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俊ちゃんの「楽しくやってます記」

のんびり、マイペースでやって行きます。一緒に遊ぼうね♪
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俊ちゃんのどこ吹く風

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2005-06-08 幼子の様に
2005-06-07 挨拶まわり
2005-06-06 全てを経験して一人前
2005-05-16 風鈴って言うけど・・・
2005-05-08 朝から感動!
2005-04-30 チリチリと・・・
2005-04-29 順番間違えた(T.T)
2005-04-28 沖縄!外国みたい
2005-04-17 お帰りあそばしました
2005-04-06 うっそ〜〜(◎o◎;)


2005-06-08 幼子の様に


だんだん子供に戻って行くような父です。

以前、二月に二度続けて頭に血腫が出来たとのことで、手術をしたのですが、その後足腰が弱ってしまって、このままではどうなるのやら?と、そんな感じでした。

母の方が危ないとか、安定したとかの毎日で、すっかり父は後回しになってしまいました。
母亡き後は父の方にもっと目を向けて、これからの残された時間をなるべく長く一緒に過ごしてあげようと思います。

今日は、葬儀が終わって落ち着いたところで、グループホームの父を見舞いました。
まあ、何ということでしょう!すごく元気になって居て、すっかり昔の父に戻っていました。
徘徊もバージョンアップで、最近では夜中に二階に上がって降りてくるそうで(^◇^;)

会話もちゃんと出来る様になっていました。
勿論私達の顔と名前も一致してくれて、何も暗い陰も無く安心して帰ってきました。

そんな父が一番喜ぶ言葉!「父さん、100まで大丈夫だよ!」って!
現在満92歳ですから、後8年か?
何かこうやって期限を切ってしまうのも嫌な気分ですね。

生きられるまで生きようね!100歳以上頑張って長生きしてね!・・こんな表現が的確な表現かも(笑)

父は何時も穏やかで、みんなに愛される可愛い人です。
その血を引き継いで、私も愛される年寄りになりたいなあと思っています。

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良い写真ですネ!元気そうで安心しました / 和ちゃん ( 2005-06-09 13:14 )

2005-06-07 挨拶まわり


入院先の病院へ、看護婦さん達、お医者さん、その他多くのスタッフの人達にお礼とご挨拶に行ってきました。

老人の最期を見取るのが専門の病院ですから、この様に残された家族がご挨拶に行くことは日常茶飯事なのでしょうね。
淡々と、淡々と、ご挨拶を済ませて帰ってきました。


今日の病院の支払いを最期に保険証書やら何やらの証明書はすべて返還しました。生きていた証がどんどん無くなって行くのは寂しいです。

先生ともお話することが出来ました。
11時半ごろ私達姉妹が訪れたときも、2時過ぎに義姉が訪れたときも、そして3時に先生が見回った時もすごく元気な様子で、目をパッチリ開いてまわりを見回していたのですが、突然の容態変化で亡くなってしまったそうです。亡くなった時間が3時45分
そして、お婆ちゃんの尊厳を保った安らかな亡くなりようだったと思われます。と、仰ってくださいました。

この病院には昨年の12月末に転院してから、本当に良くやってもらったし、スタッフの手の厚さんも驚くばかりでした。
半年間、美味しそうにご飯を食べたり冗談を言ったりしていて楽な様子で過ごさせて頂いたことには感謝感謝ですと、私達も先生に心からお礼の言葉を言うことが出来て何よりです。
また先生もこの様な病院の特徴上、ご家族から有り難うございましたというその言葉を言って貰えるときが一番嬉しいと言いました。

苦しまないで・・・という私達の希望が叶ってとっても良かったと思います。逃げられない死ならば、それが一番望むことだったからです。

感謝は沢山してきましたが、「またどうぞ宜しくお願いします!」という言葉は言っては駄目だね!と大笑いして病院を去りました。
この病院には何一つ暗い嫌な思い出は無いですし、またこの病院の前を通過する時には感謝の気持ちで通り過ぎると思います。

時間は次へ・・と、どんどん進んでいるのだから・・・そして過去の思い出になってしまう。思い出となってしまう日もそう遠くないのでしょう。またそうしなくてはならないと。

母の初七日での祭壇です。

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2005-06-06 全てを経験して一人前


もう先は長いことありませんよ。と先生に告げられてから約10日間
母はとうとう力尽きてあの世に旅立ちました。

葬儀での遺影を眺めると、それはまだ若くて美しい70代の頃の母
久しぶりにお葬式に集まってくれた人達はその遺影を見るわけですから、それは悲しいという気持ちも半端ではないと思います。
「すばらしい人だったのに、優しい人だったのに、お世話になったから・・」と皆さん涙涙となるのは、かえって嬉しいこともであります。
惜しまれて亡くなったのは一番の幸せなことです。

