動してよかったという気分にはなる。Orvietoを通り過ぎたあたりから風雨がきつくなり前が見えないほどのAuto Stradaを140キロでばんばん飛ばす。

途中で有名なブッテラに立ち寄ってランチを頂く。高速のexitから1分の所にあるこのレストランは旅行者でほぼ満席。後ろの席にはエロスという歌手の元奥様ご一行が食事中。ブッテラはイタリア版ステーキハウスなのに、お肉の焼き方(レア?ミディアム?)なんて聞かれず、当たり前のようにミディアムレアが出てくるらしい。サイドにオーダーした豆料理、軽くオリーブオイルをかけて食べると飛び切り美味しい。

トスカーナのなだらかな丘を見ながらフィレンツェに到着したのが5時。さすがにフィレンツェは寒い。ローマより5度は低く感じる。フランチェスコにどこかの広場で降ろしてもらって、地図を頼りにホテルを探す。道が縦横無尽に交差してわかりにくいことこの上ない。ホテルは妹君が予約しておいてくれたPalazzo Benci。駅前でメディチの礼拝堂の横にあり、Duomoまで5分とかからないし観光名所は徒歩圏内と絶好のロケーション。古いけど掃除は行き届いているし部屋も大きくてバスルームも広いから充分満足。

タオルは大判でリッチな生地というアメリカの生活ゆえか、イタリアに来て以来、薄手のワッフル織のタオルがたよりなくて仕方がない。ココのタオルだけどこれまた薄い。バスタオルというのに生地自体はレストランのナプキンのよう。ま、郷に入れば郷に従えか。

時間がないのでDuomoに急いだけどもう閉館時間で入れてもらえない。クーポラには上がれますよ、300段ちょっとだけど、、、と聞いて、昨日のバチカンのクーポラを思い出して断念する。帰りにリナシェンテのデパートで主人の両親にAlessiのキッチングッズをお土産に買って、夜のPonte Vecchioを見に雨の中を歩く。

遅いランチのせいでお腹も減らず、ホテルの隣にワインバーがあったのでそこで軽くすませる。ワインバーのご主人が若い頃のロバート・デニーロそっくり。ケーキはアプリコットのタルト、何だか出来合いで美味しくなかったような。

ダイヤルアップのインターネットが使えず、フロントに尋ねると近くにインターネット・カフェが3つもある。雨の中、主人はラップトップを抱えてインターネットカフェへ。どうやら彼は、来週ドイツ、イギリスに出張するとかでミーティングのセットアップに忙しい。

フィレンツェのドゥオモの広場でパチリ。端っこは私。

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2004-01-19 ちょっくらイタリア旅行 4日目


朝起きて早速4階にあるブレックファスト・ルームに向かう。エレベーターは旧式で、自分でパタパタと折りたたみ式の二重ドアを開けて、ボタンを押し、4階に到着したまではよかったけど、そのままブレックファスト・ルームに入るや否や、エレベーターのドアを閉めていなかったことを「厳重注意」される。ドアを閉めた状態にしておかないと、動かないという当たり前の事なんだけど、初めて使用する旧式リフトに気を取られてすっかりおざなりにしてしまったのでした。

ホテル・ダフネのブレックファスト・ルームは明るく爽やかなモダン・イタリアン。朝食にはクロワッサン、チョコレートのパウンドケーキ、ヨーグルト、りんごなど盛りだくさんのバッフェ・スタイルでお手伝いの人がジュースやカプチーノを運んで来てくれる。快適。

このホテルの利点は地下鉄の駅の上にあるというだけでなく、電話は部屋にないかわりに携帯電話を貸してくれる。海外通話も安いし、道に迷ったり、困った時にはホテルかホテルのオーナーにスピードダイアルできる。超極楽。おかげで、妹君からしょっちゅう所在確認の電話が入り、その度に名所案内が聞けてラッキー。

地下鉄に乗ってVaticanへ。昼近くなので予想された混雑はなく、すんなり入館できて早速、古代芸術鑑賞。ガイドブックに従って「ラオコーン」「ヘルメス」などの彫刻群のあとラファエロの間を通り過ぎて、お目当てのシスティーナ礼拝堂に到着。壮観な天井画に圧倒されしばし我を忘れる。歩き回って空腹に耐えかねて美術館内のカフェでスナックを食べ、郵便局でオキマリのバチカンからの絵葉書を出し外に出る。

