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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2010-11-06      「紅 媛」 その六
2010-11-06      「紅 媛」 その五
2010-11-06      「紅 媛」 その四
2010-11-06      「紅 媛」 その三
2010-11-06      「紅 媛」 その二
2010-11-06 第九十六夜。 「紅 媛」 その一
2008-08-16 第九十五夜。 「裸の王様」
2006-07-25 第九十四夜。 「天井裏」
2006-06-16 第九十三夜。 「バースディケーキ」
2006-05-07 第九十二夜。 「足 首」


2010-11-06      「紅 媛」 その六

 
 そこはもう黒王の山ではありません。あたりは一面の葦(あし)の原、半月が照らしています。そして、そこには、ご覧なさい、赤い蜻蛉(とんぼ)、青い蜻蛉がいっぱいに飛び交っているではありませんか。
 黒王の手下たちは、青良と紅媛をとらえようと葦の原を右に左に追いますが、青良の手の青い絹、紅媛の手の赤い絹が蜻蛉たちにまぎれてどうしてもつかまえることができません。かちゃかちゃ、がちゃがちゃ、手下たちは手にした竹の椀でむやみに蜻蛉をとらえようとしますが
    すうっ ひょい
      すうっ ひょい
   すうっ ひょい
 素早い赤い蜻蛉、青い蜻蛉たちは一匹とてつかまりません。

 その頃、四百名の手下の出払った黒王の宮殿では、道士様が黄色い犬の姿をした呪法で黒王を追い詰めていました。袁の黒王の正体はその県に遊んだ地仙がたわむれに飼っていた黒猿だったのです。
 やがて、道士様に妖術を奪われ、ただの黒い猿となった黒王は竹林の奥に逃げ去ってしまいました。道士様は悠然と山道を下り、葦の原に下りてきました。黒王の術の破れた今、あんなに騒がしかった手下たちの姿はもはやどこにも見えません。ただ竹の丸い椀が葦の原のあちらこちらに落ちているだけです。
「おい、青良。紅媛」
「おおい、紅媛。青良」

 しかし、道士様が何度呼びかけても、月の光のもと、数え切れないほどの赤い蜻蛉、青い蜻蛉がつうつう、すいすいと飛び交うばかりで、どこにいるのか、宙を舞う青良と紅媛からの返事は返ってこないのでした。

                            終幕

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2010-11-06      「紅 媛」 その五

 
「たいへん、今度こそつかまってしまうわ」
「よし、ちょっと待っておくれ」
 里に続く山道がいっそう細くせばまったところで、青良は立ち止まり、道士様の記してくれた指の呪法を唱えながら懐から黒と白の太い針を取り出し、道の真ん中にぐさりと突き刺しました。
「これでよし。さ、急ごう」
 そこに黒王の手下たちが追いついてきました。しかし、そこには尖った針が待ちかまえています。ある者は勢いのまま、ある者はようやく道のそそり立つ針に気がついても後ろからくる者に押されて、
  ざっくり いー
     ざっくり いー
       ざっくり いー
と足を刺されて倒れます。
 しかし、さしもの呪法を施された針も、百人もの手下を刺し倒したところでくたびれ果てて正体を現すのでした。それはくちばしの根元から血を吹き出して倒れたカササギで、つとめを果たしたカササギの周りにはひびの入った四角い竹の皿がそこかしこに散っているのでした。

 青良と紅媛は暗い山道をなおも走ります。もう少しで山道を抜け出すことができそうなのに、なんということでしょう、カササギのくちばしにもかからなかった手下たちがなおも近づいてくるのです。

     かちゃかちゃ、がちゃがちゃ
    かちゃかちゃ、がちゃがちゃがちゃ
   かちゃかちゃかちゃ、がちゃがちゃがちゃ
 怒りにたぎった黒王の手下たちの荒い息がすぐ後ろまでせまり、ただでさえ山道を走り下る苦しさに息の詰まった紅媛の小さい足は恐ろしさにすくんで動かなくなってしまいそうです。

