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2002-10-07 キョダイジとオオガタ
2002-10-03 産まれた日 その4
2002-10-03 産まれた日 その3
2002-10-03 産まれた日 その2
2002-10-03 産まれた日 その1
2002-10-02 意外な
2002-10-01 最初だし


2002-10-07 キョダイジとオオガタ

1ヶ月検診から帰ったときのこと


私「タダイマ− 樹o型だったよ」

妹「へー 巨大児じゃなくて大型っていうんだ?」

私「・・・血液型だけど?」



日記の初日分をご覧の方は御存知でしょうが樹は産まれたとき4160グラムあったのでふ

4000グラム以上を巨大児 4500グラム以上を超巨大児というそうでふ
 
その後 しばらくこの会話は笑い話として実家で語られました


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2002-10-03 産まれた日 その4

マイベイビーは出産のときに少し呼吸に乱れあったから 念のため一晩だけ保育器に入れると言われていた 新生児室に行くとそのとおり保育器に入っていた

・・・・なんだか保育器に入っているのがすごく妙な光景だ
保育器の中でものすごく手足をよく動かしている すげー元気そうだ

保育器=未熟児 というイメージなのでなんだかすごく変だ しかも体重も身長も大きいのでなんだか保育器狭いんじゃない?保育器の壁叩いちゃうんじゃないの?(焦)
まぁ元気そうでなにより そういえばお腹のなかでもアンタはよく動いていたよねと心の中で話し掛けつつ眺めて 疲れてきたので部屋へ戻った もっとずっと見ていたいなーと思うけど今日は自分を大事にしなきゃね これからずっと一緒に暮らすんだもんね 夜はゆっくり寝ようと思ったがゼンゼン眠れず これからのことをいろいろ考えた 

無事に産まれたことを神様に感謝します

そして こんなにかわいい樹を私にくれてありがとう

長くて短い私の1日でした


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2002-10-03 産まれた日 その3

子供はおそらく体重測ったりしてるんだろう その間に「縫合」された 
またこれが痛い痛い さっきまでの陣痛とは全く違う痛みだ 陣痛は腰にズシンと来るような痛みだがこっちはまさに切り傷の痛みだ チクチクする 一針一針が「刺さってますよーん」と自己主張をするようにいちいち痛む ク−ッと目をつぶって終るのを待っていると刺さるような痛み5〜6回くらいで終った(ように感じた)
ハァハァと息切れがする ある意味こっちのほうが陣痛より痛いなオイ

「おめでとうございます 4160グラムの大きい赤ちゃんですよ」
と言われて隣に赤ん坊を寝かせてくれた うわーっ可愛い!キョロッとした目でこっちを見ている(見えてないだろうけど)  ほんとにほんとに物凄く可愛い こんな可愛い顔の赤ちゃんハジメテ見た と早くも親バカ第1段を分娩台の上でひそかに思っていた
私のほうをジーッと見ていた赤ちゃんに「これからよろしくね」と手を触って話し掛けた いかん 泣きそうだ ちょっとウルッときた

アッとゆー間に赤ん坊は取り上げられ 家族に見せると言って分娩室の外へ
お腹にアイスノンを乗せてここで1時間様子を見ると言う よくドラマとかで分娩室からストレッチャーで出るカミサンにダンナが駆け寄るシーンを見るけどあれは嘘だなと思った 
衣服をすべて整えてもらい毛布をかけてもらったところへ 家族が入ってきた 「おめでとう」「頑張ったね」と言われなんだかホッとした ダンナと母は嬉しそうで祖母は泣きそうだった 
あんまり分娩室にいられないのでサッサと出される家族 ひとりでボーッとする私 
手際よく片付けをする看護婦さんとポツポツ会話をしてるうちに1時間経った
病室に戻りましょうと言われて出されたのは車椅子であった 