なんとサン・ピエトロ大聖堂まで塀の外をぐるりと歩いて10分。大聖堂の中はまるで美術館、ミケランジェロのピエタ像や彫刻を鑑賞して、クーポラに登る決意を固め、エレベーターに続いて階段を200段以上えっちらおっちら一番上に辿り着いた頃には足はがくがく。バチカン市国の、市庁舎や美しい広場が一望できる。その後は地下の法王のお墓を見学。彫刻された石棺が並ぶ。

サンタンジェロ城に行く気力は失せ、そのまま地下鉄でスペイン広場まで戻りCaffe Grecoでコーヒータイム。1760年創業という古く美しいカフェでケーキも美味しいけど17ユーロは高い気がする。そこらのバールなら5ユーロくらいな物。

とりあえずVia Condottiのブランドショップを見学してからホテルに戻る。ディナーは妹君がIl Moccolettoに連れて行ってくれた。グリル料理が美味しい店で、自慢のフォッカッチャを食べ、3人で色々な種類のお肉のミックスグリルやサラダをいただいた。何を食べても美味しくてヘルシー。

サン・ピエトロ大聖堂の一番上からパチリ。

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2004-01-07 ちょっくらイタリア旅行 3日目


朝、ホテルをチェックアウトしてメトロの駅の近くにあるホテルまで荷物をころがしながら歩いて向かう。スーツケースのホイールがコブルストーンの間をうまく動かず、しかも雨まで降ってきて、主人が大きな荷物を両脇に抱えて走る走る。。。こんなにパワーある人だったのって実感する。

今日から2日間滞在するホテルはアメリカ人の奥さんとイタリア人の旦那さまの経営のB&B。ワイヤレスのインターネットが使える!と主人はおおはしゃぎ。お部屋はモダンなイタリアンで快適。隣にピザ屋があって主人は早速ピザのランチ。空腹に、背に腹は替えられずピザ生地に生ハムとマッシュポテトをはさんだサンドイッチを食べてみる。ピザ嫌いの私でも美味しいと感じる。

早速メトロの駅に行く。自動販売機のチケットがなかなか上手く買えず、そう言えば妹君が売店で買った方がいいよと言ってたことを思い出す。自販機にお金を飲み込まれるから、、とか。ようやく買えて、メトロで移動してコロッセオに。雨が一層強くなり、コロッセオの前でトルコ人のお兄ちゃんたちが売ってる傘を2つで5ユーロに値切って買う。

コロッセオは壮観。「グラディエーター」を思い出しながら最上階をぐるりと回って見学。道をはさんだ向かいにあるフォロ・ロマーノに移動。世界最古の植物園を見て、遺跡の間を散歩して階段を上がり、美術館の前で雨宿り。ピアッツァ・ベネッチアにある建物はまるでウェディングケーキみたいって妹君の彼氏が言ってたっけ。まさにその通り。再びメトロのコロッセオ駅まで遺跡の間を歩く。どこもかしこも遺跡ばかり。

夜は主人の友人のフランチェスコが奥さんのクラウディアと一緒にディナー。妹君の運転でローマ郊外のレストランへ移動。ローマ市内を出た途端いきなり閑散とした田舎の風景の中にクラシックなレストラン登場。またまたローマ料理で、これでもかというくらい食べさせられる。パスタは嫌いだけど、カルボナーラのあまりの美味しさに感激。ラム肉も柔らかくて美味しかったなぁ。フランチェスコ君、葉巻はいかんだろ。煙がアンティパストのビュッフェの上をうろうろ。。。

フォロ・ロマーノでパチリ

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いらっしゃいませ、全然更新してなくてすみません。街中の遺跡には圧倒されますよ!是非是非、お訪ねくださいませ。ご飯の量はたいして多くなかったかも。 / くらら ( 2004-01-21 03:39 )
こちらでははじめまして!この遺跡写真を見てイタリアに行きたくなりました(^^無造作に転がっている石柱?に歴史を感じました。ご飯もおいしそうで…量は多そうですが; / たまご ( 2004-01-14 00:35 )