「紅媛、もう少しだから」
 青良が赤い絹を引きました。
「青良、待って、待って」
 紅媛が青い絹を引きました。
 そのとき、二人の目の前がぱあっと開けました。青良と紅媛は走り通したのです。

つっこみ 先頭 表紙

2010-11-06      「紅 媛」 その四

 
「たいへん、このままではつかまってしまうわ」
「よし、ちょっと待っておくれ」
 山道が少し平坦になったところで、青良は立ち止まり、道士様の記してくれた指の呪法を唱えながら懐から茶色い皮袋を取り出し、地面の上に開きました。すると、そこにはぱっくり大きな落とし穴が開くではありませんか。
「これでよし。さ、急ごう」
 間一髪、そこに黒王の手下たちが追いついてきました。しかし、足元には大きな落とし穴が待ち受けています。ある者は勢いのまま、ある者はようやく落とし穴に気がついても後ろからくる者に押されて、
  ずっぽり おー
     ずっぽり おー
       ずっぽり おー
と落とし穴に足を踏み入れ、首まで飲み込まれていきます。
 しかし、さしもの呪法を施された落とし穴も、百人もの手下を飲み込んだところでくたびれ果てて正体を現すのでした。それは沼地の茶色いガマで、引っくり返ったガマの大きくふくらんだ腹は飲み込まれた竹の匙でいっぱいになっています。

 青良と紅媛は暗い山道をなおも走ります。青良が勢いこんで崖から足を踏み出しそうになると、紅媛が青い絹の一端をぎゅっと握って引き戻してくれます。はっ、たっ、はっ、たっ、二人はかばい合い、細いふた筋の光のように山道を駆け下りていきます。

 しかし、茶色いガマの罠にもかからなかった手下たちがなおも近づいてきます。

つっこみ 先頭 表紙

2010-11-06      「紅 媛」 その三

 
 青良の足が先に石だらけの夜の山道をさぐります。紅媛の小さな足がそれを追って走ります。しかし、たくさんの足音と荒くれた鬨の声がすぐ後ろに迫ってきました。

「たいへん、もうあんな近くまでやってきたわ」
「よし、ちょっと待っておくれ」
 山道が崖に向かってくの字に折れ曲がったところで、青良は立ち止まって懐から緑の紐を取り出し、道士様の記してくれた指の呪法を唱えながら道の左右の木の幹にくくり付けます。
「これでよし。さ、急ごう」
 間一髪、そこに黒王の手下たちが追いついてきました。しかし、ちょうど手下たちの膝の高さあたりには、緑の紐がぴんと張ってあります。ある者は勢いのまま、ある者はようやく紐に気がついても後ろからくる者に押されて、
  ぺきょん あー
    ぺきょん あー
       ぺきょん あー
と膝を折られ、次から次に正面の崖を転げ落ちていきます。
 しかし、さしもの呪法を施された紐も、百人もの手下たちの膝をへし折ったところでくたびれ果てて地面にしおたれてしまいました。見ると、それは緑色の蛇が、頭と尻尾で道の両側の木の幹にぎゅっとしがみついていたのでした。そして崖の下には、竹でできた箸がへし折れて山のように折り重なっているのでした。

 青良と紅媛は暗い山道をなおも一心に走ります。紅媛の小さな足が痛みでとまりそうになると、青良の手がそっと紅い絹の一端を握って引き上げます。はっ、たっ、はっ、たっ、二人はかばい合い、細いふた筋の風のように山道を駆け下りていきます。

 しかし、緑の蛇の罠にかからなかった手下たちがなおも近づいてきます。

つっこみ 先頭 表紙

2010-11-06      「紅 媛」 その二

 
 青良が家を発ってから何日かののち。半月がぼんやり足元を照らすある夜、青良はうっそうと茂る竹林の奥に怪しくそびえる黒王の宮殿の裏手から忍び込み、竹の葉陰に身を隠して中をうかがいます。すると、闇をすかして、懐かしい紅媛の歌が聞こえてくるではありませんか。

   弓張りの半月が天空を照らすように
   ようようこしらえた一絃の琴をかき鳴らす
   水汲みを強いられる手は思うように動かず
   故里の慣れ親しんだ琴を奏でる日は二度とこない