私「これに乗るんですか?」

看護婦「大丈夫なら乗らなくてもいいですよ 立ってみてください」

のそっと起き上がって分娩台から足を下ろすと途端にフラッとした 手足に力を入れるとプルプルと震える 目がまわって一瞬目の前が暗くなった 
寝ているとわからなかったが やっぱり身体は相当マイッていた そりゃそーか あんな頑張ったんだもんな 意識はしっかりしてたので産後をなめてましたスミマセン
おとなしく車椅子に乗り目の前の病室へ入る 乗るのが恥ずかしい距離だけど歩けなかったのだから仕方がない あぁ産まれて初めて車椅子に乗ったなぁと思う間もなく部屋についた 
中で家族が「宴会?」みたいな状態で飲み食いしていた 酒はないけど
「ここに来るために早めに食事してきたからお腹空いちゃった」とのこと
私の食事が病室へ来た そういえば今日はじめての食事だオナカスイターと箸を持つ
ところが やっぱり手の筋肉が震えて思うように箸が持てないのだ ゴハンもおかずもろくにつかめない ううう目の前でイイ匂いなのに(涙)結局ほとんど食べずに下げてしまった 

家族が 家で待っている父親と仕事の終った妹に電話で報告をし 妹が病院へ来た
私は寝たまんまだ みんなはたびたび新生児室に赤ん坊を見に行っているのに いいなぁ私も見たいよーぅ どうしても見たくなって 家族が帰ったあとダンナに引っ張ってってもらってフラフラながらも赤ん坊を見た


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2002-10-03 産まれた日 その2

1時間おきに促進剤を飲む 飲むたびに痛みが増していくからちょっと飲みたくないけど えーいさっさと産んでしまおうと飲む そこへ実家の母と祖母がやってきた ダンナが連絡したらしいのだ
とりあえず遠いところ来てくれてありがとうと挨拶するものの あんまり話もしたくない状態なのでまた横になって耐える 私は「痛い」と口に出して言うのはイヤなのだ 余計痛くなる気がする うーんうーんと声をださずにうめきつつ3回目の促進剤と共に点滴が始まる ああああもうどんどん痛くなるタスケテオカアサーンとゆー感じだ たびたび診察しに看護婦さんが来る そのたびに家族は病室から出されて終るとまた入ってくる 中でどんな診察してんのかな?とか思っているのだろうなフフフ 
痛みが増すと共に下っ腹に力を入れたくなる これが「いきむ」というやつか でもいきんでいいのかな? 「ヒッヒッフ−」とゆー有名な某呼吸法はいきみたい痛みを逃すためにある 子宮口が開く前にいきまないようにするのだ それはいつやればいいのだ?看護婦さんは何も言わない すげーいきみたいぞ痛いんだもん と思っていると「そろそろいきみたくなってきてるでしょ?」と お腹につけた器具のモニターをジッと見た看護婦さんに言われてハイと返事をする

「じゃぁ立って分娩室に行きましょう」

は?もう産まれるんですか?まだ病院来て4時間くらいだ 早くね?さっき早くても夕方か夜(に産まれるだろう)て言ったジャン!しかも自分で歩くのかよー立てるのかなぁ 少し動いても腰がものすごく痛い んで動きがのろくなりベッドからなかなか立てずにいたら「今からそんなでどうすんの!これから産むのよ!(怒)」と婦長さんから鬼の一括 うう 涙
病室の目の前の分娩室にもかかわらずすごい遠く感じた やっと入ったらこんどは分娩台に自分で上らされた これが分娩室かーとモウロウとしながら眺めてみる看護婦さん2人がテキパキと準備をしているが先生(医者)はいない ふと婦長さんをみるとカミソリ片手に「動くとケガしますよ」と凍るような一言を言う ううう怖いよーぅ そして剃った模様(激泣)あっとゆーまに出産の準備はでき 合図に合わせていきめと言う 
あー産まれるんだ よく分娩室で何時間かかったとか聞くけど私はどうなるのかな あとどれくらいで産まれるんだろう とか思いながら両手両足にものすごい力を入れてふんばる 陣痛の波が消えると力がガクッと抜け 1分くらいしてまた波がきてふんばる 思わずいきみながらウ−ーッと声を出したら「声を出すそっちに力がかかるから声を出すな」と言われた 
どれくらい時間が経ったかわからない そこへ先生がおもむろに登場 よくテレビとかだと手術するようなカッコで来るのに何故かいつもの白衣のまんまだ 腰から下に魚屋みたいな黒い前掛けをしていた
先生が来てなにやらゴソゴソした途端パチン!という音がして 足の付け根のあたりに生温い液体が流れた あーぁやっぱり切られちゃったか(涙)あんまり痛くはないけどな  
もうだんだん手足に力が入らなくなってきた ふんばるたびに顔がすごく熱くなる 脳の血管切れるんじゃねーの?と思うほどだ ハァハァまだ続くのーと思った途端 

