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青い角砂糖


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2003-09-03 時計の音(5)
2003-09-03 時計の音(4)
2003-06-21 時計の音(3)
2003-06-21 時計の音(2)
2003-06-21 時計の音(1)
2003-05-17 ニビル☆
2003-03-30 カップラーメンの蓋
2003-01-22
2002-12-18 喫茶店
2002-11-30 傷(1)


2003-09-03 時計の音(5)

「……起きてる?」
 彼の声がした。てっきりもう眠っているのかと思っていた。
「起きてるよ。……これ、すごい音だな。」
「……そうかな。僕はもう慣れちゃったから。」
 そして彼は話し始めた。
「こうして時計の音を聞いていると、たまに面白いことが起こるんだ。」
「面白いこと?」
「時計って、電池が消耗したりして、ほんの少しずつ狂っていくだろう。それが偶然、一度だけ、全部揃ったことがあるんだ。ここにある時計全部の音が一緒になったんだよ。……本当に一糸乱れずに。」
「まさか。」
 こんなにたくさんの、ばらばらの時間を指している時計の秒針の音が全部揃うなんてことがあり得るのだろうか。もし本当にあったとしても、その確率の計算には天文学的な数値を必要とするに違いない。1秒の中に存在する、無限の時間を想像すると、気が遠くなりそうな気がする。
「僕もまさかと思ったよ。でも本当なんだ。その時も今みたいに布団に入って――いや、豆電球はつけてなかったな――寝ようとしていたんだけど、それが始まることに気付いた時、全身の毛が文字通り一気に逆立った。何か、最初はバラバラだった、大きな、宇宙的な意思がひとつに収束していくような、そんな感じがした。大変なことが起こりつつあるような気がして、怖くて、恐ろしくて、たまらなくなったんだ。でも、どうしてか、部屋を出てその音から逃げようとはちっとも思わなかった。じっと息を詰めて、耳を澄まして、真っ暗な中でその瞬間が来るのを待ってた。」
 彼はそこで息をついた。
「…………その瞬間は本当にやって来た。この部屋の全部の時計が鼓動を揃えたんだ。圧倒的な音だった。ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、って。まるで、軍靴の音……そう、軍隊の行進のようだった。」
 想像して俺はぞっとした。何に対してぞっとしたのかはよくわからない。軍靴の響きという不吉な例えに、それとも、本当にありえるかどうか疑わしい瞬間を体験したと主張する彼自身に? ――わからないというより、もっと正確に言えば、深く追求したくなかった。
「その音は、また少しずつずれて、元のようにバラバラになったんだと思う。……というのは、聞いてるうちに寝ちゃったんだよ。すごく興奮してたしさ、とても寝られる状態じゃないと思ったんだけど、いつのまにか意識がなくなってて、起きたらまた、今みたいに全部ずれていたんだ。」
「……怖いな、なんか。」
「ふふ、怖いだろ?」
 豆電球の、昏く、ぼんやりとした灯りの下、彼はこちらへ身体を横向きにして俺を見ていた。含み笑いをしながら。自分が女だったらもしかして惚れたかもしれないような、涼しげできれいな顔立ちだった。けれど、俺は寝返りを打つふりをして、その視線から逃れた。
「……怯えなくてもいいよ。たとえ望んだとしても、そう何度も起こるようなことじゃないしな。」
 俺は返事をしたくなかった。ただ、鼓膜を埋め尽くす時計の音に、自分の鼓動が混ざっていくのを聞くことにした。まるで潮騒のような、その音の中に。

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2003-09-03 時計の音(4)

 彼の部屋に客用の敷布団は無かったので、寝る時は、夏用の掛け布団を借りて敷布団の代わりにした。毛布を頭の上まで引き上げて身体を丸めてみたものの、とてもではないが時計の音を無視することはできなかった。古臭い照明器具の、豆電球だけをつけた部屋の中に、いくつもの時計の音が、あらゆる方向から響いてくる。もちろん、すべての音が揃っているわけではない。微妙にタイミングがずれているので、結果的に、それはカチ、カチ、カチ、カチという音ではなく、もっと連続した奇妙な音になり、相当な音量で部屋を満たしている。しかし、よく耳を澄ませてみると、やはりそれはひとつひとつの時計から独立して発せられた音が幾重にも重なり、縒り合わされているのだ。それぞれの音色も時計ごとに違い、チッ、チッ、チッ、チッと聞こえるものもあれば、ジッ、ジッ、ジッ、ジッ、と聞こえるものもある。
 時計の音を意識してしまえばしてしまうほど、自分の心臓の鼓動までが気になる。枕代わりの座布団に押しつけた耳の中で、トク、トク、トク、トクと血液が流れる音がして、まるで自分が時計のひとつになってしまったように思えた。それは、体温を持った、大きな、孤独な時計だ。――その鼓動と、時計の音をつい聞き比べているうちに、俺は何かに追いたてられるような気持ちになった。