 首を伸ばしてのぞき見ると、黒王の手下たちの食事のためでしょうか、山のような箸や皿や椀の洗い場となっている井戸の傍に、竹の長い板にぴんと一本の糸を張って琴となし、細い竹の筒を爪の代わりにつまびく紅媛の姿がありました。青良はあたりをうかがいながら足を忍ばせて井戸に近づき、そっと紅媛に声をかけます。
「紅媛、紅媛」
「まあ、青良。こんなところにきては危ないわ」
「迎えにきたんだ。一緒に帰ろう」
「しいっ。黒王様には手下がたくさんいるの。いつもは宮殿はとっても静かで、いったいどこにいるのだかわからないのだけれど、ひとたび黒王様が命ずると、かちゃかちゃ鎧の音を立てて何百人も現れるのだわ」
「その手下たちはどこにも見あたらない。さ、今のうちに逃げよう」
「山道は曲がりくねっているし、下弦の月の明かりは足元を照らすほど明るくはないわ。忘れないでちゃんと手を引いてくれる?」
「もちろんだよ。その前に夜の山道でお互いを見失わないよう、目印をつけておこう」
 そう言って青良は紅い絹を紅媛の右の手首に、青い絹を自分の左の手首にしっかり結びつけました。
「いいね? さ、行こう」

 紅媛が青良に手を引かれて立ち上がり、井戸のそばを離れたとたん、まるでそれまでこちらを見ていたかのように宮殿の奥で何か獣の声のような大きな声が響き渡りました。
「いけない、黒王様が気がついたのだわ」
「急ごう」

 それまで静かだった宮殿の中でも外でも、急に、かちゃかちゃ、がちゃがちゃとにぎやかな音がわき起こります。四百名の手下たちがいっせいに目覚めたのです。
「走れるかい?」
「うん。だいじょうぶ」

つっこみ 先頭 表紙

2010-11-06 第九十六夜。 「紅 媛」 その一

 
 唐の元和年間(八〇六〜八二〇年)も終わるころのことです。青良(せいろう)と呼ばれる気の優しい少年が街道を歩いていると、道端に大声をあげて泣く者がいました。見ると幼馴染みの少女紅媛(こうえん)の父母ではありませんか。走り寄って何事かと問うと、このごろ南方の山の竹林に「袁(えん)の黒王」と名乗る魔物が現れ、四百名もの怪しい手下を引き連れて町や村を荒らし、金銀宝飾を奪ったり、若い娘を引きさらったりしていく。黒王の一派は月のない夜に闇にまぎれて現れるので、十五夜の昨夜は油断していたところ、ごうごうと吹く風に墨のように黒い雲が一転月を覆い隠し、あっと隠れる間もなく屋敷に押し入ってきた黒王の手下たちに紅媛がさらわれてしまったというのです。
 青良は小さな紅媛の姿を思い、なんとかしましょうと父母らを励ますものの、もとより魔物を倒す方策があるわけでもありません。ふと、西の郊外の庵に住む道士様に相談してみようと思い立ち、足をそちらに向けたのでした。

 黄色い衣服を身にまとった道士様はにこやかに青良を迎えてくれましたが、話を聞くと眉間に皺を寄せて難しい顔をします。
「袁の黒王のことなら耳にしている。なかなか悪い輩らしいの」
「何者なのでしょうか」
「もともとは小物に過ぎなかったのが、以前仕えていた地仙にいささか妖術を学んだものとみえる」
「法術比べなら先生にかなう相手などいないでしょうに」
「牙と爪をもって法を犯す者には兵士をもって処すればよい。目をくらます者には真の姿を見通す目を向ければよい。しかるに黒王は人より少しばかり毛が多く、その毛の数だけ術を散らす。一つひとつはつまらぬわざだが、その数が多いのがいかにもやっかいじゃ」
「なんとか倒せないものでしょうか」
「四百の手下を黒王から引き離すことができたなら、黒王の相手はわしがつとめることもできようがな。そうじゃのう、放っておくと地脈が騒ぐので、そろそろなんとかせねばとは思っていたところじゃ」
「お力添えいただけますか」
「うむ。しかし、青良よ、お前一人でどうこうできる敵の数でもない。お前も味方を連れて行かねばなるまいの」
 そう言って道士様は青良の両手の指一本一本に呪法を書き記し、その使いどころ、唱え方を教授してくれるのでした。