でも、私達身近なものとしては、だんだん枯れて行くように衰えていく様に小さくなって行く様子を目の当たりにしていましたから、自然の流れとして素直に受け止めることができました。むしろ母は楽になってあの世でまた踊りでも楽しんでいてくれるのかしら?なんてね。

お疲れさまでした。そして母さん、今まで有り難う。

兄が遺族代表としてご挨拶をしました。
その兄の言葉が感動的でした。
普段からあまり不器用で、気持ちを伝えることが下手な人だけに驚きでもありました。

実は兄はこの二月の初めに食道癌で大手術を受けたばかりです。
そして一時は自分も駄目かもしれないと思った時、親に先立つ不幸だけはしたくなかったなあと、漏らしたそうです。

でも、実際は奇跡的というのか、それほど重大な事にはならないで完治も出来る範囲の病巣だったそうで、今はリハビリの状態です。

その兄が言ったご挨拶
「母は自分の身をもって我々に闘病の仕方、そしていかにこの世を去っていくかを我々に教えてくれたと思います」

母はとっても素直な患者さんでした。そしていさぎよく言うことは全て言われることを守って看護婦さん達にも可愛がられた人でした。
そして死ぬときも、覚悟の死というのか、それが順番ならば受け入れましょう!と、凛とした姿で死の床に居た人でした。

親が死にゆく姿を子供に見せるのも親の最後の仕事とは、確かにその通りと胸に刻みました。

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みんなで姉弟助けあって葬儀を出せて良かったね。残されたものが仲良く幸せに暮らして行くのが一番の親孝行だね。 / 俊ちゃん ( 2005-06-07 16:32 )
俊ちゃん、良く通ってくれました。有り難う!かぁさん安らかに・・・ / 和ちゃん ( 2005-06-07 15:07 )

2005-05-16 風鈴って言うけど・・・


珊瑚の風鈴、可愛い音しています。
良く見ると細かい屑が絶え間なく落ちている様子
こうやって珊瑚が白浜の砂に変わっていくんだろうなあと実感させられます。

風鈴にしたら綺麗な音で和みますよ!ということでさっそく作ったのですが、制作時間がまことに早い!ただ繋いでぶら下げてお終い!
仕事の速さなら任せておいて!ただし、出来上がりは保証しませんが(笑)

我ながら感心するのですが、本当に合理主義の人だなって。言い換えたらどうでも良いってことなんだけど。

先日テレビでダニアレルギーの話しをしていました。掃除機でかけるのが良いと信じて長時間かける人が居ますが、かえって逆効果だそうで、短時間にかけてそれもコツが必用だそうです。
長時間の掃除機かけがかえってアレルギー症状を悪化させてしまうのなら、かえって掃除は半端にしないほうが良いのかもしれないなあ〜と言いながらテレビを見ながら頷いていましたが、夫がそばで気絶していました。「おまえはそう来るか!」って

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エヘへ(*^_^*) もうすこし悩みなさいって良く言われるよ。旦那も呆れを越して諦めみたい。 / 俊ちゃん ( 2005-06-06 09:24 )
ふふっ。 あたしもそう答えるなぁ・・・きっと。 / すももも ( 2005-05-21 09:49 )

2005-05-08 朝から感動!

奇跡のピアニスト という番組で朝10時から放送されていました。気が付いた時はすでに20分経過していて、残りの30分くらいを見ただけだったのが残念でした。

館野泉さんと言えば、フィンランドに在住して、北欧の音楽を得意として美しい透明な音色で、独特の音楽の世界を作り出している人で過去において本物も聴いたりして印象に残るピアニストでした。

それが、2002年に病魔に倒れて、右手麻痺になってしまったそうで、テレビで見るには日常生活には右手は使えていましたが、ピアノを弾くとなると全然駄目みたいです。

あれほどのピアニストが片手が駄目となると、どれほど苦しかったかな?悲しかったかな?想像することも出来ないくらいの葛藤が有ったことでしょう!