身体の中からスルッと抜け落ちる感覚で子供が産まれた 

一瞬の間のあと ホゲーッという産声が聞こえた

あっ 産まれたんだ 


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2002-10-03 産まれた日 その1

ゆうべテレビで皇室のことやってた 愛子様のVTRとか流してさ 
雅子様が記者会見で 出産した直後に愛子様と対面したときのことを涙ぐんで話すVTRを見ると 私もつい樹を産んだときのこととか思い出してしまう

7月29日から30日になる夜中 陣痛か?と思う痛みをだいぶ感じていた 睡眠も細切れでちとツライ 
うーむそろそろ産まれるのか?予定日よりちょっと早いぞ ここで産んだら親子3人8月産まれ計画がパーだ いやそれは仕方ない 入院の準備は全部できてたっけな とかくだらんことも交えつついろんなこと考えていた
産まれるかどうかはわからんのでとりあえずダンナは仕事へ 私はおとなしく横になったり落ち着かなくて家事をしてみたりしてた うーん だんだん痛みの間隔が短くなってきた 7〜8分間隔になったら電話しろって看護婦さん言ってたなーと思って測ってみたらすでに8〜10分くらいだった オイオイまずいな もうこんな短いんですかぃ(焦)とりあえず病院に電話してみると今から来いとのこと ダンナに連絡しタクシー呼んで家の前で待つ ふふん タクシー会社もちゃんと調べてあるんだよーん 5分くらいで来てくれるのさーと それにしても暑い暑い 
・・・・おかしい 10分待っても15分待っても来ない どうしたんだ 試しに2度呼んだことあるけどどっちもすぐ来たのに 不安がつのっているところへ1人の工事現場のオッさんが来た どうやら家の近くで水道工事をしていてそこでタクシーが通れなくて困ってたらしいのだ( ̄▽ ̄;)

オッさん「あんたタクシー待ってるの?そこで入れなくて困ってるみたいだよ」

私 「あ、ハイ 私が呼びました あーそうだったんですかー」

うーむついてないな 20分以上待ってしまった 大きいお腹をかかえつつエッチラオッチラ歩いてタクシーへ オッさんも心配そうに見ている 
オッさんにお礼を言い出発 運転手さんも困ってた模様だったが事情を察して急いで病院へ
病院で診察を受けて病室へ お産が始まっているし子供も大きめだから今日出しちゃいましょうと言われて陣痛促進剤を飲むことになった 出しちゃいましょうと言われても(笑)
着替えてベッドに横になって痛みに耐えているとダンナが来た 会社から1時間もかかるのに早いなオイ どうやら仕事を急いで片付けて午後と翌日を休みにしてきた模様 でも目の前で苦しんでいるカミサンにどうしたらいいのかわからないらしく 時々声をかけながらベッドの横にちょこんと座っていた 
しかしなんて痛いのだ 腰が砕けるような感じがする 女性には生理痛のスゲー痛いやつと言えばわかるかもしれない 汗が出て止まらないところにクーラーがあたって寒い でも止めると暑い 出てきた昼食にも手がつけられない 看護婦さんがモッタイナイからとすすめてダンナが食べていた くそーお腹は空いているのにそれどころじゃない ときどき麦茶を飲みつつひたすら痛みに耐えていた  