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2003-06-21 時計の音(3)

 話しながら、俺はふと、この居心地の悪さは部屋を埋め尽くす時計のせいだけではない、と思った。確かにこの時計の多さは尋常ではないが、それ以上に、ごく自然な彼の態度と、彼の部屋とのギャップこそが遥かに不気味なのだ。以前の彼の部屋は、決して片付いてはいなかった。むしろ散らかっていて汚かった。ところが今のこの部屋は、整然と並んだ時計とテーブルの他には何もない。そういえば、彼の自慢のオーディオデッキや、集めていた大量の本、CD、ビデオの類はどうしたのだろう。それから、テレビ、チェスト、洋服だんすといったような家具も。
 俺が尋ねると、彼はこともなげに言った。
「売った。その金で時計を買ったんだよ。」
「売ったって……全部?!」
 何の執着も無さそうに言う彼が信じられなかった。あの中には彼の宝物がたくさんあったのではなかったか? 友達から貸してくれと頼まれても断るくらいの。
「ああいうものはその気になればまたいつか買える。でも、時計は違ったからね。」
「違った?」
「別にレアなものを集めているわけじゃないんだ。ただ、いろんなものを売ってまで時計を買いたいと思った、その瞬間を逃したら、これだけの時計をまた買いたくなる日はもう二度と来ないだろうって思ったんだ。それは嫌だったから。」
「…………」
 彼は視線を逸らすでもなく、俺の目を見て言った。大切にしていたものをすべて売り払い、大量の時計を買った彼の行動は理解できそうになかったが、そうすることによって彼が自分の中で何らかの大きな選択を成し遂げたのだということだけは分かった。
 言葉に詰まって沈黙した俺は、何百という時計の針が時間を刻んでいる音に気付いた。それは、今まで気付かなかったのが不思議なくらい大きく、耳を傾けていると心がざわめくような奇妙な音だった。

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2003-06-21 時計の音(2)

 やかんの湯はすぐに沸いた。
「あ、コーヒーよりアルコールの方が良かったかな。ウイスキーならある。」
「いや、いい。もう飲んできたから。」
「そうか、僕はこっちにしよう。」
 俺はコーヒーの入ったマグカップを受け取った。彼はウイスキーをグラスに注いでお湯割りを作った。部屋に腰を下ろし、熱いコーヒーを飲みながら改めて部屋を見回すと、眺める限り、ひとつとして同じ時間を指している時計はなかった。文字盤はすべてアナログ式で、デジタル式のものはなく、会社の重役室にありそうなどっしりとした金色の置時計、ディズニーのキャラクターのついたパステルカラーの目覚し時計、女性用の品の良い携帯時計、というふうに、収集された時計の趣味にはまったく統一感がなかった。俺は息の詰まるような居心地の悪さを感じていたが、彼はそんな俺の様子には一向に構わず、かすかに微笑を浮かべながら口を開いた。
「どう、元気だった?」
「うん、まあね。ぼちぼち就職活動してる。なんとか単位は揃ったし、あとは卒論書くだけ。」
 なんとなく、お前は? とは訊けなかった。彼は昨年の夏に学校を辞めていた。夏休み明けのガイダンスに姿を見せず、そのまま二度と学校へは来なかったのだ。
「みんなは元気?」
「相変わらずだよ。……あ、そういえばNが学校辞めた。卒制のことでゼミの先生とかなり喧嘩したらしいんだ。」
「Nが? 確かに、あいつはちょっとやばいと思っていたけど。」
「最後はもうノイローゼだったんじゃないかな。体調も悪そうだったしね。夏ごろから呼んでも全然出てこなくなったし、こっちからアパートに行くといつも酒飲んでて、あいつが……先生が俺の才能を潰そうとするんだとか、そればっかり言ってた。」
「実家帰ったの?」
「帰った。先月。退学じゃなくて休学扱いにしといた方がいい、また戻って来いってみんなで説得したんだけど。」