それが、左手だけでも演奏会を開くほど精神的に立ち直ったというのか、考え方を変えたというのか?
ピアノを他人の為に弾くのは止めて、自分の為に弾くことに決めたのです。
そして不自由なりにも、音楽と活き活きと接する姿を見せてそのことで感銘してくれる人が居たら嬉しいということなんだと思います。

最後に思い出のピアノに座って一曲弾きました。
このピアノはフィンランドのシベリウスの家に有るピアノで、館野さんのお父さんが亡くなった時にそこで弾いたっきり数十年も弾いたことが無かったピアノでした。

バッハのシャコンヌでした。バイオリンは弦が四本、指が五本ありますから左手で充分演奏可能です。
弾き終わった時にポツリとこう言いました。
「・・何か、感謝したいという気持ちになります。・・とは言っても何に感謝するのかはわからないけど。でも、ここでピアノをまた弾けて嬉しいです」と、穏やかな笑顔で。

もうここまで見たら、涙!涙!
病魔と闘って、そして病気と共存することを決めた人!
自分の殻に閉じ困らずに、次の挑戦をまたしてみようという勇気を生み出したのは何なんだろうか?

人それぞれ、何かを抱えて生きなければならない
でも、彼の様に前向きに新たな人生を始めようとする姿には勇気を貰いました。

館野さんが自分で言わなくてもみんな覚えていますよ。
アナタが美しい音楽を、華やかに、華麗に、美しく、両手で世界狭しと演奏していた時代も有った事を・・

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2005-04-30 チリチリと・・・


沖縄土産の珊瑚、漂白完了しました。

濡れているとまだアイボリーカラーですが、乾いたら真っ白!

さっそく編み上げて風鈴にしました。
庭の片隅でチリチリと綺麗な音を出して働いています。

関係無い人から見たらかなりのガラクタ!コッタラモノ何するんだ!って!
でも、本人にしてみたらそれはお宝!オクマビーチの海岸線が目に浮かんでくるんだよなあ〜

こうやって私のお宝は増えていくわけなのですが、当然他人から見たらやっぱりガラクタだらけ!

思い出にガラクタを持ち帰る遊び心も必用なんだ!と開き直るのにも限度が有るようで、これから家の片づけを何処から手を付けたら良いのか悩んでしまう。

コレ捨てたらスッキリする!というもの沢山有るけど、それ捨てたら思い出も無くなってしまうような気がするし、30年前のガラクタは30年前のものというだけでやっぱり値打ちが出てしまう。

教訓!お土産、記念品はなるべく早い時期に捨てること!
さて、この珊瑚の欠片は・・・・・困ったなあ〜来年はまだまだ捨てられないみたい。で、やっぱり三十年後は健在かもしれない。

漂白前と漂白後の違いを比べた写真です。日に干すともっと真っ白になりました。

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2005-04-29 順番間違えた(T.T)


沖縄の那覇市の観光!大失敗!

国際通り近辺の公共市場を見るのがメインと思っていましたから・・・
行ってみて驚き!意外と小さい!
でもやっぱり主婦ですよね、つい目にしたものを買ってしまいました。
買ったものって、馬鹿みたい!お野菜類、ハム製品類、おつけ物類・・まったく所帯くさいものばかり!

市場では熱帯魚のお魚に感動したりしていましたら、お店のオバサン「お昼食べる暇ありますかね?」と聞いてきました。
朝の10時ですもの、そりゃ〜時間は有るけどお腹の隙間が無いわ!
売り物のお魚を二階の食堂でお料理してくれるそうです。一品につき300円くらいの手間賃だそうで、面白そうでしたが、残念。

結局その市場をそこそこに引き上げてせっかく沖縄に来たのだからタクシーで「首里城」を見学することにしました。

まあ、何てことでしょう!後で考えたら可笑しいけど写真を見てさらに可笑しい!
完全に主婦スタイルで、美しい風景を背景にしているのは良いけど皆さんが手にしているものは何?
やっぱり我らは主婦!生活感を忘れて旅をしましょう!と思ったところでやっぱりこんな風になっちゃいました(笑)

結論として、この観光は10時から午後1時まで那覇市の自由観光だたわけですから、先に首里城、それから公共市場へ行けばお昼に熱帯魚も食べられたということです。
次にはこの反省点を活かして頑張ります!ハイ

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だね!アレ見て美味しそうと思う人は牧場の牛見て美味しそうだと感想を漏らす人みたいな感じかな? / 俊ちゃん ( 2005-05-16 17:50 )
市場の食材を見たら・・・食欲が?なし・・・ / 和ちゃん ( 2005-05-10 19:00 )