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2002-10-02 意外な

子供を持って初めてわかることや 見えることがある

出産してからしばらく実家に世話になることにした
自分は産後だし 家族にいっぱい世話になっちゃおーエヘへと思いつつ実家に居座る
ゴハンも作ってもらえるし 子供をあやしてもくれる 私がするのは授乳とオムツと風呂だけだ

両親が赤ん坊をあやすところをじっくり見たのは初めてだけど これがすごい 全然人格が違う
母親から聞いてはいたのだけどこれほどとは思わなかった

うちの父親はすごい子供好きだった

昔 私が小学3年生だった頃 パパママと呼んでいたのをそろそろやめようと思い これからはお父さんお母さんと呼ぶと両親に言ったら父親はものすごく嫌がったのだ ジジィになった気がしてイヤなんだそーだ ま、イヤならしょうがないし母親だけお母さんも変なので結局ずっとパパママと呼んでいた
だから今度は「おじいちゃん」と呼ぶのもヤなのかなーと思ってた

そしたら 自分から「じぃじよー」と言って赤ん坊にスリ寄っていっていた
しかもめっちゃ激甘デレデレな声で

畳間に布団敷きで寝ている孫に 四つん這いになって顔を近付けてでかいシリを突き出して必死に話し掛けていた

・・・そりゃ孫なんだし 可愛くないわけないだろうけど こんなデレデレな姿見るとも思っていなかった すごい ○泉逸郎の歌が聞こえてきそうだ
「いっき(樹のことをこう呼んでいた)の一番好きなじぃじだよー」と 肯定も否定もまだ出来ない孫に向かって話し掛けているその顔は 普段はわりと怖い系の顔立ちで○クザまではいかなくても決して愛想のいいタイプではないいつもの父からはかけ離れていた 目尻がとろけていた

結局約2ヶ月実家に世話になり その間に父は家族の反対も押し切って一緒に風呂にまで入った
とにかく年中孫にくっついていたし 「いっきはじぃじが一番好きなんだよなー」と話し掛けていた
実家から自宅に戻る日には見送りには出てこなかった

いやいや あんな一面もあるんですね 28年親子やってて初めて知ったよとーちゃん
また「いっき」連れて遊びにいくからさ


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孫は鼻・・・じゃなくて「目に入れても痛くない」と言うからのぅ。。。樹クンもこれから色々芸を覚えるんじゃろうなぁ・・・かわいいじょ^^ちなみに詩歩は「お手」「おかわり」を兄弟から教えられました(笑) / おら ( 2002-10-02 20:56 )
オレの父もヤ●ザみてーな顔してるけど子供好き。でも、子供を見て「ちっちっ」と犬を呼ぶのと同じ動作をするのは止めてほしいと思う娘であった / とり ( 2002-10-02 13:44 )

2002-10-01 最初だし

他人に触発されて始めてみました どうなることやら
今まではずっと夫婦2人暮しで共働きしてた私がこの度ついに「母親」になってからはや2ヶ月 毎日どうにかこうにか愛息子と格闘しております 
ま 最初だし無難に愛息子のプロフィールがいいよね  
名前は樹(いつき) 7月30日誕生 なんと4160グラムあった巨大児 帝王切開になるかもって言われてたけど根性で自力で脱出したツワモノ 
ちなみにその日その病院で誕生した4人のうちでいちばん大きかったッス 
妊娠中 しかも臨月に引っ越しをするという無謀な両親の元に産まれた彼はこれからどんな人生を歩むのやら 


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樹クン・・・。おかんに似て根性ありますな(爆)(≧∇≦)ブハハハ! / けい ( 2002-10-02 08:11 )

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