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2003-06-21 時計の音(1)

 彼が部屋におびただしい数の時計を飼っているという噂は、すでに耳にしていた。

 その夜、俺は友人連中から電話で呼び出された。家の最寄り駅から電車で20分ほど行ったMという街に、いつもその仲間で集まる居酒屋がある。そこで飲んでいるから来いというので、二つ返事で行くことにした。余計なものは何も持たずに、財布だけジーンズのポケットにつっこんで家を出た。
 バカ話をしながら気兼ねなく盛り上がり、店を出た時にはもう終電がなかった。そのままカラオケに行こうという話になったが、俺は抜けることにした。自宅とは反対方向へ1駅離れたところに友人が住んでいるので、酔い醒ましにそこまで歩き、泊めてもらおうと思った。電話をかけると、彼は快く応じてくれた。

 アパートのドアを開けてくれた彼は、白いシャツにインディゴ・ブルーのジーンズという服装で、特にやつれた風もなく、至って元気そうだった。顔もきちんとあたってあった。ただ、部屋の中の様子だけが普通ではなかった。彼が自分でしつらえたと思われる、横板と横板の間隔の狭い棚が、部屋の壁のほぼ全面を覆っていた。床から天井まで、隙間なくぎっしりと並べられた時計。俺は思わず息を呑んで見回した。壁のみならず、天井にも、まるでモザイクのように、こちらに文字盤を向けて、たくさんの時計が針金で固定されていた。
「どうしたんだよ、これは。」
「なにが?」
 台所の狭い床の上にまで時計は氾濫していて、動線にあたる部分だけが辛うじてけもの道のように空けられていた。床の上だけでなく、シンクまわり、冷蔵庫の上、食器棚の中、電子レンジの上……物を置けるスペースにはすべて時計が並んでいた。
「なにがって……おい、溶けるぜ。」
「大丈夫だよ、気をつけているから。」
 彼はガスレンジにやかんを乗せて、火を点けようとしていた。赤いプラスチック製の時計をガスレンジの上からのけたはいいが、他に置くべきところも見つからず、結局俺は、その安っぽい時計を右手に載せたまま突っ立っていた。その時計の針は6時17分を指していた。確かめるまでもない。狂っている。

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2003-05-17 ニビル☆

ニビル星 とかいう 奇妙な名前の星が
地球に衝突するのだと
テレビの中のひとがいっていた

それって今日じゃないか ほんとうかな?
とおれがいったら 彼女はいった

さっきぶつかったわよ
わたしたち 一瞬で気化しちゃったから気がつかなかったのよ
だからきっとこれは夢よ
わたしたちの死後の夢よ
よく言うじゃない 事故やなにかで死んだひとは
自分が死んじゃったことが納得できなくて 成仏できないんだって

そうかなあ
おれ 成仏してないのかなあ

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2003-03-30 カップラーメンの蓋

3分経って出来上がった カップラーメンの蓋は取る勿れ 
十ニ夜の月のように 欠けたカップの縁
銀の上の水滴眺めながら 食べるラーメンの味
 
ジュースのパックにくっついた ストローの袋は取る勿れ
缶ビールのプルタブを 取れないようにした人
きっと 貴方に似ているでしょう

100年も続くかと 思われる恋
99年で破れる位なら いま破れてしまいたく
そんな下らない 貴方のルールを利用した
そんな馬鹿らしい 罪の無さを利用した

お湯を入れるときは 半分
出来上がったら そのまた半分

100年も続くかと 思われる恋
99年で破れる位なら 3分で破れてしまいたく
そんな下らない 貴方のルールを利用した
そんな馬鹿らしい 罪の無さを利用した

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lithiumさん、はじめまして。「太陽がくれた季節」は、やはり名曲ですね。 / M ( 2003-03-30 23:44 )
今晩は。日記の題名から「太陽がくれた季節」で有名な「青い三角定規」を思い出したので来ました。 / lithium ( 2003-03-30 23:39 )