2005-04-28 沖縄!外国みたい


23日から26日までの三泊四日の沖縄の旅から帰ってきました。

夢の様な四日間!免税店まで有るまさに外国に行ったような気分でした。

一番お金のかからないお土産として、ホテルのプライベートビーチの砂浜に転がっている珊瑚の切れ端を拾ってきました。

漂白剤に漬けると真っ白になって「箸置き」とか「風鈴」とか・・・
そりゃ〜〜目の色変わるわね(笑)拾った拾った〜〜♪

でも、重いから無駄に拾って捨てるだけになるのも珊瑚さんに悪いからホドホドにね。

先ほど沖縄から送ってきた珊瑚を洗って漂白剤に漬けました。

洗うと砂がサラサラと・・・・・懐かしい・・・・あの浜辺の風景が思い出されてきました。

沖縄ねぇ〜〜昔は外国だったんだよね。砂なんて高校野球の生徒さんが甲子園の砂を持ち帰ろうとしたら捨てさせられたんだよねぇ〜〜

今回この砂を持ち帰ることは同じ日本だから全然問題無かったし、そしてアチラの市場で買った生野菜や果物も全然問題無く持ち帰られたんだよね。

外国みたい?外国だった?今はもう日本だし!!・・・でも外国風の沖縄ムードにしっかり浸った遊んできました。

砂!サラサラと・・・・・このたったただの砂にも複雑な過去の歴史を感じたひとときでした。

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すもももちゃん=さすが!すもももちゃんなら色々にアレンジできちゃいそうですね。では・・・お土産の取り置きしておきますから・・・お楽しみに!! / 俊ちゃん ( 2005-04-28 21:02 )
これいい!こんなのいろいろ使えそう。 素敵なお土産だぁ〜 / すももも ( 2005-04-28 11:55 )

2005-04-17 お帰りあそばしました

我が同居のお姑様!
冬場は東京で過ごす・・・の期間が終わりまして昨日ご帰還あそばしました。

夫婦ふたりの蜜月生活も昨日でお終い!
また良い主婦の振りをして過ごしますです。ハイ(▽ ̄;タラー

主人の親ですから、もはや満83歳なのですが、この人超元気!

やっぱり基本的に自分で生活出来る人は自分で自分の事をするべき!というのは言えていると思う。
何故なら私より元気な姑さんの食事の世話は大変ですから。

とにかく沢山召し上がる人ですから、作るのに追われてしまう。
夫婦二人だけなら、三合のお米を三日間で食べるのが、一人加わったら一日半で食べてしまいますからお米もすごくはかどります。

今日のお昼は何を食べたか?
ざる蕎麦一人前!・・・これはヨシとして、この他にいなり寿司一個、太巻き一個、鳥のフライ、その他卵焼き(実は持ち帰り弁当を一人前頂きましたので)

朝は何を食べたのか?
目玉焼き、ジャガイモの厚切りとニンジンのバター焼き、ウインナーソーセージ、トマト、ジャコの佃煮、昆布の煮物、お新香、みそ汁とご飯を丸々一人前

昨日の夜は何を食べたのか?
ハア〜〜すごい!すべて完食!
どちらかと言うと持病持ちの私はあの食欲を見ているだけで気持ちが悪くなってしまうところ有ります。

この生活・・また半年以上!頑張りま〜〜す♪

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ホホホホ(*^_^*)泣きたい!いったいこの先どれだけ続くのでしょうか?私の方がもう完全に負けているよ〜〜(T.T) / 俊ちゃん ( 2005-04-22 13:07 )
あら。おかえりあそばしましたか。 北海道の食べ物は美味しいから、あたしもパクパクよく食べたぁ〜〜〜っ! 伸ばした羽をぎゅ〜っと縮めて・・・頑張ってちょっ(笑) / すももも ( 2005-04-18 13:56 )

2005-04-06 うっそ〜〜(◎o◎;)


割れたのよ!信じられない!
何がって、あのベネチアングラスの一個がぁぁぁ〜〜〜(T.T)

六個のフルセットのじゃなくて、普段使いにしましょうと買ってきた二個組みの一個が割れてしもた!

それが・・・不思議・・・やっぱりそうだとしか思えない・・・
というのは、姉と話しをしながらそのワイングラスを使って居たのですが、「最近うちらの一族には良いことが続いていないから私達も気を付けないと駄目かもしれないねぇ〜〜」って!
そしてワイングラスのジュースを飲み干してテーブルに置いた時、ぱっきりと見事に足が撮れてしまいました。
木製テーブルにテーブルクロス・・そこに大事に大事に扱っているグラスを置いただけなのに・・・

まさにこれは「厄よけ!」私の厄がこれで払われたのか?このワイングラスが私の身代わりになったのか?まさにそうとしか思えない事件でした。

一個一万円以上だったけど、これで済んだら安いものだと思って心の整理をしました。それにしても・・・泣きたいよぉ〜

先頭 表紙

内緒で・・・言えないけど、色々あったのよ〜〜(T.T) / 俊ちゃん ( 2005-04-17 16:02 )
私は全然悪い事続きとは思わんけど・・・ハァ〜〜〜? / 和ちゃん ( 2005-04-12 08:23 )

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