2004-01-05 ちょっくらイタリア旅行 2日目


小さなホテルのわりに朝食は悪くない。
ジュースにフルーツ、ヨーグルト、デニッシュ類、カプチーノ等々お好みで。

観光するぞと意気込んで、昨日妹君にもらった地図を片手に出発。ローマは小さいからどこでも徒歩圏内と言う妹君の言葉を頼りに、まずはアメリカ大使館の横を通って、バルベリーニ広場を抜けてスペイン広場まで坂道を歩く。階段を降りてオードリ・ヘップバーンの映画を思い出し、そのままお買い物のメッカ、コンドッティ通りへ。日曜日なのでおめあてのショップはクローズド。

妹君のカップルと待ち合わせのポポロ広場に向かい、時間があったのでポポロ広場わきの双子教会見学。ミサの途中、失礼しました。

日曜日のランチは開いてるレストランが少ないからと妹君が予約してくれたレストランでピザのランチ。ピザは嫌いなので私はお野菜のグリル。トレビゾの焼いたのがちょっと苦くて癖になりそう。 

妹君と別れてショッピングがてらトレビの泉まで散策し歩いてホテルに帰る。どーでもいいけど観光客の多さには参る。

せっかくローマに来たんだからと妹君はオペラ座の良い席を2つ取ってくれてあった。オペラはフランチェスカ・ダ・リミニ(リミニという港町のフランチェスカのお話)、何だかよくわからなかったしインターミッションの3回目にさて終わりかと外に出ようとしたら、あと1幕残っている事が判明。劇が終わったかどうかもわからない田舎モノの私たち。トホホ

オペラ座まで妹君に迎えに来てもらい、ホテルの近くのローマ料理店でディナー。

ポポロ広場でパチリ

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2004-01-05 2003年11月ちょっくらイタリア旅行の巻 1日目


ミュンヘンの空港を経て主人と二人でローマに到着。お迎えの妹君は30分遅れで到着なり。イタリアの空港なのに荷物がすぐに出て来た!と主人感激。空港でとりあえずはテレフォンカードをゲット。

ダビンチ空港から市内へ入った途端に広がる遺跡の数々に圧倒され、日本大使館の近くのホテルにチェックイン。

11月末というのにローマはたいして寒くなく、軽いコートでOK。妹君が彼氏と二人でお迎えに来てくれて、4人でトレステベレに向かう。車の間を縫うように走る妹君のドライビング・テクニックには圧倒されっ放し。日本で一度も運転したことがなかったくせに、今ではフィアットをブイブイ言わせてる。

夜の9時半というのにものすごい人の波をかきわけ、慣れないコブルストーンの石畳に足をとられながらもレストランに到着。

まず一日目ということで定番料理から、前菜に生ハムの盛り合わせ、パスタをファーストコースに、野菜のグリルと仔牛肉をメインに頂いて、ティラミスでしめくくり。

コーヒーはと聞かれて、カプチーノと答えたら「田舎モノ」とたしなめられ、妹君、勝手にマキアートを注文してくれる。どうやらカプチーノは朝食用らしい。そんなこと知る由もない私たちはやっぱり田舎モノ。アメリカも西海岸の本場田舎モノ。

トレステベレの細く入りくんだ道を散策しながら噴水を見たりして帰途につく。しっかしびっくりしたのはパーキング。小さな車が道端にびっちり、二重駐車三重駐車、果ては角にまで止めて平気のへいっちゃら。

トレステベレでパチリ

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2004-01-05 ラーメン大会

味噌ラーメンのパーティにおよばれしました。
総勢、32人のお客様、いくら日本より広いカリフォルニアのアパートとは言え行楽列車状態。飲めや歌え、PS2太鼓大会つきの大宴会!

ふっくら厚めのチャーシューにもやしと白ネギたっぷり。ゆで卵も半分入って、少々甘めの味噌スープは最後の一滴まで捨て難いものでした。

それにしても日本人の20代、30代前半の若者が多く集まったこと。自己主張が強くて、人脈作りに長けていそう、目立ちたがりの語学留学組もしくは、大学編入組って女の子達が大半。あ〜、そのパワー、分けて欲しいものだわ。

主催のゴッドマザーご家族さま、お疲れ様でした。
美味しかったですよー。

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