 それから急いで家に戻った青良は、家族に事情を説明する間もあわただしく、青い絹、紅い絹のそれぞれ一尋ばかりを用意させ、十分に足まわりを整えると、すぐに南に向かいます。そして旅の途中、沼に林に川にそれぞれ立ち寄っては、背筋を正して道士様に授けられた呪法を唱え上げるのでした。

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2008-08-16 第九十五夜。 「裸の王様」

 
 「だって裸じゃないか」
 かん高い子供の声がパレードに響き渡った。
 「王様はなんにも着ていないじゃないか!」

 夜のうちに子供は首をはねられ、大きな鉤を胸にかけられ北の城壁にボロのように下げられた。
 布織り職人とたばかった詐欺師二人、見えない衣装を褒め称えた老大臣と役人、衣装の裾をささげた侍従たちは翌日中に全身の皮を剥がれたうえで斬首、パレードを眺める最前列で声を上げて笑った町人五人とその家族も翌週にはすべて処刑された。

 教訓。
 裸でも、王様は王様。

先頭 表紙

2006-07-25 第九十四夜。 「天井裏」

 
 小さな白い掌をもみ合わせるようにして、それは鼠ですらなかった。

先頭 表紙

2006-06-16 第九十三夜。 「バースディケーキ」

 
 お国ヶ池のとうろり靄(もや)った白い水面(みなも)の二尺ばかり上、蒼黒い火の玉がうすぶすと音を立てながら揺れている。
 よくよく見ゆればなんと燃えているのは人の生首で、ぱち、ぱちと焦げてはぜるはざんばらの髪。
 その生首が恨みをこめた大きな目をぎょろつかせ、口を大きく開け閉じしながら前に横にぐろりぐろりと回りながら燃えるさま、それがもう、なんともすさまじい。
 そんな生首の火の玉が靄の中にひとつふたつみっつ、数え切れないほど浮いては揺れ、浮いては揺れ、それが遠く近くの水面に映って怪しくも恐ろしく、一同、酔いも冷めてべべよんと震えていると。
 辰巳主馬、葦の汀(みぎわ)から怯むこともなくざんぶと水に足を踏み入れ、これは親王派の榊原某、これは長州の中村某とひとつひとつ名をあげながら燃ゆる生首をだんびらでたたっ切っては打ち捨てる。
 びょうびょう、ぼうぼうと吼えるような音を立てながら打ち据えられて消えていく生首の火の玉、その数四十にあまり三つ。
 一同ただもう声もなく見やる先ですべての火の玉を消し終わり、う、お、がぁと広げた腕(かいな)震わせて雄叫びを上げる人斬り主馬、後厄のはっぴーばーすでいー。

先頭 表紙

2006-05-07 第九十二夜。 「足 首」

 
 泉木は気が向くと短いホラーをウェッブサイトにアップしている。その夜は霊柩車の登場する悪趣味な短編をまとめるため、そのデザインをウェッブ上の検索エンジンで調べていた。
 最近の検索エンジンサイトは、本文中のキーワードのみならず、イメージ画像やニュースなど、対象、ジャンルをしぼって探し出すことができる。泉木は「霊柩車」をイメージで探したり、「葬列」をニュースで探したり、と、関連する情報を探っては短編の本文やタイトルを修正した。
 ある程度短編の形が整った深夜2時ごろ、泉木はふと思い立ったキーワードでイメージ検索をかけてみた。そして、すぐに後悔した。しばらく肉類は食べられないかもしれない。
 不思議なことに、翌朝、明るくなってからもう一度同じキーワードで検索しても、それらのイメージ画像は発見できなかった。ウィンドウズのインターネット一時ファイル(Temporary Internet Files)には昨夜表示された画像が残っているかもしれない。泉木は黙って一時ファイルを削除してパソコンの電源を落とした。

先頭 表紙


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