留学してる子がまわりに全くいない、超ドメスティックな地方都市新潟で、進路を見失い路頭にまよった私に「留学」っていう選択肢を与えてくれた父親は素晴らしいと思った。
もう6年前か。
東京にあるこの大学で、留学なんて「ふう〜ん」程度の扱いだけど、あの新潟のコテコテドメスティック高校において留学は「うげー!?まじでー!?だいじょぶなの生きて帰ってこれるの」という想像できない経験のうちの一つだった。
そういう経験を「してこーい」とぽーんと私をNZに放った父のセンスの良さにいまさらながら感謝している。
「すごさ」って時代と社会的背景を勘案しないとわかんないよね。
たとえばこの前会った社会人のおじさ・・・いやお兄さんが、
「自分が大学のころは英検一級とってるとすごいやつ扱い」
とか言ってた。
「えー英検一級があ?」
と、思うだろうけど、今ほど英語教材が充実してなくて、今ほど留学が普通じゃなくて、今ほど世界は同時進行でつながってなくて、今ほど英語が使える人がいなかった時代にとっては多分スゴイコトだったのだ。
話が「六年前の新潟において子どもに留学を提案することのすごさ」にもどるけど。
もしもそれが、たとえ六年前でも、周りはパパは外務省、ママは外資系勤務、二丁目のいつもおいしいショコラを送ってくれるオジサマは総合商社でパリ帰りな環境だったら留学なんて選択肢は皆空気を扱うように持ってるものが当たり前なのだろう。
で、超ドメスティックな新潟で、親戚も「海外〜?いぢどもいったことないべさ〜」と茶をすする人間が多く、周りに海外で勉強したひと?だれがそんなことしたん?的な環境の中で、自分の子どもを「留学させちゃえー」と思いつく親というのはやはりすごいと思うのだ。
ああ、あのときの父の提案、よくわかんないが既存の概念(土着新潟)にとらわれず、子どもの将来に何が有益なことかを把握していたかのようなあの提案。
そう思うと六年前の父のあの一言、
「おまえこのまま学校いかないなら留学しちまえ」(半ばキレながら)
はマイダディーズ・ベスト・リマークだと、そう思うわけですよ・・・。 |