2003-01-22 夜

たくさんの言葉を連ねるには夜は短いの

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2002-12-18 喫茶店

 仕事が終わって、駅前の喫茶店に寄った。席についてメイプルシロップつきのワッフルとコーヒーを注文する。窓の外にはクリスマスの電飾、そして行き交う人々。バッグから取り出した文庫本はなんとなく退屈で、すぐに栞をはさんで閉じてしまった。しばらくして運ばれてきたワッフルは焼きあがってから時間が経っているのか、すこし冷めていた。そういえば、数年前、ベルギーに旅行をしたとき、ワッフルを食べたっけ。これから先、もし長生きができて、90歳、100歳というようなおばあさんになっても、どこかでワッフルを食べるたびに、わたしは一生、あのときのワッフルの味を思い出してしまうのだろうな。そう思うと自分が滑稽でもあり、同時になにか切なくもあった。
 カウンターの中では、数人の店員が忙しそうに立ち働いている。もうそろそろ時間かしら? そう思う間もなく、一人の店員がスタッフルームに姿を消し、すぐに上着を取って戻ってきた。いい感じに使いこまれた、薄茶色の皮のジャケット。彼はそれを羽織って外に出てゆく。喫茶店の前にある、花屋の店先に並べられた鉢植えやブーケを、店の中に片付けるのだ。この喫茶店と同じ系列の店なのだろうか、それはよくわからない。ともかく彼は、毎晩9時になると、花屋の店仕舞いを手伝いにゆく。
 彼は、店員の中で一人だけ黒いバンダナをしているので目立つ。白い詰襟の服に黒いギャルソン・エプロン、浅黒い肌に、固く締まった目と口元をしていて、片方の耳にごく控えめなピアスをつけている。あまり笑わないけれど、不思議と無愛想にも見えない。彼はてきぱきと花を片付けてゆき、すべてを終えると、また喫茶店のスタッフルームに入り、上着を脱いでカウンターに戻る。
 こうしてコーヒーを飲みながらぼんやりとその様子を眺めていると、わたしは不意になにかを思い出しそうになる。ときどき、すきとおって目には見えないものがわたしのすぐ近くまでやってくるのだ。いそいで手をのばせば捕まえられそうなのだけれど、それはつるんと指先をかわして行ってしまう。もどかしいような、でもそれでいいような気もする。窓ガラスに映る自分の顔は、とりたててつまらなさそうでもないけれど、ここ最近、なぜだか左右の不均衡さが目立ってきたようだ。顔自体が変わってきたというよりも、それを見る自分の目が変わってきたのかもしれない。……いや、本当は、そのどちらか片方だけではなく、両方が変化しているのだろう。
「お客さま、申し訳ございません。そろそろ閉店のお時間です」
 わたしはおそらく、そうして終わりが告げられる日を待っている。花のように仕舞われる日を待っている。……メイプルシロップの池を皿の上に残したまま、コーヒーの香りを名残惜しくかぎながら。外の風は冷たいから、マフラーをしっかり巻いて家へ帰ろう。

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2002-11-30 傷(1)

 家へ向かう道を歩いていると、道路脇の側溝の中に彼がうつ伏せに寝そべっていた。顔見知りだけれど、一度も話したことのない彼が。
「どうしたの」
 思わず傍へかがみ込むと、彼は、大型の鳥を思わせるようなまっすぐな瞳で私の目を射た。そして、差し伸べた腕を掴んだ。反射的に私も彼の腕を掴んだ。その腕は温かく、ぬるりとした汗で湿っていた。不快感はなかった。その時、彼の紅い口唇が何か言葉を発した、何かとても肉感的な言葉を。



 海辺には白い砂浜があり、そこには、誰かの手によって桃の花弁が一面にしきつめられていた。その天鵞絨のような感触を足の裏で楽しみながら、私は波打ち際へ歩いてゆく。冷たい海に素足を浸して水平線を見つめていると、波が引く度に、身体がすうっと後ろへ流される錯覚に襲われた。そうして何度も波に意識を攫われていると、だんだんと自分がどこか遠いところへ連れてゆかれるような、首のうしろがじんと痺れるような感じがした。時折、桃の花弁が風に舞い、波に呑まれて遠い沖へと流されて行った。私はずっと立ちすくんで、いつまでもいつまでも軽い眩暈の中で遊んでいた。水の冷たさに痛む足の感覚だけが辛うじて私を地面に繋ぎとめていた。
 ふと気付くと、斜め後ろに彼が立っていた。
「いたの、……気が付かなかったよ」
 潮騒の中、彼はじっと私の瞳を見つめていた。風が、絶え間なく髪を揺らしていた。私は自分の口唇が赤く染まっているのを感じた。

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